説明

L−グルタミン酸の製造方法

【課題】コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の生産において、煩雑な誘導操作を行うことなく、L−グルタミン酸の安定的な高生産が可能な方法の提供。
【解決手段】特定の塩基配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子により形質転換されたコリネ型細菌を培地中で培養する工程と、該コリネ型細菌により培地中にL−グルタミン酸を生成蓄積させ、該L−グルタミン酸を培地から採取する工程とを含む、L−グルタミン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L−グルタミン酸の製造方法に関する。さらに詳しくは、高効率なL−グルタミン酸生産機能を付与するために特定の遺伝子操作が施されたコリネ型細菌形質転換体及び該形質転換体によるL−グルタミン酸の製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
食品のうまみ成分として知られるL−グルタミン酸は、従来より、コリネバクテリウム属やブレビバクテリウム属に属するコリネ型細菌を用いて発酵法により工業生産されている。L−グルタミン酸は調味料原料以外にも多くの分野で利用されており、世界中で年間180万トン程度生産されている。
【0003】
コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)によるL−グルタミン酸発酵においては、培地に含まれるビオチンもしくはビオチン活性物質の濃度がL−グルタミン酸の生産性に大きく影響することが知られている(非特許文献1)。このため、コリネバクテリウム・グルタミカムによりL−グルタミン酸を製造する場合には、(1)ビオチンもしくはビオチン活性物質が適量以下の枯渇条件で培養を行う、(2)培養途中に、ペニシリン(非特許文献2)やTween(登録商標)40(ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート)等の界面活性剤(非特許文献3)をタイミングよく、ビオチン作用抑制物質として添加する、あるいは、(3)培養途中の培養温度を上昇させる等の誘導操作を行うことにより、L−グルタミン酸の生産が行われてきた。
【0004】
しかしながら、コリネバクテリウム・グルタミカムの培養途中にこれらのL−グルタミン生産の誘導操作を行うことは、生産技術として煩雑であるという問題点があった。また、(1)のビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導操作を行う場合には、ビオチン枯渇のタイミングによりL−グルタミン酸の生産性が変動し、安定してL−グルタミン酸を生産できないという問題点があった。
このため、煩雑な誘導操作や高価な薬品試剤の使用を不要とする、L−グルタミン酸を安定的に高収率で生産することができる技術が求められている。
【非特許文献1】Shiio I, et al., J. Biochem. 51:56-62 (1962)
【非特許文献2】Nara T, et al., Agric Biol. Chem. 28:120-124 (1965)
【非特許文献3】Takinami K, et al., Agric Biol. Chem. 29:351-359(1965)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の生産において、前記の煩雑な誘導操作を行うことなく、L−グルタミン酸の安定的な高生産が可能な新規技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、従来の発酵法によるL−グルタミン酸の生産方法を改良すべく、鋭意研究した結果、コリネ型細菌においてL−グルタミン酸の生産に関与すると考えられる多くのタンパク質の中から、L−グルタミン酸の生産に強く関与すると考えられる特定のタンパク質(図1のNo.572で示されるスポットのタンパク質)を見出し、該タンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)及び遺伝子配列(配列番号1)を同定した。また、このタンパク質をコードする遺伝子をコリネ型細菌に導入して該タンパク質を高発現するコリネ型細菌形質転換体を作製し、ビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地において該形質転換体のL−グルタミン酸生産能力を調べたところ、該形質転換体が優れたL−グルタミン酸生産能力を発揮することを見出した。さらに、該形質転換体を用いてL−グルタミン酸の生産を行うと、従来のグルタミン酸生産のための誘導操作(ビオチン枯渇状態にする、ペニシリンを添加する、又はTween(登録商標)40を添加する等)を行うことなくL−グルタミン酸を高効率に生産できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、以下の(1)〜(6)に関する。
(1)以下の(a)又は(b)の遺伝子により形質転換されたコリネ型細菌を培地中で培養する工程と、該コリネ型細菌により培地中にL−グルタミン酸を生成蓄積させ、該L−グルタミン酸を培地から採取する工程とを含むことを特徴とするL−グルタミン酸の製造方法。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子
(2)遺伝子が、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831株由来のものであることを特徴とする前記(1)に記載のL−グルタミン酸の製造方法。
(3)形質転換されるコリネ型細菌が、コリネバクテリウム・グルタミカム、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、又はブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のL−グルタミン酸の製造方法。
(4)コリネバクテリウム・グルタミカムが、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC31831株、ATCC13020株、ATCC13032株、ATCC13060株、ATCC14020株、又はR株(FERM P-18976)であることを特徴とする前記(3)に記載のL−グルタミン酸の製造方法。
【0008】
(5)以下の(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したことを特徴とするコリネ型細菌形質転換体。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0009】
(6)以下の(a)又は(b)の遺伝子を含有することを特徴とする組換えベクター。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、L−グルタミン酸製造方法に関し、ビオチン枯渇、Tween40等の脂肪酸エステル界面活性剤の使用、ペニシリンの使用及び培養温度の上昇操作等の制御を行うことなくコリネ型細菌形質転換体を培養し、このコリネ型細菌形質転換体をグルタミン酸生産用液体培地に供するだけで高効率にL−グルタミン酸を製造できる。すなわち、コリネ型細菌を用いるL−グルタミン酸発酵において、L−グルタミン酸を従来よりも簡便に、しかも安定的に高い生産性で製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明を詳述する。
(コリネ型細菌形質転換体)
本発明においては、以下の(a)又は(b)の遺伝子により形質転換されたコリネ型細菌(コリネ型細菌形質転換体)を用いてL−グルタミン酸を製造する。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA;
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(a)又は(b)の遺伝子としては、(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。
【0012】
上記(a)又は(b)の遺伝子は、通常L−グルタミン酸生産菌、すなわち菌体内でL−グルタミン酸を生合成し、生合成したL−グルタミン酸を菌体内に蓄積するか、又は菌体外に排出する菌が保有するものである。このようなL−グルタミン酸生産菌としては、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)が挙げられる。
【0013】
例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)によるL−グルタミン酸の生産では、菌体内でクエン酸回路(TCA回路)の中間生成物がL−グルタミン酸に変換され、該L−グルタミン酸が菌体内に蓄積するか、又は菌体外へ排出されて培地にグルタミン酸が生成蓄積する。
【0014】
本発明では、ビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質(以下、単に「L−グルタミン酸生産促進作用を有するタンパク質」ともいう)をコードする遺伝子を使用する。「ビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地(以下、単に「誘導処理が施されていない培地」ともいう)」とは、培地中のビオチン濃度が通常コリネ型細菌を用いるL−グルタミン酸の生産において使用されるビオチン枯渇状態より高い濃度であればよいが、例えば、ビオチン濃度が約10μg/L以上、さらには20μg/L程度の培地が挙げられる。すなわち本発明の製造方法によれば、このような培地においてもL−グルタミン酸を高い生産性で製造できる。
【0015】
本発明におけるL−グルタミン酸生産促進作用を有するタンパク質は、該タンパク質を高発現するコリネ型細菌形質転換体を誘導処理が施されていない培地中で培養した場合に、該形質転換体によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するものである。従って、本発明の製造方法では、ビオチン枯渇(制限)による誘導操作を行わずにL−グルタミン酸を効率よく製造することができる。
【0016】
本発明におけるL−グルタミン酸生産促進作用を有するタンパク質は、誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有する限り、他の培地において、コリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するものであってもよい。
【0017】
コードされるタンパク質がL−グルタミン酸生産促進作用を有する限り、上記(a)又は(b)の遺伝子の由来微生物の種類は限定されない。好ましくは、(a)又は(b)の遺伝子が、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831株由来のものであることである。
【0018】
配列番号1で表わされる塩基配列は、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831由来のDNA配列である。
ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA配列」とは、例えば、配列番号1に示すDNA配列と相補的な塩基配列からなるDNAをプローブとして、コロニー・ハイブリダイゼーション法又はプラーク・ハブリダイゼーション法等により得られるDNAを意味する。
「ストリンジェントな条件」とは、一般的な条件、例えば、Molecular Cloning, A laboratory Manual, Second Edition,1989,Vol.12,P11,45等に記載された条件を指す。具体的には、完全ハイブリッドの融解温度(Tm)より5〜10℃低い温度でハイブリダイゼーションが起こる場合を指す。
【0019】
また、(b)の遺伝子としては、該遺伝子にコードされるタンパク質のL−グルタミン酸生産促進作用が保持されている限り、配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個(約2〜10個、好ましくは2〜5個程度)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしている遺伝子であってもよい。
【0020】
本発明で形質転換されるコリネ型細菌の例として、コリネバクテリウム・グルタミカム、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)等が挙げられる。具体的には、コリネバクテリウム・グルタミカムとして、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC31831株、ATCC13020株、ATCC13032株、ATCC13060株、ATCC14020株、又はR株(FERM P-18976)等が挙げられ、コリネバクテリウム・フラバムとしては、ATCC13826、ATCC14067及びMJ-233(FERM BP-1497)株等が挙げられ、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムとしては、ATCC13869株を例示することができる。
【0021】
(コリネ型細菌形質転換体の作製方法)
本発明におけるコリネ型細菌形質転換体は、上記(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌に導入し、該コリネ型細菌を形質転換することによって作製することができる。(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したコリネ型細菌形質転換体も、本発明の1つである。
【0022】
(1)遺伝子の単離及び同定
(a)又は(b)の遺伝子を単離する方法及び同定する方法としては、まず、L−グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌を培養し、次いでペニシリンや、Tween(登録商標)40等の界面活性剤を培養液に添加し、ペニシリン又は界面活性剤の添加により、添加前よりもコリネ型細菌で高発現しているタンパク質(機能未知であるが多数存在する:後記参照)をプロテオーム解析する。次いで、プロテオーム解析により得られたタンパク質情報から、該タンパク質をコードする遺伝子の情報を得る。各遺伝子情報に基づく、それぞれのコリネ型細菌形質転換体を創製し、該形質転換体の誘導処理が施されていない培地中でのL−グルタミン酸生産性を逐一調べることにより、本発明の目的とする上記(a)又は(b)の遺伝子を得ることができる。
【0023】
なお、後述するペニシリン、又はペニシリン及びクロラムフェニコールの添加により発現が上昇したタンパク質が全てL−グルタミン酸の高効率な生産に関連するものとは限らない。
図1は、ペニシリン添加後にコリネ型細菌において発現が上昇するタンパク質の二次元電気泳動ゲル上の位置を示したものである。ペニシリン添加後、その発現が添加前に比べて上昇するタンパク質は非常に多く存在する。
本発明者らは、これらの発現が上昇したタンパク質の中の、約26種を同定し、その中よりさらに6種を選択して、後述する遺伝子工学的方法によりコリネ型細菌形質転換体を創製し、誘導処理が施されていない培地を使用して各々の形質転換体のL−グルタミン酸生産能力を調べた。その結果、図1中のNo.572で示されるタンパク質をコードする遺伝子で形質転換された株が優れたL−グルタミン酸生産能力を発揮することを見出した結果、本発明に到達したものである。図1のNo.572で示されるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0024】
上記(a)又は(b)の遺伝子を同定するためのプロテオーム解析に使用されることになる、ペニシリン等の添加前の菌体(コリネ型細菌)の培養は以下の方法で行うことができる。
タンパク質のプロテオーム解析に使用されたコリネ型細菌と、後述する本発明のL−グルタミン酸製造のために使用されるコリネ型細菌(形質転換されるコリネ型細菌)とは、同じ菌株であっても、異なる菌株であってもよい。プロテオーム解析に使用する好ましいコリネ型細菌は、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC31831株である。
【0025】
i)培養方法
i)-1前々培養
前々培養では、−80℃で凍結保存している菌体を融かして、融かした菌体を表1に示す組成の平板培地に約200μL(マイクロリットル)滴下し、コーンラージ棒で全体に塗布する。そして、これを約30℃で24時間静置培養する。
【0026】
【表1】

【0027】
i)-2 前培養
前培養は前々培養で得られた菌体の3分の2を平板培地からかきとり、表2に示す組成の液体培地(培養液)40mL(ミリリットル)に植菌し、約31℃、120rpm、17時間の条件で振とう培養する。
【0028】
i)-3 本培養
本培養においては、前培養と同じ表2で示される液体培地40mLに前培養溶液1mLを植菌し、約31℃、120rpmで振とう培養する。なお、前培養、本培養及びL−グルタミン酸を生産させる培養における培地の経時的なpH調整は、乾熱滅菌したCaCO(炭酸カルシウム)を培養液に添加して行うことができる。
【0029】
【表2】

【0030】
ii)高効率なL−グルタミン酸の生産に関与するタンパク質の単離と同定
本発明は、ペニシリンやTween(登録商標)40等の界面活性剤をコリネ型細菌の培養液に添加し、添加後に菌体内で発現が上昇する多くのタンパク質の中から、本発明で特定されたL−グルタミン酸生産促進作用を有するタンパク質を選定することにより、到達されるものである。
従って、このような特定のタンパク質を得るためには、例えば、培地へのペニシリン添加により菌体内で発現が上昇するタンパク質の単離及び同定を行う。以下に、ペニシリン添加により菌体内で発現が上昇するタンパク質の単離及び同定方法を説明する。
【0031】
ペニシリンの添加は、本培養した培養菌体の光学濃度(OD660:測定は、測定範囲が0.03〜0.4の範囲を超えないようにサンプルを希釈して行う)が15程度に増大したときに培地にペニシリンを10μM程度加えればよい。このとき、ペニシリン添加により発現が上昇し、L−グルタミン酸の生産に影響するタンパク質の単離及び同定を容易にするためには、ペニシリン添加直後にクロラムフェニコールを80μM程度培地に加えればよい。
【0032】
ペニシリン添加前後のタンパク質発現の上昇は、いわゆる、公知のプロテオーム解析で調べることができる。
プロテオーム解析においては、ペニシリンを添加して培養したコリネ型細菌からタンパク質を抽出し、抽出したタンパク質(混合物)を二次元電気泳動により個々のタンパク質に分離する。次いで、分離した各タンパク質を同定する。
【0033】
タンパク質抽出方法については、以下の手順で行うことができる。
まず、−80℃に保存しておいた菌体(コリネ型細菌)に、例えば、表3に示す組成のリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)を約1mL加えて菌体を懸濁させる。これを遠心分離し、上清を取り除く。この操作を2回程度繰り返すことが好ましい。
【0034】
【表3】

【0035】
得られた菌体の沈殿に、リン酸ナトリウム緩衝液を200μL程度、及びプロテアーゼ阻害物質カクテル(Protease inhibitor cocktail)を25μL程度加える。次いでこれを、例えば、Ultra sonic homogenizer UH−50(SMT社製)を用いて超音波破砕することによってタンパク質を抽出する。
【0036】
プロテオーム解析に使用するコリネ型細菌として、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)を使用する場合には、超音波破砕により細胞内タンパク質の機能を保持させたまま抽出すべく、15秒間程度超音波を与え、次いで15秒間程度冷却する操作を6回程度繰り返すことが好ましい。
この超音波破砕物を、例えば、4℃、10,000rpm、10分の条件で遠心分離し、上清を別のエッペンドルフチューブに移し、これをタンパク質単離及び同定用のサンプルとする。
【0037】
このようにして、(1)ペニシリン、又はペニシリン及びクロラムフェニコールの添加直前の菌体から抽出したタンパク質、及び(2)添加後の菌体から抽出したタンパク質を、それぞれ二次元電気泳動に供することにより、ペニシリン添加前後のタンパク質の発現量の変化を調べることができる。具体的には、電気泳動終了後に電気泳動ゲル上で展開(分離)されているタンパク質をSYPRO Redで染色し、SYPRO Redで染色された各タンパク質スポットの蛍光強度を測定して比較することにより、タンパク質の発現変化を調べることができる。実施例に示すように、ペニシリン添加により発現量が上昇するタンパク質のスポットは多く存在する。ペニシリン添加により発現量が上昇するタンパク質選定の目安としては、その蛍光強度がペニシリン添加前のタンパク質の蛍光強度と比較して約3倍以上であれば、L−グルタミン酸の高効率な生産に関与する一次候補タンパク質と選定される。最終的には、各タンパク質をコードする遺伝子情報を得て、該遺伝子情報に基づき形質転換体を創製し、本発明技術が得られる。
【0038】
二次元電気泳動ゲル上で確認できたタンパク質の中で、ペニシリン添加直前のものと比較して、発現上昇しているタンパク質がL−グルタミン酸の生産に関与していると考えることができる。発現量が上昇したタンパク質をMALDI−TOF MSやLC−MS/MS分析装置を用いて分析することにより、ターゲットとなるタンパク質を同定することができる。
【0039】
同定したタンパク質はアミノ酸配列として情報が得られるので、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)における既知のゲノム配列、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC13032株のゲノム配列のコドンからアミノ酸配列を決定し、同定したタンパク質とマッチングする箇所をコンピューターを用いて解析する。このとき、使用する解析ソフトとしては、例えば、MASCOT(Matrix Science社、USA)を用いるとよい。
そして、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)のゲノム配列から決定されたアミノ酸配列が、同定したタンパク質のアミノ酸配列と高精度にマッチングした場合、そのアミノ酸配列をコードしているコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)の遺伝子は、形質転換のために使用される対象候補とすることができる。
上記のようにして、本発明で用いられる(a)又は(b)の遺伝子を同定することができる。
【0040】
本発明のコリネ型細菌形質転換体は、上記で同定した遺伝子、すなわち上記(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌導入して形質転換することによって作製することができる。具体的には、(a)又は(b)の遺伝子を含有する組換えベクターを作製し、該ベクターによりコリネ型細菌を形質転換する。(a)又は(b)の遺伝子を含有する組換えベクターも、本発明の1つである。
【0041】
(2)ベクターの構築
i) プライマーの設計
まず、目的とするタンパク質をコードする遺伝子配列、すなわち(a)又は(b)の遺伝子の配列をPCR法により増幅するための、オリゴヌクレオチドプライマーを設計する。例えば、これらの遺伝子の配列を増幅させるためのプライマーとして、配列番号4及び5で表わされる塩基配列のプライマー等が挙げられる。これらのプライマーを用い、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831株の染色体を鋳型として、遺伝子断片のPCR増幅を行うことができる。
【0042】
ii)PCRによる遺伝子断片の取得
PCRは、公知のPCR装置、例えば、サーマルサイクラー等を利用することができる。PCRのサイクルは公知の技術に従って行なわれてよく、例えば表4に示す組成の反応液中、表5に示す反応条件で実施することができる。
PCR断片の精製及びゲルからのDNA抽出はWizard SV Gel and PCR Clean-up System(Promega社)を用いて容易に行なうことができる。
【0043】
【表4】

【0044】
【表5】

【0045】
iii)プラスミドDNAの調製
PCRにより得られた遺伝子断片の塩基配列の決定は、以下のように行うことができる。まず、PCRによって増幅した遺伝子断片を、適当なクローニングベクター(プラスミドベクター)に導入する。次いで、このプラスミドベクターを、微生物、例えば大腸菌等に導入し、該菌株を形質転換する。大腸菌の形質転換は、公知の方法、例えば、エレクトロポレーション法、塩化カルシウム法等により行なうことができる。
【0046】
次いで、形質転換された大腸菌を培養し、培養物から菌体を回収する。回収された菌体からプラスミドDNAを抽出する。プラスミドDNAの抽出は、公知の技術によって行なうことができ、また市販のプラスミド抽出キットを用いて簡便に抽出することもできる。
具体的には、例えば、回収した菌体にRNaseを加え、さらに0.1%NaOH、0.5%SDS、3M酢酸ナトリウム溶液(pH5.2)を用いる方法にて簡易的にプラスミドの抽出を行なうことができる。例えば、大腸菌の場合には、以下の手順で行なうのが好ましい。栄養豊富な培地で培養した培養液1.5〜3.0mLから集菌した大腸菌形質転換体の菌体に、表6に示す組成の溶液Iを200μLと10mg/mL RNase溶液1μLとを加え懸濁する。次に表7に示す組成の溶液IIを400μL加えて緩やかに混合して10分間氷水中で静置し、さらに、表8に示す組成の溶液IIIを300μL加えて緩やかに混合した後、10分程度以上氷水中で静置する。溶液を遠心分離(15,000rpm、10分、4℃)した後、上清に600μLのイソプロピルアルコールを加えて混合し、室温で20分以上静置することによりDNAを沈殿させる。さらに、この溶液を遠心分離(15,000rpm、10分、4℃)することによりDNAを回収し、得られたプラスミドDNAの沈殿を乾燥させた後、表9に示す組成のTE緩衝液200μLに沈殿を溶解させる。
【0047】
その後、200μLのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25/24/1)溶液を加えて激しく混合した後、遠心分離(15,000rpm、5分、4℃)して、水層に20μLの3M酢酸ナトリウム溶液(pH5.2)と400μLのエタノールとを添加して混合し、−20℃で30分以上放置することによりDNAを沈殿させることができる。
【0048】
遠心分離して得られるDNAに500μLの70%エタノールを用いてプラスミドDNAを洗浄することでその純度を上げることができる。減圧乾燥したプラスミドDNAを20〜50μLのTE緩衝液又は純水(MilliQ)に溶解させプラスミド溶液として使用することができる。
【0049】
【表6】

【0050】
【表7】

【0051】
【表8】

【0052】
【表9】

【0053】
得られたプラスミドDNAが目的の遺伝子サイズであるかどうかは、アガロースゲル電気泳動を35分程度行なうことで確認することができる。
また、抽出されたプラスミドDNAの塩基配列を決定することにより、遺伝子の配列を確認することができる。大腸菌形質転換体中のプラスミドDNAの塩基配列の決定は、BigDye terminator cycle sequencing kit V. 1.1 (Applied Biosystems 社)を用いてdideoxy法により行うことができる。
【0054】
iv)プラスミドDNAのベクターへの組換えベクターへの挿入
得られたプラスミドDNAを特定のベクターに組み込むライゲーション反応を行い、コリネ型細菌に(a)又は(b)の遺伝子を導入するための組換えベクターを作製する。この組換えベクターをコリネ型細菌に導入して該細菌を形質転換することにより、コリネ型細菌形質転換体を得ることができる。
上記ライゲーション反応において、プラスミド同士でライゲーションしてしまうセルフライゲーションを防ぐには、Bacterial alkaline phosphatase(E.coli C75)(NipponGene Co.Ltd)によるDNA末端の脱リン酸化を行なった後にライゲーション反応を行なうとよい。
【0055】
(3)宿主による目的遺伝子の発現
大腸菌形質転換体中のプラスミドDNAの塩基配列を決定した後、宿主であるコリネ型細菌、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831株に組換えベクターを導入して形質転換する際には、塩化カルシウム/塩化ルビジウム法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法等公知の方法で上記(a)又は(b)の遺伝子を含有する組換えベクターの導入を行なうことができる。これらの中では、エレクトロポレーション法が好ましい。
【0056】
上記の方法は遺伝子工学実験の常法に基づいて行なうことができる。大腸菌や放線菌等の種々の微生物のベクターの情報や外来遺伝子の導入及び発現法は多くの実験書に掲載されているので(例えば、Samrook,J. ,Russel.D.W.,Molecular Cloning A Laboratory Mannual,3rd Edition, CSHL Press, ,2001: Hopwood.D.A., Bibb,M.J., Chater, K.F., Bruton, C.J., Kieser, H.M., Lydiate, D.J., Smith, C.P., Ward, J.M., Schrempf, H. Genetic manipulation of Streptmyces: Alaboratory manual, The John Lnnes institute, Norwich, UK, 1985等)、それらに従ってベクターの選択、遺伝子の導入及び発現を行なうことができる。
【0057】
(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したコリネ型細菌形質転換体のL−グルタミン酸生成能は、誘導処理が施されていない培地、例えば、上記表2に示す組成(ビオチン濃度20μg/L)の培地において確認することができる。なお、該コリネ型細菌形質転換体は、ビオチン枯渇状態の培地においてもL−グルタミン酸を効率よく生産することができる。従って、後述するように、L−グルタミン酸を生産する際の培地の組成は特に限定されない。
【0058】
(L−グルタミン酸の製造方法)
本発明のL−グルタミン酸の製造方法は、上記(a)又は(b)の遺伝子がコリネ型細菌に導入されたコリネ型細菌形質転換体を培地中で培養する工程と、該コリネ型細菌形質転換体により培地中にL−グルタミン酸を生成蓄積させ、該L−グルタミン酸を培地から採取する工程とを含む。
【0059】
(1)コリネ型細菌形質転換体の培養
本発明におけるタンパク質をコードする遺伝子、すなわち上記(a)又は(b)の遺伝子を含む組換えベクターにより形質転換されたコリネ型細菌(コリネ型細菌形質転換体)は下記する微生物培養培地等で、培養温度約15〜37℃、培養時間約1〜7日間、培地のpH約5.0〜8.0で培養されることが好ましい。
【0060】
また、コリネ型細菌形質転換体は、紫外線、エックス線又は薬品等を用いる人工的な変異導入方法により変異しうるが、このように得られるどのような変異株であっても本発明の目的とするL−グルタミン酸生産能を有するかぎり、本発明のコリネ型細菌形質転換体として使用することができる。
【0061】
微生物培養培地は、通常の微生物の培養に使用される培地であれば好ましく用いることができるが、液体培地が好ましく、例えば、炭素源、窒素源、無機塩類及びその他の栄養物質等を含有する天然培地又は合成培地等が用いられる。
【0062】
炭素源としては、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、マンノース、マルトース、マンニトール、キシロース、ガラクトース、澱粉、糖蜜、デンプン加水分解物、ソルビトール又はグリセリン(グリセロール)等の糖質及び糖アルコール;酢酸、クエン酵、乳酸、フマル酸、マレイン酸又はグルコン酸等の有機酸;エタノール又はプロパノール等のアルコール等が挙げられる。また、所望によりノルマルパラフィン等の炭化水素等も用いることができる。炭素源は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。培地中のこれらの炭素源の濃度は通常約0.1〜10%(wt)である。
【0063】
窒素源としては、窒素化合物、例えば、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム又は酢酸アンモニウム等の無機又は有機アンモニウム化合物;尿素;アンモニア(水);硝酸ナトリウム又は硝酸カリウム等の硝酸塩が挙げられるが、これらに限定されない。また、コーンスティープリカー、肉エキス、ベプトン、NZ−アミン、タンパク質加水分解物又はアミノ酸等の含窒素有機化合物等も使用可能である。窒素源は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。培地中の窒素源の濃度は、使用する窒素化合物によっても異なるが、通常約0.1〜10%(wt)である。
【0064】
無機塩類としては、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩、硫酸塩等が使用される。例えば、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硝酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸コバルト又は炭酸カルシウム等が挙げられる。これら無機塩は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を混合して使用してもよい。培地中の無機塩類の濃度は、使用する無機塩によっても異なるが、通常約0.01〜1.0%(wt)である。
【0065】
栄養物質としては、例えば、アミノ酸、脂肪酸、核酸を使用することができ、さらにこれらのものを含有する肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、乾燥酵母、コーンスティープリカー、脱脂粉乳、脱脂大豆塩酸加水分解物又は動植物若しくは微生物菌体のエキス、又はこれらの分解物等が挙げられる。培地中の栄養物質の濃度は、使用する栄養物質によっても異なるが、通常約0.1〜10%(wt)である。
生育にアミノ酸等を要求する栄養要求性変異株を使用する場合には、要求される栄養素を補給することが好ましい。
【0066】
さらに必要に応じて、ビタミン類を添加することもできる。ビタミン類としては、例えば、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB6)、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等が挙げられる。
【0067】
好ましい微生物培養培地としては、LB(Luria−Bertani)培地、NZYM培地、TB(Terrific Broth)培地、SOB培地、2×YT培地、AHC培地、χ1776培地、M9培地、YPD培地、SD培地、YPAD培地又はSuper broth培地等が挙げられる。
【0068】
(2)コリネ型細菌形質転換体によるL−グルタミン酸の生産
上記のようにして培養されたコリネ型細菌形質転換体をL−グルタミン酸を生産させるための培地(グルタミン酸生産用培地)中で培養し、培地中にL−グルタミン酸を生成蓄積せしめ、生成したL−グルタミン酸を培地から採取することにより、L−グルタミン酸を効率よく製造することができる。
【0069】
コリネ型細菌形質転換体によりL−グルタミン酸を生産させるための培地としては、前記のコリネ型細菌形質転換体の培養に使用される培地と同様の培地を用いることができる。グルタミン酸生産用培地に使用される炭素源及び窒素源は、L−グルタミン酸の生産に使用する菌株が利用可能なものならば、いずれの種類を用いてもよい。
生育にアミノ酸等を要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補給することが好ましい。
【0070】
L−グルタミン酸生産のための培養は、培養温度を約20〜45℃とし、培地のpHを約5〜9に制御し、通気培養(好気培養)を行なう。
L−グルタミン酸生産のための培養中に培地のpHが低下する場合には、炭酸カルシウムやアンモニアガス等のアルカリで中和する。
このようにして、10時間〜100時間程度培養することにより、培地中に著量のL−グルタミン酸が蓄積される。
【0071】
L−グルタミン酸生産のための培養終了後の培地からL−グルタミン酸を採取する方法は、公知の回収方法に従って行うことができる。例えば、培地から菌体を除去した後に、培地を濃縮晶析することにより生成したL−グルタミン酸を採取できる。
【0072】
本発明はまた、以下の(c)又は(d)のタンパク質を含有するL−グルタミン酸生産促進剤を提供する。
(c)(c−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNAによりコードされるタンパク質、又は(c−2)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされ、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質
(d)(d−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質、又は(d−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質
【0073】
上記(c)又は(d)タンパク質を高発現するように形質転換されたコリネ型細菌形質転換体は、誘導処理が施されていない培地において高いL−グルタミン酸生産能を有する。従って、このようなタンパク質を高発現するコリネ型細菌形質転換体を用いると、煩雑な誘導操作を行うことなく、L−グルタミン酸を安定的に効率よく生産することができる。(c)又は(d)のタンパク質を高発現するコリネ型細菌形質転換体は、上述した(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌に導入する方法により作製することができる。
【実施例】
【0074】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0075】
(実施例1) タンパク質抽出用微生物の培養
−80℃で凍結保存しておいたCorynebacterium glutamicum(C.glutamicum)ATCC31831株を融かして、CM2B平板培地(表1)に200μL滴下し、コーンラージ棒で全体に塗布した。これを30℃で24時間静置培養することにより前々培養を行なった。
前培養は前々培養で得られた菌体の3分の2を平板培地からかきとり、この菌体を40mLの液体培地(表2)に植菌し、31.5℃、120rpmで17時間振とう培養することにより行なった。
本培養は40mLの液体培地(表2)に前培養溶液1mLを植菌し、31.5℃、120rpmで振とう培養することにより行った。なお、培養時の培地pHの調整は、培地に乾熱滅菌した炭酸カルシウムを添加して行なった。
【0076】
(実施例2)高効率なL−グルタミン酸の生産に関与するタンパク質の単離と同定
ペニシリン添加により、菌体内で発現が上昇する多くのタンパク質の中の何れかが高効率なL−グルタミン酸の生産に関与するタンパク質と推測される。
そこで、ペニシリン添加前後の発現タンパク量の比較解析を、プロテオーム解析により行なった。
【0077】
二次元電気泳動は下記の操作方法イ及びロで行なった。
イ)等電点電気泳動
表10に示す組成の膨潤液を作製した。30μg/50μLとなるように調整した抽出タンパク質含有サンプルに膨潤液を200μL加えて30分間ボルテックスした。Immobiline DryStrip 膨潤トレイ(Amersham Bioscience社)を水平になるように置き、サンプル250μLを供した。Immobiline Drystrip pH 4-7(13 cm)のゲル面を下向きにし、サンプルが全体に浸るように置き、その上から3mLのDryStrip cover fluid(Amersham Bioscience社)を重層し、サンプル液の蒸発を防いだ。15時間室温で膨潤させた。
クーリングポンプを予め20℃に設定し、クーリングプレート内の循環水が20℃となるようにした。クーリングプレートに少量のシリコンオイルを滴下し、その上にImmobiline DryStripトレイを置いた。Immobiline Drystripのゲル面を上向きに置き、その両端に湿らせたろ紙を載せた。さらに電極バーをろ紙の上に置き、シリコンオイルをゲルが浸るくらいまで注いだ。
表11に示すプログラムに従って電気泳動を行なった。電気泳動終了後Immobiline Drystripをスクリュー管に入れ、SDS−PAGEを行うまで−80℃で保存した。
【0078】
【表10】

【0079】
【表11】

【0080】
ロ)二次元目の電気泳動(SDS−PAGE)
2本のファルコンチューブにDTT(ジチオスレイトール)を100μg、又はヨードアセトアミドを250μg取り、それぞれにSDS平衡化buffer(表12)を10mL加えて、完全に溶かした。−80℃に保存しておいたImmobiline Drystripの入ったスクリュー管にDTTを含むSDS平衡化bufferを加えて15分間振とうした。次にヨードアセトアミドを含むSDS平衡化bufferと入れ替えて15分間振とうした。
【0081】
12.5%のランニングゲル(Running gel)(表13)に10μLのN,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)を入れて軽く混合した後、組み立てたガラス板に注ぎ、純水(MilliQ)を1mL重層して30分間放置し重合させた。なお、ガラス板を組み立てる前にガラス板の一方にBind-silane溶液(表14)を2mL滴下してキムワイプで全体に広げて乾燥させた。この操作を3回行った。
【0082】
重層したMilliQを捨て、余分なBufferを洗い流したImmobiline Drystripをランニングゲルの上に載せた。さらにその上にアガロース(表15)を重層し、その後組み立てたガラス板を泳動槽に設置した。泳動buffer(表16)を泳動槽に注ぎ、電極を差し込んで電気泳動を開始した。泳動装置は縦型電気泳動装置(160×160mm、TAITEC社)を、パワーサプライはReal Power BP(Biocraft社)を用いた。始めの15分は15mAで泳動を行い、その後30mAに変えてBPBの先端がランニングゲルの下端に来るまで泳動を行った。
【0083】
【表12】

【0084】
【表13】

【0085】
【表14】

【0086】
【表15】

【0087】
【表16】

【0088】
タンパク質発現量は、SYPRO Redで染色された各タンパク質の蛍光強度を測定することにより定量的な解析を行なった。
SYPRO Red染色:抽出タンパク質の電気泳動終了後ゲルをタッパに入れ、固定液(表17)を注ぎ30分振とうした。固定液を捨て、洗浄液(表18)200mLをゲルに注ぎ20分振とうする操作を3回繰り返した。次いで、洗浄液を捨て染色液(表19)を加え、アルミホイルで遮光して1時間振とうした。染色液を捨て、洗浄液200mLを加えて1分振とうした。画像はTyphoon9210(Amersham Bioscience)で取り込んだ。レーザー強度を変化させ全てのスポットが飽和しないように調節した。画像解析にはImage Master 2-D Elite(Amersham Bioscience)を用いた。
【0089】
【表17】

【0090】
【表18】

【0091】
【表19】

【0092】
これらのタンパク質の二次元電気泳動ゲル上の位置を図1に示した。
各タンパク質の発現量は、ペニシリンを添加後の時間により変化する。ペニシリン添加直後(0時間)、添加後1時間、2時間、3時間及び4時間に発現解析を行い、ペニシリン添加後に発現が上昇するタンパク質を表20に示した。表20は発現が3倍以上になったタンパク質スポットを選び出しているが、図1中の番号No.90、102、190、206、214、252、322、329、339、365、378、380、381、及び462は5回の発現解析実験を行った中で、1回の実験でしか3倍以上になっていない。一方、No.54、157、258、298、304、316、324、361、375、387、458、及び572は5回の発現解析実験の中で2回以上発現比が3倍を超えたタンパク質であり、特に、No.572に関しては全ての発現解析において発現量が3倍以上となっており、最終的には10倍以上変化しているので、グルタミン酸生産に最も強く関与する可能性が高いと予測された。以下の説明においては、No.572のタンパク質を、「Spot572タンパク質」ともいう。表20中の数値は、ペニシリン添加前のタンパク質の発現量を1とした場合のペニシリン添加後のタンパク質発現量(5回の実験の平均値)である。
【0093】
【表20】

【0094】
(実施例3) グルタミン酸生産に最も強く関与するタンパク質のアミノ酸分析
図1のNo.572スポットの位置に対応するCBB染色タンパク質をカッターナイフで切り出し(染色液組成は表21に示す)、Treff tubeに入れ、表22に示す組成の脱色液100μLを加え30分ボルテックスする操作をCBBの色素が消失するまで繰り返した。
【0095】
【表21】

【0096】
【表22】

【0097】
次に、この脱色した処理物を用いてペプチド抽出、及びLC−MS/MS分析を行なうべく、酵素(トリプシン)分解処理をおこなった。酵素分解は、表23に示す組成の溶液20μLを脱色した処理物に加え、これを氷中45分静置後、余分な液を除去し、次いでこれに表24に示す組成の溶液を40μLずつ加えて37℃で14〜16時間静置して行なった。
【0098】
【表23】

【0099】
【表24】

【0100】
上記のトリプシン処理分解物にギ酸1μL及び純水(MilliQ)1mLからなる組成液100μLを加え、10分間超音波処理後、さらに、ギ酸1μL及びアセトニトリル1mLからなる組成液80μLを加えて超音波処理を行なった。この溶液を常温で1時間、40℃で20分減圧乾燥を行なってから、60℃で液量が30μLになるまでさらに減圧乾燥を行った。
【0101】
上記で得られた処理物30μLをMillex-GV4フイルター(Millipore社製)で精製し、LC−MS/MS分析に供した。得られたマススペクトルをData analysis(Brukker Daltonics社)を用いて、MASCOT(Matrix Science社)genetic fileに加工し、全ゲノム既知のCorynebacterium glutamicumATCC13032株の情報をベースとしてMASCOTサーチを行った結果、配列番号2で示されるアミノ酸配列を得た。
【0102】
(実施例4) PCRによる遺伝子断片の取得
i)コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831株染色体DNAの調製
5mLのL培地にて30℃で一晩振とう培養したC.glutamicumATCC31831株の培養液を全量遠心(15000rpm、2分)し、菌体を回収した。この菌体を500μLの50mM Tris-HCl、50 mM EDTA (pH 8.0)に懸濁した後、再び遠心(15000rpm、2分、4℃)することにより菌体を洗浄した。沈殿を再び800μLの50mM Tris-HCl、50 mM EDTA (pH 8.0)に懸濁し、これにリゾチーム(50mg/mL)を40μL及びRNaseA(10mg/mL)を20μL添加して37℃で1時間静置した。さらに、リゾチーム(50mg/mL)を20μL添加して混合し、37℃で1時間静置した。その後、10%SDSを20μL添加して70℃で1時間放置した。放冷後、Proteinase K(20mg/mL)を24μL混合し、50℃で1時間反応させた後、さらにProteinase K(20mg/mL)を24μL混合し50℃で1時間反応させた。その後、フェノール/クロロホルム抽出を行った。遠心により水層を回収した後、水層の1/10量の3M酢酸ナトリウム溶液(pH5.2)と2倍量のエタノールとを加えて静かに混合した。−20℃で30分以上放置し、遠心(15000rpm、5分、4℃)して上清を捨てた。500μLの70%エタノールで沈殿を軽くリンスし乾燥させた。沈殿物を50μLの純水(MilliQ)に溶解させ染色体DNA溶液とした。
【0103】
ii)PCRによる遺伝子断片の増幅
目的とするSpot572タンパク質をコードする遺伝子について、プロモーター領域を含んだ領域を得るために、該タンパク質をコードする遺伝子、並びにその上流の遺伝子200bp及び下流の遺伝子100bpを含むように以下のプライマー(配列番号4及び5)を設計した。プライマー設計には全ゲノム配列が明らかとなっているC.glutamicum ATCC13032株のデータを参照した。
配列番号4
Spot No572F primer 5’-gaattcaacccacttgcgggtagtgg-3’
配列番号5
Spot No572R primer 5’-gaattcttaggcattctatacacaaaacg-3’
【0104】
上記i)のC.glutamicum ATCC31831株染色体を鋳型とする遺伝子断片のPCR増幅は、表4記載の反応液を用いて、表5記載の操作条件で行なった。
PCR増幅遺伝子断片をアガロースゲル電気泳動に懸け、750bp近傍で単一バンドを示すことを確認した(図2)。
【0105】
iii)PCR断片の精製
増幅させたPCR断片は、Wizard SV Gel and PCR Clean-up System(Promega)を使用して精製した。方法は添付のプロトコールに従った。
【0106】
iv)PCR断片の抽出
Wizard SV Gel and PCR Clean-up System(Promega)を使用してゲルからDNA断片を抽出及び精製した。方法は添付のプロトコールに従った。
【0107】
(実施例5) プラスミドDNAの調製
PCRで増幅し精製した上記の遺伝子断片量を電気泳動により確認し、pGEM-T Easy Vector(Promega社)とインサートDNA(遺伝子断片量)との量比が1:1−1:2程度となるように混合してライゲーション反応を行った。DNA溶液に、2μLのT4 DNA ligase(Takara Bio Inc.)と2μLの10×T4 DNA ligase bufferとを添加して滅菌水で20μLにメスアップした。16℃で一晩反応させ、反応後はTE bufferを加えて計200μLとしてから、フェノール/クロロホルム処理し、エタノール沈殿後、沈殿したDNAを適当量の滅菌水に溶解させ大腸菌の形質転換に用いた。
【0108】
クローニングした遺伝子断片の塩基配列の決定は、BigDye terminator cycle sequencing kit V1.1(Applied Biosystems)を用いて、dideoxy法 で行った。PCRチューブにプラスミドDNA 200−500ng、表25に示す組成の希釈バッファーにより2.5倍希釈したPremixを5μL、及びプライマー3.2pmolを加え、最終量20μLとなるように純水(MilliQ)を添加した。表26に示すプログラムに従ってPCR反応を行った。反応後、PCR産物に2μLの3M酢酸ナトリウム溶液(pH 5.2)と50μLのエタノールとを加えボルテックスし、これを−20℃で15分以上保存した後遠心した(15000rpm、4℃、20分)。上清を捨て、70%エタノールを250μLを添加して遠心し(15000rpm、4℃、5分)、上清を捨てて減圧乾燥を行った。沈殿物に20μLのHi−Di formamide(Applied Biosystems)を加え溶解させた。その後、溶解液を2分間煮沸させた後、氷水で急冷し、シークエンサーABI PRISM 310(Applied Biosystems)に供して、塩基配列を決定した。決定した塩基配列を、配列番号1(「Spot572遺伝子」ともいう)に示す。配列番号1において、206〜208番目のATGが開始コドンであり、635〜637番目のTAAが終始コドンである。
【0109】
【表25】

【0110】
【表26】

【0111】
pGEM-T Easy Vectorに挿入されたPCR断片はゲノムデータが明らかでないC.glutamicum ATCC31831株の染色体を鋳型としているため、PCRにより変異が入ったかどうかをゲノム既知C.glutamicum ATCC13032株のデータベースと比較して確認することができない。そこで、遺伝子ごとに3〜5個のクローンを取り、それぞれのシーケンス結果を比較することで変異の有無を調べた。このようにして、C.glutamicum ATCC31831株の目的遺伝子配列を決定するとともに、変異を持たない遺伝子断片であることを確認した。
【0112】
(実施例6)C.glutamicum ATCC31831株への配列番号1で表わされる遺伝子による形質転換
pGEM-T Easy Vector(Promega社)に挿入された遺伝子断片(Spot572遺伝子)を、常法に従い、制限酵素EcoRIで切り出し、EcoRIで処理したpHT1ベクター(配列番号3)に連結させた。このとき、lacプロモーターの下流に挿入遺伝子が順方向に入っているものを選択した。なお、pHT1プラスミドは、lacプロモーターの下流にマルチクローニングサイト、及びカナマイシン耐性遺伝子を含むものである。図9に、構築したプラスミドの模式図を示す。
【0113】
C.glutamicumATCC31831株の形質転換は、コリネ型細菌の制限修飾系を回避するために、dam dem二重変異株である大腸菌SCS110にコントロールプラスミドであるpHT1又はpHT1のEcoRIサイトにSpot572遺伝子を挿入したプラスミドを導入し、得られたSCS110形質転換体から調製したそれぞれのプラスミドを用いて、常法に従い、C.glutamicumATCC31831株を形質転換することで、コントロール株及びSpot572タンパク質をコードする遺伝子の発現増強株を創製した。
(非特許文献:Vertes AA, Inui M, Kobayashi M, Kurusu Y, Yukawa H. 1993
Presence of mrr- and mcr-like restriction systems in coryneform bacteria. Res Microbiol. 144, 181-5を参照)
【0114】
(実施例7) 発現強化株によるL−グルタミン酸の生産
実施例6で得られた形質転換株を用いてL−グルタミン酸の生産を行った。
L−グルタミン酸の生産は、40mLの上記表2記載の組成のグルタミン酸生産用液体培地に形質転換株の前培養溶液1mLを植菌し、31.5℃、120rpmで振とう培養(溶存酸素が5%以上になるようにエアレーションを行なう)して行なった。
【0115】
図3は、そのときの培地中のグルタミン酸濃度(g/L)及びグルコース濃度(g/L)の経時変化を示したものであり、図4は、培地中の菌体の光学濃度(OD)の経時変化を示したものである。
なお、グルコース濃度はGlucose analyzer(YSI社製、YSI2700SELECT)を用いて測定した。グルタミン酸濃度はL-glutamic acid F-kit(R-Biopherm社製)を用いて測定し、菌体の光学濃度はダブルビーム分光光度計(日立製作所製、U−2000)により測定した。
【0116】
(比較例1)
実施例6で得られたコントロールプラスミドpHT1(本発明のタンパク質をコードする遺伝子を有していない)が導入されたC.glutamicum ATCC31831株を用いて、実施例7と同様の条件、方法によりL−グルタミン酸生成量及び培地のグルコース量の経時変化を調べた。
そのときの培地中のグルタミン酸濃度(g/L)及びグルコース濃度(g/L)の経時変化を図5に、菌体の光学濃度(OD)の経時変化を図6に示す。
【0117】
図3〜図6で示されている結果より、本発明で得られた形質転換株は、グルコース消費量当たりのL−グルタミン酸生成量がコントロール株に比して顕著に高い生産能力を有すること、また、菌体量当たりのL−グルタミン酸生成量も著しく高いことが明らかである。
【0118】
(実施例7)
本発明の形質転換株は、図3に示されているように、L−グルタミン酸生産のための培養の後期(グルコース濃度が低下した後)にL−グルタミン酸の生産を開始する。
そこで、グルコース濃度が低下した時点でグルコースを添加し、L−グルタミン酸の生産持続性を調べた。その結果を図7に、また、そのときの培地中の菌体の光学濃度変化を図8に示す。
図7中の矢印の時点でグルコース溶液(400g/L)を4mL添加した。
【0119】
グルコース濃度が低下した時点でグルコースを添加すると、その後もL−グルタミン酸は生産され続けていることから、本発明の形質転換株が一旦L−グルタミン酸を生産する状態に入ると、その機能を維持し続けることが示されている。
このことは、本発明のコリネ型細菌形質転換体を用いる製造方法では、グルコースを培地に添加し続ければ、L−グルタミン酸の連続的な生産が可能であることを示すものであり、従来公知のビオチン枯渇や培養温度の上昇等による誘導操作が不要となり、C.glutamicum株を用いてL−グルタミン酸の効率的な生産ができることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明のL−グルタミン酸の製造方法は、コリネ型細菌形質転換体を用いてL−グルタミン酸を従来よりも簡便に、しかも安定的に高い生産性で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0121】
【図1】ペニシリン添加後に発現が上昇するタンパク質の二次元電気泳動ゲル上の位置を示す図である。番号は、Spot No.を表す。
【図2】PCRで増幅させた遺伝子断片のアガロースゲル電気泳動図である。レーン1は100bp ladderであり、レーン2は目的遺伝子である。
【図3】発現強化株によるL−グルタミン酸の生成量を調べた結果を示す図である。三角(▲)は、培地中のL−グルタミン酸濃度の経時変化を示す。四角(■)は、培地中のグルコース濃度の経時変化を示す。
【図4】L−グルタミン酸生産のための培養における、培地中の発現強化株の菌体量(光学濃度:OD660)の経時変化を示す図である。
【図5】コントロール株のL−グルタミン酸の生成量を調べた結果を示す図である。三角(▲)は、培地中のL−グルタミン酸濃度の経時変化を示す。四角(■)は、培地中のグルコース濃度の経時変化を示す。
【図6】L−グルタミン酸生産のための培養における、培地中のコントロール株の菌体量(光学濃度:OD660)の経時変化を示す図である。
【図7】発現強化株のL−グルタミン酸生産の持続性を調べた結果を示す図である。三角(▲)は、培地中のL−グルタミン酸濃度の経時変化を示す。四角(■)は、培地中のグルコース濃度の経時変化を示す。図中の矢印は、グルコース添加時を示す。
【図8】L−グルタミン酸生産のための培養における、培地中の発現強化株の菌体量(光学濃度:OD660)の経時変化を示す図である。
【図9】Spot572タンパク質をコードする遺伝子を挿入して構築したプラスミドを示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)の遺伝子により形質転換されたコリネ型細菌を培地中で培養する工程と、該コリネ型細菌により培地中にL−グルタミン酸を生成蓄積させ、該L−グルタミン酸を培地から採取する工程とを含むことを特徴とするL−グルタミン酸の製造方法。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
遺伝子が、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)ATCC31831株由来のものであることを特徴とする請求項1に記載のL−グルタミン酸の製造方法。
【請求項3】
形質転換されるコリネ型細菌が、コリネバクテリウム・グルタミカム、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、又はブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)であることを特徴とする請求項1又は2に記載のL−グルタミン酸の製造方法。
【請求項4】
コリネバクテリウム・グルタミカムが、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC31831株、ATCC13020株、ATCC13032株、ATCC13060株、ATCC14020株、又はR株(FERM P-18976)であることを特徴とする請求項3に記載のL−グルタミン酸の製造方法。
【請求項5】
以下の(a)又は(b)の遺伝子をコリネ型細菌に導入したことを特徴とするコリネ型細菌形質転換体。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項6】
以下の(a)又は(b)の遺伝子を含有することを特徴とする組換えベクター。
(a)(a−1)配列番号1で表わされる塩基配列からなるDNA、又は(a−2)(a−1)の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードするDNA
(b)(b−1)配列番号2で表わされるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、又は(b−2)配列番号2で表わされるアミノ酸配列において1個若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオチン枯渇によるL−グルタミン酸生産誘導処理が施されていない培地においてコリネ型細菌によるL−グルタミン酸生産を促進する作用を有するタンパク質をコードする遺伝子

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−148222(P2009−148222A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−330383(P2007−330383)
【出願日】平成19年12月21日(2007.12.21)
【出願人】(591178012)財団法人地球環境産業技術研究機構 (153)
【Fターム(参考)】