説明

Tutaabsolutaの交信撹乱方法

【課題】トマトの重要害虫Tuta absolutaに対する、合成性フェロモンを用いた交信撹乱方法、及び、防除方法を提供する。
【解決手段】外部からTuta absolutaの成虫の侵入を防止した空間であって、Tuta absolutaの成虫密度がトマトの植物体250株あたり20〜400匹の範囲である空間に、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートを放出するステップを少なくとも含むTuta absolutaの交信撹乱方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トマトの重要害虫Tuta absoluta の防除方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Tuta absolutaは、南米原産のトマト害虫である。2006年にスペインで初確認された後、ヨーロッパ各国に分布が広がり、現在ではイタリア、イギリス、ドイツ、オランダで被害が問題になっている。
幼虫は、トマトの葉肉の隙間や果実内部等、薬液が届かない場所で生活するため、殺虫剤による防除は困難である(非特許文献1)。これに加え、近年の侵入地であるヨーロッパには、本害虫の天敵がほとんど生息せず、被害増加に歯止めがかからない。また、トマト以外にもナス科植物(solanaceous plant)が存在すれば生育可能であることも分布域拡大の要因となっている。
【0003】
一般的に、夜行性昆虫である蛾類の多くは、交尾相手の探索に性フェロモンという匂い物質を利用している。人工的に合成した性フェロモンには、100万分の1グラムから10億分の1グラムという微量でも強い誘引活性があり、人畜への毒性も極めて低い。合成性フェロモンは、圃場に使用しても環境汚染の心配がほとんど無いことから、クリーンな害虫防除のツールとして注目されている。
【0004】
Tuta absolutaの性フェロモンは、(3E,8Z,11Z)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートが主成分として同定された(非特許文献1)。その後、(3E,8Z)−3,8−テトラデカジエニルアセテートが第二成分として見出され、これらの10:1混合物は主成分単独より誘引性が高いことが示されている(非特許文献2)。
【0005】
Tuta absolutaの合成性フェロモンを利用した防除方法では、殺虫剤や生物農薬を散布した区域に合成性フェロモンの誘引力によって誘き寄せて駆除する方法や、合成性フェロモンを圃場に存在させることによって雌雄の交尾機会を減らして次世代の害虫密度の低減を狙った、いわゆる交信撹乱法が提案されている(特許文献1)。
交信撹乱試験は、Filho et al.(2000)(非特許文献3)により実施された。彼らは、100mのトマト圃場を5区設け、それぞれに100mg(ヘクタールあたりに換算すると10g/ha。以下同じ)、200mg(20g/ha)、400mg(40g/ha)、800mg(80g/ha)の(3E,8Z,11Z)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートを処理し、無処理の一圃場を対照として、果実被害の低減を比較した。しかし、処理量が最も多い80g/haでも防除効果を得ることはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第96/33612号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Attygalle et al.,Bioorg.Med.Chem.,1996,4(3):305−314.
【非特許文献2】Svatos et al.,J.Chem.Ecol.1996,22(4):787−800.
【非特許文献3】Filho et al.,J.Braz.Chem.Soc.200,11(6):621−628.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、合成性フェロモンを用いた害虫防除のデータが示されていない。一方、非特許文献3は、交信撹乱試験を実施しているものの防除効果は認められず、試験は失敗している。交信撹乱法による防除試験が不首尾に終わった原因として彼らは、(1)性フェロモンとして報告された(3E,8Z,11Z)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテート及び(3E,8Z)−3,8−テトラデカジエニルアセテートの混合物ではなく、単一成分で撹乱試験をしたこと、(2)試験を開始したときに既に害虫密度が高かったこと、(3)交尾を済ませたメスが試験区外から飛び込んだことの3点を挙げている。この報告以後、交信撹乱を含む本種の合成性フェロモンを用いた防除に関する知見は無く、害虫密度と交信撹乱効果との相関は全く調べられていなかった。
そこで、本発明の目的は、トマトの重要害虫Tuta absolutaに対して防除効果を有する、合成性フェロモンを用いた交信撹乱方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題の解決のため、Tuta absolutaの合成性フェロモンを用いた防除方法に関する研究を進めた。その結果、外部からTuta absolutaの成虫の侵入を防止した空間で、かつ、Tuta absolutaの成虫密度をトマトの植物体250株あたり20〜400匹に保たれた空間に合成性フェロモンを放出させることが防除効果を決定する重要な要因であり、侵入防止の手立てを講じなければ防除効果が得られないことを見出し、本発明に到達した。
本発明は、外部からTuta absolutaの成虫の侵入を防止した空間であって、Tuta absolutaの成虫密度がトマトの植物体250株あたり20〜400匹の範囲である空間に、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートを放出するステップを少なくとも含むTuta absolutaの交信撹乱方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって提供される交信撹乱方法を用いることにより、トマトの重要害虫Tuta absolutaによる作物被害が抑制され、環境に優しい農業の形成に資することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のTuta absolutaの交信撹乱方法について説明する。
本害虫の成虫は、移動性が高いことに加え、体のサイズが小さいため、壁の隙間等からハウス内に侵入する。仮に、防虫ネットを張っていても、網目が1mmより大きければ容易にすり抜けてしまう。
ハウス内に侵入した成虫は、以下の二つの点で合成フェロモンを用いた防除効果にマイナスの影響を与える。一つ目は、既に交尾したメスが、屋外から侵入した場合である。合成性フェロモン自体には殺虫効果が無いことに加え、メス一匹が160個から180個もの卵を産むため、わずかでも交尾済みのメスが侵入すると次世代の幼虫密度を下げることは困難になる。二つ目は、オス成虫や未交尾のメス成虫がトマト栽培ハウス内に侵入し、害虫密度を上げてしまう点である。合成性フェロモンを用いた交信撹乱方法は、一般的に、害虫密度が高いと防除効果が低下し、害虫密度が低いと防除効果は増加するといわれている。ところが、Tuta absolutaの場合は、これまで例がない程この傾向が顕著であり、害虫密度を低く維持することが非常に重要であることが今回初めてわかった。従って、交尾済みか否かに関わらず、外部からTuta absoluta成虫の侵入を許すと、合成性フェロモンを処理しても防除効果を得ることは出来ない。
そこで、本発明の交信撹乱方法は、外部からTuta absoluta成虫の侵入を防止した空間で実施される。例えば、遮蔽物により当該成虫の侵入することが挙げられ、好ましくは、網目の対角線の寸法である網目サイズが好ましくは1.0mm以下、より好ましくは0.4mm以下の防虫ネットで囲まれた空間の中で実施される。空間は、ビニールハウス等のハウスであっても良い。遮蔽物は、防虫ネットに限らず、コンクリート、板、ビニール、ガラス等本虫の侵入を許さない形状であれば、どのような素材でも構わずそれらいずれの組み合わせでもよい。
【0012】
また、上記方法により外部からのTuta absoluta成虫の侵入を防止した空間における害虫密度は、トマトの植物体250株あたりの成虫数が20匹〜400匹である。400匹を越える密度で成虫が存在すれば、フェロモン製剤による交信撹乱効果が低下し防除効果が得られなくなり、逆に密度が極端に低ければ、フェロモン製剤を処理せずとも本害虫の被害は増加しない。トマトの植物体は、Tuta absoluta成虫を上記密度の範囲で有するものであれば特に限定されず、果実を有するものが主な対象となるが、幼虫の餌となる葉も対象となる。
【0013】
本発明の防除方法に用いられる性フェロモン成分としては、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテート単独か又は(E3,Z8)−3,8−テトラデカジエニルアセテートを添加した混合物を用いることができる。混合物として用いる場合、その質量比は100:1〜100:60であり、好ましくは100:3〜100:20である。
但し、全ての性フェロモン成分を用いず、そのうちの一成分を数年間にわたり継続使用すると、害虫がフェロモン製剤に対して抵抗性が発現する危険性がある(R.T.Carde (2007) Perspectives in Ecological Theory and Integrated Pest Management. Editors M. Kogan and P. Jepson. Cambrigde University Press.122−169)。本発明の対象害虫であるTuta absolutaの場合も、この点を考慮して、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテート及び(E3,Z8)−3,8−テトラデカジエニルアセテートの混合物を使用することが望ましい。
【0014】
Tuta absolutaの交信撹乱方法に用いる性フェロモン成分(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテート及び(E3,Z8)−3,8−テトラデカジエニルアセテートは、Svatosら(1996)(非特許文献2)に記載の方法に従い合成することができる。
【0015】
本発明の交信撹乱方法においては、必要に応じて上記性フェロモン成分に、重合防止剤、抗酸化剤及び/又は紫外線吸収剤等の添加剤を含有することができる。重合防止剤としては、例えば、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)が挙げられる。抗酸化剤としては、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等が挙げられる。紫外線吸収剤としては、2−ヒドロキシ−4−オクトキシベンゾフェノン等が挙げられる。それぞれの添加剤は、使用環境等によっても異なるが、性フェロモン成分の合計質量に対して好ましくは0.1〜5.0質量%の範囲で含有される。
【0016】
本発明の交信撹乱方法において、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートの単独使用の場合はその放出量、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートと(E3,Z8)−3,8−テトラデカジエニルアセテートの混合物使用の場合は混合物合計の放出量を、好ましくは70〜280mg/日/ヘクタールの割合とする。空間への放出量が、70mgより少ないと、交信撹乱効果が不十分となり期待した防除効果が得られない場合があり、280mgより多くても効果は変らずフェロモン成分が無駄になる場合がある。
【0017】
性フェロモン成分を空気中に放出する形態は、どのようなものでも構わない。ポリエチレン、塩化ビニル、酢酸ビニル、酢酸ポバール、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、又はこれらの組み合わせからなる構造物に保持又は吸着させ、その外表面からガス体として放出させても良いし、また、スプレーや超音波振動によりミストとして噴射させても良い。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の具体的態様を実施例及び比較例によって説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
<フェロモン製剤の製造>
性フェロモン成分として、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテート単独(1成分)又は(E3,Z8)−3,8−テトラデカジエニルアセテートとの10:1(質量比)混合物(2成分)を使用した。この性フェロモンの総質量に対して、酸化防止剤としてブチルヒドロキシトルエンを2質量%添加し、これらを内径0.81mm、外径1.41mm、長さ20cmのポリエチレン製細管に封入した。この細管1本からの合成フェロモン放出量は、0.28mg/日/細管であった。
【0019】
<実施例1〜4、比較例1〜5>
間口12m、奥行69mのビニールハウス9棟を用意し、各ハウスとも間口から奥に向かって7畝を作り、その各畝には約40cm間隔でトマトの苗木を定植した。全てのビニールハウスの側面には、網目サイズ0.4mmの防虫ネットを張りTuta absolutaの外部からの侵入を完全に防止した。
定植60日後に、2棟のビニールハウス内部に上記フェロモン製剤を207本(250本/ヘクタール、70mg/日/ヘクタール)を、4棟のビニールハウス内部に上記フェロモン製剤を各々828本(1000本/ヘクタール、280mg/日/ヘクタール)の割合で、均等に目通りの高さに張られた針金に巻きつけた(実施例1〜4、比較例3及び5)。
同日に、2棟のビニールハウスで3時間(比較例3及び4)、他の2棟のビニールハウスで6時間(実施例1、3及び比較例1)、更に別のビニールハウスでは5日間(実施例2、4及び比較例2)と10日間(比較例5)、ビニールハウス側面を開放してTuta absolutaの成虫を侵入させた。
それぞれの開放期間が経過した後、ビニールハウス側面に再び防虫ネットを張り外部からの侵入を防止した。そして、ビニールハウス中心部のトマトを軽く棒で叩きながら100m歩き(トマト250株に相当)、飛び出したTuta absolutaの数を数え、ビニールハウス内に生息する成虫の密度を測定した。
フェロモン剤処理から30日後および60日後、フェロモン剤の効果が最も安定して得られるビニールハウスの中心部にあにあるトマト40株を選び、各株からトマト果実5個(全部で200果実)を無作為に選び、Tuta absolutaの被害を受けている否かを調査した。果実被害率は、{(被害果数)/(調査果数)}×100に基づき算出された。結果を表1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
外部から侵入を防止した上で、ビニールハウス内の成虫密度が250株あたり31匹(実施例1)や377匹(実施例2)である空間に、(3E,8Z,11Z)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートを70mg/日/ヘクタールの割合で放出することにより、果実被害を3%以下に抑制することが可能である。
また、250株あたり23匹(実施例3)や381匹(実施例4)の密度であれば、(3E,8Z,11Z)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテート及び(3E,8Z)−3,8−テトラデカジエニルアセテートの10:1混合物を280mg/日/ヘクタール放出させることにより果実被害を3%以下に抑制することが可能である。
しかし、同程度の成虫密度、24匹/250株(比較例1)や、366匹/250株(比較例2)であっても、侵入防止のみでフェロモン製剤を処理しなければ、120日後の被害果率は43%と60.5%と防除できないことが分かる。
また、害虫密度が3匹/250株(比較例3)や、5匹/250株(比較例4)と極端に低い場合、フェロモン製剤処理の有無に関わらず60日後の果実被害率は、2.5%及び3.0%と低くなり、侵入防止のみで防除ができた。
一方、害虫密度が774匹/250株(比較例5)と高いと、侵入防止やフェロモン剤を処理しても果実被害率は56.0%となり、全く防除効果が得られていないことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部からTuta absolutaの成虫の侵入を防止した空間であって、Tuta absolutaの成虫密度がトマトの植物体250株あたり20〜400匹の範囲である空間に、(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートを放出するステップを少なくとも含むTuta absolutaの交信撹乱方法。
【請求項2】
上記(E3,Z8,Z11)−3,8,11−テトラデカトリエニルアセテートとともに、(E3,Z8)−3,8−テトラデカジエニルアセテートを放出する請求項1に記載のTuta absolutaの交信撹乱方法。
【請求項3】
上記放出量が、70〜280mg/日/ヘクタールである請求項1又は請求項2記載のTuta absolutaの交信撹乱方法。

【公開番号】特開2012−126694(P2012−126694A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−281581(P2010−281581)
【出願日】平成22年12月17日(2010.12.17)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】