説明

Ni−Cr−P系ろう材

【課題】 SUS444等のフェライト系ステンレスにおいて、ろう付け性が良好となるNi−Cr−P系ろう材の提供。
【解決手段】 重量%で、Crが12〜14%,Pが9〜11%で、
Sn:0.05〜10%,Bi:0.5%〜10%,Cu:0.5〜10%の内のいずれか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてフェライト系ステンレス鋼に用いるNi−Cr−P系ろう材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のステンレス用のニッケルろう材は、主としてオーステナイト系ステンレス鋼を対象とするものである。そのため、そのろう材はフェライト系ステンレスには不向きである欠点があった。即ち、SUS444等のフェライト系ステンレスどうしを、従来のニッケルろう材でろう付けするとき、ろう材の拡がり性が悪く、ろう付け不良を起こし易かった。
例えば、特許文献1に記載の「Niろう材合金」は、重量パーセントでCrが5〜16%、Pが2〜9%、Siが1〜6%、Bが0.5〜2.5%を含み、残部のNiが73〜87%である。また、特許文献2に記載の「ステンレス用耐食性ろう材」は、Cuを基材とし、Niを重量比で15〜35%混合してなることを特徴とする。さらには、引用文献3に記載の「ステンレス鋼用ろう材」は、Snを5〜20%、Cuを30〜70%、残部をNiとしたものである。
【0003】
これらは何れもオーステナイト系ステンレス鋼を対象とし、フェライト系ステンレス鋼(例えば、SUS444)のろう付けに用いると、そのろう材の拡がり性が悪く、ろう付け不良を起こすことがあった。また、Niろう材の規格としてBNi−7が知られている。これはCrが13%、Pが10%、残部がNiであるものが知られている。
実験によれば、このBNi−7のろう材はSUS444M1のフェライト系ステンレス鋼において、他のろう材よりも拡がり性が比較的良いことがわかった。しかしながら、フェライト系ステンレス鋼のろう材として十分ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−075867号公報
【特許文献2】特開2003−230981号公報
【特許文献3】特開平9−285888号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は主としてフェライト系ステンレスにおいて、ろう付け時にろう材の拡がり性が良く、且つ抗析力が高く、フィレット部の耐食性が良いNi−Cr−P系ろう材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の本発明は、重量%で、Crが12〜14%,Pが9〜11%で、
Sn:0.05〜10%,Bi:0. 5%〜10%,Cu:0.5〜10%の内のいずれか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材である。
【0007】
請求項2に記載の本発明は、重量%で、Crが28〜31%,Pが5〜7%で、
Sn:0.05〜10%,Bi:0.5%〜10%,Cu:0.5〜10%の内のいずれか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材である。
【0008】
請求項3に記載の本発明は、請求項1または請求項2において、
フェライト系ステンレス鋼に用いるNi−Cr−P系ろう材である。
【0009】
請求項4に記載の本発明は、請求項1または請求項2において、
フェライト系ステンレス鋼に用いると共に、オーステナイト系ステンレス鋼にも用いるNi−Cr−P系ろう材である。
【発明の効果】
【0010】
請求項1に記載のろう材によれば、890℃近傍の液相線を有するものにおいて、ろう付け時の拡がり係数が5.0〜6.0で、抗析力が120以上、フェレット部の耐食性として塩水噴霧試験後の浸食深さが40μm以下である理想的な、ろう材を提供できる。
請求項2に記載のろう材によれば、1040℃近傍の液相線を有するものにおいて、ろう付け時の拡がり係数が5.0〜6.0で、抗析力が120以上、且つフェレット部の耐食性として塩水噴霧試験後の浸食深さがが40μm以下である理想的なろう材を提供できる。
特に、これらはオーステナイト系ステンレス鋼に用いられる従来のろう材が、達成できなかったフェライト系ステンレスに対するろう付け時の拡がり性、その他の性能を最適範囲に維持することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(実施例1)
本発明の請求項1に記載のNi−Cr−P系ろう材は下記表1に示す如く、重量%でCrが12〜14%、Pが9〜11%で且つ、Snが0.05〜10%、Biが0.5〜10%、Cu0.5〜10%のうちの何れか1以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で残部が不可避不純物とNiからなるものである。
【0012】
【表1】

【0013】
詳細は後述するが、実施例1の概略を説明すると、表1の比較例a〜qから明らかなように、各成分比が上記範囲を超えると、次の問題が生じる。
まず、Cr−Pの相互作用において、Crが12%未満ではフィレット部の耐食性が急激に悪くなる。Crが14%を超えるとろう材の抗析力が低下する。
Cr−Pの相互作用において、Pが9%未満ではろう材の拡がり性が低下するばかりでなく、フィレットの耐食性が低下する。Pが11%を超えるとろう材の抗析力が低下するとともに、フィレット部の耐食性が低下する。
【0014】
次に、Sn、Bi、Cuが存在しない場合には、ろう付けの拡がり性が悪い。また、Sn、Bi、Cuのいずれかが10%を超えると、ろう材の拡がり性が大きくなりすぎ、ろう材が流れて、隙間にろう材が保持されず、ろう付け不良になる。さらには、スラグが発生したり、抗析力が低下する。さらに、フィレット部の耐食性も悪くなる。
また、Sn、Bi、Cuの合計が10%を超えても同様にろう材が流動し、抗析力が低下し、フィレット部の耐食性が低下する。
【0015】
(実験例1)
表1は本発明の第1実施例を示し、この例は液相線が886℃〜910℃となる比較的ろう材の完全溶融温度が低いものに関する。
合金No.が1〜20の各実施例は、Crが12〜14%、Pが9〜11%で且つSn、Bi、Cuの含有量がそれぞれ所定量であり、残部がNiとなる。表1には合金強度の指標として抗析力(N/mm)、フィレット部の耐食性として塩水噴霧試験による腐食深さ(μm)を合わせて示している。上記液相線および固相線温度は、ろう材を不活性ガスの雰囲気の電気炉で溶解し、熱電対型温度測定器で測定したものである。また、抗析力は溶解し、次いで凝固させたろう材を抗析力試験器に取り付け、荷重をかけて破断したときの値をその試験片の断面積で割ったものである。
【0016】
ろう付け性は、拡がり係数とスラグの発生の有無の両者から検討する。拡がり係数は直径6mmで高さ0.2mmの大きさのろう材ペースト(ろう材+バインダー)をSUS444(フェライト系ステンレス鋼板)上に置き、ろう付け温度1080℃に加熱して拡がり性を測定した。
ろう付け前面積Soとろう付け後面積Sとの面積比S/Soを拡がり係数とした。拡がり係数は5〜6を最適値と定めた。これは5未満ではフェライト系ステンレスにおいて、隙間に十分浸透しないことがわかった。また、拡がり係数が6を超えると流動性が増し、表面張力が少なくなり、ろう材が隙間に保持されず流れ出してしまうことがわかったからである。スラグの発生は存在しないのが良とし、抗析力は120以上を良好とした。また、フィレット部の耐食性は塩水噴霧試験において腐食深さが40μm以下を良好とした。
【0017】
表1の実施例No.1〜No.20から、重量%でCrが12〜14%、Pが9〜11%で、Snが0.05〜10%、Biが0.5〜10%、Cuが0.5〜10%の何れか1以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材が、フェライト系ステンレスのろう付けに適することが明らかになった。
【0018】
そして、表1の比較例a〜qは、上記範囲をそれぞれ少し外れたCr、P、Sn、Bi、Cuの例である。
そして、その比較例a〜cでは、Crの成分量を除き、他はすべて請求項1の範囲に含まれる。これらの例はいずれも、Crが請求項1の下限である12%より低い値であり、この場合フィレット部の耐食性が極めて悪い。すなわち、塩水噴霧試験において腐食深さが130μm〜234μmとなっている。
【0019】
次に、比較例d〜fは、同様にCr量以外、他は請求項1の範囲を示し、Crはその上限14%を超えたものである。
これらの例では、抗析力が105〜117となり、目的とする120以上の値よりも低い。次に、比較例g〜iは、Pの成分量、以外の他は請求項1を満足する。
これらの例では、Pの下限である9%を下回る7%である。それによって、拡がり性が4.2〜4.6と低下するとともに、耐食性もその侵食深さが45〜56μmと劣化している。
【0020】
次に比較例j〜lは、Pの値が請求項1の上限11%を超える13%であり、他は請求項1の範囲を満足する。これらの比較例では、抗析力が107〜115と低下しているとともに、フィレット部の耐食性の悪いものが存在する。
比較例m〜oは、Sn、Bi、Cuの含有量がその上限値10%を超えたものであり、それによって、ろう付けの拡がり性が6.2〜7.0と不必要に大きくなり、流動性が増してろう材を隙間に保持することができない。さらにはスラグの発生したものが存在するとともに抗析力の悪いもの、さらにはフィレットの耐食性がすべて悪くなる。
【0021】
比較例pは、Sn、Bi、Cu、の各成分量は請求項1を満足するが、その合計が10%を超える。この例でも拡がり性が不必要に大きくなり、抗析力が低下するとともに耐食性が悪いものとなる。
比較例qは、Sn、Bi、Cuが全く存在しないものであり、この場合には拡がり性が4.9となり目標値から僅かに下回る。それとともに抗析力が低いことがわかる。
なお、比較例において各試験結果が基準に満たないものにその値の後に×印を付してある。総合評価ではその×印が一つ以上のものを不良とし、×印を付してある。また、総合評価で○であるものは、各試験においてそれぞれが基準値内に入る良好なものである。
【0022】
(実施例2)
請求項2に記載の発明は、重量%でCrが28〜31%、Pが5〜7%で、Snが0.05〜10%、Biが0.5〜10%、Cuが0.5〜10%のうちの何れか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるものである。
【0023】
【表2】

【0024】
この請求項2に記載のろう材は、請求項1のろう材の液相線温度に比べて、それが40℃程度高い、1027℃〜1049℃のものである。逆に言えば、請求項1に記載のろう材は液相線温度が40℃程低い分、低温でろう付けすることができ、それだけ製造コストを低下させて、経済性の高いものである。これに対し、第2実施例である請求項2に記載のろう材は一般的なNiろう材のろう付け温度に近いものであり、且つフィライト系ステンレスへのろう付け性の良いものである。
【0025】
このようなろう付け温度において、各成分量の上限および下限の限定理由の詳細は後述するが、その概略は、表2から明らかなように、次の理由による。
Cr量はP量との相乗作用において、Crが28%未満であるとフィレット部の耐食性が低下する。31%を超えると抗析力が低下する。
次にP量はCr量との相乗作用において、5%未満であるとろう付けの際の拡がり性が悪くなる。Pが7%を超えるとろう材の拡がりが大きすぎ、流動性が増してろう付け部にそれを保持できないとともに、抗析力が低下する。
【0026】
次に、Sn、Bi、Cuの何れか一つが10%を超えると、ろう材の拡がり性、流動性が大きくなりすぎ、ろう付け不良となる。それとともに、スラグが発生し且つ、フィレットの耐食性が低下する。SnとBiとCuとの合計が10%を超えても同様に、広がり性、流動性が高くなりすぎ、抗析力が低下する。また、Sn、Bi、Cuの何れもが存在しない場合には、拡がり性が悪いとともに、抗析力が低下する。
【0027】
(実験例2)
次に表2は、本発明の請求項2を満足するものであり、合金No.1〜No.20はその液相線温度が前記第1実施例よりも高く1027℃〜1049℃である。これらの実施例における融点、ろう付け性、抗析力、フィレット部の耐食性の各試験は、それぞれ前記第1実施例と同様に行なうとともに、そのろう付け性、抗析力、フィレット部の耐食性の良好な基準範囲は前記第1実施例と同一のものである。
この第2実施例では、Crの含有量が第1実施例のそれよりも多いとともに、Pの量は第1実施例の量よりも少ないものであって、Sn、Bi,Cu、およびそれらの合計は第1実施例と同一である。
【0028】
表2の合金No.1〜No.20からろう付け性、抗析力、フィレット部の耐食性が良好な範囲は、Crが28〜31%、Pが5〜7%で且つ、Snが0.05〜10%、Biが0. 5〜10%、Cuが0. 5〜10%のうちの何れか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材である。そして、表2の比較例a〜qは何れも請求項2の各金属成分の範囲から少し外れているものである。
【0029】
先ず、比較例a〜cは、Crの量が請求項2の下限28%以下となる26%であり、他の金属量は請求項2を満足する。これらの例では、ろう材が溶融固化したフィレット部の耐食性である侵食深さが41〜45μmと悪い。
比較例d〜fは、Crの量がその上限31%を超える33%であり、他の金属成分は請求項2を満足する。この例では、抗析力が107〜119となり、良好な目標値120を下回る。
【0030】
比較例g〜iは、Pの量が請求項2の下限5%を下回る3%であり、他の金属の成分量は請求項2を満足する。この例では、拡がり性が4.3〜4.8となり目標範囲5〜6の範囲以下である。
比較例j〜lは、Pの成分量が請求項2の上限7%を超える9%であり、他は請求項2を満足する。この例では、抗析力が103〜119となり、良好な目標値以下である。
【0031】
比較例m〜oはSn、Bi、Cuの何れかの成分量が上限値の10%を上回り、他は請求項2を満足する。この例では、ろう材の拡がり性が6.1〜7.4と必要以上に大きい。そのために、ろう材の流動性が増し、隙間にそれを保持できない場合が生じる。さらには、この例ではスラグが発生するとともに、フィレットの耐食性も悪くなっている。
比較例pはSn、Bi、Cuの各成分量は請求項2を満足するが、それらの合計が10%を超える15%である。この例では、拡がり性が必要以上に大きいとともに、抗析力が低下している。
比較例qはSn、Bi、Cuが全く存在しないものであり、ろう材の拡がり性が悪く、抗析力も悪い。
【0032】
なお、上記の各実施例1、実施例2の実験はSUS444のフェライト系ステンレスで実験しているが、他のフェライト系ステンレスでも同様の結果が確認された。また、このろう材をオーステナイト系ステンレスに適用しても、ろう付けが良好に行なわれることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、Crが12〜14%,Pが9〜11%で、
Sn:0.05〜10%,Bi:0.5%〜10%,Cu:0.5〜10%の内のいずれか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材。
【請求項2】
重量%で、Crが28〜31%,Pが5〜7%で、
Sn:0.05〜10%,Bi:0.5%〜10%,Cu:0.5〜10%の内のいずれか一つ以上の成分を有し、それらの合計が10%以下で、残部が不可避不純物とNiからなるNi−Cr−P系ろう材。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、
フェライト系ステンレス鋼に用いるNi−Cr−P系ろう材。
【請求項4】
請求項1または請求項2において、
フェライト系ステンレス鋼に用いると共に、オーステナイト系ステンレス鋼にも用いるNi−Cr−P系ろう材。