説明

N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドの生成方法

【課題】光延反応試薬として用いられるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを、温和な条件で反応後のN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドより高収率で再生・回収する方法を提供する。
【解決手段】水素ガスにより活性化したPd(OH)2−Cが分散された水中に、N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを加え、酸素を含有するガスを吹き込みながら室温にて撹拌することにより、N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光延反応に用いられるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを、光延反応によって生成したN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノカルボキサミドより再生する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルコールと求核剤を脱水縮合させる光延反応は、化合物の立体配置を完全に反転させることが可能であるため、医薬品の製造などにおいて広く用いられている。この光延反応に用いられる反応試薬として、従来は下記(III)式で示されるジエチルアゾカルボキシレートが用いられていたが、収率が求核剤の酸性度に大きく依存しており、特にpKa値が13以上の求核剤では反応が進行しなくなるという制約があった。その理由は、求核剤のpKa値が大きい場合、ジエチルアゾカルボキシレートによる求核剤からのプロトン引き抜きが抑制され、副反応を生じてしまうためである。
【0003】
CH3CH2−O−CO−N=N−CO−O−CH2CH3 (III)
そこで、ジエチルアゾカルボキシレートよりも塩基性の高い反応試薬を用いれば、酸性度の小さな求核剤からのプロトン引き抜きが可能になり副反応が抑制することができる。このような見地から、新規な光延反応試薬として下記(II)式に示されるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドが開発された。
【0004】
【化1】

【0005】
しかしながら、N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドは高価であるため、光延反応によって生成する下記(I)式で示されるN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノカルボキサミドより再生・回収し、再利用することが望ましい。また、係る再生には環境保護の観点から、温和で有害性の低い方法が望ましい。
【0006】
【化2】

【0007】
光延反応試薬の再生・回収方法としては、上記(III)式で示されるジエチルアゾカルボキシレートを還元体であるヒドラゾ化合物から酸化反応によって再生させる方法が非特許文献1に開示されている。この方法は、リンモリブデン酸、リンタングステン酸、モリブデン酸又はタングステン酸を触媒として用い、過酸化水素又は臭化水素酸を用いた酸化反応であり、100%近い収率を達成している。しかしながら、この反応は、爆発性を有する過酸化水素や強酸である臭化水素酸を使用するため、危険性が高いという問題がある。この問題を解決する方法としては、安全且つ安価な空気中の酸素を酸化剤として利用する空気酸化が考えられる。
【0008】
ヒドラゾ化合物を酸素により酸化してアゾ化合物を得る反応としては、非特許文献2には下記(1)式で示される塩化第一銅を用いた酸化反応が開示されており、また、非特許文献3には下記(2)式で示されるパラジウムを触媒として用いた酸化反応が開示されている。
【0009】
【化3】

【0010】
【非特許文献1】アルベルト・パロモ・コール(Alberto Palomo Coll),「アフィニダド(Afinidad)」,1985年,42(397),p.312−14
【非特許文献2】S.G.コーエン(S.G.Cohen),R.ザンド(R.Zand),C.スティール(C.Steel),「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(J.Am.Chem.Soc.,)」,1961年,83,p.2895
【非特許文献3】G.ガヴィラギ(G.Gaviraghi),M.ピンツァ(M.Pinza),G.ピッフェリ(G.Pifferi),「シンセシス(Synthesis)」,1981年,p.608
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記したように、光延反応試薬の再生・回収方法としては、ジエチルアゾカルボキシレートについては開示があるものの、新規なカップリング試薬であるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドについては提案がなかった。
【0012】
本発明の課題は、N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを、温和な条件で安価且つ効率的に、N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドより生成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドの生成方法は、下記(I)式で示されるN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを、水素ガスにより活性化処理したPd(OH)2−Cを触媒として分散させた水中において、酸素を含有するガスを吹き込みながら酸化することにより、下記(II)式で示されるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを生成することに特徴を有する。
【0014】
【化4】

【発明の効果】
【0015】
本発明においては、触媒としてPd(OH)2−Cを用い、水中で酸化反応を行うため、水中で活性化したPd(OH)2−Cを乾燥させる必要がなく、係る活性化の系をそのまま酸化反応で用いることができ、効率良く安全に実施することができる。また、本発明では有機溶媒や危険性の高いガス、高価な化合物を用いる必要がないことから、環境上問題がなく、安価に且つ効率良くN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを再生・回収して再利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、光延反応においてカップリング試薬として用いるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを、該光延反応においてN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドより生成するN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを酸化して再生・回収する方法において、水素ガスにより活性化処理したPd(OH)2−Cを触媒として分散させた水中において、酸素を含有するガスを吹き込みながら酸化することを特徴とする。
【0017】
本発明で用いられるPd(OH)2−Cは、Pd(OH)2が炭素上に担持された触媒であって、自然発火を防止するために、通常、同重量の水と混合した形態で市販されている。本発明においては、Pd(OH)2−C中のPd(OH)2が5〜30重量%含まれるものが好ましく用いられ、20重量%のものが市販されていることから、該市販品を好ましく用いることができる。また、Pd(OH)2−Cは、Pd(OH)2がN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドに対して5モル%以上用いることで酸化反応が効率良く進行する。また、20モル%を超えても効果が変わらないことから、本発明においては5〜20モル%の範囲で用いることが好ましい。
【0018】
上記Pd(OH)2−Cは、水素雰囲気下、水中・室温にて撹拌し、活性化してから用いる。撹拌時間は1〜20時間であり、6時間程度が好ましい。
【0019】
また、本発明に係る酸化反応は水中で行う。DMEやトルエン等の有機溶媒中でPd(OH)2−Cを用いる場合、水中で活性化したPd(OH)2−Cを一旦乾燥させなければならないが、乾燥状態の活性化Pd(OH)2−Cは自然発火する場合もあり、取り扱いに注意を要する。しかしながら、本願発明においては、酸化反応を水中で行うため、水中で活性化したPd(OH)2−Cを乾燥させる必要がなく、Pd(OH)2−Cの活性化を行った系に原料であるN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを添加して効率良く且つ安全に酸化反応を行うことができる。
【0020】
酸化反応は、酸素を含むガスを水中に吹き込みながら行うが、該ガスは酸素を20〜100容量%含んでいればよい。酸素濃度としては100%の場合が最も速く反応が進行するため、工程時間の短縮を優先させる場合には、酸素ガスを用いることが好ましいが、空気を用いた場合であっても反応時間を長くすることによって高収率で反応を終えることができるため、安全性を考慮する場合には空気を用いることが好ましい。
【0021】
また、酸化反応は10〜50℃で実施することができ、室温での反応が好ましい。
【0022】
酸化反応に要する時間は12時間以上であり、室温で空気を吹き込みながら行った場合でも24時間撹拌することで高収率が達成される。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
1リットルの三口フラスコに蒸留水500mlを入れ、Pd(OH)2−C(アルドリッチ社製;「デグサタイプ E/01 NE/W」;固形分:50重量%、固形分中のPd(OH)2:20重量%)2.0g(1.43mmol)を加えた。フラスコの口の一つを三方コックとし、残りの口はガラス栓で塞ぎ、系中を水素ガスで置換して室温で撹拌した。6時間後、フラスコの全ての口を開放し、さらに4時間室温で撹拌を続けることで触媒を活性化した。
【0024】
上記のPd(OH)2−Cを含む反応系にN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミド5.0g(28.7mmol)を加えて溶解し、水中に空気を吹き込みながら室温で24時間激しく撹拌した。原料が残っていないことを薄層クロマトグラフィ(移動相;酢酸エチル:メタノール=2:1、N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドのRf=0.5、N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドのRf=0.8)にて確認し、反応溶液をセライトろ過し、触媒を除去した。
【0025】
ろ液にクロロホルム200mlを加え、有機層と水層に分けた後、有機層を採取した。同様にして水層をクロロホルム200mlで4回抽出し、得られた有機層を合わせて硫酸ナトリウムにより乾燥させ、減圧濃縮して粗N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミド(黄色固体、純度95%以上)4.6g(N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミド:26.7mmol、収率93%)が得られた。得られたN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドの1H−NMRスペクトルを300MHz、CDCl3で測定したところ、δ=3.08ppm,3.17ppmにそれぞれ6Hのピークが観察された。反応条件及び結果を表1に示す。
【0026】
(実施例2)
N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを加えてからの撹拌時間を12時間とした以外は実施例1と同様にして、粗N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを収率47%で得た。反応条件及び結果を表1に示す。
【0027】
(実施例3)
N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを加えてから水中に空気の代わりに酸素を吹き込んで撹拌した以外は実施例2と同様にして粗N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを収率87%で得た。反応条件及び結果を表1に示す。
【0028】
(比較例1)
1リットルの三口フラスコに蒸留水500mlを入れ、N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミド5.0g(28.7mmol)と、N,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドに対して5モル%のPd−C(Pd−C中のPd:10重量%)を加え、水中に酸素を吹き込みながら85℃で12時間激しく撹拌した。しかしながら、本例では全く反応が進行せず、N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドが得られなかった。反応条件及び結果を表1に示す。
【0029】
(比較例2)
DME(ジメチルエーテル)或いはトルエン500mlにN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを5.0g(28.7mmol)とモレキュラーシーブ4Aを35mg加え、さらに、実施例1と同様にして水素ガスにより活性化したPd(OH)2−Cを乾燥させた触媒を加え、室温で酸素を溶媒中に吹き込みながら12時間激しく撹拌した。反応溶液をセライトろ過し、触媒を除去した後、溶媒を減圧濃縮して粗N,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを得た。反応条件及び結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
表1に示されるように、光延反応試薬として有用なN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを、光延反応後に、Pd(OH)2−Cを触媒として用いることにより、空気及び水を用いた温和な条件による酸化反応により高収率で再生・回収できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、製薬分野などにおいて利用される光延反応においてカップリング試薬として用いられるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを、反応後に再生・回収して再利用する場合に好ましく用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(I)式で示されるN,N,N’,N’−テトラメチルヒドラジノジカルボキサミドを、水素ガスにより活性化処理したPd(OH)2−Cを触媒として分散させた水中において、酸素を含有するガスを吹き込みながら酸化することにより、下記(II)式で示されるN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドを生成することを特徴とするN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドの生成方法。
【化1】

【請求項2】
上記酸素を含有するガスが空気である請求項1に記載のN,N,N’,N’−テトラメチルアゾジカルボキサミドの生成方法。

【公開番号】特開2008−214301(P2008−214301A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56765(P2007−56765)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【出願人】(507075185)
【Fターム(参考)】