説明

FSH生産細胞クローン

本発明は、CHO細胞のコドン使用頻度に関して改変された、ヒト卵胞刺激ホルモン(FSH)のα鎖およびβ鎖のそれぞれをコードする核酸配列を備えた核酸分子に関する。本発明はさらに、そのような核酸配列を備えた組換え核酸分子、そのような組み換え核酸分子を含む宿主細胞、および組み換えヒトFSHの生産におけるそれらの使用方法に関する。最後に、本発明はまた、本発明の組換え核酸分子によって無血清下で懸濁培養中の細胞をトランスフェクトすることにより、ヒト卵胞刺激ホルモンを発現している宿主細胞を生産する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、野生型ヒトFSH核酸配列と比べてCHO細胞のコドン使用頻度が改変された、ヒト卵胞刺激ホルモン(FSH)のα鎖およびβ鎖をコードする核酸配列を有する核酸分子に関する。
【0002】
本発明はさらに、上記核酸配列を有する組み換え分子、かかる組換え核酸分子を含む宿主細胞、および組換えヒトFSHの生産におけるそれらの使用方法にも関する。
最後に、本発明はさらに、無血清条件下で懸濁培養中の細胞を本発明の組換え核酸分子によりトランスフェクトすることにより、ヒト卵胞刺激ホルモンを発現する宿主細胞を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
卵胞刺激ホルモン(FSH)は、下垂体前葉の生腺刺激細胞により生産され、血液循環へ放出される。FSHは、女性における卵母細胞成熟および男性における精子形成の制御において、黄体形成ホルモン(LH)と共に作用する。FSHおよびLHはいずれも、別の遺伝子によってコードされる2つの非共有結合したαおよびβ鎖から成るヘテロ二量体糖タンパク質のファミリーに属している。FSHとLHはα鎖のアミノ酸配列が同一であるが、両タンパク質ではβ鎖のアミノ酸配列が異なる。α鎖およびβ鎖はいずれも糖鎖形成している。FSHのα鎖は52および78位に2つのアスパラギン結合糖鎖形成部位を有し、FSHのβ鎖は、7および24位に2つのアスパラギン結合糖鎖形成部位を有する(非特許文献1)。
【0004】
ヒトFSHは、無排卵の女性の治療のために、多卵胞発達(排卵過度)の刺激のために、およびIVF(体外受精)、GIFT(配偶子卵管内移植)またはZIFT(接合子卵管内移植)等の受胎支援の準備のために使用されている。さらに、ヒトFSHは、FSH生産が低いか欠如している女性での卵胞の成熟を刺激したり、先天的または獲得性低ゴナドトロピン性機能不全の男性での精子形成を刺激したりするために使用されている。
【0005】
もともと医薬用途のFSHは、ヒトの閉経後の尿から精製された。しかしながら、この精製FSHは、LHや、他のヒト由来の夾雑タンパク質を含むという欠点を有している。さらに、そのような天然由来の物の使用は、製品の利用可能性および一貫性に制限があることを意味している。
【0006】
組換えDNA技術の出現により、α鎖およびβ鎖をコードする核酸配列でトランスフェクトした細胞培養物でヒトFSHを生産することが可能になった。α鎖およびβ鎖をコードするDNA配列および組換えヒトFSHを生産するため方法が、例えば特許文献1〜3に開示されている。
【0007】
現在、ドイツの市場には2つの市販の組み換えヒトFSH製品(すなわちGONAL−F(登録商標)およびPUREGON(登録商標))があり、これはいずれもCHO細胞でα鎖およびβ鎖をコードする野生型DNAを発現させることにより生産されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第88/10270号
【特許文献2】国際公開第86/04589号
【特許文献3】欧州特許出願出願公開第0 735 139号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Olijve et al. (1996) Mol. Hum. Reprod. 2(5): 371-382)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、所定数の細胞を得るために、FSHの収量および発現率を改善すべくFSH鎖の発現を最適化する必要がいまだ存在する。したがって、本願における課題は、組換えヒトFSHを真核細胞中で多量に生産可能な核酸配列および組換え核酸分子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、上記およびさらなる課題は、独立請求項の特徴により解決される。
有利な実施形態が従属請求項に定義される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ヒトFSHのα鎖およびβ鎖をコードする非改変核酸配列および改変核酸配列 a)ヒトFSHのα鎖をコードする改変核酸配列と非改変核酸配列の配列比較pXM17ss#6:ヒトFSHのα鎖をコードする改変核酸配列(配列番号2)を含むプラスミドの一部wtαFSH:ヒトFSHのα鎖をコードする非改変核酸配列(配列番号3)。開始コドンおよび終止コドンを太字で示す。 b)ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列と非改変核酸配列の配列比較Query:ヒトFSHのβ鎖をコードする非改変核酸配列(配列番号4)Subject:ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列(配列番号1)開始コドンおよび終止コドンを太字で示す。
【図2】ヒトFSHのα鎖をコードする改変核酸配列およびヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列の両方を有する組換え核酸分子のマップ。
【図3】CHO細胞での一過性発現後のα鎖およびβ鎖の種々の組み合わせの発現分析 野生型α鎖およびβ鎖の組み合わせを発現している細胞に関する相対的FSH発現が示されている。w/w:非改変α鎖と非改変β鎖 s/w:改変α鎖と非改変β鎖 w/s:改変β鎖と非改変α鎖 s/s:改変α鎖と改変β鎖
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明によれば、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞のコドン使用頻度に適合されたヒトFSH鎖のα鎖およびβ鎖をコードする改変核酸配列を有する核酸分子が、CHO細胞をトランスフェクトするために使用され、トランスフェクトされたCHO細胞におけるFSH生産を有意に増加させる。
【0014】
本発明に関連して、用語「FSH生産の増加」は、宿主細胞中で改変核酸配列を発現させると、同じアミノ酸配列を有するFSHをコードする非改変核酸配列が同様な条件下(例えば同等なトランスフェクション法、同等な発現ベクター等)で同じ種類の宿主中で発現された状況に比べて、より多量のFSHが宿主中で生産されることを指す。
【0015】
例えば20個のアミノ酸が61個の三つ組コドンによって指定されているように、遺伝子コードは冗長である。したがって、20個のタンパク質を生成するアミノ酸のほとんどは、いくつかの基本トリプレット(コドン)によりコードされている。特定のアミノ酸を指定する複数のコドンは、特定の生物中では同じ頻度では使用されず、高い頻度で使用される好ましいコドンと、低い頻度で使用される稀なコドンとがある。コドン使用頻度のこのような相違は選択的進化の圧力、特には翻訳効率がその原因であると考えられている。稀にしか生じないコドンの翻訳効率がより低い1つの理由は、対応するアミノアシル−tRNAプールが枯渇し、したがってタンパク質合成にもはや利用可能でないからである可
能性がある。
【0016】
さらに、異なる生物体は異なるコドンを好む。したがって、例えば哺乳動物細胞由来の組換えDNAの発現は、大腸菌細胞では準最適にしか進まない場合が多い。したがって、稀にしか使用されないコドンを、頻繁に使用されるコドンにより置換すれば、場合によっては発現が高まり得る。
【0017】
多くの生物体の場合、多数の遺伝子のDNA配列が知られており、それぞれの生物体中の特定コドンの使用頻度が得られる表も存在する。そのような表の使用により、タンパク質配列を、タンパク質の種々のアミノ酸に対する、それぞれの生物体に好ましいコドンを含むDNA配列を形成するよう比較的正確に逆翻訳することができる。コドン使用頻度の表は、特に以下のインターネットアドレスに見出せる:
http://www.kazusa.or.jp/codon/index.htmlまたは
http://www.entelechon.com/index.php?id=tools/index。
【0018】
縮重DNA配列を形成するための、例えばヒトFSHのα鎖またはβ鎖のタンパク質配列のようなタンパク質配列の逆翻訳に利用可能なプログラムもまた利用可能であり、例えば:
httpV/www.entelechon.com/eng/backtranslation.html
に記載されている。
【0019】
本発明の目的では、用語「核酸配列」は、ペプチド、タンパク質等のポリペプチドをコードする任意の核酸分子に関する。かかる核酸分子はDNA、RNAまたはそれらの類似体から形成されてもよい。しかしながら、DNAから形成された核酸分子が好ましい。
【0020】
当業者には、開始ヌクレオチド配列の改変が、コドン使用頻度に関する最適化プロセスを記述していることが明白に認識される。
例えば、外来野生型酵素のコード配列がCHO細胞のコドン使用頻度に調節される場合、導入された変更は、改変配列と開始配列との比較により容易に識別することができる(図1aおよび1bを参照)。さらに、いずれの配列も同じアミノ酸配列をコードする。ヒトFSHのα鎖のアミノ酸配列が配列番号5で描かれ、ヒトFSHのβ鎖のアミノ酸配列が配列番号6で描かれる。これらのアミノ酸配列は、EMBLデータベースに受入番号J
00152およびNCBIデータベースに受入番号NM 000510でそれぞれ寄託された、ヒトFSHのα鎖およびβ鎖の野生型アミノ酸配列に相当する。
【0021】
ヒトFSHのα鎖の場合、開始核酸配列は配列番号3であり、ヒトFSHのβ鎖の場合、開始核酸配列は配列番号4である。
本発明によれば、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、CHO細胞におけるコドン使用頻度に関して、開始配列と比較して、少なくとも30個の位置で、好ましくは少なくとも40個の位置で、特に好ましくは少なくとも50個の位置で、さらに特に好ましくは少なくとも60または70個の位置で、最も好ましくは75個の位置で改変される。
【0022】
さらに本発明によれば、ヒトFSHのβ鎖をコードする核酸配列は、CHO細胞のコドン使用頻度に関して、開始配列と比較して、少なくとも25個の位置で、好ましくは少なくとも30個の位置で、より好ましくは少なくとも40個の位置で、特に好ましくは50個の位置で、さらに特に好ましくは60個の位置で、最も好ましくは少なくとも65個の位置で改変される。
【0023】
最も好ましくは、ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列は、配列番号1で与えられる核酸配列のコード領域であるか、またはコード領域全体にわたって配列番号1で与え
られる核酸配列のコード領域と少なくとも90%、好ましくは少なくとも92%または94%、特に好ましくは少なくとも96%または98%、最も好ましくは少なくとも99%だけ同一の核酸配列である。配列番号1では、コード領域は56位のヌクレオチドから開始し、442位のヌクレオチドまで延びる。
【0024】
最も好ましくは、ヒトFSHのα鎖をコードする最適化核酸配列は、配列番号2で与えられた核酸配列のコード領域であるか、またはコード領域全体にわたって配列番号2で与えられる核酸配列のコード領域と少なくとも85%、好ましくは少なくとも87%または90%、特に好ましくは少なくとも92%または94%、最も好ましくは少なくとも96%、98%、または99%だけ核酸のコード領域と同一の核酸配列である。配列番号2では、コード領域は19位のヌクレオチドから開始し、366位のヌクレオチドまで延びる。
【0025】
本発明の目的では、用語「非改変核酸配列」、「野生型核酸配列」または「開始核酸配列」は、宿主細胞での(過剰)発現のために使用されるように意図されたものであって、宿主細胞中のコドン使用頻度に適合されない、タンパク質をコードする実際の野生型核酸配列である核酸配列に関する。
本発明の目的では、用語「改変核酸配列」または「最適化核酸配列」は、非改変または開始核酸配列を宿主細胞のコドン使用頻度へ適合させることにより宿主細胞での発現用に改変された配列に関する。改変または最適化核酸配列は、非改変配列によりコードされたタンパク質と同じアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする。
【0026】
配列同一性は、種々のアルゴリズムに基づいて多くのプログラムにより決定される。本明細書では、NeedlemanおよびWunschのアルゴリズムまたはSmithおよびWatermanのアルゴリズムが、特に信頼できる結果を達成する。配列比較には、PiIeUpプログラム(Feng and Doolittle (1987) J. MoI. Evolution 25: 351 - 360; Higgins et al. (1989) CABIOS 5: 151 - 153)またはGapおよびBest Fitプログラム(Needleman and Wunsch (1970) J. MoI. Biol. 48: 443 - 453 およびSmith and Waterman (1981) Adv. Appl. Math. 2: 482 - 489)が使用され、これらはGCG
ソフトウェアパッケージ(Genetics Computer Group, 575 Science Drive, アメリカ合衆国ウィスコンシン州Madison)に含まれる。
【0027】
本明細書でパーセントで与えられる配列同一性の値は、以下の設定で配列領域全体に関するプログラムギャップで決定された:ギャップ重量:50、長さ重量:3、平均マッチ:10,000、および平均ミスマッチ:0.000。特段の指定がない場合、かかる設定を配列比較のための標準設定として使用した。
【0028】
仮説によって束縛されるわけではないが、コドンが最適化されたDNA配列ではより効率的な翻訳が可能となり、それによって形成されたmRNAは細胞内でより長い半減期を有し、それゆえ翻訳により頻繁に利用可能となると仮定される。
【0029】
当業者は、元の開始核酸配列を、同一アミノ酸であるが異なるコドン使用頻度のポリペプチドをコードする改変核酸配列へ変更させる技術に精通している。例えばこれは、ポリメラーゼ連鎖反応に基づく変異技術、周知のクローニング技術、および化学合成等により達成される。
【0030】
本発明の目的はさらに、改変核酸配列が配列番号1のヌクレオチド配列のコード領域および配列番号1のヌクレオチド配列のコード領域に対して少なくとも90%の配列同一性を有するヌクレオチド配列から成る群から選択され、かつ改変核酸配列が宿主細胞中で活性なプロモータの制御下にある、ヒトFSHのβ鎖をコードするかかる改変核酸配列を有
する組換え核酸分子である。
【0031】
用語「宿主細胞中で活性なプロモータ」とは、組換え核酸分子内のプロモータが、核酸配列の発現が望まれる宿主細胞中での核酸配列の発現を許容することを意味する。プロモータの活性は、プロモータに結合し、転写を活性化することが可能な転写因子の存在により通常決定される。
【0032】
哺乳動物細胞での核酸配列の発現に適したプロモータが当業者には周知であり、それにはCMV、SV(シミアンウイルス)40、HTLVまたはアデノウイルス主要後期プロモータ等のウイルスプロモータおよびEFlαプロモータまたはUbCプロモータ等の他のプロモータが含まれる。
【0033】
用語「宿主細胞」は、本発明の目的では、発現(つまり例えばポリペプチドの生産のための核酸配列の転写および翻訳)のために一般に使用される任意の細胞を指す。特に、用語「宿主細胞」または「生物体」は、原核生物、下等な真核生物、植物、昆虫細胞または哺乳動物細胞培養系に関する。好ましくは、宿主細胞は哺乳動物細胞であり、より好ましくは宿主細胞はげっ歯動物細胞であり、さらにより好ましくは、宿主細胞はCHO細胞と同様のコドン使用頻度を有するげっ歯動物細胞であり、最も好ましくは宿主細胞はCHO細胞である。
【0034】
改変配列の発現のためおよび組換えヒトFSHの生産のために使用される宿主CHO細胞株は、CHO−K1細胞株の派生物であり、ジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)活性が欠如している。細胞株はDSMZ(ドイツ微生物培養細胞収集有限会社、カタログ番号ACC126)から得られ、懸濁および無血清培養条件に適合される。
【0035】
ヒトFSHβ鎖をコードする第1の最適化核酸配列と、ヒトFSHのα鎖をコードする第2の最適化核酸配列とを有する組換え核酸分子を含むCHO細胞株を、寄託番号DSM
ACC2833の下、ブラウンシュヴァイク(Braunschweig)のDSMZに2007年3月28日に寄託した。
【0036】
用語「組換え核酸分子」は、本発明の意味では、宿主細胞へ導入されることが可能であって、組換え核酸分子内に含まれる核酸配列の発現を達成する、任意の種類の核酸分子を含む。用語「ベクター」は特に、プラスミドベクター、アデノウイルス、レンチウイルス、およびレトロウイルスベクター等のウイルスベクターを含み、プラスミドベクターが好ましい。
【0037】
哺乳動物細胞でタンパク質を発現するために使用可能な適切なプラスミドベクターの例は周知であり、それには例えばpCIベクターシリーズ、pSI(Promega社)、pcDNA(登録商標)ベクター、pCEP4、pREP4、pSHOOTER(商標)、pZeoSV2(Invivogen社)、pBlast、pMono、pSELECT、pVITROおよびpVIVO(InVitrogen社)が挙げられる。プロモータおよび発現される核酸配列に加えて、組換え核酸分子は通常、ポリアデニル化配列、正しく形質転換された原核生物および/または真核細胞の識別を可能にする原核生物および/または真核生物の選択遺伝子、および複製開始点のような、他の機能的要素も含む。専門家は、特定の目的にはどの要素を選択しなければならないか、また特定の宿主細胞中での特定の核酸配列の発現にはどのプラスミドベクターが適切かが分かっている。
【0038】
本発明の核酸配列を有する組換え核酸分子は、文献、例えばSambrook and Russell (2001) Molecular cloning - a laboratory manual, 3rd edition, Cold Spring Harbour Laboratory Press, Cold Spring Harbour, NY, USA.に記載された標準的な分子生物学的方
法により得ることが可能である。
【0039】
好ましくは、本発明の組換え核酸分子は、ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列と、FSHのα鎖をコードする核酸配列との両方を含む。
ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、配列番号2の核酸配列のコード領域、配列番号2で示された核酸配列のコード領域と少なくとも85%の配列同一性を有する核酸配列、配列番号3で示された非改変核酸配列のコード領域、および配列番号3で示された核酸配列のコード領域と少なくとも70%の配列同一性を有する核酸から成る群から選択されたヒトFSHのα鎖をコードする最適化核酸配列から選択される。
【0040】
ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、例えば配列内リボソーム進入部位(IRES)による等、β鎖をコードする核酸配列と同じプロモータに制御されてもよく、または別のプロモータに制御されてもよい。好ましくは、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、別のプロモータに制御される。より好ましくは、ヒトFSHの最適化β鎖をコードする核酸配列はSV40プロモータに制御され、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列はCMVプロモータに制御される。最も好ましくは、本発明の組換え核酸分子は配列番号7で示される核酸配列を有する。
【0041】
さらに本発明は、ヒトFSHのβ鎖をコードする最適化核酸配列と、さらには配列番号2の核酸配列のコード領域、配列番号2で示された核酸配列のコード領域と少なくとも85%の配列同一性を有する核酸配列、配列番号3で示された非改変核酸配列のコード領域、および配列番号3で示された核酸配列のコード領域と少なくとも70%の配列同一性を有する核酸から成る群から選択された改変核酸配列から選択されたヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列とを有する組換え核酸分子を含む宿主細胞に関する。
【0042】
ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、ヒトFSHのβ鎖をコードする最適化核酸配列と同じ組換え核酸分子中に存在してもよいし、または、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は別の組換え核酸分子上で宿主細胞へ導入されてもよい。好ましくは、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、ヒトFSHのβ鎖をコードする最適化核酸配列と同じ組換え核酸分子中に存在する。
【0043】
宿主細胞は、NIH3T3細胞、CHO細胞、COS細胞、293細胞、Jurkat細胞、BHK細胞およびHeLa細胞等の哺乳動物細胞培養系から選択可能である。好ましくは宿主細胞はげっ歯動物細胞であり、より好ましくは宿主細胞はCHO細胞と同様なコドン使用頻度を有するげっ歯動物細胞であり、最も好ましくは宿主細胞はCHO細胞である。
【0044】
また、本発明の目的は、ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列と、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列とを有する組換え核酸分子を供えた宿主細胞を含む細胞培養物であり、ヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列は、適切な培地中で、上記に定義した非改変核酸配列および改変核酸配列から成る群から選択可能である。
【0045】
細胞培養物は、宿主細胞の成長を支援する条件下で適切な培地中で宿主細胞を培養することにより得られる。
用語「細胞を培養する」とは、細胞の増殖、正常な代謝、および組換えタンパク質の形成を許容する条件下で細胞をインビボに維持することを意味する。これは、細胞がすべての必要な栄養素だけでなく酸素も供給され、適切なpHおよび適切な浸透圧に維持されることを意味する。細胞は任意の適切な方法で培養されてよい。好ましくは細胞は、例えばフラスコ中または回転フラスコ中で、懸濁培養として培養される。用語「培養」は、バッチ培養、流加培養(フェッドバッチ培養)、ならびに灌流培養および他の適切な培養方法
を含む。
【0046】
「懸濁状態での培養(懸濁培養)」とは、細胞が表面に付着せず、培養液中に分配されることを意味する。
本発明の意味での「バッチ培養」は、培養培地が培養中に加えることも除去することもしない培養方法である。
【0047】
本発明の意味での「流加培養(フェッドバッチ法)」は、培養培地が培養中に加えられるが、除去されない培養方法である。
本発明の範囲での「潅流方法」は、培地が除去され、新たな培養培地が培養中に加えられる培養方法である。
【0048】
培養培地は、好ましくは血清含有量が低く、例えば1%(v/v)であり、好ましくは培地は無血清である。適切な培地の例は、RPMI 1640、DMEM、F12、ProCHO5またはeRDFのような基本培地であり、これらを混合し、細胞の必要に応じて補足成分を混合してもよい。グルコースとアミノ酸に加えて、培地は、オーリントリカルボン酸(ATA)等のキレート化剤、リン酸塩のような無機類、ポリアミン、プトレシン等のそれらの前駆物質、インシュリン等のホルモン、アスコルビン酸およびビタミン混合物等の酸化防止剤、エタノールアミン等の脂質前駆物質、およびプルロニックF68等の細胞保護物質を含み得る。専門家には、特定の細胞種の培養のためにどの培養培地を使用すべきかが理解される。好ましくは、培養培地はProCHO5である。
【0049】
さらに本発明の目的は、本発明の宿主細胞が一定期間の間適当な培養培地でまず培養され、次に細胞培養上清が採取される方法である。
「細胞培養上清」は、細胞と一定期間接触し、その後細胞から分離された細胞培地である。細胞培養上清は、細胞によって生産された組換えタンパク質を含む。細胞は、濾過および遠心分離等の従来の分離方式によって上清から分けることが可能である。長期培養では、本発明による宿主細胞の上清は、少なくとも500ng/ml、好ましくは少なくとも1000ng/ml、より好ましくは少なくとも1500ng/ml、最も好ましくは2000ng/mlのFSH濃度を含む。
【0050】
組換えヒトFSHは、1または複数の精製工程により細胞培養上清から精製可能である。適切な精製工程が専門家には知られており、それにはイオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィ、アフィニティクロマトグラフィーおよびゲルろ過が含まれる。組換えヒトFSHを精製する方法は例えば、国際公開第00/63248号、国際公開第2006/051070号、および国際公開第2005/063811号に開示されている。
【0051】
薬剤として投与する場合、患者に投与可能な製剤を得るために、精製組換えヒトFSHが、1または複数の賦形剤と混合される。組換えヒトFSHに適した製剤は、欧州特許出願出願公開0 853 945号、欧州特許出願出願公開1 285 665号、欧州特許出願出願公開0 974 359号、欧州特許出願出願公開1 188 444号および欧州特許出願出願公開1 169 349号に特に開示されている。
【0052】
本発明の宿主細胞は、ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列のみ、またはヒトFSHのα鎖をコードする核酸配列をさらに含む本発明の組換え核酸分子で細胞をトランスフェクトさせることにより生産される。代わりに、β鎖をコードする核酸配列およびα鎖をコードするヌクレオチド配列は、宿主細胞へ同時にまたは連続的に導入された別の組換え核酸分子上に存在していてもよい。
【0053】
適切なトランスフェクション方法が当業者に知られており、それには例えばリン酸カルシウム沈降、DEAEデキストラン媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション、およびリポフェクションが含まれる。SuperFect、PolyFect、Effectene(Qiagen社)、TransFast(商標)、ProFection(登録商標)、Transfectam(登録商標)(Promega社)、およびTransPass(商標)(NEB)等のトランスフェクション用の市販のキットを使用してもよい。好ましくは、細胞は懸濁状態の間に、無血清条件下でトランスフェクトされる。
【0054】
商用規模で組換えヒトFSHを生産する場合、細胞は通常安定にトランスフェクトされるが、これは、うまくトランスフェクトされた細胞はトランスフェクト後に死滅させる選択試薬によって選択され、耐性遺伝子を含むトランスフェクト細胞は成長し続けることを意味する。適切な選択試薬には、ゼオシン、ネオマイシンおよびプロマイシン等の抗生物質、ならびにメトトレキサートのような他の薬が含まれる。
【0055】
本発明を、限定として理解されるべきではない以下の実施例により説明する。
実施例
1. ヒトFSHのα鎖およびβ鎖をコードする最適化核酸配列を有する組換え核酸分子のクローニング
既にSV40ポリアデニル化部位、スプライス部位、およびRSVプロモータ、マウスジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ならびにSV40ポリアデニル化部位およびスプライス部位から成るdhfr遺伝子カセットを含む、pUC18ベクターバクボーンを使用した。ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子は、正しくトランスフェクトした細胞の選択およびメトトレキサート薬によるトランスフェクト遺伝子の増幅を可能にする。
【0056】
ヒトFSHのα鎖およびβ鎖の非改変配列は、Fiddes and Goodman (1979) Nature 281
: 351-356 およびJameson et al. (1988) MoI. Endocrinol. 2(9): 806-815,からそれぞれ得た。これらの配列を、頻繁に使用されているCHO遺伝子中のコドン使用頻度にコード領域が適合されるように最適化した。
【0057】
さらに、追加の終止コドンを、翻訳の効率的な終了を保証するために導入した。β鎖およびα鎖のための最適化ヌクレオチド配列を、配列番号1および2にそれぞれ示し、野生型および改変核酸配列の比較を図1aおよび1bに示す。配列比較により、ヒトFSHのα鎖をコードする改変核酸配列と非改変核酸配列は80%同一であるが、ヒトFSHのβ鎖をコードする改変核酸配列と非改変核酸配列―の鎖は85%同一であることが分かる。
【0058】
改変配列を、それらを制限酵素SacIIおよびNcoIで切断し、その後ライゲーションを行うことにより、pUC18バックボーンの2つのコピーに別々に挿入した。
CMVプロモータおよびシミアンウイルス40プロモータを、以下のプライマーで適切なテンプレートDNAから増幅し、同時にAscIおよびPacI制限部位(以下のプライマーでは下線を引いている)を同時に導入した:
Asc−CMVFプライマー
5’−GGC GCG CCT TTT GCT CAC ATG GCT CG−3’(配列番号8)
Pac−CMV−Rプライマー
5’−CCT TAA TTA AGA GCT GTA ATT GAA CTG GGA GTG−3’(配列番号9)
Asc−SV40−F プライマー
5’−GGC GCG CCG CAT ACG CGG ATC TG−3’(配列番号10)
Pac−SV40−R プライマー
5’ −CCT TAA TTA AGT TCG AGA CTG TTG、TGT
CAG AAG A−3’(配列番号11)
CMVプロモータを、プラスミドを制限酵素AscIおよびPacIで切断してライゲーションを行うことによりヒトFSHのα鎖を含むプラスミドへ導入し、SV40プロモータを、プラスミドを制限酵素AscIおよびPacIで切断してライゲーションを行うことによりヒトFSHのβ鎖を含むプラスミドへ導入した。
【0059】
最後に、SV40プロモータ、β鎖をコードする核酸配列、およびSV40ポリアデニル化シグナルを含むヒトFSHのβ鎖に対する発現カセットを、以下のプライマーを用いて増幅し、同時に増幅物の5’端および3’ 端の両方にNotI制限部位(以下のプラ
イマーでは下線を引いている)を導入した。
β−NotI−F プライマー
5’−GCG GCC GCA TAC GCG GAT CTG C) 3’(配列番号12)
β−NotI−R プライマー
5’−GCG GCC GCT CAC TCA TTA GGC ACC、CCA GG)−3’(配列番号13)
その後、増幅物を、ヒトFSHのα鎖を含むNotIで切断されたプラスミドに挿入した。α鎖をコードする最適化核酸配列とβ鎖をコードする最適化核酸配列の両方を含む得られたプラスミドを図2に示す。両方の最適化核酸配列を備えたプラスミドの配列を、配列番号7で示す。
2.ヒトFSHのα鎖およびβ鎖の異なる組み合わせを含む組換え核酸分子によるCHO細胞の一過性トランスフェクション
α鎖をコードする最適化核酸配列またはβ鎖をコードする最適化核酸配列を、対応の野生型のβ鎖またはα鎖と組み合わせて含むか、もしくは両方の最適化配列を含むプラスミドを、上記1)に記載された通りに生産した。DNAを、全量が200μlとなるようHTなしで8mMグルタミンを含む培地ProCHO5(Lonza社)と混合された。その後、20μlのSuperFect試薬(Qiagen社)をDNA溶液に加え、混合した。その後、この混合物を室温で5−10分間インキュベートした。
【0060】
1.68×106CHO細胞を含むありコートを遠心し(5分、800rpm、18−
25℃)、上清を除去し、細胞をHTなしで8mMグルタミンを含む1.1mlの培地ProCHO5に再懸濁した。その後、懸濁物をDNA混合物に移し、DNA混合物を5−10分間インキュベートし、混合し、6ウェルプレートのウェルに移した。細胞を37℃で3時間インキュベートし、このインキュベートにより細胞を接着させた。上清を除去し、細胞を1mLPBSで3回洗浄し、次にHTなしで8mMグルタミンを含む2ml ProCHO5)を追加した。37℃で2日間インキュベートした後、上清を除去し、遠心
した。上清を濃縮し(濃縮係数16.67)、FSH濃度をELISAリーダー(Anogen社)で決定した。この測定結果を図3に示す。
【0061】
結果、改変α鎖と野生型β鎖との組み合わせの導入は、2つの野生型鎖の組み合わせに対してほぼ50%の発現の減少につながることが示されている。対照的に、改変βは、野生型α鎖および改変α鎖のいずれと組み合わせても、野生型α鎖および野生型β鎖の組み合わせに比較して、1.5〜3倍だけ一過性FSH発現が増大する。したがって、とくに、改変α鎖は積極的にFSH生産に影響を及ぼさないが、改変β鎖の使用は一過性トランスフェクション後のFSH発現の有意の増大につながる。
【図1a】

【図1b】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1の核酸配列のコード領域および配列番号1の核酸配列のコード領域に対して少なくとも90%の配列同一性を有する核酸配列から成る群から選択された、ヒト卵胞刺激ホルモン(FSH)のβ鎖をコードする核酸配列を有する核酸分子。
【請求項2】
配列番号2の核酸配列のコード領域および配列番号2の核酸配列のコード領域に対して少なくとも85%の配列同一性を有する核酸配列から成る群から選択された、ヒト卵胞刺激ホルモン(FSH)のα鎖をコードする核酸配列を有する核酸分子。
【請求項3】
宿主細胞において活性なプロモータに制御される請求項1に記載の第1の核酸配列を有する組換え核酸分子。
【請求項4】
請求項2に記載の第2の核酸配列をさらに有する請求項3に記載の組換え核酸分子。
【請求項5】
配列番号3で示された核酸配列のコード領域、および配列番号3で示された核酸配列のコード領域と少なくとも70%の配列同一性を有する核酸配列から成る群から選択された第2の核酸配列をさらに含む請求項3に記載の組換え核酸分子。
【請求項6】
第2の核酸配列が別のプロモータに制御される請求項4または5に記載の組換え核酸分子。
【請求項7】
第1の核酸配列および第2の核酸配列のうちの少なくとも一方がウイルスプロモータに制御される請求項3〜6のいずれかに記載の組換え核酸分子。
【請求項8】
第1の核酸配列がSV40プロモータに制御される請求項7に記載の組換え核酸分子。
【請求項9】
第2の核酸配列がCMVプロモータに制御される請求項7に記載の組換え核酸分子。
【請求項10】
配列番号7の核酸配列を有する請求項3〜9のいずれかに記載の組換え核酸分子。
【請求項11】
請求項4〜10のいずれかに記載の組換え核酸分子を含む宿主細胞。
【請求項12】
哺乳動物細胞である請求項11に記載の宿主細胞。
【請求項13】
チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞である請求項11または12に記載の宿主細胞。
【請求項14】
寄託番号DSM ACC2833を有する請求項11〜13のいずれかに記載の宿主細胞。
【請求項15】
請求項3に記載の第1の組換え核酸分子と、請求項2に記載の核酸配列および配列番号3に示される核酸配列から選択された核酸配列を含む第2の組換え核酸分子と、を有する宿主細胞。
【請求項16】
適切な培地中の、請求項11〜15のいずれかに記載の宿主細胞を含む細胞培養物。
【請求項17】
組換えヒトFSHを生産する方法であって、
適切な培養培中で、請求項11〜15のいずれかに記載の宿主細胞を培養する工程;
細胞培養上清を採取する工程
からなる方法。
【請求項18】
細胞培養上清を組換えヒトFSHから精製する工程をさらに含む請求項17に記載の方法。
【請求項19】
請求項4〜10のいずれかに記載の組換え核酸分子によって、無血清条件下で懸濁培養中の細胞をトランスフェクトする工程を含む、請求項11〜14のいずれかに記載の宿主細胞を生産する方法。
【請求項20】
請求項15に記載の宿主細胞を生産する方法であって、
請求項3に記載の第1の組換え核酸分子と、請求項2に記載の核酸配列および配列番号3に示される核酸配列から選択された核酸配列を含む第2の組換え核酸分子とにより、無血清条件下で懸濁培養中の細胞をトランスフェクトさせる工程を含む方法。
【請求項21】
ヒト組換えFSHの生産のための、配列番号1および配列番号2の少なくとも一方に記載の核酸配列の使用方法。

【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2010−531148(P2010−531148A)
【公表日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−513938(P2010−513938)
【出願日】平成20年6月27日(2008.6.27)
【国際出願番号】PCT/EP2008/058274
【国際公開番号】WO2009/000913
【国際公開日】平成20年12月31日(2008.12.31)
【出願人】(509275770)バイオジェネリクス アクチェンゲゼルシャフト (4)
【氏名又は名称原語表記】BIOGENERIX AG
【Fターム(参考)】