説明

H+−ATPアーゼ遺伝子

【課題】アマモ(Zostera marina)V型H−ATPアーゼ、それをコードする遺伝子、及びそれらの利用方法を提供すること。
【解決手段】アマモ(Zostera marina)V型H−ATPアーゼをコードする特定の配列からなるcDNAを単離し、H−ATPアーゼを発現させるホスト細胞で機能するプロモーターを有する発現ベクターに挿入する。この組換えベクターを、そのホスト細胞に導入することにより、ホスト細胞内でアマモV型H−ATPアーゼを発現させることができる。これにより、ホスト細胞に耐高pH性や耐塩性を付与することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アマモ(Zostera marina)V型H−ATPアーゼの塩基配列をコードする遺伝子、及びそのアミノ酸配列をコードするタンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
液胞膜に存在するH−ATPアーゼ(V型H−ATPアーゼ)は、液胞膜以外にも、小胞体、ゴルジ体又は被覆小胞等の膜に存在し、細胞質側からこれらの器官の内部へHの能動輸送を行う機能を有する(例えば、非特許文献1〜6を参照)。例えば、細胞質と液胞との間のpH勾配が2pHユニット以下、すなわちHの濃度差が100倍以下である場合に、V型H−ATPアーゼによるHの能動輸送によって、1ATPあたり3Hが液胞内へ輸送される(例えば、非特許文献7を参照)。このようなV型H−ATPアーゼによる能動輸送によって、液胞の内部は、酸性(pH5〜5.5)に保たれている。
【0003】
現在、V型H−ATPアーゼの研究は、疾患治療に関するものが多く、例えば、細胞の病的な液胞化を予防するために、V型H−ATPアーゼの活性を阻害する薬剤の開発等が行なわれている。
【0004】
また、植物では、シロイヌナズナ、大麦、カーネーション、ベンケイソウ、タバコ、イネ、ハママツナ、アイスプラントなどから、V型H−ATPアーゼ遺伝子が単離されている。
【非特許文献1】Ratajczak, R., Biophys. Acta, 1465, 17-36 (2000)
【非特許文献2】Herma. E. M., et al., Plant Physiol., 106, 1313-1324 (1994)
【非特許文献3】Dietz, K. J., et al., J. Exp. Bot., 52, 1969-1980 (2001)
【非特許文献4】Sze, H., et al., Trends Plant Sci., 7, 157-161 (2002)
【非特許文献5】Kluge, C., et al., BMC cell biology, (16 pages)(2004)
【非特許文献6】Kluge, C., et al., J. Bioenerg. Biomembr., 35, 377-388 (2003)
【非特許文献7】名古屋大学大学院,生命農学研究科,細胞ダイナミクス研究室,HP(http://celld.agr.nagoya-u.ac.jp/_Background_J.html#_VMPM32),細胞ダイナミクス:研究背景「植物の液胞膜と細胞質膜の物質輸送装置」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、アマモ(Zostera marina)V型H−ATPアーゼ遺伝子をクローニングすることにより、新規V型H−ATPアーゼ、それをコードする遺伝子、及びそれらの利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
植物のV型H−ATPアーゼは、11〜13種類のサブユニットで構成される複合酵素で、この酵素の触媒部位は、70kDaのサブユニット(サブユニットA)及び60kDa(サブユニットB)のサブユニットで構成される(Ratajczak, R., Biochim. Biophys. Acta, 1465, 17-36 (2000))。
【0007】
近年、ワタのV型H−ATPアーゼサブユニットAは、V型H−ATPアーゼサブユニットAを欠損する酵母細胞において、その酵母細胞の液胞機能を回復させることができることが報告された(Woonbong Kim, Ching-Yi Wan and Thea A. Wilkins, The Plant Journal, 17 (15), 501-510 (1999))。しかし、このワタのV型H−ATPアーゼサブユニットAは、V型H−ATPアーゼサブユニットAを欠損する酵母細胞において、その酵母細胞の液胞機能を、野生株の液胞機能と同等もしくは同等以上に回復させることができなかった(Woonbong Kim, Ching-Yi Wan and Thea A. Wilkins, The Plant Journal, 17 (15), 501-510 (1999))。
【0008】
本発明者らは、アマモ(Zostera marina)V型H−ATPアーゼの構成因子に関し、新規遺伝子の探索をするなかで、イネ(Oryza sativa)V型H−ATPアーゼのサブユニットBのうちvha-bと相同性を有する新規遺伝子ZMVHA-B1遺伝子の同定及びそのcDNAのクローニングに成功した。このZMVHA-B1遺伝子を酵母細胞で発現させたところ、高いpHの培地でもこの酵母細胞が生育できることや、その酵母細胞におけるATPアーゼ活性が野生株のATPアーゼ活性より強いことが明らかになり、本発明が完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明にかかるタンパク質は、以下の(a)又は(b)のタンパク質であることを特徴とする。
(a)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなり、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質。
【0010】
構造上は、例えば、遺伝子多型、クローニングの際のエラー、あるいは人為的変異導入等により、前記配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなることが考えられる。
【0011】
また、本発明にかかるDNAは、前記のタンパク質をコードすることを特徴とする。
【0012】
さらに、本発明にかかるDNAは、前記DNAであって、以下の(a)又は(b)のDNAであることを特徴とする。
(a)配列番号2の塩基配列を有するDNA。
(b)配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列を有し、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0013】
構造上は、例えば、遺伝子多型、クローニングの際のエラー、あるいは人為的変異導入等により、前記配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列からなることが考えられる。
【0014】
また、本発明にかかる発現ベクターは、前記タンパク質を発現することを特徴とする。
【0015】
さらに、本発明にかかる細胞は、前記発現ベクターを保持することを特徴とする。この細胞は、例えば、大腸菌のような原核生物でも、酵母のような単細胞真核生物でも、昆虫や哺乳類などの培養細胞でもよい。
【0016】
また、本発明にかかる細胞に耐高pH性を付与する方法は、前記タンパク質を該細胞に導入することを特徴とする。
【0017】
さらに、本発明にかかる細胞の耐塩性を増強する方法は、前記タンパク質を該細胞に導入することを特徴とする。
【0018】
なお、前記いずれかの方法は、前記タンパク質を発現する発現ベクターを前記細胞に導入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、新規V型H−ATPアーゼ、それをコードする遺伝子、及びそれらの利用方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の実施の形態において実施例を挙げながら具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0022】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0023】
===本発明のタンパク質及びDNA===
本発明にかかるタンパク質は、以下の(a)又は(b)のタンパク質である。
(a)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質(アマモZMVHA-B1タンパク質)。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなり、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質。
【0024】
これらのタンパク質を合成するには、そのタンパク質をコードするDNAを用いて、以下に記載のようにタンパク質を発現させてもよく、あるいは、そのタンパク質を化学合成してもよい。
【0025】
上記の(a)又は(b)のタンパク質をコードするDNAとしては、そのタンパク質のアミノ酸配列よりコドン表を用いて作成された配列を有するDNAでもよいが、以下の(a)又は(b)のDNAが特に好ましい。
(a)配列番号2の塩基配列を有するDNA(アマモZMVHA-B1遺伝子cDNA)。
(b)配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列を有し、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0026】
なお、これらのDNAを得るには、そのDNA配列を有するクローンが含まれるゲノムライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングしてもよく、そのDNA配列を有する生物種のゲノムやRNAを用いてPCRやRACE法等で増幅してもよく、これらを組み合わせてもよい。また、そのDNAを化学合成してもよい。
【0027】
===細胞へのZMVHA-B1タンパク質の導入===
細胞にZMVHA-B1タンパク質を導入するための方法として、ZMVHA-B1遺伝子又はそのcDNAを組み込んだ発現ベクターを、適当なホストに導入し、ZMVHA-B1遺伝子を発現させることにより、ホスト内でZMVHA-B1タンパク質を生成させることができる。発現ベクターは、導入するホストで機能するプロモーターを備えていれば、どんなベクターでもよく、プラスミドベクターでも、ウイルスベクターでもよい。ホストは、哺乳類や昆虫などの培養細胞、酵母などの単細胞真核生物、大腸菌等の原核生物など、遺伝子導入ができる細胞であれば、どんな細胞でもよい。また、遺伝子導入の系としては、発現ベクターを染色体の外におく一過的発現(transient expression)の系や、発現ベクターが染色体に組み込まれた永久発現(permanent expression)の系を用いてもよい。遺伝子導入は、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、ウイルス感染法など、常法に従って行う。
【0028】
細胞にZMVHA-B1タンパク質を導入するための別法として、Protein Transduction Domains (PTD) 融合タンパク質としてTATやVP22との融合タンパク質を用いてもよく、BioPorterTM、ChariotTMなどのタンパク質導入試薬を用いてもよい。
【0029】
以上のようなタンパク質導入系を用いて、細胞にZMVHA-B1タンパク質を導入することによって、その細胞にZMVHA-B1タンパク質の機能を付与することが可能になる。
【0030】
===ZMVHA-B1タンパク質の有用性===
本発明の実施例に示すように、ZMVHA-B1タンパク質を導入した細胞は、pHが高い培地においても生育することができるようになる。従って、ZMVHA-B1タンパク質を細胞に導入することにより、その細胞に耐高pH性を与えることができる。
【0031】
また、塩ストレスに対して耐性を有する植物細胞においては、H−ATPアーゼによって生じるプロトン輸送と協同して、Naイオンのような有毒性のイオンを液胞膜のアンチポーターを通じて細胞質から液胞内に排出することにより、細胞質内の塩濃度を下げることができる(Apse, M P. et al., Science 285, 1256-1258 (1999)、Zhang, H. K. and Blumwald, E., Nature Biotechnology, 19., 765-768 (2001)、Zhang, H. K. et al., Proc Natl Acad USA 98, 12832-12836)。
【0032】
そのため、目的の細胞に本発明のZMVHA-B1タンパク質を発現させれば、その細胞の耐塩性を増強させることが可能になる。このような植物細胞の具体例としては、イネ等が挙げられる。イネは塩分を含む土壌で生育できないことが知られている。しかしながら、イネに本発明のZMVHA-B1タンパク質を発現させれば、イネの耐塩性は増強し、塩分を含む土壌でもイネを生育させることができるようになり、環境における塩濃度変化に強いイネを生産できる。従って、本発明のZMVHA-B1遺伝子は、イネ等の分子育種の遺伝資源において有用である。
【0033】
さらに、環境ストレス(例えば、高浸透圧、有機溶剤による曝露)を受けやすい植物細胞に、本発明のZMVHA-B1タンパク質を発現させれば、その植物細胞に耐高pH性や耐塩性を与えることができるようになり、その結果、環境ストレス耐性を有する品種を提供することが可能になる。
【実施例】
【0034】
本発明者らは、アマモを用いて、V型H−ATPアーゼ遺伝子の同定をするなかで、アマモZMVHA-B1遺伝子を同定した。以下、本発明者らが行なった実験について説明する。
【0035】
===ZMVHA-B1遺伝子の同定とcDNAの単離===
(1)材料
アマモ(Zostera marina)を広島県安浦海岸で採取し、このアマモを水道水で洗い、直ちに液体窒素で凍結し、−80℃で保存した。
【0036】
(2)アマモDNAゲノムの調製方法
Saghai-Maroof等の方法(Saghai-Maroof MA, Soliman KM, Jorgensen RA, Allard RW (1984) Ribosomal DNA spacer-length polymorphisms in barley: Mendelian inheritance, chromosomal location, and population dynamics. Proc Natl Acad Sci USA 81: 8014-8018)に基づいたCTAB法を用いて、アマモの葉から、アマモDNAゲノムを単離した。
【0037】
(3)ZMVHA-B1遺伝子の単離
新規遺伝子ZMVHA-B1をクローニングするため、植物由来のV型H−ATPアーゼの触媒サブユニットB(vha-b)の塩基配列において、進化的に保存されている相同部分の配列より、以下のPCRプライマーを設計した。
<プライマーの配列>
フォワードプライマー1:5’-ACC ATT GAT GTG ATG AAC TCC ATT GC -3’(配列番号3)
リバースプライマー1:5’-ATC CTC AGA AGA AAG AGC YTC YTC TCC-3’(配列番号4)
【0038】
次に、上記(2)の方法によって得られたアマモのゲノムDNAを鋳型とし、上記のプライマーを用いて、95℃で4分間処理後、95℃30秒−57℃60秒−72℃3分のサイクルを30回繰り返し、72℃で7分間処理する条件でPCRを行ったところ、1800bpのDNA断片が増幅した。自動シークエンサーによって、この塩基配列を決定した。なお、PCRポリメラーゼは、ExTaq DNAポリメラーゼ(東洋紡株式会社)を用いた。また、PCRに用いた溶液の組成は、10mM Tris-HCl(pH 8.3)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、200μM dNTP、0.2μMの各プライマー、0.5単位のExTaq DNAポリメラーゼである。
【0039】
次に、アマモcDNAライブラリーを作製した。まず、アマモから低温処理−LiCl法により(Alemzadeh, A., et al., Plant Mol. Biol. Rep., 23, 421a-421hを参照)総RNAを単離した。次に、mRNAを精製しClontech SMART cDNA library kit (PT3000-2)を用いて(Kit付属のプライマー:CDSIII/3’ primer/ 5’ pcr primer)、RT−PCR反応によるcDNAを合成し、キットに添付のプロトコールに従って、cDNAファージライブラリーを作製した。
【0040】
PCRで得られたゲノムDNA断片を、Gene Images labeling Kit(P1)(Amersham Bioscience, NJ, USA)で標識し、それをプローブとして用いて、アマモcDNAライブラリーのスクリーニングを行なった。得られたcDNAを、ReverTra Ace Kit(東洋紡株式会社)を用いてpGEM-T Easy Vector(Promega, Wisconsin, USA)へ挿入し、Thermo Sequenase(登録商標)Primer Cycle Sequencing kit(Amersham Biosciences, New Jersey, USA)及びALF red automated DNA sequencer(Amersham Biosciences)を用いて、このcDNAの塩基配列(配列番号2)を決定したところ、このcDNAは、1464bpのORFを有し(配列番号2)、488のアミノ酸残基をコードする(54,368Da)(配列番号1)ことが推定された。
【0041】
このORF領域の塩基配列を、他の植物のV型H−ATPアーゼ遺伝子と比較したところ、ワタ(Gossypium hirsutum)由来の遺伝子と最も相同性が高く、96%の相同性を有していた。
【0042】
<プライマーの配列>
フォワードプライマー2:5’-ATA CAG GTA CCT AAT CTG AGA TGG GTG TGC-3’(配列番号5)
リバースプライマー2:5’-AGT GCA CTT TCT GAA TCA GCT GTT AGT GG -3’(配列番号6)
【0043】
次に、前述のPCR反応によって得られたDNAをKpn I制限酵素及びPvuII制限酵素と反応させて、1480bpのKpnI-Pvu II断片を得た。この断片をシャトルベクターpKT10のKpnI-Pvu IIサイトに挿入した(Tanaka, K., et al., Mol. Cell Biol., 10, 4303-4313 (1990)を参照)(以下、「pKT10ZMVHA-B1」という)。最後に、Escherichia coli JM109を用いて、大量のpKT10ZMVHA-B1プラスミドを作製した。
【0044】
===酵母細胞におけるZMVHA-B1の発現===
ZMVHA-B1タンパク質の機能を調べるため、以下の実験を行った。用いた細胞は、野生型(S. cerevisiae W303 (MATα, leu2, his3, met15, ura3)、vma2変異株(W303-1B Δvma2(VMA2::URA3)、Dr. N. Nelson, Tel Aviv university, Israelから入手、PNAS, vol.87, pp.3503-3507 (1990))、pKT10ベクターを導入したvma2変異株(vma2PKT10)、pKT10ZMVHA-B1ベクターを導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)の4種類である。なお、vma2変異株は、V型H−ATPアーゼのBサブユニット(触媒部分V1セクター)が欠損しているために、培地のpHが5.5付近であれば生育でき、培地のpHが6.5以上になると生育できない、という特性を有する(PNAS, vol.87, pp.3503-3507 (1990)、Cell vol.40, pp.1001-1009 (1985)を参照)。
【0045】
(1)酵母変異株への遺伝子導入と相補性試験
まず、アマモZMVHA-B1遺伝子のcDNAクローンをKpnI及びXhoIで切断し、酵母の発現ベクターであるpKT10ベクター(Tanaka K, Nakafuku M, Tamanoi F, Kaziro Y, Matsumoto K, Toh-e A (1990) IRA2, a second gene of Saccharomyces cerevisiae that encodes a protein with a domain homologous to mammalian ras GTPase-activating protein. Mol Cell Biol 10: 4303-4313)のKpnI/XhoI部位に挿入することにより、GAP(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)プロモーター下に挿入した。この発現ベクターを、Becker and Guarente(Becker DM, Guarente L (1991) High-efficiency transformation of yeast by electroporation. Methods Enzymol 194: 182-187)に従って、Gene Pulser Xcell(Bio-Rad, California, USA)を用いたエレクトロポレーション法によって、vma2変異株に導入した(vma2ZMVHA-B1)(Becker, D. M., and Guarente, L., Methods Enzymol., 194, 182-187 (1991)を参照)。また、pKT10ベクターのみをvma2変異株に導入した対照実験用細胞vma2PKT10も、上記方法によって作製した。
【0046】
次に、2%寒天を含有するYPAD培地(1% 酵母抽出物、2%ペプトン、0.0075% 1-アデニン、2%グルコース)に、4種類の細胞(野生型、vma2変異株、vma2ZMVHA-B1、vma2PKT10)をそれぞれ加え(105cells/ml)、28℃で培養した。培地のpHは1M HCl又は1M KOHを適宜加えることによって、pH7.5又はpH5.5に調整した。
【0047】
図1に示すように、培地のpHが5.5の場合、野生株、vma2変異株、形質転換株(vma2ZMVHA-B1、vma2PKT10)はいずれも生育することができた。しかしながら、培地のpHが7.5へ上昇した場合、野生株及びpKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)は生育できたが、vma2変異株及びpKT10ベクターを導入したvma2変異株(vma2PKT10)は生育できなかった。つまり、V型H−ATPアーゼ欠損株(vma2変異株)は、pH維持機能を失っているためにpH5.5付近でしか生育できないが、vma2変異株にZMVHA-B1遺伝子(V型H−ATPアーゼ遺伝子)を導入すればpH7.5でも生育できることが明らかになった。このことは、アマモZMVHA-B1タンパク質がH−ATPアーゼの機能を有し、酵母細胞に耐高pH性を付与できたことを示す。
【0048】
(2)酵母細胞における液胞の形態学的観察及び酵母細胞の液胞におけるATPアーゼの測定
さらに、培地のpHが7.5の場合に、酵母細胞の液胞機能がどの程度回復しているか調べるために、以下の実験を行った。
【0049】
(i)酵母細胞における液胞の形態学的観察
液胞は、正常な機能を有しているとき、外から与えられた蛍光色素を取りこみ、保持するという活性を有する。これにより、液胞を可視化することができると同時に、この蛍光色素取り込み活性を指標とし、取り込まれた蛍光色素による液胞の蛍光強度を測定することにより、液胞の機能を判定できる。
【0050】
まず、野生株、vma2変異株、形質転換株(vma2ZMVHA-B1、vma2PKT10)を、1μM液胞染色色素(Lyso SensorTM Green DND-189 (Invitrogen, L7535))を添加した培地で培養した。10〜15分後、微分緩衝顕微鏡及び蛍光顕微鏡(Olympus BX60蛍光顕微鏡)を用いてこれらの細胞を観察した(Nelson, H., and Nelson, N., Proc. Nalt. Acad. Sci. USA., 87, 3503-3507 (1990)を参照)。ここで、染色された細胞は、機能している液胞を有し、染色されていない細胞は、機能していない液胞を有していることを示す。
【0051】
微分緩衝顕微鏡(Nomarski)を用いて各酵母細胞を観察したところ、vma2変異株には小さく分散した液胞や多数の小胞構造が認められたが、pKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株にはこのような液胞や小胞構造は認められなかった(図3)。また、各細胞に存在する液胞のサイズを計測したところ、野生株の液胞のサイズは2.4±0.65μm (n=32)、vma2変異株の液胞のサイズは1.6±0.9μm (n=29)、pKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株の液胞のサイズは3.0±1.31μm (n=32)であった。さらに、野生株及びpKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)は液胞染色色素で染色されたが、vma2変異株及びpKT10ベクターを導入したvma2変異株(vma2PKT10)は液胞染色色素で染色されなかった(図2)。
【0052】
以上より、pKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)の液胞の形態は、野生株の液胞の形態と同等であり、pKT10ZMVHA-B1を導入することにより液胞の機能も回復することが明らかになった。そこで、次に、細胞に取り込まれた蛍光色素の量を指標にして、液胞機能の定量化を試みた。
【0053】
(ii)各酵母細胞の液胞における蛍光色素取り込み活性の測定
まず、YPAD培地(1% 酵母抽出物、2%ペプトン、0.0075% 1-アデニン、2%グルコース)に、野生株、vma2変異株、形質転換株(vma2ZMVHA-B1)をそれぞれ加え、28℃で培養した。指数増殖期に達するまでこれらの細胞を培養した後、これらの細胞をSD培地(2%グルコース含有合成培地)で洗浄し、1μM液胞染色色素(Lyso SensorTM Green DND-189 (Invitrogen, L7535))で染色した。染色後の各細胞の蛍光強度を、FP-6500蛍光分光光度計(Jasco, Essex, United Kingdom)(励起波長:443nm、発光波長:505nm)を用いて測定した。
【0054】
その結果、各細胞の蛍光強度は、細胞2.3×106個あたり、野生株610.0、vma2変異株316.3、形質転換株(vma2ZMVHA-B1)805.7であった。このように、vma2変異株の液胞の機能は低下していたが、pKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)の液胞の機能は野生株より強化されていた。
【0055】
(iii)各酵母細胞における液胞膜のATPアーゼ活性
次に、各酵母細胞において、液胞膜に存在するATPアーゼの活性を調べるために、以下の実験を行った。
【0056】
(a)酵母細胞における細胞膜の調製
GoffeauとDufourの方法に従って、酵母細胞における細胞膜を調製した(Goffeau A. and Dufour J. P., Methods Enzymol., 157, 528-533 (1988)。まず、酵母細胞を、800mlのYAGlcに入れ、指数増殖期(後期)に達するまで培養した。次に、これらの細胞を、遠心分離によって回収し、氷水で3回洗浄し、溶液(250mMソルビトール、1mM MgCl2、50mMイミダゾール(pH7.5)、5mM DTT、1mM PMSF含有)に懸濁した。
【0057】
次に、加圧型細胞破壊装置(15000psi)を用いて、この懸濁液に存在する酵母細胞を破壊し、遠心分離(粗分画段階4800rpm、5分、本分画段階44000rpm、1時間)によって液胞膜が含まれる分画を回収した。回収した液胞膜を溶液(10mMイミダゾール(pH7.5)、0.1mMオルトバナジウム酸ナトリウム含有)に懸濁し、この懸濁液を液体窒素で凍結した。なお、液胞膜の濃度は、BCA protein assay kit (Pierce, Rockford, IL, USA)を用いて測定した。
【0058】
(b)ATPアーゼアッセイ
上記の方法によって調製した液胞膜タンパク質2μgを100μlの反応溶液(5mM ATPNa2 (Wako, Osaka, Japan)、5mM MgCl2、25mM Mes-KOH (pH7.0)、10mM アジ化ナトリウム(ミトコンドリアのATPアーゼ阻害剤)、0.2mM モリブデン酸ナトリウム(ホスファターゼ阻害剤)、25μMバナジウム酸塩(原形質膜ATPアーゼ阻害剤))に入れて、30℃で17分間反応させた。その後、この反応溶液に60μl TCA、30μl モリブデン酸アンモニウム(2M H2SO4溶液中)、30μl 1アミノ2ナフトール4スルホン酸及び3% NaHSO3を入れて、この反応を中止させた。分光光度計を用いてこの溶液の吸光度(700nm)を測定した。
【0059】
その結果、各酵母細胞の液胞膜に存在するATPアーゼの活性は、1 mgタンパク質あたり、野生株2.9μmol Pi/min、vma2変異株1.7μmol Pi/min、形質転換株(vma2ZMVHA-B1)3.1μmol Pi/minであった。これより、vma2変異株の液胞は野生株よりも弱いATPアーゼ活性を有しているが、pKT10ZMVHA-B1遺伝子を導入することによりATPアーゼ活性を回復させることができるだけでなく、野生株よりも強いATPアーゼ活性を賦与できることが明らかになった。
【0060】
以上より、ZMVHA-B1遺伝子(アマモのV型H−ATPアーゼ遺伝子)の導入によって、進化的に遠縁である酵母細胞の液胞機能を強化できることが明らかになった。
【0061】
===異なる塩濃度によるZMVHA-B1の発現の変化===
(1)リアルタイムPCR法による器官特異的ZMVHA-B1 mRNAの発現
器官特異的なZMVHA-B1 mRNAの発現量を調べるために、以下の実験を行った。
まず、アマモ(Zostera marina)を広島県安浦海岸で採取し、低温LiCl法(Alemzadeh, A., et al., Plant Mol. Biol. Rep., 23, 421a-421hを参照)を用いて、アマモの葉、根茎及び根からmRNAを調製した。
次に、cDNA調製キット(Toyobo, Revertra Ace kit)を用いて、上記方法によって得られたmRNAからcDNAを調製し、その後、LINE Gene Fluorescence Quantitative Detection System (BioFlux)を用いて定量PCRを行なった(ZMVHA-B1フォワードプライマー:5’-TGT CCT GCC ATC TCT ATC CC-3’(配列番号7)、ZMVHA-B1リバースプライマー:5’-AAC AAC AGC CTT CAT TGC TTG-3’(配列番号8))。なお、図4Aに示すグラフの縦軸の数値は、得られたZMVHA-B1遺伝子量とアクチン遺伝子量(アクチンフォワードプライマー:5’-AGG TTC TCT TCC AGC CTT C-3’(配列番号9)、アクチンリバースプライマー:5’-CCT TGC TCA TCC TAT CTG C-3’(配列番号10))との相対値を示す。
【0062】
その結果、図4Aに示す通り、ZMVHA-B1 mRNAは全ての器官(葉、根茎及び根)で発現しており、特に葉で多く発現していることが分かった。このようにZMVHA-B1 mRNAは葉で多く発現していることが分かったので、以下の実験では実験材料として葉を用いた。
【0063】
(2)異なる塩濃度によるZMVHA-B1の発現の変化
ZMVHA-B1遺伝子(V型H−ATPアーゼ)の発現と環境の塩濃度との関係を調べるために、以下の実験を行った。
【0064】
まず、アマモ(Zostera marina)を広島県安浦海岸で採取し、採取したアマモの葉を種々のNaCl溶液(300mM, 600mM, 900mM又は2000mMのNaClを含む50mMリン酸緩衝液)に浸した。NaCl処理開始後、1時間おきにアマモの葉を回収した。その後、低温LiCl法(Alemzadeh, A., et al., Plant Mol. Biol. Rep., 23, 421a-421hを参照)を用いて、回収した各葉からmRNAを調製した。
【0065】
次に、cDNA調製キット(Toyobo, Revertra Ace kit)を用いて、上記方法によって得られたmRNAからcDNAを調製し、その後、LINE Gene Fluorescence Quantitative Detection System (BioFlux)を用いて定量PCRを行なった(ZMVHA-B1フォワードプライマー:TGT CCT GCC ATC TCT ATC CC(配列番号7)、ZMVHA-B1リバースプライマー:AAC AAC AGC CTT CAT TGC TTG(配列番号8))。なお、図4Bに示すグラフの縦軸の数値は、得られたZMVHA-B1遺伝子量とアクチン遺伝子量(アクチンフォワードプライマー:5’-AGG TTC TCT TCC AGC CTT C-3’(配列番号9)、アクチンリバースプライマー:5’-CCT TGC TCA TCC TAT CTG C-3’(配列番号10))との相対値を示す。なお、上記全ての操作は、4℃で行なった。
【0066】
図4Bに示す通り、塩濃度を300mMから600mMへ上昇させると、塩濃度の上昇に対応して、ZMVHA-B1 mRNAの発現が一過性に上昇した。これより、ZMVHA-B1遺伝子(V型H−ATPアーゼ)の発現は、外界の塩濃度の上昇で誘導されることが明らかになった。なお、塩濃度が900mM及び2000mMである場合、塩濃度の上昇に対応して、ZMVHA-B1 mRNAの発現の上昇は認められなかった。これは、これらの溶液がかなりの高張液であったためにアマモ細胞が原形質分離を起こしたためである。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の一実施例において、野生型(S. cerevisiae W303 (MATα, leu2, his3, met15, ura3))、vma2変異株(W303-1B ΔVma2(VMA2::URA3))、pKT10を導入したvma2変異株(vma2PKT10)、及びpKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)の生育状況をpHごと(pH7.5又は5.5)に示した図である。
【図2】本発明の一実施例において、野生型(S. cerevisiae W303 (MATα, leu2, his3, met15, ura3))、vma2変異株(W303-1B ΔVma2(VMA2::URA3))、pKT10を導入したvma2変異株(vma2PKT10)、及びpKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)の液胞を形態学的に示した図である。上段は、各細胞の微分緩衝顕微鏡像(Nomarski)を、下段は、蛍光顕微鏡像を示す。
【図3】本発明の一実施例において、野生型(S. cerevisiae W303 (MATα, leu2, his3, met15, ura3))、vma2変異株(W303-1B ΔVma2(VMA2::URA3))、及びpKT10ZMVHA-B1を導入したvma2変異株(vma2ZMVHA-B1)の微分緩衝顕微鏡像(Nomarski)を拡大した図である。矢印は、液胞を示す。
【図4A】本発明の一実施例において、アマモの葉、根茎、及び根におけるZMVHA-B1 mRNAの発現量を、リアルタイムPCR法によって測定した結果を示す図である。
【図4B】本発明の一実施例において、塩濃度の違いによるアマモの葉におけるZMVHA-B1 mRNAの発現量を、リアルタイムPCR法によって測定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(b)配列番号1のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、又は付加したアミノ酸配列からなり、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードするDNA。
【請求項3】
請求項2に記載のDNAであって、以下の(a)又は(b)のDNA。
(a)配列番号2の塩基配列を有するDNA。
(b)配列番号2の塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換、又は付加した塩基配列を有し、H−ATPアーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項4】
請求項1に記載のタンパク質を発現する発現ベクター。
【請求項5】
請求項4に記載の発現ベクターを保持する細胞。
【請求項6】
細胞に耐高pH性を付与する方法であって、請求項1に記載のタンパク質を該細胞に導入することを特徴とする方法。
【請求項7】
細胞の耐塩性を増強する方法であって、請求項1に記載のタンパク質を該細胞に導入することを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1に記載のタンパク質を発現する発現ベクターを前記細胞に導入することを特徴とする請求項6又は7に記載の方法。

【図4A】
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【図4B】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−259475(P2008−259475A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−106254(P2007−106254)
【出願日】平成19年4月13日(2007.4.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 編集兼発行人:社団法人 日本生物工学会 五十嵐 泰夫、刊行物名:Journal of Bioscience and Bioengineering、巻数:102、号数:5、発行年月日:平成18年11月25日
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】