E3−19Kタンパク質の小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルス及び癌治療におけるその用途
【課題】本発明は、複製する、且つE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスを提供する。
【解決手段】癌の治療における前記突然変異体の用途であり、前記突然変異ウイルスは、また、選択性及び抗腫瘍能を付与するために用いられる他の突然変異及びDNA配列の挿入を含むことができ、癌療法の分野に適用される。
【解決手段】癌の治療における前記突然変異体の用途であり、前記突然変異ウイルスは、また、選択性及び抗腫瘍能を付与するために用いられる他の突然変異及びDNA配列の挿入を含むことができ、癌療法の分野に適用される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の分野は、一般に癌の治療に関するものであり、より詳細には、小胞体保持ドメインにおいて突然変異しているE3−19K遺伝子を含むアデノウイルス、及び癌を治療するためのこれらのアデノウイルスの用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の癌治療は、主に、化学療法、放射線療法及び外科手術に基づいている。治療が初期に適用されるときの成功率は高いにも関わらず、進行した疾患のほとんどの症例では、腫瘍を外科手術によって切除することができないか、又は照射可能な放射線及び化学治療線量が正常細胞に対する毒性によって制限されるために、根治することができない。
【0003】
この問題を軽減するため、より高い選択性及び力価を求めて、バイオテクノロジーによる方策が開発されてきた。それらのなかでも、遺伝子療法及びウイルス療法は、癌を治療する目的でウイルスを用いるものである。遺伝子療法では、ウイルスは、その複製を回避し、且つ、治療用の遺伝子材料の媒体又はベクターとして機能するように改変される。
【0004】
逆に、ウイルス療法は、腫瘍細胞内で選択的に複製及び増殖するウイルスを用いる。ウイルス療法では、腫瘍細胞は、治療遺伝子の作用によるのではなく、細胞内部でウイルスが複製することで引き起こされる細胞変性効果によって死滅する。腫瘍細胞内での選択的な複製は、腫瘍溶解(oncolysis)として知られている。腫瘍内で選択的に複製するウイルスは、腫瘍溶解性ウイルスとして知られている。
【0005】
癌ウイルス療法は、遺伝子療法より古い。ウイルスによる癌治療に関する最初の報告は、前世紀初頭まで遡る。1912年、De Paceは、子宮頸癌において、狂犬病ウイルスを接種した後に、腫瘍退縮を得た(De Pace N.Sulla scomparsa di un enorme cranco vegetante del collo dell’utero senza cura chirurgica.Ginecologia 1912;9:82−89頁)。それ以降、腫瘍を治療するため、多様なウイルス種が腫瘍に注入されてきた。自律性のパルボウイルス、水疱性口内炎ウイルス及びレオウイルスなど、天然で腫瘍親和性を呈するウイルスがある。
【0006】
他のウイルスは、遺伝的に操作することで、腫瘍における選択的複製能を獲得し得る。例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)は、腫瘍細胞などの、増殖が活発に進行している細胞に不要な酵素活性であるリボヌクレオチド還元酵素遺伝子を欠失させることによって、腫瘍親和性にされている。しかしながら、病原性が低く、且つ腫瘍細胞を感染させる力価が高いことから、癌のウイルス療法(virotehrapy)及び遺伝子療法においては、アデノウイルスが最も一般的に用いられているウイルスとなっている。
【0007】
アデノウイルスには、51種の血清型が同定されており、AからFの異なる6群に分類されている。ヒトアデノウイルス5型(Ad5)はC群に属し、36キロベースの直鎖状DNAを含む二十面体のタンパク質カプシドからなる。Ad5感染は、成人では、多くの場合に、無症候性であり、小児では、感冒及び結膜炎を引き起こす。概して言えば、Ad5は、上皮細胞に感染し、自然感染では、これは、気管支上皮細胞である。
【0008】
Ad5は、カプシドの12個の頂点からアンテナのように伸張するウイルスタンパク質である線維が、コクサッキーアデノウイルス受容体(CAR)として知られる細胞間接着に関与する細胞タンパク質と相互作用することによって、細胞に侵入する。
【0009】
ウイルスDNAが核に達すると、初期遺伝子(E1からE4)の転写が始まる。最初に発現するのは、初期1A領域の遺伝子(E1A)である。E1Aは、細胞タンパク質pRb(網膜芽細胞腫タンパク質)に結合して、転写因子E2Fを放出し、E2、E3、及びE4などの他のウイルス遺伝子、及び細胞周期を活性化させる細胞遺伝子の転写を活性化させる。
【0010】
他方で、E1Bは、転写因子p53に結合して、細胞周期を活性化させるとともに、感染細胞のアポトーシスを阻害する。E2は、ウイルスを複製するタンパク質をコードする。E3は、抗ウイルス免疫反応を抑制するタンパク質をコードする。
【0011】
E4は、ウイルスARNを輸送するタンパク質をコードする。初期遺伝子の発現によって、ゲノムの複製がもたらされ、複製されると、主要な後期プロモーターが活性化される。このプロモーターが、mRNAの発現を駆動し、mRNAが、ディファレンシャルスプライシングによって、プロセシングを受けることで、カプシドを形成する構造タンパク質をコードする全てのRNAが生じる。
【0012】
本発明に特に関連して、E3タンパク質が、より詳細に記載される。ウイルスのライフサイクルの初期段階では、ゲノムの複製前に、E3遺伝子が、E3プロモーターから発現する。このプロモーターは、mRNA前駆体の発現を駆動し、このmRNA前駆体が、スプライシングによって、9種の異なるmRNAを産生する。
【0013】
アデノウイルスのほとんどの血清型、すなわち、B群、C群、D群及びE群の血清型において、これらのmRNAから7種のタンパク質(ポリペプチド):E3−12.5K、E3−6.7K、E3−19K、E3−11.6K(アデノウイルスデスタンパク質、すなわちADPとしても知られている)、E3−10.4K(RIDα)、E3−14.5K(RIDβ)、及びE3−14.7K(ゲノム中、左から右への位置)が合成される。
【0014】
後期の段階では、E3プロモーターは、抑制され、主要後期プロモーターが活性化される。このプロモーターから1つのmRNA前駆体が合成され、スプライシングによって、異なるmRNAが生じる。これらの後期mRANから合成されるE3タンパク質は、E3−11.6K(ADP)のみである。
【0015】
ADP、すなわちE3−11.6Kは、核膜、ゴルジ膜及び小胞体膜に位置する内在性膜タンパク質である。これは、感染細胞の溶解において役割を果たす。残りのE3タンパク質は、感染細胞に対する免疫応答の抑制に関連した機能を有する。例えば、E3−6.7K、RIDα、RIDβ及びE3−14.7Kは、TNF介在性アポトーシスから細胞を保護する。
【0016】
E3−19Kは、主要組織適合性クラス1タンパク質(MHC−I)を小胞体に保持する膜タンパク質である。従って、E3−19Kは、感染細胞の膜内での抗原提示を回避する。
【0017】
このE3−19K機能の媒介に重要なペプチド領域又はペプチドドメインが2つある。1つは、E3−19K MHC−I結合ドメインである。もう1つは、E3−19Kのカルボキシ末端側終端にあるペプチド配列であり、これは、タンパク質を小胞体に保持し、その細胞膜への通過を回避する。当該ドメインに特異的な突然変異を有するE3−19Kのこうした機能ドメインの記載は、発現プラスミドにおいて単離されたE3−19Kを用いてなされている(Gabathuler R、Kvist S、The endoplasmic reticulum retention signal of the E3/19K protein of adenovirus type 2 consists of three separate amino acid segments at the carboxy terminus、J Cell Biol 1990;111(5 第1部):1803−10頁)。
【0018】
腫瘍溶解性アデノウイルスの設計に関しては、重要な考慮点が2つあり、すなわち、選択性及び力価である。腫瘍細胞を指向する選択性を実現するため、腫瘍細胞に不要なウイルス機能の欠失と、ウイルスプロモーターの腫瘍選択性プロモーターとの置換という2つの方策が用いられている。
【0019】
かかる遺伝子修飾によって、相当なレベルの選択性が得られており、腫瘍細胞における複製効率は正常細胞と比べて1万倍高い。腫瘍溶解性の力価に関しても、それを高めるためのいくつかの遺伝子修飾が同様に記載されている。こうした修飾は、ウイルスの細胞への侵入又はウイルスの細胞からの放出のいずれかに影響を及ぼす。
【0020】
侵入ステップを増やすため、ウイルスが細胞を感染させるために用いるカプシドタンパク質が修飾されている。例えば、RGDペプチド(アルギニン−グリシン−アスパラギンモチーフ)を線維に挿入することにより、アデノウイルスは、インテグリンを用いて細胞に結合することが可能となり、野生型アデノウイルスの場合のように、単に内部に入り込むだけではなくなる。
【0021】
ウイルスの細胞受容体としてインテグリンを用いると、感染価及び腫瘍溶解力価が高まる。感染細胞からのウイルスの放出を増加させる修飾に関しては、E1B−19Kの欠失と、E3−11.6K(ADP)の過剰発現との2つの記載がなされている。E1B−19Kは、Bcl−2と相同なアポトーシス阻害因子である。E1B−19Kを欠失させると、感染細胞の早期アポトーシスによる細胞死が増加する。
【0022】
この早期アポトーシスは、多くの感染細胞系において、ウイルス総産生量の減少をもたらすことが多いが、しかしながら、早期アポトーシスは、ウイルスの速やかな放出、ひいては細胞培養物におけるウイルスの伝播を加速させる。従って、E1B−19Kを発現しない突然変異体は、プラークアッセイで野生型アデノウイルスと比較して大きいプラーク表現型を呈する。
【0023】
アデノウイルスの腫瘍溶解力価を高めるために用いられる別の方策は、E3−11.6K(ADP)タンパク質の過剰発現である。このタンパク質は、感染細胞の溶解において役割を果たし、ADP過剰発現によって、核の内部に蓄積されたウイルスの放出を増加させる。ADP過剰発現ウイルスの表現型も、また、大きいプラーク、及び感染細胞の上清中に存在するウイルスの多さによって特徴付けられる。
【0024】
ADP過剰発現は、2つの機序によって実現されている:1)ADP以外の、又はADP及びE3−12.5K以外のE3遺伝子の除去。この欠失によって、E3プロモーターによって駆動されるmRNA前駆体内の他のスプライシング部位が取り除かれる。それらのスプライス部位についての競合がないため、mRNAコード化ADPのプロセシングが優先される。2)強力プロモーターの後ろへのADP遺伝子の挿入。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】De Pace N.Sulla scomparsa di un enorme cranco vegetante del collo dell’utero senza cura chirurgica.Ginecologia 1912;9:82−89頁
【非特許文献2】Gabathuler R、Kvist S、The endoplasmic reticulum retention signal of the E3/19K protein of adenovirus type 2 consists of three separate amino acid segments at the carboxy terminus、J Cell Biol 1990;111(5 第1部):1803−10頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
本発明は、E3−19Kタンパク質の突然変異に基づき感染細胞からのアデノウイルスの放出を増加させるための、改良された新規機序を開示する。
【0027】
具体的には、本発明は、E3−19Kタンパク質の小胞体保持ドメインの突然変異に基づくアデノウイルスの放出亢進について記載する。本発明は、E3−19Kの細胞局在に影響を及ぼす突然変異に関連する表現型が、ADPの過剰発現とは関連せず、従って、感染細胞からのアデノウイルスの放出の増加が、これまでに記載されているものとも、又は示唆されているものとも異なる機序であることを実証する。
【課題を解決するための手段】
【0028】
アデノウイルス5型ゲノムのランダム突然変異誘発と、それに続き、より高い腫瘍溶解力価を獲得した突然変異体の選択を行った。亜硝酸ナトリウムによる突然変異誘発によって、過渡的な突然変異が起こり、そこで、ヌクレオチド塩基の脱アミノ化が生じる。DNAの複製後、これらの脱アミノ化された塩基によって新しい対合が起こり、突然変異が固定される。アデノウイルス5型原液の突然変異誘発後、得られたプールを癌細胞系において増幅し、標準的手順によって精製した。
【0029】
ウイルス原液は、アデノウイルス参照物質(Adenovirus Reference Material:ARM)(GenBank配列ファイルAY339568)に相当する。事前に、ヒト腫瘍を接種した免疫不全マウス(ヌードマウス)において、腫瘍溶解性突然変異体のバイオセレクション(bioselection)プロセスをインビボで実施した。血中でより長く生存し、且つ腫瘍内でより効率的に複製されたウイルスを単離し、増幅し、その後のバイオセレクションラウンドにおいて腫瘍を有するマウスに再び注入した。
【0030】
より高い腫瘍溶解力価を呈する突然変異体を見つけるために、このランダム法を用いた例は既にあるが、その先例で用いられたバイオセレクションプロセスは異なる(Yan W、Kitzes G、Dormishian F、Hawkins L、Sampson−Johannes A、Watanabe Jら、Developing novel oncolytic adenoviruses through bioselection、J Virol 2003;77(4):2640−50頁)。この先例は、本発明が主題とするものとは、異なる他の突然変異を見つけ出すものである。
【0031】
本発明は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むことを特徴とするアデノウイルスに関する。特に、E3−19Kが小胞体に保持されないようにし、それを細胞膜まで通過させるため、E3−19Kのカルボキシ末端(carboxy−terninal)ドメインが除去されるか、又は修飾される。複製し、且つE3−19Kのこの特定の突然変異を含むアデノウイルスは、感染細胞からより効率的に放出される。このより高い放出率によって、腫瘍溶解作用が高まる。この腫瘍溶解作用の亢進は、癌の治療に有用である。
【0032】
E3−19Kの記載されている機能は、免疫調節機能であることから、E3−19Kのカルボキシ末端側終端の突然変異によって、感染細胞からのアデノウイルスの放出が増加することが確認されたのは意外である。特に、E3−19Kについて記載されている機能は、MHC−Iと結合してMHC−Iを小胞体に保持することによる、MHC−Iの細胞膜への通過及びMHC−Iに関連する抗原の提示の回避に関するものである。
【0033】
それゆえ、E3−19Kを発現しないアデノウイルス突然変異体の表現型は、細胞膜におけるMHC−Iの存在、及びウイルスに対するより高い免疫応答を特徴とする。この表現型は、インビトロでの細胞培養物におけるアデノウイルスの増殖に影響を及ぼさず、従って、遺伝子治療ベクターのようなアデノウイルス分野の専門家は、一般に、ウイルス産生に有害な作用を有することなくE3領域全体を欠失させている。
【0034】
E3−19Kドメインの機能研究は、アデノウイルスの文脈を離れ、単離されたE3−19Kタンパク質で実施されているため、E3−19Kを発現しないというアデノウイルスの表現型に関するこの知識の他には、E3−19Kの部分欠失を有するアデノウイルスを特徴付ける表現型は知られていない(Gabathuler R、Kvist S、The endoplasmic reticulum retention signal of the E3/19K protein of adenovirus type 2 consists of three separate amino acid segments at the carboxy terminus、J Cell Biol 1990;111(5 第1部):1803−10頁)。
【0035】
こうした研究において、E3−19Kのカルボキシ末端テール又は小胞体保持ドメインの欠失によってウイルス放出が増加し得ると示唆されたことはなかった。このように、E3−19Kの小胞体保持ドメインの修飾が、感染細胞からのアデノウイルスの放出率を高める結果となり得ることを示唆する合理的な先行知識はない。この結果は、本発明において、感染細胞からより効率的に放出されるアデノウイルスの選択を優先する手順を用いて実施されたアデノウイルスのランダム突然変異体ライブラリのスクリーニングから出されたものである。
【0036】
従って、本発明は、アデノウイルスを包含し、ここで、このアデノウイルスは、複製能を有し、且つE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む。
【0037】
本発明で考察されるE3−19K突然変異は、E3−19Kをコードする遺伝子配列の1つ又は複数の塩基対の挿入、変更又は欠失であり得る。いずれの場合にも、作用は同じであって、それが、E3−19Kの小胞体保持ドメインに変化をもたらし、その結果、E3−19Kの小胞体膜から細胞膜への移動が生じる。
【0038】
同様に、結果として、E3−19Kの同様の移動が間接的に生じる他の突然変異は、本発明の目的である。例えば、E3−19Kのカルボキシ末端を取り除くプロテアーゼ標的部位の挿入、又はE3−19Kを細胞膜に移動させることができる代替的な細胞内輸送シグナルの挿入である。
【0039】
本発明の別の実施形態において、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスは、また、腫瘍内での選択的複製を実現するため、E1a、E1b、E4、及びVA−RNAの群の1つ又は複数の遺伝子においても突然変異している。
【0040】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含み、且つ腫瘍内での選択的複製を実現するための組織特異的プロモーター又は腫瘍特異的プロモーターをさらに含む複製アデノウイルスである。
【0041】
本発明の別の実施形態において、複製アデノウイルスはE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含み、且つ、腫瘍内での選択的複製を実現するための、E1a、E1b、E2、及びE4からなる群からの1つ又は複数の遺伝子の発現を制御するプロモーター配列をさらに含む。
【0042】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と、腫瘍細胞における感染価又は腫瘍細胞に存在する受容体に対する標的性を高めるためのカプシド修飾とを含む複製アデノウイルスである。
【0043】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含み、且つ癌遺伝子療法の分野で一般に用いられる遺伝子をさらに含む複製アデノウイルスである。好ましくは、癌遺伝子療法の分野で一般に用いられる遺伝子は、プロドラッグ活性化遺伝子、腫瘍抑制遺伝子(tumor−supressor gene)及び免疫賦活遺伝子からなる群から選択される。
【0044】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と、結果として前記E3−19Kタンパク質の発現の亢進をもたらすゲノム修飾とを含む複製アデノウイルスである。ヌクレオチド配列の配列番号1を含む本発明の複製アデノウイルス。
【0045】
本発明の別の態様において、複製アデノウイルスは、配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する。
【0046】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスであり、前記アデノウイルスはヌクレオチド配列の配列番号4を含む。
【0047】
本発明の複製アデノウイルスは、配列番号5を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する。
【0048】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスであり、前記アデノウイルスは、少なくともヌクレオチド配列の配列番号1、配列番号7及び配列番号8を含む。
【0049】
本発明の複製アデノウイルスは、配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含み;且つRGDモチーフ(配列番号8の1648〜1656位により定義される)と;前記アデノウイルスの腫瘍細胞内での選択的複製能を付与する調節領域であって、DM1インスレーター(配列番号7の367〜1095位により定義される)、E2F1プロモーターの断片(配列番号7の1282〜1545位により定義される)、ccaccコザック配列(配列番号7の1546〜1550位により定義される)及びE1a−Δ24変異アデノウイルス遺伝子(配列番号7の1551〜2512位により定義される)において構成される調節領域との挿入を含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する。
【0050】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスの薬理学的に有効な投薬量と、1つ又は複数の薬学的に許容可能な担体又は賦形剤とを含む医薬組成物である。
【0051】
本発明の別の目的は、薬剤として使用される上記に定義されるとおりの複製アデノウイルスである。
【0052】
癌における予防薬及び/又は治療薬としての本発明の複製アデノウイルス。
【0053】
本発明は、また、癌の新規治療方法も提供し、これは、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスの投与を含む。
【0054】
本発明の別の目的は、癌又は癌につながる前悪性疾患を治療又は予防するための医薬製剤の調製における、上記に定義されるとおりの複製アデノウイルスの使用である。
【0055】
別の実施形態において、本発明のE3−19K突然変異アデノウイルスは、化学療法又は放射線療法などの他の癌療法と組み合わせて使用され得る。
【0056】
本発明は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルス、及び癌又は癌につながる前悪性疾患を治療又は予防するための前記アデノウイルスの用途について記載する。腫瘍溶解性アデノウイルスにおけるE3−11.6K(ADP)の過剰発現又はE1B−19Kの欠失に関しては、既に報告されている。本発明とは逆に、これまでに記載されているこれらの修飾は、E3−19Kの細胞膜における局在を含意することもなければ、それを必要とすることもなく、それらの作用機序は異なる。
【0057】
本発明以前には、小胞体に結合し続けることができないE3−19Kタンパク質の活性が、ウイルスゲノムにおいて分析されたことはなかった。E3−19Kの機能については、MHC−Iとの結合しか記載がなく、及びこの結合性E3−19Kを介して抗原提示及び免疫応答が低下するため、ウイルスの放出と結び付く腫瘍溶解力価の上昇に関係する前記タンパク質の活性は、意外である。
【0058】
本発明の目的である、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスは、HEK−293及びA549などの、遺伝子療法及びウイルス療法の分野で一般に用いられる細胞系において増殖及び増幅される。E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスを癌の治療に使用するために精製する手順は、癌のウイルス療法(virotehrapy)及び遺伝子療法に用いられる他のアデノウイルス及びアデノウイルスベクターについて記載されるものと同じ手順である。
【発明の効果】
【0059】
本発明は、限定はされないが、膵癌、結腸癌及び肺癌を含む癌の改良された療法に対する必要性に応えるものである。E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む腫瘍溶解性アデノウイルスによる癌の治療は、アデノウイルスによる遺伝子療法及びウイルス療法の分野における標準方法を用いた腫瘍内へのウイルスの直接注入か、又は癌患者への全身投与によって実施され得る。
【0060】
添付の図面は、上記の特徴、利点及び構造を明らかとし、且つ詳細な理解が得られるようにするために本明細書に含められている。これらの図面は本明細書の一部をなし、好ましい実施形態を例示しているが、本発明の範囲を限定するものと見なされるべきではない。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】ヒトアデノウイルス血清型5(GenBank配列ファイルAY339865)のゲノムの概略図。通常、35934塩基対の直鎖状ゲノムが左から右に100マップ単位(mu)に分割される。初期(E1〜E4)RNA及び後期(L)RNAをコードする領域が示される。E3領域は、ディファレンシャルスプライシングによるmRNA前駆体転写産物に由来する7つのタンパク質をコードする。本発明は、E3−19Kタンパク質及びそのカルボキシ末端テールに影響を及ぼす突然変異に関する。
【図2】突然変異体AdT1の大きいプラーク表現型特性。この突然変異体は、ヒトアデノウイルス5型のゲノム(GenBank配列ファイルAY339865)のランダム突然変異誘発と、それに続く、移植腫瘍を有するマウスの血液及び腫瘍からのウイルスの単離に基づくスクリーニングによって得られた。腫瘍細胞に対するアデノウイルスAdT1の細胞毒性を、野生型アデノウイルス(Adwt)の細胞毒性と比較した。ヒト腫瘍A549細胞を6ウェルプレートに播種した。80%のコンフルエンスで、段階希釈したAdwt又はAdT1を細胞に感染させた。感染後4時間でウイルスを取り除き、アガロースと混合した培地層で細胞単層を被覆した。感染細胞を6日間インキュベートし、次に生細胞によってのみ吸収される色素であるニュートラルレッドで染色した。結果は、AdT1によって生じたプラークが、Adwtによって生じたプラークと比べてより大きい直径を有することを示している(上部パネル)。下部パネルは、光学顕微鏡で観察したプラークの拡大像(100×)を示し、ここでは、ウイルスAdT1の細胞毒性がより高いことが確認され得る。
【図3】AdT1に大きいプラーク表現型を付与する突然変異の同定。Adwt及び突然変異体AdT1の組換えによって一連のアデノウイルスを作製し、そのうち大きいプラーク表現型を呈する組換体を調べた。図では、Adwtゲノムが細い線で、及びAdT1ゲノムが太い線で表される。大きいプラーク表現型を示した組換体の全てに存在する共通領域を配列決定した。本発明者らは、野生型アデノウイルス5型配列との比較によって、アデノウイルス5型の29173位にある1つの塩基対(ウイルスゲノムの左から右へのセンス鎖におけるA)の挿入を同定した。この挿入は、E3−19Kの小胞体保持シグナルを変化させる。
【図4】野生型アデノウイルス血清型5(Adwt)の配列と比較したときAdT1(配列番号1)に存在する突然変異の配列。図示されるAdwtヌクレオチド配列は、E3−19Kのカルボキシ末端テールをコードするAY339865の断片に相当する(配列番号3)。アデノウイルス突然変異体のランダムライブラリから、静脈内投与後の血液中及び腫瘍中でのより長い生存期間に対するインビボ選択(異種移植ヒト腫瘍を有する免疫不全マウスにおける)によって、AdT1ウイルスを単離した。AdT1ウイルスは、タンパク質E3−19KをコードするDNAの445位にアデノシンヌクレオチド(A)の挿入を含む。この突然変異(以降、本明細書では445−Aと称する)は、アミノ酸の配列を変化させてE3−19Kの小胞体保持ドメインを除去する。野生型配列と比較して、突然変異配列はより短いカルボキシ末端テールを生じる。
【図5】E3−19Kタンパク質及びE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける445−A突然変異の影響の模式図。E3−19Kは、アデノウイルス感染細胞の小胞体に結合する膜貫通糖タンパク質である。機能上、E3−19Kは、主要組織適合性複合体クラス1タンパク質(MHC−1)と相互作用するアミノ酸残基を含む内腔ドメイン(アミノ末端)と;小胞体における保持にポジティブなシグナル(EKKMP又は配列番号6)を含む細胞質ドメイン(カルボキシ末端)とを含む。図は、E3−19Kの検出に用いられる、抗体Tw1.3によって認識されるエピトープを示す。突然変異445−Aは、C末端テールにおけるフレームシフト突然変異であり、EKKMPシグナルに相当するアミノ酸残基156〜160位を取り除くものである。この突然変異は、結果として、E3−19Kの細胞膜への再局在化をもたらす。
【図6】E3−19Kの小胞体保持ドメインの445−A突然変異の挿入によって、媒介される野生型アデノウイルスに対する大きいプラーク表現型の導入。AdT1に存在する445−A突然変異を、酵母の相同組換え技術を用いて野生型ウイルス(Adwt)に導入して、アデノウイルスAd19K−445Aを得た。本発明者らは、また、E3−19Kの小胞体保持シグナルを除去する独立した突然変異を含む別のアデノウイルス突然変異体、アデノウイルスAd19K−KSも作成し、ここでは、2つのセリン(SS)が、小胞体におけるE3−19Kの保持に関与するシグナルの2つのリジン(KK)に置換された(配列番号4及び配列番号5)。プラークアッセイにおいて、AdT1、Ad19K−445A、及びAd19K−KSのプラークサイズを比較した。3つのウイルスは、大きいプラーク表現型を示した。
【図7】E3−19Kの細胞局在に対するE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異の影響。挿入された突然変異がアデノウイルスE3−19Kタンパク質の細胞局在を変化させることを実証するため、本発明者らは、ヒト腫瘍細胞系(A549)に等用量のAdwt及びAdT1を感染させた(ウイルス粒子1500個/細胞)。感染後36時間で細胞を回収し、PBS中でインキュベートするか、又は70%エタノールで透過処理した。次に、細胞を抗体Tw1.3(抗E3−19K)と共にインキュベートし、緑色蛍光タンパク質で標識された二次抗体を用いてこの抗体を検出した。細胞懸濁液をフローサイトメーターに通過させたうえで、3つの独立した結果の平均値を示す。細胞膜の透過処理を行わないとき、E3−19Kタンパク質はAdT1に感染した細胞のみで検出され、これは細胞表面におけるその露出を示すものである。
【図8】MHC−Iの細胞局在に対するE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異の影響。突然変異型のE3−19Kの細胞内局在が変化することによって、主要組織適合性複合体クラス1(MHC−1)の露出が変わることを実証するため、ヒト腫瘍細胞(A549)に等用量のAdwt又はAdT1(ウイルス粒子1500個/細胞)を感染させて、感染後24時間で細胞を回収した。次に、細胞を透過処理なしに抗体W6/32(対MHC−1)と共にインキュベートして、細胞膜に位置するMHC−1画分のみを標識した。次に、緑色蛍光タンパク質で標識された二次抗体を用いて、結合したW6/32を検出した。懸濁細胞をフローサイトメーターに通過させた。3つの独立した分析の平均値が示される。AdT1に感染した細胞からのMHC−Iは、膜において、非感染細胞のMHC−Iと同じレベルに、及びAdwt感染細胞のMHC−Iより高いレベルまで露出している。
【図9】E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と関連する大きいプラーク表現型が、MHC−Iの機能に依存しないことの証明。(A)において、本発明者らは、E3−19Kの小胞体保持ドメインを取り除く445A突然変異を含み、且つE3−19KのMHC−I結合ドメインに影響を及ぼす突然変異(CS40)も含むAd19K−445A−CS40と命名されるアデノウイルスを作製した。A549に感染させると、この突然変異体はAdT1と同じ大きいプラーク表現型を示し、これは、この表現型にMHC−Iとの結合が必要でないことを示している。下部パネル(B)は、MHC−1が欠損した細胞系(DLD−1細胞、ヒト結腸腺癌由来)におけるAdT1のプラークアッセイを示し、同じく大きいプラーク表現型が認められる。
【図10】E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、アデノウイルスデスタンパク質(ADP)の過剰発現をもたらさないことの証明。本発明者らは、細胞系A549の細胞にAdwt又はAdT1を感染させて(ウイルス粒子1500個/細胞)、全ての細胞タンパク質を示される時点で抽出した。対照として、同じだが感染していない(モック)細胞を使用した。各試料からの等量のタンパク質抽出物(30マイクログラム)をアクリルアミド15%ゲルに負荷してタンパク質を分離した(SDS−PAGE)。ゲルに通した後、タンパク質をニトロセルロースフィルタに移し(ウエスタンブロット手順)、ADPに対する抗体で検出した。結果は、AdT1及びAdwtが同じ量のADPを同じ動態で発現することを示している。
【図11】E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスに感染させた細胞の上清への、ウイルスのより高い放出率の証明。(A)において、A549細胞にAdwt又はAdT1を感染させて(ウイルス粒子1500個/細胞)、上清に放出されたウイルス、又は細胞抽出物中に存在するウイルスの量(ウイルス総量)を種々の時点で計測した。生じたウイルス総量は、AdwtとAdT1とで同じであるが、AdT1突然変異体は、より効率的に上清に放出される。下部パネル(B)は、いくつかの細胞系に対して適用された同じ実験を示し、感染後の示される時点において、感染細胞の上清中に検出されたウイルスの量を表す。全ての細胞系において、AdT1はより効率的に培養上清に放出される。
【図12】E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスに感染させたヒト線維芽細胞培養物の上清へのウイルスの放出。ヒト線維芽細胞にAdwt又はAdT1を感染させて(ウイルス粒子4500個/細胞)、上清に放出されたウイルス、又は細胞抽出物中に存在するウイルスの量(ウイルス総量)を種々の時点で計測した。結果は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むウイルスAdT1の放出率がより高いことを示す。
【図13】野生型アデノウイルスと比較した、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスの抗腫瘍作用。ヒト膵腺癌細胞(NP−9)を免疫不全マウス(ヌード)に皮下接種した。腫瘍が発育したところで、ウイルス粒子2×1010個/マウスの野生型アデノウイルス(Adwt)又は突然変異体AdT1アデノウイルス(マウス10匹/群)による単回用量で、マウスを静脈内処置した。腫瘍成長率が、0日目に対する時間(処置時間)の関数として示される。結果は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異によってアデノウイルスの腫瘍溶解力価が高まることを証明している。
【図14】E3−19Kの小胞体保持ドメインの445−A(配列番号1及び配列番号2)突然変異の挿入によって媒介される腫瘍溶解性アデノウイルスに対する大きいプラーク表現型の導入。ICOVIR5(CASCALLO M、ALONSO MM、ROJAS JJ、PEREZ−GIMENEZ A、FUEYO J及びALEMANY R、「Systemic Toxicity−Efficacy Profile of ICOVIR−5,a Potent and Selective Oncolytic Adenovirus Based on the pRB Pathway」、Molecular Therapy、2007年9月;15(9):1607−15頁に開示されるとおりの)は、腫瘍溶解性アデノウイルスであり、E1a遺伝子における突然変異(Δ24突然変異、デルタ24突然変異、E1aのpRB結合部位を取り除くAD5の922〜946位のヌクレオチドの欠失)、E1a−Δ24、DM1インスレーター、及びccaccコザック配列(これらの突然変異は全て、配列番号7によって定義されるとおり)などの発現を制御するためのE2F1プロモーター配列、並びに腫瘍細胞に対するその感染価を高めるためのカプシド修飾(RGDペプチド挿入)(配列番号8の突然変異)を含む。配列番号7の1〜366位の位置は、ヒトアデノウイルス5型(血清型)(AY339865)のITR及びパッケージングシグナルを含む。配列番号8では、1〜1638位の位置、及び1666〜1773位の位置が、ヒトアデノウイルス5型の線維のコード化領域であり、それぞれ、AY339865のヌクレオチド31037〜32674位、及びヌクレオチド32675〜32782位の位置に対応する。酵母の相同組換え技術を用いてAdT1に存在する445−A突然変異を腫瘍溶解性アデノウイルスICOVIR5に導入して、アデノウイルスICOVIR5−T1を得た。AdΔ24RGD(SUZUKI,K.、FUEYO,J.、KRASNYKH,V.、REYNOLDS,P.、CURIEL,D.T.、及びALEMANY,R.、2001年、「A conditionally replicative adenovirus with enhanced infectivity shows improved oncolytic potency」、Clinical Cancer Research−2001;7(1):120−126頁によって開示されるとおり)は、Δ24及びRGD突然変異を含む別のアデノウイルス突然変異体である。A549肺腺癌細胞の単層に、細胞当たり1個(左側パネル)又は細胞当たり0.1個(右側パネル)のICOVIR5−T1、ICOVIR5又はAdΔ24RGDのウイルス粒子を感染させるプラークアッセイにおいて、ICOVIR5−T1、ICOVIR5及びAdΔ24RGDのプラークサイズを比較した。10日後に撮影したプレート。ICOVIR5−T1は、ICOVIR5及びAdΔ24RGDと比較して大きいプラーク表現型を示した。
【発明を実施するための形態】
【0062】
A.E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの構造及び機能、並びに癌治療におけるその用途
本発明は、癌を治療するための、E3−19Kの小胞体保持ドメインに、突然変異を有するアデノウイルスの用途について記載する。この治療は、こうしたウイルスの腫瘍内での複製に基づく。
【0063】
ウイルスゲノムの操作には、いくつかの方法が用いられる。遺伝的に修飾されたアデノウイルスの作製に用いられる方法は、遺伝子療法及びアデノウイルスによるウイルス療法の分野において、十分に確立されている。最も一般的に用いられている方法は、修飾されるアデノウイルスゲノムの領域を含むプラスミドに所望の遺伝子修飾を導入し、次に、細菌において、ウイルスゲノムの残りの部分を含むプラスミドと相同組換えを実施することに基づく。
【0064】
腫瘍選択的複製を得るため、様々なタイプの突然変異及び遺伝子操作が行われている。そのうちの1つが、腫瘍細胞において活性を有し、且つウイルス遺伝子の発現を制御するために使用されるプロモーターの挿入である。こうしたプロモーターとしては、E2Fプロモーター、テロメラーゼ(hTERT)プロモーター、チロシナーゼプロモーター、前立腺特異的抗原(prostate specific antigene)(PSA)プロモーター、α−フェトプロテインプロモーター、シクロオキシゲナーゼ2(cox−2)プロモーター、及びHIF−1(低酸素誘導因子)、Ets(E26ファミリーの転写因子)及びtcf(T細胞因子)などの転写因子結合部位の導入に基づく人工プロモーターが挙げられる。本発明の一実施形態は、こうしたプロモーターと組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途である。
【0065】
腫瘍選択的複製を実現するための、記載がなされている別の修飾は、pRB経路を遮断する初期E1A機能の欠失である。かかる突然変異体の選択的複製は、いくつかの先行技術文献で実証されている。E4及びE4orf6/7などの、pRBと直接相互作用する他のウイルス遺伝子が、腫瘍細胞における選択的複製を実現するための欠失候補である。本発明の一実施形態は、選択的複製能を付与するこうしたE1欠失突然変異体と組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途である。
【0066】
腫瘍選択的複製を実現するための、記載がなされている別の修飾は、ウイルス関連RNA(VA−RNA)をコードするアデノウイルス遺伝子の欠失である。こうしたRNAはインターフェロンの抗ウイルス活性を遮断するもので、その欠失は、結果として、インターフェロンの抑制を受けることのできるアデノウイルスをもたらす。腫瘍細胞中のインターフェロン経路における特有の切断に起因して、かかるアデノウイルスは、通常、腫瘍において複製する。本発明の一実施形態は、選択的複製能を付与するウイルス関連RNAにおけるこうした欠失と組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途である。
【0067】
本発明の別の実施形態において、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスは、そのカプシドに修飾を含み、それによって、その感染価を高め、又は腫瘍細胞に存在する受容体に特異的となり得る。アデノウイルスのカプシドタンパク質は、感染価を亢進し、又はウイルスを腫瘍細胞に存在する受容体に対して特異的にするリガンドを含むよう、遺伝的に修飾されている。
【0068】
ウイルスを腫瘍に対し特異的にすることは、一端でウイルスと、及び他方の端部で腫瘍受容体と結合する二機能性リガンドによってもまた実現することができる。カプシドは、また、アデノウイルスの血中生存期間を延ばして、播種性腫瘍結節に到達する可能性を高めるため、ポリエチレングリコールなどのポリマーでコートされてもよい。本発明の一実施形態は、こうしたカプシド修飾と組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの使用である。
【0069】
本発明の別の実施形態は、複製し(複製能を有するアデノウイルス)、且つE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と、前記突然変異型E3−19Kタンパク質の発現が亢進される結果となる他のゲノム修飾とを含むアデノウイルスである。突然変異型E3−19Kの発現を亢進する方法は、いくつかあり得る。例えば、遺伝子転写を増加させるE3プロモーターの修飾、又はウイルスRNAのプロセシング及びタンパク質合成に関与するウイルスタンパク質の活性を亢進する突然変異である。突然変異型E3−19Kは、新規機能を提供するため、その過剰発現は、結果として、機能の向上をもたらし得る。
【0070】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスに関連し、これは、また、チミジンキナーゼ遺伝子、シトシンデアミナーゼ遺伝子、アポトーシス促進遺伝子、免疫賦活遺伝子又は腫瘍抑制遺伝子などの、腫瘍細胞におけるその細胞毒性を増加させる他の遺伝子も含む。
【0071】
B.E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの産生、精製及び製剤
本発明で記載されるアデノウイルスは、Graham FL、Prevec L、「Manipulation of adenoviral vectors」、Clifton,N.J.:Humana Press;1991年;及びAlemany R、Zhang W、「Oncolytic adenoviral vectors」、Totowa,NJ.:Humana Press;1999年に開示されるとおりの、アデノウイルス学及びアデノウイルスベクターの分野における標準方法に従って増殖させることができる。
【0072】
好ましい増殖方法は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの複製を可能にする細胞系の感染において構成される。肺腺癌A549細胞系は、かかる細胞系の一例である。増殖は、例えば、以下のとおり行われる:A549細胞をプラスチック製の細胞培養プレート内で成長させて、細胞当たり50個のウイルス粒子に感染させる。
【0073】
2日後、細胞が剥離して「ぶどうの房様」の集団が形成されると、細胞変性効果がウイルス産生の証拠となる。細胞は回収され、試験管に保存される。細胞は、1000gで5分間遠心し、細胞ペレットの凍結及び解凍を3回行って細胞内ウイルスを遊離させる。得られた細胞抽出物を1000gで5分間遠心し、ウイルスを含む上清を塩化セシウム勾配上に重層し、35.000gで1時間にわたり遠心する。
【0074】
得られたウイルスのバンドを回収し、別の塩化セシウム勾配上に再び重層して、35.000gで16時間にわたり遠心する。ウイルスのバンドを回収し、PBS−10%グリセロールで透析する。透析したウイルスを一定量取り分け、−80℃に保つ。標準プロトコルに従ってウイルス粒子及びプラーク形成単位の数の定量を行う。
【0075】
10%グリセロールを含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が、アデノウイルスの保存に用いられる標準的な製剤である。しかしながら、ウイルスの安定性を改善する他の製剤も記載されている。
【0076】
C.E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの癌治療における用途
本発明は、癌を治療するための、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途について記載する。この治療は、こうしたウイルスの腫瘍細胞内での複製に基づく。
【0077】
癌を治療するための、本発明で記載されるウイルスの使用プロトコルは、アデノウイルスによるウイルス療法及び遺伝子療法の分野で用いられるものと同じ手順に従う。遺伝子療法の分野では、複製欠損アデノウイルス及び複製コンピテントアデノウイルスの使用には、幅広い経験がある。いくつかの刊行物が、インビトロ、動物モデル又は患者による臨床治験における腫瘍細胞の処置について記載している。
【0078】
インビトロでの細胞の処置には、上記のいずれかの製剤中にある精製されたアデノウイルスを培養培地に添加して、腫瘍細胞を感染させる。動物モデル又は患者の腫瘍を処置するためには、腫瘍内若しくは腔内注射による局所若しくは局部投与によるか、又は静脈内注入によって全身的に、アデノウイルスが送り込まれ得る。本発明の中で記載されるアデノウイルスによる腫瘍の処置は、腫瘍溶解性アデノウイルスの分野で既に記載されているとおり、化学療法又は放射線療法などの他の治療モダリティと組み合わせて用いられ得る。
【実施例】
【0079】
実施例1
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスは、より効率的に伝播する。
突然変異を誘発されたアデノウイルスのライブラリを、以下のとおり作製した:2×1010個のヒトアデノウイルス5型(Adwt)のウイルス粒子を、0.7Mの亜硝酸で8分間処理することによって、突然変異を誘発した。次に、ウイルス溶液を希釈して透析し、突然変異誘発剤を除去した。突然変異を固定するため、突然変異を誘発されたウイルスを用いて、ヒト腫瘍A549細胞を感染させて増幅し、先述のとおり、塩化セシウム勾配で精製した。
【0080】
突然変異を誘発された原液を、皮下膵NP−9腫瘍異種移植によって、免疫抑制マウスに注入した。注入後4時間のマウスの血液中に含まれるウイルスを、A549細胞において、インビトロで増幅し、精製し、その後のバイオセレクションラウンドにおいて、再び静脈内注入した。数ラウンド後、腫瘍中に含まれるウイルスの中で、最高の腫瘍退縮(最高の腫瘍溶解活性)を示したものを抽出した(T1抽出物)。
【0081】
最後に、AdT1と命名されるウイルスを、プラークアッセイを用いてT1抽出物から単離した。このアッセイは、腫瘍細胞の単層をウイルスの希釈溶液で感染させること、及び感染後、アガロース重層を添加することにおいて構成される。寒天は、ゼリー状ポリマーを形成し、これによって、培養物全体にわたるウイルスの伝播が防止され、ウイルスは、最初に感染した細胞から局所的に伝播し、結果として、プラークと呼ばれる細胞のないほぼ丸い範囲を形成する。
【0082】
プラークアッセイは、T1のプラークが、親Ad5プラークより大きいことを実証した(本発明の図2を参照)。この表現型により、AdT1の細胞から細胞への伝播がAdwtより速いことが示された。この伝播性の亢進は、本発明で実証されたとおり、抗腫瘍活性を増加させることができるため、癌のウイルス療法におけるその適用に非常に有利である。
【0083】
AdT1ウイルスの単離後、次のステップは、大きいプラーク表現型に関与する遺伝子修飾の決定であった。AdT1ゲノムの断片を、Ad5野生型ゲノムに挿入することによって、いくつかのウイルスを作製した(図3を参照)。この表現型マップにより、大きいプラーク表現型に関与する突然変異は、アデノウイルス配列の75.8(Ad5の27300位)から100マップ単位までの領域に存在することが示された。
【0084】
AdT1のこの領域を配列決定し、Adwtの配列と比較した。認められた突然変異は、小胞体保持ドメインにおけるE3−19Kタンパク質のC末端領域のみに局在していた(本発明の図4及び5を参照)。445−Aと命名されたこの突然変異は、1つの塩基対(配列番号1に見られるとおり、翻訳鎖のアデニン及び相補鎖の各チミン)を挿入するもので、これは、mRNAのリーディングフレームを変化させ、結果として、未変性タンパク質のC末端側終端の残基5’−SRRSFIDEKKMP−3’(配列番号3)に変化をもたらす。
【0085】
この突然変異が、ウイルスAdT1の表現型に関与したことを実証するため、この突然変異を含むアデノウイルス5型を、部位特異的突然変異誘発によって作製した。Ad−19K−445Aと命名されたこのウイルスは、ウイルスAdT1と同じ大きいプラーク表現型を生じたことから、AdT1の表現型が突然変異E3−19K 445−Aによって引き起こされたことが実証された(本発明の図6を参照)。
【0086】
本発明以前には、細胞培養物中での細胞から細胞へのより良い伝播を示す大きいプラーク表現型が、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と結び付けられたことはなかった。実際、本発明者らの知る限りでは、E3−19Kのこのドメインに突然変異を含むウイルスについての発表はなく、これは、上で指摘したとおり、E3−19Kのドメイン研究が単離されたタンパク質のcDNAで実施されており、ウイルスの文脈ではないためである。この先行研究は、E3−19KのC末端テールの突然変異により細胞膜にタンパク質が存在する結果となることを記載した。
【0087】
AdT1の突然変異体E3−19Kタンパク質が細胞膜に局在するかどうかを証明するため、E3−19Kタンパク質の検出を、透過処理されていない細胞において、このタンパク質に特異的な抗体(Tw1.3抗体)を用いて実施した。こうした条件下では、AdT1を感染させた細胞は、E3−19Kの細胞表面発現を提示したが、一方、Adwtを感染させた細胞は提示しなかった(本発明の図7を参照)。膜を透過処理すると、E3−19Kの小胞体にある部分は、抗体に到達可能となり、AdT1に感染した細胞及びAdwtに感染した細胞の双方において、検出される。
【0088】
アデノウイルスAdT1に存在する突然変異445−Aは、E3−19Kの小胞体保持ドメインに影響を及ぼし、結果として、細胞から細胞へのウイルス伝播の向上を示す大きいプラーク表現型をもたらす。この表現型が、E3−19Kタンパク質の小胞体から細胞膜への局在の変化に関連し、局在の変化が関係しない特定の445−A突然変異に関連したものではないことを実証するため、445−Aとは異なるが、E3−19Kタンパク質の小胞体保持ドメインに同様に影響を及ぼす突然変異を有する別のウイルを作製した。
【0089】
Ad19K−KSと呼ばれるこのアデノウイルスは、E3−19Kの小胞体保持ドメインの2つのリジンの、2つのセリンに代わる置換を特徴とする(配列番号4及び配列番号5)。単離したタンパク質の研究では、このE3−19Kにおける修飾によって、小胞体におけるE3−19Kの保持がなくなることが報告されている(Pahl HL、Sester M、Burgert HG、Baeuerle PA、Activation of transcription factor NF−kappaB by the adenovirus E3/19K protein requires its ER retention、J Cell Biol 1996;132(4):511−22頁)。
【0090】
本発明の図6に示されるとおり、作製されたアデノウイルス(Ad19K−KS)もまた、大きいプラーク表現型を呈する。この結果は、E3−19Kの小胞体局在に影響を及ぼす異なる突然変異が、結果として、ウイルス伝播性の亢進をもたらすことを実証している。
【0091】
E3−19Kの主要な機能は、MHC Iとの結合及び小胞体でのMHC Iの保持による、感染細胞に対する免疫応答の防止であるため、AdT1の表現型とこの機能との間の関係を調べた。E3−19Kの小胞体保持ドメインに、突然変異を含むAdT1に感染させると、結果として、E3−19Kの細胞表面発現が増加する(図7)。同時に、野生型アデノウイルスに感染させた細胞と比較したとき、MHC Iの細胞表面発現の増加もあった(図8)。
【0092】
このE3−19K/MHC−I複合体の局在の変化は、大きいプラーク表現型に関与している可能性がある。この仮説を証明するため、AdT1の445−Aと、CS−40と命名されたE3−19KのMHC I結合ドメインにおける突然変異(未変性タンパク質のアミノ酸40位におけるシステインからセリンへの変化)との双方の突然変異を含むウイルスを作成した。
【0093】
ウイルスAd19K−445A−CS40は依然として大きいプラーク表現型を呈したが(図9を参照)、これは、大きいプラーク表現型の誘導に、細胞膜におけるE3−19K/MHC I複合体の存在は必要でないことを示している。MHC−Iが大きいプラーク表現型に関与しなかったことを確認するさらなる証拠は、DLD−1細胞のAdT1への感染であった。こうした細胞は、細胞表面MHC I発現を欠いていたが、それでもなおAdT1はAdwtより大きいプラークを呈した(図9を参照)。
【0094】
以前に、ADP(E3−11.6K)過剰発現が、結果として、本発明で提示されたものと同様の表現型をもたらすことが記載されている。ADP過剰発現を有するアデノウイルスは、ウイルスが感染細胞からより効率的に、且つ早期に放出される結果としての、大きいプラーク表現型を特徴とする。ADPの過剰発現は、E3−19K及び他のE3タンパク質を除去することにより、ひいてはE3−11.6K mRNAのスプライシングが亢進されることで実現され得る。
【0095】
本発明の目的である、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスが、結果として、この表現型を説明し得るADPの過剰発現をもたらすかどうかを試験するため、AdT1感染細胞におけるADP発現を測定した。本発明の図10に見られるとおり、抗ADP抗体を用いたウエスタンブロットによるADP検出から、AdT1感染細胞のタンパク質抽出物が、Adwt感染細胞の抽出物と同じ量のADPを含み、同様の動態で発現したことが示された。これは、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異によって引き起こされた伝播性の亢進が、ADPの過剰発現に依存しないことを実証しており、本発明の分野で既に記載されているものとは異なる新規機序を含意するものである。
【0096】
要約すれば、この実施例は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、結果として、アデノウイルスの伝播性の向上をもたらすことを示す。いずれもこのドメインに影響を及ぼす2つの異なる突然変異が同じ効果を有し、これは、この表現型がE3−19Kの局在の変化に関連し、特定の突然変異配列には関連しないことを示している。E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの伝播性の亢進は、MHC Iとの相互作用にも、ADPの過剰発現にも依存しない。
【0097】
実施例2
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスは、感染細胞から上清中により効率的に放出される。実施例1で明らかとなった大きいプラーク表現型は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの伝播性の亢進を示す。プラークアッセイは、少数の感染細胞で開始され、ウイルスが数サイクルする結果としてのウイルスの細胞から細胞への伝播を反映する。
【0098】
E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、1回のウイルスサイクルの経過において確かな表現型の変化をもたらしたかどうかを判断するため、細胞の単層を多量のAdT1に感染させて、子孫ウイルスの産生及び放出をAdwtと比較した。1サイクルのウイルス複製におけるウイルスの産生及び放出の総量についての情報を得るため、細胞内ウイルス及び細胞培養物の上清に存在するウイルスを別個に計測した。6ウェルプレート中のA549細胞の単層に、細胞当たり1500個のウイルス粒子を感染させた。上清及び細胞抽出物に存在するウイルスを、感染後の種々の時点で計測した。
【0099】
結果は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスAdT1が、Adwtより100倍効率的に放出されるが、ウイルス総産生量は、影響を受けなかったことを示している(本発明の図11上)。このアッセイは、異なる起源の腫瘍細胞系の集団で実施した。AdT1は、全ての被験細胞系において、Adwtより効率的に放出され(図11下)、ウイルス放出の差は、5〜125倍の範囲であった。上清への放出が亢進されたこの表現型が、非腫瘍細胞においても明らかであるかどうかを確認するため、ヒト癌腫関連線維芽細胞をヒト腫瘍生検から単離した。
【0100】
その結果から、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスAdT1が、これらの線維芽細胞においてもより効率的に放出されることが示された。要約すれば、この実施例は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有する複製コンピテントなアデノウイルスが、感染細胞からより効率的に放出されることを実証している。ウイルスの感染細胞からの放出の亢進は、癌の治療に適切なアデノウイルスの複製特性である。
【0101】
実施例3
E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異はアデノウイルスの腫瘍溶解力価を亢進し、この突然変異を有するアデノウイルスは、腫瘍の効率的な治療に使用することができる。
皮下膵ヒト腫瘍を内包するBalb/cヌードマウスにおいて、インビボ実験を実施した。合計8×106個のNP−9細胞を、マウスの側腹部に皮下注入した。15日後、腫瘍容積が80〜100mm3に達したところで、マウスを無作為に選んで異なる実験群に分けた(n=10匹/群)。対照腫瘍は、リン酸緩衝生理食塩水を尾静脈から静脈内注入した(150マイクロリットル)。
【0102】
AdT1による処置群は、2×1010個のウイルス粒子/マウスの単回静脈内注入を受けた。2日毎に腫瘍を計測し、式:V(mm3)=A(mm)B2(mm2)×3.14/6(式中、Bは腫瘍の長さである)によって容積を計算した。図13は、注射した日(0日目)以降の腫瘍成長を示す。結果は平均±S.E.M.として提示される。
【0103】
対でない試料のためのノンパラメトリックマンホイットニー検定を用いて、差の有意性を計算した。分散分析を利用して成長曲線を比較した。結果は、p<0.05の場合に有意であると見なされた。SPSS統計パッケージ(SPSS Inc.、Chicago,IL)によって計算を実施した。AdT1によって処置された腫瘍の成長において、注入後10日目から実験の終了時まで有意な差が認められた。
【0104】
実施例4
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有する腫瘍溶解性条件付き複製アデノウイルス(ICOVIR5)は、より効率的に伝播する。
ICOVIR5(Cascalloら、Molecular Therapy 15:1607頁、2007年)は、E1a遺伝子において突然変異している(Δ24突然変異)腫瘍選択的アデノウイルスであり、かかる突然変異型E1a(突然変異は配列番号7に反映されている)の発現を制御するためのE2F1プロモーター配列を含み、及び配列番号8によって定義されるとおりの、腫瘍細胞に対するその感染価を高めるためのカプシド修飾(RGDペプチド挿入)を含む。
【0105】
E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、腫瘍溶解性アデノウイルスの特徴であるこれらの遺伝子修飾と効果的に組み合わされ得ることを実証するため、E3−19Kに445−A突然変異を含むICOVIR5の誘導体(配列番号1及び配列番号2に係る)を作製し、ICOVIR5−T1と命名した。このウイルスをプラークアッセイにおいて、親ウイルスICOVIR5、及びΔ24突然変異及びRGD突然変異を有する第2の対照ウイルス(AdΔ24RGDと命名された)と比較した。
【0106】
プラークアッセイは、腫瘍細胞単層をウイルスの希釈溶液で感染させること、及び感染後に寒天重層を添加することにおいて構成される。寒天がゼリー状ポリマーを形成し、これによって、培養物全体にわたるウイルスの伝播が防止され、ウイルスは、最初に感染した細胞から局所的に伝播して、結果として、細胞単層に「プラーク」として知られる穴を形成する。
【0107】
A549肺腺癌細胞の単層に、ICOVIR5−T1、ICOVIR5又はAdΔ24RGDの細胞1個当たり1個又は0.1個のウイルス粒子を感染させてプラークアッセイを実施した。10日後に撮影したプレート(本発明の図14)。ICOVIR5−T1のプラークは、ICOVIR5及びAdΔ24RGDのプラークより大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
上述された例は、血清型5から得られたE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスを例示しているが、当業者には、E3遺伝子を有し、且つタンパク質E3−19Kを翻訳可能な全ての血清型が、同様に本発明の目的であることを理解される。
【技術分野】
【0001】
本発明の分野は、一般に癌の治療に関するものであり、より詳細には、小胞体保持ドメインにおいて突然変異しているE3−19K遺伝子を含むアデノウイルス、及び癌を治療するためのこれらのアデノウイルスの用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在の癌治療は、主に、化学療法、放射線療法及び外科手術に基づいている。治療が初期に適用されるときの成功率は高いにも関わらず、進行した疾患のほとんどの症例では、腫瘍を外科手術によって切除することができないか、又は照射可能な放射線及び化学治療線量が正常細胞に対する毒性によって制限されるために、根治することができない。
【0003】
この問題を軽減するため、より高い選択性及び力価を求めて、バイオテクノロジーによる方策が開発されてきた。それらのなかでも、遺伝子療法及びウイルス療法は、癌を治療する目的でウイルスを用いるものである。遺伝子療法では、ウイルスは、その複製を回避し、且つ、治療用の遺伝子材料の媒体又はベクターとして機能するように改変される。
【0004】
逆に、ウイルス療法は、腫瘍細胞内で選択的に複製及び増殖するウイルスを用いる。ウイルス療法では、腫瘍細胞は、治療遺伝子の作用によるのではなく、細胞内部でウイルスが複製することで引き起こされる細胞変性効果によって死滅する。腫瘍細胞内での選択的な複製は、腫瘍溶解(oncolysis)として知られている。腫瘍内で選択的に複製するウイルスは、腫瘍溶解性ウイルスとして知られている。
【0005】
癌ウイルス療法は、遺伝子療法より古い。ウイルスによる癌治療に関する最初の報告は、前世紀初頭まで遡る。1912年、De Paceは、子宮頸癌において、狂犬病ウイルスを接種した後に、腫瘍退縮を得た(De Pace N.Sulla scomparsa di un enorme cranco vegetante del collo dell’utero senza cura chirurgica.Ginecologia 1912;9:82−89頁)。それ以降、腫瘍を治療するため、多様なウイルス種が腫瘍に注入されてきた。自律性のパルボウイルス、水疱性口内炎ウイルス及びレオウイルスなど、天然で腫瘍親和性を呈するウイルスがある。
【0006】
他のウイルスは、遺伝的に操作することで、腫瘍における選択的複製能を獲得し得る。例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)は、腫瘍細胞などの、増殖が活発に進行している細胞に不要な酵素活性であるリボヌクレオチド還元酵素遺伝子を欠失させることによって、腫瘍親和性にされている。しかしながら、病原性が低く、且つ腫瘍細胞を感染させる力価が高いことから、癌のウイルス療法(virotehrapy)及び遺伝子療法においては、アデノウイルスが最も一般的に用いられているウイルスとなっている。
【0007】
アデノウイルスには、51種の血清型が同定されており、AからFの異なる6群に分類されている。ヒトアデノウイルス5型(Ad5)はC群に属し、36キロベースの直鎖状DNAを含む二十面体のタンパク質カプシドからなる。Ad5感染は、成人では、多くの場合に、無症候性であり、小児では、感冒及び結膜炎を引き起こす。概して言えば、Ad5は、上皮細胞に感染し、自然感染では、これは、気管支上皮細胞である。
【0008】
Ad5は、カプシドの12個の頂点からアンテナのように伸張するウイルスタンパク質である線維が、コクサッキーアデノウイルス受容体(CAR)として知られる細胞間接着に関与する細胞タンパク質と相互作用することによって、細胞に侵入する。
【0009】
ウイルスDNAが核に達すると、初期遺伝子(E1からE4)の転写が始まる。最初に発現するのは、初期1A領域の遺伝子(E1A)である。E1Aは、細胞タンパク質pRb(網膜芽細胞腫タンパク質)に結合して、転写因子E2Fを放出し、E2、E3、及びE4などの他のウイルス遺伝子、及び細胞周期を活性化させる細胞遺伝子の転写を活性化させる。
【0010】
他方で、E1Bは、転写因子p53に結合して、細胞周期を活性化させるとともに、感染細胞のアポトーシスを阻害する。E2は、ウイルスを複製するタンパク質をコードする。E3は、抗ウイルス免疫反応を抑制するタンパク質をコードする。
【0011】
E4は、ウイルスARNを輸送するタンパク質をコードする。初期遺伝子の発現によって、ゲノムの複製がもたらされ、複製されると、主要な後期プロモーターが活性化される。このプロモーターが、mRNAの発現を駆動し、mRNAが、ディファレンシャルスプライシングによって、プロセシングを受けることで、カプシドを形成する構造タンパク質をコードする全てのRNAが生じる。
【0012】
本発明に特に関連して、E3タンパク質が、より詳細に記載される。ウイルスのライフサイクルの初期段階では、ゲノムの複製前に、E3遺伝子が、E3プロモーターから発現する。このプロモーターは、mRNA前駆体の発現を駆動し、このmRNA前駆体が、スプライシングによって、9種の異なるmRNAを産生する。
【0013】
アデノウイルスのほとんどの血清型、すなわち、B群、C群、D群及びE群の血清型において、これらのmRNAから7種のタンパク質(ポリペプチド):E3−12.5K、E3−6.7K、E3−19K、E3−11.6K(アデノウイルスデスタンパク質、すなわちADPとしても知られている)、E3−10.4K(RIDα)、E3−14.5K(RIDβ)、及びE3−14.7K(ゲノム中、左から右への位置)が合成される。
【0014】
後期の段階では、E3プロモーターは、抑制され、主要後期プロモーターが活性化される。このプロモーターから1つのmRNA前駆体が合成され、スプライシングによって、異なるmRNAが生じる。これらの後期mRANから合成されるE3タンパク質は、E3−11.6K(ADP)のみである。
【0015】
ADP、すなわちE3−11.6Kは、核膜、ゴルジ膜及び小胞体膜に位置する内在性膜タンパク質である。これは、感染細胞の溶解において役割を果たす。残りのE3タンパク質は、感染細胞に対する免疫応答の抑制に関連した機能を有する。例えば、E3−6.7K、RIDα、RIDβ及びE3−14.7Kは、TNF介在性アポトーシスから細胞を保護する。
【0016】
E3−19Kは、主要組織適合性クラス1タンパク質(MHC−I)を小胞体に保持する膜タンパク質である。従って、E3−19Kは、感染細胞の膜内での抗原提示を回避する。
【0017】
このE3−19K機能の媒介に重要なペプチド領域又はペプチドドメインが2つある。1つは、E3−19K MHC−I結合ドメインである。もう1つは、E3−19Kのカルボキシ末端側終端にあるペプチド配列であり、これは、タンパク質を小胞体に保持し、その細胞膜への通過を回避する。当該ドメインに特異的な突然変異を有するE3−19Kのこうした機能ドメインの記載は、発現プラスミドにおいて単離されたE3−19Kを用いてなされている(Gabathuler R、Kvist S、The endoplasmic reticulum retention signal of the E3/19K protein of adenovirus type 2 consists of three separate amino acid segments at the carboxy terminus、J Cell Biol 1990;111(5 第1部):1803−10頁)。
【0018】
腫瘍溶解性アデノウイルスの設計に関しては、重要な考慮点が2つあり、すなわち、選択性及び力価である。腫瘍細胞を指向する選択性を実現するため、腫瘍細胞に不要なウイルス機能の欠失と、ウイルスプロモーターの腫瘍選択性プロモーターとの置換という2つの方策が用いられている。
【0019】
かかる遺伝子修飾によって、相当なレベルの選択性が得られており、腫瘍細胞における複製効率は正常細胞と比べて1万倍高い。腫瘍溶解性の力価に関しても、それを高めるためのいくつかの遺伝子修飾が同様に記載されている。こうした修飾は、ウイルスの細胞への侵入又はウイルスの細胞からの放出のいずれかに影響を及ぼす。
【0020】
侵入ステップを増やすため、ウイルスが細胞を感染させるために用いるカプシドタンパク質が修飾されている。例えば、RGDペプチド(アルギニン−グリシン−アスパラギンモチーフ)を線維に挿入することにより、アデノウイルスは、インテグリンを用いて細胞に結合することが可能となり、野生型アデノウイルスの場合のように、単に内部に入り込むだけではなくなる。
【0021】
ウイルスの細胞受容体としてインテグリンを用いると、感染価及び腫瘍溶解力価が高まる。感染細胞からのウイルスの放出を増加させる修飾に関しては、E1B−19Kの欠失と、E3−11.6K(ADP)の過剰発現との2つの記載がなされている。E1B−19Kは、Bcl−2と相同なアポトーシス阻害因子である。E1B−19Kを欠失させると、感染細胞の早期アポトーシスによる細胞死が増加する。
【0022】
この早期アポトーシスは、多くの感染細胞系において、ウイルス総産生量の減少をもたらすことが多いが、しかしながら、早期アポトーシスは、ウイルスの速やかな放出、ひいては細胞培養物におけるウイルスの伝播を加速させる。従って、E1B−19Kを発現しない突然変異体は、プラークアッセイで野生型アデノウイルスと比較して大きいプラーク表現型を呈する。
【0023】
アデノウイルスの腫瘍溶解力価を高めるために用いられる別の方策は、E3−11.6K(ADP)タンパク質の過剰発現である。このタンパク質は、感染細胞の溶解において役割を果たし、ADP過剰発現によって、核の内部に蓄積されたウイルスの放出を増加させる。ADP過剰発現ウイルスの表現型も、また、大きいプラーク、及び感染細胞の上清中に存在するウイルスの多さによって特徴付けられる。
【0024】
ADP過剰発現は、2つの機序によって実現されている:1)ADP以外の、又はADP及びE3−12.5K以外のE3遺伝子の除去。この欠失によって、E3プロモーターによって駆動されるmRNA前駆体内の他のスプライシング部位が取り除かれる。それらのスプライス部位についての競合がないため、mRNAコード化ADPのプロセシングが優先される。2)強力プロモーターの後ろへのADP遺伝子の挿入。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0025】
【非特許文献1】De Pace N.Sulla scomparsa di un enorme cranco vegetante del collo dell’utero senza cura chirurgica.Ginecologia 1912;9:82−89頁
【非特許文献2】Gabathuler R、Kvist S、The endoplasmic reticulum retention signal of the E3/19K protein of adenovirus type 2 consists of three separate amino acid segments at the carboxy terminus、J Cell Biol 1990;111(5 第1部):1803−10頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
本発明は、E3−19Kタンパク質の突然変異に基づき感染細胞からのアデノウイルスの放出を増加させるための、改良された新規機序を開示する。
【0027】
具体的には、本発明は、E3−19Kタンパク質の小胞体保持ドメインの突然変異に基づくアデノウイルスの放出亢進について記載する。本発明は、E3−19Kの細胞局在に影響を及ぼす突然変異に関連する表現型が、ADPの過剰発現とは関連せず、従って、感染細胞からのアデノウイルスの放出の増加が、これまでに記載されているものとも、又は示唆されているものとも異なる機序であることを実証する。
【課題を解決するための手段】
【0028】
アデノウイルス5型ゲノムのランダム突然変異誘発と、それに続き、より高い腫瘍溶解力価を獲得した突然変異体の選択を行った。亜硝酸ナトリウムによる突然変異誘発によって、過渡的な突然変異が起こり、そこで、ヌクレオチド塩基の脱アミノ化が生じる。DNAの複製後、これらの脱アミノ化された塩基によって新しい対合が起こり、突然変異が固定される。アデノウイルス5型原液の突然変異誘発後、得られたプールを癌細胞系において増幅し、標準的手順によって精製した。
【0029】
ウイルス原液は、アデノウイルス参照物質(Adenovirus Reference Material:ARM)(GenBank配列ファイルAY339568)に相当する。事前に、ヒト腫瘍を接種した免疫不全マウス(ヌードマウス)において、腫瘍溶解性突然変異体のバイオセレクション(bioselection)プロセスをインビボで実施した。血中でより長く生存し、且つ腫瘍内でより効率的に複製されたウイルスを単離し、増幅し、その後のバイオセレクションラウンドにおいて腫瘍を有するマウスに再び注入した。
【0030】
より高い腫瘍溶解力価を呈する突然変異体を見つけるために、このランダム法を用いた例は既にあるが、その先例で用いられたバイオセレクションプロセスは異なる(Yan W、Kitzes G、Dormishian F、Hawkins L、Sampson−Johannes A、Watanabe Jら、Developing novel oncolytic adenoviruses through bioselection、J Virol 2003;77(4):2640−50頁)。この先例は、本発明が主題とするものとは、異なる他の突然変異を見つけ出すものである。
【0031】
本発明は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むことを特徴とするアデノウイルスに関する。特に、E3−19Kが小胞体に保持されないようにし、それを細胞膜まで通過させるため、E3−19Kのカルボキシ末端(carboxy−terninal)ドメインが除去されるか、又は修飾される。複製し、且つE3−19Kのこの特定の突然変異を含むアデノウイルスは、感染細胞からより効率的に放出される。このより高い放出率によって、腫瘍溶解作用が高まる。この腫瘍溶解作用の亢進は、癌の治療に有用である。
【0032】
E3−19Kの記載されている機能は、免疫調節機能であることから、E3−19Kのカルボキシ末端側終端の突然変異によって、感染細胞からのアデノウイルスの放出が増加することが確認されたのは意外である。特に、E3−19Kについて記載されている機能は、MHC−Iと結合してMHC−Iを小胞体に保持することによる、MHC−Iの細胞膜への通過及びMHC−Iに関連する抗原の提示の回避に関するものである。
【0033】
それゆえ、E3−19Kを発現しないアデノウイルス突然変異体の表現型は、細胞膜におけるMHC−Iの存在、及びウイルスに対するより高い免疫応答を特徴とする。この表現型は、インビトロでの細胞培養物におけるアデノウイルスの増殖に影響を及ぼさず、従って、遺伝子治療ベクターのようなアデノウイルス分野の専門家は、一般に、ウイルス産生に有害な作用を有することなくE3領域全体を欠失させている。
【0034】
E3−19Kドメインの機能研究は、アデノウイルスの文脈を離れ、単離されたE3−19Kタンパク質で実施されているため、E3−19Kを発現しないというアデノウイルスの表現型に関するこの知識の他には、E3−19Kの部分欠失を有するアデノウイルスを特徴付ける表現型は知られていない(Gabathuler R、Kvist S、The endoplasmic reticulum retention signal of the E3/19K protein of adenovirus type 2 consists of three separate amino acid segments at the carboxy terminus、J Cell Biol 1990;111(5 第1部):1803−10頁)。
【0035】
こうした研究において、E3−19Kのカルボキシ末端テール又は小胞体保持ドメインの欠失によってウイルス放出が増加し得ると示唆されたことはなかった。このように、E3−19Kの小胞体保持ドメインの修飾が、感染細胞からのアデノウイルスの放出率を高める結果となり得ることを示唆する合理的な先行知識はない。この結果は、本発明において、感染細胞からより効率的に放出されるアデノウイルスの選択を優先する手順を用いて実施されたアデノウイルスのランダム突然変異体ライブラリのスクリーニングから出されたものである。
【0036】
従って、本発明は、アデノウイルスを包含し、ここで、このアデノウイルスは、複製能を有し、且つE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む。
【0037】
本発明で考察されるE3−19K突然変異は、E3−19Kをコードする遺伝子配列の1つ又は複数の塩基対の挿入、変更又は欠失であり得る。いずれの場合にも、作用は同じであって、それが、E3−19Kの小胞体保持ドメインに変化をもたらし、その結果、E3−19Kの小胞体膜から細胞膜への移動が生じる。
【0038】
同様に、結果として、E3−19Kの同様の移動が間接的に生じる他の突然変異は、本発明の目的である。例えば、E3−19Kのカルボキシ末端を取り除くプロテアーゼ標的部位の挿入、又はE3−19Kを細胞膜に移動させることができる代替的な細胞内輸送シグナルの挿入である。
【0039】
本発明の別の実施形態において、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスは、また、腫瘍内での選択的複製を実現するため、E1a、E1b、E4、及びVA−RNAの群の1つ又は複数の遺伝子においても突然変異している。
【0040】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含み、且つ腫瘍内での選択的複製を実現するための組織特異的プロモーター又は腫瘍特異的プロモーターをさらに含む複製アデノウイルスである。
【0041】
本発明の別の実施形態において、複製アデノウイルスはE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含み、且つ、腫瘍内での選択的複製を実現するための、E1a、E1b、E2、及びE4からなる群からの1つ又は複数の遺伝子の発現を制御するプロモーター配列をさらに含む。
【0042】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と、腫瘍細胞における感染価又は腫瘍細胞に存在する受容体に対する標的性を高めるためのカプシド修飾とを含む複製アデノウイルスである。
【0043】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含み、且つ癌遺伝子療法の分野で一般に用いられる遺伝子をさらに含む複製アデノウイルスである。好ましくは、癌遺伝子療法の分野で一般に用いられる遺伝子は、プロドラッグ活性化遺伝子、腫瘍抑制遺伝子(tumor−supressor gene)及び免疫賦活遺伝子からなる群から選択される。
【0044】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と、結果として前記E3−19Kタンパク質の発現の亢進をもたらすゲノム修飾とを含む複製アデノウイルスである。ヌクレオチド配列の配列番号1を含む本発明の複製アデノウイルス。
【0045】
本発明の別の態様において、複製アデノウイルスは、配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する。
【0046】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスであり、前記アデノウイルスはヌクレオチド配列の配列番号4を含む。
【0047】
本発明の複製アデノウイルスは、配列番号5を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する。
【0048】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスであり、前記アデノウイルスは、少なくともヌクレオチド配列の配列番号1、配列番号7及び配列番号8を含む。
【0049】
本発明の複製アデノウイルスは、配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含み;且つRGDモチーフ(配列番号8の1648〜1656位により定義される)と;前記アデノウイルスの腫瘍細胞内での選択的複製能を付与する調節領域であって、DM1インスレーター(配列番号7の367〜1095位により定義される)、E2F1プロモーターの断片(配列番号7の1282〜1545位により定義される)、ccaccコザック配列(配列番号7の1546〜1550位により定義される)及びE1a−Δ24変異アデノウイルス遺伝子(配列番号7の1551〜2512位により定義される)において構成される調節領域との挿入を含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する。
【0050】
本発明の別の目的は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスの薬理学的に有効な投薬量と、1つ又は複数の薬学的に許容可能な担体又は賦形剤とを含む医薬組成物である。
【0051】
本発明の別の目的は、薬剤として使用される上記に定義されるとおりの複製アデノウイルスである。
【0052】
癌における予防薬及び/又は治療薬としての本発明の複製アデノウイルス。
【0053】
本発明は、また、癌の新規治療方法も提供し、これは、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルスの投与を含む。
【0054】
本発明の別の目的は、癌又は癌につながる前悪性疾患を治療又は予防するための医薬製剤の調製における、上記に定義されるとおりの複製アデノウイルスの使用である。
【0055】
別の実施形態において、本発明のE3−19K突然変異アデノウイルスは、化学療法又は放射線療法などの他の癌療法と組み合わせて使用され得る。
【0056】
本発明は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルス、及び癌又は癌につながる前悪性疾患を治療又は予防するための前記アデノウイルスの用途について記載する。腫瘍溶解性アデノウイルスにおけるE3−11.6K(ADP)の過剰発現又はE1B−19Kの欠失に関しては、既に報告されている。本発明とは逆に、これまでに記載されているこれらの修飾は、E3−19Kの細胞膜における局在を含意することもなければ、それを必要とすることもなく、それらの作用機序は異なる。
【0057】
本発明以前には、小胞体に結合し続けることができないE3−19Kタンパク質の活性が、ウイルスゲノムにおいて分析されたことはなかった。E3−19Kの機能については、MHC−Iとの結合しか記載がなく、及びこの結合性E3−19Kを介して抗原提示及び免疫応答が低下するため、ウイルスの放出と結び付く腫瘍溶解力価の上昇に関係する前記タンパク質の活性は、意外である。
【0058】
本発明の目的である、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスは、HEK−293及びA549などの、遺伝子療法及びウイルス療法の分野で一般に用いられる細胞系において増殖及び増幅される。E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスを癌の治療に使用するために精製する手順は、癌のウイルス療法(virotehrapy)及び遺伝子療法に用いられる他のアデノウイルス及びアデノウイルスベクターについて記載されるものと同じ手順である。
【発明の効果】
【0059】
本発明は、限定はされないが、膵癌、結腸癌及び肺癌を含む癌の改良された療法に対する必要性に応えるものである。E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む腫瘍溶解性アデノウイルスによる癌の治療は、アデノウイルスによる遺伝子療法及びウイルス療法の分野における標準方法を用いた腫瘍内へのウイルスの直接注入か、又は癌患者への全身投与によって実施され得る。
【0060】
添付の図面は、上記の特徴、利点及び構造を明らかとし、且つ詳細な理解が得られるようにするために本明細書に含められている。これらの図面は本明細書の一部をなし、好ましい実施形態を例示しているが、本発明の範囲を限定するものと見なされるべきではない。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】ヒトアデノウイルス血清型5(GenBank配列ファイルAY339865)のゲノムの概略図。通常、35934塩基対の直鎖状ゲノムが左から右に100マップ単位(mu)に分割される。初期(E1〜E4)RNA及び後期(L)RNAをコードする領域が示される。E3領域は、ディファレンシャルスプライシングによるmRNA前駆体転写産物に由来する7つのタンパク質をコードする。本発明は、E3−19Kタンパク質及びそのカルボキシ末端テールに影響を及ぼす突然変異に関する。
【図2】突然変異体AdT1の大きいプラーク表現型特性。この突然変異体は、ヒトアデノウイルス5型のゲノム(GenBank配列ファイルAY339865)のランダム突然変異誘発と、それに続く、移植腫瘍を有するマウスの血液及び腫瘍からのウイルスの単離に基づくスクリーニングによって得られた。腫瘍細胞に対するアデノウイルスAdT1の細胞毒性を、野生型アデノウイルス(Adwt)の細胞毒性と比較した。ヒト腫瘍A549細胞を6ウェルプレートに播種した。80%のコンフルエンスで、段階希釈したAdwt又はAdT1を細胞に感染させた。感染後4時間でウイルスを取り除き、アガロースと混合した培地層で細胞単層を被覆した。感染細胞を6日間インキュベートし、次に生細胞によってのみ吸収される色素であるニュートラルレッドで染色した。結果は、AdT1によって生じたプラークが、Adwtによって生じたプラークと比べてより大きい直径を有することを示している(上部パネル)。下部パネルは、光学顕微鏡で観察したプラークの拡大像(100×)を示し、ここでは、ウイルスAdT1の細胞毒性がより高いことが確認され得る。
【図3】AdT1に大きいプラーク表現型を付与する突然変異の同定。Adwt及び突然変異体AdT1の組換えによって一連のアデノウイルスを作製し、そのうち大きいプラーク表現型を呈する組換体を調べた。図では、Adwtゲノムが細い線で、及びAdT1ゲノムが太い線で表される。大きいプラーク表現型を示した組換体の全てに存在する共通領域を配列決定した。本発明者らは、野生型アデノウイルス5型配列との比較によって、アデノウイルス5型の29173位にある1つの塩基対(ウイルスゲノムの左から右へのセンス鎖におけるA)の挿入を同定した。この挿入は、E3−19Kの小胞体保持シグナルを変化させる。
【図4】野生型アデノウイルス血清型5(Adwt)の配列と比較したときAdT1(配列番号1)に存在する突然変異の配列。図示されるAdwtヌクレオチド配列は、E3−19Kのカルボキシ末端テールをコードするAY339865の断片に相当する(配列番号3)。アデノウイルス突然変異体のランダムライブラリから、静脈内投与後の血液中及び腫瘍中でのより長い生存期間に対するインビボ選択(異種移植ヒト腫瘍を有する免疫不全マウスにおける)によって、AdT1ウイルスを単離した。AdT1ウイルスは、タンパク質E3−19KをコードするDNAの445位にアデノシンヌクレオチド(A)の挿入を含む。この突然変異(以降、本明細書では445−Aと称する)は、アミノ酸の配列を変化させてE3−19Kの小胞体保持ドメインを除去する。野生型配列と比較して、突然変異配列はより短いカルボキシ末端テールを生じる。
【図5】E3−19Kタンパク質及びE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける445−A突然変異の影響の模式図。E3−19Kは、アデノウイルス感染細胞の小胞体に結合する膜貫通糖タンパク質である。機能上、E3−19Kは、主要組織適合性複合体クラス1タンパク質(MHC−1)と相互作用するアミノ酸残基を含む内腔ドメイン(アミノ末端)と;小胞体における保持にポジティブなシグナル(EKKMP又は配列番号6)を含む細胞質ドメイン(カルボキシ末端)とを含む。図は、E3−19Kの検出に用いられる、抗体Tw1.3によって認識されるエピトープを示す。突然変異445−Aは、C末端テールにおけるフレームシフト突然変異であり、EKKMPシグナルに相当するアミノ酸残基156〜160位を取り除くものである。この突然変異は、結果として、E3−19Kの細胞膜への再局在化をもたらす。
【図6】E3−19Kの小胞体保持ドメインの445−A突然変異の挿入によって、媒介される野生型アデノウイルスに対する大きいプラーク表現型の導入。AdT1に存在する445−A突然変異を、酵母の相同組換え技術を用いて野生型ウイルス(Adwt)に導入して、アデノウイルスAd19K−445Aを得た。本発明者らは、また、E3−19Kの小胞体保持シグナルを除去する独立した突然変異を含む別のアデノウイルス突然変異体、アデノウイルスAd19K−KSも作成し、ここでは、2つのセリン(SS)が、小胞体におけるE3−19Kの保持に関与するシグナルの2つのリジン(KK)に置換された(配列番号4及び配列番号5)。プラークアッセイにおいて、AdT1、Ad19K−445A、及びAd19K−KSのプラークサイズを比較した。3つのウイルスは、大きいプラーク表現型を示した。
【図7】E3−19Kの細胞局在に対するE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異の影響。挿入された突然変異がアデノウイルスE3−19Kタンパク質の細胞局在を変化させることを実証するため、本発明者らは、ヒト腫瘍細胞系(A549)に等用量のAdwt及びAdT1を感染させた(ウイルス粒子1500個/細胞)。感染後36時間で細胞を回収し、PBS中でインキュベートするか、又は70%エタノールで透過処理した。次に、細胞を抗体Tw1.3(抗E3−19K)と共にインキュベートし、緑色蛍光タンパク質で標識された二次抗体を用いてこの抗体を検出した。細胞懸濁液をフローサイトメーターに通過させたうえで、3つの独立した結果の平均値を示す。細胞膜の透過処理を行わないとき、E3−19Kタンパク質はAdT1に感染した細胞のみで検出され、これは細胞表面におけるその露出を示すものである。
【図8】MHC−Iの細胞局在に対するE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異の影響。突然変異型のE3−19Kの細胞内局在が変化することによって、主要組織適合性複合体クラス1(MHC−1)の露出が変わることを実証するため、ヒト腫瘍細胞(A549)に等用量のAdwt又はAdT1(ウイルス粒子1500個/細胞)を感染させて、感染後24時間で細胞を回収した。次に、細胞を透過処理なしに抗体W6/32(対MHC−1)と共にインキュベートして、細胞膜に位置するMHC−1画分のみを標識した。次に、緑色蛍光タンパク質で標識された二次抗体を用いて、結合したW6/32を検出した。懸濁細胞をフローサイトメーターに通過させた。3つの独立した分析の平均値が示される。AdT1に感染した細胞からのMHC−Iは、膜において、非感染細胞のMHC−Iと同じレベルに、及びAdwt感染細胞のMHC−Iより高いレベルまで露出している。
【図9】E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と関連する大きいプラーク表現型が、MHC−Iの機能に依存しないことの証明。(A)において、本発明者らは、E3−19Kの小胞体保持ドメインを取り除く445A突然変異を含み、且つE3−19KのMHC−I結合ドメインに影響を及ぼす突然変異(CS40)も含むAd19K−445A−CS40と命名されるアデノウイルスを作製した。A549に感染させると、この突然変異体はAdT1と同じ大きいプラーク表現型を示し、これは、この表現型にMHC−Iとの結合が必要でないことを示している。下部パネル(B)は、MHC−1が欠損した細胞系(DLD−1細胞、ヒト結腸腺癌由来)におけるAdT1のプラークアッセイを示し、同じく大きいプラーク表現型が認められる。
【図10】E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、アデノウイルスデスタンパク質(ADP)の過剰発現をもたらさないことの証明。本発明者らは、細胞系A549の細胞にAdwt又はAdT1を感染させて(ウイルス粒子1500個/細胞)、全ての細胞タンパク質を示される時点で抽出した。対照として、同じだが感染していない(モック)細胞を使用した。各試料からの等量のタンパク質抽出物(30マイクログラム)をアクリルアミド15%ゲルに負荷してタンパク質を分離した(SDS−PAGE)。ゲルに通した後、タンパク質をニトロセルロースフィルタに移し(ウエスタンブロット手順)、ADPに対する抗体で検出した。結果は、AdT1及びAdwtが同じ量のADPを同じ動態で発現することを示している。
【図11】E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスに感染させた細胞の上清への、ウイルスのより高い放出率の証明。(A)において、A549細胞にAdwt又はAdT1を感染させて(ウイルス粒子1500個/細胞)、上清に放出されたウイルス、又は細胞抽出物中に存在するウイルスの量(ウイルス総量)を種々の時点で計測した。生じたウイルス総量は、AdwtとAdT1とで同じであるが、AdT1突然変異体は、より効率的に上清に放出される。下部パネル(B)は、いくつかの細胞系に対して適用された同じ実験を示し、感染後の示される時点において、感染細胞の上清中に検出されたウイルスの量を表す。全ての細胞系において、AdT1はより効率的に培養上清に放出される。
【図12】E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスに感染させたヒト線維芽細胞培養物の上清へのウイルスの放出。ヒト線維芽細胞にAdwt又はAdT1を感染させて(ウイルス粒子4500個/細胞)、上清に放出されたウイルス、又は細胞抽出物中に存在するウイルスの量(ウイルス総量)を種々の時点で計測した。結果は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むウイルスAdT1の放出率がより高いことを示す。
【図13】野生型アデノウイルスと比較した、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスの抗腫瘍作用。ヒト膵腺癌細胞(NP−9)を免疫不全マウス(ヌード)に皮下接種した。腫瘍が発育したところで、ウイルス粒子2×1010個/マウスの野生型アデノウイルス(Adwt)又は突然変異体AdT1アデノウイルス(マウス10匹/群)による単回用量で、マウスを静脈内処置した。腫瘍成長率が、0日目に対する時間(処置時間)の関数として示される。結果は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異によってアデノウイルスの腫瘍溶解力価が高まることを証明している。
【図14】E3−19Kの小胞体保持ドメインの445−A(配列番号1及び配列番号2)突然変異の挿入によって媒介される腫瘍溶解性アデノウイルスに対する大きいプラーク表現型の導入。ICOVIR5(CASCALLO M、ALONSO MM、ROJAS JJ、PEREZ−GIMENEZ A、FUEYO J及びALEMANY R、「Systemic Toxicity−Efficacy Profile of ICOVIR−5,a Potent and Selective Oncolytic Adenovirus Based on the pRB Pathway」、Molecular Therapy、2007年9月;15(9):1607−15頁に開示されるとおりの)は、腫瘍溶解性アデノウイルスであり、E1a遺伝子における突然変異(Δ24突然変異、デルタ24突然変異、E1aのpRB結合部位を取り除くAD5の922〜946位のヌクレオチドの欠失)、E1a−Δ24、DM1インスレーター、及びccaccコザック配列(これらの突然変異は全て、配列番号7によって定義されるとおり)などの発現を制御するためのE2F1プロモーター配列、並びに腫瘍細胞に対するその感染価を高めるためのカプシド修飾(RGDペプチド挿入)(配列番号8の突然変異)を含む。配列番号7の1〜366位の位置は、ヒトアデノウイルス5型(血清型)(AY339865)のITR及びパッケージングシグナルを含む。配列番号8では、1〜1638位の位置、及び1666〜1773位の位置が、ヒトアデノウイルス5型の線維のコード化領域であり、それぞれ、AY339865のヌクレオチド31037〜32674位、及びヌクレオチド32675〜32782位の位置に対応する。酵母の相同組換え技術を用いてAdT1に存在する445−A突然変異を腫瘍溶解性アデノウイルスICOVIR5に導入して、アデノウイルスICOVIR5−T1を得た。AdΔ24RGD(SUZUKI,K.、FUEYO,J.、KRASNYKH,V.、REYNOLDS,P.、CURIEL,D.T.、及びALEMANY,R.、2001年、「A conditionally replicative adenovirus with enhanced infectivity shows improved oncolytic potency」、Clinical Cancer Research−2001;7(1):120−126頁によって開示されるとおり)は、Δ24及びRGD突然変異を含む別のアデノウイルス突然変異体である。A549肺腺癌細胞の単層に、細胞当たり1個(左側パネル)又は細胞当たり0.1個(右側パネル)のICOVIR5−T1、ICOVIR5又はAdΔ24RGDのウイルス粒子を感染させるプラークアッセイにおいて、ICOVIR5−T1、ICOVIR5及びAdΔ24RGDのプラークサイズを比較した。10日後に撮影したプレート。ICOVIR5−T1は、ICOVIR5及びAdΔ24RGDと比較して大きいプラーク表現型を示した。
【発明を実施するための形態】
【0062】
A.E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの構造及び機能、並びに癌治療におけるその用途
本発明は、癌を治療するための、E3−19Kの小胞体保持ドメインに、突然変異を有するアデノウイルスの用途について記載する。この治療は、こうしたウイルスの腫瘍内での複製に基づく。
【0063】
ウイルスゲノムの操作には、いくつかの方法が用いられる。遺伝的に修飾されたアデノウイルスの作製に用いられる方法は、遺伝子療法及びアデノウイルスによるウイルス療法の分野において、十分に確立されている。最も一般的に用いられている方法は、修飾されるアデノウイルスゲノムの領域を含むプラスミドに所望の遺伝子修飾を導入し、次に、細菌において、ウイルスゲノムの残りの部分を含むプラスミドと相同組換えを実施することに基づく。
【0064】
腫瘍選択的複製を得るため、様々なタイプの突然変異及び遺伝子操作が行われている。そのうちの1つが、腫瘍細胞において活性を有し、且つウイルス遺伝子の発現を制御するために使用されるプロモーターの挿入である。こうしたプロモーターとしては、E2Fプロモーター、テロメラーゼ(hTERT)プロモーター、チロシナーゼプロモーター、前立腺特異的抗原(prostate specific antigene)(PSA)プロモーター、α−フェトプロテインプロモーター、シクロオキシゲナーゼ2(cox−2)プロモーター、及びHIF−1(低酸素誘導因子)、Ets(E26ファミリーの転写因子)及びtcf(T細胞因子)などの転写因子結合部位の導入に基づく人工プロモーターが挙げられる。本発明の一実施形態は、こうしたプロモーターと組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途である。
【0065】
腫瘍選択的複製を実現するための、記載がなされている別の修飾は、pRB経路を遮断する初期E1A機能の欠失である。かかる突然変異体の選択的複製は、いくつかの先行技術文献で実証されている。E4及びE4orf6/7などの、pRBと直接相互作用する他のウイルス遺伝子が、腫瘍細胞における選択的複製を実現するための欠失候補である。本発明の一実施形態は、選択的複製能を付与するこうしたE1欠失突然変異体と組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途である。
【0066】
腫瘍選択的複製を実現するための、記載がなされている別の修飾は、ウイルス関連RNA(VA−RNA)をコードするアデノウイルス遺伝子の欠失である。こうしたRNAはインターフェロンの抗ウイルス活性を遮断するもので、その欠失は、結果として、インターフェロンの抑制を受けることのできるアデノウイルスをもたらす。腫瘍細胞中のインターフェロン経路における特有の切断に起因して、かかるアデノウイルスは、通常、腫瘍において複製する。本発明の一実施形態は、選択的複製能を付与するウイルス関連RNAにおけるこうした欠失と組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途である。
【0067】
本発明の別の実施形態において、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスは、そのカプシドに修飾を含み、それによって、その感染価を高め、又は腫瘍細胞に存在する受容体に特異的となり得る。アデノウイルスのカプシドタンパク質は、感染価を亢進し、又はウイルスを腫瘍細胞に存在する受容体に対して特異的にするリガンドを含むよう、遺伝的に修飾されている。
【0068】
ウイルスを腫瘍に対し特異的にすることは、一端でウイルスと、及び他方の端部で腫瘍受容体と結合する二機能性リガンドによってもまた実現することができる。カプシドは、また、アデノウイルスの血中生存期間を延ばして、播種性腫瘍結節に到達する可能性を高めるため、ポリエチレングリコールなどのポリマーでコートされてもよい。本発明の一実施形態は、こうしたカプシド修飾と組み合わせた、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの使用である。
【0069】
本発明の別の実施形態は、複製し(複製能を有するアデノウイルス)、且つE3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と、前記突然変異型E3−19Kタンパク質の発現が亢進される結果となる他のゲノム修飾とを含むアデノウイルスである。突然変異型E3−19Kの発現を亢進する方法は、いくつかあり得る。例えば、遺伝子転写を増加させるE3プロモーターの修飾、又はウイルスRNAのプロセシング及びタンパク質合成に関与するウイルスタンパク質の活性を亢進する突然変異である。突然変異型E3−19Kは、新規機能を提供するため、その過剰発現は、結果として、機能の向上をもたらし得る。
【0070】
本発明の別の実施形態は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスに関連し、これは、また、チミジンキナーゼ遺伝子、シトシンデアミナーゼ遺伝子、アポトーシス促進遺伝子、免疫賦活遺伝子又は腫瘍抑制遺伝子などの、腫瘍細胞におけるその細胞毒性を増加させる他の遺伝子も含む。
【0071】
B.E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの産生、精製及び製剤
本発明で記載されるアデノウイルスは、Graham FL、Prevec L、「Manipulation of adenoviral vectors」、Clifton,N.J.:Humana Press;1991年;及びAlemany R、Zhang W、「Oncolytic adenoviral vectors」、Totowa,NJ.:Humana Press;1999年に開示されるとおりの、アデノウイルス学及びアデノウイルスベクターの分野における標準方法に従って増殖させることができる。
【0072】
好ましい増殖方法は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの複製を可能にする細胞系の感染において構成される。肺腺癌A549細胞系は、かかる細胞系の一例である。増殖は、例えば、以下のとおり行われる:A549細胞をプラスチック製の細胞培養プレート内で成長させて、細胞当たり50個のウイルス粒子に感染させる。
【0073】
2日後、細胞が剥離して「ぶどうの房様」の集団が形成されると、細胞変性効果がウイルス産生の証拠となる。細胞は回収され、試験管に保存される。細胞は、1000gで5分間遠心し、細胞ペレットの凍結及び解凍を3回行って細胞内ウイルスを遊離させる。得られた細胞抽出物を1000gで5分間遠心し、ウイルスを含む上清を塩化セシウム勾配上に重層し、35.000gで1時間にわたり遠心する。
【0074】
得られたウイルスのバンドを回収し、別の塩化セシウム勾配上に再び重層して、35.000gで16時間にわたり遠心する。ウイルスのバンドを回収し、PBS−10%グリセロールで透析する。透析したウイルスを一定量取り分け、−80℃に保つ。標準プロトコルに従ってウイルス粒子及びプラーク形成単位の数の定量を行う。
【0075】
10%グリセロールを含むリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が、アデノウイルスの保存に用いられる標準的な製剤である。しかしながら、ウイルスの安定性を改善する他の製剤も記載されている。
【0076】
C.E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの癌治療における用途
本発明は、癌を治療するための、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの用途について記載する。この治療は、こうしたウイルスの腫瘍細胞内での複製に基づく。
【0077】
癌を治療するための、本発明で記載されるウイルスの使用プロトコルは、アデノウイルスによるウイルス療法及び遺伝子療法の分野で用いられるものと同じ手順に従う。遺伝子療法の分野では、複製欠損アデノウイルス及び複製コンピテントアデノウイルスの使用には、幅広い経験がある。いくつかの刊行物が、インビトロ、動物モデル又は患者による臨床治験における腫瘍細胞の処置について記載している。
【0078】
インビトロでの細胞の処置には、上記のいずれかの製剤中にある精製されたアデノウイルスを培養培地に添加して、腫瘍細胞を感染させる。動物モデル又は患者の腫瘍を処置するためには、腫瘍内若しくは腔内注射による局所若しくは局部投与によるか、又は静脈内注入によって全身的に、アデノウイルスが送り込まれ得る。本発明の中で記載されるアデノウイルスによる腫瘍の処置は、腫瘍溶解性アデノウイルスの分野で既に記載されているとおり、化学療法又は放射線療法などの他の治療モダリティと組み合わせて用いられ得る。
【実施例】
【0079】
実施例1
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスは、より効率的に伝播する。
突然変異を誘発されたアデノウイルスのライブラリを、以下のとおり作製した:2×1010個のヒトアデノウイルス5型(Adwt)のウイルス粒子を、0.7Mの亜硝酸で8分間処理することによって、突然変異を誘発した。次に、ウイルス溶液を希釈して透析し、突然変異誘発剤を除去した。突然変異を固定するため、突然変異を誘発されたウイルスを用いて、ヒト腫瘍A549細胞を感染させて増幅し、先述のとおり、塩化セシウム勾配で精製した。
【0080】
突然変異を誘発された原液を、皮下膵NP−9腫瘍異種移植によって、免疫抑制マウスに注入した。注入後4時間のマウスの血液中に含まれるウイルスを、A549細胞において、インビトロで増幅し、精製し、その後のバイオセレクションラウンドにおいて、再び静脈内注入した。数ラウンド後、腫瘍中に含まれるウイルスの中で、最高の腫瘍退縮(最高の腫瘍溶解活性)を示したものを抽出した(T1抽出物)。
【0081】
最後に、AdT1と命名されるウイルスを、プラークアッセイを用いてT1抽出物から単離した。このアッセイは、腫瘍細胞の単層をウイルスの希釈溶液で感染させること、及び感染後、アガロース重層を添加することにおいて構成される。寒天は、ゼリー状ポリマーを形成し、これによって、培養物全体にわたるウイルスの伝播が防止され、ウイルスは、最初に感染した細胞から局所的に伝播し、結果として、プラークと呼ばれる細胞のないほぼ丸い範囲を形成する。
【0082】
プラークアッセイは、T1のプラークが、親Ad5プラークより大きいことを実証した(本発明の図2を参照)。この表現型により、AdT1の細胞から細胞への伝播がAdwtより速いことが示された。この伝播性の亢進は、本発明で実証されたとおり、抗腫瘍活性を増加させることができるため、癌のウイルス療法におけるその適用に非常に有利である。
【0083】
AdT1ウイルスの単離後、次のステップは、大きいプラーク表現型に関与する遺伝子修飾の決定であった。AdT1ゲノムの断片を、Ad5野生型ゲノムに挿入することによって、いくつかのウイルスを作製した(図3を参照)。この表現型マップにより、大きいプラーク表現型に関与する突然変異は、アデノウイルス配列の75.8(Ad5の27300位)から100マップ単位までの領域に存在することが示された。
【0084】
AdT1のこの領域を配列決定し、Adwtの配列と比較した。認められた突然変異は、小胞体保持ドメインにおけるE3−19Kタンパク質のC末端領域のみに局在していた(本発明の図4及び5を参照)。445−Aと命名されたこの突然変異は、1つの塩基対(配列番号1に見られるとおり、翻訳鎖のアデニン及び相補鎖の各チミン)を挿入するもので、これは、mRNAのリーディングフレームを変化させ、結果として、未変性タンパク質のC末端側終端の残基5’−SRRSFIDEKKMP−3’(配列番号3)に変化をもたらす。
【0085】
この突然変異が、ウイルスAdT1の表現型に関与したことを実証するため、この突然変異を含むアデノウイルス5型を、部位特異的突然変異誘発によって作製した。Ad−19K−445Aと命名されたこのウイルスは、ウイルスAdT1と同じ大きいプラーク表現型を生じたことから、AdT1の表現型が突然変異E3−19K 445−Aによって引き起こされたことが実証された(本発明の図6を参照)。
【0086】
本発明以前には、細胞培養物中での細胞から細胞へのより良い伝播を示す大きいプラーク表現型が、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異と結び付けられたことはなかった。実際、本発明者らの知る限りでは、E3−19Kのこのドメインに突然変異を含むウイルスについての発表はなく、これは、上で指摘したとおり、E3−19Kのドメイン研究が単離されたタンパク質のcDNAで実施されており、ウイルスの文脈ではないためである。この先行研究は、E3−19KのC末端テールの突然変異により細胞膜にタンパク質が存在する結果となることを記載した。
【0087】
AdT1の突然変異体E3−19Kタンパク質が細胞膜に局在するかどうかを証明するため、E3−19Kタンパク質の検出を、透過処理されていない細胞において、このタンパク質に特異的な抗体(Tw1.3抗体)を用いて実施した。こうした条件下では、AdT1を感染させた細胞は、E3−19Kの細胞表面発現を提示したが、一方、Adwtを感染させた細胞は提示しなかった(本発明の図7を参照)。膜を透過処理すると、E3−19Kの小胞体にある部分は、抗体に到達可能となり、AdT1に感染した細胞及びAdwtに感染した細胞の双方において、検出される。
【0088】
アデノウイルスAdT1に存在する突然変異445−Aは、E3−19Kの小胞体保持ドメインに影響を及ぼし、結果として、細胞から細胞へのウイルス伝播の向上を示す大きいプラーク表現型をもたらす。この表現型が、E3−19Kタンパク質の小胞体から細胞膜への局在の変化に関連し、局在の変化が関係しない特定の445−A突然変異に関連したものではないことを実証するため、445−Aとは異なるが、E3−19Kタンパク質の小胞体保持ドメインに同様に影響を及ぼす突然変異を有する別のウイルを作製した。
【0089】
Ad19K−KSと呼ばれるこのアデノウイルスは、E3−19Kの小胞体保持ドメインの2つのリジンの、2つのセリンに代わる置換を特徴とする(配列番号4及び配列番号5)。単離したタンパク質の研究では、このE3−19Kにおける修飾によって、小胞体におけるE3−19Kの保持がなくなることが報告されている(Pahl HL、Sester M、Burgert HG、Baeuerle PA、Activation of transcription factor NF−kappaB by the adenovirus E3/19K protein requires its ER retention、J Cell Biol 1996;132(4):511−22頁)。
【0090】
本発明の図6に示されるとおり、作製されたアデノウイルス(Ad19K−KS)もまた、大きいプラーク表現型を呈する。この結果は、E3−19Kの小胞体局在に影響を及ぼす異なる突然変異が、結果として、ウイルス伝播性の亢進をもたらすことを実証している。
【0091】
E3−19Kの主要な機能は、MHC Iとの結合及び小胞体でのMHC Iの保持による、感染細胞に対する免疫応答の防止であるため、AdT1の表現型とこの機能との間の関係を調べた。E3−19Kの小胞体保持ドメインに、突然変異を含むAdT1に感染させると、結果として、E3−19Kの細胞表面発現が増加する(図7)。同時に、野生型アデノウイルスに感染させた細胞と比較したとき、MHC Iの細胞表面発現の増加もあった(図8)。
【0092】
このE3−19K/MHC−I複合体の局在の変化は、大きいプラーク表現型に関与している可能性がある。この仮説を証明するため、AdT1の445−Aと、CS−40と命名されたE3−19KのMHC I結合ドメインにおける突然変異(未変性タンパク質のアミノ酸40位におけるシステインからセリンへの変化)との双方の突然変異を含むウイルスを作成した。
【0093】
ウイルスAd19K−445A−CS40は依然として大きいプラーク表現型を呈したが(図9を参照)、これは、大きいプラーク表現型の誘導に、細胞膜におけるE3−19K/MHC I複合体の存在は必要でないことを示している。MHC−Iが大きいプラーク表現型に関与しなかったことを確認するさらなる証拠は、DLD−1細胞のAdT1への感染であった。こうした細胞は、細胞表面MHC I発現を欠いていたが、それでもなおAdT1はAdwtより大きいプラークを呈した(図9を参照)。
【0094】
以前に、ADP(E3−11.6K)過剰発現が、結果として、本発明で提示されたものと同様の表現型をもたらすことが記載されている。ADP過剰発現を有するアデノウイルスは、ウイルスが感染細胞からより効率的に、且つ早期に放出される結果としての、大きいプラーク表現型を特徴とする。ADPの過剰発現は、E3−19K及び他のE3タンパク質を除去することにより、ひいてはE3−11.6K mRNAのスプライシングが亢進されることで実現され得る。
【0095】
本発明の目的である、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスが、結果として、この表現型を説明し得るADPの過剰発現をもたらすかどうかを試験するため、AdT1感染細胞におけるADP発現を測定した。本発明の図10に見られるとおり、抗ADP抗体を用いたウエスタンブロットによるADP検出から、AdT1感染細胞のタンパク質抽出物が、Adwt感染細胞の抽出物と同じ量のADPを含み、同様の動態で発現したことが示された。これは、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異によって引き起こされた伝播性の亢進が、ADPの過剰発現に依存しないことを実証しており、本発明の分野で既に記載されているものとは異なる新規機序を含意するものである。
【0096】
要約すれば、この実施例は、E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、結果として、アデノウイルスの伝播性の向上をもたらすことを示す。いずれもこのドメインに影響を及ぼす2つの異なる突然変異が同じ効果を有し、これは、この表現型がE3−19Kの局在の変化に関連し、特定の突然変異配列には関連しないことを示している。E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの伝播性の亢進は、MHC Iとの相互作用にも、ADPの過剰発現にも依存しない。
【0097】
実施例2
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスは、感染細胞から上清中により効率的に放出される。実施例1で明らかとなった大きいプラーク表現型は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスの伝播性の亢進を示す。プラークアッセイは、少数の感染細胞で開始され、ウイルスが数サイクルする結果としてのウイルスの細胞から細胞への伝播を反映する。
【0098】
E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、1回のウイルスサイクルの経過において確かな表現型の変化をもたらしたかどうかを判断するため、細胞の単層を多量のAdT1に感染させて、子孫ウイルスの産生及び放出をAdwtと比較した。1サイクルのウイルス複製におけるウイルスの産生及び放出の総量についての情報を得るため、細胞内ウイルス及び細胞培養物の上清に存在するウイルスを別個に計測した。6ウェルプレート中のA549細胞の単層に、細胞当たり1500個のウイルス粒子を感染させた。上清及び細胞抽出物に存在するウイルスを、感染後の種々の時点で計測した。
【0099】
結果は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含むアデノウイルスAdT1が、Adwtより100倍効率的に放出されるが、ウイルス総産生量は、影響を受けなかったことを示している(本発明の図11上)。このアッセイは、異なる起源の腫瘍細胞系の集団で実施した。AdT1は、全ての被験細胞系において、Adwtより効率的に放出され(図11下)、ウイルス放出の差は、5〜125倍の範囲であった。上清への放出が亢進されたこの表現型が、非腫瘍細胞においても明らかであるかどうかを確認するため、ヒト癌腫関連線維芽細胞をヒト腫瘍生検から単離した。
【0100】
その結果から、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスAdT1が、これらの線維芽細胞においてもより効率的に放出されることが示された。要約すれば、この実施例は、E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有する複製コンピテントなアデノウイルスが、感染細胞からより効率的に放出されることを実証している。ウイルスの感染細胞からの放出の亢進は、癌の治療に適切なアデノウイルスの複製特性である。
【0101】
実施例3
E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異はアデノウイルスの腫瘍溶解力価を亢進し、この突然変異を有するアデノウイルスは、腫瘍の効率的な治療に使用することができる。
皮下膵ヒト腫瘍を内包するBalb/cヌードマウスにおいて、インビボ実験を実施した。合計8×106個のNP−9細胞を、マウスの側腹部に皮下注入した。15日後、腫瘍容積が80〜100mm3に達したところで、マウスを無作為に選んで異なる実験群に分けた(n=10匹/群)。対照腫瘍は、リン酸緩衝生理食塩水を尾静脈から静脈内注入した(150マイクロリットル)。
【0102】
AdT1による処置群は、2×1010個のウイルス粒子/マウスの単回静脈内注入を受けた。2日毎に腫瘍を計測し、式:V(mm3)=A(mm)B2(mm2)×3.14/6(式中、Bは腫瘍の長さである)によって容積を計算した。図13は、注射した日(0日目)以降の腫瘍成長を示す。結果は平均±S.E.M.として提示される。
【0103】
対でない試料のためのノンパラメトリックマンホイットニー検定を用いて、差の有意性を計算した。分散分析を利用して成長曲線を比較した。結果は、p<0.05の場合に有意であると見なされた。SPSS統計パッケージ(SPSS Inc.、Chicago,IL)によって計算を実施した。AdT1によって処置された腫瘍の成長において、注入後10日目から実験の終了時まで有意な差が認められた。
【0104】
実施例4
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有する腫瘍溶解性条件付き複製アデノウイルス(ICOVIR5)は、より効率的に伝播する。
ICOVIR5(Cascalloら、Molecular Therapy 15:1607頁、2007年)は、E1a遺伝子において突然変異している(Δ24突然変異)腫瘍選択的アデノウイルスであり、かかる突然変異型E1a(突然変異は配列番号7に反映されている)の発現を制御するためのE2F1プロモーター配列を含み、及び配列番号8によって定義されるとおりの、腫瘍細胞に対するその感染価を高めるためのカプシド修飾(RGDペプチド挿入)を含む。
【0105】
E3−19Kの小胞体保持ドメインにおける突然変異が、腫瘍溶解性アデノウイルスの特徴であるこれらの遺伝子修飾と効果的に組み合わされ得ることを実証するため、E3−19Kに445−A突然変異を含むICOVIR5の誘導体(配列番号1及び配列番号2に係る)を作製し、ICOVIR5−T1と命名した。このウイルスをプラークアッセイにおいて、親ウイルスICOVIR5、及びΔ24突然変異及びRGD突然変異を有する第2の対照ウイルス(AdΔ24RGDと命名された)と比較した。
【0106】
プラークアッセイは、腫瘍細胞単層をウイルスの希釈溶液で感染させること、及び感染後に寒天重層を添加することにおいて構成される。寒天がゼリー状ポリマーを形成し、これによって、培養物全体にわたるウイルスの伝播が防止され、ウイルスは、最初に感染した細胞から局所的に伝播して、結果として、細胞単層に「プラーク」として知られる穴を形成する。
【0107】
A549肺腺癌細胞の単層に、ICOVIR5−T1、ICOVIR5又はAdΔ24RGDの細胞1個当たり1個又は0.1個のウイルス粒子を感染させてプラークアッセイを実施した。10日後に撮影したプレート(本発明の図14)。ICOVIR5−T1のプラークは、ICOVIR5及びAdΔ24RGDのプラークより大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
上述された例は、血清型5から得られたE3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を有するアデノウイルスを例示しているが、当業者には、E3遺伝子を有し、且つタンパク質E3−19Kを翻訳可能な全ての血清型が、同様に本発明の目的であることを理解される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルス。
【請求項2】
腫瘍内での選択的複製を実現するため、E1a、E1b、E4、及びVA−RNAからなる群からの1つ又は複数の遺伝子にさらに突然変異を含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項3】
腫瘍内での選択的複製を実現するための組織特異的プロモーター又は腫瘍特異的プロモーターをさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項4】
前記組織特異的プロモーター又は前記腫瘍特異的プロモーターが、腫瘍内での選択的複製を実現するための、E1a、E1b、E2、及びE4からなる群からの1つ又は複数の遺伝子の発現を制御するためのプロモーター配列である、請求項3に記載の複製アデノウイルス。
【請求項5】
感染価を高めるための、又は腫瘍細胞に存在する受容体に標的化するためのカプシド修飾をさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項6】
癌遺伝子療法の分野で一般に用いられる遺伝子をさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項7】
癌の分野で一般に用いられる前記遺伝子が、少なくとも、プロドラッグ活性化遺伝子、腫瘍抑制遺伝子、又は免疫賦活遺伝子からなる群から選択される遺伝子である、請求項6に記載の複製アデノウイルス。
【請求項8】
E3−19Kタンパク質の発現を亢進する結果をもたらすゲノム修飾をさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項9】
ヌクレオチド配列の配列番号1を含む、請求項1−8のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項10】
配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する、請求項1−9のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項11】
ヌクレオチド配列の配列番号4を有する、請求項1−8のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項12】
配列番号5を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する、請求項1−8及び10のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項13】
少なくともヌクレオチド配列の配列番号1、配列番号7及び配列番号8を含む、請求項1−8のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項14】
配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する、請求項13に記載の複製アデノウイルス。
【請求項15】
請求項1から14のいずれかに記載のアデノウイルスの薬理学的に有効な投薬量と、1つ又は複数の薬学的に許容可能な担体又は賦形剤とを含む医薬組成物。
【請求項16】
薬剤として使用される、請求項1から14のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項17】
癌における予防薬及び/又は治療薬としての、請求項16に記載の複製アデノウイルス。
【請求項18】
癌又は癌につながる前悪性疾患の治療又は予防用医薬製剤を調製するための、請求項1−14のいずれかに記載の複製アデノウイルスの利用方法。
【請求項1】
E3−19Kの小胞体保持ドメインに突然変異を含む複製アデノウイルス。
【請求項2】
腫瘍内での選択的複製を実現するため、E1a、E1b、E4、及びVA−RNAからなる群からの1つ又は複数の遺伝子にさらに突然変異を含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項3】
腫瘍内での選択的複製を実現するための組織特異的プロモーター又は腫瘍特異的プロモーターをさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項4】
前記組織特異的プロモーター又は前記腫瘍特異的プロモーターが、腫瘍内での選択的複製を実現するための、E1a、E1b、E2、及びE4からなる群からの1つ又は複数の遺伝子の発現を制御するためのプロモーター配列である、請求項3に記載の複製アデノウイルス。
【請求項5】
感染価を高めるための、又は腫瘍細胞に存在する受容体に標的化するためのカプシド修飾をさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項6】
癌遺伝子療法の分野で一般に用いられる遺伝子をさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項7】
癌の分野で一般に用いられる前記遺伝子が、少なくとも、プロドラッグ活性化遺伝子、腫瘍抑制遺伝子、又は免疫賦活遺伝子からなる群から選択される遺伝子である、請求項6に記載の複製アデノウイルス。
【請求項8】
E3−19Kタンパク質の発現を亢進する結果をもたらすゲノム修飾をさらに含む、請求項1に記載の複製アデノウイルス。
【請求項9】
ヌクレオチド配列の配列番号1を含む、請求項1−8のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項10】
配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する、請求項1−9のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項11】
ヌクレオチド配列の配列番号4を有する、請求項1−8のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項12】
配列番号5を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する、請求項1−8及び10のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項13】
少なくともヌクレオチド配列の配列番号1、配列番号7及び配列番号8を含む、請求項1−8のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項14】
配列番号2を有するカルボキシ末端テールを含むE3−19Kの小胞体保持ドメインを発現する、請求項13に記載の複製アデノウイルス。
【請求項15】
請求項1から14のいずれかに記載のアデノウイルスの薬理学的に有効な投薬量と、1つ又は複数の薬学的に許容可能な担体又は賦形剤とを含む医薬組成物。
【請求項16】
薬剤として使用される、請求項1から14のいずれかに記載の複製アデノウイルス。
【請求項17】
癌における予防薬及び/又は治療薬としての、請求項16に記載の複製アデノウイルス。
【請求項18】
癌又は癌につながる前悪性疾患の治療又は予防用医薬製剤を調製するための、請求項1−14のいずれかに記載の複製アデノウイルスの利用方法。
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図8】
【図12】
【図13】
【図2】
【図6】
【図9】
【図10】
【図11】
【図14】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図8】
【図12】
【図13】
【図2】
【図6】
【図9】
【図10】
【図11】
【図14】
【公表番号】特表2010−520762(P2010−520762A)
【公表日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−553138(P2009−553138)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【国際出願番号】PCT/EP2008/052960
【国際公開番号】WO2008/110579
【国際公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(508232426)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【国際出願番号】PCT/EP2008/052960
【国際公開番号】WO2008/110579
【国際公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(508232426)
【Fターム(参考)】
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