説明

Gm1遺伝子産物欠損非ヒト動物及びその利用法

【課題】
固執傾向の改善を目的とした薬剤の開発には、固執傾向を示すモデル動物が必要である。本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであって、固執傾向を示す新たなモデル動物等を提供することを課題としている。
【解決手段】
遺伝子産物欠損非ヒト動物の個体又はその子孫動物或いはそれらの一部であり、Gm1遺伝子産物の発現量を特異的に欠失若しくは低下するように人為的操作を施してなることを特徴とする非ヒト動物又はその一部、及びその利用等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Gm1遺伝子産物欠損非ヒト動物及びその利用法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固執傾向は、過去の印象や特定の行動等が記憶の中に残っていてそれが反復出現することであり、その結果、物事の認識や判断において顕著な偏りを示す傾向である。また、他人から見ると、意味がない同じ行為を繰り返しているように見え、この傾向が強くなると対人関係や社会生活に困難をきたすようになる。固執傾向は、例えば、統合失調症、強迫性障害、注意欠陥多動性障害、自閉症、ダウン症、前頭側頭型認知症、アルツハイマー病等の多岐にわたる疾患で見られる症状である。
固執傾向の改善を目的とした薬剤の開発には、薬効を評価するためのモデル動物、即ち、固執傾向を示すモデル動物が必要である。固執傾向を示すモデル動物としては、例えば、マーモセットの前頭前野からセロトニンを枯渇させる方法(例えば、非特許文献1参照)等が知られているが、簡便性に欠け、利便性が悪い。このことから、固執傾向を示す新たなモデル動物の開発が求められている。
一方、Gm1タンパク質は、G−タンパク質αサブユニットの1種で、G−タンパク質共役受容体(GPCR)刺激による細胞内シグナル伝達に関与している。また、Gm1遺伝子は、Golf遺伝子のスプライシングバリアントであり、Gm1遺伝子は、第1エクソン領域のみ固有の塩基配列を有しており、第2エクソン領域以降はGolf遺伝子と塩基配列を共有している。また、Gm1タンパク質は、NCBIデータベースにおいて「NM_182978」で示されるG−タンパク質αサブユニットの1種で、guanine nucleotide binding protein (G protein), alpha activating activity polypeptide, olfactory type (GNAL), transcript variant 1とも呼ばれている。Gm1タンパク質は、他のGタンパク質と比較してN末端領域が約80アミノ酸長い特徴的な構造を有する新規Gタンパク質としてクローニングされている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−350672号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Clarkeら、Science、第304巻、878頁、2004年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
固執傾向の改善を目的とした薬剤の開発には、固執傾向を示すモデル動物が必要である。本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであって、固執傾向を示す新たなモデル動物等を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、前記目的を達成するために、固執傾向の原因となる因子を見出すべく鋭意研究を重ねた結果、Gm1遺伝子の機能が欠損している非ヒト動物において固執傾向が増強されることを新たに見出し、当該知見を利用することにより、本発明に至った。
即ち、本発明は
1.遺伝子産物欠損非ヒト動物の個体又はその子孫動物或いはそれらの一部であり、Gm1遺伝子産物の発現量を特異的に欠失若しくは低下するように人為的操作を施してなることを特徴とする非ヒト動物又はその一部(以下、本発明非ヒト動物と記すこともある。);
2.Gm1遺伝子の第1エクソン領域の両アリル又は一方のアリルがその機能欠失若しくは低下型変異遺伝子に置換されるか又は前記ゲノム領域の両アリル又は一方のアリルがその機能を欠失若しくは低下するように破壊若しくは組換されてなることを特徴とする前項1記載の非ヒト動物又はその一部(以下、本発明遺伝子欠損非ヒト動物と記すこともある。);
3.Gm1遺伝子の第1エクソン領域にネオマイシン耐性遺伝子が挿入された変異型Gm1遺伝子を含むことを特徴とする前項2記載の非ヒト動物又はその一部;
4.Gm1遺伝子の発現量が同種の野生型非ヒト動物での同遺伝子の発現量よりも特異的に低減されていることを特徴とする前項1〜3記載の非ヒト動物又はその一部;
5.非ヒト動物がげっ歯類である前項1〜4記載の非ヒト動物又はその子孫動物或いはそれらの一部;
6.非ヒト動物がマウスである前項1〜5記載の非ヒト動物又はその子孫動物或いはそれらの一部;
7.固執傾向を示すモデル動物としての、前項1〜6のいずれか1項記載の非ヒト動物又はその子孫動物の使用;
8.前項1〜6のいずれか1項記載の非ヒト動物又はその子孫に被験物質を投与する工程、及び、該被験物質が、前記動物が有する固執傾向を抑制する効果を有するか否かを検定する工程を含むことを特徴とする、固執傾向の治療薬若しくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法(以下、本発明探索方法と記すこともある。);
9.前項8記載の方法によりスクリーニング又は同定された固執傾向の治療薬又は予防薬;
10.Gm1遺伝子の第1エクソン領域の少なくとも一部のDNA配列を欠失させるか、他のDNA配列に置換する工程を含むことを特徴とする、Gm1遺伝子の機能が欠損した非ヒト動物の作製方法;
等を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、固執傾向を示すモデル動物を提供することが可能になる。また、当該モデル動物を利用した固執傾向の治療薬若しくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法等を提供することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、野生型アリル及び変異アリル及びターゲッティングベクターの構造を示す図である。
【図2】図2は、ターゲッティングベクターの導入を行なったES細胞のサザンブロッティングの結果を示す図である。
【図3】図3は、キメラマウスのサザンブロッティングの結果を示す図である。
【図4】図4は、マウスの遺伝子型の判定のためのプライマーの位置及びPCR産物の大きさを示す図である。
【図5】図5は、Gm1遺伝子へテロ欠損マウス同士の交配で得られた産仔の遺伝型をPCRにより判定した結果を示す図である。
【図6】図6は、野生型マウス、Gm1遺伝子へテロ欠損マウス及びGm1遺伝子ホモ欠損マウスにおけるGm1遺伝子の発現量をリアルタイムPCRにて定量した結果を示す図である。
【図7】図7は、バーンズ迷路テストによる13日間の学習能力試験の結果を示す図である。
【図8】図8は、バーンズ迷路テストによる学習24時間後の記憶能力を評価するプローブテストの結果を示す図である。
【図9】図9は、バーンズ迷路テストによる学習1週間後の記憶能力を評価するプローブテストの結果を示す図である。
【図10】図10は、バーンズ迷路テストによる逆転学習を用いた固執傾向を評価するテストの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書において、DNAの調製やベクターの調製等の遺伝子工学的な手法、タンパク質の抽出やウエスタン・ブロッティング等のタンパク質工学的な手法及びノックアウト哺乳動物作製の操作等は、特に明記しない限り、Molecular Cloning, A Laboratory Manual(T.Maniatis et al.,Cold Spring Harbor Laboratory(1982))、新生化学実験講座(日本生化学会編;東京化学同人)、ジーンターゲッティング(相沢慎一;羊土社(1995))等の実験書に記載される方法又はそれに準じた方法により行うことができる。
本発明における「固執傾向」とは、過去の印象や特定の行動等が記憶の中に残っていてそれが反復出現することであり、つまり、過去の印象や特定の行動等に影響を受け、その結果、物事の認識や判断において顕著な偏りを示す傾向を意味する。
また本発明における「Gm1タンパク質」とは、例えば、特開2004−350672号公報に記載された公知なタンパク質(即ち、同公開公報における「Gm1タンパク質」)であり、当該公開公報に記載される配列番号1等で示されるアミノ酸配列を有する「三量体Gタンパク質αサブユニットGm1」と呼ばれているタンパク質である。尚、当該タンパク質のアミノ酸配列をコードする塩基配列は、同公開公報に記載される配列番号2等で示される塩基配列である。
また「哺乳動物」としては、いかなる哺乳動物でも用いることができるが、実験動物としては非ヒト哺乳動物が好ましい。このような哺乳動物としては、例えば、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、ハムスター、マウス、ラット、ウマ、ネコ等が挙げられるが、この中でも、個体発生及び生物サイクルが比較的短く、また繁殖が容易な齧歯類哺乳動物、特にマウスが好ましい。用いられるマウスの代表例としては、例えば、純系として、C57BL/6系、BALB/c系、DBA2系等、交雑系として、B6C3F1系、BDF1系、B6D2F1系、ICR系等が挙げられるが、中でもC57BL/6系が好ましく用いられる。
本発明非ヒト動物は、Gm1遺伝子産物(具体的には、Gm1遺伝子転写産物、Gm1遺伝子翻訳産物を意味する。)の発現量(好ましくは脳内、具体的には脳組織又は脳細胞内での発現量)を特異的に欠失若しくは低下するように人為的操作を施してなる遺伝子産物欠損非ヒト動物の個体又はその子孫動物或いはそれらの一部である。このような非ヒト動物は、例えば、Gm1遺伝子産物の発現量を特異的に制御することによりGm1タンパク質の組織又は細胞内での存在量を特異的に抑制する人為的操作(具体的には、当該非ヒト動物の染色体上のGm1遺伝子の第1エクソン領域の両アリル又は一方のアリルに1箇所以上の変異を導入することにより、Gm1の機能を特異的に欠損させる方法や、Gm1遺伝子の第1エクソン領域に対するアンチセンス又はsiRNAを用いて組織又は細胞内でのGm1の発現を特異的に抑制する方法等が挙げられる。)、Gm1遺伝子の発現量を特異的に低下させることなくGm1タンパク質等の機能を特異的に抑制する人為的操作(具体的には、Gm1タンパク質に対する抗体等を直接組織又は細胞内にマイクロインジェクションする方法)等を野生型動物に対して施すことにより作製すればよい。
ここで「特異的」としては、例えば、特定遺伝子(即ち、Gm1遺伝子)発現若しくは特定遺伝子産物発現の量が他の遺伝子発現若しくは他の遺伝子産物発現の量に比較して、遺伝子産物欠損非ヒト動物や遺伝子欠損非ヒト動物と野生型非ヒト動物との間において有意な差異を有するような状態を挙げることでき、好ましくは、前記特定遺伝子発現若しくは前記特定遺伝子産物発現のみが実質的に欠失若しくは低下した状態が挙げられる。
尚、機能が特異的に欠失若しくは低下した変異型Gm1遺伝子(即ち「機能欠失若しくは低下型変異遺伝子」)としては、変異遺伝子を有さない野生型動物に比べて、遺伝子発現若しくは遺伝子産物発現が実質的に減少しているか、又は遺伝子産物の活性が少なくとも一部失われた遺伝子をいう。典型例としては、遺伝子発現若しくは遺伝子産物発現又は遺伝子産物の活性が完全に消失した遺伝子をいう。
本発明非ヒト動物の「一部」とは、当該非ヒト動物由来の組織又は細胞であればよいが、好ましくは脳組織等の体の一部が挙げられる。また、当該動物由来の血液、リンパ液若しくは尿等の体液も本発明における本発明非ヒト動物の一部に含まれる。
更に、上記組織、臓器又は体液に含まれる細胞を単離・培養して得られる培養細胞(採取した一代目の初代細胞及び当該初代細胞を株化した細胞を含む)や抽出物、のみならず胎生期胚における発生段階の各器官、又は付随する細胞の培養物及びES細胞についても分化・増殖能の有無に関わらず非ヒト動物の「一部」に含まれる。
Gm1遺伝子の第1エクソン領域への変異の導入方法は、下記のように実施すればよい。例えば、まずGm1遺伝子を欠損させようとする動物種の染色体DNAからGm1遺伝子部分を単離する。例えば、常法により染色体DNAを抽出し、DNAライブラリーを作製し、このDNAライブラリーからPCR法(Polymerase chain reaction)、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法又はこれらの組み合わせにより、非翻訳領域を含む染色体由来のGm1遺伝子のクローンを得ることができる。PCRのためのプライマーは、既報の遺伝子配列に基づいて設計したものを用いることができる。またハイブリダイゼーションのためのプローブは、取得されたcDNA断片を用いることができる。
次にGm1遺伝子の第1エクソン領域を欠損(例えば、Gm1遺伝子の第1エクソン領域の両アリル又は一方のアリルがその機能欠失若しくは低下型変異遺伝子に置換されるか又は前記ゲノム領域の両アリル又は一方のアリルがその機能を欠失若しくは低下するように破壊若しくは組換されること。)させるための相同組換え用ターゲティングベクターを作製する。
相同組換え用ターゲティングベクターは、染色体由来のGm1遺伝子の第1エクソン領域の一部若しくは全部を欠失させるか、又は非相同な別の塩基配列に置換した配列部分(非相同な配列部分)を含み、これを囲む上流及び下流の領域にGm1遺伝子と相同な塩基配列部分が存在するように設計すればよい。
ターゲティングベクター中には、適当なマーカー遺伝子が挿入されていることが好ましい。マーカー遺伝子は、ベクターが取り込まれた細胞や、目的とする相同組換え体を選択するために利用できる。このようなマーカー遺伝子としては、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子(DT−A)、ハイグロマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、ストレプトマイシン耐性遺伝子、ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV−tk)等の薬剤耐性選択に通常用いられる遺伝子を用いることができる(Analytical Biochemistry、第214巻、70〜76頁、1993年;Nature、第336巻、第348〜352頁、1998年等)。尚、ネオマイシン耐性遺伝子が導入された細胞はG418等のネオマイシンに対して耐性を示し、チミジンキナーゼ遺伝子が導入された細胞はガンシクロヴィル等の核酸誘導体に対して感受性を示す。また、ジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子が導入された細胞は、ジフテリア毒素の発現により感受性を示す。
Gm1遺伝子中にレポータ遺伝子を挿入してもよい。この場合、非相同な配列部分にそのレポータ遺伝子配列が含まれるように設計すればよく、例えば、Gm1遺伝子の翻訳領域の塩基配列を一部若しくは全部欠失させるか又は非相同な別の塩基配列に置き換えた上、レポータ遺伝子の翻訳フレームがGm1遺伝子の翻訳フレームと一致するように設計する。レポータ遺伝子は、一般に用いられるものであればよく、例えば、lacZ(大腸菌β−ガラクトシダーゼ遺伝子)、CAT(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子)、GUS(β−グルコニダーゼ遺伝子)、ルシフェラーゼ遺伝子、エクオリン遺伝子、タウマリン遺伝子等を用いることができる。
相同組換え用ターゲティングベクターの構築には、前記のようにして単離した染色体由来Gm1遺伝子を利用する。これを適当な制限酵素で切断して得られるDNA断片、或いは、これらDNA断片を鋳型として、必要に応じPCR法等により一部増幅して調製したDNA断片等を、合成リンカーDNA、レポータ遺伝子、薬剤耐性マーカー遺伝子等と、適当な順序で連結させればよい。相同組換え用ターゲティングベクターの作製は、通常のDNA組換え技術により容易に行うことができる。
次に、相同組換え用ターゲティングベクターを、適当な細胞へ導入する。細胞は、胚性幹細胞(ES細胞、Embryonic Stem Cell)等の通常キメラ動物の作出に用いられるものが好ましい。また、細胞は作出しようとする動物と近縁関係にある動物に由来するものが好ましい。
キメラマウスの作出に好適に用いられるマウスのES細胞としては、EK細胞(Evans及びKaufman、Nature、第309巻、255頁、1984年)、ES−D3細胞(Doetschman、J. Embryol. Exp. Molph.、第87巻、27頁、1981年)、CCE細胞(Robertson、Nature、第323巻、445頁、1986年)、BL/6III細胞(Ledermann及びBurki、Exp. Cell Res.、第197巻、254頁、1991年)、R1細胞(Rossant、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、第88巻、7514頁、1991年)等既に樹立されたものを用いてもよく、また前記Evans及びKaufmanの方法等既知の方法に準じて新しく樹立したものを用いてもよい。
相同組換え用ターゲティングベクターを細胞中に導入する方法は、通常の方法、例えば、エレクトロポーレーション法等により実施すればよい。
相同組換え用ターゲティングベクターが取り込まれた細胞のいくつかにおいては、染色体Gm1遺伝子が、ターゲティングベクターと、2つの相同な塩基配列部分で組換えを起こし、これらの組換えの起きた部位に囲まれた領域がターゲティングベクターDNAに由来する非相同な塩基配列に置換される。かくして、変異型の遺伝子座が形成される。
ターゲティングベクターが取り込まれた細胞は、ベクター由来のマーカー遺伝子の発現に基づいて選択できる。例えば、マーカーが薬剤耐性遺伝子であれば、適当な期間、薬剤存在下で培養することにより選択することができる。これら選択された細胞のうち、相同組換えによる変異が生じた細胞は、PCR法(Saikiら、PCR Technology、Erlich, A.H.編、Stockton、NewYork、第7−16頁、1989年)やサザンブロッティング法(「発生工学実験マニュアル」、野村達次監修、勝木元也編、講談社、1987年)等により目的とする変異が生じていることを確認することができる。また、核型分析により正常染色体数を確認し、キメラマウス作製に適した細胞を選択することができる。
以上のような方法により、変異型遺伝子座を生じた細胞を得ることができ、これら細胞を用いて、キメラ動物を作出する。
キメラ動物の作出は、注入法や凝集法等通常行われている方法に従って行えばよい(細胞工学、第10巻、第403頁、1991年及び「発生工学実験マニュアル」、野村達次監修、勝木元也編、講談社、1987年等)。
例えば、凝集法によってキメラ動物を作出する場合、変異型遺伝子座を生じた細胞(例えば、ES細胞)を8細胞期の宿主胚と凝集させ、胚盤胞期まで発生させた後、これを偽妊娠動物の子宮角に移植して産仔を得る。
このようにして得られるキメラ動物を、同種の適当な系統の動物と交配させることにより産仔を得、得られる産仔の表現型、或いは、Gm1遺伝子座をPCR法(Saikiら、PCR Technology、Erlich, A.H.編、Stockton、NewYork、第7−16頁、1989年)やサザンブロッティング法(「発生工学実験マニュアル」、野村達次監修、勝木元也編、講談社、1987年)等により解析して、その生殖細胞がES細胞に由来し、目的遺伝子の変異を子孫に伝播することができるキメラマウスを同定することができる。
生殖細胞がES細胞に由来するキメラ動物の産仔から、Gm1遺伝子ヘテロ欠損動物を得ることができる。また、得られたGm1遺伝子ヘテロ欠損動物同士を交配させ、その産仔の中からGm1遺伝子ホモ欠損動物を得ることができる。
Gm1遺伝子がヘテロ若しくはホモ欠損動物であることは、その染色体DNAについてPCR法やサザンブロッティング法等で解析することにより確認できる。
遺伝子欠損非ヒト動物は、交配により導入された変異型遺伝子のDNAを安定に保持することを確認しながら飼育継代を行う。こうして生まれてきた遺伝子欠損非ヒト動物の各組織より抽出されたRNAについて、RT−PCR法により導入された遺伝子の発現分布及び程度を調べる。得られた遺伝子欠損非ヒト動物における変異型遺伝子の発現解析は、例えば、RT−PCR法等により行うことができる。具体的には例えば、作製された遺伝子欠損非ヒト動物の脳組織からRNAを調製し、調製されたRNAを鋳型にして、変異型遺伝子にハイブリダイズする適当なプライマーを用いて逆転写反応を行い、続けてPCR反応を行う。得られたPCR産物をアガロースゲルにて電気泳動した後、当該ゲルをエチジウムブロマイドにより染色する。次いで、当該ゲルをUV照射しながらバンド強度を測定することにより、所望のDNA断片の存在有無を検出すればよい。尚、RNAの調製、電気泳動法、逆転写反応、PCR反応、バンド強度の検出方法等は、それ自体公知の通常用いられる方法に従い行えばよい。
得られた遺伝子欠損非ヒト動物や本発明非ヒト動物におけるGm1タンパク質の発現解析は、例えば、ウエスタンブロット法等により行うことができる。具体的には例えば、作製された遺伝子欠損非ヒト動物や本発明非ヒト動物の脳組織から蛋白抽出液を調製し、調製された蛋白抽出液を電気泳動した後、分離されたGm1タンパク質を適当なメンブレンの上に転写する。次いで、当該メンブレンの上に転写されたGm1タンパク質を抗本タンパク質抗体(例えば、特開2004−350672号公報参照)等で検出する。尚、蛋白抽出液の調製、電気泳動法、メンブレンの上への転写、Gm1タンパク質の検出方法等は、それ自体公知の通常用いられる方法に従い行うことができる。
本願発明者らは、下記の実施例に具体的に記載されるように、上記のようにして得られる本発明非ヒト動物が、固執傾向を示すことを見出した。そして、Gm1タンパク質を脳内で特異的に欠損させることは、疾患症状として固執傾向を示すモデル動物の作製方法として有効であり、固執傾向を示すさまざまな疾患の治療若しくは予防に有用な薬剤をスクリーニング又は同定評価する方法として利用可能であることも見出した。
次に、本発明非ヒト動物の継代及び維持に関して、このようにして作製された本発明非ヒト動物は、交配により得られた非ヒト動物の個体についても、Gm1遺伝子産物やGm1遺伝子の発現量が実質的に減少していることを確認しながら通常の飼育環境で飼育継代を行なうことにより継代及び維持が可能となる。即ち、Gm1遺伝子産物やGm1遺伝子が欠損した非ヒト動物の雌又は雄を、野生型非ヒト動物の雄又は雌と交配することにより、Gm1遺伝子産物やGm1遺伝子が欠損した非ヒト動物を継代することができる。尚、このようにして得られた子孫も、本発明非ヒト動物に含まれる。
次に、本発明非ヒト動物の行動解析に関して、上記のようにして得られた本発明非ヒト動物は、Gm1タンパク質の生体内における機能を解析する目的で行動解析を行い、更に分析することができる。行動解析法としては、当該哺乳動物に適用できるものであればいかなるものでもよく、例えば、CURRENT PROTOCOLS IN NEUROSCIENCE (Johon Wiley & Sons, Inc.)、哺乳動物の行動機能テスト(生体の科学、医学書院刊、vol.45、No.5(1995))等に記載される方法に準じて行うことができる。具体的には例えば、オープンフィールドテスト、棒渡り平衡感覚テスト、針金ぶら下がり筋力テスト、明暗選択テスト、恐怖条件付けテスト、敗北経験テスト、電気ショック感受性テスト、モーリス水迷路テスト、八方向迷路テスト、バーンズ迷路テスト、強制水泳テスト等を挙げることができる。中でも、例えば、バーンズ迷路テスト等が好ましく挙げられる。
このような行動解析法は、急性又は慢性ストレスによる、情動性又は行動の変化を検出することができるように条件が設定されている。従って、本発明非ヒト動物及び野生型非ヒト動物(対照)に上記の行動解析を行い、それぞれの結果を比較し、特定のテストにおいて有意差が得られた場合には、そのテストにより行動解析され得る疾患症状において、本発明非ヒト動物が何らかの変化や効果を有すると評価・判断することができる。本発明非ヒト動物は、例えば、バーンズ迷路テストにおいて野生型非ヒト動物と有意な差を示す。バーンズ迷路テストは、哺乳動物の記憶学習及び固執傾向を検査する方法であり、記憶障害又は固執傾向を有する哺乳動物で有意な差が検出されるテストである。当該非ヒト動物は野生型非ヒト動物と比較して記憶機能には差が無いが、固執傾向が強いと判定されることより、固執傾向を有していると評価・判断することができる。つまり、Gm1タンパク質を組織又は細胞内(特に脳組織又は脳細胞内)で欠損した非ヒト動物は、固執傾向を示すモデル動物として有用であることが確認できる。
尚、このような行動解析に用いられる野生型非ヒト動物としては、同腹の仔であることが好ましい。
本発明探索方法は、固執傾向の治療薬若しくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法であり、(1)遺伝子欠損非ヒト動物や本発明非ヒト動物、又は、それらの子孫に被験物質を投与する工程(以下、「投与工程」と記すこともある。)、及び、(2)該被験物質が、前記動物が有する固執傾向を抑制する効果を有するか否かを検定する工程(以下、「検定工程」と記すこともある。)を含むことを特徴とする。
本発明探索方法において「被験物質」としては、特に限定は無く、例えば、核酸、ペプチド、タンパク質(抗体を含む)、有機化合物、無機化合物等を挙げることができ、また、細胞抽出液、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成低分子有機化合物、合成ペプチド、合成核酸、天然化合物等が挙げられる。被験物質の形態としては、特に限定は無く、固体、液体、基剤との混合物、縣濁液又は溶液等を挙げることができる。縣濁液若しくは溶液とする場合、水、pH緩衝液、メチルセルロース溶液、生理食塩水、有機溶媒水溶液(有機溶媒としては通常エタノールやジメチルスルホキシドが用いられる。)等を用いればよい。基剤としては、例えば、グリセリン、スクワラン等の油等を挙げることができる。これらは、塗布用の被験物質を調製するために用いられる。投与量、投与回数及び投与期間は、例えば、全身状態、全身諸器官組織等に重篤な影響を及ぼさない範囲内(例えば投与量は、最大耐量)とすればよい。
本発明探索方法における「投与」は、当業者に汎用されている方法で実施することができる。被験物質を前記動物に投与する場合、その投与方法には特に限定はなく、経口的若しくは非経口的に投与すればよい。非経口的投与方法としては、静脈内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、直腸内投与、経皮投与(塗布)、脳室内投与等を挙げることができる。
本発明探索方法において固執傾向を抑制する効果を有するか否かを検定するには、例えば、適切な対照を設けることで、当該対照との差異の存在又はその程度等に基づき実施すればよい。好ましい対照としては、前記動物と同種の被験物質が投与されていない非ヒト動物における固執傾向を挙げることができる。また、対照が、(1)前記動物と同種の被験物質が投与された非ヒト動物における固執傾向である一態様や、(2)被験物質が投与されていない遺伝子欠損非ヒト動物や本発明非ヒト動物、又は、それらの子孫における固執傾向である一態様も挙げられる。尚、被験物質の代わりに「対照物質」となり得るポジティブコントロール又はネガティブコントロールを用いて本発明探索方法を実施することにより、場合に応じて上記の対照とすることもできる。
ここで「ポジティブコントロール」とは、固執傾向を改善させる効果を有する任意の物質を表し、また「ネガティブコントロール」としては、被験物質に含まれる溶媒、バックグランドとなる試験系溶液等が挙げられる。
「対照物質」をネガティブコントロールとする場合、被験物質の固執傾向を改善させる効果が対照物質の固執傾向を改善させる効果よりも大きければ、当該被験物質は固執傾向を治療若しくは予防する効果を有すると評価すればよい。一方、被験物質の固執傾向を改善させる効果が対照物質の固執傾向を改善させる効果と同程度若しくは小さければ、当該被験物質は固執傾向を治療若しくは予防する効果を有さないと評価することができる。
また、対照物質をポジティブコントロールとする場合、被験物質の固執傾向を改善させる効果と対照物質の固執傾向を改善させる効果とを比較することにより、被験物質の固執傾向を治療若しくは予防する効果を評価すればよい。
本発明探索方法において「検定」は、例えば、前述のような行動解析法等を用いて評価・判断することができる。具体的には、上記の行動解析法の中から任意に選択して用いることができるが、本発明非ヒト動物では、バーンズ迷路テスト等が好ましく用いられる。当該非ヒト動物と野生型非ヒト動物との間で有意差が検出されるような行動解析法を選んで用いることが好ましい。尚、当該検定において、例えば、被験物質が投与された前記動物の結果が、被験物質が投与されていない野生型非ヒト動物から得られた結果とを比較して行動解析し、被験物質が投与された前記動物の結果が、被験物質が投与されていない前記動物の結果よりも、被験物質が投与されていない野生型非ヒト動物の結果に近ければ、投与された被験物質が固執傾向を示すさまざまな疾患の治療若しくは予防に有用な薬剤であると評価・判断すればよく、当該評価・判断の結果に基づき被験物質を選択すればよい。
【実施例】
【0010】
以下、本発明の実施例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0011】
実施例1 (Gm1遺伝子欠損マウスの作製)
(1)Gm1遺伝子ゲノムDNAの取得
文献(特開2005−296003号)記載のマウスGm1遺伝子のプロモーター領域を含むプラスミド1μlを鋳型に用いて且つ10μMのフォワードプライマーmGmg1(5’−TGTTCTCCCGACCCTTCAGGGATCTTCTTT;(配列番号1)、10μMのリバースプライマーmGmg2(5’−ACCTATGAGCAGCAATGGATAGAGTCTAT;配列番号2)及びTOYOBO KOD Taqポリメラーゼ(TOYOBO社)を用いてPCRを行った。得られたPCR産物を2%アガロースゲルにて電気泳動した後、当該ゲル上で検出された約590bpのバンドを切り出し、pDrive(キアゲン社製)クローニングした。クローニングされたプラスミドをEcoRIで消化した後、消化物(DNA)をアガロースゲル電気泳動した。590bpのDNA断片を切り出し、得られたDNA断片をQlAquick GelExtraction Kit(QlAGEN社製)を用いて精製し、回収した。回収されたDNA断片をAlkPhos Direct Labelling and Detection System(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)を用いて標識した。これをプローブとして用い、129SV系統マウス由来の染色体DNAライブラリー(ストラタジーン社製)に対してプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、陽性クローンを得た。得られた陽性クローン(ファージDNA)は、Gm1遺伝子の一部を含む約26Kbの染色体DNA断片を有していた。この断片上にはターゲティングの標的として好適なGm1遺伝子の翻訳開始コドンを含む第1エキソンが含まれていることを確認した。
【0012】
(2)相同組換え用ターゲティングベクターの構築
上記(1)で得られた陽性クローン(ファージDNA)をEcoRV/SalIで切断した。得られたマウスGm1遺伝子の第1エクソン領域より上流約6kbを含むDNA断片をpBluescript IIベクター(TOYOBO)のEcoRV/SalIサイトに組み込み、pBS−mGm1(5’)6kを得た。また、上記(1)で得られた陽性クローン(ファージDNA)をPstI/SacIで切断した。得られたマウスGm1遺伝子の第1エクソン領域より下流約2kbを含むDNA断片をpBluescript IIベクター(TOYOBO)のPstI/SacIサイトに組み込み、pBS−mGm1(3’)2kを得た。
これらのサブクローンから以下のようにして相同組み換え用ターゲティングベクターを構築した。まず、pBS−mGm1(5’)6kをNotI/XhoIで切断した。得られたDNA断片を、ネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子とを持つプラスミドのネオマイシン耐性遺伝子上流のNotI/XhoIサイトに挿入した。pBS−mGm1(3’)2kをXbaI/BamHIで切断した後、得られたDNA断片を、Gm1の5’上流遺伝子と連結されたネオマイシン耐性遺伝子の下流及びチミジンキナーゼ遺伝子の上流に位置するXbaI/BamHIサイトに挿入することにより、mGm1KOベクターを作製した(図1)。
作製されたmGm1KOベクターは以下のような特徴を有する。
(i)第1イントロンにネオマイシン耐性遺伝子が挿入されている。
(ii)第1イントロン中に挿入されたネオマイシン耐性遺伝子にはBglIIサイトが付加されており、このベクター由来の変異アリルをサザンブロットで見分けることができる。
(iii)ネガティブ選択用マーカー遺伝子としてチミジンキナーゼ遺伝子を持つ。
(iv)野生型Gm1遺伝子との相同部分は、ネオマイシン耐性遺伝子の上流が約5.5kb、ネオマイシン耐性遺伝子の下流が約2kbである。
【0013】
(3)Gm1遺伝子欠損ES細胞株の取得
ES細胞として、129SVマウス系統由来のES細胞株を用いた。ES細胞の培養には、ダルベッコ修正イーグル培養液(インビトロジェン社製)に終濃度15%の牛胎児血清(FBS)、終濃度2mMのL−グルタミン(インビトロジェン社製)、終濃度50U/mlのペニシリンと終濃度50μg/mlのストレプトマイシンとを添加したES細胞用培地を用いた。また、フィーダ細胞として、ネオマイシン耐性遺伝子をトランスジーンとして持つマウス胎児由来初代繊維芽細胞(Primary Embryonic Fibroblast cells)をマイトマイシンC処理により分裂停止させたものを用いた。上前記(2)で得られたmGm1KOベクターをNotIで切断することにより線状化し、次いで線状化DNA断片をエレクトロポレーションにより、ターゲティングベクターの導入を行った。
エレクトロポレーション実施後30時間目から、200μg/mlのG418(インビトロジェン社製)を含有する培地中で培養することによりネオマイシン耐性クローン(ターゲティングベクターが導入されたES細胞)を選別し、クローンを取得した。取得した各クローンの染色体DNAを試料として以下のようにサザンブロッティングを行うことにより、目的とする変異型アリルを含むヘテロ相同組換え体をスクリーニングした。
サザンブロッティング用のプローブは、以下の方法で作製した。マウスGm1遺伝子第1エクソンの下流領域を含むプラスミドpBS−mGm1(3’)2k1μlを鋳型に用いて且つ10μMのフォワードプライマーmGmg3(5’−TGTAAGTGAGCCCCAAACT;(配列番号3)、10μMのリバースプライマーmGmg4(5’−AATCCTAACTCACGGCCTTACCTT;配列番号4)及びTOYOBO KOD Taqポリメラーゼ(TOYOBO社)を用いてPCRを行った。得られたPCR産物を2%アガロースゲルにて電気泳動した後、当該ゲル上で検出された約460bpのバンドを切り出し、pDrive(キアゲン社製)クローニングした。クローニングされたプラスミドをEcoRIで消化した後、消化物(DNA)をアガロースゲル電気泳動した。460bpのDNA断片を切り出し、得られたDNA断片をQlAquick GelExtraction Kit(QlAGEN社製)を用いて精製した。精製されたDNA断片を32P標識して以下で用いた。
各クローンから調製した染色体DNA(10μg)を制限酵素BglIIで完全消化した後、消化物をアガロースゲル電気泳動した。電気泳動後のゲルからニトロセルロース膜(GEヘルスバイオサイエンス社製)に転写した後、上記で32P標識したプローブを用いてハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイゼーション後、オートラジオグラフィーにて検出した結果を図2に示す。目的とする変異が導入されていれば、野生型アリルを示すBglII断片7.5Kbは4Kbの大きさに縮小して検出されるはずである。サザンブロッティングの結果、野生型細胞では、BglII断片7.5Kbのみが検出された。これに対して1−#57及び1−#79及び2―#62及び2−#102の4クローンでは、4KbのBglII断片が検出された(図2)。以上のことから、上記4クローンにおいて目的とする相同組換えが生じたGm1遺伝子欠損ヘテロ変異ES細胞株であることが確認できた。
【0014】
(4)キメラマウス作製
上記(3)で得られたGm1遺伝子欠損ヘテロ変異ES細胞株のうち3株(1−#57及び1−#79及び2−#102)をC57BL/6N系マウス胚盤胞へ注入することにより、キメラマウスを作製した。即ち、上記Gm1遺伝子欠損ヘテロ変異ES細胞株をC57BL/6N系マウス胚盤胞に注入し、仮親の子宮に移植した。その結果、仮親より67匹の産仔が得られた。得られた67匹の産仔のうち、毛色からキメラマウスと判定できたのは26匹であり、そのうちの8匹が形態的に雄を示していた。これらの雄キメラマウスにおける毛色から判断したES細胞の寄与率は50〜100%の幅であり、1−#57細胞株由来のキメラマウスにおけるES細胞の寄与率は、50%以上60%未満のものが1例であった。また、1−#79細胞株由来のキメラマウスにおけるES細胞の寄与率は、100%のものが1例であった。また、2−#102細胞株由来のキメラマウスにおけるES細胞の寄与率は、70%以上80%未満のものが1例、80%以上90%未満のものが1例、90%以上100%未満のものが1例、100%のものが3例であった。
【0015】
(5)Gm1遺伝子欠損マウスの作製
上記(4)で100%のES細胞の寄与率が確認されたキメラマウス(2−#102細胞株から作製した3個体)をC57BL/6N系マウスと交配させ、ES細胞由来の産仔が得られるか否かを検定した。キメラマウスの生殖細胞がES細胞に由来していれば、娩出される産仔の毛色は、野性色を呈し、C57BL/6N系マウスの胚盤胞に由来していればブラック色を呈することになる。上記のキメラマウス3個体をC57BL/6N系マウスと交配した結果、野性色を示す産仔が得られたことにより、ES細胞の生殖系列への伝達が確認された。野性色を示した産仔数は、27匹中13匹であった。 また、これらの産仔マウスについて尾の一部からDNAを抽出し、サザンブロッティングにより、変異Gm1アリルが伝達されているか否かを調べた。その結果、野性色を示した産仔13匹のすべてにおいて、変異Gm1アリルが伝達されていることが確認された(図3)。また、変異Gm1アリルの伝達が確認されたマウスは、7.5Kbの野生型断片に加えて4Kbの変異型断片が検出されたことよりヘテロ欠損マウスと判定した(図3)。
更に、ヘテロ欠損マウス同士を交配し産仔を得た。これらの産仔の尾の一部からDNAを抽出し、以下の条件でPCRを行い、遺伝子型の判定をした。
マウスDNA1μlを鋳型に用いて且つGm1第一エクソンにハイブリダイズするフォワードプライマーTg1(5’−ATGCTGCGCGACCAGAAGCGCGACCT;(配列番号5)を10μM、ネオマイシン耐性遺伝子にハイブリダイズするフォワードプライマーpNeo6(5’−GGATTCATCGACTGTGGCCGGCT;(配列番号6)を10μM、Gm1遺伝子第一エクソンの下流領域にハイブリダイズするリバースプライマーKO3’−2(5’−GGATAAGGCGTCCCGGTGGAGTT;配列番号7)を10μM及びTAKARA LA Taqポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を用いてPCRを行った。得られたPCR産物を1%アガロースゲルにて電気泳動した後、当該ゲルをエチジウムブロマイド染色した。図4に示す通り、野生型アリルには、フォワードプライマーTg1及びリバースプライマーKO3’−2がハイブリダイズし、320bpのDNA断片が増幅される。また、Gm1遺伝子欠損アリルには、フォワードプライマーpNeo6及びリバースプライマーKO3’−2がハイブリダイズ、850bpのDNA断片が増幅される。その結果、野生型マウスでは320bpの増幅断片が、Gm1遺伝子ホモ欠損マウスでは850bpのDNA増幅断片が、Gm1遺伝子へテロ欠損マウスでは320bpと850bpとの2本のDNA増幅断片が確認された(図5)。
ヘテロ欠損マウス同士を交配させることにより、Gm1遺伝子を完全に欠損するマウス、即ち、ホモ欠損マウスが得られた。
【0016】
実施例2 (Gm1遺伝子欠損マウスにおけるGm1発現量の確認)
実施例1で得られた遺伝子欠損マウス及び野生型マウスを12週令まで、室温23℃、湿度55%、明暗各12時間に維持された飼育室で飼育した。飼育されたマウスを定法に従い解剖し、脳組織を摘出した。即ち、脳組織の半球にTrizol試薬(インビトロジェン社製)を1ml加え、これをホモジナイザーでホモジナイズした。このホモジナイズされた混和物を室温で5分間保持した後、これに200μlのクロロホルムを加えた。得られた混合物をボルテックスで十分に混合した後、更に室温で3分間保持した。その後、得られた混合物を遠心分離(10,000rpm、10分間)することにより上清を得た。得られた上清に0.5mlのイソプロパノールを加えた後、これを遠心分離(10,000rpm、10分間)することによりRNAを沈殿させた。沈殿させたRNAを回収し、これを100μlのMilliQに懸濁した。この懸濁されたRNA溶液をRNeasy Mini Kit(キアゲン社製)を用いて更に精製した。得られたRNA溶液中のRNA濃度を分光光度計を用いて測定した。そして、このようにして調製されたRNA20ngを鋳型に用いて且つ1μlのRamdam Hexamers(アプライドバイオシステムズ社製)及びスーパースクリプトIIIRNA逆転写酵素(インビトロジェン社製)を用いて逆転写を行った。得られた逆転写産物1μlを鋳型に用いて且つマウスGm1用TaqMan probe(フォワードプライマーMGM1−EX1F(5’−GACGCACCGGCTCCT;(配列番号8)、リバースプライマーMGM1−EX1R(5’−GATAGTGCTTTTCCCGGACTCA;(配列番号9)、MGB−FAMプローブMGM1−EX1M2(5’−CCAGCCCCCAGCAGC;(配列番号10))(アプライドバイオシステムズ社製)及びTaqMan Fast Universal PCR Master Mix(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、7900HT Fast Real−Time PCR SystemにてリアルタイムPCRを行うことにより定量した。野生型マウスにおけるGm1遺伝子の発現量を1とした場合に、Gm1遺伝子へテロ欠損マウスでのGm1遺伝子の発現量が約0.5であることを確認した。また、Gm1遺伝子ホモ欠損マウスでのGm1遺伝子の発現は検出されないことを確認した(図6)。
【0017】
実施例3 (Gm1遺伝子欠損マウスのバーンズ迷路テスト)
実施例1により得られたGm1遺伝子ホモ欠損マウスを用いて、記憶、学習及び固執傾向の行動解析に広く用いられているバーンズ迷路テストを行うことにより、記憶、学習及び固執傾向に対するGm1欠損の影響を解析した。
即ち、Gm1遺伝子ホモ欠損マウス又は野生型マウスを実験室の環境に順化させた後、12個の穴の開いた円状のテーブルへ置き、逃避箱に入るまでの時間を1日2回計測した。同様の実験を13日間繰り返し逃避箱の位置を学習させた。13日間の学習期間において、Gm1遺伝子ホモ欠損マウス及び野生型マウスの間で、測定された逃避箱に到達するまでの時間に差異が無かった(図7)。この結果より、Gm1遺伝子ホモ欠損マウスの学習能力は、野生型マウスと同等であると判断した。
また、13日間目の学習終了24時間後及び1週間後に、逃避箱を取り除き、逃避箱のもとあった穴を探索させるプローブテストを行い、記憶の試験を行った。このプローブテストにおいて、Gm1遺伝子ホモ欠損マウス及び野生型マウスの間で、測定された逃避箱のもとあった穴を探索する時間に差異が無かった(図8、9)。この結果より、Gm1遺伝子ホモ欠損マウスの記憶能力は、野生型マウスと同等であると判断した。
また、プローブテスト終了後、更に13回の学習を繰り返した後、逃避箱の位置を180度逆転させた逆転学習を行い、固執傾向の確認を行った。
図10に示された結果から明らかな通り、逃避箱を180度逆転させた後に、逆転された逃避箱に入るまでの時間が、野生型マウスと比較して、Gm1遺伝子ホモ欠損マウスでは有意に長くなっていた。これはGm1遺伝子ホモ欠損マウスが、逆転する前の逃避箱の位置にこだわって、新規の逃避箱を探すことが遅れたことに起因している。このことより、Gm1遺伝子ホモ欠損マウスが固執傾向を示すことが確認された。
尚、これらの行動解析は、同腹由来のGm1遺伝子ホモ欠損マウス16匹及び野生型マウス16匹を用い行った。
【0018】
実施例4 (Gm1遺伝子欠損マウスを用いた固執傾向の改善評価)
実施例1により得られたGm1遺伝子ホモ欠損マウスを用い、実施例3に示したバーンズ迷路テストを用いた固執傾向の改善評価を行うことにより、被験物質の固執傾向を治療若しくは予防する効果の有無若しくはその程度を評価する。
即ち、(1)被験物質を投与するGm1遺伝子ホモ欠損マウス、(2)被験物質を投与しないGm1遺伝子ホモ欠損マウス、及び、(3)被験物質を投与しない野生型マウスの3群を準備する。
それぞれのマウスをバーンズ迷路テストにおける13日間の学習を行わせる。その後、被験物質を投与するGm1遺伝子ホモ欠損マウスには、被験物質を投与する。また、被験物質を投与しないGm1遺伝子ホモ欠損マウス、及び、被験物質を投与しない野生型マウスには、溶媒を投与する。
その後、逃避箱の位置を180度逆転させた逆転学習を行い、逆転された逃避箱に逃避するまでの時間を測定する。
被験物質を投与していない野生型マウスが逆転された逃避箱に到達するまでの時間を0%として、また被験物質を投与していないGm1遺伝子ホモ欠損マウスが逆転された逃避箱に到達するまでの時間を100%として、被験物質を投与したGm1遺伝子ホモ欠損マウスが逆転された逃避箱に到達するまでの時間のパーセンテージが50%以下になる被験物質を、固執傾向を治療若しくは予防する効果を有する物質として選択する。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明により、例えば、固執傾向を示す新たなモデル動物等を提供することが可能となる。また、当該モデル動物を利用した固執傾向の治療薬若しくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法等を提供することも可能となる。
【配列表フリーテキスト】
【0020】
配列番号1
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号2
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号3
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号4
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号5
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号6
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号7
PCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号8
リアルタイムPCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号9
リアルタイムPCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプライマー
配列番号10
リアルタイムPCRのために設計されたオリゴヌクレオチドプローブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子産物欠損非ヒト動物の個体又はその子孫動物或いはそれらの一部であり、Gm1遺伝子産物の発現量を特異的に欠失若しくは低下するように人為的操作を施してなることを特徴とする非ヒト動物又はその一部。
【請求項2】
Gm1遺伝子の第1エクソン領域の両アリル又は一方のアリルがその機能欠失若しくは低下型変異遺伝子に置換されるか又は前記ゲノム領域の両アリル又は一方のアリルがその機能を欠失若しくは低下するように破壊若しくは組換されてなることを特徴とする請求項1記載の非ヒト動物又はその一部。
【請求項3】
Gm1遺伝子の第1エクソン領域にネオマイシン耐性遺伝子が挿入された変異型Gm1遺伝子を含むことを特徴とする請求項2記載の非ヒト動物又はその一部。
【請求項4】
Gm1遺伝子の発現量が同種の野生型非ヒト動物での同遺伝子の発現量よりも特異的に低減されていることを特徴とする請求項1〜3記載の非ヒト動物又はその一部。
【請求項5】
非ヒト動物がげっ歯類である請求項1〜4記載の非ヒト動物又はその子孫動物或いはそれらの一部。
【請求項6】
非ヒト動物がマウスである請求項1〜5記載の非ヒト動物又はその子孫動物或いはそれらの一部。
【請求項7】
固執傾向を示すモデル動物としての、請求項1〜6のいずれか1項記載の非ヒト動物又はその子孫動物の使用。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項記載の非ヒト動物又はその子孫に被験物質を投与する工程、及び、該被験物質が、前記動物が有する固執傾向を抑制する効果を有するか否かを検定する工程を含むことを特徴とする、固執傾向の治療薬若しくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法。
【請求項9】
請求項8記載の方法によりスクリーニング又は同定された固執傾向の治療薬又は予防薬。
【請求項10】
Gm1遺伝子の第1エクソン領域の少なくとも一部のDNA配列を欠失させるか、他のDNA配列に置換する工程を含むことを特徴とする、Gm1遺伝子の機能が欠損した非ヒト動物の作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−217626(P2011−217626A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−87562(P2010−87562)
【出願日】平成22年4月6日(2010.4.6)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】