説明

MRSA産生黄色色素の生成阻害能を示す新規化合物とその用途

【課題】MRSAが産生する黄色色素の生合成を抑え、MRSA感染症の予防または治療薬となる新規化合物の提供。
【解決手段】それぞれ式[I]および式[II]で表される化合物であるシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質。
【化9】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メチシリン耐性を示す黄色ブドウ球菌(MRSA)が産生する黄色色素の生成を特異的に阻害することでMRSA感染の予防や治療への有用性が期待される新規芳香族化合物であるシトリドン誘導体物質ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下、MRSAと略記する)による院内感染は世界規模で蔓延し、さらには市中感染としても確認され、大きな社会問題となっている。加えて、最近では多くの抗生物質が効かない多剤耐性菌(大腸菌、緑膿菌、アシネトバクターなど)による死亡者の報道が相次ぎ、将来的に「効く抗生物質が無い」という事態が危惧される。このような耐性菌問題が起こった背景として、抗菌薬剤の乱用が挙げられるが、それ以外にも、免疫力の低下した患者の増加や高齢化社会等が考えられ、細菌感染症は今後ますます増えることが予想される。
【0003】
一般的にMRSA感染症の治療には、グリコペプチド系のバンコマイシンやアミノグリコシド系のアルベカシンといった抗生物質が使用されている。この他、β−ラクタム抗生物質同士、もしくはβラクタム抗生物質と他の作用点の異なる抗生物質との併用療法が行なわれている(非特許文献1)。バンコマイシンやアルベカシンについても、既にこれら薬剤に対する耐性菌が出現している。このような状況に対処すべく、現在、新しい抗MRSA薬の探索研究が進められている。
【0004】
2006年にメルク社の研究チームが、南アフリカの土中より分離した放線菌ストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)から、MRSAにも効果を示す新しい抗生物質プラテンシマイシン(platensimycin)を報告した(非特許文献2)。しかし、このような菌に直接作用して殺菌を行う薬剤の開発、即ち従来の抗生物質の考え方では、いずれ菌の薬剤耐性が誘導され、その結果再び「薬剤と菌とのいたちごっこ」が始まると予想される。
【0005】
そこでMRSAに直接抗菌活性を示すのではない、全く新しい発想による抗感染症薬へのアプローチが求められている。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、人体に感染した後、人が持つ免疫力から自身を守るために黄色色素を産生することが知られている。主たる黄色色素はスタフィロキサンチン(staphyloxanthin)である。この色素が宿主の好中球等による殺菌的酸化作用から免れてMRSAによる感染を成立させるのに必須であることが、遺伝子レベルの実験で既に報告されている(非特許文献3)。換言すると、上記黄色色素、特にスタフィロキサンチンの産生を阻害すれば、MRSAによる感染を防止することができる。
【0006】
従って、上記黄色色素の産生を阻害する化合物は、黄色ブドウ球菌のみならずMRSAに対しても、宿主の好中球等による殺菌的酸化作用から逃れるための当該細菌の防御機構を無効にすることが予想される。すなわち、このような化合物は、MRSAの生育には影響を与えずに宿主への感染力を減弱すること、そして新たな耐性菌出現の可能性が低いことが期待される。同時に、上記黄色色素の産生を阻害する化合物は、MRSAが有する薬剤耐性機構とは無関係であることから、様々な薬剤耐性菌にも同様な作用をもたらすことが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】長谷川裕美ら、薬剤投与の科学、p. 264-273, 1998年。
【非特許文献2】Wang J. 等, Nature, 441巻, p. 358-361, 2006年。
【非特許文献3】Liu G.Y.等, J. Exp. Med., 202巻, p. 209-215, 2005年。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、MRSAの感染力を減弱させる物質を提供すること、特にMRSAが産生する黄色色素の生合成を抑えることで、MRSAが示す抗殺菌的酸化作用を阻害して、宿主への感染を防止することにより、新たな耐性菌出現の可能性の少ない、安全で効果的な医薬品となりうる新規化合物を提供すること、およびその化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、微生物の産生する代謝産物を対象にMRSAが産生する黄色色素(以下、単に黄色色素ともいう)の生成阻害活性を有する物質の探索を行った結果、シトリドンA[(3R)−2,3α,8aα−トリメチル−7−フェニル−3aα,8a−ジヒドロ−3H−8−オキサ−5−アザシクロペンタ[a]インデン−4(5H)−オン]に類似した化学構造を有する、新規に合成された2種類の物質に目的とする阻害活性があることを見いだし、これらの物質をシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質とそれぞれ命名した。
【0010】
かかる知見に基づいて完成された本発明は、下記式[I]で表される化合物であるシトリドンA1物質および下記式[II]で表される化合物であるシトリドンA2物質である。
【0011】
【化1】

【0012】
【化2】

【0013】
本発明はまた、シトリドンA1物質を有効成分とするスタフィロキサンチン生合成阻害剤ならびにMRSA感染症の感染予防または治療用医薬組成物と、シトリドンA2物質を有効成分とするスタフィロキサンチン生合成阻害剤ならびにMRSA感染症の感染予防または治療用医薬組成物とを提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、スタフィロキサンチンの生合成阻害作用とMRSA感染症の感染予防作用を有する新規物質シトリドンA1物質およびシトリドンA2物質が提供される。これらの物質を有効成分とする医薬組成物を、例えば、MRSAによる院内感染の恐れがある入院患者に投与することにより、MRSAの院内感染を予防することができる。また、本化合物はMRSA感染症の治療にも有用である。
【0015】
本発明に係るシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質は、MRSAが産生する黄色色素の産生を抑えることで宿主への感染を防止するので、新たな耐性菌出現の可能性の少ない、安全で効果的な医薬品となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るシトリドンA1物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重クロロホルム中)を示す。
【図2】本発明に係るシトリドンA2物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重クロロホルム中)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のシトリドンA1物質、およびシトリドンA2物質は、Organic Letters, 2011, 13, 1158-1161 (T. Miyagawa et al.) に記載されたシトリドンAの合成手順を参考に,それぞれ実施例1および2に記載の方法で合成した。
【0018】
得られた、本発明のシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質の理化学的性状について以下に説明する。
シトリドンA1物質の理化学的性状は次の通りである。
(1)性状:油状
(2)分子式:C1817NO2
HRESI-MS (m/z) [M+Na]計算値302.1157,実測値302.1143
(3)分子量:279
(4)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法により測定した赤外吸収スペクトルは、νmax 2926, 1739, 1654, 1369, 1227 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)旋光度:[α] D27.6 -129.6°(c=0.1、クロロホルム)
(7)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M核磁気共鳴スペクトロメータにより測定した水素の化学シフト(ppm)(図1)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ次のとおり:
1H-NMR (400 Hz, CDCl3) δ 7.54-7.50 (3H), 7.43-7.36 (1H), 7.34-7.28 (2H), 5.95 (1H), 5.73 (1H), 3.25 (1H), 3.14-3.12 (1H), 1.69 (3H), 1.29 (3H);
13C-NMR (100 MHz, CDCl3) δ 164.7, 163.1, 141.4, 134.5, 133.2, 131.1, 128.5, 127.6, 127.4, 127.3, 104.8, 55.5, 46.3, 26.0, 21.6。
【0019】
上記シトリドンA1物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、シトリドンA1物質は下記の式[I]で表される化学構造であることが決定された。本化合物はデメチルシトリドンAと表示することができる。
【0020】
【化3】

【0021】
シトリドンA2物質の理化学的性状は次の通りである。
(1)性状:白色固体物質
(2)分子式:C1919NO2
HRESI-MS (m/z) [M+Na]計算値294.1494,実測値294.1485
(3)分子量:293
(4)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法により測定した赤外吸収スペクトルは、νmax 2965, 1652, 1600, 1454, 1431 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(5)旋光度:[α] D27.6 -107.6°(c=1、クロロホルム)
(6)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M核磁気共鳴スペクトロメータにより測定した水素の化学シフト(ppm)(図2)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ次のとおり:
1H-NMR (400 MHz, CDCl3) δ 7.54-7.51 (3H), 7.41-7.37 (2H), 7.32-7.28 (1H), 5.40 (1H), 3.28 (1H), 2.90 (1H), 1.73 (3H), 1.67 (3H), 1.30 (3H);
13C-NMR (100 MHz, CDCl3) δ 165.4, 162.6, 150.6, 134.3, 133.5, 128.7, 127.7, 127.4, 126.4, 111.8, 104.3, 56.7, 49.2, 26.4, 20.4, 14.9。
【0022】
上記シトリドンA2物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、シトリドンA2物質は下記の式[II]で表される化学構造であることが決定された。
【0023】
【化4】

【0024】
本発明のシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質は、後述の試験例に示すように、MRSAが産生する黄色色素(スタフィロキサンチン)の生合成阻害活性を有する。従って、これらの物質はスタフィロキサンチン生合成阻害剤として有用であり、さらにはMRSAの感染および進展を抑えることができるので、MRSA感染症の予防または治療用医薬組成物に有用である。
【0025】
本発明のシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質は、それぞれ単独で或いは組み合わせて医薬に使用することができる。製剤化は常法によればよい。例えば、本発明物質を有効成分とし、慣用の担体や賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、緩衝剤、懸濁化剤、安定化剤、pH調節剤、着色剤、矯味剤、香料などを添加した医薬組成物を、溶液、懸濁液、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などの形態で製剤化することができる。投与経路も特に特定されない。経口投与と注射、輸注などの非経口投与のいずれも可能である。
【0026】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、実施例は本発明を制限するものではなく、例示にすぎない。
【実施例1】
【0027】
本例はシトリドンA1物質の合成を例示する。シトリドンA1物質は、次に示す反応経路に従って合成できる。下記において化合物1が目的化合物のシトリドンA1である。
【0028】
【化5】

【0029】
窒素雰囲気下、化合物3 (9 mg, 0.013 mmol) のDMF (250μL) 溶液にt-BuOK (4.2 mg, 0.038 mmol) を加え、100℃で1時間反応させた。水加えて反応を止め、反応液をCH2Cl2で3回抽出した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥させた後、濃縮し、得られた残渣(粗物質)をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル500 mg, CH2Cl2:MeOH=50:1)で精製を行うことにより、シトリドンA1物質 (化合物1) (2.1 mg, 57%) を得た。
【0030】
得られたシトリドンA1物質の各種理化学性状やスペクトルデータは上述した通りである。
出発物質の化合物3は Organic Letters, 2011, 13, 1158-1161 (T. Miyagawa et al.) に記載されているように、(+)プレゴンとトランス桂皮酸より合成することができる。
【実施例2】
【0031】
本例はシトリドンA2物質の合成を例示する。シトリドンA2物質は、次に示す反応経路に従って合成できる。下記において化合物2が目的化合物のシトリドンA2であり、記号の意味は次の通りである。
【0032】
TBDPS:tert-ブチルジフェニルシリル基(t-BuPh2Si-);
TBAF:フッ化テトラブチルアンモニウム;
DBU:ジアザビシクロウンデセン;
AIBN:アゾビスイソブチロニトリル。
【0033】
【化6】

【0034】
化合物5の合成
窒素雰囲気下、化合物4 (148 mg, 0.268 mmol) のCH2Cl2 (5.4 mL) 溶液に、I2 (84.6 mg, 0.669 mmol) を加え、2.5時間反応させた。Na2S2O3水溶液を加えて反応を止め、反応液をCH2Cl2で3回抽出した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥後、濃縮し、得られた残渣(粗物質)をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル 8.60 g, CH2Cl2:MeOH=100:1)で精製を行うことにより、油状物質として化合物5 (115 mg, 63%) を得た。
【0035】
1H-NMR (400 Hz, CDCl3) δ 7.68-7.66 (2H), 7.60-7.57 (2H), 7.48-7.31 (12H), 4.64 (1H), 3.88 (1H), 3.73 (1H), 3.21 (1H), 2.35-2.26 (1H), 1.68 (3H), 1.65-1.54 (1H), 1.26 (3H), 0.96 (9H);
HRMS (ESI) [M+Na]+ calcd for C3538INNaO3Si 698.1563, found 698.1547。
【0036】
出発物質の化合物4は Organic Letters, 2011, 13, 1158-1161 (T. Miyagawa et al.) に記載されているように、(+)プレゴンとトランス桂皮酸より合成することができる。
化合物6の合成
窒素雰囲気下、化合物5 (320 mg, 0.474 mmol) のTHF (4.7 mL) 溶液にTBAF (1.0 M THF溶液) (0.47 mL, 0.47 mmol) を滴下し、滴下終了後、混合物を室温で90時間撹拌した。H2Oを加えて反応を止め、反応液をAcOEtで3回抽出した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥後に濃縮し、得られた残渣をカラムクロマトグラフィー (シリカゲル 4.30 g, CH2Cl2:MeOH=60:1) で精製を行うことにより、黄褐色油状の化合物6 (159 mg, 77%) を得た。
【0037】
1H-NMR (300 MHz, CD3CD) δ 7.41-7.30 (5H), 7.28-7.22 (1H), 4.43 (1H), 3.74 (1H), 3.70 (1H), 3.17 (1H), 2.05-1.94 (1H), 1.66-1.60 (1H), 1.63 (3H), 1.35 (3H);
HRMS (ESI) [M+H]+ calcd for C1921INO3 438.0566, found 438.0567。
【0038】
化合物8の合成
窒素雰囲気下、化合物6 (159 mg, 364μmol) のCH2Cl2 (3.6 mL) 溶液にピリジン (3.6 mL) 及びDMSO (3.6 mL) を加え、さらにデス・マーチン・ペルヨージナン (DMP、309 mg, 728μmol) を加えた後、得られた混合物を室温下で30分間撹拌した。飽和Na2S2O3水溶液を加えて反応を止め、次いで飽和NaHCO3水溶液を加えた後、反応液をAcOEtで3回抽出した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥後に濃縮し、化合物7を粗生成物として得た。この化合物7を精製せずに次工程に使用した。
【0039】
窒素雰囲気下、化合物7のCH2Cl2(7.3 mL) 溶液に0℃でDBU (163μL, 1.09 mmol) を滴下し、混合物を室温で15分間撹拌した。H2Oを加えて反応を止め、反応液をCH2Cl2で3回抽出した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥後に濃縮し、得られた残渣をカラムクロマトグラフィー (シリカゲル 4.30 g, CH2Cl2:MeOH=50:1) で精製を行うことにより、黄褐色油状の化合物8 (72.7 mg, 2 steps 65%) を得た。
【0040】
1H-NMR (300 MHz, CDCl3) δ 9.83 (1H), 8.06 (1H), 7.43-7.31 (5H), 6.69 (1H), 3.41 (1H), 3.24 (1H), 1.81 (3H), 1.31 (3H);
HRMS (ESI) [M+H]+ calcd for C1918NO3 308.1287, found 308.1292。
【0041】
化合物9の合成
窒素雰囲気下、化合物8 (72.7 mg, 237μmol) のCH2Cl2 (2.4 mL) 溶液にZnI2 (2.6 mg, 7.11μmol)およびMe3SiSSCH2CH2SSiMe3 (79μL, 308 mol) を加え、室温で14時間撹拌した。この反応混合物に追加のZnI2 (2.6 mg, 7.11μmol)およびMe3SiSSCH2CH2SSiMe3(79μL, 308μmol) を加え、更に4時間撹拌した後、飽和Na2S2O3水溶液および飽和NaHCO3水溶液を加えて反応を止め、反応液をCH2Cl2で3回抽出した。合わせた有機層をNa2SO4で乾燥後に濃縮し、得られた残渣をカラムクロマトグラフィー (シリカゲル 2.15 g, CH2Cl2:MeOH=100:1) で精製を行うことにより黄褐色油状の化合物9 (86.9 mg, 83%) を得た。
【0042】
1H-NMR (400 MHz, CDCl3) δ 7.54-7.49 (3H), 7.42-7.26 (3H), 5.86 (1H), 5.06 (1H), 3.34 (1H), 3.32-3.26 (1H), 3.23-3.05 (4H), 1.67 (3H), 1.38 (3H);
HRMS (ESI) [M+Na]+ calcd for C2121NNaO22406.0911, found 406.0907。
【0043】
シトリドンA2物質 (化合物2) の合成
窒素雰囲気下、化合物9 (86.9 mg, 22.7μmol) のベンゼン (2.3 mL) 溶液に、Bu3SnH (240μL, 907μmol)およびAIBN (1.5 mg, 9.08μmol) を加え、80℃で23時間撹拌した。追加のBu3SnH (240μL, 907μmol)およびAIBN (1.5 mg, 9.08μmol) を加え、更に2.5時間撹拌した。反応液を室温に戻し、ヘキサンを加えた後、MeOHで3回抽出した。得られたMeOH層を合わせて濃縮し、カラムクロマトグラフィー (シリカゲル 2.15 g, CH2Cl2:MeOH=100:1) で精製を行うことにより、シトリドンA2物質 (32.1 mg, 49%) を得た。得られたシトリドンA2物質の各種理化学性状やスペクトルデータは上述した通りである。
【0044】
(試験例1)
MRSAは抗酸化活性を有する黄色色素(スタフィロキサンチン)を産生することで宿主の免疫系に抵抗を示すことが報告されている (特許文献3)。そこで、本発明のシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質について黄色色素(スタフィロキサンチン)産生阻害活性を評価した。
【0045】
臨床分離株であるMRSA K-24 株をMueller Hinton Broth (BD) 10 mLに白金耳を用いて植菌し、37℃で18時間培養した。その後、培養液1 mLにMHB 5 mLを加え、0.5番マクファーランドに調整したものを、MRSA菌液として使用した。
【0046】
次に、TYB 培地(Marshall J H.等 J. Bacteriol., 147 巻,p.900-913, 1982 年)(Bacto Tryptone (BD) 1.7%, 酵母エキス (DIFCO) 1.0%, NaCl (Wako) 0.5%, K2HPO4 (Wako) 0.25%, Bacto agar (DIFCO) 1.5%) を調製し、121℃で15分間滅菌処理した。滅菌フィルター(Minisart 0.20μm, Sartorius Stedim)により滅菌したモノ酢酸グリセロール (Wako) 溶液を、終濃度1.5%になるようにTYB培地に加え、この培地を2号角シャーレ(栄研)に25 ml撒いた。寒天培地が固まったことを確認後、先ほど調製したMRSA菌液を、滅菌綿棒を用いて寒天表面に塗布し、37℃で4時間培養した。その後、試験化合物50μgを含ませた直径6 mmのペーパーディスクを寒天培地上のほぼ中心に置き、37℃で68時間培養した。活性はペーパーディスクの周りにできる白い円(黄色色素を作れなくなったMRSAの生育円)の直径を測定し評価した。
【0047】
その結果、シトリドンA1物質およびシトリドンA2物質は、いずれも13 mmの白い円を形成した。この結果から、本発明に係るシトリドンA1物質およびシトリドンA2物質はいずれも抗菌活性を示さずに黄色色素(スタフィロキサンチン)の生合成を阻害することから、MRSAの宿主への感染予防に有用であると考えられる。
【0048】
なお、ここで用いたMRSAが産生する黄色色素の産生阻害活性の評価方法は、本発明者らが新たに開発したものである。この評価方法では、バンコマイシンなどの抗菌剤の抗菌活性を出現させず、目的とする黄色色素阻害活性のみを選択的に評価できることを確認している。すなわち、ペーバーディスクが黄色色素阻害活性を有する化合物を含んでいる場合には、白い円が生ずるのに対し、抗菌剤を含ませたペーパーディスクを上記寒天培地上に置いても、その周囲に白い円は現れない。
【0049】
なお、同様の評価方法でシトリドンAについてスタフィロキサンチン生合成阻害活性を調べたところ、シトリドンA1物質およびシトリドンA2物質とほぼ同様の活性を示すことが確認された。従って、シトリドンAも、MRSA感染症の予防および治療に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式[I]で表される化合物であるシトリドンA1物質。
【化7】

【請求項2】
下記式[II]で表される化合物であるシトリドンA2物質。
【化8】

【請求項3】
請求項1または2に記載のシトリドンA1物質またはシトリドンA2物質を有効成分とするスタフィロキサンチン生合成阻害剤。
【請求項4】
請求項1または2に記載のシトリドンA1物質またはシトリドンA2物質を有効成分とするMRSA感染症の感染予防または治療用医薬組成物。
【請求項5】
シトリドンAを有効成分とするスタフィロキサンチン生合成阻害剤。
【請求項6】
シトリドンAを有効成分とするMRSA感染症の感染予防または治療用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−82657(P2013−82657A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224968(P2011−224968)
【出願日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】