説明

SIRS患者を救命するためのペプチド組成物

【課題】ゼプシス等のSIRSによるショック状態に既に陥っている患者を有効に救命することが出来る副作用のないあるいは副作用の少ない薬剤を提供すること。
【解決手段】ゼプシスを含む全身性炎症反応症候群(SIRS)により重篤な病態に陥った患者に対して、かかる重篤な病態に陥った後に投与することにより患者を救命することができる、配列番号1または2に示すペプチドを含む救命用組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼプシスを含む全身性炎症反応症候群(SIRS)により重篤な病態に陥った患者に対して、かかる重篤な病態に陥った後に投与することにより患者を救命することができる治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ゼプシスを含む全身性炎症反応症候群(SIRS) は、北米において毎年300,000名の患者の死因である致死的な疾患であり、いまだに有効な治療剤が存在しない。米国では年間75万人にゼプシスが発症し、22万人が死亡しているが特効救命薬がない。活性化プロテインC(APC)は30%の死亡率を24%に改善できるに過ぎない。ゼプシスでは体内に病原細菌が増えてしまっているので、抗生物質で細菌を抑制しても菌体内毒素(LPC)を取り除くことは出来ない。抗生物質投与とヘパリンやステロイドなどの対症療法での治療にとどまっている。
【0003】
ゼプシスは全身性炎症反応症候群(SIRS)の一種であり、SIRSは播種性血管内凝固(DIC)および多臓器不全 (MOF)を引き起こし、これらは非常に致死的である。補体の第5成分(C5) から補体活性化の際に生じるC5 コンバターゼによって放出される74-アミノ酸ペプチドのC5a アナフィラトキシンのSIRSにおける中心的役割が提唱されている(非特許文献1および2)。
【0004】
C5aは、補体活性化の際に生じるC5 コンバターゼにより補体第5成分 (C5)から放出される74-アミノ酸 ペプチドである(非特許文献1および2)。C5a アナフィラトキシンは10-11Mという低濃度でも作用する強力な活性を持つ生体内炎症刺激物質であり、TNFαおよびその他の炎症性サイトカインの生成を刺激する(非特許文献3−5)。
【0005】
C5a アナフィラトキシンは過剰な炎症の処置のための有効な標的であると見なされているが、C5aの効果を C5a 受容体 (C5aR) アンタゴニストにより制限する試みは成功していない。というのはC5aRは炎症性白血球だけでなく、その他の多くの細胞タイプにも発現しているからである (非特許文献4)。さらにC5aR の数は急性炎症状態で上昇する(非特許文献6)。
【0006】
C5a アナフィラトキシンに対する抗体は、実験的ゼプシス霊長類モデルの治療において有効であることが示されており(非特許文献3および7)、C5a アナフィラトキシン 阻害剤が重篤な全身性炎症反応症候群 (SIRS)を患う患者の処置に有用であり得ることが示されている(非特許文献8)。
【0007】
しかしC5a アナフィラトキシンに対する抗体は、治療後体内に残存するなどの問題がありヒトへの応用は容易ではない。
【0008】
C5aのアミノ酸37〜53 (RAARISLGPRCIKAFTE) は、 C5a 受容体 (C5aR)のアンチセンスホモロジーボックス(AHB) ペプチド(非特許文献9)に対するアンチセンスペプチドであり、PL37と称されている(非特許文献10)。C5a アナフィラトキシンのこの領域はC5aR 刺激のための可能性のある部位であると推定されている(非特許文献11) 。コンピュータプログラム、MIMETIC (非特許文献12−14)を用いて、本発明者らはPepA (ASGAPAPGPAGPLRPMF)(配列番号1)と称するPL37に対する相補性ペプチドを作成し、これがC5a アナフィラトキシンに結合し、補体に媒介される致死的なショックをラットにおいて防止することを確認した(特許文献1、非特許文献15) 。特許文献1の系では、全身症状の発症誘導前にPepAまたはPepAのN-末端アラニンのアセチル化によって生じたAcPepAと称するペプチド(配列番号2)を投与してゼプシスの発症そのものを予防的に抑えている。しかしPepAやAcPepA が既に致死的ショックを発症している対象に対してどのような効果を有するかは不明である。
【特許文献1】特開2004−269520号公報
【非特許文献1】Annu. Rev. Immunol. 12: 775-808(1994)
【非特許文献2】Immunopharmacology、38: 3-15
【非特許文献3】Nature.Med. 5、788-792 (1999)
【非特許文献4】Annu Rev. Immunol. 23、821-852 (2005)
【非特許文献5】Immunol. Rev. 180、177-189 (2001)
【非特許文献6】J. Clin. Invest. 110: 101-108
【非特許文献7】J. Clin. Invest. 77、1812-1816 (1986)
【非特許文献8】Nature. Med. 9、517-24 (2003)
【非特許文献9】Nature Med. 1、894-901 (1995)
【非特許文献10】J. Immunol. 157、4591-4601 (1996)
【非特許文献11】Neuroscience 86、903-911 (1998)
【非特許文献12】Microbiol. Immunol. 46、211-215 (2002)
【非特許文献13】Biochem. Biophys. Res. Comm. 324, 236-240 (2004)
【非特許文献14】Microbiol. Immunol. 47、241-245 (2003)
【非特許文献15】J. Immunol. 172、6382-6387 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、ゼプシス等のSIRSによるショック状態に既に陥っている患者を有効に救命することが出来る副作用のないあるいは副作用の少ない薬剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、致死用量のLPSの注射により誘導されるショック状態にあるカニクイザルにおいて実験を行った。本発明者らはショック患者のモデルとして致死的な内毒素性ショックにあるサルに対してアセチル化PepA (AcPepA)(配列番号2)を投与した。致死量での菌体内毒素でショック病態にしたサルに対して100%の救命治療効果を発揮した。
本発明者らはまた、ブタ新生児腹膜炎モデル(CLP)での実験により、実際の細菌感染を腹腔内に誘導し、細菌感染に起因するショック状態のモデルにおいても、AcPepAの救命効果を確認した。
本願発明によるAcPepAは体内で速やかに分解されるので緊急時の大量投与でも蓄積毒性などのリスクが少ない。
【0011】
したがって、本発明は、SIRSであると診断された対象において、かかる診断後に投与した場合にSIRSによる死亡から対象を救命する、配列番号1または2に示すペプチドを含む救命用組成物を提供する。SIRSであると診断された対象は、好ましくはゼプシスであると診断された対象である。好ましくは組成物は配列番号2に示すペプチドを含む。本発明はまた、SIRSであると診断された対象において、かかる診断後に投与した場合にSIRS、特にゼプシスによる死亡から対象を救命する救命用組成物の製造のための、配列番号1または2に示すペプチドの使用を提供する。
【0012】
本発明はまた、SIRSであると診断された対象に対して、かかる診断後に、配列番号1または2に示すペプチドを投与することを含む、SIRSによる死亡から対象を救命する方法を提供する。SIRSであると診断された対象は、好ましくはゼプシスであると診断された対象である。好ましくはペプチドは配列番号2に示すものである。
【0013】
本発明の組成物あるいは本発明の方法において、配列番号1または2に示すペプチドは好ましくは、SIRSであると診断された後、速やかに、具体的には、1時間以内、好ましくは30分間以内、より好ましくは10分間以内に初回投与される。投与量は限定的ではなく、患者の性別、年齢、症状などに基づいて医師によって定められるべきであるが、例えば配列番号2に示すペプチドの場合、好ましくは、初回投与用量が1〜4mg/kg体重であり、より好ましくは初回投与用量が2〜4mg/kg体重である。さらに好ましくは配列番号2に示すペプチドは、初回投与の後、1〜4mg/kg体重/時間、より好ましくは2〜4mg/kg体重/時間で、好ましくは2〜6時間、より好ましくは3〜6時間継続投与される。特に好ましくは、投与は、SIRSの診断基準である下記表1に記載の各パラメーターが正常範囲に戻るまで行う。
表1. S I R S の診断基準
【表1】

【0014】
本明細書および請求の範囲において「SIRS(Systemic Inframmatory Response Syndrome」とは、過剰な炎症反応が全身性に起こり、炎症により種々の臓器障害を誘起する致命的な病態を意味する。
本明細書および請求の範囲おいて「ゼプシス」とは、SIRSのなかでも感染症に起因するものをいう。
「SIRS」の診断基準は、上記表1の如くである。
SIRSと診断された病態のなかで感染症が原因となっているものがゼプシスであると診断される。感染症が原因であるか否かは病原微生物による感染巣の確認やCRPの異常上昇(10以上)により判定される。
本明細書および請求の範囲おいて、配列番号1のペプチドには配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド自体の他に、配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチドを化学修飾などにより安定化させたものも含まれる。
本明細書および請求の範囲おいて、配列番号1または2のペプチドには、配列番号1または2のペプチドの塩も含まれる。
【発明の効果】
【0015】
本願のペプチドは、ゼプシスによるショックを発症した患者に投与することにより患者を救命し、致死率を下げることができる。
【0016】
本発明のペプチドは、ゼプシスを含むSIRS患者の処置に有用である。本発明のペプチドの体内における半減期は短く(2分程度)、緊急時に大量投与を行って救命しても、治療を中止すれば速やかに分解・消失し、蓄積毒性などのリスクが少ない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
AcPepA は17 アミノ酸 ペプチド (ASGAPAPGPAGPLRPMF)(配列番号1)であるPepAのN-末端アラニンがアセチル化されたペプチドAcPepA(配列番号2)である。両者はC5aに対して同様の効果を示すが、AcPepAの方がPepAより安定性が高い(特開2004−269520号公報)。
【0018】
本発明の配列番号1および2のペプチドの製造方法は特に限定されず、例えば、通常の化学合成法により配列番号1のペプチドを作成した後、常套の方法によりそのN末端のアラニンをアセチル化することにより作成することが出来る。N末のアラニンに、あらかじめアセチル化したアラニンを用いる方法も可能である。本発明のペプチドまたはその塩は滅菌水、ヒト血清アルブミン(HSA)、生理食塩水その他公知の生理学的に許容される担体と混合することができる。本発明の配列番号2のペプチドまたはその塩は、必要によりこれを凍結乾燥により粉末とすることもできる。凍結乾燥に際しては、ソルビトール、マンニトール、デキストロース、マルトース、トレハロース、グリセロールなどの安定化剤を加えることができる。
【0019】
本発明の配列番号1または2のペプチドの投与対象は、既にSIRSまたはゼプシスの症状を提示している哺乳動物、特にヒトである。
【0020】
投与方法・投与経路・剤形は、特に限定されないが、本発明のペプチドを含む液剤を対象の静脈内に注射により投与するのが好ましい。本発明のペプチドは哺乳動物(例、ヒト)に対して非経口的に又は局所に投与することができる。たとえば、本発明のペプチドは、静注または筋注などにより非経口的に投与することができる。注射剤の製剤化はたとえば生理食塩水またはブドウ糖やその他の補助薬を含む水溶液を用い、常法に従って行なわれる。
【0021】
本発明のペプチドまたはその塩を含有する製剤は、塩、希釈剤、担体、バッファー、結合剤、界面活性剤、保存剤のような生理的に許容される他の活性成分も含有していてもよい。非経口的投与製剤は、滅菌水溶液又は生理学的に許容される溶媒との懸濁液アンプル、または生理学的に許容される希釈液で用時希釈して使用しうる滅菌粉末(通常ペプチド溶液を凍結乾燥して得られる)アンプルとして提供される。
【実施例1】
【0022】
実施例1の概要
4 mg/kg の菌体内毒素 (LPS:lipopolysaccharide)のカニクイザルへの静脈内注射は重篤な全身性炎症反応症候群 (SIRS)を引き起こし、その結果2 日間以内にすべての動物が死に至る。 LPS注射したSIRS サルは、2 mg/kgの AcPepAの投与により救命された。しかし、このペプチドは TNF-α 誘導を有意に阻害しなかった。一方、このペプチドは、血漿中のHMGボックス1 (HMGB1)およびマクロファージ遊走阻止因子 (MIF)の誘導を阻害した。SIRS 状態においてLPSによる補体活性化により持続的に生じるC5a アナフィラトキシンの不活性化は、炎症応答を増幅するHMGB1 の誘導を含む致死的な サイトカイン ストームを抑制するようである(Am. J. Physiol. Cell. Physiol. 290、C917-924 (2006) 、Shock、26、174-179 (2006)、Science 285、248-251 (1999)、Proc. Natl. Acad. Sci. 101、296-301 (2004))。
【0023】
実施例1の詳細
PepAのN-末端アラニンがアセチル化されたAcPepA (ASGAPAPGPAGPLRPMF)(配列番号2)をBiologica Co. Ltd. (Nagoya、Japan)により合成および精製した (95%を超える純度) 。ペプチドAcPepAを生理食塩水に2mg/mlの濃度で溶解し、自動化注射ポンプで静脈内に投与する前に0.22 μm Millipore フィルターに通した。カニクイザルは(社)予防衛生協会 (CPRLP、筑波、日本)に維持された繁殖コロニーから提供を受けた。長寿医学研究所、福祉村病院の動物実験委員会(Institutional Animal Ethical Committee )、および筑波霊長類医科学研究センター(Tsukuba Primate Research Center)、独立行政法人医薬基板研究所の動物実験委員会により研究プロトコールの認可を受けた。
【0024】
体重4〜5.5 kgの動物は36%を超えるヘマトクリットであり、結核を含む感染症に罹患していなかった。動物をCPRLPにおいて LPSによる致死的な ショック研究の前1ヶ月間飼育した。ケタミン塩酸塩 (14mg/kg、皮下)を用いる鎮静の後、サルを経皮カテーテルを介して静脈に投与したペントバルビタールナトリウムで麻酔して 軽いレベルの外科麻酔を維持した。経口挿管により動物の自然呼吸を可能とした。ペントバルビタールナトリウムによる麻酔下で、サルの静脈内に4 mg/kg LPS を30分間以内に投与した。LPS注射の30分後、サルの静脈内に生理食塩水 (非処置対照) またはAcPepA(2分間で2mg/kg、次いで4時間、2mg/kg/時間)を投与した。LPS 投与の6時間後、麻酔処置を終え、サルを飼育室に戻し (剖検のために屠殺した動物を除く)さらに干渉せずにそれらの状態を観察した。3匹の対照サルのすべてが2日間で死亡したが、AcPepA 処置のサルはすべて翌日までに健康状態に戻った。血液サンプルを血球数、CPK アッセイならびにサイトカイン レベルを含む分析のために収集した。
【0025】
麻酔下で、カニクイザルに致死的な用量のLPS (4mg/kg、30分間)を静脈内注射した。LPS 注射の後、3頭のサルに非処置対照として生理食塩水のみを投与したところ、すべての動物は2 日以内に死亡した(2頭は1日目、1頭は2日目)。一方、LPS注射の30分後、SIRS病態が現れた状態で、2 分間で2mg/kg のAcPepA を、次いで2 mg/kg/時間のAcPepA を4時間静脈内投与して処置したすべてのサルは救命され、翌日には健康状態に回復した (表2)、しかしAcPepA 処置されたサルでも顕著な、白血球減少(1時間後に3000/mm3以下)、血小板減少(3時間後に25000/mm3以下)、血圧低下(30分後に80mmHg)、およびクレアチニンホスホキナーゼ (CPK)の放出(4時間後に1000IU/L)を示し、これらすべての現象はそのSIRS状態に関連していた。AcPepA処置されたサルの白血球減少は24時間後には15000/mm3に上昇し、血小板減少は24時間後でも1000/mm3と低下していたが72時間後には正常範囲の460000/mm3に回復していた。AcPepA治療をしたサルの血圧低下は翌日には100mmHgに回復しており、6時間後に2500IU/Lに上昇していたクレアチニンホスホキナーゼ (CPK)の放出は、翌日には1300IU/Lに低下してきていた。
【0026】
AcPepA により処置されたサルについての実験中に得られた血漿TNFαレベルは生理食塩水処置対照サルと比較して約 30% のみ低下していた(図1)。しかし、LPS 注射後のマクロファージ遊走阻止因子 (MIF) (図2)およびHMGボックス1 (HMGB1) (図3)のレベルの上昇は、AcPepA 処置サルにおいて抑制された。何頭かのサルは剖検を行うためにLPS 注射の6時間後に麻酔下で屠殺した。 臓器組織の病理学的分析により、AcPepA処理サルの肺には、白血球浸潤を含む重篤な炎症性変化が認められた。そしてこの炎症性変化は、生理食塩水処置対照 サルにおけるものと同程度であった。この結果は、致死的な応答がLPS 注射の後に進行し、剖検のために安楽死させた6時間目に於いては、その際サルは重篤なSIRS 状態にあること、AcPepA処置サルにおいても一旦は致死的応答が生じたがその進行は AcPepAによって制限されたのであろうことが示される。 MIF および HMGB1 誘導の阻害に関与する機構はいまだ解明されていないが、それらは AcPepAの治療効果に直接関連しているものと考えられる。特に、HMGB1は白血球などの炎症細胞のToll-Like Receptor (TLR)-4やTLR-2 に反応することが明らかにされており、炎症増強因子としてHMGB1が働くことにより炎症増悪フィードバックを起こして、SIRS病態を進行させると考えられる。
【0027】
表2.致死的な 用量の LPS (4mg/kg)を接種されたサルに対するAcPepAの治療効果
【表2】

白血球減少は1時間後に認められ、CPK上昇は6時間後に認められた。AcPepAを投与した30分目には血圧低下(80mmHg)が始まっていた。AcPepAを投与しても、6時間目ではSIRS病態であったが、その後速やかに回復したと考えられる。AcPepAを投与したサルでは6時間目でのMIFとHMGB1の上昇が起こっていなかったので、悪循環フードバックの亢進が抑えられ、SIRS病態から脱したと考えられる。
【実施例2】
【0028】
実施例2の概要
実際のゼプシス感染病態に近い、ブタ新生児腹膜炎モデルにおいて本発明のAcPepAの救命効果を確認した。
予備実験において盲腸結紮および穿刺 (CLP)により誘発された致死的な 腹膜炎を患う子ブタは重篤な ゼプシスによって約9時間以内に死亡するが、動物にCLP 手術の3時間後に開始した2 mg/kg/時間のAcPepA静脈内投与を行ったところ、HMGB1 が増大せずに24時間生存した。これらの結果は、AcPepAの投与は重篤な SIRS、特にゼプシス患者の治療のための有用な方法であることを示す。
【0029】
実施例2の詳細
ケタミン(0.1mg/kg 体重)で全身麻酔した8頭のブタの新生児の腹部を切開して、回盲部を結札したあと腸管に18ゲージ針で穴を開けて糞便が腹腔内に漏れ出るようにしてから腸管を腹腔内に戻し腹を閉じる手術(Cecum Ligation and Puncture: CLP)を行うと漏れ出た糞便で腹膜炎を起こし、9時間から14時間(9.5 +/- 0.4時間)後には死亡した。これらのCLP処置ブタではHMGB1の血中への放出が認められた(CLP)。開腹のみでCLP手術を行わなかった動物ではHMGB1の放出は認めなかった(SHAM)。
CLP手術を行った別の新生児ブタに3時間後からAcPepAを2mg/kg/時で静脈内に持続投与すると18時間まで生存した。このAcPepAで治療したブタ新生児では血中のHMGB1の上昇が抑制されていた(AcPepA)。CLPにより、腸内細菌が腹腔内に漏れ出て起こった致死的敗血症病態モデル新生児ブタに対してもAcPepAはHMGB1の放出を抑制し救命効果を発揮した(図4)。
【0030】
CLP(Cecum Ligation and Puncture)手術を行ったブタ新生児に術後30分からAcPepAを2mg/kg/時で静脈内に持続投与するとTNFαの上昇が完全に抑制されていた(図5)。
【0031】
図6の左上のパネルはケタミン(0.1mg/kg 体重)で全身麻酔したブタの新生児の腹部を切開して、回盲部を結札したあと腸管に針で穴を開けて糞便が腹腔内に漏れ出るようにしてから腸管を腹腔内に戻し腹を閉じる手術(Cecum Ligation and Puncture: CLP)を行った時の術後生存曲線である。CLP(Cecum Ligation and Puncture)後、無治療(□)、CLP後AcPepA治療(○)、および開腹のみでCLPは行わなかったブタ新生児(△)の生存曲線(この群は24時間目に安楽死させた)。CLPを行うと漏れ出た糞便中の腸内細菌で腹膜炎を起こし、治療をしない場合には9時間から14時間(生存時間9.5 +/- 0.4)後には死亡した(□)。別の8頭の新生児ブタのCLP手術を行った30分後からAcPepAを2mg/kg/時で静脈内に持続投与すると24時間まで生存するものもあった(生存時間は18 +/- 3.9時間)(○)。CLPにより、腸内細菌が腹腔内に漏れ出て起こった致死的敗血症病態モデル新生児ブタに対してもAcPepAが救命効果を発揮することが明らかとなった。CLP術後30分から2mg/kg/時 でAcPepAを投与して治療したブタ新生児は24時間以上生存したものもあった。
【0032】
図6の右上パネルは血清中のIL6の値の推移、左下パネルは血清中IL10の値の推移、
右下パネルは血清中HMGB1の値の推移を示す。
【実施例3】
【0033】
AcPepAのラットモデルにおける半減期
AcPepAの投与と経時的採血
体重250gの雄性ウイスターラットに2.5mgのAcPepA (10 mg/kg ) を静脈注射した後、1分、3分、5分、10分及び20分後に、へパリンで湿潤させた注射器で0.4ml ずつ静脈より採血し、夫々の血液を直ちに遠心分離器にかけ血漿を採取した。
血漿中濃度の測定
血漿0.1 mLに0.25 mLのアセトニトリルを添加し攪拌後,15,000 rpm(Himac CF15D,HITACHI)で5分間(4℃)遠心分離した。得られた上清中の未変化体濃度をLC-MS法により分析した。
LC/MS測定法
HPLC装置として,Alliance 2695型HPLC system(Waters)を使用した。MS装置としてTSQ Quantum LC-MS/MS system(ThermoFinnigan,Probe:TurboIonSpray,Data processing system:Xcalibar LCquan ver. 1.3)を使用した。イオン化はエレクトロスプレーイオン化(ESI)法を陽イオン化検出法で行い,設定したプリカーサーイオンを用いたSelected ion monitoring(SIM)法を使用した。カラムはSuper ODS (2μm,2.0 mmID×50 mm,Tosoh)を用い,カラム温度は40℃に設定し,移動相としてA液[CH3CN:H2O:CH3COOH(10:90:0.1,v/v)]とB液 [CH3CN:H2O:CH3COOH(90:10:0.1,v/v)]を用いてisocratic法 (流速0.2及び0.4 mL/min) で分析した。

・LC/MS/MS 条件
[LC条件]
Column: Super ODS (2 μm,2.0 mmID×50 mm,Tosoh)
Column Temperature: 40℃
Injection volume: 10 μL
Mobile Phase: A: CH3CN/H2O/CH3COOH=10/90/0.1
B: CH3CN/H2O/CH3COOH=90/10/0.1
Gradient conditions:
【表3】

[MS条件]
Spray Voltage: 4.8kV
Sheath Gas Pressure: 5Psi
Aux Gas Pressure: 12 Unit
Capillary Temp.: 215℃
Collision Pressure: 1.5 mTorr
Selected ion monitoring parameters:
【表4】

*:MSレンジ(〜1500)を超えているため多価(2価)イオンを検出。
【0034】
結果を図7に示す。AcPepAは低い血漿中安定性を示し、半減期は1.93分であった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によるPepAおよびAcPepA(配列番号1および2)は、重篤な病態に陥った患者を救命するための治療薬として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】4mg/kg LPS を注射された後に治療剤の代わりに生理食塩水処置 (上側パネル) を受けたサルおよび LPS 注射の後 AcPepA で処置されたサル(下側パネル)の血漿におけるTNFαレベル。AcPepA処置は THFαレベルを生理食塩水処置のもののおよそ60%にまで抑制した。血漿中のTNFα は処置サルにおいてLPS 注射の4時間以内に消失し、 一方生理食塩水処置対照サルにおいては5時間かかった。サル血漿中のTNFαはQuantikine Immunoassay (Minneapolis、MN)から購入したELISA kitを用いて測定した。
【図2】血漿におけるマクロファージ遊走阻止因子 (MIF) レベル。 LPS 注射後に生理食塩水のみで処置されたサル(#1、#4、#10)と、LPS 注射後にAcPepAで処置されたサル(#3、#5、#8)の夫々の血漿の MIF レベルについて試験した。AcPepA処置サルのMIF レベルは低レベル (30 ng/ml未満)に維持されたが、生理食塩水処置対照サルのMIFレベルは 30 ng/mlを超えて上昇した。MIFは Sapporo Immuno Diagnostic Laboratory (Sapporo、Japan)により調製されたELISA kitを用いて測定した。
【図3】LPS注射サルの血漿におけるHMGB1の上昇。LPS 注射後生理食塩水で処置されたサル(#1、#10)は血漿中HMGB1 レベルの上昇を示し、LPS 注射後AcPepA で処置されたサル(#5、#8)は上昇を示さなかった。HMGB1 測定について、Shino-Test Co. (Sagamihara、Kanagawa、Japan) からのELISA kitを用いた。
【図4】ブタ新生児腹膜炎モデルにおける血清HMGB1レベルを示す。
【図5】ブタ新生児腹膜炎モデルにおける血清TNF-αレベルを示す。
【図6】ブタ新生児腹膜炎モデルにおける、生存曲線(左上)、血清IL-6レベル(右上)、血清IL-10(左下)および血清HMGB1レベル(右下)を示す。
【図7】AcPepAのラット体内半減期測定結果を示す。半減期は2分であった(1/2 t = 1.9)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SIRSであると診断された対象において、かかる診断後に投与した場合にSIRSによる死亡から対象を救命するための配列番号1または2に示すペプチドを含む救命用組成物。
【請求項2】
SIRSがゼプシスである請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
配列番号2に示すペプチドを含む請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
SIRSまたはゼプシスであると診断された後、1時間以内に初回投与されるものである、請求項1から3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
初回投与用量が1〜4mg/kg体重である請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
初回投与の後、1〜4mg/kg体重/時間で2〜6時間継続投与されるものである、請求項4または5に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−116325(P2010−116325A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288523(P2008−288523)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(505116770)株式会社蛋白科学研究所 (2)
【Fターム(参考)】