説明

pH調節下での光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法

【課題】 光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法の提供を課題とする。
【解決手段】 pHを5.5〜10に調整した反応液中でDL-β-ヒドロキシアミノ酸に酵素活性物質を反応させることによりDまたはL-β-ヒドロキシアミノ酸を製造する方法が提供された。反応開始時はアルカリ性域とし、反応途中で反応液のレオロジー変化、例えば、液体が固体化する変化に応じて、pHを弱アルカリ性から酸性に再調節する。このように反応時のpHを調節することによって、水溶性の低いβ-ヒドロキシアミノ酸を含む反応液の流動性が改善される。本発明は、酵素活性物質の反応効率の改善に貢献する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
D-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸、特にD-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸、D-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸等のD-β-ヒドロキシアミノ酸は医薬や農薬等の合成中間体として有用な物質であり、安価な製造方法が望まれている。以下、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸と記載するときは、特に断らない限り、「D-β-ヒドロキシアミノ酸またはL-β-ヒドロキシアミノ酸」を意味する。
【0003】
光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の合成法として、従来、次のような方法が知られていた。
(1)アルデヒド誘導体とグリシンを強アルカリ存在下で縮合させた後、スレオ/エリスロ体の相互分離操作を行い、光学分割剤を用いて光学分割を行う化学合成法
(2)グリシンまたはグリシン金属錯体とアルデヒド誘導体をD-スレオニンアルドラーゼの存在下反応させる酵素的合成法(特許文献1、2)
(3)DL-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸に、L-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸を特異的にグリシンと対応するアルデヒド誘導体に分解するL-アロスレオニンアルドラーゼを作用させる酵素的合成法(特許文献3)
【0004】
しかし、上記プロセスは、たとえば次のような問題点を有している。そのため工業的レベルで実用的な製造方法とは言い難い。
−工程が煩雑、
−収率が悪い、
−生産コストが高い、
−ジアステレオマー選択性が低い、
−高濃度の原料により反応が阻害される、
【0005】
一般に、工業的に物質を生産するとき、製造コストを削減するためには、反応槽あたりの生産量の向上、つまり生産物の蓄積量の増大が、極めて効果的である。微生物や酵素などの酵素活性物質を利用する方法は、その条件を満たすための有力な方法の一つである。
【0006】
さて、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を微生物や酵素の作用によって製造するとき、DL-β-ヒドロキシアミノ酸が原料として用いられる。DL-β-ヒドロキシアミノ酸は、その構造によっては、水に対する溶解性が非常に低い場合がある。原料の溶解性が低い場合、反応槽あたりのDL-β-ヒドロキシアミノ酸の添加量を増やすと、反応開始時の反応液の流動性が著しく低下する。あるいは、極端な場合には、反応液の固化を招く。
【0007】
その結果、反応液の混合効率が低下し、酵素活性物質と原料の接触頻度の低下につながる。反応液が固化した場合には、両者の接触そのものが著しく阻害される。このような状態では、反応効率は著しく低下する。すなわち、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造においては、その溶解性の低さに起因する反応効率の低下が、工業的製造方法を開発する上で大きな障害となっていた。
【特許文献1】特開平1−317391
【特許文献2】特開平2−207793
【特許文献3】特開平6−165693
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、水溶性の低いDL-β-ヒドロキシアミノ酸を原料とする、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法の提供を課題とする。より具体的には、反応液の流動性が改善された光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法の提供が本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法においては、水溶性の低いDL-β-ヒドロキシアミノ酸が原料として利用される。そして、原料に酵素活性物質を作用させることによって、目的とする光学活性β−ヒドロキシアミノ酸が反応液中に蓄積する。蓄積する光学活性β−ヒドロキシアミノ酸自身も、やはり水溶性の低い化合物である。これらの化合物は、いずれも酸やアルカリを利用して溶解することは可能である。しかし酵素活性物質の作用を利用するときには、反応液は酵素反応の至適pHである中性付近のpHに調整される。つまり酵素活性物質による反応は、原料が析出した状態で進行する。したがって、原料を含む反応液、そして光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を蓄積した反応液には、いずれも析出したβ−ヒドロキシアミノ酸が存在することになる。
【0010】
酵素反応そのものは、部分的に溶解した原料を対象に進行する。原料の一部が析出していること自体は、酵素反応を妨げない。しかし反応液中に、不溶性のβ−ヒドロキシアミノ酸が存在すると、反応液の流動性の低下をもたらす。反応液の流動性の低下は、酵素活性物質と原料との接触を制限し、反応効率の低下、あるいは反応そのものの阻害につながりかねない。
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、反応開始時から反応終了までのpHが反応液のレオロジー変化に重要な影響を及ぼすことを見出すとともに、反応液の流動性を維持し得る最適なpH条件を見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は、以下の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法を提供する。
【0012】
〔1〕pHを5.5〜10に調整した反応液中でDL-β-ヒドロキシアミノ酸に酵素活性物質を反応させることによりDまたはL-β-ヒドロキシアミノ酸を製造する方法。
〔2〕 反応開始後に反応液の流動性を維持し得るpHに調整する、上記〔1〕記載の方法。
〔3〕 反応開始後のpH調整は溶液のレオロジー変化に応じて行われる、上記〔2〕記載の方法。
〔4〕pH調整がpHを低下させる方向への調整である、上記〔2〕または上記〔3〕記載の方法。
〔5〕反応開始時のpHがアルカリ性域である、上記〔1〕乃至上記〔4〕記載の方法。
〔6〕アルカリ性域のpHが8.0〜10.0である、上記〔5〕記載の方法。
〔7〕反応開始後に弱アルカリ性から酸性のpH範囲に調整する、上記〔1〕乃至上記〔6〕記載の方法。
〔8〕弱アルカリ性から酸性域のpH範囲が7.5〜5.5である、上記〔7〕記載の方法。
〔9〕pH調整がリン酸を用いて行われる、上記〔1〕乃至上記〔8〕記載の方法。
〔10〕溶液のレオロジー変化が液体から固体への変化である、上記〔3〕乃至上記〔9〕記載の方法。
〔11〕酵素活性物質は、L-フェニルセリンアルドラーゼ、L-フェニルセリンアルドラーゼを発現する微生物またはそれらの処理物である、上記〔1〕乃至上記〔10〕に記載の方法。
〔12〕酵素活性物質が下記(a)から(e)のいずれかに記載のポリヌクレオチドによりコードされる蛋白質、該蛋白質を発現する微生物およびそれらの処理物からなる群から選択される少なくとも1つである、上記〔1〕乃至上記〔11〕記載の方法。
(a)配列番号:1に記載された塩基配列を含むポリヌクレオチド;
(b)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号:1に記載された塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;および
(e)配列番号:2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド
〔13〕DL-β-ヒドロキシアミノ酸が下記式1(式中Rは置換されてもよい脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化1】

である、上記〔1〕乃至上記〔12〕記載の方法。
〔14〕前記式1中、Rが置換されてもよいシクロヘキシル基である、上記〔13〕記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、酵素活性物質の作用を利用した光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法における、反応液の流動性が改善された。原料、生成物共に水溶性の低いβ−ヒドロキシアミノ酸を含む反応液においては、通常の条件では、しばしばその流動性が低下することがあった。しかし、本発明によれば反応液の流動性が改善され、しかも反応を終了するまでその効果は持続する。反応液の流動性の低下は、酵素活性物質と原料との接触を制限するため、反応効率を著しく低下させる。本発明によれば、流動性の低下による酵素活性物質の触媒作用の阻害を効果的に抑制することができる。このように本発明により、酵素活性物質による光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法の反応効率が改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、pHを5.5〜10に調整した反応液中でDL-β-ヒドロキシアミノ酸に酵素活性物質を反応させることによりDまたはL-β-ヒドロキシアミノ酸を製造する方法を提供する。
【0015】
本発明において、反応液とは、後に詳述する酵素活性物質が原料であるD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸のいずれかに作用して他の物質に変換する反応を維持することができる液体を言う。具体的には、反応液は、反応に必要な成分で構成され、当該反応に好適な環境を与える。たとえば、酵素反応に必要な 補酵素、酵素活性の安定剤、あるいは促進剤などを含めることができる。
【0016】
上記反応液は、水系溶媒中、水に溶解しにくい有機溶媒中、あるいは水に溶解しにくい有機溶媒と水系溶媒の2相系で構成することができる。本発明に利用することができる水に溶解しにくい有機溶媒として、例えば、酢酸エチル、酢酸ブチル、トルエン、クロロホルム、n−ヘキサン、メチルイソブチルケトン、メチルターシャリーブチルエーテル、ジイソプロピルエーテルなどを示すことができる。一方、本発明における水系溶媒としては、水、あるいは酵素活性物質の酵素活性を維持する緩衝液などを示すことができる。
【0017】
更に、水に溶解する有機溶媒中、あるいは水系溶媒と水に溶解する有機溶媒との混合系中で、原料と酵素活性物質を接触させることもできる。水に溶解する有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトニトリル、アセトン、ジメチルスルホキシドなどを示すことができる。
【0018】
本発明においては、反応液のpHを5.5〜10に調整して、後に詳述する酵素活性物質と原料であるDL-β-ヒドロキシアミノ酸とを反応させる。一般に、酵素活性物質を利用する反応における反応液のpHは、使用する酵素活性物質の安定性を保持するため、また好ましくない副反応が起こらないpH条件を維持するために、反応終始において調整されることが好ましい。しかし、β−ヒドロキシアミノ酸は、その構造によっては、水に対する溶解度が極めて低いため、特定の立体配置のβ−ヒドロキシアミノ酸の蓄積量を増大せしめる場合、反応開始から反応終了に至る間に、著しく液の流動性が低下、または固化してしまう。一旦、流動性が低下、固化が生じると酸あるいはアルカリの添加によってpHをコントロールすることが困難となる。
【0019】
そこで、本発明では、反応液の流動性を維持するために上述のごとく、反応液のpHを5.5〜10.0に調整する。また、反応液のpHは反応液の流動性を維持するために、反応開始後の反応液のレオロジー変化に伴って、再調節することが好ましい。pH再調節を要する反応液のレオロジー変化は、液体が固体化する変化、より好ましくは、液体から固体に至る前の変化である。こうしたレオロジー変化は、例えば、反応液の粘度、反応液攪拌時の負荷(圧力)、などに基づきを検出してもよい。これら検出手段に基づき、検出された反応液のレオロジー変化に伴い、pHを再調節する。あるいは、実験的に反応液が固化し始める反応開始後の経過時間を解析し、その経過時間前にpHの再調節を行ってもよい。例えば、pH再調節を行う経過時間としては、通常、反応開始から0から24時間、好ましくは20分〜10時間の範囲である。このように本発明では、反応開始時に調整したpHから、反応開始以後の適切な時間帯にpHを再調節することが好ましい。反応開始以後のpHの再調節は一回に限定されず、複数回に分けて調節してもよい。
【0020】
反応開始時のpHは、上述した5.5〜10.0の範囲内、好ましくは中性からアルカリ性域、例えば、pH7.0〜9.5、より好ましくは、pH8.0〜9.5である。なお、pH10を超えるpHで反応を開始すると、酵素活性物質による反応は途中で停止する場合があり、高光学純度の目的物を得ることができない。
【0021】
また、反応開始以後から反応終了までの反応液の流動性維持あるいは固化抑制を行うためには、反応液のレオロジー変化に応じて、反応開始時のpHよりもpHを低下させる方向に調節する。反応開始以後のpHは、弱アルカリ性域から酸性域、例えば、pH5.5〜7.5、好ましくは、pH6.0〜7.0の範囲に調整する。
【0022】
開始時のpHの調整は、原料であるDL−β−ヒドロキシアミノ酸の塩基性溶液に鉱酸を加えて行うことができる。具体的には、原料溶液に鉱酸を加えて開始時の好適なpHとなるようにpH調節を行った後、酵素活性物質、並びに補酵素などの補助的な成分を混合してもよい。または、原料溶液に、酵素活性物質、並びに補酵素などの補助的な成分を混合し、最終的に反応液のpHが開始時の好適なpHとなるように、鉱酸でpH調整してもよい。
【0023】
また、反応途中のpH再調節は、鉱酸を反応液に加えることにより行うことができる。pH調節に利用し得る鉱酸としては、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸等であり、特に好ましくはリン酸である。これら鉱酸は、反応に好適なpHを与える適当な緩衝液という形態で反応液に加えることもできる。無論反応は、攪拌下でも、あるいは静置下でも行うことができる。本発明は、pH調節を行うことにより反応液の流動性を維持し、酵素活性物質と原料との接触を向上させ、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の蓄積量を増大せしめることが可能となる。
【0024】
本発明において原料となるDL-β-ヒドロキシアミノ酸は、DL-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸およびDL-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸のいずれかであることを意味する。高濃度条件下で析出するものであれば特に限定されない。たとえば下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【0025】
【化2】

で表される構造を有するβ-ヒドロキシアミノ酸は原料として有用である。
【0026】
本発明によるDL-β-ヒドロキシアミノ酸は、DL-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸およびDL-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸のいずれかことを意味する。
【0027】
式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す。具体的には、炭素数10以下の低級アルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数10以下のアルコキシ基、水酸基などで置換されてもよいアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基または複素環式炭化水素基より選ばれた置換基である化合物である。より具体的シクロヘキシル基、フェニル基、ナフチル基、炭素数20以下、好ましくは10以下のアルキル基、アリル基、チエニル基等が挙げられる。
【0028】
特に、Rがシクロヘキシル基である化合物は、本発明における好ましい化合物である。すなわち、たとえばDL-エリスロ2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸は、本発明の方法によりD-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸を製造する際に有用である。
【0029】
反応の原料であるDL-β-ヒドロキシアミノ酸の反応液における濃度は制限されない。通常1〜60%、好ましくは2〜30%、より好ましくは2〜15%、さらに好ましくは2.5〜7.5%、もっとも好ましくは5〜7.5%の濃度の原料を使用することができる。ここで例示した原料の濃度は、反応液を構成する溶媒の重量に対する原料の重量%である。本発明においては、反応液に対する原料の濃度は、原料の溶解状態とは無関係である。したがって、原料の溶解状態に関わらず、添加された原料が同じときには濃度は一定である。つまり原料は、完全に溶解している溶液状態であってもよく、本発明において好適に扱える範囲で、完全には溶解していない懸濁状態でも良い。
【0030】
本発明において、原料として好ましいDL-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸は、D-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸、およびL-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸の混合物である。混合物中のD体とL体の比率は、D体:L体=10:90〜90:10であり、好ましくは、D体:L体=25:75〜75:25、より好ましくはD体:L体=50:50(ラセミ体)である。
【0031】
同様に、原料として好ましいDL-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸は、D-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸、およびL-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸の混合物であり、その混合物中のD体とL体の比率は、D体:L体=10:90〜90:10であり、好ましくは、D体:L体=25:75〜75:25、より好ましくはD体:L体=50:50(ラセミ体)である。
【0032】
なお、本発明における「%」は、いずれも「原料または生産物の重量/反応液の重量(w/w)」を意味する。またe.e.は、D−エリスロ−β−ヒドロキシアミノ酸の場合、次の式で表される数値を意味する。
(([D-エリスロ体の濃度]−[L-エリスロ体の濃度])/([D-エリスロ体の濃度]+[L-エリスロ体の濃度])) x 100
【0033】
同様に、D−スレオ−β−ヒドロキシアミノ酸においては、e.e.は、次の式で表される数値を意味する。
(([D-スレオ体の濃度]−[L-スレオ体の濃度])/([D-スレオ体の濃度]+[L-スレオ体の濃度])) x 100
【0034】
本発明において、原料であるDL-β-ヒドロキシアミノ酸は中性付近での溶解性が低い場合が多い。特に中性付近で溶解性が低いDL-β-ヒドロキシアミノ酸は、通常、アルカリ性の溶液として溶液を調製することができる。必要量のDL-β-ヒドロキシアミノ酸を、必要な体積の溶媒に対して溶解できれば、そのpHは限定されない。原料をアルカリ性溶液で溶解する場合、その溶液のpHは、通常pH10〜14、好ましくはpH11〜14、より好ましくはpH12〜14とすることができる。NaOH、KOHなどによって、目的とするpHに調整することができる。
【0035】
本発明の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造においては、DL-β-ヒドロキシアミノ酸のD体またはL体のいずれかの化合物に対して、立体特異的に作用する酵素活性物質(enzyme active materials)が利用される。本発明において、酵素活性物質とは、DL-β-ヒドロキシアミノ酸のD体またはL体のいずれかの化合物に対して立体特異的に作用し、他の物質に変換する反応を触媒することができる物質と定義される。立体特異的な作用とは、いずれかの光学異性体に対して、他方の異性体に対する作用よりも高い触媒作用を有することを言う。たとえば、以下の酵素、該酵素活性を有する微生物または微生物処理物を、酵素活性物質として利用することができる。
【0036】
(1)アルドラーゼ類:L-β-ヒドロキシアミノ酸を特異的にグリシンと対応するアルデヒドに分解する活性を有するL-アミノ酸アルドラーゼ類、あるいはグリシンと対応するアルデヒドからD-β-ヒドロキシアミノ酸を合成する活性を有するD-アミノ酸アルドラーゼ類
(2)脱炭酸酵素類:L-β-ヒドロキシアミノ酸を特異的に脱炭酸し分解する活性を有するL-アミノ酸脱炭酸酵素類
(3)アシラーゼ類:N-アシル−DL-β-ヒドロキシアミノ酸を原料として、D体特異的に、あるいはL体特異的に加水分解する活性を有するアミノ酸アシラーゼ類
【0037】
好ましい酵素としては、具体的には、次のような酵素を示すことができる。
L-フェニルセリンアルドラーゼ、
L-スレオニンアルドラーゼ、
L-アロ−スレオニンアルドラーゼ、
D-低基質特異性スレオニンアルドラーゼ、
L-低基質特異性スレオニンアルドラーゼ、
D-スレオニンアルドラーゼ、
D-アロ−スレオニンアルドラーゼ等
【0038】
中でも、L-フェニルセリンアルドラーゼは本発明における好ましい酵素である。これらの酵素は公知であり、例えば以下に記載された手法により取得することができる。
特開平9-238680
ビタミン, 75, 2, 51-61, 2001
バイオサイエンスとインダストリー, Vol. 56, No. 11, 23-26, 1998
Nature, 181, 1533-1534, 1958
Biochim. Biophys. Acta, 258, 779-790 (1972)
FEMS Microbiology Letters, 151, 245-248, 1997
Appl. Microbiol. Biotechnol., 49, 702-708, 1998
Appl. Microbiol. Biotechnol., 54, 44-51, 2000
Eur. J. Biochem., 248, 385-393, 1997
【0039】
使用する酵素活性物質の量は、通常は0.01〜10000 U/mL、好ましくは0.1〜1000 U/mL、より好ましくは1〜500 U/mL程度とすることができる。
【0040】
例えば、L-フェニルセリンアルドラーゼのL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の分解活性は以下のように測定することができる。20mM DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸、200mM TAPS-NaOH緩衝液(pH8.5)、50μM ピリドキサール-5’-リン酸(以下、PLPと省略する)および酵素を含む0.5mLの反応液中で、30℃、10分間反応を行い、1 N HClを0.5mL添加することによって反応を停止する。生成したシクロヘキシルアルデヒドを次の方法によって定量する。
【0041】
1.0mLの反応終了液に0.5mLの2.5mM 2,4-ジニトロフェニルヒドラジンを含む1.2N塩酸溶液を加え、素早く攪拌し、30℃、20分静置する。更に、3mLのエタノールを加え、素早く攪拌した後、0.85mLの3N NaOHを加え、10分間静置する。その溶液の475nmにおける吸光度を測定する。酵素活性は、30℃において1分間に1μmolのシクロヘキシルアルデヒドの生成を触媒する酵素量を1ユニット(U)とした。
【0042】
反応温度は酵素活性物質がその酵素作用を維持できる温度を選択することができる。具体的には、通常5〜60℃、好ましくは10〜50℃、より好ましくは20〜40℃を示すことができる。また反応pHも、酵素活性物質がその酵素作用を維持できる範囲を選択することができる。通常は、pH6〜11、好ましくは、pH7〜10、より好ましくはpH8〜9.5を示すことができる。反応は、攪拌下で行うことができる。
【0043】
L-フェニルセリンアルドラーゼは、例えば、シュードモナス・プチダ属に属し、下記(1)−(3)の性状により特徴づけられるL-フェニルセリンアルドラーゼ産生能を有する微生物より調製することができる。シュードモナス・プチダ属に属する微生物としては、シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株を好適に挙げることができる。すなわちシュードモナス・プチダ属から単離され、以下の性状によって特徴付けられるL-フェニルセリンアルドラーゼは、本発明における酵素活性物質として利用することができる。あるいは、当該酵素を産生するシュードモナス・プチダ属微生物そのもの、あるいはその処理物を本発明の酵素活性物質として利用することができる。
(1) 作用
L-フェニルセリンに作用し、ベンズアルデヒドとグリシンを生成する。
(2) 基質特異性
(a) L-スレオ-フェニルセリン、およびL-エリスロ-フェニルセリンに共に作用するが、D-スレオ-フェニルセリン、およびD-エリスロ−フェニルセリンには実質的に作用しない。
(b)DL-エリスロ2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸のうち、L-エリスロ体には作用するが、D-エリスロ体には実質的に作用しない。
(3) 分子量
ゲル濾過における分子量が190,000-210,000、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動における分子量が35,000。
【0044】
本発明におけるL-フェニルセリンアルドラーゼ活性は、例えば次のように確認することができる。
活性測定法:
20mM DL-スレオ-フェニルセリン、200mM TAPS-NaOH緩衝液(pH8.5)、50μM PLPおよび酵素を含む0.5mLの反応液中で、30℃、10分間反応を行い、1 N HClを0.5mL添加することによって反応を停止する。生成したベンズアルデヒドを次の方法によって定量する。1.0mLの反応終了液に0.5mLの2.5mM 2,4-ジニトロフェニルヒドラジンを含む1.2N塩酸溶液を加え、素早く攪拌し、30℃、20分静置する。更に、3mLのエタノールを加え、素早く攪拌した後、0.85mLの3N NaOHを加え、10分間静置する。その溶液の475nmにおける吸光度を測定する。酵素活性は、30℃において1分間に1μmolのベンズアルデヒドの生成を触媒する酵素量を1ユニット(U)とした。
【0045】
また本発明において、触媒作用の影響を受けないとは、基質として各化合物を与えたときに、同じ条件で測定された両基質に対する活性を100としたときに、当該化合物に対する活性がたとえば10%以下、好ましくは5%以下の場合に、影響を受けないと言う。具体的には、シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株由来のL-フェニルセリンアルドラーゼの、以下の化合物に対する活性は、それぞれ対応する両基質に対して以下のとおりである。
(a) L-スレオ-フェニルセリンまたはL-エリスロ-フェニルセリンに対する活性を100とするとき、D-スレオ-フェニルセリンおよびD-エリスロ−フェニルセリンに対する活性は確認できない。
(b)DL-エリスロ2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸のうち、L-エリスロ体に対する活性を100とするとき、D-エリスロ体に対する作用は確認できない。
【0046】
シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株は、細菌の培養に用いられる一般的な培地で培養することができる。本酵素は、DL-スレオ-フェニルセリンなどにより誘導されるため、培地に誘導物質を添加することが好ましい。例えば、1.0%ペプトン、0.2%リン酸1水素2カリウム、0.2%リン酸2水素1カリウム、0.2%塩化ナトリウム、0.01%硫酸マグネシウム・7水和物、0.01%酵母エキスを含むpH7.2のペプトン培地に0.2%DL-スレオ-フェニルセリンを含む培地が好適に利用される。
【0047】
L-フェニルセリンアルドラーゼは、微生物の培養物から、例えば、以下のようにして精製することができる。シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株を上記0.2%DL-スレオ-フェニルセリンを含むペプトン培地中で十分に増殖させた後に菌体を回収し、緩衝液中で破砕して無細胞抽出液とする。このとき、緩衝液に以下のような成分を加えて酵素を保護するのが望ましい。
−還元剤:2-メルカプトエタノール等
−プロテアーゼ阻害剤:フェニルメタンフルホニルフルオリド、ペプスタチンA、ロイペプチン、および金属キレーター等
−PLP
【0048】
目的とする酵素は、こうして得られた無細胞抽出液から、たとえば以下のような各種の蛋白質の分画方法、およびクロマトグラフィーなどを適宜組み合わせることにより精製することができる。
蛋白質の溶解度による分画(有機溶媒による沈澱や硫安などによる塩析など):
陽イオン交換、陰イオン交換、ゲル濾過、疎水クロマトグラフィー、
キレート、色素、抗体などを用いたアフィニティークロマトグラフィー
【0049】
より具体的には、たとえば、以下の各工程にしたがって、無細胞抽出液から目的とする酵素を電気泳動的に単一バンドにまで精製することができる。
40−60%硫安分割;
DEAE−セルロースイオン交換クロマトグラフィー;
ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー;
DEAE−セルロース陰イオン交換クロマトグラフィー(2回目)
ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー;(2回目)
MonoQ陰イオン交換クロマトグラフィー;
【0050】
シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株に由来するL-フェニルセリンアルドラーゼは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる。本発明に利用する酵素活性物質はまた、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質のホモログを含む。すなわち本発明におけるL-フェニルセリンアルドラーゼ活性を有する酵素活性物質とは、下記(a)から(e)のいずれかに記載のポリヌクレオチドによりコードされる蛋白質、該蛋白質を発現する微生物または形質転換株、およびそれらの処理物からなる群から選択される少なくとも1つの酵素活性物質を含む。
(a)配列番号:1に記載された塩基配列を含むポリヌクレオチド;
(b)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号:1に記載された塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;および
(e)配列番号:2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド
【0051】
あるいは配列番号:2に記載のアミノ酸配列に、更に付加的なアミノ酸配列を有する蛋白質も、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質と同様の活性を有する限り、本発明における酵素活性物質として利用することができる。たとえば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列にHisタグなどを付加した蛋白質は、本発明における酵素活性物質に含まれる。更に、これらの蛋白質を発現する形質転換体、およびそれが産生する組み換え体は、本発明における酵素活性物質に含まれる。
【0052】
本発明に利用するL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログとは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列に1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質と機能的に同等な蛋白質を意味する。本発明において、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質と機能的に同等とは、当該蛋白質が前記(1)−(3)に示した物理化学的、酵素化学的性状を有することを意味する。
【0053】
当業者であれば、配列番号:1記載のDNAに部位特異的変異導入法(Nucleic Acid Res. 10,pp.6487 (1982), Methods in Enzymol.100,pp.448 (1983), Molecular Cloning 2ndEdt., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989) , PCR A Practical Approach IRL Press pp.200 (1991) )などを用いて、適宜置換、欠失、挿入、および/または付加変異を導入することによりL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログをコードするポリヌクレオチドを得ることができる。そのL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログをコードするポリヌクレオチドを宿主に導入して発現させることにより、配列番号:2に記載のL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログを得ることが可能である。
【0054】
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、たとえば100以下、通常50以下、好ましくは30以下、より好ましくは15以下、更に好ましくは10以下、あるいは5以下のアミノ酸残基の変異は許容される。一般にタンパク質の機能の維持のためには、置換するアミノ酸は、置換前のアミノ酸と類似の性質を有するアミノ酸であることが好ましい。このようなアミノ酸残基の置換は、保存的置換と呼ばれている。例えば、Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、Phe、Trpは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性としては、Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、Asn、Glnが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、AspおよびGluが挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、Lys、Arg、Hisが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は許容される。
【0055】
また、本発明におけるポリヌクレオチドのホモログは、配列番号:1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズできるポリヌクレオチドであって、かつ、前記理化学的性状(1)および(2)を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドも含む。ストリンジェントな条件でハイブリダイズできるポリヌクレオチドとは、配列番号:1に記載中の任意の少なくとも20個、好ましくは少なくとも30個、例えば40、60または100個の連続した配列を一つまたは複数選択したDNAをプローブDNAとし、例えばECL direct nucleic acid labeling and detection system (Amersham Pharmaica Biotech社製)を用いて、マニュアルに記載の条件(例えば、wash:42℃、0.5x SSC を含むprimary wash buffer)において、ハイブリダイズするポリヌクレオチドを指す。より具体的な「ストリンジェントな条件」とは、例えば、通常、42℃、2×SSC、0.1%SDSの条件であり、好ましくは50℃、2×SSC 、0.1%SDSの条件であり、さらに好ましくは、65℃、0.1×SSCおよび0.1%SDSの条件であるが、これらの条件に特に制限されない。ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度や塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで最適なストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0056】
さらに、本発明のL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログとは、配列番号:2に示されるアミノ酸配列と少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは90%以上のホモロジーを有する蛋白質をいう。蛋白質のホモロジー検索は、例えばSWISS-PROT、PIR、DADなどの蛋白質のアミノ酸配列に関するデータベースやDDBJ、EMBL、あるいはGene-BankなどのDNA配列に関するデータベース、DNA配列を元にした予想アミノ酸配列に関するデータベースなどを対象に、BLAST、FASTAなどのプログラムを利用して、例えば、インターネットを通じて行うことができる。
【0057】
配列番号:2に記載のアミノ酸配列を元にBlastを用いて相同性検索を行った結果、最も高い相同性を示したのは、ラルストニア・ソラナシアラム(Ralstonia solanacearum)由来の予想低基質特異性アルドラーゼ(68%)であった。機能が同定されている蛋白質の中では、シュードモナス・エルギノーザ(Pseudomonas aeruginosa) PAO1株由来の低基質特異性L-スレオニンアルドラーゼのアミノ酸配列は、配列番号:2に対する相同性が41%であった。
【0058】
L-フェニルセリンアルドラーゼをコードするポリヌクレオチドをプローブとして、土壌等の環境サンプルから直接得られたDNAからスクリーニングすることによっても目的のDNAを得ることができる。ライブラリーには、環境サンプルから得られたDNAの物理的消化物、酵素的消化物をファージ、プラスミドなどに導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーを利用することができる。スクリーニングには、コロニーハイブリダイゼーション、あるいはプラークハイブリダイゼーションを利用することができる。上記方法で、ハイブリダイズするDNAを得た後、得られたDNA塩基配列を解析した結果、コードするアミノ酸配列がL-フェニルセリンアルドラーゼと70%以上の相同性を有するものは、同様の機能を有することが期待できる。こうして得られたDNAをもつプラスミドによって形質転換された大腸菌も、本発明に利用することができる。
【0059】
L-フェニルセリンアルドラーゼをコードするポリヌクレオチドは、例えば、以下のような方法によって単離することができる。たとえば配列番号:1に記載の塩基配列を元にPCR用のプライマーを設計し、酵素生産株の染色体DNAもしくは、cDNAライブラリーを鋳型としてPCRを行うことにより目的のDNAを得ることができる。
【0060】
あるいは、PCRによって得られたDNA断片をプローブとして、酵素生産株のライブラリーをスクリーニングすることによって目的のDNAを得ることができる。ライブラリーには、染色体DNAの制限酵素消化物をファージ、プラスミドなどに導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーやcDNAライブラリーを利用することができる。スクリーニングには、コロニーハイブリダイゼーション、あるいはプラークハイブリダイゼーションを利用することができる。
【0061】
また、PCRにより得られたDNA断片の塩基配列情報に基づいて、その5'側あるいは3'側の塩基配列を取得することもできる。このような方法として、RACE法(Rapid Amplification of cDNA End、「PCR実験マニュアル」p25-33, HBJ出版局)を利用することができる。あるいは、既知の断片配列情報に基づいて未知の領域を取得するための方法として、逆PCR(Inverse PCR;Genetics 120, 621-623 ,1988)も公知である。逆PCRにおいては、自己環化によって環状化されたDNAライブラリーが用いられる。このようなライブラリーは、酵素生産株の染色体DNAを適当な制限酵素で消化後、自己環化させることにより得ることができる。一方、逆PCR用のプライマーは、既知のcDNAの塩基配列に対して、その外側(未知の領域)に向かって相補鎖合成反応が進むようにデザインされる。鋳型となるDNAは環状化されているので、逆PCRによって未知の領域を増幅産物として得ることができる。
【0062】
なお本発明のポリヌクレオチドには、以上のような方法によってクローニングされたゲノムDNA、あるいはcDNAの他、合成によって得られたDNAが含まれる。
【0063】
このようにして単離された、ホモログをコードするポリヌクレオチドを公知の発現ベクターに挿入することにより、L-フェニルセリンアルドラーゼのホモログの発現ベクターを得ることができる。また、この発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養することにより、L-フェニルセリンアルドラーゼのホモログを組換え体として得ることができる。こうして得られた形質転換体、およびそれが産生するホモログの組み換え体は、本発明における酵素活性物質に含まれる。
【0064】
本発明においてL-フェニルセリンアルドラーゼまたはそのホモログを発現させるために、形質転換の対象となる微生物は、L-フェニルセリンアルドラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターにより形質転換され、L-フェニルセリンアルドラーゼ活性を発現することができる生物であれば特に制限はない。利用可能な微生物としては、例えば以下のような微生物を示すことができる。
エシェリヒア(Escherichia)属
バチルス(Bacillus)属
シュードモナス(Pseudomonas)属
セラチア(Serratia)属
ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属
コリネバクテリイウム(Corynebacterium)属
ストレプトコッカス(Streptococcus)属
ラクトバチルス(Lactobacillus)属等宿主ベクター系の開発されている細菌
ロドコッカス(Rhodococcus)属
ストレプトマイセス(Streptomyces)属等宿主ベクター系の開発されている放線菌
サッカロマイセス(Saccharomyces)属
クライベロマイセス(Kluyveromyces)属
シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属
チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属
ヤロウイア(Yarrowia)属
トリコスポロン(Trichosporon)属
ロドスポリジウム(Rhodosporidium)属
ピキア(Pichia)属
キャンディダ(Candida)属等宿主ベクター系の開発されている酵母
ノイロスポラ(Neurospora)属
アスペルギルス(Aspergillus)属
セファロスポリウム(Cephalosporium)属
トリコデルマ(Trichoderma)属等宿主ベクター系の開発されているカビ
【0065】
形質転換体の作製のための手順および宿主に適合した組み換えベクターの構築は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、Sambrookら、モレキュラー・クローニング、Cold Spring Harbor Laboratories)。
【0066】
微生物菌体内などにおいて、本発明のL-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子を発現させるためには、まず微生物中で安定に存在するプラスミドベクターまたはファージベクターへ本発明のDNAを導入し、その遺伝情報を転写・翻訳させる。そのためには、転写・翻訳を制御するユニットにあたるプロモーターを本発明のDNA鎖の5'-側上流に、より好ましくはターミネーターを3'-側下流に、それぞれ組み込めばよい。このプロモーター、ターミネーターとしては、宿主として利用する微生物中において機能することが知られているプロモーター、ターミネーターを用いる。これら各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネータ−等に関しては、例えば「微生物学基礎講座8遺伝子工学・共立出版」、特に酵母に関しては、Adv. Biochem. Eng. 43, 75-102 (1990)、Yeast 8, 423-488 (1992)、等に詳細に記載されている。
【0067】
エシェリヒア属、特に大腸菌エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)においては、プラスミドベクターとして、例えばpBR、pUC系プラスミドを利用でき、lac(β−ガラクトシダーゼ)、trp(トリプトファンオペロン)、tac、trc (lac、trpの融合)、λファージ PL、PR等に由来するプロモーター等が利用できる。また、ターミネーターとしては、trpA由来、ファージ由来、rrnBリボソーマルRNA由来のターミネーター等を用いることができる。
【0068】
バチルス属においては、ベクターとしてpUB110系プラスミド、pC194系プラスミド等が利用可能であり、染色体にインテグレートさせることも可能である。また、プロモーターまたはターミネーターとしてapr(アルカリプロテアーゼ)、 npr(中性プロテアーゼ)、またはamy(α−アミラーゼ)等が利用できる。
【0069】
シュードモナス属においては、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)、シュードモナス・セパシア(Pseudomonas cepacia)等の宿主ベクター系が開発されている。トルエン化合物の分解に関与するプラスミドTOLプラスミドを基本にした広宿主域ベクター(RSF1010等に由来する自律的複製に必要な遺伝子を含む)pKT240等が利用可能である。プロモーターまたはターミネーターとしては、リパーゼ(特開平5-284973)遺伝子等が利用できる。
【0070】
ブレビバクテリウム属、特にブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)においては、pAJ43(Gene 39, 281 (1985))等のプラスミドベクターが利用可能である。プロモーターまたはターミネーターとしては、大腸菌で使用されているプロモーター、ターミネーターがそのまま利用可能である。
【0071】
コリネバクテリウム属、特にコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)においては、pCS11(特開昭57-183799)、pCB101(Mol. Gen. Genet. 196, 175, 1984)等のプラスミドベクターが利用可能である。
【0072】
ストレプトコッカス(Streptococcus)属においては、pHV1301(FEMS Microbiol. Lett. 26, 239 (1985)、pGK1(Appl. Environ. Microbiol. 50, 94 (1985))等がプラスミドベクターとして利用可能である。
【0073】
ラクトバチルス(Lactobacillus)属においては、ストレプトコッカス属用に開発されたpAMβ1(J. Bacteriol. 137, 614,1979)等が利用可能であり、プロモーターとして大腸菌で利用されているものが利用可能である。
【0074】
ロドコッカス(Rhodococcus)属においては、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)から単離されたプラスミドベクター等が利用可能である(J. Gen. Microbiol. 138,1003,1992)。
【0075】
ストレプトマイセス(Streptomyces)属においては、HopwoodらのGenetic Manipulation of Streptomyces: A Laboratory Manual Cold Spring Harbor Laboratories (1985)に記載の方法に従って、プラスミドを構築することができる。特に、ストレプトマイセス・リビダンス(Streptomyces lividans)においては、pIJ486 (Mol. Gen. Genet. 203, 468-478, 1986)、pKC1064(Gene 103,97-99,1991)、pUWL-KS (Gene 165,149-150, 1995)等が使用できる。また、ストレプトマイセス・バージニア(Streptomyces virginiae)においても、同様のプラスミドを使用することができる(Actinomycetol. 11, 46-53, 1997)。
【0076】
サッカロマイセス(Saccharomyces)属、特にサッカロマイセス・セレビジアエ(Saccharomyces cerevisiae) においては、YRp系、YEp系、YCp系、YIp系プラスミド等が利用可能であり、染色体内に多コピー存在するリボソームDNAとの相同組み換えを利用したインテグレーションベクター(EP 537456など)は、多コピーで遺伝子を導入でき、かつ安定に遺伝子を保持できるため極めて有用である。また、ADH(アルコール脱水素酵素)、GAPDH(グリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素)、PHO(酸性フォスファターゼ)、GAL(β−ガラクトシダーゼ)、PGK(ホスホグリセレートキナーゼ)、ENO(エノラーゼ)等のプロモーターおよびターミネーターが利用可能である。
【0077】
クライベロマイセス属、特にクライベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)においては、サッカロマイセス・セレビジアエ由来2μm系プラスミド、pKD1系プラスミド(J. Bacteriol. 145, 382-390, 1981)、キラー活性に関与するpGKl1由来プラスミド、クライベロマイセス属における自律増殖遺伝子KARS系プラスミド、リボソームDNA等との相同組み換えにより染色体中にインテグレート可能なベクタープラスミド(EP 537456など)などが利用可能である。また、ADH、PGK等に由来するプロモーター、ターミネーターが利用可能である。
【0078】
シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属においては、シゾサッカロマイセス・ポンベ由来のARS (自律複製に関与する遺伝子)、およびサッカロマイセス・セレビジアエ由来の栄養要求性を相補する選択マーカーを含むプラスミドベクター等が利用可能である(Mol. Cell. Biol. 6, 80,1986)。また、シゾサッカロマイセス・ポンベ由来のADHプロモーターなどが利用できる(EMBO J. 6, 729, 1987)。特に、pAUR224は、宝酒造から市販されており容易に利用できる。
【0079】
チゴサッカロマイセス属(Zygosaccharomyces)においては、チゴサッカロマイセス・ロウキシ (Zygosaccharomyces rouxii)由来の pSB3(Nucleic Acids Res. 13, 4267, 1985)などに由来するプラスミドベクター等が利用可能であり、サッカロマイセス・セレビジアエ由来 PHO5 プロモーター、およびチゴサッカロマイセス・ロウキシ由来 GAP-Zr(グリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素)のプロモーター(Agri. Biol. Chem. 54, 2521, 1990)等が利用可能である。
【0080】
ピキア(Pichia)属においては、ピキア・アンガスタ(Pichia angusta、旧名:ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha))において宿主ベクター系が開発されている。ベクターとしては、ピキア・アンガスタ由来自律複製に関与する遺伝子(HARS1、HARS2)も利用可能であるが、比較的不安定であるため、染色体への多コピーインテグレーションが有効である(Yeast 7, 431-443, 1991)。また、メタノールなどで誘導されるAOX(アルコールオキシダーゼ)、FDH(ギ酸脱水素酵素)のプロモーター等が利用可能である。また、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)などにピキア由来自律複製に関与する遺伝子 (PARS1、PARS2)等を利用した宿主ベクター系が開発されており(Mol. Cell. Biol. 5, 3376, 1985)、高濃度培養とメタノールで誘導可能なAOXなど強いプロモーターが利用できる(Nucleic Acids Res. 15, 3859, 1987)。
【0081】
キャンディダ(Candida)属においては、キャンディダ・マルトーサ(Candida maltosa)、キャンディダ・アルビカンス(Candida albicans)、キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)、キャンディダ・ウチルス (Candida utilis) 等において宿主ベクター系が開発されている。キャンディダ・マルトーサにおいてはキャンディダ・マルトーサ由来ARSがクローニングされ(Agri. Biol. Chem. 51, 51, 1587,1987)、これを利用したベクターが開発されている。また、キャンディダ・ウチルスにおいては、染色体インテグレートタイプのベクターの強力なプロモーターが開発されている(特開平08-173170)。
【0082】
アスペルギルス(Aspergillus)属においては、アスペルギルス・ニガー (Aspergillus niger) 、アスペルギルス・オリジー (Aspergillus oryzae) 等がカビの中で最もよく研究されており、プラスミド、および染色体へのインテグレーションの利用が可能であり、菌体外プロテアーゼやアミラーゼ由来のプロモーターが利用可能である(Trends in Biotechnology 7, 283-287,1989)。
【0083】
トリコデルマ(Trichoderma)属においては、トリコデルマ・リーゼイ(Trichoderma reesei)を利用したホストベクター系が開発され、菌体外セルラーゼ遺伝子由来プロモーター等が利用できる(Biotechnology 7, 596-603, 1989)。
【0084】
また、微生物以外でも、植物、動物において様々な宿主・ベクター系が開発されている。具体的には、蚕などの昆虫(Nature 315, 592-594,1985)、あるいは菜種、トウモロコシ、およびジャガイモ等の植物中に大量に異種蛋白質を発現させる系が開発されている。これらの宿主・ベクター系も、本発明に利用できる。
【0085】
本発明において、酵素活性物質と原料を含む反応溶液の接触形態は任意である。たとえば原料を含む溶媒に、酵素活性物質を混合することによって、両者を接触させることができる。酵素活性物質が溶媒に不溶性の場合には、溶媒中に酵素活性物質が分散され、必要に応じて両者を分離することができる。あるいは原料を含む溶媒と、酵素活性物質を、基質透過性の膜で分離して接触させることもできる。このような接触形態は、酵素活性物質の回収と再利用を容易にする。本発明において、両者の接触形態は、これらの具体例に限定されない。
【0086】
本発明において、酵素活性物質としては、配列番号:2に記載の蛋白質、またはそのホモログを機能的に発現する形質転換体並びにその処理物を用いることができる。例えば、pKK-PSA1により形質転換された大腸菌は、本発明における形質転換体として好ましい。
【0087】
更に、本発明における酵素活性物質には、具体的には以下に示す酵素活性物質が含まれる。
界面活性剤やトルエンなどの有機溶媒処理によって細胞膜の透過性を変化させた微生物;
凍結乾燥やスプレードライなどにより調製した乾燥菌体;
ガラスビーズや酵素処理によって菌体を破砕した無細胞抽出液;
無細胞抽出液を部分精製したもの;
精製された酵素;
形質転換体あるいは酵素を固定化した固定化酵素、固定化微生物;
【0088】
本発明において、酵素活性物質と原料を含む反応液に、任意の添加物を加えることができる。添加物は、酵素活性の増強、酵素活性の安定化、反応液の流動性維持などを目的として添加される。本発明において好適に用いることができる酵素活性物質は、補酵素としてPLPを利用する。したがって反応液中にPLPを添加することによって、その酵素活性を増強し、そして安定化することができる。
【0089】
PLPの反応液中の濃度は、通常0.0001〜10mM、好ましくは0.001〜1mM、より好ましくは0.005〜0.1mMである。また、反応においてアルデヒド誘導体が生じる場合には、亜硫酸水素ナトリウムを添加することによって、酵素活性を安定化することもできる。亜硫酸水素ナトリウムの反応液中の濃度は、通常、生じるアルデヒド誘導体の0.05〜5等量、好ましくは0.1〜2等量、より好ましくは、0.5〜1等量である。
【0090】
上記酵素活性物質を用いた光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造条件は適宜設定し得る。例えば、反応時の原料濃度は、たとえば通常1〜60%、好ましくは2〜30%、より好ましくは2〜15%、さらに好ましくは2.5〜7.5%、もっとも好ましくは5〜7.5%とすることができる。原料は反応開始時に一括して添加することもできるし、反応液中に連続的、間欠的に添加してもよい。
【0091】
反応液の反応温度は、酵素活性物質がその酵素作用を維持できる温度を選択することができる。具体的には、通常5〜60℃、好ましくは10〜50℃、より好ましくは20〜40℃を示すことができる。
【0092】
本発明において、反応の完結とは、反応液中のL体(またはD体)がほとんど存在しない状態を言う。通常、90%e.e.以上、好ましくは95%e.e.以上のD体(またはL体)が反応液中に蓄積している状態を言う。
【0093】
反応により蓄積したD-β-ヒドロキシアミノ酸(またはL体)は、可溶化、遠心分離や濾過などによる分離、有機溶媒による抽出、イオン交換クロマトグラフィーなどの各種クロマトグラフィー、吸着剤による吸着、凝集剤、脱水剤による脱水もしくは凝集、晶析、蒸留、などを適宜組み合わせることにより精製することができる。D-β-ヒドロキシアミノ酸は、アルカリ性化、もしくは、酸性化により可溶化することができる。
【0094】
生成物を溶解させた後、必要により凝集剤を添加した後に、遠心分離や膜濾過等により除菌、除タンパクを行うことができる。反応により生じたアルデヒドは、アルデヒドの溶解性が高く、D-β-ヒドロキシアミノ酸(またはL体)の溶解性が低い有機溶媒を用いて抽出することにより除去することができる。このような有機溶媒としては、ヘキサン、トルエン、キシレン、酢酸エチル、酢酸ブチル、メチルターシャリーブチルエーテル、メチルイソブチルケトン等を示すことができる。有機溶媒で抽出したアルデヒドは回収して再利用することもできる。有機溶媒抽出後の水相からは、濃縮、等電点沈殿などによる晶析法やイオン交換樹脂処理、膜分離等の公知の方法によりD-β-ヒドロキシアミノ酸(またはL体)を回収することができる。
【0095】
本発明においては、原料に酵素活性物質を作用させることによって、原料中のL-β-ヒドロキシアミノ酸が消費され、反応系には目的の化合物であるD-β-ヒドロキシアミノ酸が残される場合もある。本発明においては、立体特異的に目的とする化合物が残されることを、生成と言うことがある。本発明においては、D体とL体を含む原料のL体を酵素的に除去し、残存するD体が目的物として回収される。D体そのものは、もともと原料に含まれていた物質である。しかし、L体と混在するD体を、光学純度の高い状態とすることは、「D体の生成」あるいは「D体の蓄積」に他ならない。
【実施例】
【0096】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、以下に示す「%」は、いずれも「原料または生産物の重量/反応液の重量(w/w)」を意味する。
e.e.は、D-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸の場合、次の式で表される数値を意味する。
(([D-エリスロ体の濃度]−[L-エリスロ体の濃度])
/([D-エリスロ体の濃度]+[L-エリスロ体の濃度])) x 100
【0097】
同様に、D-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸の場合には、次の式で表される数値を意味する。
(([D-スレオ体の濃度]−[L-スレオ体の濃度])
/([D-スレオ体の濃度]+[L−スレオ体の濃度])) x 100
【0098】
また、d.e.は、D-エリスロ-β-ヒドロキシアミノ酸の場合には、次の式で表される数値を意味する。
(([D-エリスロ体の濃度]+[L-エリスロ体の濃度]−[D-スレオ体の濃度]−[L-スレオ体の濃度])/([D-エリスロ体の濃度]+[L-エリスロ体の濃度]+[D-スレオ体の濃度]+[L-スレオ体の濃度])) x 100
【0099】
同様に、D-スレオ-β-ヒドロキシアミノ酸の場合には、次の式で表される数値を意味する。
(([D-スレオ体の濃度]+[L-スレオ体の濃度]−[D-エリスロ体の濃度]−[L-エリスロ体の濃度])/([D-スレオ体の濃度]+[L-スレオ体の濃度]+[D-エリスロ体の濃度]+[L-エリスロ体の濃度])) x 100

[実施例1] シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株 (Pseudomonas putida biovar A 24−1)由来L−フェニルセリンアルドラーゼを発現する菌体懸濁液の調製
【0100】
シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株 (Pseudomonas putida biovar A 24−1)由来L−フェニルセリンアルドラーゼを発現するプラスミドpKK−PSA1(独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにて平成16年4月3日付けで寄託されている)を保持した大腸菌HB101株(HB101 (pKK−PSA1))を、アンピシリン(50 μg/mL)含有LB培地(1%バクト−トリプトン、0.5%バクト−酵母エキス、1%塩化ナトリウム、pH7.2)にて培養した。培地に最終濃度0.1mMとなるようにIPTGを添加して、L−フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子の発現を誘導した。IPTG発現誘導後、HB101(pKK−PSA1)の菌体を回収した。
【0101】
なお、上記L−フェニルセリンアルドラーゼを発現するプラスミドpKK−PSA1は以下の通り寄託されている。
受託番号:FERM P−20054
寄託機関:独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
日本国茨城県つくば市東1丁目1番1号中央第6(郵便番号 305-8566)
寄託日: 平成16年4月13日

[実施例2]エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の光学純度分析
【0102】
反応液0.05gをサンプリングし、50mMホウ酸ナトリウム緩衝液(pH10.8)0.5mLを添加して懸濁後、遠心分離して上清を得た。この上清にメタノール0.5mLと無水N−ターシャリーブトキシカルボニル0.01gを加えて30℃で1時間反応させた。その後、反応液に5%硫酸水素カリウム水溶液0.4mLを加え、酢酸エチル2.0mLで抽出を行った。有機層を乾固させ、ヘキサン/エタノール=90/10の溶媒に溶解し、以下の「分析方法−1」で測定を行った。
分析方法−1(D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の光学純度分析方法)
カラム:CHIRALPAK AD−H(φ4.6 mm×250 mm)
温度:25℃
検出:UV210 nm
流速:1.0 mL/min
溶媒:ヘキサン/エタノール/トリフルオロ酢酸=90/10/0.1

[実施例3] 大腸菌HB101株(pKK−PSA1)を用いたD−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の合成
【0103】
実施例1で得られた大腸菌HB101株(HB101(pKK−PSA1))の菌体を用いて、溶液形状(強アルカリ性)のDL−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を原料として、D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の合成を行った。反応容器に最終濃度6%となるように原料、DL−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を投入し、リン酸でpH5.7、6.5、7.0 、8.5、9.0、9.5、10.1に調整した。その後、50μM PLP及び上記菌体を加えて総重量70gとし、この反応液を攪拌下、pHを再調整することなしに、30℃で終夜反応させた。反応終了後、残存したD−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の光学純度分析を実施例2に記載の方法によって分析した。
【0104】
結果を表1に示した。反応開始pH10.1以外の何れの反応開始pHにおいても、不要な異性体の分解は進行し、D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を高い光学純度で得られることが確認できた。一方、L-フェニルセリンアルドラーゼによる望ましくない逆反応(グリシンとアルデヒドの縮合反応)に起因するような生産物の光学純度の低下は、何れのpHにおいても認められなかった。
【0105】
また、反応液の流動性に関しては、反応開始時ではpH8.5以上で良好であった。一方、反応終了時は反応開始時とは反し、pH5.7から7.0の範囲で良好であった。
【表1】


[実施例4]大腸菌HB101株(pKK−PSA1)を用いたD−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の合成
【0106】
実施例1で得られた大腸菌HB101株(HB101 (pKK−PSA1))の菌体を用いて、溶液形状(強アルカリ性)のDL−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を原料として、D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の合成を行った。
【0107】
反応容器に終濃度6%となるようにDL−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を投入し、リン酸でpH9.0に調整した。その後、50 μM PLP及び菌体を加えて、総重量70gとした。この反応液を、攪拌下、30℃で反応を開始させた。反応開始30分経過後(反応液が固化する前)に、リン酸を用いてpH6.5に再調節し、以後はpHをコントロールすることなしに、終夜反応させた。反応終了後、残存したD−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の光学純度分析を実施例2に記載の方法によって分析した。
【0108】
結果を表2に示した。不要な異性体の分解は進行し、D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を高い光学純度で得られることが確認できた。反応液の混合性については、反応開始時及び反応終了時、共に反応液の固化が認められなかった。
【表2】


[比較例1]大腸菌HB101株(pKK−PSA1)を用いたD−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の合成
【0109】
実施例1で得られた大腸菌HB101株(HB101 (pKK−PSA1))の菌体を用いて、溶液形状(強アルカリ性)のDL−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を原料として、D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の合成を行った。
【0110】
終濃度6%となるように 原料DL−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を反応容器に投入し、反応液をリン酸でpH9.0に調整した。その後、50 μM PLP及び菌体を加えて総重量70gとした。ここで調製された反応液を、攪拌下、pHをコントロールすることなしに、30℃で終夜反応させた。反応終了後、残存したD−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸の光学純度分析を実施例2に記載の方法によって分析した。
【0111】
結果を表3に示した。不要な異性体の分解は進行し、D−エリスロ−2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸を高い光学純度で得られることが確認できた。反応液の混合性については、反応開始時は良好であったが、反応終了時は反応液の固化が確認された。
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
pHを5.5〜10に調整した反応液中でDL-β-ヒドロキシアミノ酸に酵素活性物質を反応させることによりDまたはL-β-ヒドロキシアミノ酸を製造する方法。
【請求項2】
反応開始後に反応液の流動性を維持し得るpHに調整する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
反応開始後のpH調整は溶液のレオロジー変化に応じて行われる、請求項2記載の方法。
【請求項4】
pH調整がpHを低下させる方向への調整である、請求項2または3記載の方法。
【請求項5】
反応開始時のpHがアルカリ性域である、請求項1乃至4記載の方法。
【請求項6】
アルカリ性域のpHが8.0〜10.0である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
反応開始後に弱アルカリ性から酸性のpH範囲に調整する、請求項1乃至6記載の方法。
【請求項8】
弱アルカリ性から酸性域のpH範囲が7.5〜5.5である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
pH調整がリン酸を用いて行われる、請求項1乃至8記載の方法。
【請求項10】
溶液のレオロジー変化が液体から固体への変化である、請求項3乃至9記載の方法。
【請求項11】
酵素活性物質は、L-フェニルセリンアルドラーゼ、L-フェニルセリンアルドラーゼを発現する微生物またはそれらの処理物である、請求項1乃至10に記載の方法。
【請求項12】
酵素活性物質が下記(a)から(e)のいずれかに記載のポリヌクレオチドによりコードされる蛋白質、該蛋白質を発現する微生物およびそれらの処理物からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1乃至11記載の方法。
(a)配列番号:1に記載された塩基配列を含むポリヌクレオチド;
(b)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号:1に記載された塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;および
(e)配列番号:2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド
【請求項13】
DL-β-ヒドロキシアミノ酸が下記式1(式中Rは置換されてもよい脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化1】

である、請求項1乃至12記載の方法。
【請求項14】
前記式1中、Rが置換されてもよいシクロヘキシル基である、請求項13記載の方法。

【公開番号】特開2006−129843(P2006−129843A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−325582(P2004−325582)
【出願日】平成16年11月9日(2004.11.9)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】