説明

VOC分析計用信号処理装置

【課題】適切なフィルタ処理を行うことにより正確な炭化水素濃度を求めることができ、しかも分析時間を短縮することができるVOC分析計用信号処理装置を提供する。
【解決手段】水素炎イオン化検出器12の出力信号を処理する信号処理部に第1及び第2ディジタルフィルタ31,32を設け、検出器12に導入されるガスの種類が切り換えられるとカットオフ周波数が低い第2ディジタルフィルタ32を用いてフィルタ処理し、ガスの種類が切り換えられてから一定時間が経過するとカットオフ周波数が高い第1ディジタルフィルタ31を用いてフィルタ処理する。これにより、検出器12の出力信号が安定化するまでの時間を短縮でき、且つ、炭化水素濃度を正確に測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、VOC分析計、特にはゼロガス及びスパンガスを用いて作成した検量線に基づき試料ガスを分析する水素炎イオン化形VOC分析計の出力信号を処理するための信号処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
浮遊粒子状物質や光化学オキシダント等に関連した大気汚染の状況は未だ深刻であり、現在でも、浮遊粒子状物質による人の健康への影響が懸念され、光化学オキシダントによる健康被害も数多く報告されている。これら浮遊粒子状物質及び光化学オキシダントの生成に関与する物質の一つに揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)がある。VOCとは、揮発性を有し、大気中で気体状となる有機化合物の総称であり、トルエン、キシレン、酢酸エチルなど多種多様な物質が含まれる。このVOCの排出を抑制するため、我が国においては、自動車からの炭化水素の排出規制のみならず、工場等の固定発生源からのVOCの排出及び飛散についても規制が進められている。
【0003】
具体的には、工場や事業所に設置される施設のうち大気汚染の原因となるVOCの排出量が多いものについて、特に規制が行われている。こうした状況の中で、VOCの総量であるTVOCの測定の重要性はますます増大している。
【0004】
このようなTVOC測定装置の一つに水素炎イオン化形VOC分析計(以下「FID形VOC分析計」とする)がある。FID形VOC分析計は、試料ガスを水素炎で燃焼させ、発生するイオン量に基づき試料ガス中の炭化水素濃度を測定するものであり、環境省告示第六十一号(平成17年6月10日)に基づくVOC分析計である。
図4は従来のFID形VOC分析計の概略構成を示す図である。例えば室内空気等の試料ガスはポンプ(図示せず)により導入流路10を通して水素炎イオン化検出器(FID)12に導入される。
【0005】
水素炎イオン化検出器12の出力は、有機物が水素炎中で燃焼することにより発生するイオン電流であり、エレクトロメータ14で電圧信号に変換された後、A/D変換器16を経て信号処理部18に入力される。信号処理部18には検量線が記憶されており、この検量線と水素炎イオン化検出器12からの出力に基づき、試料ガス中の炭化水素濃度が求められる。
【0006】
検量線は、炭化水素を含まないゼロガス及び炭化水素濃度が既知のスパンガスを用いて作成される。導入流路10には切換弁20が設けられており、この切換弁20によって検出器12に導入されるガスの種類が試料ガス、ゼロガス、スパンガスのいずれかに切り換えられる。前記切換弁20は分析制御部22によって制御される。
【0007】
上述のFID形VOC分析計を含む一般的な分析装置では、検出器やA/D変換器等の電子回路にて発生する固有ノイズや外部からの飛び込みノイズ等、比較的周波数の高いノイズが存在する。そこで、信号処理部では高周波ノイズを除去するための適当なフィルタ処理が行われる。例えば特許文献1には、クロマトグラフ用信号処理装置において、検出器の出力信号をフィルタ処理するときに、カラム寸法やカラムオーブン温度等のクロマトグラフ分析の条件に応じてカットオフ周波数を決定する方法が記載されている。
【特許文献1】特許第3780634号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般的にフィルタ処理のカットオフ周波数を下げるとノイズが減り、検出精度が向上する。ところが、カットオフ周波数を下げすぎると、検出信号が安定するまでに時間がかかる。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、適切なフィルタ処理を行うことにより正確な炭化水素濃度を求めることができ、しかも信号処理時間を短縮することができるVOC分析計用信号処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料ガスに含まれる炭化水素を水素炎で燃焼させ、発生するイオン量を検出器で検出することにより前記試料ガス中に含まれる総揮発性有機化合物量を測定するVOC分析計のための信号処理装置において、
a) 前記検出器の出力信号の高周波域を第1周波数及びこの第1周波数よりも高い第2周波数のいずれかで遮断するフィルタ処理部と、
b) 前記検出器にゼロガス及びスパンガスが導入されたときの前記フィルタ処理部における処理信号に基づいて検量線を作成し、この検量線と前記検出器に試料ガスが導入されたときの前記フィルタ処理部における処理信号とから前記試料ガスに含まれる炭化水素濃度を検出する信号処理部と、
c) 前記検出器に導入されるガスの種類が切り換えられると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第1周波数から前記第2周波数に切り換え、ガスの種類が切り換えられてから所定時間が経過すると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第2周波数から前記第1周波数に切り換える周波数切換手段と、
を備えることを特徴とする。
【0011】
上記構成においては、前記周波数切り換え手段を、前記検出器に導入されるガスの種類が切り換えられると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第1周波数から前記第2周波数に切り換え、前記検出器の出力信号の変化率が所定値以下になると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第2周波数から前記第1周波数に切り換えるように構成することも可能である。
【発明の効果】
【0012】
検出器に導入されるガスの種類が切り換えられると、検出器の出力信号のレベルが変動した後、切り換え後のガスの種類に応じたレベルに安定する。炭化水素濃度の測定はこのように安定した後の検出器の出力信号を処理することにより行われる。本発明のVOC分析計用信号処理装置では、検出器に導入されるガスの種類が切り換えられてから所定時間が経過するまではフィルタ処理部のカットオフ周波数を高くしたことにより、検出器の出力信号が一定値に安定するまでの時間を短縮することができる。一方、検出器の出力信号が安定した後はカットオフ周波数を低くしたことにより、信号に含まれるノイズをカットしてS/N比を向上させることができる。このため、炭化水素濃度の測定精度を上げつつ、分析時間を短縮することができる。また、分析時間を短縮したことにより分析に用いられるガスの量を少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を水素炎イオン化形(FID形)VOC分析計に適用したいくつかの実施例について説明する。本発明の特徴は、FID形VOC分析計において水素炎イオン化検出器に導入するガスの種類を切り換えてから所定の期間における前記検出器の出力信号のフィルタ処理のカットオフ周波数を、その他の期間におけるカットオフ周波数よりも大きくしたことである。
【実施例1】
【0014】
図1は本発明の第1実施例に係るFID形VOC分析計の概略構成図であり、既に説明した図3と同一部分には同一符号を付し、詳しい説明を省略する。
本実施例のFID形VOC分析計では、信号処理部18に第1及び第2のIIR(再帰型)ディジタルフィルタ31及び32を並列に設け、これらディジタルフィルタ31,32にA/D変換器16からのディジタル信号が入力されるように構成されている。第1及び第2ディジタルフィルタ31,32はいずれもA/D変換器16からのディジタル信号に含まれる高周波成分のノイズを除去するものであるが、第1ディジタルフィルタ31のカットオフ周波数の方が第2ディジタルフィルタ32のカットオフ周波数よりも高い値に設定されている。第1及び第2ディジタルフィルタ31,32の出力側には信号処理制御部34によって制御されるスイッチ36が設けられており、前記スイッチ36の切り換え動作に応じて第1及び第2ディジタルフィルタ31,32のいずれか一方の出力が信号処理部18の出力となる。
【0015】
分析制御部22は、切換弁20を切り換えて流路を切り替えるときに信号処理制御部34に対して同期信号を出力する。分析制御部22からの同期信号を受けた信号処理制御部34は一定時間、スイッチ36をS1からS2に切り換えた後、S2からS1に切り換える。これにより、検出器12に導入されるガスの種類が切り換えられてから一定時間はカットオフ周波数の高い第2ディジタルフィルタ32を用いてフィルタ処理が行われ、その後はカットオフ周波数の低い第1ディジタルフィルタ31を用いてフィルタ処理が行われる。第2ディジタルフィルタ32を用いてフィルタ処理が行われる「一定時間」の長さは、ガスの種類が切り換えられてから検出器12の出力信号が安定するまでの時間に基づき予め設定されたものであり、信号処理部18に記憶されている。
【0016】
このようにカットオフ周波数を変更する理由は次の通りである。
カットオフ周波数を低くすればノイズを確実に遮断することができ、正確な炭化水素濃度を測定することができるが、検出信号も減衰させてしまうことになる。このため、出力信号が安定するまでに時間がかかり、分析時間が長くなってしまう。
図2はガスの種類の切り換え前後における水素炎イオン化検出器の出力信号を概略的に示す図である。図2においてT1はゼロガスを導入している期間を、T2はスパンガス或いは試料ガスを導入している期間を示している。
【0017】
FID形VOC分析計では、検出器12にゼロガス、スパンガスを順に導入し、それぞれの出力に基づいて検量線を作成する。一方、試料ガス中の炭化水素濃度を測定するときは、検出器12にゼロガスを導入して初期化した後、試料ガスを導入する。つまり、検出器12には、ゼロガスとスパンガス/試料ガスが交互に導入されることになる。このように検出器12に導入されるガスの種類がゼロガスとスパンガス或いは試料ガスとの間で切り換えられると、検出器12の出力信号のレベルが急変する(図2に符号A1で示す期間参照)。信号レベルが急変している間は炭化水素濃度の正確な値を測定することができないため、信号レベルが安定した後(図2に符号A2で示す期間参照)の出力信号に基づいて炭化水素濃度の測定が行われる。
【0018】
そこで、本実施例では、出力信号が急変する期間A1ではフィルタ処理のカットオフ周波数を高くして安定化するまでの時間を短縮し、安定化した後の期間A2ではフィルタ処理のカットオフ周波数を低くしてノイズを確実に遮断するようにした。これにより、炭化水素濃度の測定精度を上げつつ、測定時間の短縮化を図ることができる。なお、図2中、実線a及び破線bは、カットオフ周波数を切り換えたとき及び切り換えなかったときの出力波形の違いを示している。
【0019】
また、1個のディジタルフィルタを設け、そのフィルタ係数を変化させることによりカットオフ周波数を切り換えることも可能だが、この場合はフィルタ係数が変化したときに出力信号が振動する可能性がある。これに対して、本実施例では、2個のディジタルフィルタ31,32を並列に設け、いずれか一方のフィルタの出力を信号処理部18の出力とした。このため、ディジタルフィルタ31,32の係数は変化せず、カットオフ周波数が切り換わっても信号処理部18の出力が振動することがない。
【実施例2】
【0020】
図3は本発明の第2実施例に係るFID形VOC分析計の概略構成図である。なお、第1の実施例と同一部分には同一符号を付し、詳しい説明を省略する。
この第2実施例では、A/D変換器16の出力信号が第1ディジタルフィルタ31及び第2ディジタルフィルタ32のいずれかに送られると共に変化率演算部40に送られる。また、A/D変換器16の出力信号が入力されていないディジタルフィルタには閾値が入力される。A/D変換器16の出力或いは閾値のいずれが第1、第2ディジタルフィルタ31、32に入力されるかはスイッチ41,42によって切り換えられる。
【0021】
また、変化率演算部40の出力は比較器44に入力される。比較器44は、閾値と変化率演算部40の出力の関係に応じて信号処理部18の出力を切り換える。
上記構成においては、分析制御部22からの同期信号を受けた信号処理制御部34はスイッチ36をS1からS2に切り換えると共にスイッチ41をS3からS4に、スイッチ42をS6からS5に切り換える。これにより、第2ディジタルフィルタ32にA/D変換器16の出力が入力され、第1ディジタルフィルタ31に閾値が入力される。また、第2ディジタルフィルタ32の出力が信号処理部18の出力となる。
【0022】
すると、第1ディジタルフィルタ31では、無限時間前から閾値が入力されていたとして当該第1ディジタルフィルタ31の出力を計算する。これにより、第1ディジタルフィルタ31の入力がA/D変換器16の出力に切り替わるまで第1ディジタルフィルタ31の出力が変化しないため、第1ディジタルフィルタ31における計算を停止できる。つまり、2個のディジタルフィルタ31,32を常に動作させなくても済む。
【0023】
一方、変化率演算部40の出力、即ちA/D変換器16の出力の変化率が閾値を下回ると、比較器44は信号処理部18の出力を第1ディジタルフィルタ31に切り換えると共に信号処理部18の出力として選択したディジタルフィルタ31の入力をA/D変換器16の出力に切り換える。また、それまでA/D変換器16の出力が入力されていた第2ディジタルフィルタ31に閾値を入力させる。このような構成により、第1ディジタルフィルタ31が強制的に初期化され、短時間で信号処理部18の出力を安定化できる。
【0024】
本実施例において上記構成を採用した理由は次の通りである。
切換弁20が切り換えられると導入流路10内のガスが直ちに切り換えられるわけではなく、しばらくの間、切り換え前のガスと切り換え後のガスが混在する。このように切り換え前後のガスが混在する期間の長さは、ガスの種類(吸着性)や導入流路10の長さ、温度及び湿度等によって異なる。
これに対して本実施例では、検出器12に導入するガスの種類を切り換えてから信号処理部18に入力される信号の変化率が閾値以下になるまではカットオフ周波数を高くし、前記変化率が一定値以下になるとカットオフ周波数を低くするように構成した。このため、ガスの種類や温度、湿度等に関係なく、適切なタイミングでカットオフ周波数を切り換えることができる。
【0025】
なお、上記実施例は一例であって、以下のような変更や修正を行うことができる。
検出器12に導入するガスの種類を切り換えたことによりカットオフ周波数を低くした後、カットオフ周波数を高くするまでの時間は、切り換え前後のガスの種類に応じて異ならせても良い。
上記実施例では、カットオフ周波数が異なる2つのディジタルフィルタを設け、これらフィルタのいずれかの出力を信号処理部の出力とすることによりフィルタ処理におけるカットオフ周波数を切り換える構成としたが、カットオフ周波数可変の1個のディジタルフィルタを設けてカットオフ周波数を切り換えるようにしても良い。
また、上記以外にも本発明の趣旨の範囲で適宜変形、追加、修正を加えても本願の特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の第1実施例を示すFID形VOC分析計及びその信号処理装置の概略構成図。
【図2】検出器に導入するガスの種類を切り換えたときの出力信号の波形図。
【図3】本発明の第2実施例を示す図1相当図。
【図4】従来のFID形VOC分析計及びその信号処理装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0027】
10…導入流路
12…水素炎イオン化検出器(FID)
14…エレクトロメータ
16…A/D変換器
18…信号処理部
20…切換弁
22…分析制御部
31…第1ディジタルフィルタ
32…第2ディジタルフィルタ
34…信号処理制御部
36,41,42…スイッチ
40…変化率演算部
44…比較器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料ガスに含まれる炭化水素を水素炎で燃焼させ、発生するイオン量を検出器で検出することにより前記試料ガス中に含まれる総揮発性有機化合物量を測定するVOC分析計のための信号処理装置において、
a) 前記検出器の出力信号の高周波域を第1周波数及びこの第1周波数よりも高い第2周波数のいずれかで遮断するフィルタ処理部と、
b) 前記検出器にゼロガス及びスパンガスが導入されたときの前記フィルタ処理部における処理信号に基づいて検量線を作成し、この検量線と前記検出器に試料ガスが導入されたときの前記フィルタ処理部における処理信号とから前記試料ガスに含まれる炭化水素濃度を検出する信号処理部と、
c) 前記検出器に導入されるガスの種類が切り換えられると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第1周波数から前記第2周波数に切り換え、ガスの種類が切り換えられてから所定時間が経過すると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第2周波数から前記第1周波数に切り換える周波数切換手段と、
を備えることを特徴とするVOC分析計用信号処理装置。
【請求項2】
試料ガスに含まれる炭化水素を水素炎で燃焼させ、発生するイオン量を検出器で検出することにより前記試料ガス中に含まれる総揮発性有機化合物量を測定するVOC分析計のための信号処理装置において、
a) 前記検出器の出力信号の高周波域を第1周波数及びこの第1周波数よりも高い第2周波数のいずれかで遮断するフィルタ処理部と、
b) 前記検出器にゼロガス及びスパンガスが導入されたときの前記フィルタ処理部における処理信号に基づいて検量線を作成し、この検量線と前記検出器に試料ガスが導入されたときの前記フィルタ処理部における処理信号とから前記試料ガスに含まれる炭化水素濃度を検出する信号処理部と、
c) 前記検出器に導入されるガスの種類が切り換えられると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第1周波数から前記第2周波数に切り換え、前記検出器の出力信号の変化率が所定値以下になると前記フィルタ処理部のカットオフ周波数を前記第2周波数から前記第1周波数に切り換える周波数切換手段と、
を備えることを特徴とするVOC分析計用信号処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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