説明

UCP1発現誘導方法

【課題】医師による処置や薬剤投与を必要としないUCP1発現誘導方法の提供。
【解決手段】局所又は全身への温熱刺激を付与することによって、UCP1の発現増加を引き起こし、熱産生能を向上させることを特徴とするUCP1発現誘導方法。このような熱によるエネルギー消費は、余剰な脂肪や糖の燃焼を促進することから、生体における脂肪蓄積を抑制し、肥満や脂肪蓄積を起因とする様々な病態・疾患の予防・改善につながる。温熱刺激としては、ヒト又は動物のUCP1の発現増加を望む部位(臓器・器官・組織)、もしくは全身に外部から温熱負荷を与えるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪の燃焼および熱産生に関与するUCP1(Uncoupling Protein1)の発現誘導方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脱共役タンパク質 (Uncoupling Protein:UCP)は、小型の冬眠哺乳動物の褐色脂肪組織に存在するタンパク質 (UCP1)として古くから知られていたが、1997年にそのホモログ分子UCP2がヒトで発見された(非特許文献1)。その後、UCP3、UCP4が相次いでクローニングされ(非特許文献2及び3)、さらにアメーバやカビなどにも相同なタンパク質が存在することが示された(非特許文献4及び5)。UCPはいずれもミトコンドリアに局在し、その機能は名前の通り、酸化的リン酸化の脱共役である(非特許文献6)。すなわち、ミトコンドリアでの電子伝達系とATP合成は、内膜を介するプロトン濃度勾配によって密に共役している。UCPはこのプロトン濃度勾配を短絡・解消する6回膜貫通型のチャネルであり、これが活性化されると酸化基質の化学エネルギーはATP合成に利用されず、熱へと変換される。このような機能を持つことからUCPは熱産生タンパク質とも呼ばれ、体温調節やエネルギー代謝に関与すると考えられている。
【0003】
生体内でエネルギー蓄積を担うのは主に脂肪であるが、これを行っているのは、白色脂肪組織(WAT:White Adipose Tissue)と呼ばれる部分である。逆に、熱としてエネルギーを消費させる脂肪も生体内には存在しており、これは褐色脂肪組織(BAT:Brown Adipose Tissue)と呼ばれている。
【0004】
脂肪組織には、UCP1、UCP2、UCP3が発現しているが、この中のUCP1はBATに特徴的に発現しており、BATにおける熱エネルギー産生の中心分子であることが知られている。ラットなどゲッ歯類の動物に、寒冷刺激(4℃)を与えると、BATを中心とした非震え熱産生が起こるが、これは寒冷刺激により強力に発現誘導されたUCP1によるものである。つまり、低温条件下では、UCP1による熱エネルギー産生が亢進し、BATが生体の加温装置として働くことと考えられており、実際にUCP1ノックアウトマウスでは低温条件下での体温維持ができないことが明らかになっている(非特許文献7及び8)。
【0005】
また、過食時に発現が増加し、食事性熱産生を引き起こすことから、UCP1は熱としてのエネルギー消費への関与も示唆されている。実際に、UCP1の発現が低下したマウスを作製したところ、寒冷曝露時の熱産生能が低下するとともに、平常時酸素消費量(エネルギー消費量)の低下も認められ、さらに体脂肪量が2倍以上になることが報告されており、これらの結果から、UCP1は、熱産生によって余剰エネルギーを消費する役割も担っていると考えられている(非特許文献9)。また、逆に脂肪細胞特異的にUCP1を過剰発現させたトランスジェニックマウスでは脂肪量が減少しており、この原因はUCP1によるエネルギー消費が亢進したためであると考えられている。(非特許文献10)。さらに、in vitro試験でもUCP1が熱産生によってエネルギー消費を増大させていることが示唆されている。本来、UCP1の発現が非常に低い肝臓細胞に、UCP1を過剰発現させると、ATP産生が低下するという結果が得られており、これ原因は、UCP1の増加にともない、肝臓細胞内の酸化的リン酸化反応の一部が、熱産生経路に移行したためであることが報告されている(非特許文献11)。以上のことから、UCP1の遺伝子発現量を増加させることは、熱産生を促進することになり、その結果として余剰エネルギーの消費を増大させ、脂肪蓄積や肥満を抑制することにつながると考えられる。
【0006】
また、このようなUCP1によるエネルギー消費には、主に中性脂肪(トリグリセリド)から切り出された遊離脂肪酸が利用されており、これが熱エネルギーへと変換されている。したがって、UCP1の増加は、生体内において脂肪燃焼の促進につながると考えられている(非特許文献12)。
【0007】
UCP2は、脂肪や骨格筋、肺、心臓など、全身に広く発現しており、最近では、活性酸素の発生を抑え、生体内の酸化ダメージを防ぐことが役割の1つであると考えられている(非特許文献12)。熱としてのエネルギー消費への寄与度は、はっきりしない部分も多いが、ヒトでの解析結果から、脂肪組織におけるUCP2の遺伝子発現は脂肪量に反比例していることや(非特許文献13)、肥満者の骨格筋におけるUCP2量は体脂肪率と有意な相関があることが報告されており(非特許文献14)、これらの結果は、UCP2が肥満に関与していることを示唆している。
【0008】
UCP3は骨格筋において発現が高く、他に心筋や褐色脂肪においても発現しており、UCP2同様、最近では、生体内への酸化ダメージを防ぐ役割も担っていると考えられている(非特許文献12)。UCP3の肥満への関与については、UCP3を高発現するトランスジェニックマウスの研究から、コントロールマウスと比較して痩せていることや、糖代謝が改善していることが報告されている(非特許文献15)。また、ピマインディアンを対象とした研究では、UCP3の発現レベルとBMIには負の相関が、安静時代謝率には正の相関が認められることが報告されており(非特許文献16)、これらの事実は、UCP3がエネルギー消費や代謝の一部に関与していることを示唆している。
【0009】
以上のようにUCPは、肥満やエネルギー代謝に関与していると考えられている。すなわちUCPの増加や活性化は、エネルギー代謝を向上させることになり、肥満や脂肪蓄積を起因とする様々な病態・疾患(インスリン抵抗性、2型糖尿病、高血圧、高脂血症、虚血性心疾患、等)の予防・改善につながると考えられる。
【0010】
実際に、ワカメなど海草に多く含まれるフコキサンチンが、脂肪細胞のUCP1を活性化し脂肪燃焼を促進することが報告されるとともに(非特許文献17)、抗肥満活性剤としてフコキサンチン有効であることが報告されている(特許文献1)。また、共役異性化された高度不飽和脂肪酸類もUCPを活性化することにより、抗肥満・内臓蓄積脂肪低減化機能を発揮することが報告されている(特許文献2)。
【0011】
また経口摂取だけでなく皮膚に塗布することによりUCPを活性化させる痩身用皮膚外用剤や(特許文献3)、におい刺激によりUCPが活性化させる、香料のダイエット組成物も報告されている(特許文献4)。
【0012】
UCPは、脂肪燃焼作用があることから、肥満だけでなく他の脂質代謝関連疾患にも関与している。実際に、抗肥満作用があることで知られるダルマギク抽出物は、UCPを活性化するため、高脂血症や心循環系疾患の予防・改善に有効であることが示されている(特許文献5)。
【0013】
以上のことから、UCPを増加または活性化することは、肥満や内臓脂肪症候群、またそれらを起因とする生活習慣病をはじめ、高脂血症や糖尿病の予防改善に有用であることが推測される。また、このような症状の改善・予防方法として、薬剤などを使うことなく、簡易且つ安全に、UCPを制御する方法の確立が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2008−280281公報
【特許文献2】特開2000―144170公報
【特許文献3】特開2003―63977公報
【特許文献4】特開2009−23964公報
【特許文献5】特表2008−533196公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Fleury C, et al. (1997) Nat Genet. 15 : 269-272
【非特許文献2】Boss O, et al. (1997) FEBS Lett. 408 : 39-42
【非特許文献3】Mao W, et al. (1999) FEBS Lett. 443 : 326-330
【非特許文献4】Jarmuszkiewicz W, et al. (1999) J Biol Chem. 274 : 23198 -23202
【非特許文献5】Jarmuszkiewicz W, et al. (2000) FEBS Lett. 467 : 145-149
【非特許文献6】Ricquier D, Bouillaud F. (1997) Prog Nucleic Acid Res Mol Biol. 56 : 83-108
【非特許文献7】Lowell BB, Spiegelman BM. (2000) Nature. 404 : 652-660
【非特許文献8】Enerback S, et al. (1997) Nature. 387 : 90-94
【非特許文献9】Lowell BB, et al. (1993) Nature. 366 : 740-742.
【非特許文献10】Kopecky J, et al. (1995) J Clin Invest. 96 : 2914-2923.
【非特許文献11】Gonzalez-Muniesa P, et al. (2005) J Physiol Biochem. 61 : 389-393
【非特許文献12】斉藤正之,佐々木典康 (1996) 実験医学.14: 222-227
【非特許文献13】Kogure A, et al. (1998) Diabetologia. 41 : 1399
【非特許文献14】Echtay KS. (2007) Free Radic Biol Med. 43 : 1351-1371.
【非特許文献15】Pinkney JH, et al. (2000) J Clin Endocrinol Metab. 85 : 2312-2317.
【非特許文献16】Simoneau JA, et al. (1999) Int J Obes Relat Metab Disord. 23 :S68- S71
【非特許文献17】Clapham JC, et al. (2000) Nature. 406 : 415-418
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、簡便・安全で、且つ効果的にUCP1を誘導し、熱産生および脂肪燃焼を促進させる方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、生体への負荷が小さく、容易に実施できるUCP1発現制御方法について検討したところ、生体に安全な温度で温熱刺激を与えることにより、UCP1の発現を誘導できることを見出した。
【0018】
すなわち、本発明は以下の1)〜4)の発明に係るものである。
1)局所又は全身に温熱刺激を付与することを特徴とするUCP1発現誘導方法。
2)局所又は全身に温熱刺激を付与することを特徴とする脂肪組織における熱産生促進方法。
3)局所又は全身に温熱刺激を付与することを特徴とする脂肪組織における脂肪燃焼促進方法。
4)温熱刺激が、40〜43℃で30〜60分の温熱負荷である上記1)〜3)の方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明の方法は、生体への負荷が小さく、医師による処置や薬剤投与を必要とせず、一般市民やエステティシャン等が容易に実施できる。従って、本発明によれば、簡易且つ安全に、局所もしくは全身の脂肪組織におけるUCP1の発現を誘導することができる。
また、UCP1発現増加による熱産生を通して、余剰エネルギーの消費を促すことができ、皮下脂肪など局所の脂肪や全身性の脂肪の減少を図ることができ、さらに脂肪蓄積に起因して発症する病態の予防・改善を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】温熱刺激を付加した場合のBATにおけるUCP1の経時的発現量を示す図
【図2】温熱刺激を付加した場合のWATにおけるUCP1の経時的発現量を示す図
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のUCP1発現誘導方法は、熱産生によるエネルギー消費の増大を通して、局所的な皮下脂肪の減少や、脂肪蓄積に起因して引き起こされる症状の予防・改善を図るものであり、医療目的以外の目的、主に美容・ダイエットを目的として行われるものであって、いわゆる医療行為を含むものではない。
【0022】
後記実施例に示すとおり、マウスに温熱刺激を与えることにより、BATおよびWATのUCP1の遺伝子発現が増加する。従って、温熱刺激により生体内の脂肪組織における熱産生の促進、すなわち脂肪燃焼促進を図ることできる。
【0023】
本発明に用いる温熱刺激としては、ヒト又は動物の局所、すなわちUCP1の発現増加を望む部位(臓器・器官・組織)、もしくは全身に外部から温熱負荷を与えるのが好ましい。人の場合、少なくとも38℃以上の温熱負荷を30分以上、好ましくは40〜43℃の温熱負荷を30〜60分与えるのがよい。
【0024】
温熱刺激は、最低1週間に1回、好ましくは3日に1回、更に好ましくは毎日とし、この温熱刺激を1回もしくは複数回繰り返すことにより行うことができる。
【0025】
温熱刺激は、UCP1の発現誘導が可能な温熱負荷手段を用いて行えばよいが、好適には、既存の温熱負荷装置又は器具を用いて、上記の温熱負荷を与えるのがよい。
【0026】
熱負荷装置・器具は、ヒト又は動物の局所又は全身に温熱刺激を加えることができ、その熱量、温度が制御可能であれば、どのような熱負荷装置又は器具を用いてもよい。
【0027】
温熱負荷装置・器具の熱源は、通常ガス、電気等であり、熱源で作られた熱の搬送手段は、パイプ、電線等が挙げられる。これらの熱をヒト、動物等に伝える媒体としては、気体、液体、伝熱性のある固体等が挙げられる。例えば、温熱負荷装置として、電源を必要とするエアーインキュベーターである場合、電気により発生させた熱を、電線やパイプで搬送し、気体を媒体として生体に熱を伝えればよい。また、超音波振動や、マイクロ波による温熱負荷等も、本発明の温熱負荷法として用いることができる。
また、熱を発生する市販の温熱カイロ類や温熱貼布剤、蒸気温熱貼布剤等を用いることもできる。
【実施例】
【0028】
試験動物はC57BL/6Jマウス(6週齢 ♂)(日本クレア)を用いた。試験開始前の1週間、室温23±2℃、湿度55±10%、12時間の明暗サイクル(明期;AM7:00〜PM7:00)下で予備飼育した。尚、飼育期間中、すべてのマウスに、CE−2固形食(日本クレア)を自由摂食させるとともに、水道水を自由飲水させた。
【0029】
1週間の予備飼育後、平均体重が等しくなるように、C57BL/6Jマウスを非加温群と加温群の2群に分けた。加温群のマウスは、41℃のヒートチャンバーに1時間入れることで温熱刺激を与え、その刺激から12、24、36、48時間後に解剖を行い(N=6)、肩甲骨間白色脂肪(WAT)と、肩甲骨間褐色脂肪(BAT) を採取した。非加温群はコントロールとし、温熱刺激を与えず、0、12、24、36、48時間後に解剖を行い(N=6)、WATとBATを採取した。温熱刺激による脱水症状を避けるため、加温群のマウスは、ヒートチャンバー内で41℃の水を自由摂取できるようにした。採取した脂肪組織は、1mlのISOGEN(ニッポンジーン)内でホモジナイズ後、ただちに液体窒素に入れ、凍結保存した。
【0030】
凍結した組織からのRNAの調製は、ISOGENのマニュアルに従った。
調製したRNAは濃度をそろえ、65℃、10分間の熱処理を行い、急冷後に使用した。逆転写には、125ng相当のRNAを使用し、20μlの反応液(1×PCR buffer II(Roche)、5mM MgCl2(Roche)、1mM dNTP mix(Takara),2.5mM Oligo d(T)18 mRNA primer(New England Biolabs)、1U/μl RNase inhibitor(Takara))を調製した。反応は42℃,60分→52℃、30分→99℃、5分→4℃で行い、得られたcDNAは、使用時まで−20℃で保存した。また、定量的PCRのスタンダード用として、500ng相当のRNAを使用し、同様の反応系で逆転写を行った。
【0031】
逆転写反応によって得られたcDNAを鋳型として、ABI PRISM7500 Real−time PCR System(Applied Biosystems)にて定量的PCRを行った。スタンダード用cDNAを7段階希釈したものをスタンダードとして、作成した標準曲線に基づき、定量を行った。得られた解析結果は36B4の発現量を内部標準として補正し、相対的mRNA発現量として表した。反応液は、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems) 25μl、100μM Forward primer 1μl、100μM Reverse primer 1μl、dH2O 22μl、cDNA 1μl、となるように調製した。定量的PCRの温度条件は50℃2分、95℃10秒の後、95℃15秒と60℃1分の反応を40 サイクル繰り返した。
以下に、定量的PCRで用いたプライマーの配列を示す。
【0032】
【表1】

【0033】
試験結果は、温熱刺激から0、12、24、36、48時間後の各点の非加温群の遺伝子発現量を1とした相対平均を求め、平均値±標準偏差(Average(Ave)±standard deviation(SD))で表した。また、有意差検定は各時点の非加温群と加温群の間でt−testを行い、p値が0.05未満のものを統計学的有意差があるとした。
【0034】
マウスに温熱刺激を与えると、刺激から12時間後にはBATのUCP1の遺伝子発現が増加しはじめ、24時間後には有意な発現増加が認められた(図1)。さらに、UCP1の発現の高い状態は、温熱刺激から48時間後でも維持されていた。このことから、温熱刺激はBATにおけるUCP1の発現を増加させることが明らかになった。したがって、温熱刺激は、熱エネルギーの産生亢進に有効であると考えられる。
【0035】
また、温熱刺激はWATにおいてもUCP1の遺伝子発現を増加させた(図2)。温熱刺激から12時間後にはUCP1遺伝子の有意な増加が認められ、この有意な増加状態は、48時間後も観察された。このことから、温熱刺激はWATにおいても、UCP1の発現増加を促し、熱エネルギーの産生を亢進させることが示された。
【0036】
以上のことから、温熱刺激は、UCP1の発現増加を引き起こし、熱産生能を向上させることが示された。このような熱によるエネルギー消費は、余剰な脂肪や糖の燃焼を促進することから、生体における脂肪蓄積を抑制することにつながる。従って、UCP1の発現誘導を促す温熱刺激は、肥満や生活習慣病の制御に有効であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
局所又は全身に温熱刺激を付与することを特徴とするUCP1発現誘導方法。
【請求項2】
局所又は全身に温熱刺激を付与することを特徴とする脂肪組織における熱産生促進方法。
【請求項3】
局所又は全身に温熱刺激を付与することを特徴とする脂肪組織における脂肪燃焼促進方法。
【請求項4】
温熱刺激が、40〜43℃で30〜60分の温熱負荷である請求項1〜2の何れか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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