説明

S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする医薬組成物

【課題】S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする医薬組成物を提供する。
【解決手段】本発明は、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とし、有効でかつ副作用の少ない抗血栓症効果のある医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物は、PAI−1(plasminogen activator inhibitor−1)量の増加を抑制することで、PAI−1高値で発症する動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等の疾患を予防、改善、治療することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本人の主な死因は、悪性腫瘍、心疾患、脳血管性障害等であり、死因に関わる心疾患及び脳血管性障害は血栓症に由来する。血栓症を原因とする疾患として、脳血栓、脳塞栓、一過性脳虚血発作、狭心症、心筋梗塞、心房内血栓、肺血栓塞栓症、深部静脈血栓症(エコノミー症候群)、播種性血管内凝固症候群(DIC)等が挙げられる。例えば、心筋梗塞は、心臓に栄養や酸素を供給している冠状動脈の血流が、血栓等の原因で閉塞することによって完全に止まり、心筋が壊死することで引き起こされる。又、DICは、全身の血管内において、無秩序に血液凝固反応が起きて血栓が多発することで臓器障害が引き起こされる。このように、血栓症は多くの疾患の引き金となっている。
【0003】
血栓の形成には、主に三つの要因が存在する。一つ目は、血管内皮細胞の傷害であり、喫煙、高脂血症、高血圧、肥満、糖尿病等により血管内皮細胞が傷害を受け、血栓が生じる。二つ目は、血流の緩慢であり、固定や長時間に及ぶ同じ姿勢が原因で血管が圧迫されることによって血流が緩慢又は停止している場所や、動脈瘤、静脈瘤、心臓内等の血流が渦巻く場所に血栓が生じる。三つ目は、血液性状の変化(粘稠度の増加、繊維素溶解活性低下、血液凝固因子の増加)であり、高脂血症、脱水症状時、妊娠・出産時、老齢等では血液成分が変化しているため、血栓が生じやすい。
【0004】
血栓症のリスクは加齢に伴い増加する。高齢化が進む日本では、血栓症が原因として引き起こされる多発性脳梗塞による痴呆や脳血管性障害による身体麻痺、心筋梗塞、DIC等は深刻な問題である。血栓症に対する薬剤として、アスピリンやチクロピジン等が知られているが、アスピリンの副作用として、再生不良性貧血、血小板減少、白血球減少等、チクロピジンの副作用として、血栓性血小板減少性紫斑病、無顆粒球症、重篤な肝障害等が報告されている。このように、血栓症に効果のある薬剤では少なからず副作用が認められることから、有効でかつ副作用の少ない抗血栓症薬が求められている。
【0005】
近年、動物、植物及び微生物等の生体内に広く存在するグルタチオンの乳酸誘導体であるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩の研究が進められ、美白剤(特許文献1)、抗炎症剤(特許文献2)が開示されているが、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩の血栓症を予防、改善、治療する効果は報告されていない。
【0006】
今までのところ、S−ラクトイルグルタチオンの前駆体であるグルタチオンに抗血栓症効果は認められていない。又、グルタチオンの誘導体であるS−(1,2−ジカルボキシエチル)グルタチオン又はその塩に、血小板凝集抑制効果が認められている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2876224号
【特許文献2】特許第2522940号
【特許文献3】特開平2−255624号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、有効でかつ副作用の少ない抗血栓症薬である医薬組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、この問題点を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩に優れた抗血栓症効果を発見し、本発明を完成するに至った。本発明は化学式(1)で表されるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする抗血栓症薬である。
【化1】

【0010】
本発明は、血栓症によって引き起こされる動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等の疾患を予防、改善、治療するための、請求項1に記載の抗血栓症薬である。
【0011】
本発明はS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするPAI−1(plasminogen activator inhibitor−1)産生抑制剤である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩は、動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等の疾患になると高値を示すことが知られているPAI−1量を減少させることで、優れた抗血栓症効果を示し、これらの疾患を予防、改善、治療することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
S−ラクトイルグルタチオンは、細胞増殖制御機構の過程において、メチルグリオキサールがグルタチオンと非酵素的に反応して中間体ヘミメルカプタールを与え、このヘミメルカプタールがグリオキサラーゼIによって代謝されて生成される。
【0014】
S−ラクトイルグルタチオンは市販品を用いても良いが、上述のようにグリオキサラーゼIによって酵素的にメチルグリオキサールとグルタチオンから製造することもできる(特開平1−98487号)。
【0015】
S−ラクトイルグルタチオンの塩としては、ナトリウム、カリウム、リチウム等のアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム及びモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリエチルアミン、ピペラジン、アルギニン等のアミン類との塩、そして塩酸塩等が挙げられるが、これらは常法によりS−ラクトイルグルタチオンから製造することができる。
【0016】
本発明におけるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩の投与量は、通常10mg〜5,000mg/日、好ましくは25mg〜1,000mg/日、より好ましくは50mg〜100mg/日である。
【0017】
本発明の抗血栓症薬は、経口投与される医薬品又は食品として用いることができる。医薬品の形態としては、散剤、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、内服液剤、懸濁剤、シロップ剤が挙げられる。食品の形態としては、上述の医薬品的な形態に加え、ビスケット、クッキー、キャンディー、チョコレート等の菓子、食酢、醤油、ドレッシング等の調味料、ハム、ベーコン、ソーセージ等の食肉製品、かまぼこ、はんぺい等の魚肉練り製品、果汁飲料、清涼飲料、アルコール飲料等の飲料、パン、麹、ジャム等にすることができる。これらの医薬品及び食品は、何れもS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を10mg〜5,000mg/日摂取できる形態であるが、摂取量を調製しやすい錠剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、内服液剤及び飲料がより好ましい。又、医薬品及び食品の製造にあたっては、必要に応じて賦形剤、結合剤、滑沢剤、矯味剤、安定剤、ビタミン、ミネラル、香料等の医薬品及び食品の技術分野で通常使用されている補助剤を用いることができる。
【0018】
PAI−1(plasminogen activator inhibitor−1、別名Serpin E1)は血管内皮細胞及び肝臓から放出されるポリペプチドで、t−PAの活性を消失させて線溶系を抑制するポリペプチドである。このため、血中PAI−1濃度が増加し過ぎると血栓ができやすくなる。血中PAI−1濃度は、メタボリック症候群、感染、炎症等の病的因子によって増加する一方、加齢、日内変動等の生理的因子によっても変化する。ヒト血中PAI−1濃度の正常値は50ng/ml以下であり、血栓症が原因として引き起こされる動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等になると高値を示すことが知られており、PAI−1を指標にして、上記の疾患を予想することが可能であると考えられている。従って、PAI−1の増加を抑制することは、血栓症が原因として引き起こされる動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等の疾患を予防、改善、治療することができる。
【0019】
本発明を詳細に説明するため、実施例1として本発明の処方例、及び、実施例2として実験例を挙げるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
本発明の化学式(1)で表されるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩は、処方例として下記の製剤化を行うことができる。
【0021】
処方例1 飲料
処方 配合量(g)
1.S−ラクトイルグルタチオン 0.1
2.クエン酸 0.7
3.果糖ブドウ糖液糖 60.0
4.香料 0.1
5.精製水 39.1
全量 100.0
[製造方法]成分5に成分1〜4を加え、攪拌溶解してろ過し、加熱殺菌後、50mlガラス瓶に充填する。当該飲料を1日1本摂取することで、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を50mg/日摂取できる。
【0022】
比較例1 従来の飲料
処方例1において、S−ラクトイルグルタチオンを精製水に置き換えたものを従来の飲料とした。
【0023】
処方例2 錠剤
処方 配合量(g)
1.S−ラクトイルグルタチオンナトリウム 5.0
2.トウモロコシデンプン 10.0
3.精製白糖 20.0
4.カルボキシメチルセルロースカルシウム 10.0
5.微結晶セルロース 40.0
6.ポリビニルピロリドン 5.0
7.タルク 10.0
全量 100.0
[製造方法]成分1〜5を混合し、次いで成分6の水溶液を結合剤として加え、常法により顆粒化する。これに滑沢剤として成分7を加えて配合した後、1錠100mgの錠剤に打錠する。当該錠剤を1日12錠摂取することで、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を60mg/日摂取できる。
【0024】
処方例3 カプセル剤
処方 配合量(g)
1.S−ラクトイルグルタチオンカルシウム 5.0
2.微結晶セルロース 60.0
3.トウモロコシデンプン 15.0
4.乳糖 18.0
5.ポリビニルピロリドン 2.0
全量 100.0
[製造方法]成分1〜5を混合して顆粒化した後、2号硬カプセルに250mg充填してカプセル剤を得る。当該カプセル剤を1日6個摂取することで、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を75mg/日摂取できる。
【0025】
処方例4 散剤
処方 配合量(g)
1.S−ラクトイルグルタチオン 5.0
2.微結晶セルロース 40.0
3.トウモロコシデンプン 55.0
全量 100.0
[製造方法]成分1〜3を混合し、常法により散剤を得る。当該顆粒を1日1g摂取することで、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を50mg/日摂取できる。
【0026】
処方例5 錠菓
処方 配合量(g)
1.S−ラクトイルグルタチオンカルシウム 1.0
2.乾燥コーンスターチ 50.0
3.エリスリトール 40.0
4.クエン酸 5.0
5.ショ糖脂肪酸エステル 3.0
6.香料 1.0
全量 100.0
[製造方法]成分1〜4に精製水を適量加えて練和し、押出し造粒した後、乾燥して顆粒を得る。顆粒に成分5及び6を加えて打錠し、1個1gの錠菓を得る。当該錠菓を1日6個摂取することで、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を60mg/日摂取できる。
【実施例2】
【0027】
以下、本発明を効果的に説明するために、実験例を挙げる。尚、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0028】
実験例1 正常ヒト成人皮膚微小血管内皮細胞(HMVEC)における、PAI−1遺伝子の発現変化
HMVECを60mm dishに2ラ10個播種した。そこに、10μMの5−bromo−2−deoxyuridine(BrdU)を添加して4日間培養することにより、老化誘導した。同時に、10μMのS−ラクトイルグルタチオン、比較対象として10μMのグルタチオン及び10μMのS−(1,2−ジカルボキシエチル)グルタチオン(いずれもWako)を添加した。培養後、総RNAの抽出を行った。細胞からの総RNAの抽出はTRIZOL Reagent(Invitrogen)を用いて行い、総RNA量は分光光度計(NanoDrop)を用いて260nmにおける吸光度により求めた。mRNA発現量の測定は、細胞から抽出した総RNAを基にしてリアルタイムRT−PCR法により行った。リアルタイムRT−PCR法には、SuperScriptIII Platinum Two−Step qRT−PCR Kit with SYBR Green(Invitrogen)を用いた。すなわち、500ngの総RNAを逆転写反応後、PCR反応(95℃:15秒間、60℃:30秒間、40cycles)を行った。使用したプライマーを以下に示す。その他の操作は定められた方法に従い、mRNAの発現量を内部標準であるGAPDHmRNAの発現量に対する割合として求めた。尚、各遺伝子の発現量の測定に使用したプライマーは次の通りである。
【0029】
PAI−1用のプライマーセット
CGTGGTTTTCTCACCCTATGG(配列番号1)
CTGGGTTTCTCCTCCTGTTGTC(配列番号2)
GAPDH用のプライマーセット
TGAACGGGAAGCTCACTGG(配列番号3)
TCCACCACCCTGTTGCTGTA(配列番号4)
【0030】
その結果を表1に示す。HMVECをBrdUにて老化誘導すると、PAI−1mRNAの発現量は増加したが、S−ラクトイルグルタチオンはこの変化を回復させた。一方、グルタチオンにはこの効果は認められなかった。また、S−(1,2−ジカルボキシエチル)グルタチオンは効果が認められたが、S−ラクトイルグルタチオンと比較すると、S−ラクトイルグルタチオンの方が顕著に強かった。従って、S−ラクトイルグルタチオンは、血栓症の原因となるPAI−1の増加を抑制する作用があることが示された。
【0031】
【表1】

【0032】
実験例2 使用試験
処方例1及び比較例1の飲料を用いて、男性被験者6名ずつの合計12名(25−60歳)を対象に、1日50mlを任意の時間に摂取させ、2ヶ月間の使用試験を行った。飲用前及び2ヶ月後に血液を採取し、動脈硬化の診断基準として使用されるLDLコレステロール及び中性脂肪の測定を行った(動脈硬化性疾患予防ガイドライン、2007年度版)。又、血管年齢(アルテットC、U−Medica Inc.)も同時に測定した。血管年齢とは、指先に伝播する心拍の波形から動脈硬化の進展を推測し、血管老化度を年齢として算出したものである。
【0033】
これらの試験結果を表2、3及び4に示した。その結果、比較例1と比較して、処方例1で得られる飲料は、動脈硬化の指標であるLDLコレステロール及び中性脂肪の値、又、血管年齢を下げ、動脈硬化改善効果に優れていた。尚、試験期間中、トラブルは一人もなく、安全性においても問題なかった。
【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
【表4】

【0037】
以上の結果より、本発明のS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする医薬組成物は、ヒトにおける使用試験に対して優れた動脈硬化抑制効果、すなわち、抗血栓症効果を示すことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする医薬組成物は、優れた抗血栓症効果を示す。又、この医薬組成物は、動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等の疾患になると高値を示すことが知られているPAI−1量を減少させることで、これらの疾患を予防、改善、治療することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式(1)で表されるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする抗血栓症薬。
【化1】

【請求項2】
血栓症によって引き起こされる動脈硬化、敗血症、心筋梗塞、肝疾患、悪性腫瘍、重症感染症、DIC等の疾患を予防、改善、治療するための、請求項1に記載の抗血栓症薬。
【請求項3】
S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするPAI−1(plasminogen activator inhibitor−1)産生抑制剤。

【公開番号】特開2011−74049(P2011−74049A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230208(P2009−230208)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(592262543)日本メナード化粧品株式会社 (223)
【Fターム(参考)】