説明

α−グルコシダーゼ阻害剤及び糖類の製造方法

【課題】新規なα−グルコシダーゼ阻害剤の提供。
【解決手段】N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量を25000Da以下とした分解物を有効成分とするα−グルコシダーゼ阻害剤;前記コンドロイチン硫酸を含有する水溶液に、加圧及び加熱条件下、二酸化炭素ガスを作用させて、前記コンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量が25000Da以下である糖類を生じさせる工程を有する糖類の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規のα−グルコシダーゼ阻害剤、及びその製造に好適な糖類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α−グルコシダーゼは、α−グルコシド結合に作用して糖質を分解する酵素であり、ヒトではすい臓や小腸上皮細胞で分泌される。そして、α−グルコシダーゼ阻害剤は、糖質の分解を抑制するので、例えば、血糖値や体重を適正な範囲に維持するための医薬品としての有用性が高い。
このような医薬品として有用なα−グルコシダーゼ阻害剤を、豊富に存在する天然資源を利用して効率良く製造できれば、極めて有用である。
【0003】
これに対して、天然資源を利用したα−グルコシダーゼ阻害剤としては、コンドロイチン硫酸Dを有効成分とするものが開示されている(特許文献1参照)。
ところで、コンドロイチン硫酸は、N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、その一部の炭素原子が硫酸エステル化されたものであり、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cが存在し、これら以外にも、コンドロイチン硫酸B、D、E及びKも存在する(化学便覧第6版 応用化学編I)。
【0004】
コンドロイチン硫酸は、動物の結合組織の基質部分として、軟骨、ガラス体、角膜、大動脈などに広く分布し、多くの場合ヒアルロン酸と共存している。
例えば、コンドロイチン硫酸Aは、牛や馬の鼻軟骨やクジラの鼻軟骨に含まれる。コンドロイチン硫酸Bは、ブタの皮膚等に含まれることが知られている。コンドロイチン硫酸Cは、ブタやサメ由来のものが主流であり、比較的高純度のものが市販されている。コンドロイチン硫酸Dは、エイの軟骨やニジマス、大西洋サケなどの鼻軟骨に含まれていると言われているが、市販されている試薬で高純度のものはほとんどない。コンドロイチン硫酸Eは、イカの軟骨などに含まれている。コンドロイチン硫酸Kは、カブトガニの軟骨に含まれることが知られている。しかしながら、これらコンドロイチン硫酸A、B、C、D、E、Kを単離することは容易ではない。
【0005】
このように、コンドロイチン硫酸は、その由来に応じて様々な構造を有している。そして、特許文献1によれば、これらのうちのDユニットを構成単位とするコンドロイチン硫酸Dのみがα−グルコシダーゼ阻害活性を有しているとされ、コンドロイチン硫酸A及びコンドロイチン硫酸Cに関しては、いずれもα−グルコシダーゼ阻害活性をほとんど示さないとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−263688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような中、上記のように、α−グルコシダーゼ阻害剤は、血糖値や体重を制御する医薬品としての利用価値が高く、特許文献1に開示されているものをはじめとする従来のものとは異なる、より低分子量で、製造が容易な新たなα−グルコシダーゼ阻害剤を求める要望が多い。
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、新規なα−グルコシダーゼ阻害剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、
本発明は、N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量を25000Da以下とした分解物を有効成分とするα−グルコシダーゼ阻害剤を提供する。
また、本発明は、N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を含有する水溶液に、加圧及び加熱条件下、二酸化炭素ガスを作用させて、前記コンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量が25000Da以下である糖類を生じさせる工程を有する糖類の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、新規なα−グルコシダーゼ阻害剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1における原料のH−NMRによる解析結果を示す図である。
【図2】実施例1における原料の13C−NMRによる解析結果を示す図である。
【図3】実施例1における原料のDQF−COSYによる解析結果を示す図である。
【図4】実施例1における原料のTOCSYによる解析結果を示す図である。
【図5】実施例1における原料のHMQCによる解析結果を示す図である。
【図6】実施例1における原料のHMBCによる解析結果を示す図である。
【図7】実施例1における加水分解反応時の反応時間ごとの反応液のGPCによる解析結果を示す図である。
【図8】実施例1における原料と分解物1〜6のH−NMRによる解析結果を示す図であり、(a)は、NMRスペクトルの全体図を、(b)は3〜5ppmの拡大図をそれぞれ示す。
【図9】実施例1における分解物1〜6の質量平均分子量とα−グルコシダーゼの阻害率(%)との関係を示すグラフである。
【図10】実施例2における分解物6の濃度とα−グルコシダーゼの阻害率(%)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について、詳細に説明する。なお、本発明において、分子量の単位として示す「Da」は「ダルトン」を意味する。
【0012】
<α−グルコシダーゼ阻害剤>
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤は、N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量を25000Da以下とした分解物(以下、単に「分解物」と略記することがある)を有効成分とする。
【0013】
本発明において、「コンドロイチン硫酸A」とは、N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたAユニットを有する、下記式(1)で表される二糖を構成単位として含むものである。そして、「コンドロイチン硫酸C」とは、前記多糖類で、該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたCユニットを有する、下記式(2)で表される二糖を構成単位として含むものである。
そして、本発明における「コンドロイチン硫酸」とは、前記コンドロイチン硫酸A及びコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするものであり、その他の構成単位として、天然資源中に不可避的に存在する糖鎖や、ペプチド等を含んだものも使用できる。
【0014】
【化1】

【0015】
前記コンドロイチン硫酸は、軟骨、骨、軟骨腫、頸靭帯、角膜、血管壁、腱等の結合組織に広く存在しており、その由来する部位は特に限定されない。また、由来する動物もブタやサメをはじめ、種々のものが知られており、特に限定されないが、サメ由来であるものが好ましい。
【0016】
前記分解物は糖類であり、質量平均分子量が25000Da以下であり、575Da〜25000Daであることが好ましく、5700Da〜20000Daであることがより好ましい。コンドロイチン硫酸の分解物で、このような低分子量のものは、従来知られていない。
また、前記分解物は、数平均分子量が23000Da以下であることが好ましく、431Da〜23000Daであることがより好ましく、4300Da〜18000Daであることが特に好ましい。
【0017】
前記分解物は、薬学上許容される塩であっても良い。前記分解物は、例えば、カルボキシ基(−COOH)、硫酸基(−OSOH)、水酸基(−OH)等の水素イオン(H)が解離し得る基を有しており、このような塩を形成し得る基の少なくとも一つにおいて、解離した水素イオンがその他のカチオンに置換されて、塩を形成していても良い。なお、水素イオンが解離し得る基は、上記のものに限定されず、コンドロイチン硫酸の種類によっては、例えば、スルホン酸基(−SOH)、リン酸基(−O−P(=O)−(OH))等のその他の酸基も例示でき、塩の形成部位が、コンドロイチン硫酸A及びコンドロイチン硫酸C以外の構成単位にあっても良い。
【0018】
前記分解物の薬学上許容される塩としては、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、アルミニウム塩等が例示できる。塩の形成部位が複数である場合には、これら複数の塩はすべて同じでも良いし、一部が同じでも良く、すべて異なっていても良い。
【0019】
好ましい有効成分としては、前記分解物のうち、コンドロイチン硫酸のAユニットとCユニットとの比率(Aユニット:Cユニット)が、1.0:5.0〜1.0:100であるものが例示できる。なお、ここでの「比率」とは、前記分解物をH−NMRで解析した時の、Aユニットに由来するピークの積分値と、Cユニットに由来するピークの積分値との比率のことを指す。
【0020】
前記コンドロイチン硫酸を加水分解する方法は、質量平均分子量が25000Da以下である分解物が得られる限り、特に限定されない。
例えば、加水分解は、前記コンドロイチン硫酸を含有する水溶液に、加圧及び加熱条件下、二酸化炭素ガスを作用させて行う。
【0021】
加圧時の圧力は、0.2MPa以上であることが好ましく、0.2〜1.5MPaであることがより好ましく、0.2〜0.7MPaであることが特に好ましい。
加熱時の温度は、105℃以上であることが好ましく105〜150℃であることがより好ましく、105〜130℃であることが特に好ましい。
加熱時間は、加熱時の温度等、その他の条件を考慮して適宜設定すれば良いが、加熱時の温度が上記範囲内である場合には、3〜48時間であることが好ましく、8〜36時間であることがより好ましく、12〜28時間であることが特に好ましい。
【0022】
加水分解反応は、バッチ式及び連続式のいずれで行っても良い。
【0023】
前記分解物は、加水分解後の反応液から容易に取り出すことができる。
例えば、前記分解物の分離には、透析等の膜分離を適用するのが好適であり、前記分解物のうち、所望の分子量のものを分離できる膜を選択すれば良い。
また、適宜必要に応じて、ろ過、洗浄、抽出、pH調整、脱水、濃縮等の後処理を行っても良い。
そして、最終的に前記分解物は、例えば、結晶化、凍結乾燥、カラムクロマトグラフィー等の手段により取り出せば良い。さらに、必要に応じて、これら手段を繰り返すことで、精製を行っても良い。
【0024】
得られた前記分解物は、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、H−NMR等の解析により同定できる。
また、前記分解物の質量平均分子量は、例えば、HPLCで各分解物のピークを分離し、分子量測定用のソフトウェアを使用することで測定できる。
【0025】
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤の製剤形態は特に限定されず、目的に応じて錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、細粒剤、液剤(水薬等)等の経口剤;吸入剤、座剤、注射剤、貼付剤、スプレー剤、軟膏等の非経口剤等から適宜選択すれば良い。これら製剤形態のα−グルコシダーゼ阻害剤は、いずれも公知の方法で製造できる。
【0026】
α−グルコシダーゼ阻害剤を経口剤等の製剤形態とする場合には、これら製剤の製造で通常使用される各種添加剤を配合しても良い。前記添加剤としては、賦形剤、滑沢剤、可塑剤、界面活性剤、結合剤、崩壊剤、湿潤剤、安定剤、矯味剤、着色剤、香料等が例示できる。
前記添加剤は、一種を単独で使用しても良いし、二種以上を併用しても良い。二種以上を併用する場合には、その組み合わせ及び比率は、目的に応じて適宜選択すれば良い。
【0027】
前記賦形剤としては、乳糖、ブドウ糖、D−マンニトール、果糖、デキストリン、デンプン、食塩、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸ナトリウム、エチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、無水ケイ酸、カオリン等が例示できる。
【0028】
前記滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸、タルク、トウモロコシデンプン、マクロゴール等が例示できる。
【0029】
前記可塑剤としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリン類、トリアセチン、中鎖脂肪酸トリグリセリド、アセチルグリセリン脂肪酸エステル、クエン酸トリエチル等が例示できる。
【0030】
前記結合剤としては、ゼラチン、アラビアゴム、セルロースエステル、ポリビニルピロリドン、水飴、甘草エキス、トラガント、単シロップ等が例示できる。
前記崩壊剤としては、デンプン、カンテン、カルメロースカルシウム、カルメロース、結晶セルロース等が例示できる。
前記湿潤剤としては、アラビアゴム、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。
【0031】
前記矯味剤としては、白糖、ハチミツ、サッカリンナトリウム、ハッカ、ユーカリ油、ケイヒ油等が例示できる。
前記着色剤としては、酸化鉄、β−カロテン、クロロフィル、水溶性食用タール色素等が例示できる。
前記香料としては、レモン油、オレンジ油、dl−メントール、l−メントール等が例示できる。
【0032】
α−グルコシダーゼ阻害剤を吸入剤、注射剤、貼付剤、スプレー剤、軟膏等、非経口剤の製剤形態とする場合には、使用できる溶媒として、注射用蒸留水、無菌の非水性溶媒、懸濁剤等が例示できる。非水性溶媒又は懸濁剤の基剤としては、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、オリーブ油、コーン油、オレイン酸エチル等が好ましいものとして例示できる。
【0033】
さらに、α−グルコシダーゼ阻害剤を貼付剤等、非経口剤の製剤形態とする場合には、有効成分等の各成分と基剤との混合物を、布、紙、プラスチックフィルム等に薄く塗布すれば良い。
【0034】
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤には、本発明の効果を妨げない範囲内で、上記成分以外の薬学上許容される任意成分を、必要に応じて適宜配合しても良い。
前記任意成分としては、緩衝剤、防腐剤、抗酸化剤等が例示できる。
【0035】
α−グルコシダーゼ阻害剤の投与量は、患者の年齢、症状等により適宜調節することが好ましい。例えば、通常、成人一人一日あたり、前記分解物の投与量として、0.1〜50mg/人であることが好ましい。
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤は、所定量を一日に一回又は複数回に分けて投与される。
【0036】
α−グルコシダーゼ阻害剤に関し、特開2005−263688号公報には、コンドロイチン硫酸A、C、D及びEのうち、α−グルコシダーゼ阻害活性を有するのは、コンドロイチン硫酸Dのみであることが開示されている。
すなわち、本発明における前記コンドロイチン硫酸の加水分解物が、α−グルコシダーゼ阻害活性を有することは、上記の開示内容に照らして、全く意外なものであると言える。また、特開2005−263688号公報には、コンドロイチン硫酸Dがα−グルコシダーゼの活性を、最大で80〜90%程度阻害することが記載されている。これに対して、本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤は、95%程度の阻害率を示すものがあり、極めて阻害活性が高い。
【0037】
<糖類の製造方法>
本発明の糖類の製造方法は、N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を含有する水溶液に、加圧及び加熱条件下、二酸化炭素ガスを作用させて、前記コンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量が25000Da以下である糖類を生じさせる工程を有する。かかる製造方法によって得られる糖類は、特に質量平均分子量が25000Da以下であるものが、α−グルコシダーゼ阻害剤の有効成分として好適である。
【実施例】
【0038】
以下、具体的実施例により、本発明についてさらに詳しく説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
【0039】
以下に示す実施例で使用したコンドロイチン硫酸(ゼリア新薬工業株式会社、サメ由来)は、通常のH−NMR、13C−NMRによる解析に加え、DQF−COSY、TOCSY、HMQC、HMBCによる解析を組み合わせて行った結果、前記コンドロイチン硫酸A及びコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸であることを確認した。この時のコンドロイチン硫酸Aとコンドロイチン硫酸Cとの比率(Aユニット:Cユニット、H−NMRでの積分値の比率)は、1.0:9.9であった。H−NMRによる解析結果を図1に、13C−NMRによる解析結果を図2に、DQF−COSYによる解析結果を図3に、TOCSYによるによる解析結果を図4に、HMQCによる解析結果を図5に、HMBCによる解析結果を図6に、それぞれ示す。使用したNMR装置及び試薬は、以下の通りである。
(NMR装置及び試薬)
JEOL ECA500 NMR(日本電子データム社製)
マグネット:11.74T
ボア径:54/89mm
解析ソフトウェア:ALICE1D Version 4、Delta Version 4.3.6
NMRサンプル管:HIP−7(Milmad LabGrass社製)
内標準物質:ISOTECTM TSP−d 98ATOM%D
重溶媒:ISOTECTMO 99.9ATOM%D
【0040】
[実施例1]
<コンドロイチン硫酸の加水分解物の調製>
コンドロイチン硫酸(原料)5.00gと超純水500mLを反応容器に入れ、反応容器を開放系にした上で、二酸化炭素ガス(世田谷酸素商事社製)を注入し、30℃に昇温しながら20分間バブリングした。これにより、溶媒中に溶存している二酸化炭素の量を一定にした。
次いで、反応容器内を密閉し、二酸化炭素ガスで0.3MPaまで圧力を上げた。
次いで、昇温して、圧力を一定に保ちながら、表1に示すように所定温度で所定時間反応させた。
次いで、透析膜(Spectra/Por Biotech Celluose Ester(CE)Dialysis Membranes、MWCO:1000、直径29mm×45mm×5m、フナコシ社製)を使用して、反応後の反応液を、超純水を用いて24時間透析し、オリゴペプチドを反応液から除去した。この間、透析開始から3時間後及び6時間後に超純水を交換した。
次いで、透析後の反応液を凍結乾燥して、コンドロイチン硫酸の加水分解物(分解物1〜6)を得た。
【0041】
下記装置及び条件による高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を行い、分子量測定ソフトウエア(EZ CHROM、GL SCIENCE社製)を使用して、得られた分解物1〜6の分子量を測定した。測定結果を表1に示す。表1中、「Mw」は質量平均分子量を、「Mn」は数平均分子量を、「Mp」はピークトップ分子量を、「Mw/Mn」は分散度を、それぞれ示す。
【0042】
(HPLC装置及び条件)
Agilent 1100 Bin. Pump
Agilent 1100 Degasser
RI検出器:JASCO RI 2031 plus
カラム:SHODEX KS−804(排除限界:400000)、SHODEX KS−802(排除限界:10000)
サンプルループ:PHEOMYNE 500μLループ
溶離液:0.1mol/L NaCl−リン酸緩衝液
分子量計算ソフト:EZ CHROM(GL SCIENCE社製)
【0043】
「Chevolot,L.et al.,Carbohydrate Research 1999,319,154.」、「Boisson−Vidal,C et al.,Drug Development Research 2000,51,216.」に記載の方法に従って、下記装置及び試薬を使用して元素分析により、得られた分解物1〜6の硫酸化度(%)を測定した。
【0044】
(元素分析装置)
vario EL III(elementar社製、測定可能元素:C,H,N,S)
(試薬)
スズ箔ボート
MERCK KgaA Sulfanilic acid(standard for elemental analysis GR for analysis)
Elementar tungsten(VI)−oxide powder
(測定方法)
スズ箔(舟型)の空の重さを量り、そこに三酸化タングステンを質量比で分解物1〜6の1〜2倍量(約15mg〜30mg)量り取り、ゼロ点とした。硫酸化多糖類中にはアルカリ金属であるNaやKが含まれているが、三酸化タングステンを加えることにより、装置のカラムの破損が防止でき、また、正確な測定値が得られる。
次いで、10〜15mgの分解物1〜6を、このスズ箔に詰め、空気が入らないようにしながら直径5mm以下の大きさの錠剤型試料とした。なお、ここまでのすべての作業は、スズ箔に指紋を付着させないために、ゴム手袋を装着して行った。
次いで、前記錠剤型試料一つにつき、最低3回(n≧3)「S」について元素分析を行った。分析終了後、標準物質(スルファニル酸)による補正値をかけ、測定値S(%)とした。
次いで、得られた測定値Sから、下記式(I)に従って、分解物1〜6の硫酸化度(%)を平均値として算出した。測定結果を表1に示す。
硫酸化度(%)=測定値S/(32.07/103.06) ・・・・(I)
【0045】
【表1】

【0046】
図7に、反応時間の経過にしたがって、分解物の主たるピークが低分子量側へ移動していく様子を示す。図7は、加水分解反応時の反応液のGPCによる解析結果であり、横軸は保持時間を示し、保持時間が長い(横軸の数値が増加する)ほど、分解物の分子量が小さいことを示す。(a)はコンドロイチン硫酸(原料)を示し、以下、(b)、(c)、(d)、(e)、(f)、(g)の順に反応時間が長くなり、それに伴い、分子量が小さくなっていることを示す。
図7から明らかなように、コンドロイチン硫酸(原料)は、加水分解反応により低分子量化されていた。
【0047】
また、分解物1〜6は、いずれも分散度(Mw/Mn)が2以下であり、硫酸基(−SOH)がほとんど脱離していなかった。そして、H−NMRによる解析の結果、これら分解物以外の物質に由来すると考えられるシグナルは検出されなかった。H−NMRによる解析結果を図8示す。図8(a)は、NMRスペクトルの全体図を、(b)は3〜5ppmの拡大図をそれぞれ示す。
以上より、分解物1〜6は高純度且つ高品質であることが確認できた。
【0048】
<α−グルコシダーゼ阻害活性の測定>
得られたコンドロイチン硫酸の加水分解物(分解物1〜6)について、以下に示す手順でα−グルコシダーゼの阻害活性を測定した。測定に使用した各種水溶液の調製方法を以下に示す。
【0049】
(pH6.8(37℃)、67mMリン酸カリウム緩衝液)
水酸化ナトリウム(39155−1201、純正化学株式会社製)4.00gに純水100mLを加え、1.0mol/Lの水酸化ナトリウム溶液を調製した。500mLメスフラスコに、リン酸カリウム(Potassium Phosphate,Monobasic Anhydrous(SIGMA社製))4.55935gと純水500mLを加えて溶解し、これを褐色瓶に移した後、恒温槽中で37℃に保ちながら、上記の1.0mol/L水酸化ナトリウム溶液を加え、pHを6.8に調整した。
(グルタチオン水溶液)
100mLメスフラスコに、グルタチオン(Glutathione,Free Acid,Reduced Form(SIGMA社製))0.09219gと純水100mLを加え、溶解させて、グルタチオン水溶液を調製した。
(α−グルコシダーゼ水溶液)
100mLメスフラスコにα−グルコシダーゼ(α−Glucosidase from Saccharomyces cerevisiae(SIGMA社製))5.0mgと純水100mLを加え、溶解させて、α−グルコシダーゼ水溶液を調製した。
(p−ニトロフェニルα−Dグルコシダーゼ水溶液)
100mLメスフラスコにp−ニトロフェニルα−Dグルコシダーゼ(SIGMA社製)0.3012gと純水100mLを加え、溶解させて、p−ニトロフェニルα−Dグルコシダーゼ水溶液を調製した。
(炭酸ナトリウム水溶液)
500mLメスフラスコに、無水炭酸ナトリウム(Sodium Carbonate,Anhydrous(SIGMA社製))5.2995gと純水500mLを加え、溶解させて、炭酸ナトリウム水溶液を調製した。
【0050】
分解物1〜6を14.75mg秤量し、前記リン酸カリウム緩衝液2.5mLを加えて完全に溶解させた後、さらに前記グルタチオン水溶液0.100mLと前記α−グルコシダーゼ水溶液0.100mLとを加え、恒温槽にて37℃で10分間予備加熱を行った。
次いで、前記p−ニトロフェニルα−Dグルコシダーゼ水溶液0.250mLを加え、恒温槽にて37℃で20分間加熱した。この時の分解物1〜6の濃度は、それぞれ0.5質量/体積%である。
次いで、前記炭酸ナトリウム水溶液8.00 mLを加えて測定用試料(分解物1〜6を使用したものをそれぞれ試料3〜8とした)とし、波長400nmにおける吸光度を分光光度計で測定した。そして、吸光度の測定値から、下記式(II)に従って、α−グルコシダーゼの阻害活性(阻害率(%))を測定した。この時、同時に、分解物1〜6に代えてコンドロイチン硫酸(原料)を使用した試料(試料2)と、分解物1〜6を使用しなかった試料(ブランク、試料1)についても測定した。測定用試料は、一水準につき七つ準備してすべて測定に供し(n=7)、そのうち明らかな測定誤差があったものを除いて、酵素活性の平均値から阻害率(%)を算出した。測定結果を表2に示す。また、分解物の質量平均分子量と阻害率(%)との関係を示すグラフを図9に示す。
阻害率(%)=(通常測定時の吸光度−補正値)/(分解物を入れなかった場合の吸光度−補正値)×100 ・・・・(II)
なお、「通常測定時の吸光度」とは試料3〜8の吸光度を、「分解物を入れなかった場合の吸光度」とは試料2の吸光度を、「補正値」とはセル補正値をそれぞれ示す。
【0051】
【表2】

【0052】
[実施例2]
分解物6の濃度を、0.5質量/体積%に代えて、0.001質量/体積%(試料10)、0.005質量/体積%(試料11)、0.01質量/体積%(試料12)、0.05質量/体積%(試料13)、0.1質量/体積%(試料14)としたこと以外は、実施例1と同様に、α−グルコシダーゼの阻害活性を測定した。この時、同時に、分解物6を使用しなかった試料(ブランク、試料9)についても測定した。測定用試料は、一水準につき三つ準備してすべて測定に供し(n=3)、酵素活性の平均値から阻害率(%)を算出した。測定結果を表3に示す。また、分解物6の濃度と阻害率(%)との関係を示すグラフを図10に示す。
【0053】
【表3】

【0054】
さらに、分解物の濃度をy軸、阻害率(%)をx軸としてグラフにプロットし、この時の関係を近似して、数式「y=0.000112x−0.001218(ただし、20≦x≦55」を算出した。そして、この数式にx=50を代入して、阻害率50%の時の分解物の濃度0.0044質量/体積%を求めた。以上より、分解物6のIC50(阻害率を50%とするのに必要な量)は、0.0044mg/mLであった。これは、一般的なα−グルコシダーゼ阻害剤であるTrizma BaseのIC50(0.56mg/mL)よりも桁違いに小さく、約130倍の阻害作用を有することが確認できた。
【0055】
コンドロイチン硫酸の加水分解物は、質量平均分子量が25000Da以下、特に5700〜20000Daの範囲で、顕著に高い阻害活性を示した。
特開2005−263688号公報の図1には、コンドロイチン硫酸A(生化学工業社製試薬)及びコンドロイチン硫酸C(生化学工業社製試薬)が、α−グルコシダーゼ阻害活性を有していないことが開示されている。ここで、生化学工業社製試薬のコンドロイチン硫酸A及びコンドロイチン硫酸Cの分子量は、それぞれ25000〜50000、40000〜80000であるということが生化学工業社のカタログに開示されていることからすれば、コンドロイチン硫酸の加水分解物の質量平均分子量をいかに選択するかによって、α−グルコシダーゼ阻害活性が左右されることが分かる。
したがって、本発明におけるコンドロイチン硫酸の加水分解物のα−グルコシダーゼ阻害活性は、コンドロイチン硫酸を加水分解により低分子量化することによって初めて得られたものであり、その効果は極めて顕著なものである。また、低分子量化するにあたっての安定的な製造方法は、α−グルコシダーゼ阻害剤の製造において重要である。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、糖尿病治療薬や抗肥満薬等の、α−グルコシダーゼ阻害作用を有する各種医薬品として利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量を25000Da以下とした分解物を有効成分とするα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項2】
N−アセチル−D−ガラクトサミンとD−グルクロン酸とからなる多糖類で、該ガラクトサミンの4位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸A、及び該ガラクトサミンの6位の炭素原子が硫酸エステル化されたコンドロイチン硫酸Cを主たる構成単位とするコンドロイチン硫酸を含有する水溶液に、加圧及び加熱条件下、二酸化炭素ガスを作用させて、前記コンドロイチン硫酸を加水分解し、質量平均分子量が25000Da以下である糖類を生じさせる工程を有する糖類の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−12430(P2012−12430A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−147574(P2010−147574)
【出願日】平成22年6月29日(2010.6.29)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【Fターム(参考)】