説明

RFスイッチ式の超伝導共振器およびそのスイッチング方法

【課題】RFスイッチ電源が起動されると、マルチモード共振器の超伝導材料の1つ以上の部分に、臨界電流に近づくまたは臨界電流を超えるのに十分な電流を誘導し、それによって、その抵抗を増加させ、マルチモード共振器のQ係数を低下させる、極低温共振器システムを提供する。
【解決手段】2つ以上の周波数で共振するマルチモード共振器は、極低温で作動し、超伝導材料または常伝導金属で形成され、RF超伝導スイッチとして機能する超伝導部を有している。マルチモード共振器は、NMR分光計およびRFスイッチ電源に結合されており、その1つの周波数が、NMR分光計の作動周波数に対応するように選択され、少なくとも第2の周波数が、分光計周波数に関係なく、RFスイッチ電源の周波数に同調されており、それゆえに、この周波数の電力は、分光計の作動を乱さない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導材料で形成された高周波(RF)共振器を使用した核磁気共鳴(NMR)技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のNMR検知システムは、磁石、プローブおよび分光計を使用している。磁石は、試料領域に強磁場を生成することにより、試料を分極させる。超伝導磁石は、最強度の磁場を生成し、低温で作動し、デュワーおよび極低温機器を必要とする。プローブは、磁石内に配置されて、試料およびRFコイル、または、励起し核スピンからの共鳴信号を検知するために使用されるRF磁場を生成および検知する共振器を支持する。極低温共振器を有するプローブはまた、デュワーシステムと、これらの共振器用に非常に低温の環境を維持する温度制御システムとを含んでおり、試料用に室温に近い環境を維持する。極低温共振器は、冷却常伝導金属共振器、または、100K未満の温度(通常20〜30Kの範囲)で作動する高温超伝導(HTS)共振器を備えている。共振器は、通常はコイルの形態である誘導部と、分布容量または分離容量の形態であってもよい容量部とを備えている。NMR分光計は、送信共振器に印加されるRFエネルギーを生成する送信器を有する電子回路と、受信共振器に誘導されるNMR信号を増幅および検知するのに使用されるRF受信器と、NMRデータを処理、記憶および表示するための記録および表示回路と、所望の実験を行うためにプログラムすることができる制御器とを備えている。制御器はまた、試料交換器およびRFスイッチ電源などの、追加されてもよい付属品を制御するために使用されてもよい。
【0003】
NMRは、分子構造を分析するための有効な技術である。この技術はまた、物理的構造および血流パターンを研究するために、磁気共鳴映像法(MRI)で使用される。また、構造決定に関し、これは他の技術に比べて感度の低い技術である。最大の感度を得るために、NMR磁石および分光計は、高い磁場強度で作動し、低雑音前置増幅器と、極低温で作動する極低温共振器を有するRFプローブとを使用するように設計されている。極低温共振器は、冷却常伝導金属送信/受信コイル、または好ましくは、低温で作動する高温超伝導(HTS)材料で形成された送信/受信コイルを使用している。送信/受信コイルは、核を励起し試料からのNMR反応を検知するプローブコイルであって、それゆえに、プローブコイルは、高い感度を得るために試料に非常に接近して配置される。極低温に冷却された常伝導金属コイルおよびHTSコイルは、最高の品質係数(クオリティ・ファクタ)Qを有しており、最大の感度を生み出す。
【0004】
通常の実験において、選択的な核共鳴信号を励起するために、1つ以上のRF送信パルスがプローブ共振器に印加される。これに続いて、送信器が停止し受信器が起動されて核により生成される応答信号を検知及び記録する受信期間がある。いくつかのシステムでは、同一のコイルまたは共振器が、送信RF磁場を生成するため、かつ、核の応答信号を受信するために使用される。別のシステムでは、別々の共振器が送信器および受信器用に使用される。いくつかの撮像システムでは、単一の送信RFコイルまたは共振器が核を励起するために使用され、1つ以上の受信コイルまたは共振器が反応を検知するために使用される。これらのシステムでは、送信コイルまたは共振器は、極低温で、または室温に近い温度で作動可能であろう。受信共振器は通常、送信共振器と、結合がほとんどないよう、または好ましくは結合がないように配置されている。これは、受信共振器が、送信共振器により生成されるRF場を歪めることのないようにするために行われる。送信共振器と受信共振器との間のわずかな残留結合であっても、受信コイルまたは共振器の巻き線内にRF電圧を誘導することがあり得、これは次いで、受信コイル巻き線を通って流れる循環電流を引き起こし、試料領域にRF場を生成し、それによって、送信共振器により生成されたRF場を歪める。送信コイルと受信コイルとの間の残留結合により、受信段階での感度が低下する。これは、受信コイル巻き線内のわずかなNMR信号電流が、受信コイル巻き線内に電流を誘導して、感度の損失を引き起こすためである。歳差運動をする核により生成されたRF場の直接の結合もまた、送信コイル内に電流を誘導し、感度の損失を引き起こす。複数の受信コイルを有するシステムでは、別々の受信コイルの間の結合を最小化するのが望ましい場合もある。
【0005】
送信及び受信用に同一のコイルまたは共振器を使用するシステムでは、別の問題が起きる場合がある。送信パルスのあとで、送信コイルに残留したエネルギーが、時定数τ=Q/ω(ωはラジアン/秒でのRF周波数、Qは送信コイルの線質係数を示す)で減衰する。この送信エネルギーが十分に減衰する前に受信器が起動された場合、このエネルギーによりNMR信号の歪みが生じる。
【0006】
冷却常伝導金属コイルまたは超伝導送信および受信コイルを有するNMRプローブでは、これらの問題が特に深刻な場合がある。それは、これらのプローブのコイルQ値が特に高く、それが時定数τおよびコイル間の結合の効果を増加させるためである。簡単な共振器システムでは、Qは、コイル抵抗に対する誘導性(または容量性)リアクタンスの比率として定義することができる。超伝導コイルはRF周波数で非常に低い抵抗を有するため、Q値は高くなる。Qを低減することにより、この相互の結合の効果を低減することができるが、高いQ値により得られるプローブの感度を低下させずに、このことを行うのが望ましい。超伝導コイルのわずかな部分を通る電流をその臨界電流を超えて増加させることにより、または、この部分の温度を超伝導臨界温度Tcを超えて上昇させることにより、この部分を非超伝導性とすることで、この部分に、より大きな抵抗が導入され、それによりコイルのQが低下する。電流が臨界電流を超える前であっても、HTS材料は非線形となって、インダクタンスが上昇し、抵抗はわずかに上昇する。ある場合、こうしたわずかな変化で、コイルQの所望の低減またはコイルの離調(デチューニング)を実現するのに十分である。
【0007】
高いQ値のこの利点を得て、有害作用を低減するために、受信段階で受信共振器が高いQ値を維持しながら、送信共振器のQを低減することが望ましい。同様に、送信器が核にRF場を印加している状態で、受信共振器のQを低減することが望ましい。送信パルスにより受信共振器に誘導されたRF電流は、送信共振器により生成されたRF場をゆがめる追加のRF場を試料領域に生成することになる。
【0008】
多くの場合、送信共振器を受信共振器に直接結合することを十分に排除して、上記問題を回避することはできない。下記特許文献1は、共振回路のQ値および周波数を変更するための直流制御信号に応答してRF共振回路の一部を選択的に接続および接続解除するためのスイッチングダイオードを使用することを教示している。直流制御信号は、スイッチングダイオードを選択的に順バイアスおよび逆バイアスする。スイッチングダイオードの使用は、室温で作動する常伝導金属RF共振器において実用的であると思われるが、極低温共振器を使用するシステムにおいては実用的であると思われない。ダイオードをこれらの回路中に配置すると、その品質係数Qは大きく低下し、その結果、極低温共振器の利点が大きく除去される。
【0009】
下記特許文献2は、超伝導トレースの短い部分をその臨界温度Tcを超える温度に加熱することにより、MRIで使用されるHTSコイルのQ値を低減する(「減Qする」)さまざまな方法を記載している。そのTcを超えて加熱されている間に、超伝導体はその超電導性を失い、当該部分の電気抵抗が大きく増加し、その結果、コイルの品質係数Qを低下させる。超伝導状態にない回路で超伝導体を切り換えるために、RF送信パルスにより生成される熱に依存する追加の方法が開示されている。超伝導共振器が送信パルスから十分なRFエネルギーを受け取った場合、結果として生じる電流は、回路内の1つ以上の点で超伝導臨界電流を超過し、材料を臨界温度を超えて過熱し、その抵抗をより大きくする。この抵抗の増加により、インダクタによって吸収されるRF電力が制限されることになる。オンからオフへの、およびオフからオンへの切り替え時間が、送信パルスからの吸収を制限するのに十分な速さで行われ、RF信号を受信するのに間に合うように回復する。回路は、超伝導コイルの一部の線幅を狭めることにより、または、いわゆる超伝導RFスイッチを形成する限定された領域内の超伝導材料の損傷により形成された、低減された臨界電流を有する点を備えた1つ以上のこれらのスイッチを備えていてもよい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第4,763,076号明細書
【特許文献2】米国特許第6,727,702号明細書
【特許文献3】米国特許第6,690,394号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
受信コイルのQを低減するために送信パルスによって受信コイル内に誘導された電流を使用する技術は、2、3の状況に適用できる場合があるが、送信パルスによって受信コイルに誘導された電流は通常、受信回路が超伝導RFスイッチを有している場合でも、コイル内で臨界電流未満に留まる。この技術は、逆の状況では、すなわち、受信コイルに誘導された電流により送信コイルのQを低減するためには、実用的でない。核信号により直接的または間接的に受信コイルに誘導された電流は、送信コイルまたはRFスイッチの一部が臨界電流を超えて通常の導体となるようにするほど十分に強い電流を生じるには、あまりに小さい。この技術は、送信パルスのあとの減衰時間τを低減するために適用することもできない。
【0012】
本発明は、先行技術に関連するこれらおよび他の問題に取り組んでおり、受信共振器のQ係数を低減するためにNMR送信パルスを使用することの制限を克服する。本発明は、NMR分光計およびRFスイッチ電源へ結合された極低温マルチモード共振器を使用することにより、送信パルスのあとまたは受信中に、送信共振器のQ係数を低減する必要にも対応している。
【課題を解決するための手段】
【0013】
このマルチモード共振器は、2つ以上の独立した周波数で共振する。第1の共振周波数は、分光計のNMR周波数に対応する。別の共振周波数は、RFスイッチ電源の周波数に対応し、一般に第1のものよりも値が高くなっている。HTS材料で形成されたRFスイッチは、極低温マルチモード共振器の一部を形成している。RFスイッチ電源の起動により、RFスイッチの臨界電流に近づくか、またはRFスイッチの臨界電流を超える電流をマルチモード共振器中に生成し、RFスイッチの超伝導材料を非超伝導性とし、それにより、その抵抗を増加させマルチモード共振器の品質係数Qを低下させる。
【0014】
マルチモード共振器は、極低温で作動し、常伝導金属で、またはHTS材料を使用した超伝導体で形成されている。HTSマルチモード共振器の場合、RFスイッチは、HTS共振器の1つ以上の部分を備えていてもよい。極低温で作動する常伝導金属マルチモード共振器の場合、別体のHTS RFスイッが、マルチモード共振器の一部を形成している。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一局面を示す、超伝導マルチモード共振回路の模式図である。
【図2】本発明の別の局面を示す、NMR周波数に同調された追加の共振器を有する超伝導マルチモード共振回路の模式図である。
【図3A】2つの結合されたHTS共振器を備えたマルチモード共振回路の模式図であって、一方の共振周波数は分光計周波数に同調され、第2の共振周波数はRFスイッチ電源に同調されている。
【図3B】2つの極低温共振器を備えたマルチモード共振回路の模式図であって、一方の共振器はHTS RFスイッチを含んでいる。
【図4】本発明の別の実施形態を示す、共通のHTS RFスイッチを有する2つの極低温共振回路を使用する極低温マルチモード共振システムの模式図であって、一方の共振回路はNMR分光計に同調および結合されており、他方の共振回路はRFスイッチ電源に同調および結合されている。
【図5】基本周波数モード、および、より高い周波数のモードと、基本周波数モードを減Qするための超伝導RFスイッチとを有する、らせん極低温マルチモード共振回路の模式図である。
【図6A】HTS材料で形成された超伝導RFスイッチの上面図である。
【図6B】HTS材料で形成され、常伝導金属材料の最上層を備えたRFスイッチの上面図である。
【図6C】RFスイッチが超伝導状態にあるときの電流の流れを示す、RFスイッチの側面図である。
【図6D】RFスイッチが非超伝導状態にあるときの電流流れを示す、常伝導金属材料の層を有するRFスイッチの側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の上記局面は、以下の詳細な説明を読むことにより、および図面を参照することにより、より良く理解されるであろう。
図を参照して、図1は、NMRプローブの例示的なRFコイルを示している。これは、HTSマルチモード共振器10であって、分布インダクタンスおよび容量(キャパシタンス)12を有し、基本周波数および1つ以上のより高い周波数で共振する。以下に説明するように、他の共振器構成も、1つより多い共振周波数モードを有していてもよい。通常、最低周波数モードがNMR送信および受信機能用に使用され、より高い周波数のモードは、NMR実験を乱すことのないように、無視または同調される。HTSマルチモード共振器10は、結合ループ16によりNMR分光計17に結合されており、結合ループ18によりRFスイッチ電源19に結合されている。RFスイッチ電源19のRF周波数は、共振器10の、より高い周波数のモードの1つに同調されている。HTSマルチモード共振器10のQ係数は、RFスイッチ電源19を起動することにより減少させられ、それによって、コイル巻き線の1つ以上の部分で臨界電流に近づくまたは臨界電流を超えるRF電流を、共振器10の巻き線内に誘導する。RF電流が、巻き線の1つ以上の部分の臨界電流に近いとき、その部分の抵抗およびインダクタンスは増加する。電流が、巻き線の、ある部分の臨界電流を超えたとき、この部分は非超伝導性となり、この部分の抵抗は大きく増加し、それによって共振器10のQ係数を減少させる。RFスイッチ電源19は、分光計作動の順序の中の所望の点で起動されてもよい。適切な点で、NMR分光計17は、起動信号を制御ライン15上のRFスイッチ電源19に送ることにより、RFスイッチ電源19を起動させる。
【0017】
超伝導RFスイッチは、共振器10に組み込まれていてもよく、これは、RFスイッチ電源19の最適なRF電力を選択する際に、設計者に、より大きな柔軟性を与えることになる。RFスイッチは、共振器巻き線11の一部を狭めることにより形成されている。または、改良されたスイッチが、以下に図6Aおよび図6Bを参照して説明するように形成されていてもよい。
図1に示すHTSマルチモード共振器10は、NMRプローブにおいて、送信共振器および受信共振器の両方として機能する。この実施形態では、RFスイッチ電源19は、送信パルスの最後かつ受信機が起動される前に発生する、制御ライン15上の信号であって、NMR分光計17からのものにより起動される。HTSマルチモード共振器10に誘導されたRFスイッチ電力により、巻き線11の一部の抵抗がより大きくなり、または非超伝導性となり、それによってマルチモード共振器10のQ係数が低下する。この期間に共振器のQ係数が低下することで、受信器がオンに切り換えられる前に、共振器の残留RFエネルギーをすばやく低減する。この処理により、送信信号の終了と受信機が起動される時との間で必要とされる時間遅延が大きく短縮され、その結果、NMR分光計システムの感度がより高くなる。
【0018】
RFスイッチ電源からの十分なRF電力によりRFスイッチとして作動することになるHTS共振器の部分が常に存在する。あるいは、図6Aおよび図6Bを参照して以下に説明するように、HTS共振器の選択された部分の幅を狭めて、その狭めた部分を常伝導金属材料で被覆することにより、共振器構造10の特定の場所または部分に、超伝導RFスイッチを形成してもよく、その場合、RFスイッチ電源19に必要な最適なRF電力水準を選択する際に、設計者がより大きな柔軟性を得られる。
【0019】
別体の送信コイルおよび受信コイルを有するシステムでは、共振器10は送信共振器または受信共振器として機能してもよい。図2に示すように、追加の共振器20は、受信共振器または送信共振器としてそれぞれ機能する。各構成は図2を参照して示される。図2には、本発明の追加の局面が示されている。
一実施形態によれば、HTSマルチモード共振器10は受信共振器であり、追加の共振器20は送信共振器である。高分解能NMRシステムでは、共振器20は通常、極低温共振器とされている。いくつかのMRIシステムでは、共振器20は、室温付近で作動する非極低温共振器とされている。NMR分光計は、結合ループ26により共振器20に結合されている。NMR実験の送信段階中に、RFスイッチ電源19は、制御ライン15を介してNMR分光計により起動され、マルチモード(受信)共振器10のQ係数を低下させ、この共振器の低下した電流が、結合からHTSの追加の(送信)共振器20へと誘導され、それによって、これらの電流により生成されたRF磁場が低減される。その結果、受信共振器中の望ましくない電流によるRF磁場の歪みが低減される。
【0020】
別の実施形態では、HTSマルチモード共振器10は送信共振器であり、追加の共振器20は受信共振器である。NMR実験の受信段階で、RFスイッチ電源19は、制御ライン15を介してNMR分光計により起動され、HTSマルチモード(送信)共振器10のQ係数を低下させ、その中に誘導された信号電流を低減する。受信段階中に送信共振器に誘導された核スピンからの信号電流は、NMR分光計システムの感度を低下させる。
【0021】
さらに別の実施形態では、超伝導RFスイッチは、共振器の選択された部分を狭めることにより、HTS共振器10に直接形成されている。この狭い部分の形状は、RFスイッチ電源により、共振器の他のいずれの部分よりも前に、適切な量の臨界電流がその中に誘導されるのに十分でなければならない。第2の条件として、選択された部分は、NMR分光計の作動中に常伝導になるほど狭くてはいけないが、RFスイッチ電源から要求される電力の最小値で作動しなくてはならない。
【0022】
図1および図2に示すマルチモード共振器システムは、本発明を実施するために使用されてもよい極低温マルチモード共振器の多数の変形の中の例示的な設計を示しており、ふさわしい共振器が2つ以上の共振周波数モードを有していなければならない。モードの中の1つは、NMR試料領域中に、比較的均一なRF磁場を生成することができなければならない。他のモードの中の1つは、生成するRF場がNMR実験を乱すことのないよう、周波数が十分に除去されていなくてはならない。
【0023】
図3Aは、多くの高分解能NMRプローブに使用されるふさわしい極低温共振器を示している。マルチモード共振器30は、NMR試料領域37にまたがるコイル部分32および36ならびにキャパシタ部分31および35を有する、2つの同一の超伝導共振器を含んでいる。コイル部分は相互の結合を有しており、それによって、隔離された共振コイルの共振周波数を2つの共振周波数に分離している。一方は、2つのコイルのRF場が加算されコイルシステムの中心に対して対称な、より低い周波数FLとされており、より高い周波数である第2の、より高い周波数FHは、RF場が減じられてコイルシステムの中心に対して非対称なRFとなって、試料領域37の中心においてゼロ磁場となっている。これまで、この第2の、より高い周波数は、有用であることが証明されていなかった。本発明は、このより高い周波数を「減Qする」、すなわち、共振器30のQ係数を低減するための手段として活用する。
【0024】
一実施形態では、HTSマルチモード共振器30は、NMRプローブで送信および受信共振器の両方として機能する。NMR分光計17は、マルチモード共振器30の、より低い周波数FLで作動する。作動時に、送信RFパルスがNMR分光計17で生成され、結合ループ34を介してHTS共振器30内に結合される。これにより、コイル32とコイル36との間の試料領域37で、RF磁場が生成される。送信パルスが終了すると、待機期間に入り、共振器30に残留しているエネルギーは消失する。高いQ係数のHTSコイルでは、エネルギーが十分に消失してNMR受信器が有効なデータの取得を開始できるようになる前に、数十マイクロ秒が経過する場合がある。本発明により、この時間遅延が大きく減少する。RFスイッチ電源19は、HTS共振器30の、より高い周波数FHに同調される。送信パルスの終わりにRFスイッチ電源19が起動される。RFスイッチ電源19からのRF電力は、結合ループ38により共振器30に結合されて、1つ以上の部分が非超伝導性となって共振器30のQが大きく低減するのに十分な強さのRF電流が、共振器30を流れるようにする。この処理により、共振器の残留エネルギーを消散させるのに必要な時間が大幅に短縮されて、送信パルスの終わりと受信器によるデータ受け取り段階の開始との間の遅れが低減され、その結果、分光計システムの感度が向上する。
【0025】
この共振器構成の第2の変形例では、HTS共振器30はRFを分光計から核スピンへと送信し、別体の共振器(図2に示すが、図3Aには示されていない)が核共振信号を受信するのに使用される。HTS共振器30は、より低い周波数FLのRF電力を、ループ34を介して分光計送信器から受信してRF電力を核スピンを励起するRF磁場へと変換する送信共振器として機能する。共振器30が受信段階で核スピンから電力を吸収するのを防ぐため、より高い周波数FHのRF切り換え電力がループ38を介して印加され、共振器30にRF電流を誘導する。共振器30の2つのコイル32および36に誘導されたRF電流は、コイル32および36の1つ以上の部分がその臨界電流を超えて、抵抗を上昇させQ係数を低下させ共振器30離調させて、それが核スピン歳差から吸収する電力を低減させるようにするのに十分なほどの強さとされている。
【0026】
さらに別の修正案では、図3Aのマルチモード共振器30は、別体の送信共振器(図3Aには示されていないが、図2に説明および図示されている)を有する、NMRプローブ内の受信共振器として機能する。この構成では、受信共振器30と送信共振器との間の結合により、NMR実験の送信段階中に、受信共振器30へ電圧が誘導されることになる。より高い周波数FHのRFスイッチ電力を送信段階中に共振器30へ印加することにより、コイル32または36の部分が、その臨界電流を超えて、受信共振器30のQを低減する。Qが低下すると、共振器30中の周波数FLの電流が低減され、それにより、この電流が、送信コイルにより生成されたRF場構成を歪めることが防止される。
【0027】
図3Bは、HTS RFスイッチ39を共振器30’に組み込んだ、極低温マルチモードコイル30’を示している。コイル構成は図3Aに示したものと類似しているが、図3Bのマルチモード共振器30’は、コイル部分32’および36’と、NMR試料領域37にまたがるキャパシタ部分31’および35’とを有する、2つの同一の極低温常伝道金属共振器を備えていてもよい点が異なっている。この実施形態では、HTS RFスイッチ39はコイル部分36’に組み込まれているが、コイル32’または両方のコイルに組み込まれていてもよい。HTS RFスイッチ39は、図6Aおよび図6Bに関連して以下に説明するように、HTS材料の一部で形成されていてもよい。図3Aおよび図3Bの実施形態の作動のモードも同じである。
【0028】
本発明のさらなる実施形態が図4に示されている。極低温マルチモード共振器40は、極低温共振器44および46を含んでいる。極低温共振器44は、容量部41、誘導部42およびHTS RFスイッチ45を含んでいる。スイッチ45は、容量部47および誘導部48をも含む極低温共振器46と共通してもいる。極低温共振器44は、ループ43を介してNMR分光計19に結合されており、分光計周波数F1に同調されている。極低温共振器44は、NMRプローブにおいて、送信共振器もしくは受信共振器またはその両方として使用される。極低温共振器46は、核共振信号を乱さない、異なる周波数F2に同調されている。これは、結合ループ49により、RFスイッチ電源17に結合されている。RFスイッチ電源17の起動により、スイッチの臨界電流に近づく、または臨界電流を超えるのに十分な電流が共振器46およびスイッチ45に誘導されて、これが非線形または非超伝導性となるようにされ、それによって、共振器44のQ係数が低減され、その共振周波数が変化される。図3Aのコイル構成と同様に、共振器44は、送信および受信コイルの両方として使用されてもよく、または、図2および図3Aに関連して上述したのと同じ利点を有する送信コイルのみとして、もしくは受信コイルのみとして使用されてもよい。
【0029】
図5の極低温マルチモード共振器50は、周波数F0の基本モードを有する、らせん共振器である。このモードは、上記特許文献3に開示されているように、らせん54の中心で最大となる電流を有している。第1のオーダーのモードF1は、基本モードF0の周波数の2倍以上の周波数で共振し、らせんの中心54にノードを有し、コイル位置56および57で最大電流を有している。RF HTSスイッチ58は、コイル位置56に配置されている。周波数F1の高電力RF信号が、RFスイッチ電源17により生成され、ループ59を介してマルチモード共振器50に印加されて、その臨界電流に近い、またはその臨界電流を超えるRF電流をスイッチ58において生成し、それによって、共振器50の抵抗を増加させ、そのQ値を低減する。図3Aおよび図3Bのコイル構成と同様に、共振器50は、送信および受信共振器として、または、図3Aに関連して記載したのと同様の利点を有する、別体の受信器との共振を励起するための送信共振器として、もしくは、別体の送信共振器を有する受信共振器として、単一の共振器プローブにおいて使用されてもよい。
【0030】
上述したとおり、超伝導RFスイッチは、上記特許文献2で示唆されているように、共振器の選択した部分を狭めることにより形成することができる。しかし、Q係数の値は制御することができなかった。それは、これが、切り換えられた領域の抵抗に依存しており、この抵抗を制御するための手段が設けられていなかったためである。本発明の一実施形態は、図6Aおよび図6Bに示すように、改良されたRFスイッチを含んでいる。超伝導リード62が、図6Aに示すように、狭められた部分63を有している。リード62は、マルチモード共振器の誘導部の一部であってもよく、極低温常伝導金属共振器のコイル部と直列にされた別体の超伝導スイッチの一部を形成していてもよい。極低温常伝導金属共振器と接続されると、リード62は、それを常伝導金属リードに取り付けるための接合パッドとして機能してもよい。リード62は、接合用または防護用に、図6Bに示すように金属製の被せ(上張り)64で被覆されていても、または、被覆されていなくてもよい。リードの狭められた部分63は、RF電流がスイッチを起動して非超伝導状態としたときに所望の抵抗を与えるために、所与の厚みの金属65を有する層で被覆されている。非超伝導状態にあるスイッチの抵抗は、非超伝導状態の超伝導材料に対する抵抗(通常、非常に高い)と金属製の被せの抵抗との並列の組み合わせにより決定される。金属製の被せの抵抗は、使用された金属の固有抵抗、その厚み、被せの幅、および狭められた領域の長さにより決定される。スイッチが非超伝導状態にあるときに所望の抵抗を与えるため、これらのパラメータが選ばれてもよい。図6Cは、RFスイッチの横断面を示しているが、等尺図ではない。スイッチ62および63の超伝導材料は、通常約0.020”(インチ)の厚みを有する誘電体基板66上に形成されている。超伝導リード62の被せは通常、50〜300ナノメートルの金または銀であってもよく、スイッチ65の金属製の被せの厚みは、スイッチ特性を最適化するために選ばれる。RFスイッチ電流がない場合、通常の送信または受信電流の電流の流れは、図6Cに矢印67で示すようになる。RFスイッチ電流が印加されると、スイッチの抵抗ははるかに高くなる。これは、図6Dに矢印68で示すように、電流が、領域63の超伝導体から逸れて抵抗領域65を流れているためである。被せ材料65、その長さおよび厚みの選択により、それが起動されているときの抵抗およびそれゆえにコイルQの制御が可能になる。この好ましい実施形態のRFスイッチは、図3B、図4または図5に示されているように、超伝導受信コイルに形成されているのが好ましい。なぜなら、これは、RFスイッチ電源の起動中に共振器のQ係数を制御することを可能にするからである。
【0031】
本発明の好ましい形態を本明細書において説明したが、特許請求の範囲に記載した本発明の精神および範囲から逸脱することなしに、多くの変更および変形をこれに施すことができることを当業者は理解するであろう。例えば、RFスイッチ電源は、NMR分光計に直接組み込まれて、NMR分光計信号およびRFスイッチ電源の両方を結合するための単一の結合ループを使用可能にしてもよい。多くの異なる極低温マルチモード共振器を、本発明とともに使用することができる。RFスイッチを起動するために、電流は、臨界電流に近づくだけで、十分なQ低減または離調を実現し、所望の結果を達成できるであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
NMR分光計およびRFスイッチ電源に結合された極低温共振器システムであって、
前記NMR分光計の作動周波数に同調された第1の共振周波数で共振する第1の共振モード、および、前記RFスイッチ電源の周波数に同調された第2の周波数で共振する少なくとも第2の共振モードを有する極低温マルチモード共振器と、
前記極低温マルチモード共振器の少なくとも1つの部分内に形成された少なくとも1つの超伝導RFスイッチとを備え、
前記RFスイッチ電源により前記少なくとも1つの超伝導RFスイッチ内に誘導されたRF電流が、臨界RF電流の値に近づくか、または前記臨界RF電流の値を超えると、前記少なくとも1つの超伝導RFスイッチの抵抗が増加され、前記極低温マルチモード共振器のQ係数が低減される、極低温共振器システム。
【請求項2】
前記NMR分光計に結合され前記NMR分光計の前記作動周波数に同調された追加の共振器をさらに備え、前記極低温マルチモード共振器、前記追加の共振器および前記超伝導RFスイッチは、HTS材料で形成されている、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項3】
前記極低温マルチモード共振器は、前記NMR分光計からのRF送信パルスを受信することにより、送信周波数で作動する送信共振器とされている、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項4】
前記NMR分光計に結合され前記NMR分光計の前記作動周波数に同調された追加の極低温共振器をさらに備え、前記追加の極低温共振器は、常伝導金属で形成され、極低温で作動する、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項5】
前記NMR分光計に結合された追加の非極低温共振器をさらに備え、前記追加の非極低温共振器は送信共振器であり、極低温マルチモード共振器は受信共振器である、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項6】
前記追加の極低温共振器は送信共振器であり、前記極低温マルチモード共振器は受信共振器である、請求項4に記載の極低温共振器システム。
【請求項7】
前記追加の極低温共振器は受信共振器であり、前記マルチモード共振器は送信共振器である、請求項4に記載の極低温共振器システム。
【請求項8】
前記極低温マルチモード共振器は、2つの同一の誘導結合された共振器を備えている、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項9】
前記極低温マルチモード共振器は、巻き線と巻き線との間の空間により形成された分布容量を有するらせん巻きコイルである、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項10】
前記極低温マルチモード共振器が、
第1の誘導部、第1の容量部および前記超伝導RFスイッチの直列接続を有し、前記第1の周波数に同調され前記NMR分光計に結合された第1の極低温共振器と、
第2の誘導部、第2の容量部および前記超伝導RFスイッチの直列接続を有し、前記第2の周波数に同調され前記RFスイッチ電源に結合された第2の極低温共振器とを備えている、請求項1に記載の極低温共振器システム。
【請求項11】
第1の周波数の1つの共振モードと第2の周波数の第2の共振モードとを有する極低温マルチモード共振器のQ係数を低減するための方法であって、前記第1の周波数はNMR信号の共振周波数であり、
前記マルチモード共振器内に少なくとも1つの超伝導RFスイッチを形成するステップと、
前記マルチモード共振器を、NMR分光計およびRFスイッチ電源に結合し、前記RFスイッチ電源を前記第2の周波数に同調させるステップと、
前記極低温マルチモード共振器中を流れるRF電流を生成するために、前記RFスイッチ電源を起動するステップと、
前記少なくとも1つの超伝導RFスイッチの超伝導状態を、その臨界電流に近づくか、または前記臨界電流を超えるRF電流の値を与えることにより、非超伝導状態に転換するステップと、
前記超伝導RFスイッチの抵抗を増加させることにより、前記マルチモード共振器の前記Q係数を低減するステップとを含む、方法。
【請求項12】
送信器および受信共振器である前記マルチモード共振器に、RF送信パルスを印加するステップと、
前記マルチモード共振器内の残留送信RFエネルギーを消散させるために、前記送信パルスの終了時に、かつNMR分光計受信器が起動される前に、前記RFスイッチ電源を起動するステップとをさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
送信共振器として機能する追加の極低温共振器を設けるステップであって、前記極低温マルチモード共振器は前記受信共振器として機能するものであるステップと、
前記追加の極低温共振器を前記NMR分光計に結合するステップと、
前記追加の極低温共振器にRF送信パルスを印加するステップと、
RF送信電流により生成されるRF場を低減する、前記マルチモード共振器に誘導された前記RF送信電流を低減するために、前記送信パルスの間に前記RFスイッチ電源を起動するステップとをさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記NMR分光計に結合されて受信共振器として機能する追加の極低温共振器を設けるステップであって、前記マルチモード共振器は送信共振器として機能するものであるステップと、
前記マルチモード共振器に送信RFパルスを印加するステップと、
前記送信RFパルスの終了後に、受信を行うために、前記NMR分光計を起動するステップと、
受信期間中に前記マルチモード共振器に誘導されるNMR信号電流を低減するために、前記NMR分光計の起動期間中に前記RFスイッチ電源を起動するステップとをさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
少なくとも1つの超伝導RFスイッチを形成する前記ステップが、
2つの端部領域の間の横断面が低減された中央領域を形成している、誘電体基板上に形成されたHTS材料の長さをパターン化するステップと、
前記中央領域に常伝導金属を堆積させるステップと、
非超伝導状態にある前記RFスイッチの前記抵抗を制御するために、常伝導金属堆積層の厚みを調節するステップとをさらに含む、請求項11に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図6D】
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【公表番号】特表2010−538300(P2010−538300A)
【公表日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−524118(P2010−524118)
【出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【国際出願番号】PCT/US2008/075086
【国際公開番号】WO2009/035883
【国際公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)