Hモード型ドリフトチューブ線形加速器、およびその電場分布調整方法
【課題】Hモード型ドリフトチューブ線形加速器の運転中でも、加速器空胴内に発生する電場分布の変化の有無をリアルタイムで観測することができて故障の早期発見等に役立てることができ、また電場分布の調整を容易に行えるようにして調整の手間を軽減する。
【解決手段】真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴1と、この加速器空胴1内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極2と、上記ドリフトチューブ電極2間のギャップ4に生じる電場の分布を調整する複数のチューナ5とを備えるとともに、加速器空胴1の荷電粒子軸方向(Z軸方向)に沿う中央部、および両端部の少なくとも3箇所に、それぞれ電場分布の変化を測定するためのアンテナ6が設置されている。
【解決手段】真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴1と、この加速器空胴1内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極2と、上記ドリフトチューブ電極2間のギャップ4に生じる電場の分布を調整する複数のチューナ5とを備えるとともに、加速器空胴1の荷電粒子軸方向(Z軸方向)に沿う中央部、および両端部の少なくとも3箇所に、それぞれ電場分布の変化を測定するためのアンテナ6が設置されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速器空胴内で荷電粒子進行方向に磁場を励起させるTEモード(Hモード)により、荷電粒子進行方向に複数配列したドリフトチューブ電極間に間接的に加速電場を発生させて荷電粒子を加速するHモード型ドリフトチューブ線形加速器、およびその電場分布調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Hモード型ドリフトチューブ線形加速器においては、共振器としてHモードを励起させる加速器空胴内に、荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿って1対以上のドリフトチューブ電極間にギャッブを存して配列し、間接的にドリフトチューブ電極間のギャップに加速電場を発生させて荷電粒子を加速する。
【0003】
各ドリフトチューブ電極は、内部が空胴の円筒形状であり、一対のドリフトチューブ電極(セルと称する)の円筒肉厚部で発生する電場により荷電粒子に加速エネルギを付与し、加速後の荷電粒子はドリフトチューブ電極内部を通過する。この場合、加速器空胴内には磁界が空胴中心を中心として同心状に発生していることから、この磁界に起因して加速器空胴内に発生する電場分布は、Hモードにより、加速器空胴の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に対して、両端部で最小、中央部で最大となる正弦波状の分布となる。
【0004】
上記の加速器空胴内の電場分布は、当該空胴内にドリフトチューブが配置されていない状態であり、加速器空胴内にドリフトチューブ電極が配置される場合には、同空胴内の入射端側は出射端側に比べて荷電粒子は未加速でその速度が遅いため、ドリフトチューブ電極の長さは短くなるように設計されるので、加速器空胴内の入射端側にドリフトチューブ電極の数が相対的に多くなることから、入射端側の静電容量が増大し、上記の電場分布は入射端側で最大となる。
【0005】
このような加速器空胴の入射端側での電場分布の集中は、例えばドリフトチューブ電極の相互間の放電や、加速器空胴の発熱をもたらし、安定して線形加速器を利用するのに支障をきたす原因となる。そのため、加速器空胴の内径やチューナ等を最適に設計するなどにより、各ギャップの電場強度の最大値が加速器空胴の両端部を除き一定(フラット)になるように電場分布を調整することが必要となる。
【0006】
ところで、荷電粒子が各ギャップの中央に来たときの高周波位相を同期位相と呼ぶが、同期位相の選び方により荷電粒子は収束および発散の作用を受ける。ここで、高周波位相は−90度から+90度の180度を1周期とし、電場強度はコサイン波形で発生するものとする。
【0007】
荷電粒子進行方向(Z軸方向)には位相安定性の原理から負の位相(−90度から0度)を選択することで収束することが知られている。これは、負の同期位相とは電場強度が時間と共に増大する領域であるため、先にギャップを通過した粒子を後からギャップに到着した粒子がより強い電場強度を受けて追いつくことで収束するためである。これとは逆に、正の位相(0度から90度)では荷電粒子進行方向に発散する。
【0008】
一方、Z軸方向と直交する径方向にはドリフトチューブ電極間に発生する電気力線形状から正の位相(0度から+90度)を選択することで収束することが知られている。これは、電気力線の形状がギャップ前半部は径方向中心向き、ギャップ後半部は径方向外側向きの湾曲形状であり、正の同期位相によりギャップ後半部よりも前半部に強い電場強度を受け粒子は径方向に収束するためである。これとは逆に、負の位相(−90度から0度)では発散する。
【0009】
このように、正の同期位相の場合は、荷電粒子進行方向に発散し、径方向には逆に収束する。負の同期位相の場合は、荷電粒子進行方向に収束し、径方向には発散する。したがって、同期位相の符号を数セル周期で変化させることにより、荷電粒子進行方向および径方向の両方に収束することができる。
【0010】
このような自己収束法の一つにAPF(Alternating Phase Focused)法がある。このAPF法を適用するHモード型ドリフトチューブ線形加速器は、本来、加速のみに使用していた加速電場を、収束・発散にも使用するため、電場分布の設計値に対する製作許容値(すなわち、加速器空胴の製作精度)はより厳しいものとなる。
【0011】
そのため、従来技術では、チューナを用いた電場分布調整方法(例えば、下記の特許文献1参照)や、ドリフトチューブ電極の形状による電場分布調整方法(例えば、下記の特許文献2参照)、あるいは、一度確定した電場分布を変化させないように共振周波数のみを調整する方法(例えば、下記の特許文献3参照)などがそれぞれ提案されている。
【0012】
このように、各ギャップでの電場強度の最大値が加速器空胴の両端部を除き一定(フラット)になるように電場分布の調整を行うためには、その前提として、予め加速器空胴内のドリフトチューブ電極間に発生する電場分布を測定する必要がある。そのための電場分布測定法として、周知の摂動法がある。この摂動法は、加速器空胴内の荷電粒子加速軸上に沿って微小の測定球を挿入し、このときに生じる電場の乱れにより加速器空胴内に蓄積されたエネルギを微小変動させ、これに伴って共振周波数が変化することを利用して、共振周波数の変化量から測定球を配置した場所の電場強度を求める方法である。
【0013】
この摂動法を適用する際には、加速器空胴内に測定球を挿入するために、摂動球を糸の一端に接着固定し、その糸の他端を加速器空胴の外部に配置されたモータに連結し、モータを回転させることで糸に固定された摂動球が加速器空胴内に挿入されるようになっている(例えば、下記の非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2007−157400号公報
【特許文献2】特開2006−351233号公報
【特許文献3】特開2007−87855号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Y.Iwata,et.al., NIM A 569(2006)685−696(4. Measurements of the electric field)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記のような摂動法を採用して加速器空胴内の電場分布を測定する場合には、加速器空胴の外部から摂動球を挿入する必要があるため、加速器空胴の内部は大気圧中に保持される。したがって、加速器空胴内が真空引きされた状態で高周波電力を投入して線形加速器を実際に運転する際には、そのときの電場分布を全く測定することができない。
【0017】
このため、例えば、加速器空胴の構造の経時変化や熱的変化等に起因して、運転中に電場分布が変化して仕様を満たす荷電粒子が出射されない等の問題が発生した場合、従来は、加速器空胴の前後に接続されている機器を全て取り外し、真空を解除してから、例えば摂動法により加速器空胴内の電場分布を再度測定して加速器空胴内のドリフトチューブ電極間に発生する電場分布が設計通りになっているかを確認する必要が生じ、測定、確認のために余分な手間がかかるなどの不具合を生じていた。
【0018】
本発明は、上記の課題を解決し、Hモード型ドリフトチューブ線形加速器の運転中でも、加速器空胴内に発生する電場分布の変化の有無をリアルタイムで観測することができて故障の早期発見等に役立てることができ、また、電場分布の調整を容易に行えるようにして調整の手間を軽減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に係るHモード型ドリフトチューブ線形加速器は、真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるとともに、上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿う中央部、および両端部の少なくとも3箇所に、それぞれ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係るHモード型ドリフトチューブ線形加速器は、真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成するドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるとともに、上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿って、各チューナの設置位置に個別に対応してチューナ数と同数分だけ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴としている。
【0021】
また、本発明に係るHモード型ドリフトチューブ線形加速器における空胴内電場分布調整方法は、上記加速器空胴内の電場分布を調整するための方法であって、当該線形加速器の製作時に摂動法に基づいて電場分布を測定し、その測定結果に基づいて上記チューナで電場分布の調整を行い、電場分布調整後のアンテナ出力が全て所定値内に収まるように予め調整する第1のステップと、この第1のステップの後に上記加速器空胴内を真空引きして上記ドリフトチューブ電極間に加速電界を発生させた運転中にアンテナ出力を測定する第2のステップと、そのアンテナ出力の測定値の変動量が設定値以上になっている場合には、各チューナの挿入量を変化させて変動量が設定値に収まるように調整する第3のステップと、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、アンテナ出力による測定値に基づく電磁場強度から電場分布変化を換算することで、線形加速器の運転中であっても電場分布の変化をリアルタイムで確認することができる。これにより、故障の発生を早期に検出することができ、迅速な対処が可能になる。また、電場分布の調整を容易に行えるため、従来に比べて調整の手間を軽減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態1におけるHモード型ドリフトチューブ線形加速器の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿う断面図である。
【図2】図1のX−X線に沿う断面図である。
【図3】摂動法による電場分布の測定結果の一例を示す図である。
【図4】図3の電場分布から算出される電圧分布の一例を示す図である。
【図5】図4の電圧分布から算出される電圧の差異分布の一例を示す図である。
【図6】チューナで電場分布を調整した後の状態で、アンテナ出力を調整した際に得られたアンテナ出力分布の一例を示す図である。
【図7】熱的影響で加速器空胴の出射端部側の内周壁が拡径した場合の電場分布の計算値の一例を示す図である。
【図8】熱的影響で加速器空胴の入射端部側と出射端部側の両内周壁が共に拡径した場合の電場分布の計算値の一例を示す図である。
【図9】図7に対応して加速器空胴の出射端部側の内周壁が拡径した場合のアンテナ出力分布を示す図である。
【図10】図8に対応して加速器空胴の入射端部側と出射端部側の両内周壁が共に拡径した場合のアンテナ出力分布を示す図である。
【図11】各チューナを加速器空洞内の基準位置から所定量だけ挿入したことに伴うドリフトチューブ電極間の電圧の差異分布の計算値を示す図である。
【図12】加速器空洞内の各ドリフトチューブ電極間の電場分布を調整するための手順を示すフローチャートである。
【図13】本発明の実施の形態2におけるHモード型ドリフトチューブ線形加速器の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿う断面図である。
【図14】チューナの挿入量が変動した場合の摂動法による電場強度分布の測定結果の一例を示す図である。
【図15】図14に対応してチューナ挿入量の変動に伴うアンテナ出力分布を示す図である。
【図16】電場分布変化測定用としてC型アンテナを使用した場合のHモード型ドリフトチューブ線形加速器の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
実施の形態1.
図1は、この実施の形態1におけるHモード型ドリフトチューブ線形加速器の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿う断面図、図2はZ軸方向と直交するX−X線に沿う断面図である。
【0025】
この実施の形態1のHモード型ドリフトチューブ線形加速器(以下、単に線形加速器という)は、真空容器と共振器とを兼ねた中空の加速器空胴1を備え、この加速器空胴1は、荷電粒子進行方向(Z軸方向)の前後に荷電粒子の通過孔を有する入射端部11と出射端部12とが設けられ、また、入射端部11側から出射端部12側に向けて延びる胴部13の内周面は、出射端部12に向けて次第に拡径されるように傾斜面として形成されている。
【0026】
そして、この加速器空胴1の内部の空間には、Z軸方向に沿って複数(本例では6個)のドリフトチューブ電極2が所定のギャップ4を存して順次配置されている。なお、本発明内容の理解を促す上で、各々のドリフトチューブ電極2を区別する必要があるときには符号DT1〜DT6を、また、各ギャップ4を区別する必要があるときには符号G1〜G5をそれぞれ使用する。
【0027】
ここに、荷電粒子は出射端部12側に近づくにつれて速度を増すため、各ドリフトチューブ電極2の長さは、入射端部11側から出射端部12側に向けて次第に長くなるように設定されている。また、各ギャップ4も同様に、入射端部11側から出射端部12側に向けて次第に長くなるように設定されている。
【0028】
そして、各ドリフトチューブ電極2は、加速器空胴1の胴部13から径方向内方に突出したステム3により片持ちで支持されている。この場合、各ドリフトチューブ電極2を支持するステム3は、Z軸方向に沿って左右交互となるように配置されている。
【0029】
互いに隣り合うドリフトチューブ電極2間の各ギャップ4にはZ軸方向に加速電場が形成されており、荷電粒子はこの加速電場によって加速器空胴1の入射端部11側から出射端部12側に向けて加速される。
【0030】
また、加速器空胴1の胴部13には、電場分布調整用の複数個(ここで4個)のチューナ5と、電場分布変化測定用の複数個(ここでは3個)のL型(インダクタンス型)ループアンテナ(以下、単にアンテナという)6とが設けられて胴部13の空間内方に突出している。なお、本発明内容の理解を促す上で、各チューナ5を区別する必要があるときには符号T1〜T4を、また、各アンテナ6を区別する必要があるときには符号A1〜A3をそれぞれ使用する。
【0031】
各チューナ5は、各ドリフトチューブ電極2を支持するステム3の取り付け方向に対して90度回転した方向から、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切るように、上下交互に取り付けられている。なお、各チューナ5の取り付け形態は、必ずしもこのようにZ軸方向に沿って上下交互に配置した構成に限られるものではなく、全てのチューナ5を加速器空胴1のZ軸方向に沿って全て同じ上方向あるいは下方向から設置してもよい。また、チューナ5の個数も、必ずしもこの実施の形態1のように4個に限定されるものではない。
【0032】
加速器空胴1の共振周波数、および各ドリフトチューブ電極2間の電圧の設計値からのずれは、加速器空胴1の製作時の精度誤差により引き起こされるが、このずれは、各チューナ5をZ軸方向と直交する方向に沿って胴部13内方に向けて挿入する挿入量を変えることにより調整される。
【0033】
また、各アンテナ6(A1〜A3)は、Z軸方向に沿う1番目、3番目、および5番目の各ギャップ4(G1,G3,G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切るように、同一の方向(ここでは下方向)から取り付けられている。なお、各アンテナ6の取り付け形態は、必ずしもこれに限られるものではなく、Z軸方向に沿って上下交互に配置した構成とすることも可能である。また、アンテナ6の個数も必ずしもこの実施の形態1のように3個に限定されるものではない。
【0034】
各アンテナ6は、加速器空胴1の胴部13の内周面から内方に突出して配置されたループ部61と、各アンテナ6が共通のアンテナ出力(例えば30V)となるようにその減衰率を調整する調整機構62とを備え、調整機構62が加速器空胴1の胴部13に取り付けられている。この場合の調整機構62としては、各アンテナ6のループ部61で囲まれる内側の断面積を変更できる構造、もしくはループ部61を回転してループ部61の実質断面積(Z軸方向に対して直交する面にループ部を投影したときのループ面積)を変更させる構造等が採用される。
【0035】
そして、各アンテナ6は、そのループ部61を通る磁場の時間変化からファラデーの法則よりループ内に誘起される電圧が測定される構造であって、加速器空胴1内の電場分布の変化は、これらの各アンテナ出力により測定される。
【0036】
次に、ドリフトチューブ電極2間に発生する加速電場と、各アンテナ6で測定される電磁場強度との関係を説明する。
【0037】
左右のドリフトチューブ電極2間のギャップ4の中央(すなわち、各セルの中央)をZ軸方向に直交して横切る位置での加速器空胴1の内周の断面積をS、そのときのギャップ4(ギャップ長l)に発生する電場強度をEとすると、これら間には次の(1)式に示すような関係式が成り立つ。
【0038】
【数1】
【0039】
ここに、Bcavityは加速器空胴1内の磁束密度で、ドットは時間微分を表す。Sは加速度器空胴の内周の断面積である。そして、上記(1)式の左辺は、各セルのギャップ4に発生する電圧となり、右辺はそのセルでの加速器空胴1の断面積内の磁場の時間変化である。
【0040】
一方、アンテナ6も同様、ループ部61のループ面積をA、測定される電圧をV、ループ内の磁場をBloopとすると、これらの間には、次の(2)式に示す関係式が成り立つ。
【0041】
【数2】
【0042】
加速器空胴1の断面積内の磁場(加速器空胴断面磁場強度)と、ループ内磁場(ループ断面磁場強度)との関係は、次の(3)式に示す減衰率の関係があるため、アンテナ6により測定される電圧Vの値は、ドリフトチューブ電極2間に発生する電圧によって決定される。
【0043】
【数3】
【0044】
この線形加速器の製作直後において、電場分布変化を測定するためにアンテナ6の先端部を加速器空胴1の内方に深く挿入すると、強い磁場により一般の測定器では観測することができないほどの電圧を出力する。その対策として、アンテナ6からの大出力をアッテネータ等により減衰して測定することも可能であるが、アンテナ6の先端部と加速器空胴1内に配置されたドリフトチューブ電極2などの内蔵物と間に不要の電気容量を発生させることは線形加速器の性能を落とすことにつながり適切でない。そのため、アンテナ6の先端部は、加速器空胴1の内周面近く、もしくはポート内に設置する。
【0045】
そのように設置すると、ループ内磁場と加速器空胴1の断面積に発生する磁場は、必ずしも上記(3)式の減衰率で表される関係とならないため、その状態では、アンテナ6の測定値に基づいて各ドリフトチューブ電極2間に発生する電場を精度よく測定することが難しい。
【0046】
したがって、製作直後に電場分布調整を行う際には、予めチューナ5で電場分布を調整しつつ、摂動法により電場分布を測定してその状態を確認する必要があるが、一旦、摂動法により電場分布を調整した後の電場分布の変化は、アンテナ6により十分観測可能である。以下、この点について説明する。
【0047】
摂動法では、微小の摂動球をステッピングモータ等により摂動球位置を管理し、そのときの加速器空胴1内の共振周波数の変化から電場強度を算出するため、ドリフトチューブ電極2間での詳細な電場分布を測定することができる。
【0048】
図3は、線形加速器の製作直後にチューナ5で電場分布を調整した後に、摂動法により電場分布を測定して得られた結果の一例である。なお、図3において、電場分布がゼロである箇所は各ドリフトチューブ電極2の設置箇所に対応しており、電場が発生している箇所は主にギャップ4である。しかし、ドリフトチューブ電極2内にも発生電場がしみこむため、微小に電場が発生している箇所はドリフトチューブ電極2の端部となっている。
【0049】
図3中、破線A−A’は放電限界電場強度を示しており、この放電限界電場強度は、キルパトリック放電限界の何倍かで表現することが一般的であり、通常1.6〜1.8倍であるが、設計者により決定される値である。また、加速器空胴1の両端部11,12近傍のギャップ4(G1,G5)での最大電場強度は、その他のギャップ4(G2〜G4)での半分程度になることが知られている。これは、加速器空胴1の両端は、端部11,12が存在することにより磁場の流れが他の箇所とは異なることに起因している。
【0050】
ドリフトチューブ電極2間の放電に寄与するのは電場強度であり、放電限界電場強度を超えず、かつ加速器空胴1の両端部11,12近傍のギャップ4(G1,G5)を除き、各ギャップ4(G2〜G4)での最大電場強度が一定になるように加速器空胴1の内径が設計されるとともに、製作後はチューナ5により電場分布を調整する。
【0051】
図4は、図3に示した電場分布から各ドリフトチューブ電極2間の電場強度をそのギャップ長で積分して得られる電圧分布(荷電粒子に対する加速エネルギに相当)を示したものである。
【0052】
ドリフトチューブ電極2間の放電を防いで効率よく加速するために粒子速度に比例してドリフトチューブ電極2間のギャップ4の長さを広げることで、図3に示したように、両端部を除き各セルでの最大電場強度を一定にしてあるので、電圧分布は図4に示されるように、最初と最後のギャップ4(G1,G5)をのぞきZ軸方向に対してリニアとなっている。なお、この実施の形態1では電場分布が一定に傾斜するようにしているが、電圧分布が一定となるよう設計されたHモード型線形加速器でもかまわない。
【0053】
電圧設計値は、実運転時の電力を投入した場合における発生電圧を計算により求めることができるのに対し、摂動法に基づく電圧測定値は、真空に引けないなどの装置の都合上、低い電力しか投入できず、しかも相対値しか得られないため、両者の単純比較はできない。
【0054】
そこで、下記の(4)式に示すように、各セルの電圧の総和で規格化したものに置き換えて、両者を比較することとする。
【0055】
【数4】
【0056】
これを用いて、セル番号cにおける電圧の差異分布を下記の(5)式により定義する。
【0057】
【数5】
【0058】
これらの各差異分布が全て所定の範囲内に収まるように製作時にチューナ5により調整される。
【0059】
図5は、チューナ5により差異分布が仕様値(±5%)以内になるように調整した結果である。なお、±5%以内という仕様値は、APF法を取り入れた線形加速器が仕様を満たす為の一般的な値である。
【0060】
図6は、上記のようにして電場分布が略一定になるようにチューナ5により調整した後、各アンテナ6の出力が全て30Vになるように各ループ部61の面積を前述のアンテナ調整機構により調整した後の結果を示している。
【0061】
以上は、線形加速器の製作直後の電場分布の調整、すなわち、予めチューナ5で電場分布を調整し、摂動法により電場分布を測定して分布状態の確認を行う際の手順の説明である。
【0062】
次に、上述のようにして、線形加速器の電場分布を調整した後は、粒子加速運転のために加速器空胴1内を真空引きした後、高電力を投入することになるが、上記のように予め電場分布を調整しておけば、その後の運転中の電場分布の変化は、真空状態を破らずにアンテナ出力に基づいて十分観測可能である。次に、この点について説明する。
【0063】
線形加速器の運転中に電場分布が変化する要因としては、(1)加速器空胴1の熱的変化、(2)チューナ5の挿入量の変動、(3)ドリフトチューブ電極2の設置位置の変動によるギャップ長の変化があるが、この実施の形態1の線形加速器は、(1)〜(3)の要因の内、特に上記(1)の加速器空胴1の熱的変化に起因した電場分布変化を早期に観測できるものである。
【0064】
すなわち、Z軸方向で胴部13の肉厚が異なる加速器空胴1に大電力を投入すると、加速器空胴1の本体冷却配管の設置溶接の不備等のために、入射端部11側、もしくは出射端部12側、さらには両端部11,12側がタンク発熱により拡大する(反る)ことがある。
【0065】
線形加速器が大電力を投入した状態にある運転中の電場分布は、加速器空胴1内が真空状態に保持されているため、摂動法では測定することができないので、ここでは、発熱量を計算して熱膨張率から電力を投入したときの加速器空胴1の空胴径の変化を推測し、3次元電磁場解析によりシミュレーションして加速器空胴1に発生する電場分布を算出した。その結果を図7および図8に示す。
【0066】
図7は加速器空胴1の出射端部12側の空胴径のみが膨張した場合、図8は入射端部11側と出射端部12側の両方の空胴径が共に膨張した場合の、それぞれの電場分布をシミュレーションして得られた計算結果を示している。
【0067】
加速器空胴1の内径の一部が他よりも大きく拡大した場合、加速器空胴1内に発生する磁場分布が変化し、(1)式から分かるように、拡大した箇所の電場強度が増大する。すなわち、加速器空胴1の出射端部12側が拡大した場合、出射側の電場分布も加速器空胴1の拡大に伴い増大する(図7)。同様に、加速器空胴1の入射端部11側が拡大した場合には、入射側の電場分布も加速器空胴1の拡大に伴い増大する。また、加速器空胴1の両端部11,12側がともに拡大した場合には、加速器空胴1の両端部の電場が増大して中央部が相対的に低下する谷形状となる(図8)。
【0068】
図9および図10はこのとき実際に観測されたアンテナ出力を示す。なお、図9は図7の場合(加速器空胴1の出射端部12側の空胴径のみが膨張した場合)に、図10は図8の場合(加速器空胴1の両端部11,12が共に拡大した場合)にそれぞれ対応している。
【0069】
図7および図8およびこれに対応する図9および図10の関係から分かるように、線形加速器の運転中、高電力を投入したことに伴う加速器空胴1の熱的変化に起因して電場分布が変化した場合、加速器空胴1の中央部のギャップ4(G3)、および両端部11,12近傍のギャップ4(G1,G5)にそれぞれ対応した位置に配置した計3つのアンテナ6(A1〜A3)によってその出力を測定することにより、その電場分布の変化の特徴を真空を破らずに把握することができる。これにより、従来のように、加速器空胴1前後に接続されている機器を全て取り外して真空を解除する手間が不用となり、装置故障の早期発見を行うことができる。
【0070】
さらに、例えば図9、図10のようなアンテナ出力が得られた場合、電場分布の変化に対応して各チューナ5の挿入量を調整して仕様値からのずれを補正するための自動フィードバック制御をかけるようにすれば、常に安定した運転を確保した線形加速器を得ることができる。そのためには、各チューナ5の加速器空胴1の径方向への挿入量が各ドリフトチューブ電極2の電圧にどのように影響を与えるかを計算もしくは測定をして求め、チューナ挿入量と電圧変化との関係(以下、チューナ効果という)をデータベースして予め確保しておくことが必要となる。
【0071】
そこで、次に上記のチューナ効果、すなわち各チューナ5について、チューナ5の加速器空胴1の径方向への挿入量が各ドリフトチューブ電極2の電圧にどのように影響を与えるかを、加速器空胴11内の電磁界解析(計算)、もしくは製作した加速器空胴1を実際に用いた測定により求める方法について説明する。
【0072】
チューナ5を加速器空胴1内に挿入すると、加速器空胴11内の磁界分布が変化し、挿入したチューナ5の近くに配置されているドリフトチューブ電極2間の電場強度(積分した電圧)は(1)式から分かるように下がり、それ以外の部分のドリフトチューブ電極2間の電場強度(積分した電圧)は上がる方向に変化する。
【0073】
ここで、チューナ5の挿入量が加速器空胴11の内径と比較して十分小さい範囲内では、その電圧変動はチューナ5の挿入量にほぼ比例する。また、加速器空胴1内の磁界の変化は、各チューナ5の寄与による磁界変化をそれぞれ加算した総和であるため、ドリフトチューブ電極2間の電圧変化も、各チューナ5の寄与による電圧変化をそれぞれ加算した総和により求めることができる。なお、チューナ5を加速器空胴1から引き出す場合には、これとは逆の傾向となる。
【0074】
以上の関係を用いて、各チューナ5(T1〜T4)の加速器空胴1の径方向への挿入量が各ドリフトチューブ電極2間の電圧にどのような影響を与えるかを、各々のチューナ5について代表的な1つのケースについて計算により、あるいは測定により求めてデータベース化しておけば、各チューナ5について個々に挿入量を設定した時の、各々のドリフトチューブ間の電圧を算出することが可能となる。
【0075】
図11は、上記に述べた考えに従って、代表的な1つのケースとして、個々のチューナ5(T1〜T4)について、加速器空胴1の内周面からd=30mm挿入したときを基準位置として、この基準位置から更に20mmだけ挿入した場合に、各ドリフトチューブ電極2間の電圧の差異分布[ΔV/V]((5)式参照)を計算により求めたものである。なお、図中の横軸のP1〜P4は、各チューナ5の設置位置に対応している。したがって、図11において、例えば一つのチューナT1(位置P2)を基準位置から20mmだけ挿入した場合、T1のチューナに対応した差異分布は−22%、T2のチューナに対応した差異分布は−11%、T3のチューナに対応した差異分布は5%、T4のチューナに対応した差異分布は12%となる。そして、この図11の関係をチューナ効果としてデータベース化する。
【0076】
次に、ドリフトチューブ電極2間の電圧変化を求めたのと同様にして、各チューナ5(T1〜T4)について、加速器空胴1の径方向への挿入量が共振周波数に与える影響を加速器空胴1内の電磁界解析(計算)、もしくは製作した加速器空胴1を実際に用いて測定により求める。
【0077】
各チューナ5を1mm挿入した場合の共振周波数の変化量を表1に示す。ここでも、チューナ5の挿入量が小さいときには、共振周波数の変動はチューナ5挿入量にほぼ比例し、また、全チューナ挿入による共振周波数の変動は、各チューナ5の挿入による共振周波数変動分の総和にて表現できる。
【0078】
【表1】
【0079】
【数6】
【0080】
上記(6)式において、右辺の第1項は各チューナ5の挿入量がドリフトチューブ間の電圧変化に与える影響を表現したものであり、また、右辺の第2項はチューナ5の挿入量を変化させずに加速器空胴1に熱的変化のみが生じた場合の影響を表現したものである。
【0081】
そして、差異分布、および共振周波数が仕様値の範囲内となるように、全チューナ5の挿入量を設定する。すなわち、(6)式において、各アンテナ6の出力信号から得られる差異分布を(6)式の右辺第2項に置き換えることで、加速器空胴1本体の熱的変化の影響を反映させ、また、(6)式の右辺第1項については、各チューナ5の挿入量(Δd1,Δd2,・・・,Δdt)を網羅的に組み合せたものを用いて計算を行うことで、左辺の差異分布が仕様値(±5%以下)内となるような各チューナ5の挿入量の組み合わせを見つけ出す。これによって各チューナ5の挿入量のフィードバック制御が可能となる。
【0082】
例えば、上記より、図9の変化の場合には、各チューナ5(T1〜T4)の挿入量を(Δd1,Δd2,Δd3,Δd4)=(−1.9mm,21.4mm,6.4mm,20.6mm)にすると、(6)式の左辺の差異分布が仕様値(±5%以下)内となる。また、図10の変化の場合には、各チューナ5(T1〜T4)の挿入量を(Δd1,Δd2,Δd3,Δd4)=(6.5mm,18.1mm,7.9mm,15.4mm)にすると、(6)式の左辺の差異分布が仕様値(±5%以下)内となる。
【0083】
図12は、上述した線形加速器の製作時における電場分布の調整、および線形加速器の実運転時に加速器空胴1の熱的変化に起因した電場分布の変化をアンテナ6で測定して自動調整する場合の手順を示すフローチャートである。なお、図中の符号Sは各処理ステップを意味する。
【0084】
図12のフローチャートに沿って、再度、その電場分布の調整手順の概略を説明すると、線形加速器の製作直後には、各ドリフトチューブ電極2に基づく電場分布が均一になるように調整する必要がある。そのため、まず、摂動法により電場分布を測定し(例えば図3)(S11)、セルごとに積分して電圧分布を算出する(例えば図4)(S12)。続いて、セルごとに設計値との差異分布を算出する(例えば図5)(S13)。そして、差異分布が仕様値(例えば±5%)以内に収まっているか否かを判断する(S14)。
【0085】
このとき、各セルの差異分布が仕様値以内であれば、電場分布が均一になるように既にチューナ5で調整済みと考えられるため、各アンテナ6の出力が全て所定値(例えば30V)となるように調整する(S15)。
【0086】
一方、S14において、差異分布が仕様値(例えば±5%)以内に収まっていなければ、未だ電場分布が均一になるように調整されていないため、各チューナ5の挿入量を変化させて前述の(6)式で示される差異分布が仕様値に収まるように調整する(S16)。その際、各チューナ5の挿入量の調整は、予めデータベースに登録されているチューナ効果の情報を参照して行うことも可能である。そして、再度S11に戻りS14までを繰り返す。
【0087】
線形加速器の製作後の電場分布が調整された後は、線形加速器は実運転されることになるが、その場合、高電力を投入したことに伴う加速器空胴1の熱的変化に起因して電場分布が変化したか否かを調べるためには、まず、アンテナ出力を測定する(S21)。そして、アンテナ出力の変動が設定値(例えば±5%)以上になっているか否かを判断する(S22)。
【0088】
このとき、アンテナ出力の変動が設定値(例えば±5%)以上であれば、熱的変化に起因して電場分布が変化したと判断できる。そのときには、各チューナ5の挿入量を変化させて前述の(6)式で示される差異分布が仕様値に収まるように調整する(S23)。その際、各チューナ5の挿入量の調整は、予めデータベースに登録されているチューナ効果の情報を参照して行う。したがって、線形加速器の実運転中は、加速器空胴1内の真空を破らずに電場分布が正常であるか否かを判断できるとともに、チューナ効果を登録したデータベースを利用すれば、電場分布の調整を自動的にフィードバック制御することが可能となる。
【0089】
実施の形態2.
図13は、この実施の形態2における線形加速器の荷電粒子軸方向(Z軸方向)に沿う断面図であり、図1に示した実施の形態1と対応もしくは相当する構成部分には同一の符号を付す。
【0090】
この実施の形態2の線形加速器において、各チューナ5は、実施の形態1の場合と同様、各ドリフトチューブ電極2を支持するステム3の取り付け方向に対して90度回転した方向から、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切るように、上下交互に取り付けられている。しかし、各アンテナ6については、実施の形態1の場合と異なり、各チューナ5の設置位置に個別に対応して同数のアンテナ6(A1〜A4)が設置されている。
【0091】
すなわち、この実施の形態2では、アンテナ6の数は、チューナ5の数と同数であって、各アンテナ6は、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切って、各チューナ5と個別に対向するように、Z軸に沿って上下交互に取り付けられている。しかも、その場合、各アンテナ6は、共通のアンテナ出力(例えば30V)となるように減衰率を調整する調整機構62を介して取り付けられている。
【0092】
なお、アンテナ6の取り付け形態は、必ずしもこのようにチューナ5とギャップ4を挟んで対向した位置に配置した構成に限られるものではなく、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切る面内であれば、いずれの角度に配置してもよい。また、チューナ5とアンテナ6の個数も必ずしもこの実施の形態2のように各4個に限定されるものではない。
その他の構成、およびアンテナ6の作用は実施の形態1と同様であるから、ここでは詳しい説明は省略する。
【0093】
ここで、線形加速器の運転中に電場分布が変化する要因として、前述したように(1)加速器空胴1本体の熱的変化、(2)チューナ5の挿入量の変動、(3)ドリフトチューブ電極2の設置位置変動によるギャップ長の変化があるが、この実施の形態2の線形加速器は、上記(1)〜(3)の要因の内、特に(1)に加えて(2)の要因、すなわちチューナ5の挿入量の変化に起因した電場分布変化を早期に観測できるものである。
【0094】
各チューナ5は、その挿入量を変えることで加速器空胴1の空胴断面積が減少してその領域の電場分布を低減することができる。そのため、チューナ5の加速器空胴1への挿入量は、随時変更できる構造であることが一般的である。そして、電場分布の調整後は、挿入量が変化しないようにロック機構によってロックされるが、加速器運転中には、何らかの影響でロック機構が緩んでチューナ5の挿入位置が変化して電場分布が変化することがある。
【0095】
図14は、あるギャップ位置に対応したチューナ5(ここではギャップG4の対応位置にあるチューナT3)のロックが緩んで、加速器空胴1内部にチューナT3が引き込まれ、挿入量が大きくなった場合の摂動法による電場強度分布の測定結果の一例を示したものである。
【0096】
なお、図14での電場分布がゼロの箇所はドリフトチューブ電極2部の位置に対応しており、電場が発生している箇所がギャップ4の位置であるが、ドリフトチューブ電極2内にも発生電場がしみこむため、微小に発生している箇所はドリフトチューブ電極2の端部となる。そして、図14のように、チューナT3の挿入量が大きくなったギャップG4の箇所では電場強度が低下し、代わりに他の電場強度は増大する。
【0097】
図15はこのとき実際に観測されたアンテナ出力の値を示す。この場合、各アンテナ6は各チューナ5に個別に対応した位置に設置されているため、チューナ5の挿入量の変動に起因した電場分布変化の特徴を観測することができる。そのため、いずれのチューナ5の挿入量の変化に起因して電場分布が変化したかを早期に発見することができる。
【0098】
さらに、例えば図15に示すようなアンテナ出力が得られた場合、電場分布の変化に対応して各チューナ5の挿入量を調整して仕様値からのずれを補正するための自動フィードバック制御をかけるようにすれば、常に安定した運転を確保した線形加速器を得ることができる。そのためには、チューナ効果を計算もしくは測定することで得られるデータベースが必要となるが、その場合のデータベースの入手方法は、前述の実施の形態1と同様であるからここでは詳しい説明は省略する。
【0099】
そして、図15に示したように、アンテナ6による出力信号が設定値(±5%)以上の変動を示した場合、出力信号が設定値以下になるように先のチューナ効果のデータベースに基づいてチューナ5の挿入量を算出し、自動フィードバックを実施する。
【0100】
図15の場合、チューナ5(T3)を挿入したために、28.5Vと当初から−5%変化したことが分かる。したがって、図11より基準位置から20mm挿入したときの位置P4における変化が約−5%であることから、このチューナT3を20mmだけ加速器空胴1から引き出せばよい。
【0101】
さらに、どのチューナが変化したかわからない場合であっても、実施の形態1の数6により、必ずしもチューナ挿入量を当初の調整位置に戻さなくても、データベースに基づき再調整した結果±5%の電場分布になればよい。
【0102】
なお、上記の各実施の形態1、2において、アンテナ6としてL型(インダクタンス型)ループアンテナを使用しているが、アンテナの形状は、このようなものに限定されるものではなく、例えば、図16に示すようなC型(容量型)アンテナ7を適用することもできる。
【0103】
すなわち、C型アンテナ7のアンテナ部71は、ループではなく単純な棒状のものであって、棒状のアンテナ部71の先端と加速器空胴1の内蔵物との間に静電容量が発生し、この静電容量によって電荷が蓄積されて電圧が発生するので、この電圧が測定される。このようなC型アンテナ7を使用にしても、加速器空胴1内の真空を保持したままで電場分布の変化の有無を測定できるとともに、アンテナ自身を単純化することができる。
【0104】
さらに、本発明は、このようなL型ループアンテナやC型アンテナ7に限らず、加速器空胴1内に発生する電磁場強度を抽出できるアンテナであれば、その構造は特に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0105】
1 加速器空胴、2(DT1〜DT6) ドリフトチューブ電極、
4(G1〜G5) ギャップ、5(T1〜T4) チューナ、
6(A1〜A4) L型ループアンテナ、7 C型アンテナ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速器空胴内で荷電粒子進行方向に磁場を励起させるTEモード(Hモード)により、荷電粒子進行方向に複数配列したドリフトチューブ電極間に間接的に加速電場を発生させて荷電粒子を加速するHモード型ドリフトチューブ線形加速器、およびその電場分布調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Hモード型ドリフトチューブ線形加速器においては、共振器としてHモードを励起させる加速器空胴内に、荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿って1対以上のドリフトチューブ電極間にギャッブを存して配列し、間接的にドリフトチューブ電極間のギャップに加速電場を発生させて荷電粒子を加速する。
【0003】
各ドリフトチューブ電極は、内部が空胴の円筒形状であり、一対のドリフトチューブ電極(セルと称する)の円筒肉厚部で発生する電場により荷電粒子に加速エネルギを付与し、加速後の荷電粒子はドリフトチューブ電極内部を通過する。この場合、加速器空胴内には磁界が空胴中心を中心として同心状に発生していることから、この磁界に起因して加速器空胴内に発生する電場分布は、Hモードにより、加速器空胴の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に対して、両端部で最小、中央部で最大となる正弦波状の分布となる。
【0004】
上記の加速器空胴内の電場分布は、当該空胴内にドリフトチューブが配置されていない状態であり、加速器空胴内にドリフトチューブ電極が配置される場合には、同空胴内の入射端側は出射端側に比べて荷電粒子は未加速でその速度が遅いため、ドリフトチューブ電極の長さは短くなるように設計されるので、加速器空胴内の入射端側にドリフトチューブ電極の数が相対的に多くなることから、入射端側の静電容量が増大し、上記の電場分布は入射端側で最大となる。
【0005】
このような加速器空胴の入射端側での電場分布の集中は、例えばドリフトチューブ電極の相互間の放電や、加速器空胴の発熱をもたらし、安定して線形加速器を利用するのに支障をきたす原因となる。そのため、加速器空胴の内径やチューナ等を最適に設計するなどにより、各ギャップの電場強度の最大値が加速器空胴の両端部を除き一定(フラット)になるように電場分布を調整することが必要となる。
【0006】
ところで、荷電粒子が各ギャップの中央に来たときの高周波位相を同期位相と呼ぶが、同期位相の選び方により荷電粒子は収束および発散の作用を受ける。ここで、高周波位相は−90度から+90度の180度を1周期とし、電場強度はコサイン波形で発生するものとする。
【0007】
荷電粒子進行方向(Z軸方向)には位相安定性の原理から負の位相(−90度から0度)を選択することで収束することが知られている。これは、負の同期位相とは電場強度が時間と共に増大する領域であるため、先にギャップを通過した粒子を後からギャップに到着した粒子がより強い電場強度を受けて追いつくことで収束するためである。これとは逆に、正の位相(0度から90度)では荷電粒子進行方向に発散する。
【0008】
一方、Z軸方向と直交する径方向にはドリフトチューブ電極間に発生する電気力線形状から正の位相(0度から+90度)を選択することで収束することが知られている。これは、電気力線の形状がギャップ前半部は径方向中心向き、ギャップ後半部は径方向外側向きの湾曲形状であり、正の同期位相によりギャップ後半部よりも前半部に強い電場強度を受け粒子は径方向に収束するためである。これとは逆に、負の位相(−90度から0度)では発散する。
【0009】
このように、正の同期位相の場合は、荷電粒子進行方向に発散し、径方向には逆に収束する。負の同期位相の場合は、荷電粒子進行方向に収束し、径方向には発散する。したがって、同期位相の符号を数セル周期で変化させることにより、荷電粒子進行方向および径方向の両方に収束することができる。
【0010】
このような自己収束法の一つにAPF(Alternating Phase Focused)法がある。このAPF法を適用するHモード型ドリフトチューブ線形加速器は、本来、加速のみに使用していた加速電場を、収束・発散にも使用するため、電場分布の設計値に対する製作許容値(すなわち、加速器空胴の製作精度)はより厳しいものとなる。
【0011】
そのため、従来技術では、チューナを用いた電場分布調整方法(例えば、下記の特許文献1参照)や、ドリフトチューブ電極の形状による電場分布調整方法(例えば、下記の特許文献2参照)、あるいは、一度確定した電場分布を変化させないように共振周波数のみを調整する方法(例えば、下記の特許文献3参照)などがそれぞれ提案されている。
【0012】
このように、各ギャップでの電場強度の最大値が加速器空胴の両端部を除き一定(フラット)になるように電場分布の調整を行うためには、その前提として、予め加速器空胴内のドリフトチューブ電極間に発生する電場分布を測定する必要がある。そのための電場分布測定法として、周知の摂動法がある。この摂動法は、加速器空胴内の荷電粒子加速軸上に沿って微小の測定球を挿入し、このときに生じる電場の乱れにより加速器空胴内に蓄積されたエネルギを微小変動させ、これに伴って共振周波数が変化することを利用して、共振周波数の変化量から測定球を配置した場所の電場強度を求める方法である。
【0013】
この摂動法を適用する際には、加速器空胴内に測定球を挿入するために、摂動球を糸の一端に接着固定し、その糸の他端を加速器空胴の外部に配置されたモータに連結し、モータを回転させることで糸に固定された摂動球が加速器空胴内に挿入されるようになっている(例えば、下記の非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2007−157400号公報
【特許文献2】特開2006−351233号公報
【特許文献3】特開2007−87855号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Y.Iwata,et.al., NIM A 569(2006)685−696(4. Measurements of the electric field)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記のような摂動法を採用して加速器空胴内の電場分布を測定する場合には、加速器空胴の外部から摂動球を挿入する必要があるため、加速器空胴の内部は大気圧中に保持される。したがって、加速器空胴内が真空引きされた状態で高周波電力を投入して線形加速器を実際に運転する際には、そのときの電場分布を全く測定することができない。
【0017】
このため、例えば、加速器空胴の構造の経時変化や熱的変化等に起因して、運転中に電場分布が変化して仕様を満たす荷電粒子が出射されない等の問題が発生した場合、従来は、加速器空胴の前後に接続されている機器を全て取り外し、真空を解除してから、例えば摂動法により加速器空胴内の電場分布を再度測定して加速器空胴内のドリフトチューブ電極間に発生する電場分布が設計通りになっているかを確認する必要が生じ、測定、確認のために余分な手間がかかるなどの不具合を生じていた。
【0018】
本発明は、上記の課題を解決し、Hモード型ドリフトチューブ線形加速器の運転中でも、加速器空胴内に発生する電場分布の変化の有無をリアルタイムで観測することができて故障の早期発見等に役立てることができ、また、電場分布の調整を容易に行えるようにして調整の手間を軽減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に係るHモード型ドリフトチューブ線形加速器は、真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるとともに、上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿う中央部、および両端部の少なくとも3箇所に、それぞれ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係るHモード型ドリフトチューブ線形加速器は、真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成するドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるとともに、上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿って、各チューナの設置位置に個別に対応してチューナ数と同数分だけ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴としている。
【0021】
また、本発明に係るHモード型ドリフトチューブ線形加速器における空胴内電場分布調整方法は、上記加速器空胴内の電場分布を調整するための方法であって、当該線形加速器の製作時に摂動法に基づいて電場分布を測定し、その測定結果に基づいて上記チューナで電場分布の調整を行い、電場分布調整後のアンテナ出力が全て所定値内に収まるように予め調整する第1のステップと、この第1のステップの後に上記加速器空胴内を真空引きして上記ドリフトチューブ電極間に加速電界を発生させた運転中にアンテナ出力を測定する第2のステップと、そのアンテナ出力の測定値の変動量が設定値以上になっている場合には、各チューナの挿入量を変化させて変動量が設定値に収まるように調整する第3のステップと、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、アンテナ出力による測定値に基づく電磁場強度から電場分布変化を換算することで、線形加速器の運転中であっても電場分布の変化をリアルタイムで確認することができる。これにより、故障の発生を早期に検出することができ、迅速な対処が可能になる。また、電場分布の調整を容易に行えるため、従来に比べて調整の手間を軽減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態1におけるHモード型ドリフトチューブ線形加速器の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿う断面図である。
【図2】図1のX−X線に沿う断面図である。
【図3】摂動法による電場分布の測定結果の一例を示す図である。
【図4】図3の電場分布から算出される電圧分布の一例を示す図である。
【図5】図4の電圧分布から算出される電圧の差異分布の一例を示す図である。
【図6】チューナで電場分布を調整した後の状態で、アンテナ出力を調整した際に得られたアンテナ出力分布の一例を示す図である。
【図7】熱的影響で加速器空胴の出射端部側の内周壁が拡径した場合の電場分布の計算値の一例を示す図である。
【図8】熱的影響で加速器空胴の入射端部側と出射端部側の両内周壁が共に拡径した場合の電場分布の計算値の一例を示す図である。
【図9】図7に対応して加速器空胴の出射端部側の内周壁が拡径した場合のアンテナ出力分布を示す図である。
【図10】図8に対応して加速器空胴の入射端部側と出射端部側の両内周壁が共に拡径した場合のアンテナ出力分布を示す図である。
【図11】各チューナを加速器空洞内の基準位置から所定量だけ挿入したことに伴うドリフトチューブ電極間の電圧の差異分布の計算値を示す図である。
【図12】加速器空洞内の各ドリフトチューブ電極間の電場分布を調整するための手順を示すフローチャートである。
【図13】本発明の実施の形態2におけるHモード型ドリフトチューブ線形加速器の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿う断面図である。
【図14】チューナの挿入量が変動した場合の摂動法による電場強度分布の測定結果の一例を示す図である。
【図15】図14に対応してチューナ挿入量の変動に伴うアンテナ出力分布を示す図である。
【図16】電場分布変化測定用としてC型アンテナを使用した場合のHモード型ドリフトチューブ線形加速器の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
実施の形態1.
図1は、この実施の形態1におけるHモード型ドリフトチューブ線形加速器の荷電粒子進行方向(Z軸方向)に沿う断面図、図2はZ軸方向と直交するX−X線に沿う断面図である。
【0025】
この実施の形態1のHモード型ドリフトチューブ線形加速器(以下、単に線形加速器という)は、真空容器と共振器とを兼ねた中空の加速器空胴1を備え、この加速器空胴1は、荷電粒子進行方向(Z軸方向)の前後に荷電粒子の通過孔を有する入射端部11と出射端部12とが設けられ、また、入射端部11側から出射端部12側に向けて延びる胴部13の内周面は、出射端部12に向けて次第に拡径されるように傾斜面として形成されている。
【0026】
そして、この加速器空胴1の内部の空間には、Z軸方向に沿って複数(本例では6個)のドリフトチューブ電極2が所定のギャップ4を存して順次配置されている。なお、本発明内容の理解を促す上で、各々のドリフトチューブ電極2を区別する必要があるときには符号DT1〜DT6を、また、各ギャップ4を区別する必要があるときには符号G1〜G5をそれぞれ使用する。
【0027】
ここに、荷電粒子は出射端部12側に近づくにつれて速度を増すため、各ドリフトチューブ電極2の長さは、入射端部11側から出射端部12側に向けて次第に長くなるように設定されている。また、各ギャップ4も同様に、入射端部11側から出射端部12側に向けて次第に長くなるように設定されている。
【0028】
そして、各ドリフトチューブ電極2は、加速器空胴1の胴部13から径方向内方に突出したステム3により片持ちで支持されている。この場合、各ドリフトチューブ電極2を支持するステム3は、Z軸方向に沿って左右交互となるように配置されている。
【0029】
互いに隣り合うドリフトチューブ電極2間の各ギャップ4にはZ軸方向に加速電場が形成されており、荷電粒子はこの加速電場によって加速器空胴1の入射端部11側から出射端部12側に向けて加速される。
【0030】
また、加速器空胴1の胴部13には、電場分布調整用の複数個(ここで4個)のチューナ5と、電場分布変化測定用の複数個(ここでは3個)のL型(インダクタンス型)ループアンテナ(以下、単にアンテナという)6とが設けられて胴部13の空間内方に突出している。なお、本発明内容の理解を促す上で、各チューナ5を区別する必要があるときには符号T1〜T4を、また、各アンテナ6を区別する必要があるときには符号A1〜A3をそれぞれ使用する。
【0031】
各チューナ5は、各ドリフトチューブ電極2を支持するステム3の取り付け方向に対して90度回転した方向から、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切るように、上下交互に取り付けられている。なお、各チューナ5の取り付け形態は、必ずしもこのようにZ軸方向に沿って上下交互に配置した構成に限られるものではなく、全てのチューナ5を加速器空胴1のZ軸方向に沿って全て同じ上方向あるいは下方向から設置してもよい。また、チューナ5の個数も、必ずしもこの実施の形態1のように4個に限定されるものではない。
【0032】
加速器空胴1の共振周波数、および各ドリフトチューブ電極2間の電圧の設計値からのずれは、加速器空胴1の製作時の精度誤差により引き起こされるが、このずれは、各チューナ5をZ軸方向と直交する方向に沿って胴部13内方に向けて挿入する挿入量を変えることにより調整される。
【0033】
また、各アンテナ6(A1〜A3)は、Z軸方向に沿う1番目、3番目、および5番目の各ギャップ4(G1,G3,G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切るように、同一の方向(ここでは下方向)から取り付けられている。なお、各アンテナ6の取り付け形態は、必ずしもこれに限られるものではなく、Z軸方向に沿って上下交互に配置した構成とすることも可能である。また、アンテナ6の個数も必ずしもこの実施の形態1のように3個に限定されるものではない。
【0034】
各アンテナ6は、加速器空胴1の胴部13の内周面から内方に突出して配置されたループ部61と、各アンテナ6が共通のアンテナ出力(例えば30V)となるようにその減衰率を調整する調整機構62とを備え、調整機構62が加速器空胴1の胴部13に取り付けられている。この場合の調整機構62としては、各アンテナ6のループ部61で囲まれる内側の断面積を変更できる構造、もしくはループ部61を回転してループ部61の実質断面積(Z軸方向に対して直交する面にループ部を投影したときのループ面積)を変更させる構造等が採用される。
【0035】
そして、各アンテナ6は、そのループ部61を通る磁場の時間変化からファラデーの法則よりループ内に誘起される電圧が測定される構造であって、加速器空胴1内の電場分布の変化は、これらの各アンテナ出力により測定される。
【0036】
次に、ドリフトチューブ電極2間に発生する加速電場と、各アンテナ6で測定される電磁場強度との関係を説明する。
【0037】
左右のドリフトチューブ電極2間のギャップ4の中央(すなわち、各セルの中央)をZ軸方向に直交して横切る位置での加速器空胴1の内周の断面積をS、そのときのギャップ4(ギャップ長l)に発生する電場強度をEとすると、これら間には次の(1)式に示すような関係式が成り立つ。
【0038】
【数1】
【0039】
ここに、Bcavityは加速器空胴1内の磁束密度で、ドットは時間微分を表す。Sは加速度器空胴の内周の断面積である。そして、上記(1)式の左辺は、各セルのギャップ4に発生する電圧となり、右辺はそのセルでの加速器空胴1の断面積内の磁場の時間変化である。
【0040】
一方、アンテナ6も同様、ループ部61のループ面積をA、測定される電圧をV、ループ内の磁場をBloopとすると、これらの間には、次の(2)式に示す関係式が成り立つ。
【0041】
【数2】
【0042】
加速器空胴1の断面積内の磁場(加速器空胴断面磁場強度)と、ループ内磁場(ループ断面磁場強度)との関係は、次の(3)式に示す減衰率の関係があるため、アンテナ6により測定される電圧Vの値は、ドリフトチューブ電極2間に発生する電圧によって決定される。
【0043】
【数3】
【0044】
この線形加速器の製作直後において、電場分布変化を測定するためにアンテナ6の先端部を加速器空胴1の内方に深く挿入すると、強い磁場により一般の測定器では観測することができないほどの電圧を出力する。その対策として、アンテナ6からの大出力をアッテネータ等により減衰して測定することも可能であるが、アンテナ6の先端部と加速器空胴1内に配置されたドリフトチューブ電極2などの内蔵物と間に不要の電気容量を発生させることは線形加速器の性能を落とすことにつながり適切でない。そのため、アンテナ6の先端部は、加速器空胴1の内周面近く、もしくはポート内に設置する。
【0045】
そのように設置すると、ループ内磁場と加速器空胴1の断面積に発生する磁場は、必ずしも上記(3)式の減衰率で表される関係とならないため、その状態では、アンテナ6の測定値に基づいて各ドリフトチューブ電極2間に発生する電場を精度よく測定することが難しい。
【0046】
したがって、製作直後に電場分布調整を行う際には、予めチューナ5で電場分布を調整しつつ、摂動法により電場分布を測定してその状態を確認する必要があるが、一旦、摂動法により電場分布を調整した後の電場分布の変化は、アンテナ6により十分観測可能である。以下、この点について説明する。
【0047】
摂動法では、微小の摂動球をステッピングモータ等により摂動球位置を管理し、そのときの加速器空胴1内の共振周波数の変化から電場強度を算出するため、ドリフトチューブ電極2間での詳細な電場分布を測定することができる。
【0048】
図3は、線形加速器の製作直後にチューナ5で電場分布を調整した後に、摂動法により電場分布を測定して得られた結果の一例である。なお、図3において、電場分布がゼロである箇所は各ドリフトチューブ電極2の設置箇所に対応しており、電場が発生している箇所は主にギャップ4である。しかし、ドリフトチューブ電極2内にも発生電場がしみこむため、微小に電場が発生している箇所はドリフトチューブ電極2の端部となっている。
【0049】
図3中、破線A−A’は放電限界電場強度を示しており、この放電限界電場強度は、キルパトリック放電限界の何倍かで表現することが一般的であり、通常1.6〜1.8倍であるが、設計者により決定される値である。また、加速器空胴1の両端部11,12近傍のギャップ4(G1,G5)での最大電場強度は、その他のギャップ4(G2〜G4)での半分程度になることが知られている。これは、加速器空胴1の両端は、端部11,12が存在することにより磁場の流れが他の箇所とは異なることに起因している。
【0050】
ドリフトチューブ電極2間の放電に寄与するのは電場強度であり、放電限界電場強度を超えず、かつ加速器空胴1の両端部11,12近傍のギャップ4(G1,G5)を除き、各ギャップ4(G2〜G4)での最大電場強度が一定になるように加速器空胴1の内径が設計されるとともに、製作後はチューナ5により電場分布を調整する。
【0051】
図4は、図3に示した電場分布から各ドリフトチューブ電極2間の電場強度をそのギャップ長で積分して得られる電圧分布(荷電粒子に対する加速エネルギに相当)を示したものである。
【0052】
ドリフトチューブ電極2間の放電を防いで効率よく加速するために粒子速度に比例してドリフトチューブ電極2間のギャップ4の長さを広げることで、図3に示したように、両端部を除き各セルでの最大電場強度を一定にしてあるので、電圧分布は図4に示されるように、最初と最後のギャップ4(G1,G5)をのぞきZ軸方向に対してリニアとなっている。なお、この実施の形態1では電場分布が一定に傾斜するようにしているが、電圧分布が一定となるよう設計されたHモード型線形加速器でもかまわない。
【0053】
電圧設計値は、実運転時の電力を投入した場合における発生電圧を計算により求めることができるのに対し、摂動法に基づく電圧測定値は、真空に引けないなどの装置の都合上、低い電力しか投入できず、しかも相対値しか得られないため、両者の単純比較はできない。
【0054】
そこで、下記の(4)式に示すように、各セルの電圧の総和で規格化したものに置き換えて、両者を比較することとする。
【0055】
【数4】
【0056】
これを用いて、セル番号cにおける電圧の差異分布を下記の(5)式により定義する。
【0057】
【数5】
【0058】
これらの各差異分布が全て所定の範囲内に収まるように製作時にチューナ5により調整される。
【0059】
図5は、チューナ5により差異分布が仕様値(±5%)以内になるように調整した結果である。なお、±5%以内という仕様値は、APF法を取り入れた線形加速器が仕様を満たす為の一般的な値である。
【0060】
図6は、上記のようにして電場分布が略一定になるようにチューナ5により調整した後、各アンテナ6の出力が全て30Vになるように各ループ部61の面積を前述のアンテナ調整機構により調整した後の結果を示している。
【0061】
以上は、線形加速器の製作直後の電場分布の調整、すなわち、予めチューナ5で電場分布を調整し、摂動法により電場分布を測定して分布状態の確認を行う際の手順の説明である。
【0062】
次に、上述のようにして、線形加速器の電場分布を調整した後は、粒子加速運転のために加速器空胴1内を真空引きした後、高電力を投入することになるが、上記のように予め電場分布を調整しておけば、その後の運転中の電場分布の変化は、真空状態を破らずにアンテナ出力に基づいて十分観測可能である。次に、この点について説明する。
【0063】
線形加速器の運転中に電場分布が変化する要因としては、(1)加速器空胴1の熱的変化、(2)チューナ5の挿入量の変動、(3)ドリフトチューブ電極2の設置位置の変動によるギャップ長の変化があるが、この実施の形態1の線形加速器は、(1)〜(3)の要因の内、特に上記(1)の加速器空胴1の熱的変化に起因した電場分布変化を早期に観測できるものである。
【0064】
すなわち、Z軸方向で胴部13の肉厚が異なる加速器空胴1に大電力を投入すると、加速器空胴1の本体冷却配管の設置溶接の不備等のために、入射端部11側、もしくは出射端部12側、さらには両端部11,12側がタンク発熱により拡大する(反る)ことがある。
【0065】
線形加速器が大電力を投入した状態にある運転中の電場分布は、加速器空胴1内が真空状態に保持されているため、摂動法では測定することができないので、ここでは、発熱量を計算して熱膨張率から電力を投入したときの加速器空胴1の空胴径の変化を推測し、3次元電磁場解析によりシミュレーションして加速器空胴1に発生する電場分布を算出した。その結果を図7および図8に示す。
【0066】
図7は加速器空胴1の出射端部12側の空胴径のみが膨張した場合、図8は入射端部11側と出射端部12側の両方の空胴径が共に膨張した場合の、それぞれの電場分布をシミュレーションして得られた計算結果を示している。
【0067】
加速器空胴1の内径の一部が他よりも大きく拡大した場合、加速器空胴1内に発生する磁場分布が変化し、(1)式から分かるように、拡大した箇所の電場強度が増大する。すなわち、加速器空胴1の出射端部12側が拡大した場合、出射側の電場分布も加速器空胴1の拡大に伴い増大する(図7)。同様に、加速器空胴1の入射端部11側が拡大した場合には、入射側の電場分布も加速器空胴1の拡大に伴い増大する。また、加速器空胴1の両端部11,12側がともに拡大した場合には、加速器空胴1の両端部の電場が増大して中央部が相対的に低下する谷形状となる(図8)。
【0068】
図9および図10はこのとき実際に観測されたアンテナ出力を示す。なお、図9は図7の場合(加速器空胴1の出射端部12側の空胴径のみが膨張した場合)に、図10は図8の場合(加速器空胴1の両端部11,12が共に拡大した場合)にそれぞれ対応している。
【0069】
図7および図8およびこれに対応する図9および図10の関係から分かるように、線形加速器の運転中、高電力を投入したことに伴う加速器空胴1の熱的変化に起因して電場分布が変化した場合、加速器空胴1の中央部のギャップ4(G3)、および両端部11,12近傍のギャップ4(G1,G5)にそれぞれ対応した位置に配置した計3つのアンテナ6(A1〜A3)によってその出力を測定することにより、その電場分布の変化の特徴を真空を破らずに把握することができる。これにより、従来のように、加速器空胴1前後に接続されている機器を全て取り外して真空を解除する手間が不用となり、装置故障の早期発見を行うことができる。
【0070】
さらに、例えば図9、図10のようなアンテナ出力が得られた場合、電場分布の変化に対応して各チューナ5の挿入量を調整して仕様値からのずれを補正するための自動フィードバック制御をかけるようにすれば、常に安定した運転を確保した線形加速器を得ることができる。そのためには、各チューナ5の加速器空胴1の径方向への挿入量が各ドリフトチューブ電極2の電圧にどのように影響を与えるかを計算もしくは測定をして求め、チューナ挿入量と電圧変化との関係(以下、チューナ効果という)をデータベースして予め確保しておくことが必要となる。
【0071】
そこで、次に上記のチューナ効果、すなわち各チューナ5について、チューナ5の加速器空胴1の径方向への挿入量が各ドリフトチューブ電極2の電圧にどのように影響を与えるかを、加速器空胴11内の電磁界解析(計算)、もしくは製作した加速器空胴1を実際に用いた測定により求める方法について説明する。
【0072】
チューナ5を加速器空胴1内に挿入すると、加速器空胴11内の磁界分布が変化し、挿入したチューナ5の近くに配置されているドリフトチューブ電極2間の電場強度(積分した電圧)は(1)式から分かるように下がり、それ以外の部分のドリフトチューブ電極2間の電場強度(積分した電圧)は上がる方向に変化する。
【0073】
ここで、チューナ5の挿入量が加速器空胴11の内径と比較して十分小さい範囲内では、その電圧変動はチューナ5の挿入量にほぼ比例する。また、加速器空胴1内の磁界の変化は、各チューナ5の寄与による磁界変化をそれぞれ加算した総和であるため、ドリフトチューブ電極2間の電圧変化も、各チューナ5の寄与による電圧変化をそれぞれ加算した総和により求めることができる。なお、チューナ5を加速器空胴1から引き出す場合には、これとは逆の傾向となる。
【0074】
以上の関係を用いて、各チューナ5(T1〜T4)の加速器空胴1の径方向への挿入量が各ドリフトチューブ電極2間の電圧にどのような影響を与えるかを、各々のチューナ5について代表的な1つのケースについて計算により、あるいは測定により求めてデータベース化しておけば、各チューナ5について個々に挿入量を設定した時の、各々のドリフトチューブ間の電圧を算出することが可能となる。
【0075】
図11は、上記に述べた考えに従って、代表的な1つのケースとして、個々のチューナ5(T1〜T4)について、加速器空胴1の内周面からd=30mm挿入したときを基準位置として、この基準位置から更に20mmだけ挿入した場合に、各ドリフトチューブ電極2間の電圧の差異分布[ΔV/V]((5)式参照)を計算により求めたものである。なお、図中の横軸のP1〜P4は、各チューナ5の設置位置に対応している。したがって、図11において、例えば一つのチューナT1(位置P2)を基準位置から20mmだけ挿入した場合、T1のチューナに対応した差異分布は−22%、T2のチューナに対応した差異分布は−11%、T3のチューナに対応した差異分布は5%、T4のチューナに対応した差異分布は12%となる。そして、この図11の関係をチューナ効果としてデータベース化する。
【0076】
次に、ドリフトチューブ電極2間の電圧変化を求めたのと同様にして、各チューナ5(T1〜T4)について、加速器空胴1の径方向への挿入量が共振周波数に与える影響を加速器空胴1内の電磁界解析(計算)、もしくは製作した加速器空胴1を実際に用いて測定により求める。
【0077】
各チューナ5を1mm挿入した場合の共振周波数の変化量を表1に示す。ここでも、チューナ5の挿入量が小さいときには、共振周波数の変動はチューナ5挿入量にほぼ比例し、また、全チューナ挿入による共振周波数の変動は、各チューナ5の挿入による共振周波数変動分の総和にて表現できる。
【0078】
【表1】
【0079】
【数6】
【0080】
上記(6)式において、右辺の第1項は各チューナ5の挿入量がドリフトチューブ間の電圧変化に与える影響を表現したものであり、また、右辺の第2項はチューナ5の挿入量を変化させずに加速器空胴1に熱的変化のみが生じた場合の影響を表現したものである。
【0081】
そして、差異分布、および共振周波数が仕様値の範囲内となるように、全チューナ5の挿入量を設定する。すなわち、(6)式において、各アンテナ6の出力信号から得られる差異分布を(6)式の右辺第2項に置き換えることで、加速器空胴1本体の熱的変化の影響を反映させ、また、(6)式の右辺第1項については、各チューナ5の挿入量(Δd1,Δd2,・・・,Δdt)を網羅的に組み合せたものを用いて計算を行うことで、左辺の差異分布が仕様値(±5%以下)内となるような各チューナ5の挿入量の組み合わせを見つけ出す。これによって各チューナ5の挿入量のフィードバック制御が可能となる。
【0082】
例えば、上記より、図9の変化の場合には、各チューナ5(T1〜T4)の挿入量を(Δd1,Δd2,Δd3,Δd4)=(−1.9mm,21.4mm,6.4mm,20.6mm)にすると、(6)式の左辺の差異分布が仕様値(±5%以下)内となる。また、図10の変化の場合には、各チューナ5(T1〜T4)の挿入量を(Δd1,Δd2,Δd3,Δd4)=(6.5mm,18.1mm,7.9mm,15.4mm)にすると、(6)式の左辺の差異分布が仕様値(±5%以下)内となる。
【0083】
図12は、上述した線形加速器の製作時における電場分布の調整、および線形加速器の実運転時に加速器空胴1の熱的変化に起因した電場分布の変化をアンテナ6で測定して自動調整する場合の手順を示すフローチャートである。なお、図中の符号Sは各処理ステップを意味する。
【0084】
図12のフローチャートに沿って、再度、その電場分布の調整手順の概略を説明すると、線形加速器の製作直後には、各ドリフトチューブ電極2に基づく電場分布が均一になるように調整する必要がある。そのため、まず、摂動法により電場分布を測定し(例えば図3)(S11)、セルごとに積分して電圧分布を算出する(例えば図4)(S12)。続いて、セルごとに設計値との差異分布を算出する(例えば図5)(S13)。そして、差異分布が仕様値(例えば±5%)以内に収まっているか否かを判断する(S14)。
【0085】
このとき、各セルの差異分布が仕様値以内であれば、電場分布が均一になるように既にチューナ5で調整済みと考えられるため、各アンテナ6の出力が全て所定値(例えば30V)となるように調整する(S15)。
【0086】
一方、S14において、差異分布が仕様値(例えば±5%)以内に収まっていなければ、未だ電場分布が均一になるように調整されていないため、各チューナ5の挿入量を変化させて前述の(6)式で示される差異分布が仕様値に収まるように調整する(S16)。その際、各チューナ5の挿入量の調整は、予めデータベースに登録されているチューナ効果の情報を参照して行うことも可能である。そして、再度S11に戻りS14までを繰り返す。
【0087】
線形加速器の製作後の電場分布が調整された後は、線形加速器は実運転されることになるが、その場合、高電力を投入したことに伴う加速器空胴1の熱的変化に起因して電場分布が変化したか否かを調べるためには、まず、アンテナ出力を測定する(S21)。そして、アンテナ出力の変動が設定値(例えば±5%)以上になっているか否かを判断する(S22)。
【0088】
このとき、アンテナ出力の変動が設定値(例えば±5%)以上であれば、熱的変化に起因して電場分布が変化したと判断できる。そのときには、各チューナ5の挿入量を変化させて前述の(6)式で示される差異分布が仕様値に収まるように調整する(S23)。その際、各チューナ5の挿入量の調整は、予めデータベースに登録されているチューナ効果の情報を参照して行う。したがって、線形加速器の実運転中は、加速器空胴1内の真空を破らずに電場分布が正常であるか否かを判断できるとともに、チューナ効果を登録したデータベースを利用すれば、電場分布の調整を自動的にフィードバック制御することが可能となる。
【0089】
実施の形態2.
図13は、この実施の形態2における線形加速器の荷電粒子軸方向(Z軸方向)に沿う断面図であり、図1に示した実施の形態1と対応もしくは相当する構成部分には同一の符号を付す。
【0090】
この実施の形態2の線形加速器において、各チューナ5は、実施の形態1の場合と同様、各ドリフトチューブ電極2を支持するステム3の取り付け方向に対して90度回転した方向から、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切るように、上下交互に取り付けられている。しかし、各アンテナ6については、実施の形態1の場合と異なり、各チューナ5の設置位置に個別に対応して同数のアンテナ6(A1〜A4)が設置されている。
【0091】
すなわち、この実施の形態2では、アンテナ6の数は、チューナ5の数と同数であって、各アンテナ6は、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切って、各チューナ5と個別に対向するように、Z軸に沿って上下交互に取り付けられている。しかも、その場合、各アンテナ6は、共通のアンテナ出力(例えば30V)となるように減衰率を調整する調整機構62を介して取り付けられている。
【0092】
なお、アンテナ6の取り付け形態は、必ずしもこのようにチューナ5とギャップ4を挟んで対向した位置に配置した構成に限られるものではなく、Z軸方向に沿う2番目〜5番目の各ギャップ4(G2〜G5)の略中央をZ軸方向に対して直交して横切る面内であれば、いずれの角度に配置してもよい。また、チューナ5とアンテナ6の個数も必ずしもこの実施の形態2のように各4個に限定されるものではない。
その他の構成、およびアンテナ6の作用は実施の形態1と同様であるから、ここでは詳しい説明は省略する。
【0093】
ここで、線形加速器の運転中に電場分布が変化する要因として、前述したように(1)加速器空胴1本体の熱的変化、(2)チューナ5の挿入量の変動、(3)ドリフトチューブ電極2の設置位置変動によるギャップ長の変化があるが、この実施の形態2の線形加速器は、上記(1)〜(3)の要因の内、特に(1)に加えて(2)の要因、すなわちチューナ5の挿入量の変化に起因した電場分布変化を早期に観測できるものである。
【0094】
各チューナ5は、その挿入量を変えることで加速器空胴1の空胴断面積が減少してその領域の電場分布を低減することができる。そのため、チューナ5の加速器空胴1への挿入量は、随時変更できる構造であることが一般的である。そして、電場分布の調整後は、挿入量が変化しないようにロック機構によってロックされるが、加速器運転中には、何らかの影響でロック機構が緩んでチューナ5の挿入位置が変化して電場分布が変化することがある。
【0095】
図14は、あるギャップ位置に対応したチューナ5(ここではギャップG4の対応位置にあるチューナT3)のロックが緩んで、加速器空胴1内部にチューナT3が引き込まれ、挿入量が大きくなった場合の摂動法による電場強度分布の測定結果の一例を示したものである。
【0096】
なお、図14での電場分布がゼロの箇所はドリフトチューブ電極2部の位置に対応しており、電場が発生している箇所がギャップ4の位置であるが、ドリフトチューブ電極2内にも発生電場がしみこむため、微小に発生している箇所はドリフトチューブ電極2の端部となる。そして、図14のように、チューナT3の挿入量が大きくなったギャップG4の箇所では電場強度が低下し、代わりに他の電場強度は増大する。
【0097】
図15はこのとき実際に観測されたアンテナ出力の値を示す。この場合、各アンテナ6は各チューナ5に個別に対応した位置に設置されているため、チューナ5の挿入量の変動に起因した電場分布変化の特徴を観測することができる。そのため、いずれのチューナ5の挿入量の変化に起因して電場分布が変化したかを早期に発見することができる。
【0098】
さらに、例えば図15に示すようなアンテナ出力が得られた場合、電場分布の変化に対応して各チューナ5の挿入量を調整して仕様値からのずれを補正するための自動フィードバック制御をかけるようにすれば、常に安定した運転を確保した線形加速器を得ることができる。そのためには、チューナ効果を計算もしくは測定することで得られるデータベースが必要となるが、その場合のデータベースの入手方法は、前述の実施の形態1と同様であるからここでは詳しい説明は省略する。
【0099】
そして、図15に示したように、アンテナ6による出力信号が設定値(±5%)以上の変動を示した場合、出力信号が設定値以下になるように先のチューナ効果のデータベースに基づいてチューナ5の挿入量を算出し、自動フィードバックを実施する。
【0100】
図15の場合、チューナ5(T3)を挿入したために、28.5Vと当初から−5%変化したことが分かる。したがって、図11より基準位置から20mm挿入したときの位置P4における変化が約−5%であることから、このチューナT3を20mmだけ加速器空胴1から引き出せばよい。
【0101】
さらに、どのチューナが変化したかわからない場合であっても、実施の形態1の数6により、必ずしもチューナ挿入量を当初の調整位置に戻さなくても、データベースに基づき再調整した結果±5%の電場分布になればよい。
【0102】
なお、上記の各実施の形態1、2において、アンテナ6としてL型(インダクタンス型)ループアンテナを使用しているが、アンテナの形状は、このようなものに限定されるものではなく、例えば、図16に示すようなC型(容量型)アンテナ7を適用することもできる。
【0103】
すなわち、C型アンテナ7のアンテナ部71は、ループではなく単純な棒状のものであって、棒状のアンテナ部71の先端と加速器空胴1の内蔵物との間に静電容量が発生し、この静電容量によって電荷が蓄積されて電圧が発生するので、この電圧が測定される。このようなC型アンテナ7を使用にしても、加速器空胴1内の真空を保持したままで電場分布の変化の有無を測定できるとともに、アンテナ自身を単純化することができる。
【0104】
さらに、本発明は、このようなL型ループアンテナやC型アンテナ7に限らず、加速器空胴1内に発生する電磁場強度を抽出できるアンテナであれば、その構造は特に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0105】
1 加速器空胴、2(DT1〜DT6) ドリフトチューブ電極、
4(G1〜G5) ギャップ、5(T1〜T4) チューナ、
6(A1〜A4) L型ループアンテナ、7 C型アンテナ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるHモード型ドリフトチューブ線形加速器において、
上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿う中央部、および両端部の少なくとも3箇所に、それぞれ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴とするHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項2】
真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるHモード型ドリフトチューブ線形加速器において、
上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿って、各チューナの設置位置に個別に対応してチューナ数と同数分だけ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴とするHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項3】
上記アンテナは、L型ループアンテナであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項4】
上記アンテナは、C型アンテナであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器における上記加速器空胴内の電場分布を調整するための方法であって、
当該線形加速器の製作時に摂動法に基づいて電場分布を測定し、その測定結果に基づいて上記チューナで電場分布の調整を行い、電場分布調整後のアンテナ出力が全て所定値内に収まるように予め調整する第1のステップと、
上記第1のステップの後に、上記加速器空胴内を真空引きして上記ドリフトチューブ電極間に加速電界を発生させた運転中にアンテナ出力を測定する第2のステップと、
そのアンテナ出力の測定値の変動量が設定値以上になっている場合には、各チューナの挿入量を変化させて変動量が設定値に収まるように調整する第3のステップと、
を含むことを特徴とするHモード型ドリフトチューブ線形加速器における空胴内電場分布調整方法。
【請求項6】
上記アンテナの加速器空胴内への挿入量と上記ドリフトチューブ電極間の電圧変化の関係を予めチューナ効果としてデータベース化して記憶しておき、上記第1のステップと第3のステップの少なくとも一方のステップにおいて、上記チューナで電場分布の調整を行う際には、上記データベースの情報に基づいて、チューナ挿入量を変化させて上記加速器空胴内の電場分布が均一化されるように自動的にフィードバック制御を行うことを特徴とする請求項5記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器における電場分布調整方法。
【請求項1】
真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるHモード型ドリフトチューブ線形加速器において、
上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿う中央部、および両端部の少なくとも3箇所に、それぞれ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴とするHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項2】
真空容器と共振器とを兼ねた加速器空胴と、この加速器空胴内で荷電粒子軸方向に加速電圧を生成する複数のドリフトチューブ電極と、上記ドリフトチューブ電極間のギャップに生じる電場の分布を調整する複数のチューナとを備えるHモード型ドリフトチューブ線形加速器において、
上記加速器空胴の荷電粒子軸方向に沿って、各チューナの設置位置に個別に対応してチューナ数と同数分だけ上記電場分布の変化を測定するためのアンテナが設置されていることを特徴とするHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項3】
上記アンテナは、L型ループアンテナであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項4】
上記アンテナは、C型アンテナであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器における上記加速器空胴内の電場分布を調整するための方法であって、
当該線形加速器の製作時に摂動法に基づいて電場分布を測定し、その測定結果に基づいて上記チューナで電場分布の調整を行い、電場分布調整後のアンテナ出力が全て所定値内に収まるように予め調整する第1のステップと、
上記第1のステップの後に、上記加速器空胴内を真空引きして上記ドリフトチューブ電極間に加速電界を発生させた運転中にアンテナ出力を測定する第2のステップと、
そのアンテナ出力の測定値の変動量が設定値以上になっている場合には、各チューナの挿入量を変化させて変動量が設定値に収まるように調整する第3のステップと、
を含むことを特徴とするHモード型ドリフトチューブ線形加速器における空胴内電場分布調整方法。
【請求項6】
上記アンテナの加速器空胴内への挿入量と上記ドリフトチューブ電極間の電圧変化の関係を予めチューナ効果としてデータベース化して記憶しておき、上記第1のステップと第3のステップの少なくとも一方のステップにおいて、上記チューナで電場分布の調整を行う際には、上記データベースの情報に基づいて、チューナ挿入量を変化させて上記加速器空胴内の電場分布が均一化されるように自動的にフィードバック制御を行うことを特徴とする請求項5記載のHモード型ドリフトチューブ線形加速器における電場分布調整方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2010−277942(P2010−277942A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131711(P2009−131711)
【出願日】平成21年6月1日(2009.6.1)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月1日(2009.6.1)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】
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