説明

H型ハイドレートの平衡条件予測方法

【課題】分子動力学シミュレーションを用いたハイドレートの自由エネルギーを、計算することにより、これに基づいて、H型ハイドレートの平衡条件を推測する方法及びこれを用いたH型ハイドレートの好ましい性質を実現する大分子ゲスト物質(LMGS)を発見する方法を提供する。
【解決手段】H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を数式を用いて計算した理想気体の寄与及び数式から計算した剰余気体の寄与に分けてそれぞれ計算し、理想気体の寄与及び剰余気体の寄与の和を算出することにより、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を計算し、これに基づいてH型ハイドレート平衡圧を推定するH型ハイドレート平衡条件の推測方法及びこれを用いたH型ハイドレートの好ましい性質を実現する大分子ゲスト物質(LMGS)を発見する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、どのようなハイドレートを用いれば、輸送や貯蔵に適したハイドレートが得られるかを調査する方法に関する。さらに詳しくは、H型ハイドレートを構成ずる分子の分子構造に基づいて、当該H型ハイドレートの平衡条件予測を計算により算出し、平衡条件を予測することにより、輸送や貯蔵に適したハイドレートを発見する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
H型ハイドレートとは、籠状の水分子とそれに内包される比較的分子径の小さな物質(例えばメタン、キセノン、窒素など分子径0.4nm程度の物質)と大分子ゲスト物質(LMGS)から構成される。特に天然ガスの輸送・貯蔵に優れた新しい形態として注目されている(非特許文献1参照)。
ハイドレートの相平衡条件は構成物質とその組成により異なるが、その原因は不明である。現在、 理想的な条件(高温・低圧)で生成するハイドレートの発見を目的とした実験が総当り的に行われている。しかし一つの系の計測に数ヶ月を要することがハイドレート研究の障害となっており、平衡条件の理論的な予測法がもとめられている。
【0003】
ハイドレートの平衡条件を予測する手法は統計熱力学を用いて1950年代から行なわれているが(非特許文献2参照)、部分的に実験値を必要とする。新規ゲスト物質の平衡条件予測をすることはできなかった。

【非特許文献1】A. A. Khokhar, J. S. Gudmundsson, and E. D. Sloan,Fluid Phase Equilib. 150, 383 (1998).
【非特許文献2】J. H. van der Waals and J. C. Platteeuw, Adv. Chem. Phys. 2, 1 (1959).
【非特許文献3】D. Frenkeland B. Smit, Understanding Molecular Simulation, San Diego, Achademic Press (2002).
【非特許文献4】E. M. Yezdimer, P. T. Cummings,and A. A. Chialvo, J. Phys. Chem. A 106, 7982 (2002).
【非特許文献4】Okano and Yasuoka, J. Chem. Phys. 124,24510 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明では、H型ハイドレートにおいて、実験値を一切用いない平衡条件予測手法を確立すべく、分子動力学シミュレーション(以下、MDと言う。)を用いたハイドレートの自由エネルギーを、計算することにより、自由エネルギーと平衡条件の関係を解明し、H型ハイドレートにおいてH型ハイドレート系I、IIの自由エネルギーの差異を求め、これに基づいて、H型ハイドレートの平衡条件を推測する方法及びこれを用いたH型ハイドレートの好ましい性質を実現する大分子ゲスト物質(LMGS)を発見する方法を提供する。

【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明ではH型ハイドレート系において、H型ハイドレート系I、IIの自由エネルギーの差を次の数式で表される理想気体の寄与
【数3】


と次の数式で表される剰余気体の寄与
【数4】


とに分けて、前記の非特許文献3〜5を参考にして作成した数式(1)
【数5】

及び数式(2)
【数6】


から計算し、理想気体の寄与及び剰余気体の寄与の和を算出することにより、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を計算し、これに基づいてH型ハイドレート平衡圧を推定することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、
H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を数式(1)
【数7】


を用いて計算した理想気体の寄与 及び数式(2)
【数8】


から計算した剰余気体の寄与に分けてそれぞれ計算し、理想気体の寄与及び剰余気体の寄与の和を算出することにより、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を計算し、これに基づいてH型ハイドレート平衡圧を推定するH型ハイドレート平衡条件の推測方法である。
また、本発明においては、H型ハイドレートがメタンハイドレートであり、大分子ゲスト物質(LMGS)が炭素数10以下の脂肪族飽和炭化水素とすることができる。
さらに、本発明においては、メタンハイドレートが水6200分子、メタン900分子、大分子ゲスト物質(LMGS)180分子とすることができる。

また、本発明は、本発明のH型ハイドレート平衡条件の推測方法を用いて、H型ハイドレートの好ましい性質を実現するゲスト分子(LMGS)を発見する方法である。


【発明の効果】
【0007】
本発明は、大分子ゲスト物質(LMGS)について、十分に性質が解明されていない物質であっても、本発明のH型ハイドレート平衡条件の推測方法を適用すれば、その分子構造さえ判れば、H型ハイドレート平衡条件を、自由エネルギーの差異の計算のみにより推測することができ、従来では実験で数ヶ月以上かかっていた平衡条件の決定も、短時間で行えるようになった。
さらに、取り扱いやすいH型ハイドレートにおける大分子ゲスト物質(LMGS)を探し出すこともできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において、H型ハイドレートとは、籠状の水分子と比較的分子径の小さな物質(例えばメタン、キセノン、窒素など分子径0.4nm程度の物質)と大分子ゲスト物質(LMGS)から構成されるハイドレートを言う。代表的な典型例としては、メタンと水と大分子ゲスト物質(LMGS)からなるハイドレートがある。
本発明において、大分子ゲスト物質(LMGS)とは、とくに制限はないが、炭素数10以下の炭化水素及びその置換体を言う。典型例としては、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン及びその置換体がある。
本発明の典型例であるメタンーネオへキサンのH型メタンハイドレートの模式図を図1に示す。
次に実施例を示すが、本発明はこの実施例によって制限されるものではない。
【実施例1】
【0009】
本実施例では、水6200分子(TIP4Pモデル)、メタン900分子(OPLS-UA)、LMGS180分子(OPLS-UA)とし、温度280K、圧力4MPaとした。
大分子ゲスト物質(LMGS)として、2,2,3,3-テトラメチルブタン(A)、 2,2,3-トリメチルブタン(B)、 ネオヘキサン(C)、 2,3-ジメチルブタン(D)、イソペンタン(E)を用いて、それぞれH型メタンハイドレートA〜Eを作成した。


一方、数式(1)及び数式(2)を用いて、理想気体の寄与及び剰余気体の寄与の和を算出することにより、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を計算する。
数式(2)の算出には、以下の条件のNPT一定のMDを用いた。さらに数式(2)の算出に用いたdU/dλのλの変化を図2に示す。数値積分にはSimpsonの公式を用いた。
【0010】
H型メタンハイドレートAを基準としたH型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異

を計算した。H型メタンハイドレートB〜Eについてその結果を表1に示す。
【表1】

【0011】
この表1の結果を図3に示す。
図3は、縦軸にH型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異△Gをとり、横軸に平衡圧(実測値)をとる。
この結果から、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異△Gと平衡圧の間には、明らかに一定の関係があることが認められる。
例えば、新しい大分子ゲスト物質Xについて、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異△Gを計算し、それを図3に当てはめると、平衡圧を推測することが出来る。つまり本発明で最も△Gが低くなった系Aは実験値が存在しないが最も低い系として期待できることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0012】
本発明のH型ハイドレート平衡条件の推測方法は、H型メタンハイドレートを取り扱いやすい性質のメタンハイドレートとするために有効である。

【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】メタンーネオへキサンのH型メタンハイドレートの模式図
【図2】剰余自由エネルギーの算出に用いた重み付け係数の変化
【図3】H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異△Gと平衡圧(実測値)との関係を表す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を数式(1)
【数1】

を用いて計算した理想気体の寄与 及び数式(2)
【数2】

から計算した剰余気体の寄与に分けてそれぞれ計算し、理想気体の寄与及び剰余気体の寄与の和を算出することにより、H型ハイドレートにおける系I,IIの自由エネルギーの差異を計算し、これに基づいてH型ハイドレート平衡圧を推定するH型ハイドレート平衡条件の推測方法。
【請求項2】
H型ハイドレートがメタンハイドレートであり、大分子ゲスト物質(LMGS)が炭素数10以下の脂肪族飽和炭化水素である請求項1に記載したH型ハイドレート平衡条件の推測方法。
【請求項3】
メタンハイドレートが水6200分子、メタン900分子、大分子ゲスト物質(LMGS)180分子である請求項2に記載したH型ハイドレート平衡条件の推測方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載したH型ハイドレート平衡条件の推測方法を用いて、H型ハイドレートの好ましい性質を実現する大分子ゲスト物質(LMGS)を発見する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−290985(P2007−290985A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−118572(P2006−118572)
【出願日】平成18年4月21日(2006.4.21)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(506139093)
【Fターム(参考)】