説明

HIV−プロテアーゼ阻害剤及びその製造方法

【課題】新規なHIV−プロテアーゼ阻害剤及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】培地に乳酸菌と枯草菌を植菌し、培養する第1発酵工程、第1発酵工程後の培地にキノコ菌を植菌し、培養するキノコ菌培養工程、キノコ菌培養工程で得られたキノコ菌培養物に麹菌及び水を添加し、培養する第2発酵工程、及び第2発酵工程で得られた培養物を固液分離する固液分離工程によって、HIV−プロテアーゼ阻害活性を有するエキスを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はHIV−プロテアーゼ阻害剤及びその製造方法に関する。詳しくは、キノコ類を原料としたHIV−プロテアーゼ阻害剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キノコ類から抽出した物質の中には、ヒト免疫不全症候群ウイルス(HIV)活性を阻害する作用を有するものがあり、その本質は、HIV−1プロテアーゼに対する阻害効果であることが知られている。例えば、カバノアナタケ抽出物のHIV−1プロテアーゼ阻害効果について、産業技術総合研究所の丸山、市村らが報告している(非特許文献1)。このプロテアーゼ阻害効果は、抽出物に含まれる「水溶性リグニン」という成分によるものである。このリグニンは、キノコ類以外に、様々な植物にも含まれている。岐阜県生活技術研究所の伊藤、関らは、稲わら、スギ由来のリグニンおよびリグニン誘導体に、HIV−1プロテアーゼ阻害効果があることを報告している。
【特許文献1】特開平11−103665号公報
【特許文献2】特開2001−120058号公報
【特許文献3】特開2002−104988号公報
【特許文献4】特開2004−321168号公報
【特許文献5】特開2005−46144号公報
【非特許文献1】Ichimura et al. Biosci. Biotechnol. Biochem., 62, 575-577, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
近年、担子菌類ハラタケ科のキノコであるアガリクス茸の薬理作用が注目を集めており、薬理作用の検討をはじめ、栽培方法や加工方法の改良等、アガリクス茸に関する数多くの研究・開発が行われている(特許文献1〜5など)。しかしながら、アガリクス茸又はその抽出エキスなどがHIVに対して有効であるとする報告はこれまでにない。
以上の背景の下、本発明は新規なHIV−プロテアーゼ阻害剤及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、キノコ類の抽出エキスの製造法及び用途を模索する中で、乳酸菌と枯草菌による培養(発酵)を経た培地でキノコ菌を培養して得られる培養物を更に麹菌で培養し、その後に液状部を分離するという、独自のキノコエキス製造法を創出した。そして、当該製造法の有用性を検証すべく、アガリクス茸を原料としてエキスを製造し、その薬理作用を調べた。その結果、驚くべきことに特異的なHIVプロテアーゼ阻害活性が当該エキスに認められた。
本発明は以上の成果に基づくものであり、以下のHIV−プロテアーゼ阻害剤、及びHIV−プロテアーゼ阻害剤の製造方法を提供する。
[1]乳酸菌と枯草菌で発酵させた培地を用いてキノコ菌を培養した後、さらに麹菌で発酵させて得られる培養物の液状部又は該液状部の濃縮若しくは希釈物を含む、HIV−プロテアーゼ阻害剤。
[2]前記乳酸菌がバシラス・コアグランス(Bacillus coagulans)である、[1]に記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
[3]前記枯草菌が納豆菌(Bacillus subtilis natto)である、[1]又は[2]に記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
[4]前記キノコ菌がアガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei Murill)である、[1]〜[3]のいずれかに記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
[5]前記培地の主成分がコーンコブミール、竹破砕物、稲ワラ、麦わら、サトウキビ搾りかす又は食用キノコ廃培地である、[1]〜[4]のいずれかに記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
[6]前記麹菌がアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)又はアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)である、[1]〜[5]のいずれかに記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
[7]培地に乳酸菌と枯草菌を植菌し、培養する第1発酵工程、
第1発酵工程後の培地にキノコ菌を植菌し、培養するキノコ菌培養工程、
キノコ菌培養工程で得られた培養物に麹菌及び水を添加し、培養する第2発酵工程、及び 第2発酵工程で得られた培養物を固液分離する固液分離工程、 を含む、HIV−プロテアーゼ阻害剤の製造方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
本発明のHIV−プロテアーゼ阻害剤は、乳酸菌と枯草菌で発酵させた培地を用いてキノコ菌を培養した後、さらに麹菌で発酵させて得られる培養物の液状部又は当該液状部の濃縮若しくは希釈物を含むことを特徴とする。即ち本発明のHIV−プロテアーゼ阻害剤は、(1)乳酸菌と枯草菌による発酵(第1発酵工程)、(2)キノコ菌の培養(キノコ菌培養工程)、(3)麹菌による発酵(第2発酵工程)、及び(4)培養物の液状部の分離(固液分離工程)を経て得られる液体又はその濃縮又は希釈物(以下、これら3つをまとめて「発酵キノコエキス」と呼ぶ)を有効成分とする。尚、ここでの「濃縮」及び「希釈」の程度は特に限定されない。従って、水分量が実質的にない状態(即ち乾燥状態)にまですることも「濃縮」の概念に含むものとする。以下、図1を参照しながら発酵キノコエキスの製造工程について詳述する。
【0006】
(1)第1発酵工程(図1のa)
この工程ではまず培地を用意する。後のキノコ菌の培養に適し、且つ乳酸菌及び枯草菌が資化可能なものである限り、培地の種類は特に限定されない。例えば、コーンコブミール(トウモロコシ芯の粉砕物)、竹や笹或いはススキ等の粉砕物、廃ホダギ(椎茸や舞茸等の栽培廃棄物)の粉砕物、コーヒーかす、稲ワラ、麦わら、サトウキビ搾りかす等を基材とし、おから(豆乳の絞りかす)、豆類(大豆など)の粉砕物、小麦ふすま、米ぬか、及びトウモロコシぬか等の栄養材を添加した培地を使用することができる。基材と栄養材の使用量比率を重量比で60〜90:40〜10になるようにするとよい。尚、使用する基材に十分な量の栄養分(窒素分など)が含有されている場合には栄養材の併用は必須ではない。
【0007】
培地を均一に混合した後、水分量を50%〜80%、好ましくは65%〜75%に調整する。このように準備した培地に乳酸菌及び枯草菌を植菌し、培養する。乳酸菌又は枯草菌の培養開始を他方の培養開始に先行させてもよい。即ち、乳酸菌の植菌時期と枯草菌の植菌時期は必ずしも同時でなくてよい。
【0008】
乳酸菌としては、バシラス・コアグランス(Bacillus coagulans)等のバシラス属の乳酸菌、ラクトバシラス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ラクトバシラス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)、ラクトバシラス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバシラス・ブレビス(Lactobacillus brevis)、ラクトバシラス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)等のラクトバシラス属の乳酸菌、ビフィドバクテリウム・ビフィダム(Bifidobacterium bifidum)、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)、ビフィドバクテリウム・ラクティス(Bifidobacterium lactis)等のビフィドバクテリウム属の乳酸菌、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトコッカス・クレモリス(Lactococcus cremoris)、ラクトコッカス・ジアセチラクティス(Lactococcus diacetylactis)、ラクトコッカス・プランタラム(Lactococcus plantarum)、ラクトコッカス・ラフィノラクティス(Lactococcus rafinolactis)等のラクトコッカス属の乳酸菌、ペディオコッカス・ダムノサス(Pediococcus damnosus)、ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)等のペディオコッカス属の乳酸菌、カルノバクテリウム・ディバージェンス(Carnobacterium divergens)、カルノバクテリウム・ピシコーラ(Carnobacterium piscicola)等のカルノバクテリウム属の乳酸菌、ロイコノストック・メセンテロイズ(Leuconostoc mesenteroides)、ロイコノストック・シトレウム(Leuconostoc citreum)等のロイコノストック属の乳酸菌、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)、ストレプトコッカス・フェーカリス(Streptococcus faecalis)、ストレプトコッカス・ピオジェネス(Streptococcus pyogenes)等のストレプトコッカス属の乳酸菌、エンテロコッカス・カゼリフラバス(Enterococcus caseliflavus)、エンテロコッカス・サルフレウス(Enterococcus sulfreus)等のエンテロコッカス属の乳酸菌を使用することができる。尚、市販の菌株又は公的機関等に寄託された菌株を用いることしても、新たに単離した菌を使用することにしてもよい。また、二種類以上の乳酸菌を併用することにしてもよい。
【0009】
枯草菌(Bacillus subtilis)として納豆菌(Bacillus subtilis natto)を使用することが好ましい。納豆菌の種類は特に限定されず、宮城野菌(有限会社 宮城野納豆菌製造所)、成瀬菌(株式会社 成瀬発酵化学研究所)、高橋菌(納豆素本舗 高橋祐蔵研究所)等を使用することができる。尚、市販の菌株又は公的機関等に寄託された菌株を用いることとしても、新たに単離した菌を使用することにしてもよい。また、二種類以上の枯草菌を併用することにしてもよい。
【0010】
乳酸菌と枯草菌を培地へ植菌すると次第に培地温度が上昇する。通常、培地への両菌の植菌後数時間(2〜6時間程度)で培地温度が40℃程度まで上昇する(予備発酵)。予備発酵後、ボイラーなどの蒸気で加温及び加湿可能な室内に培地を移し、室温を40℃〜60℃程度に維持することが好ましい。このようにすることによって培地温度が約45℃〜約60℃に保持され、乳酸菌及び枯草菌による良好な発酵が進行する(本発酵)。この本発酵を10日〜2月、好ましくは20日〜1月継続する。尚、発酵時に使用する容器の大きさは特に問わないが、通気不良を起こすことを防止し且つ水分の維持をしやすくするために、培地の高さを10cm〜30cm、好ましくは15cm〜25cm程度にして発酵させるとよい。
【0011】
(2)キノコ菌培養工程(図1のb)
まず、発酵工程後の培地の温度を適温まで下げる。例えば、培地温度が30℃以下になった時点でキノコ菌を植菌する。キノコ菌としては、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei Murill)、シイタケ(Lentinula edodes)、エノキタケ(Flammulina velutipes)、マッシュルーム(Agaricus bisporus)、マイタケ(Grifola frondosa)、ホンシメジ(Lyophyllum shimeji)、ブナシメジ(Hypsizigus marmoreus)、ナメコ(Pholiota nameko)、エリンギ(Pleurotus eryngii)等を用いることができる。乳酸菌又は枯草菌の混入がキノコの菌糸体の生育に影響する場合、植菌に先立って培地を滅菌(殺菌)することが好ましい。培地の滅菌はオートクレーブ(例えば120℃、2気圧で10〜30分)、間歇滅菌法、煮沸滅菌法など、常法で行えばよい。尚、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei Murill)やマッシュルーム(Agaricus bisporus)等は滅菌操作をすることなく直接、植菌することもできる。
【0012】
植菌後、使用するキノコ菌の生育に適した条件で菌糸体が十分に生育するまで培養する。培養期間は例えば1月間〜4月間とする。培養条件の例を以下に示す。
アガリクス・ブラゼイ・ムリル:室温26〜30℃、湿度85%前後
シイタケ:室温20〜25℃、湿度85%前後
マッシュルーム:室温22〜27℃(平均24.5℃)、湿度85%前後
マイタケ:室温20〜25℃、湿度85%前後
【0013】
(3)第2発酵工程(図1のc)
この工程では、以上の培養によって得られたキノコ菌培養物に麹菌及び水を添加し、麹菌による発酵を行う。
麹菌としては、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス フラバス(Aspergillus flavus)、アスペルギルス・ポリオキソジェネス(Aspergillus polyoxogenes)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・カワウチ(Aspergillus kawauchii)、アスペルギルス・サミ(Aspergillus usami)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)、モナスカス・ピロサス(Monascus pilosus)、リゾプス・オリゴスポラス(Rhizopus oligosporus)、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)等を用いることができる。中でも、発育が容易で有機酸を生成しやすい等の理由から、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)又はアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)を用いることが好ましい。
【0014】
麹菌と水の添加後、使用する麹菌に応じた条件で培養(発酵)する。例えば、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)であれば24〜28℃、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)であれば24〜28℃の温度条件下で培養するとよい。培養時間は特に限定されず、例えば12時間〜48時間培養を継続する。培養終了後、滅菌処理することが好ましい。
【0015】
(4)固液分離工程(図1のd)
この工程では、以上の培養(発酵)によって得られた培養物を固液分離し、不要な固形分を除去する。固液分離はろ過、圧搾分離、遠心分離等によって実施可能であるが、操作が簡便であり、有効成分のロスも少ないことから、好ましくはろ過によって固液分離する。ろ過には布製(不織布製を含む)金属製、又は樹脂製のフィルタを利用することができる。尚、固液分離によって得られる液体の固形分濃度が0.5%〜3%程度になるように固液分離の条件を設定することが好ましい。
固液分離によって得られた液体(培養物の液状部)は、必要に応じて、濃縮又は希釈される。
【0016】
以上の一連の工程によって得られた発酵キノコエキスはそのまま又は必要な製剤化の工程を経た後、HIV−プロテアーゼ阻害剤として用いられる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0017】
製剤化する場合の剤型も特に限定されない。例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤などの剤型を採用することができる。
【0018】
本発明のHIV−プロテアーゼ阻害剤はその形態(特に剤型)に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、筋肉、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によってHIV患者に適用される。
本発明のHIV−プロテアーゼ阻害剤の投与量は、期待される治療効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に症状、患者の年齢、性別、及び体重などが考慮される。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。投与スケジュールとしては例えば1日1回〜数回、2日に1回、或いは3日に1回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の病状や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【実施例】
【0019】
<発酵キノコエキスの製造>
以下の製造工程に従い、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei Murill)を原料とした発酵キノコエキスを製造した。
【0020】
1.乳酸菌と納豆菌による発酵(第1発酵工程)
コーンコブミールとおからを重量比で80対20の割合で混合した。均一になるまで攪拌した後、散水して水分量を65%〜75%に調整した。このように準備した培地に乳酸菌(Bacillus coagulans、NBRC 3557、独立行政法人製品評価技術基盤機構)を予めMedium203(Pepton 10g、Yeast extract 5g、Liver,infusion from 25g、Glucose 3g、Glycerol 15g、Nacl 3gを蒸留水に溶解して1リットルにしたもの)にて培養したもの、及び納豆菌(Bacillus subtilis、NBRC 3007、独立行政法人製品評価技術基盤機構)を予めMedium203にて培養したものを、コーンコブミールとおからの培地重量に対してそれぞれ1〜5重量%となるように植菌した。この状態で室温(20〜25℃)の室内に1日間放置した(予備発酵)。これによって培地温度が約40℃まで上昇した。次に、培地を栽培箱(幅40cm、奥行き60cm、深さ20cm)に敷きつめ、ボイラーの蒸気で加温及び加湿可能な室内に移した。室温を約50℃、湿度を約90%に維持し、1ヶ月間発酵させた(本発酵)。尚、培地のpHを測定したところ、発酵前はpH7前後であり、発酵中には一時的にpH9程度まで上昇し、発酵が進行するに従いpHが低下し、最終的に元のpH(7前後)に戻った。
【0021】
2.キノコ菌の植菌及び培養(キノコ菌培養工程)
培地のpHが7前後に戻った時点で自然放冷し、培地温度を約25℃まで低下させた。次に、アガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei Murill)の種菌を培地に対して約1〜5重量%となるように植菌した。植菌後は室温25℃、湿度85%の環境下で培養した。菌糸体の生育状態を観察しながら約3ヶ月培養を継続した。
【0022】
3.麹菌による発酵工程(第2発酵工程)
以上の培養によって得られた菌糸体培養物100kgに麹(予め米・ジャガイモ・でんぷん・キノコ子実体粉末を使用した培地で培養しておいたアスペルギルス・オリゼ)と水150リットルを混合した後、温度を約60℃までゆっくりと上昇させた。続いて、温度を維持しつつ約24時間後、殺菌処理(85℃、3時間)した。
【0023】
4.エキスの分取(固液分離工程)
殺菌処理後の培養物を50メッシュのフィルタ及び200メッシュのフィルタで順次ろ過し、固形物を除去した。得られたろ液(発酵キノコエキス)を保冷(−20℃以下)した後、加温(80℃以上)し、最後に瓶詰めした。尚、発酵キノコエキスの固形分濃度及びpHを測定したところ約2%及び約5.5であった。その他の成分分析結果を図2の表に示す。
【0024】
<発酵キノコエキスのHIVプロテアーゼ阻害能>
以下の手順で、発酵キノコエキスがHIV−1プロテアーゼに対して阻害効果を有するかどうかを検討した。具体的には、HIVプロテアーゼが基質ペプチドをどの程度分解したのかを蛍光発色法によって定量し、発酵キノコエキスの有無で、HIVプロテアーゼのペプチドの分解能力が変化するかどうかを調べた。
ところでプロテアーゼはHIVに限らず人体にも存在する。例えば、消化管内に存在する消化プロテアーゼはその代表である。発酵キノコエキスが、HIVプロテアーゼだけでなく、消化プロテアーゼにも効果があるかどうかを知ることは、発酵キノコエキスのHIV−1プロテアーゼ阻害効果が非特異的にプロテアーゼを抑制するためなのか、それともHIV−1プロテアーゼに特異的なのかを判断する上で重要である。また、発酵キノコエキスを経口摂取することを想定すれば、消化プロテアーゼに効果があるか否かは、注目すべき点である。そこで、発酵キノコエキスが消化プロテアーゼに対して阻害効果を有しているかどうかも検討することにした。具体的には、代表的な消化プロテアーゼであるペプシンおよびトリプシンが、基質タンパク質をどの程度分解したのかを、紫外部吸光法および電気泳動法によって解析し、発酵キノコエキスの有無でプロテアーゼのペプチドの分解能力が変化するかどうかを調べた。
【0025】
1.実験方法
(1)HIVプロテアーゼ活性に対する発酵キノコエキスの効果
市販のHIVプロテアーゼアッセイキット(EnzoLyte 490 HIV-1 Protease Assay Kit)を用いて、HIVプロテアーゼ活性の測定を行った。当該キットでは、HIVプロテアーゼが基質ペプチド(蛍光物質で標識されている)を切断することによって発生する蛍光を指標として試料中のHIVプロテアーゼ活性が検出される。HIVプロテアーゼ、基質ペプチド、反応バッファーの他に、水(コントロール)、ペプスタチンA(プロテアーゼの一般的な阻害物質)、発酵キノコエキス、あるいはリグニンを加えて反応を行った。分解された基質由来の発光物質を定量することによってHIVプロテアーゼの酵素活性を評価した。
【0026】
(2)ペプシン活性に対する発酵キノコエキスの効果
基質タンパク質(ヘモグロビン)がどのくらい分解されたのかを紫外部吸光法によって定量した。具体的には、ペプシン、基質タンパク質、反応バッファーの他に、水(コントロール)、ペプスタチンA(プロテアーゼの一般的な阻害物質)、または発酵キノコエキスを加えて反応を行った。そして、反応液から未分解のヘモグロビンを除去した上清に280nmの波長の光を照射して、その吸光度を測定することで、ペプシンが基質タンパク質を分解することによって生じた分解産物(ペプチド)を定量した。分解産物の量でペプシンの酵素活性を評価した。
【0027】
(3)トリプシン活性に対する発酵キノコエキスの効果
基質タンパク質(ウシ血清アルブミン)がどのくらい分解されたのかを電気泳動法によって定量した。具体的には、トリプシン、基質タンパク質、反応バッファーの他に、水(コントロール)、または発酵キノコエキスを加えて反応を行った。そして、反応液を電気泳動し、ウシ血清アルブミンがトリプシンによってどのくらい分解されたのかを検出して、電気泳動のバンドの減少によってトリプシンの酵素活性を評価した。
【0028】
2.結果
(1)HIVプロテアーゼ活性に対するペプスタチンAの効果
HIVプロテアーゼ反応液にペプスタチンAを0.04、0.4、4μM加えた。ペプスタチンAの濃度に依存して、HIVプロテアーゼの基質ペプチド切断活性が抑制された(図3)。
【0029】
(2)HIVプロテアーゼ活性に対する発酵キノコエキスの効果
HIVプロテアーゼ反応液に発酵キノコエキス(濃度1.6%に調整したものを原液として)を0.005、0.05、0.5%加えた。発酵キノコエキスの濃度に依存して、HIVプロテアーゼの基質ペプチド切断活性が抑制された(図4)。
【0030】
(3)HIVプロテアーゼ活性に対するリグニンの効果
HIVプロテアーゼ反応液にリグニンを0.5、5、50μg/ml加えた。リグニンの濃度に依存して、HIVプロテアーゼの基質ペプチド切断活性が抑制された(図5)。
【0031】
(4)ペプシン活性に対するペプスタチンAの効果
ペプシン反応液にペプスタチンAを0.04、0.4μM加えた。ペプスタチンAの濃度に依存して、ペプシンのヘモグロビン分解活性が抑制された(図6)。
【0032】
(5)ペプシン活性に対する発酵キノコエキスの効果
ペプシン反応液に発酵キノコエキスを0.5または1%加えた。発酵キノコエキスの添加の有無に関わらず、ペプシンのヘモグロビン分解活性は変化しなかった(図7)。
【0033】
(6)トリプシン活性に対する発酵キノコエキスの効果
トリプシン反応液に発酵キノコエキスを0.5または1%加えた。発酵キノコエキスの添加の有無に関わらず、トリプシンはウシ血清アルブミンを分解した(図8)。
【0034】
3.考察
測定されたHIVプロテアーゼの活性に由来すると思われる値は、ペプスタチンAによって抑制されたので、HIVプロテアーゼの活性であると確認できた。
HIVプロテアーゼ活性は、発酵キノコエキスによって抑制された。発酵キノコエキスには、HIVプロテアーゼを抑制する物質が含まれていると考えられる。その候補物質のひとつがリグニンである。実際、リグニンも同様に、HIVプロテアーゼ活性を抑制した。発酵キノコエキスとリグニン溶液の色、においが非常に類似していることから、発酵キノコエキスにはリグニン様物質が含有している可能性が高い。そのため、発酵キノコエキス中のリグニン様物質がHIVプロテアーゼ活性を抑制したと考えることができる。
HIVプロテアーゼとは異なり、発酵キノコエキスは、消化プロテアーゼであるペプシンおよびトリプシン活性に対しては、影響を示さなかった。このことから、発酵キノコエキスのHIV−1プロテアーゼ阻害効果は、非特異的にプロテアーゼを抑制するものではなく、HIV−1プロテアーゼおよびその類似プロテアーゼに特異的なものと推察できる。
また、消化プロテアーゼに影響しなかったという結果は、発酵キノコエキスを飲用した場合に消化管内でペプシンやトリプシン活性に対して大きな影響を与えない可能性を示唆している。これは、高い安全性を示しているものと理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のHIV-プロテアーゼ阻害剤はHIV-プロテアーゼに対して特異的な阻害活性を発揮することから、HIVの治療又は予防を目的とした医薬や食品又はそれらの材料として利用されることが期待される。
【0036】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】発酵キノコエキスの製造過程。
【図2】発酵キノコエキスの成分分析結果。発酵キノコエキスの成分(右欄)が、アガリクス子実体の成分(左欄)と比較して示される。表中の「抽出エキス」は、熱水抽出によるもの。注1:エキス換算により水分値0。ND:測定限界以下。
【図3】HIVプロテアーゼに対するペプスタチンAの効果。
【図4】HIVプロテアーゼに対する発酵キノコエキスの効果。
【図5】HIVプロテアーゼに対するリグニンの効果。
【図6】ペプシンに対するペプスタチンAの効果。
【図7】ペプシンに対する発酵キノコエキスの効果。
【図8】トリプシンに対する発酵キノコエキスの効果。Mは分子量マーカーを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌と枯草菌で発酵させた培地を用いてキノコ菌を培養した後、さらに麹菌で発酵させて得られる培養物の液状部又は該液状部の濃縮若しくは希釈物を含む、HIV−プロテアーゼ阻害剤。
【請求項2】
前記乳酸菌がバシラス・コアグランス(Bacillus coagulans)である、請求項1に記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
【請求項3】
前記枯草菌が納豆菌(Bacillus subtilis natto)である、請求項1又は2に記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
【請求項4】
前記キノコ菌がアガリクス・ブラゼイ・ムリル(Agaricus blazei Murril)である、請求項1〜3のいずれかに記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
【請求項5】
前記培地の主成分がコーンコブミール、竹破砕物、稲ワラ、麦わら、サトウキビ搾りかす又は食用キノコ廃培地である、請求項1〜4のいずれかに記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
【請求項6】
前記麹菌がアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)又はアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)である、請求項1〜5のいずれかに記載のHIV−プロテアーゼ阻害剤。
【請求項7】
培地に乳酸菌と枯草菌を植菌し、培養する第1発酵工程、
第1発酵工程後の培地にキノコ菌を植菌し、培養するキノコ菌培養工程、
キノコ菌培養工程で得られた培養物に麹菌及び水を添加し、培養する第2発酵工程、及び 第2発酵工程で得られた培養物を固液分離する固液分離工程を含む、HIV−プロテアーゼ阻害剤の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−90030(P2010−90030A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9794(P2007−9794)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【出願人】(507020509)
【Fターム(参考)】