説明

α−グルコシダーゼ阻害剤及びその製造方法

【課題】長い食経験をもつ紅麹から、優れた食後血糖値上昇抑制作用を有するα−グルコシダーゼ阻害物を製造する方法を得る。
【解決手段】蒸米をモナスカス属に属する糸状菌により培養して得た米紅麹を、40℃以上の温水若しくは、熱水で抽出すること、モナスカス属に属する糸状菌が、モナスカス ピローサス(Monascus pilosus)種であること、これを含有して成る飲食物。醸造食品の原料としてだけでなく、常法により、菌および酵素の失活物、乾燥物、乾燥粉砕物、粉末、顆粒物、水溶液、ペースト状物、抽出エキス、抽出エキス濃縮物、抽出エキスなどのごとき加工物として安全で広範囲の用途に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品、健康食品などに使用することができる阻害活性が強いα−グルコシダーゼ阻害剤及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
α−グルコシダーゼ阻害剤は、食事に含まれている炭水化物(糖質)を小腸でブドウ糖に分解する消化酵素であるα−グルコシダーゼの働きを抑え、食後血糖値の急激な上昇を抑制する作用を有する。
そのため過血糖症状及び過血糖に由来する肥満症、糖尿病などの疾患の改善に有用であり、α−グルコシダーゼ阻害剤を添加した食品は代謝異常の予防食としても適している。
【0003】
一方、紅麹は穀類にモナスカス属の菌株を繁殖させた麹で、中国、台湾などでは紅酒、老酒、紅乳腐などの醸造原料として利用されており、また古来より生薬として「消食活血」「健脾燥胃」などの効果が知られている。
近年、血圧降下作用、コレステロール改善作用等、様々な機能を有することが科学的にも実証されつつあり、味噌、醤油、食酢等の醸造食品をはじめ、パン、麺類等、色々な食品に利用されている。最近ではサプリメント原料としての利用も拡大している。
【0004】
血糖低下作用を有する麹については、例えば、特許文献1がある。
また、大豆発酵食品由来のα−グルコシダーゼ阻害剤としては、豆類又は穀類をアスペルギルス属の糸状菌を用いて固体培養し、得られた培養物を水で抽出したものが、特許文献2、および3に開示されている他、大豆を製麹原料とし、モナスカス属の菌株を用いて得られた大豆紅麹を用いたα−グルコシダーゼ阻害剤については特許文献4に開示されている。
【0005】
【特許文献1】特公昭60−44914号公報
【特許文献2】特開2001−186877号公報
【特許文献3】特開2004−166628号公報
【特許文献4】特開2006−296251号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、製麹原料として米を特定し、モナスカス属の菌株を用いて固体培養して得られた米紅麹を原料とし、その抽出物にα−グルコシダーゼ阻害作用のあることについては知られていない。
【0007】
本発明は、安全性が高く、医薬はもとより、健康食品、一般の食品への適用が可能であり、特に、強いα−グルコシダーゼ阻害活性を有するα−グルコシダーゼ阻害剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明は、米紅麹の水抽出物にα−グルコシダーゼ阻害活性を有することを究明して成されたもので、以下の構成を特徴とする。
項1.米紅麹の水抽出物であるα−グルコシダーゼ阻害剤。
項2.蒸米をモナスカス属に属する糸状菌により培養して得た米紅麹を、40℃以上の温水若しくは、熱水で抽出することを特徴とするα−グルコシダーゼ阻害剤の製造方法。
項3.モナスカス属に属する糸状菌が、モナスカス ピローサス(Monascus pilosus)種であることを特徴とする請求項2に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤の製造法。
項4.請求項1〜3に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤を含有して成る飲食物。
【発明の効果】
【0009】
製麹原料として米を用いた米紅麹は、他の製麹原料を使用した場合に比して食経験も豊富なため、α−グルコシダーゼ阻害剤として、実用性が高く有用である。
即ち、長年食されている食品成分を原料として使用しており、安全性の点で優れているので、これを利用し、様々な醸造食品や主食、飲料、健康食品など幅広い食品分野に展開でき、特に、食後血糖値の上昇抑制作用を有し、その結果、過血糖症状及び過血糖に起因する肥満症、脂肪過多症、過脂肪血症、糖尿病などの予防に有効で、健康人の疾病予防の新規な食材として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の原料に用いる米は白米(搗精米)でも玄米でもよく、破砕米のような形状も含む。また原産地、品種は特に限定されない。
培養に用いる紅麹菌は、モナスカス(Monascus)属に属する糸状菌であればいずれの菌であってもよいが、食品用としてモナスカス パープレウス(Monascus purpureus)、モナスカス ピローサス(Monascus pilosus)、モナスカス ルーバー(Monascus ruber)やそれらの変種、変異株が挙げられる。特に、食用としての実績があり、風味、外観等に優れるモナスカス ピローサス(Monascus pilosus)が好適に用いられる。これらの紅麹菌は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を任意に組み合わせて使用してもよい。
製麹条件としては、培地の水分率を35〜60%、好ましくは、45〜55%、温度を20〜37℃、好ましくは、25〜35℃、培養日数を5〜30日、好ましくは、7〜14日間として培養する。
【0011】
水抽出条件としては、以下の要件を必要とする。
1.抽出する水の温度は40℃以上とすれば良いが、好ましくは50℃以上、特に好ましくは80℃以上とする。
即ち、温度が高いほどより高濃度のα−グルコシダーゼ阻害剤を得ることができる。
2.抽出する水の量は、米紅麹の1〜30倍重量を加えれば良いが、好ましくは2〜15倍重量とする。
3.抽出時間は、40℃程度の抽出温度では6〜24時間、50℃を超えると2〜6時間程度とする。
4.抽出法としては特に制限はないが、通常撹拌抽出を用いる。得られた抽出物は濾過、遠心分離等により固形分を取り除いた後、濃縮乾固、フリーズドライ、スプレードライ等の方法で粉末化するのが好ましい。
【0012】
以上のようにして得られたα−グルコシダーゼ阻害剤は、麹の利用法として公知の全ての用途に利用でき、醸造食品の原料としてだけでなく、常法により、菌および酵素の失活物、乾燥物、乾燥粉砕物、粉末、顆粒物、水溶液、ペースト状物、抽出エキス、抽出エキス濃縮物、抽出エキスなどのごとき加工物として用いることができる。
具体的には、ジュース、清涼飲料、健康ドリンク、菓子類、パン、シリアル、アイスクリーム、お茶、ふりかけ、麺類、各種惣菜、納豆や豆腐、食用油、味噌や日本酒など醸造食品、醤油などの各種調味料、マヨネーズやマーガリンなどの乳製品、ソーセージなどの魚肉類ねり製品、カプセル化食品、錠剤、サプリメント等、いろいろな飲食物の原料、或いは、添加物として好適に用いることができる。
また、特定保健用食品や栄養補助食品等の場合であれば、錠剤、粉末、顆粒、カプセル、トローチ、シロップ、液体等の形態のものであってもよい。これらの中で好適なものとして、錠剤、粉末、顆粒、カプセル、液体等を挙げることができる。
【0013】
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤の摂取量については、食品形態や年齢、体重等により異なるが、例えば、成人1日当たりの摂取量として、本α−グルコシダーゼ阻害剤乾燥粉末として、0.1〜20gに相当する量を挙げることができる。
摂取方法としては、当該量をそのまま、或いは、紅麹、若しくはその加工物として、或いは、食品、飲料等に添加して摂取することができる。
【0014】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお、実施例におけるα-グルコシダーゼ阻害活性は以下の方法により求めた。
1.α-グルコシダーゼ
ラット小腸由来のα-グルコシダーゼ(SIGMA社製)を用いた。
2.測定原理
α-グルコシダーゼ活性は、p-nitrophenyl-α-D-glucopyranosideの加水分解で生成されたp-nitrophenolの量を測定した。
3.酵素反応
(1)試料溶液(50μl)
被験物を0.25Mリン酸緩衝液に溶解した。
(2)緩衝液 (300μl)
0.25Mリン酸緩衝液(pH6.5)を用いた。
(3)基質溶液 (100μl)
1.4mMのp-nitrophenyl-α-D-glucopyranoside溶液(0.25Mりん酸緩衝液に溶解)を用いた。
(4)酵素溶液(50μl)
α―グルコシダーゼ酵素液(0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.5)に溶解)を用いた。
(5)反応停止液 (1000μl)
0.2M炭酸ナトリウム溶液を用いた。
(6)操作法
試料溶液50μlに緩衝液300μl、基質溶液100μlを加えた後、酵素溶液50μlを加えて37℃で10分間反応させた。反応停止溶液を1000μl加えて反応を終了させた後、生成されたp-nitrophenolの量を400nmの吸光度から算出した。対照には、試料溶液の代わりに0.25Mリン酸緩衝液を用いた。なお、それぞれのブランクとしては、反応停止溶液を加えたものを用いた。
(7)α-グルコシダーゼ阻害活性の算出方法
阻害活性率(%)=[( (A−B)−(C−D) / (A−B) ) ]×100
A:対照溶液の吸光度
B:対照溶液のブランクの吸光度
C:試料溶液の吸光度
D:試料溶液ブランクの吸光度
【実施例1】
【0015】
白米を90分間水に浸漬し、45分間水切りした後、オートクレーブで 125℃、30分間加圧蒸気滅菌した。これに、Monascus pilosus を植菌し、培地の水分率45〜60%、温度25〜30℃の製麹条件で10日間培養して米紅麹を得た。
こうして得た米紅麹100gに15倍容量の水を加え、50℃まで昇温し、時々撹拌しながら2時間抽出した。得られた抽出液を遠心分離、濾過後、凍結乾燥によって目的のα-グルコシダーゼ活性阻害物を得た。こうして得た抽出物を粉砕し、0.2g/mlを希釈倍率1の試料溶液とし、希釈倍率128倍まで5段階の希釈溶液を作製し、α-グルコシダーゼ活性阻害率を測定、近似直線からIC50(阻害率50%の試料濃度)を算出した。
IC50値が低いほど阻害活性は強いことを示す。
(比較例1)
【0016】
実施例1の製麹で得た米紅麹物粉砕物0.2g/ml(抽出操作を加えない米紅麹そのもの)を希釈倍率1の試料溶液とし、希釈倍率128倍まで5段階の希釈溶液を作製し、α-グルコシダーゼ活性阻害率を測定、近似直線からIC50(阻害率50%の試料濃度)を算出した。
(比較例2)
【0017】
乾燥大豆を90分間水に浸漬し、45分間水切りした後、オートクレーブで125℃、30分間加圧蒸気滅菌した。これに、Monascus pilosus を植菌し、培地の水分率45〜55%、温度25〜30℃の製麹条件で14日間培養して大豆紅麹を得た。こうして得た大豆紅麹100gに15倍容量の水を加え、50℃まで昇温し、時々撹拌しながら2時間抽出した。得られた抽出液を遠心分離、濾過後、凍結乾燥によって目的のα-グルコシダーゼ活性阻害物を得た。こうして得た抽出物を粉砕し、0.2g/mlを希釈倍率1の試料溶液とし、希釈倍率128倍まで5段階の希釈溶液を作製し、α-グルコシダーゼ活性阻害率を測定、近似直線からIC50(阻害率50%の試料濃度)を算出した。
得られた結果を表1に示す。
この結果から、本発明抽出物は、比較例1,2に比べ、極めて高いα−グルコシダーゼ阻害活性を有することが確認された。
【0018】
【表1】

【実施例2】
【0019】
白米を90分間水に浸漬し、45分間水切りした後、オートクレーブで 125℃、30分間加圧蒸気滅菌した。これに、Monascus pilosus を植菌し、培地の水分率45〜60%、温度25〜30℃の製麹条件で10日間培養して米紅麹を得た。こうして得た米紅麹50gに15倍容量の水を加え、40℃、50℃、70℃、90℃まで昇温し、時々撹拌しながら40℃および50℃の場合は2時間、6時間、24時間の抽出条件で、また70℃および90℃の場合は2時間、6時間、10時間の抽出条件で抽出した。得られた抽出液を遠心分離、濾過後、凍結乾燥によって目的のα-グルコシダーゼ活性阻害物を得た。こうして得た抽出物を粉砕し、0.2g/mlを希釈倍率1の試料溶液とし、希釈倍率128倍まで5段階の希釈溶液を作製し、α-グルコシダーゼ活性阻害率を測定、近似直線からIC50(阻害率50%の試料濃度)を算出した。
得られた結果を表2に示す。
この結果から、抽出温度が高くなるほどα−グルコシダーゼ阻害活性の高い抽出物が得られ、抽出時間も短時間であるほど好ましいとの結果が得られた。
【0020】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤は、食後血糖値上昇抑制作用を有するα−グルコシダーゼ阻害物を含み、よって、これを目的とした用途に広汎に、且つ好適に用いることができるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
米紅麹の水抽出物であるα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項2】
蒸米をモナスカス属に属する糸状菌により培養して得た米紅麹を、40℃以上の温水若しくは、熱水で抽出することを特徴とするα−グルコシダーゼ阻害剤の製造方法。
【請求項3】
モナスカス属に属する糸状菌が、モナスカス ピローサス(Monascus pilosus)種であることを特徴とする請求項2に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤の製造法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載のα−グルコシダーゼ阻害剤を含有して成る飲食物。

【公開番号】特開2009−227587(P2009−227587A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−71296(P2008−71296)
【出願日】平成20年3月19日(2008.3.19)
【出願人】(000001339)グンゼ株式会社 (919)
【Fターム(参考)】