ERK遺伝子改変非ヒト動物およびその利用
【課題】外来性抗原に対するin vivoにおけるERKの関与の解明に役立つモデル動物およびその利用を提供する。
【解決手段】B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物、前記非ヒト動物の子孫動物、前記非ヒト動物から得られる組織または細胞、前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法、前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法、ならびに前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【解決手段】B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物、前記非ヒト動物の子孫動物、前記非ヒト動物から得られる組織または細胞、前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法、前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法、ならびに前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ERK遺伝子改変非ヒト動物およびその利用に関する。詳しくは、B細胞特異的にERK遺伝子の発現が制御された非ヒト動物およびそれを用いたスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
Bリンパ球は、一旦抗原に遭遇すると、活性化および成熟という一連の複雑な事象によって抗体産生形質細胞の生成に至る(非特許文献1)。T細胞依存性抗原で免疫した場合、抗原特異性B細胞とプライムしたヘルパーT細胞との同種の相互作用が、脾臓中の動脈周囲リンパ節鞘でB細胞を増殖させる引き金となる(非特許文献2、3)。
【0003】
次いで、創始B細胞の一部は濾胞外の部位に移動し、その場所で、形質芽球が最終的には短命な形質細胞に成長する。残りの創始B細胞はリンパ節の濾胞に入り、胚中心(GC)を形成する。ここでは、効率的なIgの体細胞超変異と親和性成熟を必要とし、その後、長命な形質細胞が出現する(非特許文献4〜9)。
【0004】
前記したB細胞から形質細胞への分化に応答可能な細胞表面受容体がよく知られている。例えば、B細胞受容体(BCR)、TNFファミリー受容体(CD40およびBAFF受容体)、サイトカイン(IL−4、IL−6およびIL−10)受容体があげられる(非特許文献10〜12)。
【0005】
これに対して、B細胞の拡張および形質細胞への分化に至らせる前記受容体のシグナル伝達カスケードはほとんど知られていない。
【0006】
初期B細胞の発生ならびに記憶抗体応答におけるRas/MEK/ERK経路に関する研究が多数報告されている(非特許文献13〜17)。Rasのドミナント阻害変異体を保有するトランスジェニックマウスは、プレB細胞および未成熟B細胞の数の減少を明らかにした。このことは、プレBCRおよびBCRが介在する細胞の運命決定におけるRas経路の重要性を意味する(非特許文献14)。さらに、同じトランスジェニックマウスを用いて、Ras経路が高親和性B細胞のメモリー区画へのリクルートメントおよび、その末端での分化に関与していることが最近示唆された(非特許文献17)。上述の研究は、B細胞の生理学におけるRas経路の重要性を明らかに示唆する。しかし、ERKの役割は、これらのデータから単純に外挿することはできない。その理由は、Rasが少なくとも3つのエフェクター分子:ERK、 ホスホイノシチド3−キナーゼ(PI3K)、およびRas関連GTPアーゼRalに対するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)を介してその生物学的機能を発揮すると考えられているからである(非特許文献18、19)。
【0007】
ERK1およびERK2は、哺乳動物細胞におけるMAPキナーゼのシグナル伝達経路の中心要員である。ERK1およびERK2は、高度に相同性の高いセリン−スレオニンキナーゼであり、チロシンおよびスレオニンの二重リン酸化により活性化され、それにより、この活性化が細胞質のシグナル伝達複合体および核の転写因子の両方に伝達される。ERKは、細胞応答の多くの側面に影響するシグナル伝達プログラムを小区分化する源であると思われる(非特許文献20)。実際、B細胞の場合、ERKの重要性は、薬理学的阻害剤を用いた以前の実験で示されており、その内容は、インビトロでBCR刺激に対する応答において、MEK/ERK阻害剤が部分的にB細胞の増殖を減少させるというものである(非特許文献15)。しかしながら、B細胞の分化および活性化におけるERKの生理学的機能は、依然不明である。
【非特許文献1】Rajewsky, K., Nature 381, 751-758, 1996
【非特許文献2】Jacob, J., et al., J Exp Med 173, 1165-1175, 1991
【非特許文献3】Liu, Y. et al., Eur J Immunol 21, 2951-2962, 1991
【非特許文献4】Honjo, T., et al., Annu Rev Immunol 20, 165-196, 2002
【非特許文献5】Jacob, J., and Kelsoe, G., J Exp Med 176, 679-687, 1992
【非特許文献6】MacLennan, I. C., et al.,Immunol Rev 156, 53-66, 1997
【非特許文献7】MacLennan, I. C., et al.,Immunol Rev 194, 8-18, 2003
【非特許文献8】McHeyzer-Williams, L. J., and McHeyzer-Williams, M. G., Annu Rev Immunol 23, 487-513, 2005
【非特許文献9】Vinuesa, C. G., et al., Nat Rev Immunol 5, 853-865, 2005
【非特許文献10】Hasbold, J., et al., Nat Immunol 5, 55-63, 2004
【非特許文献11】O'Connor, et al., J Exp Med 199, 91-98O, 2004
【非特許文献12】Shapiro-Shelef, M., and Calame, K. Nat Rev Immunol 5, 230-242, 2005
【非特許文献13】Fleming, H. E., and Paige, C. J. Immunity 15, 521-531, 2001
【非特許文献14】Nagaoka, H. et al., J Exp Med 192, 171-182, 2000
【非特許文献15】Richards, J. D., et al., J Immunol 166, 3855-3864, 2001
【非特許文献16】Shaw, A. C., et al., J Exp Med 189, 123-129, 1999
【非特許文献17】Takahashi,Y.,et al.,Immunity 23, 127-138, 2005
【非特許文献18】Genot, E., and Cantrell, D. A., Curr Opin Immunol 12, 289-294, 2000
【非特許文献19】Katz, M. E., and McCormick, F., Curr Opin Genet Dev 7, 75-79, 1997
【非特許文献20】Kolch, W., Nat Rev Mol Cell Biol 6, 827-837, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、外来性抗原に対するin vivoにおけるERKの関与の解明に役立つモデル動物およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この問題を解決するため、本発明者らは、B細胞特異的にERK2遺伝子が欠損しているマウスを作出し、解析を行ったところ、ERK2の少なくとも一部は、生存シグナルを与えることによって、T細胞依存性の抗体反応中に抗原特異的IgG1産生B細胞の蓄積に寄与していることを解明し、本発明を完成するに至った。即ち、本願発明は、以下に示す通りである。
【0010】
〔1〕B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物。
〔2〕前記改変がB細胞特異的なERK遺伝子の機能的欠損である、前記〔1〕に記載の非ヒト動物。
〔3〕前記改変がヒトERK遺伝子を含むB細胞特異的発現ベクターの染色体への導入である、前記〔1〕に記載の非ヒト動物。
〔4〕前記ERKがERK1および/またはERK2である、前記〔1〕〜〔3〕いずれか1項に記載の非ヒト動物。
〔5〕前記動物が実験動物または家畜である前記〔1〕〜〔4〕いずれか1項に記載の非ヒト動物。
〔6〕前記実験動物がマウスである前記〔5〕に記載の非ヒト動物。
〔7〕前記〔1〕〜〔6〕いずれか1項に記載の非ヒト動物の子孫動物。
〔8〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物から得られる組織または細胞。
〔9〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
〔10〕下記工程:
(a)前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物に外来性抗原および被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べ、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない対照動物における割合と比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する工程を含む、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質のスクリーニング方法。
〔11〕下記工程:
(a)前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物におけるB細胞中のERKの発現量を調べ、被験物質を投与しない動物における発現量と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、感染症に対する生体防御を増強する物質のスクリーニング方法。
〔12〕下記工程:
(a)前記〔8〕に記載の組織または細胞と被験物質とを接触させる工程、
(b)前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRASもしくはMEKもしくはERKまたはそれらから選ばれる2種以上のタンパク質のリン酸化の程度を調べ、被験物質を接触させない組織または細胞におけるリン酸化の程度と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、RAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、B細胞におけるRAS/MEK/ERKのシグナル伝達経路を介した免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
〔13〕工程(c)で選択された物質が感染症の治療または予防に用いられる、前記〔10〕〜〔12〕いずれか1項に記載のスクリーニング方法。
〔14〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法。
〔15〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、T細胞依存性の液性応答の解明および液性応答の低下または過剰に伴う免疫疾患の治療剤の開発に適する、T細胞依存性の免疫応答調節モデル動物が提供される。当該動物を用いるスクリーニング方法は、B細胞におけるRas/MES/ERKのシグナル伝達に特異的に作用する薬剤の開発に貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物を提供する。
【0013】
本発明において、遺伝子を改変するとは、内因性のERK遺伝子の塩基配列の1以上の塩基に置換、欠失、挿入もしくは付加の変異を導入すること、または外来性のERK遺伝子を染色体遺伝子に導入することをいう。本発明においては、前者をノックアウトと称し、後者をトランスジェニックと称する。また、このような改変をした動物をそれぞれ、ノックアウト動物およびトランスジェニック動物と称する。
【0014】
前記遺伝子の改変は、ノックアウトの場合、少なくともERK遺伝子の一部を欠損させる変異を導入させ、当該遺伝子の機能的欠損を有するように操作することが好ましく、具体的には、マウスERK遺伝子の場合、エキソンのいずれか1つを欠損させるように構築されたターゲティングベクターを用いる方法が一例としてあげられる。より具体的には、実施例1および図7に記載のように、エキソン3をターゲティングするベクターを用いた方法があげられる。また、トランスジェニックの場合、ERK遺伝子(好ましくはヒトERK遺伝子)を染色体遺伝子に導入させるため、ERK(好ましくはヒトERK)が目的の動物のB細胞で特異的に発現して機能するように構築された発現ベクターを動物の受精卵に注入する方法が一例としてあげられる。
【0015】
本発明の遺伝子改変非ヒト動物には、前記遺伝子の変異が対立遺伝子の両方に導入されたホモ接合動物、前記遺伝子の変異が対立遺伝子の片方に導入されたヘテロ接合動物およびそれらの出生前の胎仔も含まれる。前記ホモ変異動物は、前記ヘテロ変異動物を交配することにより得られるものである。
【0016】
本発明においてERKとは、ERK1(MAPK3)もしくはERK2(MAPK1)またはERK1およびERK2の両方を意味する。ERK遺伝子は、ノックアウトの場合、用いられる非ヒト動物に応じて、内因性の遺伝子が選ばれる。例えば、マウスERK1(MAPK3)のゲノムDNAは、例えば、マウスゲノムプロジェクトなどで公表されており、自体公知の方法により単離することができる。例えば、マウスERK2(MAPK1)のゲノムDNAは、例えば、Sugiura N. et al., J. Biol. Chem. 272, 21575-21581, 1997などで公表されており、同文献に記載の方法により単離することができる。トランスジェニックの場合、外来性のERK遺伝子を用いるが、ヒトの免疫応答調節モデルの作出のためにはヒトERK遺伝子を用いることが好ましい。ヒトERK1(MAPK3)のDNAは、Genbank アクセッション番号:NM_002746、NM_001040056、BC013992などで公表されており、自体公知の方法により単離することができる。ヒトERK2(MAPK1)のDNAは、Genbank アクセッション番号:NM_002745、NM_138957などで公表されており、自体公知の方法により単離することができる。
【0017】
用いられる非ヒト動物(本発明においては、単に動物と略す場合がある。)としては、ヒト以外の動物であれば特に限定されるものではないが、ヒトに類似した免疫系を有する動物が好ましい。好適な動物としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、サル等の実験動物ならびにウシ、ヒツジ、ウマ、ブタ等の家畜があげられるが、遺伝子工学的に利用が容易であるところから、マウスがより好ましい。
【0018】
本発明における「B細胞」とは、B細胞系列、すなわち、プロB細胞、プレB細胞、未熟B細胞、移行B細胞、濾胞B細胞、辺縁帯(MZ)B細胞などを含み、形質細胞は含まない概念である。
【0019】
本発明の遺伝子改変非ヒト動物は、自体公知の方法により製造できる。先ず、本発明のノックアウト動物の作出方法について説明する。本発明のノックアウト動物は、B細胞特異的にERK遺伝子を欠損させることが必要であるから、いわゆるコンディショナルノックアウト動物の作出方法により製造される。
【0020】
本発明のノックアウト動物は、例えば下記の工程(a)〜(d)を含む方法により製造できる。
(a)ERK遺伝子の機能的欠損を含む胚性幹細胞を提供する工程;
(b)前記胚性幹細胞を胚に導入し、キメラ胚を得る工程;
(c)前記キメラ胚を動物に移植し、キメラ動物を得る工程;
(d)前記キメラ動物を交配させ、ERK遺伝子欠損ヘテロ接合体を得る工程。
【0021】
前記工程(a)において、ERK遺伝子の機能的欠損を含む胚性幹細胞(ES細胞)は、例えば、ERK遺伝子の相同組換えを誘導し得るターゲティングベクターを胚性幹細胞に導入して得られる。
【0022】
ターゲティングベクターを胚性幹細胞に導入する方法としては、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法/リポソーム法、エレクトロポレーション法などがあげられる。ターゲティングベクターが胚性幹細胞中に導入されると、当該細胞中でERK遺伝子を含むゲノムDNAの相同組換えが生じる。
【0023】
ターゲティングベクターが導入される胚性幹細胞としては、任意の動物の胚盤胞から分離した内部細胞塊をフィーダー細胞上で培養することにより樹立してもよいが、市販または所定の機関より既存の胚性幹細胞を入手できる。既存のマウス胚性幹細胞としては、例えば、ES−D3細胞、ES−E14TG2a細胞、SCC−PSA1細胞、TT2細胞、AB−1細胞、J1細胞、R1細胞、E14細胞、RW−4細胞などがあげられる。また、胚性幹細胞としては、マウス胚性幹細胞以外に、ミンク、ハムスター、ブタ、ウシ、マーモセット、アカゲザル等の哺乳動物由来のものなどが樹立されているので、これらを用いることもできる。
【0024】
ERK遺伝子を含むゲノムDNAで相同組換えが生じた動物細胞を選別するため、ターゲティングベクター導入後の動物細胞がスクリーニングされる。例えば、ポジティブ選別、ネガティブ選別等により選別を行った後に、遺伝子型に基づくスクリーニング(例えば、PCR法、サザンブロット法)を行う。
【0025】
胚性幹細胞を用いる場合には、好ましくは、組換え胚性幹細胞の核型分析がさらに行なわれる。核型分析では、選別された組換え胚性幹細胞において染色体異常がないことが確認される。核型分析は、自体公知の方法により行うことができる。なお、胚性幹細胞の核型は、ターゲティングベクターの導入前に予め確認しておくことが好ましい。
【0026】
本発明で用いられるターゲティングベクターは、2以上のリコンビナーゼ標的配列を含むことが好ましい。2以上のリコンビナーゼ標的配列は、同一または反対の配向性 (orientation)で配置することができる。
【0027】
リコンビナーゼ標的配列としては、当該分野で公知の配列、例えば、バクテリオファージP1由来のCre/loxPシステムで用いられるloxP配列、酵母由来のFLP/FRTシステムで用いられるFRT配列を使用することができる。
【0028】
Cre−loxP系を利用する好ましいターゲティングベクターの例は、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチド、および選択マーカーを含み、Cre認識配列(例えば、flox)を少なくとも3箇所に含む。Cre認識配列は、コンディショナルノックアウトで欠失させる部位を両側から挟む態様で配置される。
【0029】
第一および第二のポリヌクレオチドは、ERK遺伝子を含むゲノムDNAに対して、相同組換えを生じるのに十分な程度の配列同一性および長さを有するポリヌクレオチドである。第一および第二のポリヌクレオチドはそれぞれ、ERK遺伝子を含むゲノムDNAの異なる領域に対応する。
【0030】
また、第一または第二のポリヌクレオチドは、コンディショナルノックアウトにより、ERK遺伝子の機能的欠損を引き起こすように選択される。かかる領域は、当業者であれば適宜決定できるが、例えば、第一および第二のポリヌクレオチドは、1以上のエキソン、またはプロモーター領域もしくはエンハンサー領域の少なくとも一部を欠失するよう選択される。
【0031】
第一および第二のポリヌクレオチドの長さは、ゲノムDNAの相同組換えが生じる長さである限り特に限定されない。一般論として、ターゲティングベクターによってゲノムDNAの相同組換えが効率よく起こるためには、相同領域が長いほどよい。一方、ターゲティングベクターの種類によって、挿入可能なDNAの長さは一定に制限される。したがって、これらを考慮すると、第一および第二のポリヌクレオチドの長さは、例えば0.5kb〜20kb、好ましくは1kb〜10kbである。
【0032】
一実施形態では、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと、第二のポリヌクレオチドとの間(換言すれば、内側)に選択マーカーが含まれる。この場合、選択マーカーとしては、ポジティブ選択マーカーが好ましい。ポジティブ選択マーカーは、その遺伝子を有する細胞のみを所定の条件下で生存および/又は増殖可能にする産物をコードする遺伝子であり、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(BPH)遺伝子、ブラスティシジンSデアミナーゼ遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などがあげられる。
【0033】
別の実施形態では、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと、第二のポリヌクレオチドとの外側に選択マーカーが含まれる。この場合、選択マーカーとしては、ネガティブ選択マーカーが好ましい。ネガティブ選択マーカーは、非ターゲティング染色体部位に組み込まれたDNA挿入物を有する細胞に対して毒性に作用する遺伝子であり、例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(tk)遺伝子、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)遺伝子などがあげられる。
【0034】
本発明で用いられるターゲティングベクターは、ポジティブ選択マーカー、ネガティブ選択マーカーのいずれか一方、または両方を含むことができる。
【0035】
ターゲティングベクターの基本骨格となるベクターは特に限定されず、形質転換を行う細胞(例えば、大腸菌)中で自己複製可能なものであればよい。例えば、市販のpBluscript(Stratagene社製)、pZErO 1.1(Invitrogen社)、pGEM−1(Promega社)等が使用可能である。
【0036】
本発明のターゲティングベクターは、自体公知の方法により製造できる。例えば、本発明のターゲティングベクターは、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチドならびに該選択マーカーをベクターに挿入することにより製造できる。なお、このようなターゲティングベクターを作製するにあたっては、最初に、ERK遺伝子を含むゲノムDNA断片を単離する必要があるが、ゲノムDNA断片は、相同組換えの際に効率良く組換えが生じるよう、作製しようとするES細胞が由来する動物種と同一の動物種から単離することが好ましい。また、相同組換えの効率をさらに上げるために、ES細胞が由来する同一種の動物のうち同じ系統の動物から、ゲノムDNAを単離することがより好ましい。
【0037】
前記工程(b)において、胚が由来する動物種は、本発明のノックアウト動物種と同様であり得、また、導入される胚性幹細胞が由来する動物種と同一であることが好ましい。胚としては、例えば胚盤胞、8細胞期胚などがあげられる。胚はホルモン剤(例えばFSH様作用を有するPMSGおよびLH作用を有するhCGを使用)等により過排卵処理を施した雌動物を、雄動物と交配させること等により得ることができる。胚性幹細胞を胚に導入する方法としては、マイクロマニピュレーション法、凝集法などがあげられる。
【0038】
前記工程(c)において、キメラ胚が動物の子宮に移入され得る。キメラ胚が移植される動物は好ましくは偽妊娠動物である。偽妊娠動物は、正常性周期の雌動物を、精管結紮等により去勢した雄動物と交配することにより得ることができる。キメラ胚が導入された動物は、妊娠し、キメラ動物を出産する。
【0039】
次いで、出生した動物がキメラ動物か否かが確認される。出生した動物がキメラ動物であるか否かは自体公知の方法により確認でき、例えば、体色や被毛色で判別できる。また、判別のために、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット法やPCR法を行ってもよい。
【0040】
前記工程(d)において、工程(c)で得られたキメラ動物を成熟した後に交配させる。交配は好ましくは、野生型動物とキメラ動物との間で、又はキメラ動物同士で行われ得る。ERK遺伝子欠損が、キメラ動物の生殖系列細胞へ導入され、ERK遺伝子欠損ヘテロ接合体子孫が得られたか否かは、自体公知の方法により種々の形質を指標として確認でき、例えば、子孫動物の体色や被毛色により判別できる。また、判別の方法としては、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット法またはPCR法によりスクリーニングする方法があげられる。
【0041】
さらに、B細胞特異的なERK遺伝子の機能的欠損を含むノックアウト動物を作出するためには、上記のように作製された動物と、B細胞においてリコンビナーゼを発現するトランスジェニック動物を交配させることにより作出することができる。リコンビナーゼ発現トランスジェニック動物としては、マウスの例として、Cd19Cre/+マウス(Rickert, R. C. et al, Nucleic Acids Res 25, 1317-1318, 1997)があげられる。
【0042】
本発明のノックアウト動物、胚性幹細胞、ターゲティングベクターの作製の詳細については、例えば、下記文献を参照のこと。
1.別冊 実験医学 ザ・プロトコールシリーズ 「ジーンターデティングの最新技術」(2000年、羊土社)コンディショナルターゲティング法p.115-120
2.バイオマニュアルシリーズ8 「ジーンターゲティング」−ES細胞を用いた変異マ
ウスの作製(1995年、羊土社)p.71-77
3.Sambrookら, Molecular Cloning: A LABORATORY MANUAL, 第3版, COLD SPRING HARBOR LABORATORY PRESS, 2001年, 4.82-4.85
4.Robertson E. J. in Teratocarcinomas and embryonic stem cells-a practical approach, ed. Robertson, E. J. (IRL Press, Oxford), 1987: pp.108-112
5.Dynecki, S. M.ら, Gene Targeting -a practical approach, 2nd edition, ed. Joyner, A.L. (Oxford Univ. Press), 2000: pp.68-73
6.Dynecki, S. M. ら, Gene Targeting -a practical approach, 2nd edition, ed. Joyner, A. L. (Oxford Univ. Press), 2000: pp.75-81
【0043】
次に、本発明のトランスジェニック動物の作出方法について説明する。
【0044】
本発明のトランスジェニック動物は、例えば下記の工程(a)〜(d)を含む方法により製造できる。
(a)ヒトERK遺伝子と当該遺伝子の発現を制御する配列とを連結した発現ベクターを調製する工程;
(b)前記発現ベクターを受精卵に導入し、遺伝子導入受精卵を仮親動物に移植する工程;
(c)前記動物から出生した子孫からトランスジェニック動物を選別する工程;
(d)前記選別した動物(ファウンダー)から系統を樹立する工程。
【0045】
前記工程(a)において、ヒトERK遺伝子の配列を制御する配列としては、投与対象である動物のB細胞系列で特異的に機能し得るものであれば特に制限はないが、例えば、CD19プロモーターなどがあげられる。
【0046】
発現ベクターの作製は、前記プロモーターを含む公知のベクターを用いて、自体公知の方法により行うことができる。得られた発現ベクターは、制限酵素等により線状化して工程(b)に供することが好ましい。
【0047】
前記工程(b)において、前記発現ベクターを受精卵に導入する方法は、例えば、交配後の雌の卵管を洗浄して受精卵を採取し、精子または卵子由来の前核にマイクロインジェクション法により前記発現ベクターを直接注入する方法があげられる。この受精卵を偽妊娠させた仮親の輸卵管に移植し、子宮内で発生を続けさせる。
【0048】
前記工程(c)において、工程(b)で移植した動物が出生した子孫からトランスジェニック動物を選別する方法としては、例えば、注入した発現ベクターが染色体DNAに組み込まれているか否かについて、産仔の尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンブロット法またはPCR法によりスクリーニングする方法があげられる。
【0049】
前記工程(d)において、工程(c)で選別した動物(ファウンダー)から遺伝的背景の均一な系統を樹立する方法としては、発現ベクターが組み込まれた動物とC57BL/6、FVBなどの近交系の野生型動物とを戻し交配をする方法があげられる。
【0050】
このようにして得られた本発明の遺伝子改変非ヒト動物、当該動物をさらに交配して得られる子孫動物、これら動物に由来する組織または細胞も本発明に含まれる。前記組織としては、すべての組織があげられ、脳、神経、骨髄、筋肉、心臓、腎臓、肝臓、血球およびその前駆体、幹細胞などが好ましい。また、前記細胞としては、前記組織中に含まれる細胞、組織中から単離された細胞、これら細胞から樹立した細胞株があげられ、具体的には神経細胞、グリア細胞、線維芽細胞、造血幹細胞、骨髄細胞、肝細胞、心筋細胞、筋細胞などが好ましく、B細胞(プロB細胞、プレB細胞、未熟B細胞、移行B細胞、濾胞B細胞、辺縁帯(MZ)B細胞など)がより好ましい。
【0051】
本発明の遺伝子改変非ヒト動物は、ERKの発現が調節されている。すなわち、野生型動物と比べて、ノックアウト動物ではERKの発現が抑制されており、トランスジェニック動物ではERKが過剰発現している。本発明によって、ERKの発現をB細胞特異的に個体レベルで調節した場合、外来性抗原に対する免疫応答が変化することが解明された。これにより、本発明の遺伝子改変非ヒト動物は、一過性の液性応答の調節が可能であり、このような性質を利用して、様々な用途に供することができる。
【0052】
本発明は、前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法を提供する。すなわち、本発明の非ヒト動物を用いて、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質をスクリーニングすることができる。
【0053】
[スクリーニング方法I]
第1の態様として、本発明のスクリーニング方法は、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質のスクリーニング方法であり、下記工程:
(a)本発明の非ヒト動物に外来性抗原および被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べ、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない対照動物における割合と比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する工程を含む。
【0054】
前記工程(a)において、外来性抗原とは、免疫応答を惹起するために投与する抗原をいい、例えば、TNP-スカシ貝ヘモシアニン(KLH)などが好適に使用される。
【0055】
前記工程(a)において、被験物質とは、いかなる公知物質および新規物質であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分などがあげられる。また、これらの化合物の2種以上の混合物を試料として供することもできる。
【0056】
前記外来性抗原および被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、気道内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0057】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。
【0058】
前記工程(b)において、外来性抗原および被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べる方法としては、例えば、動物から採取した末梢血を用いて、フローサイトメトリーまたは市販の免疫グロブリンサブクラスの測定キット(ELISA)があげられる。
【0059】
前記工程(b)において、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0060】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する。選択する基準は、IgM、IgD、IgG1、IgG2(IgG2a、IgG2b)、IgG3、IgG4、IgA1、IgA2、IgEの中から少なくとも1種を選んで、その割合の増加または低下を指標にすればよい。例えば、感染防御の目的のためには、IgG1の割合を増加させうる物質を選択することが好ましい。
【0061】
[スクリーニング方法II]
第2の態様として、本発明のスクリーニング方法は、感染症に対する生体防御を増強する物質のスクリーニング方法であり、下記工程:
(a)本発明の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物におけるB細胞中のERKの発現量を調べ、被験物質を投与しない動物における発現量と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する工程を含む。
【0062】
工程(a)において、被験物質は、スクリーニング方法Iと同様のものがあげられる。
【0063】
前記被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、気道内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0064】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。
【0065】
前記工程(b)において、ERKの発現量は、例えば、動物からB細胞を単離して抽出液を調製し、免疫学的手法により測定することができる。免疫学的手法としては、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、蛍光抗体法などを用いることができる。
【0066】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない動物におけるERKの発現量も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0067】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する。選択する基準は、非投与動物を基準としてERKの発現量の有意な増加を指標にすればよい。
【0068】
[スクリーニング方法III]
第3の態様として、本発明のスクリーニング方法は、B細胞におけるRAS/MEK/ERKのシグナル伝達経路を介した免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法であり、下記工程:
(a)前記本発明の組織または細胞と被験物質とを接触させる工程、
(b)前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化の程度を調べ、被験物質を接触させない組織または細胞におけるリン酸化の程度と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、RAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する工程を含む。
【0069】
工程(a)において、被験物質は、スクリーニング方法Iと同様のものがあげられる。
【0070】
工程(a)において、本発明の組織または細胞と被験物質との接触方法は、大別して、本発明の動物の体内で接触させる(in vivo)方法と当該動物の体外で接触させる(in vitro)方法とがある。in vivo法は、スクリーニング方法Iの工程(a)と同様である。
【0071】
in vitro法は、本発明の動物から採取した組織または細胞を生存しうる条件下に置いたものを用いることができる。かかる条件下としては、前記組織または細胞を適当な培地中に入れ、約25〜40℃のインキュベーター中で生存または培養させることが好ましい。次に、前記培地中に被験物質を添加し、インキュベートを続けることで接触がなされうる。
【0072】
前記被験物質の添加量は、有効成分の種類、培地に対する溶解性、組織または細胞の感受性等によって適宜設定することができる。
【0073】
工程(b)において、前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化(以下、単に「タンパク質のリン酸化」と略す場合がある)の程度を、自体公知の方法により調べることができる。例えば、RAS、MEKまたはERKを認識する抗体と、リン酸化セリン、リン酸化スレオニンまたはリン酸化チロシンをそれぞれ認識する抗体とを適宜組合わせて用いて、各タンパク質のリン酸化をウエスタンブロッティング等により検出することができる。in vivo法の場合は、動物から組織または細胞を取り出して、上記と同様にして調べることができる。
【0074】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない組織または細胞におけるタンパク質のリン酸化の程度も同時にまたは別途調べ、投与の場合の結果と非投与の場合の結果とを比較する。
【0075】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、タンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する。選択する基準は、非投与の場合を基準としてタンパク質のリン酸化の有意な増加を指標にすればよい。
【0076】
このようにして、スクリーニング方法I〜IIIで選択された被験物質は、B細胞特異的に作用し、有害な副作用を引き起こすことなく、感染症を予防または治療可能な候補薬となりうる。
【0077】
本発明のスクリーニング方法により選別されうる感染症の予防または治療剤としては特に限定されるものではないが、例えば、肺炎球菌等の細菌感染症などの予防または治療剤があげられる。
【0078】
また、本発明は、本発明の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法を提供する。この場合、動物としては、前記トランスジェニック動物を用いて、IgG1を優勢に含む抗体を製造することが好ましい。動物の免疫および抗体の精製方法は、自体公知の方法により行うことができる。
【0079】
また、本発明は、本発明の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法を提供する。この場合、動物としては、前記ノックアウト動物を用いることが好ましい。動物の免疫および抗体の精製方法は、自体公知の方法により行うことができる。
【実施例】
【0080】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0081】
実施例1
ノックアウトマウスの作出
MAPK1flox/flox マウスまたは MAPK1flox/+ マウスの作出は、以下のようにして行った。
既報(Hatano, N., et al., Genes Cells 8, 847-856, 2003)に従い、MAPK1のエキソン3をLoxP部位に隣接して連結させた。これらのマウスをCd19Cre/+ マウス(Rickert, R. C. et al, Nucleic Acids Res 25, 1317-1318, 1997)と交配させ、Cd19cre/+MAPK1flox/flox マウスを作出した。週齢と性が一致した10ないし12週齢のCd19Cre/+MAPK1flox/floxマウスとCd19Cre/+MAPK1+/+マウスを、理研動物委員会で確立したガイドラインに従って、すべての実験的解析に使用した。
【0082】
実施例2
サザンブロットおよびウエスタンブロット解析
精製したゲノムDNAをSacIで消化し、サザンブロット解析に供し、Mapk1の欠失効率をチェックした。ウエスタンブロット解析については、細胞を溶解緩衝液(1% NP-40、20 mM Tris-Cl pH8.0、150 mM NaCl、5 mM EDTAおよびプロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche))で溶解させ、全細胞溶解液をSDS−PAGEおよびウエスタンブロッティングに供した。抗ERK(K-23)抗体および抗PLCγ2(Q-20)抗体は、Santa Cruz社から購入した。
【0083】
実施例3
免疫化
マウスを50μgのTNP-Ficollまたは50μgのミョウバンで沈殿させたTNP-スカシ貝ヘモシアニン(KLH)のいずれかで、腹腔内に(IP)免疫した。初期免疫の6週間後に、PBS 中25μg のTNP-KLHをIP投与して追加免疫を行った。
【0084】
実施例4
抗体、細胞の調製およびフローサイトメトリー
下記モノクローナル抗体 (mAbs) を用いた:
抗B220 (RA3-6B2)、抗CD43 (S7)、抗IgM (R6-60.2)、抗CD23 (B3B4)、抗IgG1 (A85-1)、抗CD11b (M1/70)、抗CD11c (HL3)、抗Gr1 (RB6-8C5)、抗CD4 (GK1.5)、抗CD8a (53-6.7)、抗NK1.1 (PK136)、抗TER119 (Ly-76)およびFc block (2.4G2) (すべてBD Biosciencesより購入)。抗IgD (11-26) (Southern Biotechnologyより購入)。抗AA4.1および抗F4/80 (BM8) (e-bioscienceより購入)。
【0085】
ビオチン結合TNPを生成するため、TNP25-ウシ血清アルブミン(BSA)を、Antibody Biotynylation Kit (American Qualex)を用いてビオチン化した。脾臓B細胞、T細胞および樹状細胞は、MACS分離カラム(Miltenyi Biotech)を用いて単離した。いくつかの例外を除いてすべてのインビトロの実験に関しては、CD43磁気ビーズ(Miltenyi Biotech)を用いた非B細胞の枯渇により、脾臓由来のB細胞を精製した。脾臓由来のT細胞および樹状細胞は、それぞれ、抗CD90.2 および抗CD11c磁気ビーズ(Miltenyi Biotech)をそれぞれ用いて、陽性選択により精製した。各実験におけるB細胞、T細胞および樹状細胞画分の純度は、それぞれ、>90%、>85%、および >80%であった。抗原特異的B細胞の検出に関しては、脾臓由来の単細胞懸濁物を、CD4, CD8, F4/80, CD11b, CD11c, Gr-1, NK1.1,およびTER119 に対するビオチン結合mAbsを含む細胞染色緩衝液(1 x PBS, 3% BSA, 5 mM EDTA,および0.01% NaN3)とともにインキュベートし、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズ(BD Bioscience)とともにインキュベートした。ELISPOTアッセイに関しては、脾臓由来の単細胞懸濁物を、CD4, CD8, F4/80, CD11c, NK1.1,およびTER119に対するビオチン結合mAbsを含む細胞染色緩衝液とともにインキュベートし、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズとともにインキュベートした。フローサイトメトリーに関しては、細胞を、フルオレセインイソチオシアネート(FITC), フィコエリスリン(PE), PerCP-Cy5.5, アロフィコシアニン(APC)およびビオチンを結合したmAbsを含む細胞染色緩衝液とともにインキュベートした。染色した細胞を、FACS Calibur (BD Biosciences)でCell Quest softwareを用いて解析した。
【0086】
実施例5
ELISA
ナイーブマウスの血清中の全IgM, IgG1, IgG2a, IgG2b, IgG3およびIgA Absを測定するため、ならびに、免疫したマウスの血清中の抗原特異的Absを測定するため、エンザイムイムノアッセイ(ELISA)を行った。簡単に記載すると、血清を、プレートにコートした精製ヤギ抗マウスIgM, IgG1, IgG2a, IgG2b, IgG3, およびIgA (Southern Biotechnology)で捕捉し、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合ヤギ抗マウスIgM, IgG1, IgG2a, IgG2b, IgG3およびIgAで検出した。抗原特異的Absに関しては、プレートを10μgのTNP25 またはTNP3-BSAでコートし、AbsをHRP-結合ヤギ抗マウスIgM, IgG1, IgG2b,およびIgG3で検出した。すべての状況において、ウエルをABTS Liquid Substrate System (SIGMA)で発色させ、405nmでの吸光度を測定した。抗原特異的Absの力価は、血清の段階希釈で得られた標準曲線の直線領域においてOD値に対する希釈率の内挿により決定した。
【0087】
実施例6
ELISPOT
抗原特異的抗体分泌細胞(ASCs)を検出するため、エンザイムリンクトイムノスポット(ELISPOT)アッセイを行った。簡単に記載すると、ELISPOT用プレート(MultiScreenTM-HA, MILLIPORE)を、10μgのTNP25-BSAでコートした。脾臓中の非B細胞画分を枯渇した細胞を、ウエル当り106個の細胞で播種し、37℃で5時間インキュベートした。ASCsを、HRP結合ヤギ抗マウスIgMまたはIgG1 (Southern Biotechnology)で検出し、ELISPOT用AEC Substrate Reagent Set(BD Bioscience)を用いて、ウエルを発色させた。
【0088】
実施例7
RT−PCR
脾臓B細胞を、抗CD40 mAb (clone:HM40-3, BD Bioscience)と組換えマウスIL-4 (R&D)で4日間処理した。全RNAをTRIzol試薬(Invitrogen)で精製し、SuperScriptTMFirst-Strand Synthesis System (Invitrogen)を用いて、製造業者の指示書に従ってcDNA合成に供した。PCRは、25 ngおよびcDNAの3倍希釈物で、γ1 GLT, γ1 PSTおよびAIDに対する特異的プライマーを用いて、既報(Muramatsu, M. et al., Cell 102, 553-563, 2000)に従って行った。G3PDHの増幅は、内部標準として行った。PCRの条件は、94 ℃で30秒、60℃で30秒、および72℃で1分を35サイクル(γ1 GLT, γ1 PSTおよびAicda)または30サイクル(G3pdh)であった。使用したプライマーは、下記の通りである。
【0089】
γ1 GLT: 5’-GGCCCTTCCAGATCTTTGAG-3’(配列番号1)、および
5’-GGATCCAGAGTTCCAGGTCAC-3’(配列番号2);
γ1 PST: 5’-CTCTGGCCCTGCTTATTGTTG-3’(配列番号3)、および
5’-GGATCCAGAGTTCCAGGTCAC-3’(配列番号4);
AID: 5’-GGCTGAGGTTAGGGTTCCATCTCAG-3’(配列番号5)、および
5’-GAGGGAGTCAAGAAAGTCACGCTGGA-3’(配列番号6);
G3PDH: 5’-CTGGCCAAGGTCATCCATGAC-3’(配列番号7)および
5’-AGGTCCACCACCCTGTTGCTG-3’(配列番号8)。
【0090】
Sμ-Sγ1ゲノムDNA再編成のDC−PCR(digestion Circulation-PCR)
DC−PCRを、既報に従って行った(Chu, C. C. et al., Proc Natl Acad Sci U S A 89, 6978-6982, 1992)。簡単に記載すると、脾臓B細胞を抗CD40 mAbと組換えマウスIL-4で4日間処理し、ゲノムDNAを抽出した。2μgのゲノムDNAをEcoRIで一晩消化し、RNase Aで処理し、精製した。EcoRIで消化したDNAをDNA ligation kit (TAKARA)を用いて、製造業者の指示書に従って16℃で連結した。ライゲーションの後、精製した連結DNAをPCRに供した。PCR条件は、以下の通りであった:94℃で6分を1サイクル;94℃で20秒を5サイクル、58℃で1分と72 ℃で2分を5サイクル;94℃で20秒を30サイクル、65 ℃で1分と72℃で2分を30サイクル; そして72℃で7分の最終サイクル。Sμ-Sγ1に対するプライマー配列
5’μ: 5’-GGCCGGTCGACGGAGACCAATAATCAGAGGGAAG -3’(配列番号9)および
3’γ1: 5’-GCGCCATCGATGGAGAGCAGGGTCTCCTGGGTAGG -3’(配列番号10)ならびに
nAChR用プライマーA1: 5’-GGCCGGTCGACAGGCGCGCACTGACACCACTAAG -3’(配列番号11)および
A2: 5’-GCGCCATCGATGGACTGCTGTGGGTTTCACCCAG-3’(配列番号12)。
【0091】
実施例8
CFSE標識および細胞分割トラッキング
脾臓ナイーブB細胞を、1 x 107cells/mlの細胞密度で、5μM CFSEを含むRPMI1640中で37oCで10分標識した。次いで、CFSEで標識された細胞を、RPMI完全培地(10% FCS と50 μM β-メルカプトエタノールを補足したRPMI1640)で洗浄し、抗CD40 mAbと組換えマウスIL-4で4日間刺激した。細胞分化の進行および表面 IgG1発現をフローサイトメトリーで分析した。
【0092】
実施例9
BrdU 標識
マウスを50μgのミョウバンで沈殿させたTNP-KLHで免疫し、7日目に、BrdU (PBS中2 mg /マウス) をIP投与してBrdUパルス標識を5時間行った。脾臓を回収し、単一細胞懸濁物を、CD4, CD8, F4/80, CD11b, CD11c, Gr-1, NK1.1およびTER119に対するビオチン結合mAbsを含む細胞染色緩衝液とともにインキュベートして非B細胞画分を枯渇させ、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズとともにインキュベートした。精製したB 細胞を、さらにビオチン結合TNP、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズとともにインキュベートした。精製したTNP結合B 細胞をフルオレセイン結合Absで染色し、次いで、BrdU-標識細胞の検出を、BrdU Flow Kit (BD Bioscience)を用いて、製造業者の指示書に従って行った。
【0093】
実施例10
骨髄細胞のレトロウイルスを用いた導入および骨髄キメラの生成
マウスBcl-2をコードするcDNAを、発現マーカーとして内部リボソームエントリー部位の下流にEGFP cDNAを含み、MSCVを基本とするレトロウイルスベクターにクローニングした。ウイルス上清の調製、骨髄へのレトロウイルス感染および骨髄キメラは、既報に従って行った(Hikida et al., 2003)。簡単に記載すると、プラスミドをPlat E パッケージング細胞に一過性にトランスフェクションし、3日後、上清を回収した。循環する骨髄前駆体は、骨髄の回収4日前に、PBS中5 FU (150 mg/kg body weight) (SIGMA)でCd19Cre/+MAPK1flox/flox または野生型同腹子マウスを注射することにより濃縮し、4日後大腿骨および頚骨から骨髄を回収した。骨髄細胞を、骨髄細胞培地 (BMCM:15 % FCS, ネズミ SCF, ネズミ TPO, ネズミ Flt3L, ネズミ IL-6,およびネズミ IL-3 (すべてのサイトカインの培地中の濃度は20 ng/mlであり、すべてR&Dより購入した)を補足したDMEM) 中で培養した。2日後、培養した骨髄細胞を回収し、500μlの BMCM当り1 x 106 細胞の密度で懸濁し、ポリブレン (最終濃度は6 μg/ml: SIGMA) を含む500 μlのウイルス上清と混合した。前記混合液を、32℃、2000 rpmで90分遠心操作により感染させ、24ウエルプレートに播種し、3日間培養した。培養4日目に、2 x 106 個の感染ドナー骨髄細胞を、8.5 Gy用量のγ-照射で前もって処理した野生型マウスをレシピエントとして静脈注射した。
【0094】
結果
B細胞特異的ERK2欠損マウスの作出
半定量的RT−PCR解析による予備的実験から、脾臓B細胞におけるERK2の発現レベルは、ERK1の約2倍であった。したがって、ERKの機能を解析する第1段階として、ERK2のインビボでの機能の解明に焦点を当てた。ERK2ターゲティングによる破壊は、胎盤の発達の欠如による胎生致死となることがすでに報告されている(Hatano, N., et al., Genes Cells 8, 847-856, 2003; Saba-El-Leil, et al., EMBO Rep 4, 964-968, 2003)。そこで、本発明者らは、Cre-loxP系を使用して、B細胞特異的ERK2欠損マウスを作出した。前記マウスは、MAPK1(= ERK2)遺伝子のfloxアレル(MAPK1flox/flox)を保有するマウスを、Cd19 プロモーターの制御下にCre レコンビナーゼを発現するマウス(Cd19Cre/+)(Rickert, R. C. et al, Nucleic Acids Res 25, 1317-1318, 1997)と交配させて得られたものである。ERK2遺伝子の効率的なCre介在欠失は、サザンブロッティングにより、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの脾臓B細胞で示された(図1aおよび図7)。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの脾臓B細胞でのERK2タンパク質の効率的な排除も、イムノブロッティングにより確認した。対照のB細胞に比べて、変異体B細胞は、ERK1タンパク質の若干高い発現を示した。このことは、ERK2欠失に対処したことによる蓋然性が高い (図1b)。予測したように、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスの場合と同様に、同量のERK2タンパク質が、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの脾臓T細胞および樹状細胞で観察された(図1b)。まとめると、MAPK1の特異的欠失は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスで効率的に達成された。
【0095】
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおける損傷したT細胞依存性免疫応答
第1に、Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおけるB細胞の分化をフローサイトメトリーで分析した。図1cおよび表1に示すように、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間の骨髄および脾臓におけるプロB細胞、プレB細胞、未熟B細胞、移行B細胞、濾胞B細胞、および辺縁帯(MZ)B細胞の数と比率には有意な差は観察されなかった。ただし、骨髄にリクルートするB細胞の数と割合がわずかに増加したことが観察された。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおけるIgG2a、IgG2b、IgG3およびIgAの血清中レベルは、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスの場合とほとんど同じであった。しかしながら、IgMの量は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの場合よりも有意に高く、IgG1の量は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの場合よりも有意に低いものであった(図1d)。
【0096】
【表1】
【0097】
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスでの抗原刺激に対する免疫応答の展開能を評価するために、T細胞非依存性2型(TI-II)およびT細胞依存性(TD)免疫応答を調べた。TI-II抗原(TNP-Ficoll)で免疫した場合、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおけるTNP特異的IgM(IgG3ではない)応答は、対照マウスに比べて、有意に増加した(図2a)。
【0098】
TD抗原(TNP-KLH)で免疫した場合、TNP特異的IgMの力価は、TI-II 免疫応答と同様に、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスと比べて、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおいて多少上昇した(図 2b)。対照的に、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスは、試験したすべてのサブクラスの TNP特異的IgG において、減少を示した(図2b)。さらに、二次的IgG1応答も、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスで欠損していた(図2c)。高親和性抗TNP IgG1の比率は、TNP3-BSAを捕捉抗原として用いることにより評価したように、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとCd19Cre/+Mapk1+/+ マウスとの間で変化しなかった(図2d)。以上の結果をまとめると、ERK2は、インビボにおいてTD抗原に対する効率的な一次および二次IgG応答を展開するのに必要であることが示唆される。
【0099】
TD応答におけるCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスでの抗原特異的IgG1産生B細胞の蓄積低下
TD応答における一次IgG1 抗体産生でのERK2の重要性が示唆されたので、その基礎となるメカニズムの解明に向けた。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける損傷したIgG1応答は、以下の可能性により説明できると思われる;
1)IgG1への非抗率的なクラススイッチ;
2)表面IgG1産生B細胞の非抗率的な増殖および/または持続。
これらの可能性を調べるため、第1にクラススイッチを比較した。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスおよびCd19Cre/+Mapk1+/+ マウスから脾臓B細胞を調製し、抗CD40抗体およびIL-4を用いて、インビトロで刺激した。フローサイトメトリー解析により、対照B細胞に比べて、その表面上にIgG1を保持するCd19Cre/+Mapk1flox/floxB 細胞の割合は同様であることが示された(図3c)。さらに、同様なレベルのγ1 GLTs およびγ1 PSTsならびにDC−PCR産物が検出された(図3aおよび3b)。これらの観察に基づき、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおいてTD抗原によるIgG1応答が欠如していることは、変異体B細胞でのクラススイッチ組換えの損傷に帰すものではないと結論した。
【0100】
次いで、損傷したIgG1抗体応答がB細胞増殖および/または持続の欠如によるものであるか否かを決定するために、抗原特異的IgG1 B 細胞を、TD抗原で免疫した後、フローサイトメトリーで追跡した。7日目に、脾臓中に、TNP特異的IgG1産生B細胞を同定した。細胞表面IgG1の染色強度は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間で明らかな差がなかった (図4a)。しかし、TNP特異的IgG1産生B細胞の比率は、Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスで有意に減少した (図4aおよび4b)。IgG1産生B細胞に比べて、TNP特異的IgM B 細胞の比率は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間で同等であった。したがって、これらのデータは、一次TD免疫応答の間、ERK2がIgG1産生B細胞の蓄積に必要であることを示す。
【0101】
さらにIgG1抗体分泌細胞(ASCs)の数を決定するため、ELISPOTアッセイを行った。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける抗原特異的IgG1産生B細胞の蓄積の低下と一致して、TNP-KLH で免疫後7〜12日に亘り、TNP特異的IgG1 ASCsの数の減少が変異マウスの脾臓で観察された(図4c、左パネル)。他方、TNP特異的IgM ASCsの数は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスと比較して、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおいてわずかに増加した(図4c、右パネル)。したがって、ERK2は、抗原特異的IgG1産生B細胞およびその後に続くIgG1分泌細胞の効率的な蓄積に重要な役割を果たす。
【0102】
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおける抗原特異的 IgG1産生細胞の蓄積損傷は、Bcl-2の過剰発現により相殺可能である
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおける抗原特異的IgG1産生細胞の蓄積の欠如は、TD免疫応答中のIgG1産生B細胞の細胞増殖能の低下または増加した細胞死またはその両方の結果であることが予想された。前者の可能性を検証するために、2組のマウスで細胞周期を調べることにより、抗原特異的IgG1 B 細胞の増殖能を決定した。Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスおよびCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスをTNP-KLHで免疫し、次いで、7日後に、これらのマウスに腹腔内にBrdUを投与し、その5時間後にマウスを解析に供した。脾臓におけるTNP特異的IgG1 B 細胞中のBrdU取り込み細胞の割合は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間ではほぼ同一であった(図5)。この結果は、ERK2が初期のTD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B 細胞の増殖にほとんど寄与しないことを示唆する。
【0103】
上述の結果と、ERKが他の細胞型で細胞の生存に関与するという以前の知見とを合わせると、ERK2の欠損はTD応答中のIgG1産生細胞の細胞死を引き起こしている可能性を考察する方向に導く。この仮説は、IgG1産生細胞の蓄積の欠如が抗アポトーシス遺伝子の導入により抑制されるはずであることを予測させる。この予測を検証するため、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウス由来の骨髄細胞に、レトロウイルス感染によりBcl-2を導入し、次いで、致死量を照射した同腹子野生型対照マウスに移入した(図6)。再構成したマウスをTNP-KLHで免疫し、7日後に脾臓B 細胞を調製し、次いで、GFP陽性細胞中の抗原特異的B細胞を、フローサイトメトリーで分析した。mock-再構成マウスと比較して、Cd19Cre/+Mapk1flox/flox/ Bcl-2-再構成マウスにおけるTNP特異的IgG1 B 細胞は、約6倍増加していたが、抗原特異的IgM細胞の増加の程度は2倍しかなかった(図6b)。Bcl-2の過剰発現は、実施例での条件下で抗原特異的IgM B 細胞の比率を多少上昇させた (図6b、右パネル)。この結果は、以前の報告と一致する(Strasser, A., wt al., Proc Natl Acad Sci U S A 88, 8661-8665, 1991)。それにも関わらず、IgG1産生 B 細胞のより強い蓄積が観察されたことから、Bcl-2の過剰発現もERK2の欠損した抗原特異的IgG1産生B 細胞の蓄積欠損の抑制に関与することが結論される。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明によれば、T細胞依存性の液性応答の解明および液性応答の低下または過剰に伴う免疫疾患の治療剤の開発に適する、T細胞依存性の免疫応答調節モデル動物が提供される。当該動物を用いるスクリーニング方法は、B細胞におけるRas/MES/ERKのシグナル伝達に特異的に作用する薬剤の開発に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1a】図1aは、B細胞特異的にERK2が欠損したマウスにおける脾臓B細胞および胸腺由来のゲノムDNAのSacI消化物のサザンブロット解析を示す(図7も参照のこと)。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの場合、脾臓B細胞ではfloxアレルの特異的欠失が起こっているが、胸腺では欠失していないことが確認された。
【図1b】図1bは、ERK1およびERK2に特異的な抗体を用いて、B細胞特異的にERK2が欠損したマウスにおける脾臓B細胞、T細胞および樹状細胞由来の全細胞溶解液のウエスタンブロット解析を行った結果を示す。PLCγ2のブロットは、B細胞の内部標準として示す。
【図1c】図1cは、Cd19Cre/+Mapk1+/+ マウスおよびCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの骨髄および脾臓におけるB細胞の分化を示す。結果は、独立した6つの実験の代表例である。
【図1d】図1dは、B細胞特異的にERK2が欠損したマウスにおける血清中の免疫グロブリンの力価を示す。血清中の各免疫グロブリンのサブクラスの休止レベルを、ELISAにより評価した。各群13尾のマウスを用いた。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとCd19Cre/+Mapk1+/+マウスとの間の有意差は、Student’s t検定により計算した。*:P < 0.05。
【図2a】図2aは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスをTNP-Ficollで免疫し、TNP-特異的IgMおよびIgG3について、ELISAにより分析した結果を示す。図2a〜2dのすべてのパネルについて、■はCd19Cre/+Mapk1+/+マウスを、□はCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスを、各時点は4尾のマウスの平均とSEMを示す。
【図2b】図2bは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスではT細胞依存性(TD)免疫応答が欠如していることを示す図である。マウスをミョウバン中のTNP-KLHで免疫し、血清を、TNP-特異的IgM, IgG1, IgG2b,およびIgG3について、ELISAにより分析した。
【図2c】図2cは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスではT細胞依存性(TD)免疫応答が欠如していることを示す図である。マウスをミョウバン中のTNP-KLHで一次免疫(▲)後、42日目に、PBS中TNP-KLHで二次免疫(△)を行った。血清を、TNP-特異的IgM, IgG1, IgG2b,およびIgG3について、ELISAにより分析した。
【図2d】図2dは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける抗TNP25 IgG1 Abに対する抗TNP3 IgG1 Abの比を示す。
【図3a】図3aは、ERK2欠損B細胞ではクラススィッチ組換えが正常であることを示す図である。脾臓B細胞を精製し、2μg/mlの抗CD40 mAbと10 ng/mlのマウスIL-4で4日間刺激した後、全RNAを抽出し、各cDNAの3倍希釈物から、γ1 生殖系列転写物(γ1GLT)、γ1スィッチ後転写物(γ1PST)、AID(Aicda)およびG3PDH (G3pdh)を、半定量的RT−PCRにより検出した。
【図3b】図3bは、ERK2欠損B細胞ではクラススィッチ組換えが正常であることを示す図である。脾臓B細胞を精製し、2μg/mlの抗CD40 mAbと10 ng/mlのマウスIL-4で4日間刺激した後、ゲノムDNAを抽出し、DC−PCRにより分析した。
【図3c】図3cは、ERK2欠損B細胞ではクラススィッチ組換えが正常であることを示す図である。脾臓B細胞を精製し、CFSE標識し、2μg/mlの抗CD40 mAbと10 ng/mlのマウスIL-4で4日間刺激した後、フローサイトメトリーで分析し、細胞分裂の進行とIgG1産生B細胞を同時に検出した。図3a〜3cのすべての結果は、少なくとも2つの独立した実験の代表例で示す。
【図4a】図4aは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスが初期TD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積低下を示す図である。マウスを、ミョウバン中TNP-KLHで免疫し、7日後、脾臓B細胞を精製し、フローサイトメトリーで解析した。B220+細胞上のIgG1に対するTNP のプロットを示す。データは、6つの独立した実験に対して、4つの代表例である。
【図4b】図4bは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスが初期TD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積低下を示す図である。初期免疫後、脾臓中の抗原特異的B細胞の動態学。TNP結合IgG1+B220+ 細胞とTNP結合IgM+B220+細胞の比率を、図4aで記載したフローサイトメトリーで解析した。プロットは、各時点で各マウス6回から3回の平均とSEMを示す。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとCd19Cre/+Mapk1+/+ マウスとの間の有意差は、Student’s t 検定で計算した。*:P < 0.05。v:値。
【図4c】図4cは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスが初期TD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積低下を示す図である。マウスをミョウバン中TNP-KLHで免疫し、脾臓を所定の日に回収した。脾臓中の非B細胞を枯渇させ、残ったB細胞をELISPOTアッセイで解析し、TNP特異的IgG1またはIgM抗体分泌細胞(ASCs)を検出した。グラフの黒塗りはCd19Cre/+Mapk1+/+マウスを、白抜きはCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスを、プロットは各時点で各マウス3〜6回の平均及びSEMを示す。n.d.:検出されず。
【図5】図5は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける初期TD免疫応答中の抗原特異的IgG1 B 細胞の正常増殖能を示す。マウスをミョウバン中TNP-KLHで免疫し、7日後にBrdU (2 mg / マウス)を投与した。脾臓由来の精製したTNP結合IgG1 B細胞をフローサイトメトリーで解析した。ヒストグラム(左)は、3つの独立した実験の代表例であり、プロット(右)は、3つの独立した実験の平均およびSEMを示す。
【図6a】図6aは、Bcl-2の過剰発現が初期TD免疫応答中の抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積を回復可能であることを示す。Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウス由来の骨髄細胞をレトロウイルス系で感染させ、レシピエントとして致死量を照射した野生型マウスに皮下に移入した。GFP陽性細胞の頻度。骨髄移植後10週目に、再構成したマウスの末梢血を回収し、GFP陽性 B220+ 細胞をフローサイトメトリーで評価した。ヒストグラムは、4つの独立した実験の1つの代表例である。GFP陽性細胞: mock, 16.7 ± 1.5%; Bcl-2, 20.7 ± 5.7%。
【図6b】図6bは、Bcl-2の過剰発現が初期TD免疫応答中の抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積を回復可能であることを示す。Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウス由来の骨髄細胞をレトロウイルス系で感染させ、レシピエントとして致死量を照射した野生型マウスに皮下に移入した。骨髄移植後10尾のマウスを、ミョウバン中TNP-KLH で免疫し、7日後、GFP陽性B220+ 細胞を、図4aに記載のように解析した。プロットは、少なくとも3つの独立した実験の平均およびSEMを示す。
【図7】図7は、本発明のコンディショナルノックアウトマウスの作出に用いたターゲティングベクターの一例を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ERK遺伝子改変非ヒト動物およびその利用に関する。詳しくは、B細胞特異的にERK遺伝子の発現が制御された非ヒト動物およびそれを用いたスクリーニング方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
Bリンパ球は、一旦抗原に遭遇すると、活性化および成熟という一連の複雑な事象によって抗体産生形質細胞の生成に至る(非特許文献1)。T細胞依存性抗原で免疫した場合、抗原特異性B細胞とプライムしたヘルパーT細胞との同種の相互作用が、脾臓中の動脈周囲リンパ節鞘でB細胞を増殖させる引き金となる(非特許文献2、3)。
【0003】
次いで、創始B細胞の一部は濾胞外の部位に移動し、その場所で、形質芽球が最終的には短命な形質細胞に成長する。残りの創始B細胞はリンパ節の濾胞に入り、胚中心(GC)を形成する。ここでは、効率的なIgの体細胞超変異と親和性成熟を必要とし、その後、長命な形質細胞が出現する(非特許文献4〜9)。
【0004】
前記したB細胞から形質細胞への分化に応答可能な細胞表面受容体がよく知られている。例えば、B細胞受容体(BCR)、TNFファミリー受容体(CD40およびBAFF受容体)、サイトカイン(IL−4、IL−6およびIL−10)受容体があげられる(非特許文献10〜12)。
【0005】
これに対して、B細胞の拡張および形質細胞への分化に至らせる前記受容体のシグナル伝達カスケードはほとんど知られていない。
【0006】
初期B細胞の発生ならびに記憶抗体応答におけるRas/MEK/ERK経路に関する研究が多数報告されている(非特許文献13〜17)。Rasのドミナント阻害変異体を保有するトランスジェニックマウスは、プレB細胞および未成熟B細胞の数の減少を明らかにした。このことは、プレBCRおよびBCRが介在する細胞の運命決定におけるRas経路の重要性を意味する(非特許文献14)。さらに、同じトランスジェニックマウスを用いて、Ras経路が高親和性B細胞のメモリー区画へのリクルートメントおよび、その末端での分化に関与していることが最近示唆された(非特許文献17)。上述の研究は、B細胞の生理学におけるRas経路の重要性を明らかに示唆する。しかし、ERKの役割は、これらのデータから単純に外挿することはできない。その理由は、Rasが少なくとも3つのエフェクター分子:ERK、 ホスホイノシチド3−キナーゼ(PI3K)、およびRas関連GTPアーゼRalに対するグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)を介してその生物学的機能を発揮すると考えられているからである(非特許文献18、19)。
【0007】
ERK1およびERK2は、哺乳動物細胞におけるMAPキナーゼのシグナル伝達経路の中心要員である。ERK1およびERK2は、高度に相同性の高いセリン−スレオニンキナーゼであり、チロシンおよびスレオニンの二重リン酸化により活性化され、それにより、この活性化が細胞質のシグナル伝達複合体および核の転写因子の両方に伝達される。ERKは、細胞応答の多くの側面に影響するシグナル伝達プログラムを小区分化する源であると思われる(非特許文献20)。実際、B細胞の場合、ERKの重要性は、薬理学的阻害剤を用いた以前の実験で示されており、その内容は、インビトロでBCR刺激に対する応答において、MEK/ERK阻害剤が部分的にB細胞の増殖を減少させるというものである(非特許文献15)。しかしながら、B細胞の分化および活性化におけるERKの生理学的機能は、依然不明である。
【非特許文献1】Rajewsky, K., Nature 381, 751-758, 1996
【非特許文献2】Jacob, J., et al., J Exp Med 173, 1165-1175, 1991
【非特許文献3】Liu, Y. et al., Eur J Immunol 21, 2951-2962, 1991
【非特許文献4】Honjo, T., et al., Annu Rev Immunol 20, 165-196, 2002
【非特許文献5】Jacob, J., and Kelsoe, G., J Exp Med 176, 679-687, 1992
【非特許文献6】MacLennan, I. C., et al.,Immunol Rev 156, 53-66, 1997
【非特許文献7】MacLennan, I. C., et al.,Immunol Rev 194, 8-18, 2003
【非特許文献8】McHeyzer-Williams, L. J., and McHeyzer-Williams, M. G., Annu Rev Immunol 23, 487-513, 2005
【非特許文献9】Vinuesa, C. G., et al., Nat Rev Immunol 5, 853-865, 2005
【非特許文献10】Hasbold, J., et al., Nat Immunol 5, 55-63, 2004
【非特許文献11】O'Connor, et al., J Exp Med 199, 91-98O, 2004
【非特許文献12】Shapiro-Shelef, M., and Calame, K. Nat Rev Immunol 5, 230-242, 2005
【非特許文献13】Fleming, H. E., and Paige, C. J. Immunity 15, 521-531, 2001
【非特許文献14】Nagaoka, H. et al., J Exp Med 192, 171-182, 2000
【非特許文献15】Richards, J. D., et al., J Immunol 166, 3855-3864, 2001
【非特許文献16】Shaw, A. C., et al., J Exp Med 189, 123-129, 1999
【非特許文献17】Takahashi,Y.,et al.,Immunity 23, 127-138, 2005
【非特許文献18】Genot, E., and Cantrell, D. A., Curr Opin Immunol 12, 289-294, 2000
【非特許文献19】Katz, M. E., and McCormick, F., Curr Opin Genet Dev 7, 75-79, 1997
【非特許文献20】Kolch, W., Nat Rev Mol Cell Biol 6, 827-837, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、外来性抗原に対するin vivoにおけるERKの関与の解明に役立つモデル動物およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この問題を解決するため、本発明者らは、B細胞特異的にERK2遺伝子が欠損しているマウスを作出し、解析を行ったところ、ERK2の少なくとも一部は、生存シグナルを与えることによって、T細胞依存性の抗体反応中に抗原特異的IgG1産生B細胞の蓄積に寄与していることを解明し、本発明を完成するに至った。即ち、本願発明は、以下に示す通りである。
【0010】
〔1〕B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物。
〔2〕前記改変がB細胞特異的なERK遺伝子の機能的欠損である、前記〔1〕に記載の非ヒト動物。
〔3〕前記改変がヒトERK遺伝子を含むB細胞特異的発現ベクターの染色体への導入である、前記〔1〕に記載の非ヒト動物。
〔4〕前記ERKがERK1および/またはERK2である、前記〔1〕〜〔3〕いずれか1項に記載の非ヒト動物。
〔5〕前記動物が実験動物または家畜である前記〔1〕〜〔4〕いずれか1項に記載の非ヒト動物。
〔6〕前記実験動物がマウスである前記〔5〕に記載の非ヒト動物。
〔7〕前記〔1〕〜〔6〕いずれか1項に記載の非ヒト動物の子孫動物。
〔8〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物から得られる組織または細胞。
〔9〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
〔10〕下記工程:
(a)前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物に外来性抗原および被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べ、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない対照動物における割合と比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する工程を含む、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質のスクリーニング方法。
〔11〕下記工程:
(a)前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物におけるB細胞中のERKの発現量を調べ、被験物質を投与しない動物における発現量と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、感染症に対する生体防御を増強する物質のスクリーニング方法。
〔12〕下記工程:
(a)前記〔8〕に記載の組織または細胞と被験物質とを接触させる工程、
(b)前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRASもしくはMEKもしくはERKまたはそれらから選ばれる2種以上のタンパク質のリン酸化の程度を調べ、被験物質を接触させない組織または細胞におけるリン酸化の程度と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、RAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、B細胞におけるRAS/MEK/ERKのシグナル伝達経路を介した免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
〔13〕工程(c)で選択された物質が感染症の治療または予防に用いられる、前記〔10〕〜〔12〕いずれか1項に記載のスクリーニング方法。
〔14〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法。
〔15〕前記〔1〕〜〔7〕いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、T細胞依存性の液性応答の解明および液性応答の低下または過剰に伴う免疫疾患の治療剤の開発に適する、T細胞依存性の免疫応答調節モデル動物が提供される。当該動物を用いるスクリーニング方法は、B細胞におけるRas/MES/ERKのシグナル伝達に特異的に作用する薬剤の開発に貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物を提供する。
【0013】
本発明において、遺伝子を改変するとは、内因性のERK遺伝子の塩基配列の1以上の塩基に置換、欠失、挿入もしくは付加の変異を導入すること、または外来性のERK遺伝子を染色体遺伝子に導入することをいう。本発明においては、前者をノックアウトと称し、後者をトランスジェニックと称する。また、このような改変をした動物をそれぞれ、ノックアウト動物およびトランスジェニック動物と称する。
【0014】
前記遺伝子の改変は、ノックアウトの場合、少なくともERK遺伝子の一部を欠損させる変異を導入させ、当該遺伝子の機能的欠損を有するように操作することが好ましく、具体的には、マウスERK遺伝子の場合、エキソンのいずれか1つを欠損させるように構築されたターゲティングベクターを用いる方法が一例としてあげられる。より具体的には、実施例1および図7に記載のように、エキソン3をターゲティングするベクターを用いた方法があげられる。また、トランスジェニックの場合、ERK遺伝子(好ましくはヒトERK遺伝子)を染色体遺伝子に導入させるため、ERK(好ましくはヒトERK)が目的の動物のB細胞で特異的に発現して機能するように構築された発現ベクターを動物の受精卵に注入する方法が一例としてあげられる。
【0015】
本発明の遺伝子改変非ヒト動物には、前記遺伝子の変異が対立遺伝子の両方に導入されたホモ接合動物、前記遺伝子の変異が対立遺伝子の片方に導入されたヘテロ接合動物およびそれらの出生前の胎仔も含まれる。前記ホモ変異動物は、前記ヘテロ変異動物を交配することにより得られるものである。
【0016】
本発明においてERKとは、ERK1(MAPK3)もしくはERK2(MAPK1)またはERK1およびERK2の両方を意味する。ERK遺伝子は、ノックアウトの場合、用いられる非ヒト動物に応じて、内因性の遺伝子が選ばれる。例えば、マウスERK1(MAPK3)のゲノムDNAは、例えば、マウスゲノムプロジェクトなどで公表されており、自体公知の方法により単離することができる。例えば、マウスERK2(MAPK1)のゲノムDNAは、例えば、Sugiura N. et al., J. Biol. Chem. 272, 21575-21581, 1997などで公表されており、同文献に記載の方法により単離することができる。トランスジェニックの場合、外来性のERK遺伝子を用いるが、ヒトの免疫応答調節モデルの作出のためにはヒトERK遺伝子を用いることが好ましい。ヒトERK1(MAPK3)のDNAは、Genbank アクセッション番号:NM_002746、NM_001040056、BC013992などで公表されており、自体公知の方法により単離することができる。ヒトERK2(MAPK1)のDNAは、Genbank アクセッション番号:NM_002745、NM_138957などで公表されており、自体公知の方法により単離することができる。
【0017】
用いられる非ヒト動物(本発明においては、単に動物と略す場合がある。)としては、ヒト以外の動物であれば特に限定されるものではないが、ヒトに類似した免疫系を有する動物が好ましい。好適な動物としては、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、サル等の実験動物ならびにウシ、ヒツジ、ウマ、ブタ等の家畜があげられるが、遺伝子工学的に利用が容易であるところから、マウスがより好ましい。
【0018】
本発明における「B細胞」とは、B細胞系列、すなわち、プロB細胞、プレB細胞、未熟B細胞、移行B細胞、濾胞B細胞、辺縁帯(MZ)B細胞などを含み、形質細胞は含まない概念である。
【0019】
本発明の遺伝子改変非ヒト動物は、自体公知の方法により製造できる。先ず、本発明のノックアウト動物の作出方法について説明する。本発明のノックアウト動物は、B細胞特異的にERK遺伝子を欠損させることが必要であるから、いわゆるコンディショナルノックアウト動物の作出方法により製造される。
【0020】
本発明のノックアウト動物は、例えば下記の工程(a)〜(d)を含む方法により製造できる。
(a)ERK遺伝子の機能的欠損を含む胚性幹細胞を提供する工程;
(b)前記胚性幹細胞を胚に導入し、キメラ胚を得る工程;
(c)前記キメラ胚を動物に移植し、キメラ動物を得る工程;
(d)前記キメラ動物を交配させ、ERK遺伝子欠損ヘテロ接合体を得る工程。
【0021】
前記工程(a)において、ERK遺伝子の機能的欠損を含む胚性幹細胞(ES細胞)は、例えば、ERK遺伝子の相同組換えを誘導し得るターゲティングベクターを胚性幹細胞に導入して得られる。
【0022】
ターゲティングベクターを胚性幹細胞に導入する方法としては、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法/リポソーム法、エレクトロポレーション法などがあげられる。ターゲティングベクターが胚性幹細胞中に導入されると、当該細胞中でERK遺伝子を含むゲノムDNAの相同組換えが生じる。
【0023】
ターゲティングベクターが導入される胚性幹細胞としては、任意の動物の胚盤胞から分離した内部細胞塊をフィーダー細胞上で培養することにより樹立してもよいが、市販または所定の機関より既存の胚性幹細胞を入手できる。既存のマウス胚性幹細胞としては、例えば、ES−D3細胞、ES−E14TG2a細胞、SCC−PSA1細胞、TT2細胞、AB−1細胞、J1細胞、R1細胞、E14細胞、RW−4細胞などがあげられる。また、胚性幹細胞としては、マウス胚性幹細胞以外に、ミンク、ハムスター、ブタ、ウシ、マーモセット、アカゲザル等の哺乳動物由来のものなどが樹立されているので、これらを用いることもできる。
【0024】
ERK遺伝子を含むゲノムDNAで相同組換えが生じた動物細胞を選別するため、ターゲティングベクター導入後の動物細胞がスクリーニングされる。例えば、ポジティブ選別、ネガティブ選別等により選別を行った後に、遺伝子型に基づくスクリーニング(例えば、PCR法、サザンブロット法)を行う。
【0025】
胚性幹細胞を用いる場合には、好ましくは、組換え胚性幹細胞の核型分析がさらに行なわれる。核型分析では、選別された組換え胚性幹細胞において染色体異常がないことが確認される。核型分析は、自体公知の方法により行うことができる。なお、胚性幹細胞の核型は、ターゲティングベクターの導入前に予め確認しておくことが好ましい。
【0026】
本発明で用いられるターゲティングベクターは、2以上のリコンビナーゼ標的配列を含むことが好ましい。2以上のリコンビナーゼ標的配列は、同一または反対の配向性 (orientation)で配置することができる。
【0027】
リコンビナーゼ標的配列としては、当該分野で公知の配列、例えば、バクテリオファージP1由来のCre/loxPシステムで用いられるloxP配列、酵母由来のFLP/FRTシステムで用いられるFRT配列を使用することができる。
【0028】
Cre−loxP系を利用する好ましいターゲティングベクターの例は、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチド、および選択マーカーを含み、Cre認識配列(例えば、flox)を少なくとも3箇所に含む。Cre認識配列は、コンディショナルノックアウトで欠失させる部位を両側から挟む態様で配置される。
【0029】
第一および第二のポリヌクレオチドは、ERK遺伝子を含むゲノムDNAに対して、相同組換えを生じるのに十分な程度の配列同一性および長さを有するポリヌクレオチドである。第一および第二のポリヌクレオチドはそれぞれ、ERK遺伝子を含むゲノムDNAの異なる領域に対応する。
【0030】
また、第一または第二のポリヌクレオチドは、コンディショナルノックアウトにより、ERK遺伝子の機能的欠損を引き起こすように選択される。かかる領域は、当業者であれば適宜決定できるが、例えば、第一および第二のポリヌクレオチドは、1以上のエキソン、またはプロモーター領域もしくはエンハンサー領域の少なくとも一部を欠失するよう選択される。
【0031】
第一および第二のポリヌクレオチドの長さは、ゲノムDNAの相同組換えが生じる長さである限り特に限定されない。一般論として、ターゲティングベクターによってゲノムDNAの相同組換えが効率よく起こるためには、相同領域が長いほどよい。一方、ターゲティングベクターの種類によって、挿入可能なDNAの長さは一定に制限される。したがって、これらを考慮すると、第一および第二のポリヌクレオチドの長さは、例えば0.5kb〜20kb、好ましくは1kb〜10kbである。
【0032】
一実施形態では、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと、第二のポリヌクレオチドとの間(換言すれば、内側)に選択マーカーが含まれる。この場合、選択マーカーとしては、ポジティブ選択マーカーが好ましい。ポジティブ選択マーカーは、その遺伝子を有する細胞のみを所定の条件下で生存および/又は増殖可能にする産物をコードする遺伝子であり、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(BPH)遺伝子、ブラスティシジンSデアミナーゼ遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などがあげられる。
【0033】
別の実施形態では、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドと、第二のポリヌクレオチドとの外側に選択マーカーが含まれる。この場合、選択マーカーとしては、ネガティブ選択マーカーが好ましい。ネガティブ選択マーカーは、非ターゲティング染色体部位に組み込まれたDNA挿入物を有する細胞に対して毒性に作用する遺伝子であり、例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV)のチミジンキナーゼ(tk)遺伝子、ジフテリア毒素Aフラグメント(DTA)遺伝子などがあげられる。
【0034】
本発明で用いられるターゲティングベクターは、ポジティブ選択マーカー、ネガティブ選択マーカーのいずれか一方、または両方を含むことができる。
【0035】
ターゲティングベクターの基本骨格となるベクターは特に限定されず、形質転換を行う細胞(例えば、大腸菌)中で自己複製可能なものであればよい。例えば、市販のpBluscript(Stratagene社製)、pZErO 1.1(Invitrogen社)、pGEM−1(Promega社)等が使用可能である。
【0036】
本発明のターゲティングベクターは、自体公知の方法により製造できる。例えば、本発明のターゲティングベクターは、ERK遺伝子に相同な第一のポリヌクレオチドおよび第二のポリヌクレオチドならびに該選択マーカーをベクターに挿入することにより製造できる。なお、このようなターゲティングベクターを作製するにあたっては、最初に、ERK遺伝子を含むゲノムDNA断片を単離する必要があるが、ゲノムDNA断片は、相同組換えの際に効率良く組換えが生じるよう、作製しようとするES細胞が由来する動物種と同一の動物種から単離することが好ましい。また、相同組換えの効率をさらに上げるために、ES細胞が由来する同一種の動物のうち同じ系統の動物から、ゲノムDNAを単離することがより好ましい。
【0037】
前記工程(b)において、胚が由来する動物種は、本発明のノックアウト動物種と同様であり得、また、導入される胚性幹細胞が由来する動物種と同一であることが好ましい。胚としては、例えば胚盤胞、8細胞期胚などがあげられる。胚はホルモン剤(例えばFSH様作用を有するPMSGおよびLH作用を有するhCGを使用)等により過排卵処理を施した雌動物を、雄動物と交配させること等により得ることができる。胚性幹細胞を胚に導入する方法としては、マイクロマニピュレーション法、凝集法などがあげられる。
【0038】
前記工程(c)において、キメラ胚が動物の子宮に移入され得る。キメラ胚が移植される動物は好ましくは偽妊娠動物である。偽妊娠動物は、正常性周期の雌動物を、精管結紮等により去勢した雄動物と交配することにより得ることができる。キメラ胚が導入された動物は、妊娠し、キメラ動物を出産する。
【0039】
次いで、出生した動物がキメラ動物か否かが確認される。出生した動物がキメラ動物であるか否かは自体公知の方法により確認でき、例えば、体色や被毛色で判別できる。また、判別のために、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット法やPCR法を行ってもよい。
【0040】
前記工程(d)において、工程(c)で得られたキメラ動物を成熟した後に交配させる。交配は好ましくは、野生型動物とキメラ動物との間で、又はキメラ動物同士で行われ得る。ERK遺伝子欠損が、キメラ動物の生殖系列細胞へ導入され、ERK遺伝子欠損ヘテロ接合体子孫が得られたか否かは、自体公知の方法により種々の形質を指標として確認でき、例えば、子孫動物の体色や被毛色により判別できる。また、判別の方法としては、体の一部からDNAを抽出し、サザンブロット法またはPCR法によりスクリーニングする方法があげられる。
【0041】
さらに、B細胞特異的なERK遺伝子の機能的欠損を含むノックアウト動物を作出するためには、上記のように作製された動物と、B細胞においてリコンビナーゼを発現するトランスジェニック動物を交配させることにより作出することができる。リコンビナーゼ発現トランスジェニック動物としては、マウスの例として、Cd19Cre/+マウス(Rickert, R. C. et al, Nucleic Acids Res 25, 1317-1318, 1997)があげられる。
【0042】
本発明のノックアウト動物、胚性幹細胞、ターゲティングベクターの作製の詳細については、例えば、下記文献を参照のこと。
1.別冊 実験医学 ザ・プロトコールシリーズ 「ジーンターデティングの最新技術」(2000年、羊土社)コンディショナルターゲティング法p.115-120
2.バイオマニュアルシリーズ8 「ジーンターゲティング」−ES細胞を用いた変異マ
ウスの作製(1995年、羊土社)p.71-77
3.Sambrookら, Molecular Cloning: A LABORATORY MANUAL, 第3版, COLD SPRING HARBOR LABORATORY PRESS, 2001年, 4.82-4.85
4.Robertson E. J. in Teratocarcinomas and embryonic stem cells-a practical approach, ed. Robertson, E. J. (IRL Press, Oxford), 1987: pp.108-112
5.Dynecki, S. M.ら, Gene Targeting -a practical approach, 2nd edition, ed. Joyner, A.L. (Oxford Univ. Press), 2000: pp.68-73
6.Dynecki, S. M. ら, Gene Targeting -a practical approach, 2nd edition, ed. Joyner, A. L. (Oxford Univ. Press), 2000: pp.75-81
【0043】
次に、本発明のトランスジェニック動物の作出方法について説明する。
【0044】
本発明のトランスジェニック動物は、例えば下記の工程(a)〜(d)を含む方法により製造できる。
(a)ヒトERK遺伝子と当該遺伝子の発現を制御する配列とを連結した発現ベクターを調製する工程;
(b)前記発現ベクターを受精卵に導入し、遺伝子導入受精卵を仮親動物に移植する工程;
(c)前記動物から出生した子孫からトランスジェニック動物を選別する工程;
(d)前記選別した動物(ファウンダー)から系統を樹立する工程。
【0045】
前記工程(a)において、ヒトERK遺伝子の配列を制御する配列としては、投与対象である動物のB細胞系列で特異的に機能し得るものであれば特に制限はないが、例えば、CD19プロモーターなどがあげられる。
【0046】
発現ベクターの作製は、前記プロモーターを含む公知のベクターを用いて、自体公知の方法により行うことができる。得られた発現ベクターは、制限酵素等により線状化して工程(b)に供することが好ましい。
【0047】
前記工程(b)において、前記発現ベクターを受精卵に導入する方法は、例えば、交配後の雌の卵管を洗浄して受精卵を採取し、精子または卵子由来の前核にマイクロインジェクション法により前記発現ベクターを直接注入する方法があげられる。この受精卵を偽妊娠させた仮親の輸卵管に移植し、子宮内で発生を続けさせる。
【0048】
前記工程(c)において、工程(b)で移植した動物が出生した子孫からトランスジェニック動物を選別する方法としては、例えば、注入した発現ベクターが染色体DNAに組み込まれているか否かについて、産仔の尾部より分離抽出した染色体DNAをサザンブロット法またはPCR法によりスクリーニングする方法があげられる。
【0049】
前記工程(d)において、工程(c)で選別した動物(ファウンダー)から遺伝的背景の均一な系統を樹立する方法としては、発現ベクターが組み込まれた動物とC57BL/6、FVBなどの近交系の野生型動物とを戻し交配をする方法があげられる。
【0050】
このようにして得られた本発明の遺伝子改変非ヒト動物、当該動物をさらに交配して得られる子孫動物、これら動物に由来する組織または細胞も本発明に含まれる。前記組織としては、すべての組織があげられ、脳、神経、骨髄、筋肉、心臓、腎臓、肝臓、血球およびその前駆体、幹細胞などが好ましい。また、前記細胞としては、前記組織中に含まれる細胞、組織中から単離された細胞、これら細胞から樹立した細胞株があげられ、具体的には神経細胞、グリア細胞、線維芽細胞、造血幹細胞、骨髄細胞、肝細胞、心筋細胞、筋細胞などが好ましく、B細胞(プロB細胞、プレB細胞、未熟B細胞、移行B細胞、濾胞B細胞、辺縁帯(MZ)B細胞など)がより好ましい。
【0051】
本発明の遺伝子改変非ヒト動物は、ERKの発現が調節されている。すなわち、野生型動物と比べて、ノックアウト動物ではERKの発現が抑制されており、トランスジェニック動物ではERKが過剰発現している。本発明によって、ERKの発現をB細胞特異的に個体レベルで調節した場合、外来性抗原に対する免疫応答が変化することが解明された。これにより、本発明の遺伝子改変非ヒト動物は、一過性の液性応答の調節が可能であり、このような性質を利用して、様々な用途に供することができる。
【0052】
本発明は、前記非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法を提供する。すなわち、本発明の非ヒト動物を用いて、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質をスクリーニングすることができる。
【0053】
[スクリーニング方法I]
第1の態様として、本発明のスクリーニング方法は、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質のスクリーニング方法であり、下記工程:
(a)本発明の非ヒト動物に外来性抗原および被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べ、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない対照動物における割合と比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する工程を含む。
【0054】
前記工程(a)において、外来性抗原とは、免疫応答を惹起するために投与する抗原をいい、例えば、TNP-スカシ貝ヘモシアニン(KLH)などが好適に使用される。
【0055】
前記工程(a)において、被験物質とは、いかなる公知物質および新規物質であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分などがあげられる。また、これらの化合物の2種以上の混合物を試料として供することもできる。
【0056】
前記外来性抗原および被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、気道内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0057】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。
【0058】
前記工程(b)において、外来性抗原および被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べる方法としては、例えば、動物から採取した末梢血を用いて、フローサイトメトリーまたは市販の免疫グロブリンサブクラスの測定キット(ELISA)があげられる。
【0059】
前記工程(b)において、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0060】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する。選択する基準は、IgM、IgD、IgG1、IgG2(IgG2a、IgG2b)、IgG3、IgG4、IgA1、IgA2、IgEの中から少なくとも1種を選んで、その割合の増加または低下を指標にすればよい。例えば、感染防御の目的のためには、IgG1の割合を増加させうる物質を選択することが好ましい。
【0061】
[スクリーニング方法II]
第2の態様として、本発明のスクリーニング方法は、感染症に対する生体防御を増強する物質のスクリーニング方法であり、下記工程:
(a)本発明の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物におけるB細胞中のERKの発現量を調べ、被験物質を投与しない動物における発現量と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する工程を含む。
【0062】
工程(a)において、被験物質は、スクリーニング方法Iと同様のものがあげられる。
【0063】
前記被験物質を本発明の動物に投与する方法は特に限定されるものではないが、経口的または非経口的に投与され得る。非経口的投与経路としては、例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、腹腔内、気道内等の全身投与、あるいは標的細胞付近への局所投与等があげられる。
【0064】
前記被験物質の投与量は、有効成分の種類、分子の大きさ、投与経路、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、体重、年齢等によって適宜設定することができる。
【0065】
前記工程(b)において、ERKの発現量は、例えば、動物からB細胞を単離して抽出液を調製し、免疫学的手法により測定することができる。免疫学的手法としては、放射性同位元素免疫測定法(RIA法)、ELISA法、ウエスタンブロッティング法、蛍光抗体法などを用いることができる。
【0066】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない動物におけるERKの発現量も同時にまたは別途調べ、投与動物の結果と非投与動物の結果とを比較する。
【0067】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する。選択する基準は、非投与動物を基準としてERKの発現量の有意な増加を指標にすればよい。
【0068】
[スクリーニング方法III]
第3の態様として、本発明のスクリーニング方法は、B細胞におけるRAS/MEK/ERKのシグナル伝達経路を介した免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法であり、下記工程:
(a)前記本発明の組織または細胞と被験物質とを接触させる工程、
(b)前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化の程度を調べ、被験物質を接触させない組織または細胞におけるリン酸化の程度と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、RAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する工程を含む。
【0069】
工程(a)において、被験物質は、スクリーニング方法Iと同様のものがあげられる。
【0070】
工程(a)において、本発明の組織または細胞と被験物質との接触方法は、大別して、本発明の動物の体内で接触させる(in vivo)方法と当該動物の体外で接触させる(in vitro)方法とがある。in vivo法は、スクリーニング方法Iの工程(a)と同様である。
【0071】
in vitro法は、本発明の動物から採取した組織または細胞を生存しうる条件下に置いたものを用いることができる。かかる条件下としては、前記組織または細胞を適当な培地中に入れ、約25〜40℃のインキュベーター中で生存または培養させることが好ましい。次に、前記培地中に被験物質を添加し、インキュベートを続けることで接触がなされうる。
【0072】
前記被験物質の添加量は、有効成分の種類、培地に対する溶解性、組織または細胞の感受性等によって適宜設定することができる。
【0073】
工程(b)において、前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化(以下、単に「タンパク質のリン酸化」と略す場合がある)の程度を、自体公知の方法により調べることができる。例えば、RAS、MEKまたはERKを認識する抗体と、リン酸化セリン、リン酸化スレオニンまたはリン酸化チロシンをそれぞれ認識する抗体とを適宜組合わせて用いて、各タンパク質のリン酸化をウエスタンブロッティング等により検出することができる。in vivo法の場合は、動物から組織または細胞を取り出して、上記と同様にして調べることができる。
【0074】
前記工程(b)において、被験物質を投与しない組織または細胞におけるタンパク質のリン酸化の程度も同時にまたは別途調べ、投与の場合の結果と非投与の場合の結果とを比較する。
【0075】
前記工程(c)において、工程(b)で得られた比較結果に基づき、タンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する。選択する基準は、非投与の場合を基準としてタンパク質のリン酸化の有意な増加を指標にすればよい。
【0076】
このようにして、スクリーニング方法I〜IIIで選択された被験物質は、B細胞特異的に作用し、有害な副作用を引き起こすことなく、感染症を予防または治療可能な候補薬となりうる。
【0077】
本発明のスクリーニング方法により選別されうる感染症の予防または治療剤としては特に限定されるものではないが、例えば、肺炎球菌等の細菌感染症などの予防または治療剤があげられる。
【0078】
また、本発明は、本発明の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法を提供する。この場合、動物としては、前記トランスジェニック動物を用いて、IgG1を優勢に含む抗体を製造することが好ましい。動物の免疫および抗体の精製方法は、自体公知の方法により行うことができる。
【0079】
また、本発明は、本発明の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法を提供する。この場合、動物としては、前記ノックアウト動物を用いることが好ましい。動物の免疫および抗体の精製方法は、自体公知の方法により行うことができる。
【実施例】
【0080】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0081】
実施例1
ノックアウトマウスの作出
MAPK1flox/flox マウスまたは MAPK1flox/+ マウスの作出は、以下のようにして行った。
既報(Hatano, N., et al., Genes Cells 8, 847-856, 2003)に従い、MAPK1のエキソン3をLoxP部位に隣接して連結させた。これらのマウスをCd19Cre/+ マウス(Rickert, R. C. et al, Nucleic Acids Res 25, 1317-1318, 1997)と交配させ、Cd19cre/+MAPK1flox/flox マウスを作出した。週齢と性が一致した10ないし12週齢のCd19Cre/+MAPK1flox/floxマウスとCd19Cre/+MAPK1+/+マウスを、理研動物委員会で確立したガイドラインに従って、すべての実験的解析に使用した。
【0082】
実施例2
サザンブロットおよびウエスタンブロット解析
精製したゲノムDNAをSacIで消化し、サザンブロット解析に供し、Mapk1の欠失効率をチェックした。ウエスタンブロット解析については、細胞を溶解緩衝液(1% NP-40、20 mM Tris-Cl pH8.0、150 mM NaCl、5 mM EDTAおよびプロテアーゼ阻害剤カクテル(Roche))で溶解させ、全細胞溶解液をSDS−PAGEおよびウエスタンブロッティングに供した。抗ERK(K-23)抗体および抗PLCγ2(Q-20)抗体は、Santa Cruz社から購入した。
【0083】
実施例3
免疫化
マウスを50μgのTNP-Ficollまたは50μgのミョウバンで沈殿させたTNP-スカシ貝ヘモシアニン(KLH)のいずれかで、腹腔内に(IP)免疫した。初期免疫の6週間後に、PBS 中25μg のTNP-KLHをIP投与して追加免疫を行った。
【0084】
実施例4
抗体、細胞の調製およびフローサイトメトリー
下記モノクローナル抗体 (mAbs) を用いた:
抗B220 (RA3-6B2)、抗CD43 (S7)、抗IgM (R6-60.2)、抗CD23 (B3B4)、抗IgG1 (A85-1)、抗CD11b (M1/70)、抗CD11c (HL3)、抗Gr1 (RB6-8C5)、抗CD4 (GK1.5)、抗CD8a (53-6.7)、抗NK1.1 (PK136)、抗TER119 (Ly-76)およびFc block (2.4G2) (すべてBD Biosciencesより購入)。抗IgD (11-26) (Southern Biotechnologyより購入)。抗AA4.1および抗F4/80 (BM8) (e-bioscienceより購入)。
【0085】
ビオチン結合TNPを生成するため、TNP25-ウシ血清アルブミン(BSA)を、Antibody Biotynylation Kit (American Qualex)を用いてビオチン化した。脾臓B細胞、T細胞および樹状細胞は、MACS分離カラム(Miltenyi Biotech)を用いて単離した。いくつかの例外を除いてすべてのインビトロの実験に関しては、CD43磁気ビーズ(Miltenyi Biotech)を用いた非B細胞の枯渇により、脾臓由来のB細胞を精製した。脾臓由来のT細胞および樹状細胞は、それぞれ、抗CD90.2 および抗CD11c磁気ビーズ(Miltenyi Biotech)をそれぞれ用いて、陽性選択により精製した。各実験におけるB細胞、T細胞および樹状細胞画分の純度は、それぞれ、>90%、>85%、および >80%であった。抗原特異的B細胞の検出に関しては、脾臓由来の単細胞懸濁物を、CD4, CD8, F4/80, CD11b, CD11c, Gr-1, NK1.1,およびTER119 に対するビオチン結合mAbsを含む細胞染色緩衝液(1 x PBS, 3% BSA, 5 mM EDTA,および0.01% NaN3)とともにインキュベートし、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズ(BD Bioscience)とともにインキュベートした。ELISPOTアッセイに関しては、脾臓由来の単細胞懸濁物を、CD4, CD8, F4/80, CD11c, NK1.1,およびTER119に対するビオチン結合mAbsを含む細胞染色緩衝液とともにインキュベートし、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズとともにインキュベートした。フローサイトメトリーに関しては、細胞を、フルオレセインイソチオシアネート(FITC), フィコエリスリン(PE), PerCP-Cy5.5, アロフィコシアニン(APC)およびビオチンを結合したmAbsを含む細胞染色緩衝液とともにインキュベートした。染色した細胞を、FACS Calibur (BD Biosciences)でCell Quest softwareを用いて解析した。
【0086】
実施例5
ELISA
ナイーブマウスの血清中の全IgM, IgG1, IgG2a, IgG2b, IgG3およびIgA Absを測定するため、ならびに、免疫したマウスの血清中の抗原特異的Absを測定するため、エンザイムイムノアッセイ(ELISA)を行った。簡単に記載すると、血清を、プレートにコートした精製ヤギ抗マウスIgM, IgG1, IgG2a, IgG2b, IgG3, およびIgA (Southern Biotechnology)で捕捉し、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合ヤギ抗マウスIgM, IgG1, IgG2a, IgG2b, IgG3およびIgAで検出した。抗原特異的Absに関しては、プレートを10μgのTNP25 またはTNP3-BSAでコートし、AbsをHRP-結合ヤギ抗マウスIgM, IgG1, IgG2b,およびIgG3で検出した。すべての状況において、ウエルをABTS Liquid Substrate System (SIGMA)で発色させ、405nmでの吸光度を測定した。抗原特異的Absの力価は、血清の段階希釈で得られた標準曲線の直線領域においてOD値に対する希釈率の内挿により決定した。
【0087】
実施例6
ELISPOT
抗原特異的抗体分泌細胞(ASCs)を検出するため、エンザイムリンクトイムノスポット(ELISPOT)アッセイを行った。簡単に記載すると、ELISPOT用プレート(MultiScreenTM-HA, MILLIPORE)を、10μgのTNP25-BSAでコートした。脾臓中の非B細胞画分を枯渇した細胞を、ウエル当り106個の細胞で播種し、37℃で5時間インキュベートした。ASCsを、HRP結合ヤギ抗マウスIgMまたはIgG1 (Southern Biotechnology)で検出し、ELISPOT用AEC Substrate Reagent Set(BD Bioscience)を用いて、ウエルを発色させた。
【0088】
実施例7
RT−PCR
脾臓B細胞を、抗CD40 mAb (clone:HM40-3, BD Bioscience)と組換えマウスIL-4 (R&D)で4日間処理した。全RNAをTRIzol試薬(Invitrogen)で精製し、SuperScriptTMFirst-Strand Synthesis System (Invitrogen)を用いて、製造業者の指示書に従ってcDNA合成に供した。PCRは、25 ngおよびcDNAの3倍希釈物で、γ1 GLT, γ1 PSTおよびAIDに対する特異的プライマーを用いて、既報(Muramatsu, M. et al., Cell 102, 553-563, 2000)に従って行った。G3PDHの増幅は、内部標準として行った。PCRの条件は、94 ℃で30秒、60℃で30秒、および72℃で1分を35サイクル(γ1 GLT, γ1 PSTおよびAicda)または30サイクル(G3pdh)であった。使用したプライマーは、下記の通りである。
【0089】
γ1 GLT: 5’-GGCCCTTCCAGATCTTTGAG-3’(配列番号1)、および
5’-GGATCCAGAGTTCCAGGTCAC-3’(配列番号2);
γ1 PST: 5’-CTCTGGCCCTGCTTATTGTTG-3’(配列番号3)、および
5’-GGATCCAGAGTTCCAGGTCAC-3’(配列番号4);
AID: 5’-GGCTGAGGTTAGGGTTCCATCTCAG-3’(配列番号5)、および
5’-GAGGGAGTCAAGAAAGTCACGCTGGA-3’(配列番号6);
G3PDH: 5’-CTGGCCAAGGTCATCCATGAC-3’(配列番号7)および
5’-AGGTCCACCACCCTGTTGCTG-3’(配列番号8)。
【0090】
Sμ-Sγ1ゲノムDNA再編成のDC−PCR(digestion Circulation-PCR)
DC−PCRを、既報に従って行った(Chu, C. C. et al., Proc Natl Acad Sci U S A 89, 6978-6982, 1992)。簡単に記載すると、脾臓B細胞を抗CD40 mAbと組換えマウスIL-4で4日間処理し、ゲノムDNAを抽出した。2μgのゲノムDNAをEcoRIで一晩消化し、RNase Aで処理し、精製した。EcoRIで消化したDNAをDNA ligation kit (TAKARA)を用いて、製造業者の指示書に従って16℃で連結した。ライゲーションの後、精製した連結DNAをPCRに供した。PCR条件は、以下の通りであった:94℃で6分を1サイクル;94℃で20秒を5サイクル、58℃で1分と72 ℃で2分を5サイクル;94℃で20秒を30サイクル、65 ℃で1分と72℃で2分を30サイクル; そして72℃で7分の最終サイクル。Sμ-Sγ1に対するプライマー配列
5’μ: 5’-GGCCGGTCGACGGAGACCAATAATCAGAGGGAAG -3’(配列番号9)および
3’γ1: 5’-GCGCCATCGATGGAGAGCAGGGTCTCCTGGGTAGG -3’(配列番号10)ならびに
nAChR用プライマーA1: 5’-GGCCGGTCGACAGGCGCGCACTGACACCACTAAG -3’(配列番号11)および
A2: 5’-GCGCCATCGATGGACTGCTGTGGGTTTCACCCAG-3’(配列番号12)。
【0091】
実施例8
CFSE標識および細胞分割トラッキング
脾臓ナイーブB細胞を、1 x 107cells/mlの細胞密度で、5μM CFSEを含むRPMI1640中で37oCで10分標識した。次いで、CFSEで標識された細胞を、RPMI完全培地(10% FCS と50 μM β-メルカプトエタノールを補足したRPMI1640)で洗浄し、抗CD40 mAbと組換えマウスIL-4で4日間刺激した。細胞分化の進行および表面 IgG1発現をフローサイトメトリーで分析した。
【0092】
実施例9
BrdU 標識
マウスを50μgのミョウバンで沈殿させたTNP-KLHで免疫し、7日目に、BrdU (PBS中2 mg /マウス) をIP投与してBrdUパルス標識を5時間行った。脾臓を回収し、単一細胞懸濁物を、CD4, CD8, F4/80, CD11b, CD11c, Gr-1, NK1.1およびTER119に対するビオチン結合mAbsを含む細胞染色緩衝液とともにインキュベートして非B細胞画分を枯渇させ、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズとともにインキュベートした。精製したB 細胞を、さらにビオチン結合TNP、次いで、iMAG ストレプトアビジン結合マイクロビーズとともにインキュベートした。精製したTNP結合B 細胞をフルオレセイン結合Absで染色し、次いで、BrdU-標識細胞の検出を、BrdU Flow Kit (BD Bioscience)を用いて、製造業者の指示書に従って行った。
【0093】
実施例10
骨髄細胞のレトロウイルスを用いた導入および骨髄キメラの生成
マウスBcl-2をコードするcDNAを、発現マーカーとして内部リボソームエントリー部位の下流にEGFP cDNAを含み、MSCVを基本とするレトロウイルスベクターにクローニングした。ウイルス上清の調製、骨髄へのレトロウイルス感染および骨髄キメラは、既報に従って行った(Hikida et al., 2003)。簡単に記載すると、プラスミドをPlat E パッケージング細胞に一過性にトランスフェクションし、3日後、上清を回収した。循環する骨髄前駆体は、骨髄の回収4日前に、PBS中5 FU (150 mg/kg body weight) (SIGMA)でCd19Cre/+MAPK1flox/flox または野生型同腹子マウスを注射することにより濃縮し、4日後大腿骨および頚骨から骨髄を回収した。骨髄細胞を、骨髄細胞培地 (BMCM:15 % FCS, ネズミ SCF, ネズミ TPO, ネズミ Flt3L, ネズミ IL-6,およびネズミ IL-3 (すべてのサイトカインの培地中の濃度は20 ng/mlであり、すべてR&Dより購入した)を補足したDMEM) 中で培養した。2日後、培養した骨髄細胞を回収し、500μlの BMCM当り1 x 106 細胞の密度で懸濁し、ポリブレン (最終濃度は6 μg/ml: SIGMA) を含む500 μlのウイルス上清と混合した。前記混合液を、32℃、2000 rpmで90分遠心操作により感染させ、24ウエルプレートに播種し、3日間培養した。培養4日目に、2 x 106 個の感染ドナー骨髄細胞を、8.5 Gy用量のγ-照射で前もって処理した野生型マウスをレシピエントとして静脈注射した。
【0094】
結果
B細胞特異的ERK2欠損マウスの作出
半定量的RT−PCR解析による予備的実験から、脾臓B細胞におけるERK2の発現レベルは、ERK1の約2倍であった。したがって、ERKの機能を解析する第1段階として、ERK2のインビボでの機能の解明に焦点を当てた。ERK2ターゲティングによる破壊は、胎盤の発達の欠如による胎生致死となることがすでに報告されている(Hatano, N., et al., Genes Cells 8, 847-856, 2003; Saba-El-Leil, et al., EMBO Rep 4, 964-968, 2003)。そこで、本発明者らは、Cre-loxP系を使用して、B細胞特異的ERK2欠損マウスを作出した。前記マウスは、MAPK1(= ERK2)遺伝子のfloxアレル(MAPK1flox/flox)を保有するマウスを、Cd19 プロモーターの制御下にCre レコンビナーゼを発現するマウス(Cd19Cre/+)(Rickert, R. C. et al, Nucleic Acids Res 25, 1317-1318, 1997)と交配させて得られたものである。ERK2遺伝子の効率的なCre介在欠失は、サザンブロッティングにより、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの脾臓B細胞で示された(図1aおよび図7)。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの脾臓B細胞でのERK2タンパク質の効率的な排除も、イムノブロッティングにより確認した。対照のB細胞に比べて、変異体B細胞は、ERK1タンパク質の若干高い発現を示した。このことは、ERK2欠失に対処したことによる蓋然性が高い (図1b)。予測したように、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスの場合と同様に、同量のERK2タンパク質が、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの脾臓T細胞および樹状細胞で観察された(図1b)。まとめると、MAPK1の特異的欠失は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスで効率的に達成された。
【0095】
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおける損傷したT細胞依存性免疫応答
第1に、Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおけるB細胞の分化をフローサイトメトリーで分析した。図1cおよび表1に示すように、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間の骨髄および脾臓におけるプロB細胞、プレB細胞、未熟B細胞、移行B細胞、濾胞B細胞、および辺縁帯(MZ)B細胞の数と比率には有意な差は観察されなかった。ただし、骨髄にリクルートするB細胞の数と割合がわずかに増加したことが観察された。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおけるIgG2a、IgG2b、IgG3およびIgAの血清中レベルは、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスの場合とほとんど同じであった。しかしながら、IgMの量は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの場合よりも有意に高く、IgG1の量は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの場合よりも有意に低いものであった(図1d)。
【0096】
【表1】
【0097】
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスでの抗原刺激に対する免疫応答の展開能を評価するために、T細胞非依存性2型(TI-II)およびT細胞依存性(TD)免疫応答を調べた。TI-II抗原(TNP-Ficoll)で免疫した場合、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおけるTNP特異的IgM(IgG3ではない)応答は、対照マウスに比べて、有意に増加した(図2a)。
【0098】
TD抗原(TNP-KLH)で免疫した場合、TNP特異的IgMの力価は、TI-II 免疫応答と同様に、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスと比べて、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおいて多少上昇した(図 2b)。対照的に、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスは、試験したすべてのサブクラスの TNP特異的IgG において、減少を示した(図2b)。さらに、二次的IgG1応答も、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスで欠損していた(図2c)。高親和性抗TNP IgG1の比率は、TNP3-BSAを捕捉抗原として用いることにより評価したように、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとCd19Cre/+Mapk1+/+ マウスとの間で変化しなかった(図2d)。以上の結果をまとめると、ERK2は、インビボにおいてTD抗原に対する効率的な一次および二次IgG応答を展開するのに必要であることが示唆される。
【0099】
TD応答におけるCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスでの抗原特異的IgG1産生B細胞の蓄積低下
TD応答における一次IgG1 抗体産生でのERK2の重要性が示唆されたので、その基礎となるメカニズムの解明に向けた。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける損傷したIgG1応答は、以下の可能性により説明できると思われる;
1)IgG1への非抗率的なクラススイッチ;
2)表面IgG1産生B細胞の非抗率的な増殖および/または持続。
これらの可能性を調べるため、第1にクラススイッチを比較した。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスおよびCd19Cre/+Mapk1+/+ マウスから脾臓B細胞を調製し、抗CD40抗体およびIL-4を用いて、インビトロで刺激した。フローサイトメトリー解析により、対照B細胞に比べて、その表面上にIgG1を保持するCd19Cre/+Mapk1flox/floxB 細胞の割合は同様であることが示された(図3c)。さらに、同様なレベルのγ1 GLTs およびγ1 PSTsならびにDC−PCR産物が検出された(図3aおよび3b)。これらの観察に基づき、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおいてTD抗原によるIgG1応答が欠如していることは、変異体B細胞でのクラススイッチ組換えの損傷に帰すものではないと結論した。
【0100】
次いで、損傷したIgG1抗体応答がB細胞増殖および/または持続の欠如によるものであるか否かを決定するために、抗原特異的IgG1 B 細胞を、TD抗原で免疫した後、フローサイトメトリーで追跡した。7日目に、脾臓中に、TNP特異的IgG1産生B細胞を同定した。細胞表面IgG1の染色強度は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間で明らかな差がなかった (図4a)。しかし、TNP特異的IgG1産生B細胞の比率は、Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスで有意に減少した (図4aおよび4b)。IgG1産生B細胞に比べて、TNP特異的IgM B 細胞の比率は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間で同等であった。したがって、これらのデータは、一次TD免疫応答の間、ERK2がIgG1産生B細胞の蓄積に必要であることを示す。
【0101】
さらにIgG1抗体分泌細胞(ASCs)の数を決定するため、ELISPOTアッセイを行った。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける抗原特異的IgG1産生B細胞の蓄積の低下と一致して、TNP-KLH で免疫後7〜12日に亘り、TNP特異的IgG1 ASCsの数の減少が変異マウスの脾臓で観察された(図4c、左パネル)。他方、TNP特異的IgM ASCsの数は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスと比較して、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおいてわずかに増加した(図4c、右パネル)。したがって、ERK2は、抗原特異的IgG1産生B細胞およびその後に続くIgG1分泌細胞の効率的な蓄積に重要な役割を果たす。
【0102】
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおける抗原特異的 IgG1産生細胞の蓄積損傷は、Bcl-2の過剰発現により相殺可能である
Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウスにおける抗原特異的IgG1産生細胞の蓄積の欠如は、TD免疫応答中のIgG1産生B細胞の細胞増殖能の低下または増加した細胞死またはその両方の結果であることが予想された。前者の可能性を検証するために、2組のマウスで細胞周期を調べることにより、抗原特異的IgG1 B 細胞の増殖能を決定した。Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスおよびCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスをTNP-KLHで免疫し、次いで、7日後に、これらのマウスに腹腔内にBrdUを投与し、その5時間後にマウスを解析に供した。脾臓におけるTNP特異的IgG1 B 細胞中のBrdU取り込み細胞の割合は、Cd19Cre/+Mapk1+/+マウスとCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとの間ではほぼ同一であった(図5)。この結果は、ERK2が初期のTD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B 細胞の増殖にほとんど寄与しないことを示唆する。
【0103】
上述の結果と、ERKが他の細胞型で細胞の生存に関与するという以前の知見とを合わせると、ERK2の欠損はTD応答中のIgG1産生細胞の細胞死を引き起こしている可能性を考察する方向に導く。この仮説は、IgG1産生細胞の蓄積の欠如が抗アポトーシス遺伝子の導入により抑制されるはずであることを予測させる。この予測を検証するため、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウス由来の骨髄細胞に、レトロウイルス感染によりBcl-2を導入し、次いで、致死量を照射した同腹子野生型対照マウスに移入した(図6)。再構成したマウスをTNP-KLHで免疫し、7日後に脾臓B 細胞を調製し、次いで、GFP陽性細胞中の抗原特異的B細胞を、フローサイトメトリーで分析した。mock-再構成マウスと比較して、Cd19Cre/+Mapk1flox/flox/ Bcl-2-再構成マウスにおけるTNP特異的IgG1 B 細胞は、約6倍増加していたが、抗原特異的IgM細胞の増加の程度は2倍しかなかった(図6b)。Bcl-2の過剰発現は、実施例での条件下で抗原特異的IgM B 細胞の比率を多少上昇させた (図6b、右パネル)。この結果は、以前の報告と一致する(Strasser, A., wt al., Proc Natl Acad Sci U S A 88, 8661-8665, 1991)。それにも関わらず、IgG1産生 B 細胞のより強い蓄積が観察されたことから、Bcl-2の過剰発現もERK2の欠損した抗原特異的IgG1産生B 細胞の蓄積欠損の抑制に関与することが結論される。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明によれば、T細胞依存性の液性応答の解明および液性応答の低下または過剰に伴う免疫疾患の治療剤の開発に適する、T細胞依存性の免疫応答調節モデル動物が提供される。当該動物を用いるスクリーニング方法は、B細胞におけるRas/MES/ERKのシグナル伝達に特異的に作用する薬剤の開発に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1a】図1aは、B細胞特異的にERK2が欠損したマウスにおける脾臓B細胞および胸腺由来のゲノムDNAのSacI消化物のサザンブロット解析を示す(図7も参照のこと)。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの場合、脾臓B細胞ではfloxアレルの特異的欠失が起こっているが、胸腺では欠失していないことが確認された。
【図1b】図1bは、ERK1およびERK2に特異的な抗体を用いて、B細胞特異的にERK2が欠損したマウスにおける脾臓B細胞、T細胞および樹状細胞由来の全細胞溶解液のウエスタンブロット解析を行った結果を示す。PLCγ2のブロットは、B細胞の内部標準として示す。
【図1c】図1cは、Cd19Cre/+Mapk1+/+ マウスおよびCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスの骨髄および脾臓におけるB細胞の分化を示す。結果は、独立した6つの実験の代表例である。
【図1d】図1dは、B細胞特異的にERK2が欠損したマウスにおける血清中の免疫グロブリンの力価を示す。血清中の各免疫グロブリンのサブクラスの休止レベルを、ELISAにより評価した。各群13尾のマウスを用いた。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとCd19Cre/+Mapk1+/+マウスとの間の有意差は、Student’s t検定により計算した。*:P < 0.05。
【図2a】図2aは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスをTNP-Ficollで免疫し、TNP-特異的IgMおよびIgG3について、ELISAにより分析した結果を示す。図2a〜2dのすべてのパネルについて、■はCd19Cre/+Mapk1+/+マウスを、□はCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスを、各時点は4尾のマウスの平均とSEMを示す。
【図2b】図2bは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスではT細胞依存性(TD)免疫応答が欠如していることを示す図である。マウスをミョウバン中のTNP-KLHで免疫し、血清を、TNP-特異的IgM, IgG1, IgG2b,およびIgG3について、ELISAにより分析した。
【図2c】図2cは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスではT細胞依存性(TD)免疫応答が欠如していることを示す図である。マウスをミョウバン中のTNP-KLHで一次免疫(▲)後、42日目に、PBS中TNP-KLHで二次免疫(△)を行った。血清を、TNP-特異的IgM, IgG1, IgG2b,およびIgG3について、ELISAにより分析した。
【図2d】図2dは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける抗TNP25 IgG1 Abに対する抗TNP3 IgG1 Abの比を示す。
【図3a】図3aは、ERK2欠損B細胞ではクラススィッチ組換えが正常であることを示す図である。脾臓B細胞を精製し、2μg/mlの抗CD40 mAbと10 ng/mlのマウスIL-4で4日間刺激した後、全RNAを抽出し、各cDNAの3倍希釈物から、γ1 生殖系列転写物(γ1GLT)、γ1スィッチ後転写物(γ1PST)、AID(Aicda)およびG3PDH (G3pdh)を、半定量的RT−PCRにより検出した。
【図3b】図3bは、ERK2欠損B細胞ではクラススィッチ組換えが正常であることを示す図である。脾臓B細胞を精製し、2μg/mlの抗CD40 mAbと10 ng/mlのマウスIL-4で4日間刺激した後、ゲノムDNAを抽出し、DC−PCRにより分析した。
【図3c】図3cは、ERK2欠損B細胞ではクラススィッチ組換えが正常であることを示す図である。脾臓B細胞を精製し、CFSE標識し、2μg/mlの抗CD40 mAbと10 ng/mlのマウスIL-4で4日間刺激した後、フローサイトメトリーで分析し、細胞分裂の進行とIgG1産生B細胞を同時に検出した。図3a〜3cのすべての結果は、少なくとも2つの独立した実験の代表例で示す。
【図4a】図4aは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスが初期TD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積低下を示す図である。マウスを、ミョウバン中TNP-KLHで免疫し、7日後、脾臓B細胞を精製し、フローサイトメトリーで解析した。B220+細胞上のIgG1に対するTNP のプロットを示す。データは、6つの独立した実験に対して、4つの代表例である。
【図4b】図4bは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスが初期TD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積低下を示す図である。初期免疫後、脾臓中の抗原特異的B細胞の動態学。TNP結合IgG1+B220+ 細胞とTNP結合IgM+B220+細胞の比率を、図4aで記載したフローサイトメトリーで解析した。プロットは、各時点で各マウス6回から3回の平均とSEMを示す。Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスとCd19Cre/+Mapk1+/+ マウスとの間の有意差は、Student’s t 検定で計算した。*:P < 0.05。v:値。
【図4c】図4cは、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスが初期TD免疫応答中に抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積低下を示す図である。マウスをミョウバン中TNP-KLHで免疫し、脾臓を所定の日に回収した。脾臓中の非B細胞を枯渇させ、残ったB細胞をELISPOTアッセイで解析し、TNP特異的IgG1またはIgM抗体分泌細胞(ASCs)を検出した。グラフの黒塗りはCd19Cre/+Mapk1+/+マウスを、白抜きはCd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスを、プロットは各時点で各マウス3〜6回の平均及びSEMを示す。n.d.:検出されず。
【図5】図5は、Cd19Cre/+Mapk1flox/floxマウスにおける初期TD免疫応答中の抗原特異的IgG1 B 細胞の正常増殖能を示す。マウスをミョウバン中TNP-KLHで免疫し、7日後にBrdU (2 mg / マウス)を投与した。脾臓由来の精製したTNP結合IgG1 B細胞をフローサイトメトリーで解析した。ヒストグラム(左)は、3つの独立した実験の代表例であり、プロット(右)は、3つの独立した実験の平均およびSEMを示す。
【図6a】図6aは、Bcl-2の過剰発現が初期TD免疫応答中の抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積を回復可能であることを示す。Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウス由来の骨髄細胞をレトロウイルス系で感染させ、レシピエントとして致死量を照射した野生型マウスに皮下に移入した。GFP陽性細胞の頻度。骨髄移植後10週目に、再構成したマウスの末梢血を回収し、GFP陽性 B220+ 細胞をフローサイトメトリーで評価した。ヒストグラムは、4つの独立した実験の1つの代表例である。GFP陽性細胞: mock, 16.7 ± 1.5%; Bcl-2, 20.7 ± 5.7%。
【図6b】図6bは、Bcl-2の過剰発現が初期TD免疫応答中の抗原特異的IgG1 B細胞の蓄積を回復可能であることを示す。Cd19Cre/+Mapk1flox/flox マウス由来の骨髄細胞をレトロウイルス系で感染させ、レシピエントとして致死量を照射した野生型マウスに皮下に移入した。骨髄移植後10尾のマウスを、ミョウバン中TNP-KLH で免疫し、7日後、GFP陽性B220+ 細胞を、図4aに記載のように解析した。プロットは、少なくとも3つの独立した実験の平均およびSEMを示す。
【図7】図7は、本発明のコンディショナルノックアウトマウスの作出に用いたターゲティングベクターの一例を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物。
【請求項2】
前記改変がB細胞特異的なERK遺伝子の機能的欠損である、請求項1に記載の非ヒト動物。
【請求項3】
前記改変がヒトERK遺伝子を含むB細胞特異的発現ベクターの染色体への導入である、請求項1に記載の非ヒト動物。
【請求項4】
前記ERKがERK1および/またはERK2である、請求項1〜3いずれか1項に記載の非ヒト動物。
【請求項5】
前記動物が実験動物または家畜である請求項1〜4いずれか1項に記載の非ヒト動物。
【請求項6】
前記実験動物がマウスである請求項5に記載の非ヒト動物。
【請求項7】
請求項1〜6いずれか1項に記載の非ヒト動物の子孫動物。
【請求項8】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物から得られる組織または細胞。
【請求項9】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
下記工程:
(a)請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物に外来性抗原および被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べ、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない対照動物における割合と比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する工程を含む、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質のスクリーニング方法。
【請求項11】
下記工程:
(a)請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物におけるB細胞中のERKの発現量を調べ、被験物質を投与しない動物における発現量と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、感染症に対する生体防御を増強する物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
下記工程:
(a)請求項8に記載の組織または細胞と被験物質とを接触させる工程、
(b)前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRASもしくはMEKもしくはERKまたはそれらから選ばれる2種以上のタンパク質のリン酸化の程度を調べ、被験物質を接触させない組織または細胞におけるリン酸化の程度と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、RAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、B細胞におけるRAS/MEK/ERKのシグナル伝達経路を介した免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
【請求項13】
工程(c)で選択された物質が感染症の治療または予防に用いられる、請求項10〜12いずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【請求項1】
B細胞特異的にERK遺伝子を改変してなる非ヒト動物。
【請求項2】
前記改変がB細胞特異的なERK遺伝子の機能的欠損である、請求項1に記載の非ヒト動物。
【請求項3】
前記改変がヒトERK遺伝子を含むB細胞特異的発現ベクターの染色体への導入である、請求項1に記載の非ヒト動物。
【請求項4】
前記ERKがERK1および/またはERK2である、請求項1〜3いずれか1項に記載の非ヒト動物。
【請求項5】
前記動物が実験動物または家畜である請求項1〜4いずれか1項に記載の非ヒト動物。
【請求項6】
前記実験動物がマウスである請求項5に記載の非ヒト動物。
【請求項7】
請求項1〜6いずれか1項に記載の非ヒト動物の子孫動物。
【請求項8】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物から得られる組織または細胞。
【請求項9】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、T細胞依存性の免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
下記工程:
(a)請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物に外来性抗原および被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物における免疫グロブリンのサブクラスの割合を調べ、外来性抗原を投与し被験物質を投与しない対照動物における割合と比較する工程、および、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、免疫グロブリンのサブクラスの割合を変動させる被験物質を選択する工程を含む、外来性抗原に対する液性応答を調節する物質のスクリーニング方法。
【請求項11】
下記工程:
(a)請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物に被験物質を投与する工程、
(b)前記被験物質を投与した動物におけるB細胞中のERKの発現量を調べ、被験物質を投与しない動物における発現量と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、ERKの発現量を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、感染症に対する生体防御を増強する物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
下記工程:
(a)請求項8に記載の組織または細胞と被験物質とを接触させる工程、
(b)前記被験物質を接触させた組織または細胞におけるRASもしくはMEKもしくはERKまたはそれらから選ばれる2種以上のタンパク質のリン酸化の程度を調べ、被験物質を接触させない組織または細胞におけるリン酸化の程度と比較する工程、および
(c)前記比較結果に基づいて、RAS、MEKおよびERKからなる群より選ばれる1種以上のタンパク質のリン酸化を上昇させる被験物質を選択する工程を含む、B細胞におけるRAS/MEK/ERKのシグナル伝達経路を介した免疫応答を調節する物質のスクリーニング方法。
【請求項13】
工程(c)で選択された物質が感染症の治療または予防に用いられる、請求項10〜12いずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgGを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜7いずれか1項に記載の非ヒト動物を用いることを特徴とする、IgMを優先的に産生させる抗体の製造方法。
【図1c】
【図1d】
【図2a】
【図2b】
【図2c】
【図2d】
【図3c】
【図4a】
【図4b】
【図4c】
【図5】
【図6a】
【図6b】
【図7】
【図1a】
【図1b】
【図3a】
【図3b】
【図1d】
【図2a】
【図2b】
【図2c】
【図2d】
【図3c】
【図4a】
【図4b】
【図4c】
【図5】
【図6a】
【図6b】
【図7】
【図1a】
【図1b】
【図3a】
【図3b】
【公開番号】特開2007−300877(P2007−300877A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−134417(P2006−134417)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月15日 特定非営利活動法人 日本免疫学会発行の「日本免疫学会総会・学術集会記録 第35巻」に発表
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月15日 特定非営利活動法人 日本免疫学会発行の「日本免疫学会総会・学術集会記録 第35巻」に発表
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】
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