説明

ICP分析装置

【課題】ICP分析装置に装着されているプラズマトーチの種類を自動的に識別する。
【解決手段】プラズマ点灯時の反射電力が最小となるように誘導コイルのインピーダンスと電力供給部の出力インピーダンスとを整合させるインピーダンス調整部と、プラズマトーチの種類毎に整合時の設定値が保存された設定値記憶部と、前記インピーダンス調整部による整合時の設定値と前記設定値記憶部に保存されている標準設定値とに基づきICP分析装置に装着されているプラズマトーチの種類を識別する識別手段と、を備えたICP分析装置とする。トーチの溶損やトーチ周辺部の損傷を自動的に未然に防止するためには、制御部に対して設定されているトーチの種類と実際に装着されているトーチとが異なっている場合に、誘導コイルへの電力供給が停止する構成とするのが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)発光分析装置やICP質量分析装置など、液体試料をプラズマ発光させる或いはイオン化させるICP光源を用いたICP分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ICP発光分析装置は、プラズマ中に導入され、励起された試料原子が低エネルギー準位に遷移する時に放出する光を分光することにより、原子スペクトルの波長や強度を測定して、試料に含まれる元素の定性や定量を行うものである(例えば特許文献1参照)。
【0003】
図3に従来の一般のICP発光分析装置の概略構成図を示す。このICP発光分析装置は、誘導コイルが巻き付けられたプラズマトーチ、誘導コイルに高周波電力を供給する電力供給部、インピーダンス調整部の他、試料導入部、ガス流量制御部、分光器、検出器、データ処理部、制御部などから構成されている。
【0004】
ICP発光分析装置を用いて試料の分析を行う際には、試料を導入する前段階において、プラズマの点灯を次のように行う;ガス流量制御部からプラズマトーチへ冷却ガス及び補助ガス(通常はいずれもArが使用される。)を所定流量で供給しつつ誘導コイルに所定の高周波電力を印加し、火花放電を利用して、高周波誘導プラズマを点灯する。このプラズマ中に霧化した試料が導入されることで、試料分子の励起発光が生じる。
【0005】
プラズマの点灯時には、高周波電源装置側から誘導コイル側を見たときのインピーダンス(以下、単に「誘導コイルのインピーダンス」とする。)が大きく変化する。
【0006】
ここで、プラズマに電力を効率よく供給するために、高周波電源のインピーダンスと誘導コイルのインピーダンスとを整合させる処理が行われる(本明細書において単に「インピーダンスの整合」、または単に「整合」という場合には、高周波電源のインピーダンスと誘導コイルのインピーダンスとの整合のことを指すものとする。)。高周波電源のインピーダンスは通常50Ωとなるように設計されているため、電源装置側から見た誘導コイルのインピーダンスも50Ωとなるようにインピーダンス整合が行われる。このインピーダンス整合が適切に行われることによって、入射電力が可能な限り高い効率で以て(すなわち、反射電力が最小となるように)プラズマに投入される。このインピーダンスの整合は一般に、インピーダンス調整部の整合回路において、可変コンデンサの容量を増減させることにより行われる。
【0007】
ところで、ICP分析においては、測定する試料の種類や用途によって形状が異なるプラズマトーチを使い分けるのが普通である。例えば、高塩用のトーチは、析出した塩の付着を防止するために出口付近の形状が標準のトーチよりも広くなっている。また、有機溶媒用のトーチは、トーチ内での試料の揮発分を見込んでその分内容積が大きくなっている。逆に、分析ガスの消費を抑えるためのトーチは、その内容積が小さくなっている。このようにトーチは種類毎にその形状や内容積が異なっており、それに応じて入射電力やガス流量の適正値が異なっている。
【0008】
プラズマトーチの取り付けや交換が行われた後、オペレータはICP分析装置に対して、現在装着されているトーチの種類を設定する必要がある。従来のICP分析装置は、実際に取り付けられているトーチを識別する機能を備えていないため、オペレータがこの設定を誤ってしまうと、実際とは異なる種類のトーチに適した入射電力やガス量が供給されてしまい、トーチの温度が上がりすぎ、熱によって溶損してしまう可能性があった。また、トーチが溶損するのみならず、その熱によって周囲の部品が損傷するおそれがあった。
【0009】
例えば、実際には内容積の小さな小型サイズのトーチを装着しておきながら、ICP分析装置の制御部に設定されているトーチの種類は内容積が標準サイズのトーチであるならば、印加される高周波電力が大きすぎるためにトーチの温度が上昇し、トーチが溶損してしまう。また実際には標準サイズのトーチを装着しておきながら制御部に設定されているトーチの種類が小型サイズのトーチである場合には、冷却ガスの流量が不足してしまい、トーチの温度が上昇してトーチが溶損してしまう。
【0010】
【特許文献1】特開平10−253540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、装着されたトーチの種類を自動的に識別することができるICP分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係るICP分析装置は、
プラズマ形成用のガスが導入されるプラズマトーチと、該プラズマトーチの周囲に配置された誘導コイルと、該誘導コイルに高周波電力を印加することによりプラズマトーチ内に高温のプラズマを生成する電力供給部と、予め設定されたプラズマトーチの種類に応じて高周波電力やガス流量等を制御する制御部と、を具備するICP分析装置において、
a)プラズマ点灯時の反射電力が最小となるように誘導コイルのインピーダンスと電力供給部の出力インピーダンスとを整合させるインピーダンス調整部と、
b)インピーダンス整合時の設定値である標準設定値がプラズマトーチの種類毎に保存された設定値記憶部と、
c)前記インピーダンス調整部による整合時の設定値と、前記設定値記憶部に保存されている標準設定値とに基づき、ICP分析装置に装着されているプラズマトーチの種類を識別するトーチ識別部と、
を備えることを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係るICP分析装置は、好ましくは、ICP分析装置の制御部に対して予め設定されているプラズマトーチの種類と前記識別手段によって識別されたプラズマトーチの種類とが相違する場合に前記電力供給部の動作を停止させる電力供給制御手段を更に備えるとよい。
【0014】
なお、本発明に係るICP分析装置は、ICP発光分光分析装置やICP質量分析装置など、ICP光源を利用した各種分析装置に適用可能である。
【発明の効果】
【0015】
本発明のICP分析装置によれば、ICP分析装置に装着されているプラズマトーチの種類を自動的に識別することが可能となるため、ICP分析装置に設定されているトーチの種類と実際に装着されているトーチの種類とが異なっている場合に、そのトーチに対して不適正な入射電力が印加されたり、不適正な流量のガスが導入されたりすることによって生じる不具合を防止することができる。
【0016】
また、ICP分析装置の制御部に対して予め設定されているプラズマトーチの種類と前記識別手段によって識別されたプラズマトーチの種類とが相違する場合に前記電力供給部の動作を停止させる制御手段を更に備えた構成とするならば、トーチの溶損を確実に防止できるうえ、過熱によるトーチ周辺部の機器の損傷をも未然に防止することができるため、ICP分析装置を使用するうえで高い安全性を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施例であるICP分析装置について図面を参照して説明する。図1は、本実施例のICP分析装置における要部構成図である。本発明のICP分析装置は、着脱交換可能なプラズマトーチ1、プラズマトーチ1に巻回されている誘導コイル2、誘導コイル2に高周波電力(入射電力21)を供給するための電力供給部4、インピーダンス調整部3、制御部5を備えている。制御部5には、プラズマトーチの種類毎に標準設定値(後述)が保存された設定値記憶部7がアクセス可能に接続されている。制御部5はさらに、制御部5のCPUが所定のプログラムを実行することにより実現される機能であるトーチ識別部6を備えている(トーチ識別部6は回路等によってハード的に構成されていてもよい。)。
なお、ICP分析装置のそのほかの構成である分光器や検出器、データ処理部等(図3参照)に関しては図1においては記載を省略してある。
【0018】
制御部5は通常、各種演算を行うCPUやメモリ、ハードディスク等の記憶装置等から成り、ガス流量制御部9から供給されるガス(冷却ガス、補助ガス、キャリアガス)の流量や導入のタイミング制御を行ったり、試料導入部8から供給される試料の導入量やタイミング制御を行ったり、電力供給部4に対して電力供給の制御などの各種制御を行う。また、この制御部5には、使用するプラズマトーチの種類が予めオペレータによって設定されている。
【0019】
インピーダンス調整部3は、先に述べたように、可変コンデンサの容量を増減させることにより高周波電源のインピーダンスと誘導コイルのインピーダンスとを整合させる。これによって、反射電力22が最小となり、入射電力21が最大となる。
インピーダンス調整部の整合回路は通常、片方が半固定の可変コンデンサから成り、もう一方の可変コンデンサの容量のみを適宜に変化させることによりインピーダンスが整合されるが、本発明のICP分析装置はこの構成に限られるものではない。また、インピーダンス調整部3は、誘導コイル2側のインピーダンスを調整してもよいし、電源供給部5側のインピーダンスを調整してもよい。
インピーダンス調整部3はまた、インピーダンス整合時の整合回路の各種値(コンデンサの容量など)である設定値を出力する機能を備えている。
【0020】
以下、本発明に係るICP分析装置によるプラズマトーチの識別処理の実施例について説明する。本発明に係るICP分析装置では、まず、プラズマ点灯時にインピーダンス調整部3によりインピーダンスの整合が行われる。この時(整合時)の設定値は制御部5に出力される。
【0021】
インピーダンス調整部3から設定値を受け取った制御部5のトーチ識別部6では、その設定値を設定値記憶部7に保存されている標準設定値と比較する。この標準設定値とは、本発明に係るICP分析装置によってプラズマトーチの識別処理を行う場合と略同一条件下においてインピーダンスの整合を行ったときに得られるインピーダンス調整部3の標準的な設定値のことである。
すなわち、設定値記憶部7に記憶されている標準設定値はプラズマトーチの種類によって異なっているため、インピーダンス調整部3から出力された設定値により、現在ICP分析装置に実際に装着されているトーチの種類を識別することができる。このとき、設定値及び標準設定値は厳密に一致する必要はもちろんなく、所定の許容誤差を設定しておくことが望ましい。
【0022】
トーチ識別部6による識別の結果、制御部5に設定されているトーチの種類と、ICP分析装置に実際に装着されているトーチの種類とが同一である場合には、制御部5は続いて試料の導入を行い、分析を開始する。または、トーチが正しく設定されていることを示す所定のメッセージを図示せぬ表示部に表示する。
一方、制御部5に設定されているトーチの種類とICP分析装置に実際に装着されているトーチの種類とが異なっている場合には、制御部5は図示せぬ表示部に所定のエラーメッセージを表示したり、警告音を発したりすることにより、オペレータに対して設定が間違っていることを通知する。オペレータはこのエラーメッセージや警告音により、制御部5へのトーチの設定が誤っていること(または、取り付けたトーチの種類が誤っていること)を即座に知ることができるので、トーチが過剰に熱せられてトーチが溶損したり周囲の部品が損傷したりする前に、電力の供給を停止させるなど、適切な処置を行うことが可能となる。
【0023】
しかし、上記エラーメッセージや警告音にオペレータが気づかなかったり、迅速に適切な対応を行うことができないこともあり得る。そこで、図3に示すように制御部に電力供給制御部10を設けることにより、安全性をより一層向上させることができる。電力供給制御部10は、制御部5のCPUが所定のプログラムを実行することにより実現される機能である。もちろん、電力供給制御部10は所定の回路等によって構成されていてもよい。
【0024】
この構成の場合、トーチ識別部6によって制御部5に設定されているトーチの種類とICP分析装置に実際に装着されているトーチの種類とが相違していることが判明した時点で、電力供給制御部10は電力供給部4に対し、誘導コイル2への電力供給を停止する指示の制御信号を送信する(または、制御信号の出力を停止することにより、誘導コイル2へ入射される電力の供給を停止させる。)。これによって、オペレータが介在することなく、トーチの過熱が未然に防止される。
【0025】
なお、上記実施例では試料をトーチに導入する前にトーチの識別を行っているが、トーチの識別は試料導入後とすることも可能である。
【0026】
また、上記実施例ではトーチ識別部6や電力供給制御部10が制御部5の内部に含まれているが、これらが制御部5の外部に設けられていてももちろん構わない。
【0027】
以上、本発明に係るICP分析装置について説明を行ったが、上記各実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜変形や修正を行っても、本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係るICP発光分光装置の要部構成図。
【図2】本発明に係るICP発光分光装置の他の実施例の要部構成図。
【図3】従来のICP発光分光装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0029】
1…プラズマトーチ
2…誘導コイル
3…インピーダンス調整部
4…電力供給部
5…制御部
6…トーチ識別部
7…設定値記憶部
8…試料導入部
9…ガス流量制御部
10…電力供給制御部
21…入射電力
22…反射電力


【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ形成用のガスが導入されるプラズマトーチと、該プラズマトーチの周囲に配置された誘導コイルと、該誘導コイルに高周波電力を印加することによりプラズマトーチ内に高温のプラズマを生成する電力供給部と、予め設定されたプラズマトーチの種類に応じて高周波電力やガス流量等を制御する制御部と、を具備するICP分析装置において、
a)プラズマ点灯時の反射電力が最小となるように誘導コイルのインピーダンスと電力供給部の出力インピーダンスとを整合させるインピーダンス調整部と、
b)インピーダンス整合時の設定値である標準設定値がプラズマトーチの種類毎に保存された設定値記憶部と、
c)前記インピーダンス調整部による整合時の設定値と、前記設定値記憶部に保存されている標準設定値とに基づき、ICP分析装置に装着されているプラズマトーチの種類を識別するトーチ識別部と、
を備えることを特徴とするICP分析装置。
【請求項2】
d)前記制御部に対して予め設定されているプラズマトーチの種類と前記識別手段によって識別されたプラズマトーチの種類とが相違する場合に前記電力供給部の動作を停止させる電力供給制御部を更に備えることを特徴とする請求項1に記載のICP分析装置。
【請求項3】
プラズマ形成用のガスが導入されるプラズマトーチと、該プラズマトーチの周囲に配置された誘導コイルと、該誘導コイルに高周波電力を印加することによりプラズマトーチ内に高温のプラズマを生成する電力供給部と、予め設定されたプラズマトーチの種類に応じて高周波電力やガス流量等を制御する制御部と、を具備するICP分析装置において、
プラズマ点灯時に、インピーダンス調整部において反射電力が最小となるように誘導コイルのインピーダンスと電力供給部の出力インピーダンスとを整合させ、
インピーダンス整合時のインピーダンス調整部の設定値と、予め記憶されているプラズマトーチの種類毎の標準設定値とに基づき、ICP分析装置に装着されているプラズマトーチの種類を識別する
ことを特徴とするICP分析装置のプラズマトーチ識別方法。
【請求項4】
請求項3に記載のICP分析装置のプラズマトーチ識別方法によって識別されたプラズマトーチの種類と前記制御部に対して予め設定されているプラズマトーチの種類とが相違する場合に、前記電力供給部の動作を停止させることを特徴とするICP分析装置の制御方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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