説明

γ−アミノ酪酸の効率的生産方法

【課題】高濃度のグルタミン酸或いはグルタミン酸塩の溶液及び懸濁液に適当量の小麦胚芽とピリドキサルリン酸を添加して反応させ、前期溶液、懸濁液中のグルタミン酸と小麦胚芽中のグルタミン酸から小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の酵素作用により、短時間に効率的にγ−アミノ酪酸を生産する。
【解決手段】高濃度のグルタミン酸或いはグルタミン酸塩の溶液及び懸濁液に適当量の市販小麦胚芽とピリドキサルリン酸を添加し、小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の至適反応条件で反応を行うことによって、従来のγ−アミノ酪酸の生産方法に比べ画期的に短時間で効率的に高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を調製できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ−アミノ酪酸の効率的生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病とも呼ばれる高血圧症は、現在通院患者原因の第1位を占めており、心疾患の基礎疾患として医療上大きな問題になっている。また、高血圧患者は高齢化社会の進行とともに益々増加する傾向にあり、予備軍を含めると現在でも1/3の日本人が高血圧患者であると言われている。医療費の急激な膨張が問題になっている現在、疾病治療に加え、病気にならない予防法の確立が益々重要性になってきている。こうした状況下、食品のもつ生体調節機能に着目し、これを疾病の治療や予防に利用しようとする動きが積極的に行われている。高血圧症もその重要なターゲットの一つになっている。
【0003】
γ−アミノ酪酸は神経伝達物質作用を示す非タンパク質性のアミノ酸であり、生体内ではグルタミン酸脱炭酸酵素によってグルタミン酸から生合成される。このγ−アミノ酪酸には血圧降下作用(非特許文献1、非特許文献2)、精神の安定化作用(非特許文献3、非特許文献4)、成長ホルモン分泌促進作用(非特許文献5、非特許文献6)等の生理作用があることが判っている。特に、血圧降下作用については、必要量以上摂取しても正常血圧以下になることはなく、安全性の面でも非常に優れた機能性成分と考えられている。そのため、既にこの特性を生かした製品も「ギャバロン茶」、「乳酸菌発酵飲料」等が上市されている。
【0004】
このγ−アミノ酪酸の機能性を食品に応用した例は「ギャバロン茶」「乳酸菌発酵飲料」以外にも多くの例がある。例えば、米胚芽の水浸漬によるγ−アミノ酪酸の蓄積・生産(特許文献1)、植物由来グルタミン酸脱炭酸酵素によるγ−アミノ酪酸の生産(特許文献2)、乳酸菌によるγ−アミノ酪酸の生産(特許文献3)若しくは麹菌によるγ−アミノ酪酸の生産(特許文献4)などである。また、上記の開示された特許のγ−アミノ酪酸の生産性を改善し、多量の米胚芽を用いたγ−アミノ酪酸の生成法として、γ−アミノ酪酸の生成法(特許文献5)が開示される。
【0005】
しかしながら、上記特許においては、広範な食品に利用可能な非常に安価なγ−アミノ酪酸を多量に安定的に製造するという目的からするとその生成、生産法として、(1)生産工程が複雑或いは生産にまだ時間かかるため、生産性が十分でなく微生物の繁殖による反応液の変色、腐敗等の問題がある。(2)得られるγ−アミノ酪酸の濃度が比較的低濃度であるためγ−アミノ酪酸を十分低コストで生産することができない。(3)γ−アミノ酪酸の生産に利用する各種素材の風味がγ−アミノ酪酸溶液に残り、γ−アミノ酪酸溶液の幅広い食品への応用が困難である。等の欠点がありいずれも十分なものとは言えない。
【0006】
また、上記方法の内、特許文献6に開示された技術においては、γ−アミノ酪酸を米胚芽等のグルタミン酸脱炭酸酵素を用い添加グルタミン酸及び米胚芽等に含まれるグルタミン酸からγ−アミノ酪酸を効率良く生産する方法が開示されているが、実施例を見る限り、(1)最大でも得られたγ−アミノ酪酸溶液の濃度は反応時間6時間で36g/l程度であり、十分な高濃度のγ−アミノ酪酸溶液が生産できているとは言えない。(2)反応時間が6時間と長く反応温度が高いため微生物汚染のリスクが高い。(3)米胚芽等を用いた場合米胚芽や米糠特有の風味が反応終了溶液に残るため、広範な食品への利用が困難である。等の欠点があり、より安価で広範な食品への利用可能なγ−アミノ酪酸溶液の生産法が求められていた。
【特許文献1】特開平7−213252号
【特許文献2】特公平7−12296号
【特許文献3】特開平7−227245号
【特許文献4】特開平10−165191号
【特許文献5】特開2000−201651
【特許文献6】特許第3299726号
【非特許文献1】松原大ら:薬理と治療,30,963(2002)
【非特許文献2】梶本修身ら:薬理と治療,32,929(2004)
【非特許文献3】園田久泰ら:FOOD Style, 215,92 (2001)
【非特許文献4】堀江健二ら:FOOD Style, 217, 64 (2003)
【非特許文献5】Cavagnini et al.:Acta Endocrinologica, 93, 149 (1980)
【非特許文献6】Cavagnini et al.:Jour-nal of Clinical Endocrinology, 51, 789 (1980)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたもので、γ−アミノ酪酸の血圧上昇抑制作用等の各種生理機能を幅広い食品に応用するため、大量の高品質のγ−アミノ酪酸溶液を短時間に効率よくより高濃度、安価、簡便に製造することができる実用性に秀れた技術を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記問題について鋭意研究を行った結果、グルタミン酸或いはグルタミン酸塩を含む溶液及び懸濁液に適当量の小麦胚芽とピリドキサルリン酸を添加して反応させ、至適温度、pHで前期溶液中のグルタミン酸と小麦胚芽中のグルタミン酸を小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の酵素作用によりγ−アミノ酪酸に変換し、高濃度のγ−アミノ酪酸を簡便、安価、効率的に生産する方法を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、
1.グルタミン酸或いはグルタミン酸塩を含む溶液及び懸濁液に小麦胚芽とピリドキサルリン酸を添加して反応させ、前期溶液中のグルタミン酸と小麦胚芽中のグルタミン酸を小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の酵素作用によりγ−アミノ酪酸とすることを特徴とするγ−アミノ酪酸の効率的生産方法、
2.γ−アミノ酪酸の生産のための反応時間が4時間以内であり、且つ、反応終了時のグルタミン酸からのγ−アミノ酪酸の生成収率が95%以上である請求項1記載のγ−アミノ酪酸の効率的生産方法、
3.γ−アミノ酪酸の生産に使用する小麦胚芽が製粉メーカーで小麦のコマーシャルミル製粉時に生産される市販小麦胚芽である請求項1又は2記載のγ−アミノ酪酸の効率的生産方法、
4.γ−アミノ酪酸の生産に使用する小麦胚芽添加前のグルタミン酸溶液及び懸濁液のグルタミン酸濃度が50g/l以上である請求項1、2及び3のいずれか一項記載のγ−アミノ酪酸の効率的生産方法、
に関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、高濃度のグルタミン酸若しくはグルタミン酸の塩(グルタミン酸ナトリウム等)を含む溶液に一定量以上のグルタミン酸脱炭酸酵素を含む小麦胚芽及びピリドキサルリン酸を添加して至適温度、pHで反応させ、該添加溶液中のグルタミン酸と小麦胚芽中のグルタミン酸とを、小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の酵素作用により短時間、効率的にγ−アミノ酪酸に変換し、安定的に安価に高濃度γ−アミノ酪酸溶液を調製する方法を提供するものである。
【0011】
本発明によるγ−アミノ酪酸溶液の調製法は、非常に反応効率が良いため適切な条件を選択することによって、4時間以内の反応時間内に反応終了時のグルタミン酸からのγ−アミノ酪酸の生成収率が95%以上で高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を調製することが容易に達成できる。γ−アミノ酪酸の生成収率を高めることは、γ−アミノ酪酸溶液をクルードな溶液として食品等に使用する場合特に重要である。その理由は、残存グルタミン酸が溶液中に多い場合、添加した食品の風味に影響するだけでなく、グルタミン酸がγ−アミノ酪酸とは逆の興奮性の神経伝達物質(野口ら:FOOD Style 21, 10(5), 1 (2006))で、溶液中のγ−アミノ酪酸の精神安定化効果を阻害する可能性があるからである。
【0012】
グルタミン酸脱炭酸酵素源としては小麦胚芽を使用するが、小麦胚芽の小麦の品種、銘柄には特に限定は無くいずれの品種、銘柄の小麦胚芽も使用することができる。また、好ましくは製粉メーカーのコマーシャルミルにおける小麦の製粉過程で生成する市販小麦胚芽がより好ましい。その理由は、市販小麦胚芽のグルタミン酸脱炭酸酵素の活性が非常に高く、活性値がロット内で安定しているからである。更に、小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素は抽出或いは精製し、これを懸濁・溶解または固定化したものを用いることも可能である。
【0013】
反応溶液中のグルタミン酸或いはグルタミン酸の塩の量は、γ−アミノ酪酸の希望生産量や触媒源となる小麦胚芽の使用量に基づいて決定すればよいが、より生産性を高めるためには好ましくは小麦胚芽添加前の反応液のグルタミン酸としての濃度を50g/l以上に設定することが好ましく、反応の至適温度40℃、至適pH5.7でグルタミン酸或いはグルタミン酸の塩が完全に溶解しない量添加して多量のγ−アミノ酪酸を生産することも可能である。γ−アミノ酪酸の溶解度は非常に高いため、反応の初期に溶解しない量の多量のグルタミン酸或いはグルタミン酸の塩を添加しても本願発明の方法によれば、反応の進行と共に溶解していなかったグルタミン酸或いはグルタミン酸の塩が溶解し、高濃度のγ−アミノ酪酸溶液の生産を短時間に行うことができる。
【0014】
添加するピリドキサルリン酸の量は生産したいγ−アミノ酪酸の量や希望とする基質転換率(反応開始時に反応液に存在するグルタミン酸量のうち、γ−アミノ酪酸に転換されたものの量比)に基づいて決定すればよいが、好ましくは反応液中のグルタミン酸量(グルタミン酸塩はクルタミン酸として換算)とピリドキサルリン酸の重量比が、20(グルタミン酸量):1(ピリドキサルリン酸量)〜5000(グルタミン酸量):1(ピリドキサルリン酸量)になるようにするのが好ましく、更に好ましくは、20(グルタミン酸量):1(ピリドキサルリン酸量)〜1000(グルタミン酸量):1(ピリドキサルリン酸量)になるようにするのがより良好である。ピリドキサルリン酸は精製或いは抽出標品が利用可能である。また、ピリドキサルリン酸はビタミンB6の活性成分の1つとして広範な生物材料に含まれるので、これらをピリドキサルリン酸源として利用することもできる。また、ピリドキサルリン酸はピリドキサルをリン酸化することでも合成できるので、ピリドキサルからの合成系を併用してもよい。
【0015】
反応条件は、pHは4.0〜7.0、好ましくは5.2〜6.0とすると良い。反応温度は30〜50℃、好ましくは35〜45℃とすると良い。この反応条件を外れるとγ−アミノ酪酸の生成速度が極端に遅くなったり、グルタミン酸脱炭酸酵素が失活して反応が停止したりする弊害がある。pH調整に用いる酸は無機酸と有機酸のいずれも使用可能であるが、反応速度を高めるためには、無機酸の塩酸、硫酸、硝酸等を用いるのが好ましく、pH調整用アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等が用いられる。当然、これらのpH調整用の酸、アルカリはこれらに限定されるものではない。
【0016】
上記したように本願発明のγ−アミノ酪酸溶液の生産方法は非常に簡便で効率が良いため、4時間以内の反応時間で40g/l以上の高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を多量に容易に調製することが可能である。また、反応効率が非常に高いため、風味に影響しγ−アミノ酪酸とは逆の生理作用を示すグルタミン酸の残存量を非常に低くすることが可能である。更に、生産に使用する材料は小麦胚芽、アミノ酸であるグルタミン酸やその塩、ビタミンB6の活性成分であるピリドキサルリン酸、pH調整用の酸やアルカリであり、いずれの成分も食品に用いた場合に有害作用を及ぼすものでないため、反応液そのもの、反応液からの懸濁物除去、脱色、必要に応じて脱塩等の簡単な調製操作を行うのみで食品素材等として供給することができる。
【0017】
また、高度な精製標品が必要な場合は、イオン交換クロマトグラフィーなどの常法を用いることでγ−アミノ酪酸の簡易精製が可能である。得られた標品は高純度のγ−アミノ酪酸を含むため、少量の標品を摂取、或いは食品中に混合するだけでγ−アミノ酪酸の血圧上昇抑制作用等の生理機能が期待できる。このように、本実施例によって生産したγ−アミノ酪酸液は食品素材及び栄養強化食品としても有効であると考えられる。
【実施例】
【0018】
次に、以下に示す実施例(比較例を含む)に基づいて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0019】
[実施例1]
キタノカオリの製粉過程で得られた市販小麦胚芽(江別製粉製)(以下市販小麦胚芽)、キタノカオリのビューラー製粉時に得られコブスマより特開平8−280384の方法により調製した小麦胚芽及び米糠(市販品)それぞれ250gを、1lのグルタミン酸60g、ピリドキサルリン酸300mgを含有する溶液1lに添加し、40℃、pH5.7±0.1で4時間反応を行った。ピリドキサルリン酸は1時間毎に300mg追加添加した。pHはpHコントローラーを用いて主に塩酸を適時添加することによって制御した。4時間後に70%になるようにエタノールを反応液に添加し反応を停止させた。反応溶液上清中のグルタミン酸とγ−アミノ酪酸の濃度は、ο−フタルアルデヒドで蛍光標識した後HPLCで分析することにより定量し、表1の結果を得た。
【0020】
【表1】

【0021】
表1より、グルタミン酸脱炭酸酵素源の酵素活性は市販小麦胚芽が最も高く、コブスマから調製した小麦胚芽が市販小麦胚芽の90.8%、市販米糠の活性が63.2%であった。なお、酵素活性は実施例4と同様の方法で測定した。反応に市販小麦胚芽を用いた場合γ−アミノ酪酸の生成収率は試験例2、比較例1に比べ非常に高く、ほぼ100%の収率でグルタミン酸からγ−アミノ酪酸が生成し、その濃度は約45g/lと非常に高濃度であった。また、小麦胚芽を用いた場合米糠に比べ反応終了時の反応液の色、風味が非常に良好であった。
【0022】
以上の結果から、γ−アミノ酪酸の生産のためのグルタミン酸脱炭酸酵素源としては市販小麦胚芽が最適であり、適当量の市販小麦胚芽を用いることにより、上記の至適反応条件で4時間γ−アミノ酪酸の生成反応を行うことによって、高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を簡易に生産できることが判る。
【0023】
[実施例2]
キタノカオリの製粉過程で得られた市販小麦胚芽(江別製粉製)250gを、グルタミン酸60g、種々の量のピリドキサルリン酸を含有する溶液1lに添加し、40℃、pH5.7±0.1で4時間反応を行った。ピリドキサルリン酸は4回に分けて1時間毎に追添加した。pHはpHコントローラーを用いて主に塩酸を適時添加することによって制御した。反応液の反応停止とグルタミン酸及びγ−アミノ酪酸の定量は実施例1と同様行い、表2の結果を得た。
【0024】
【表2】

【0025】
表2より、γ−アミノ酪酸の生成量はピリドキサルリン酸濃度に依存することが判明した。生成γ−アミノ酪酸量はピリドキサルリン酸無添加では、7.7g/lと非常に少ないのに対し、ピリドキサルリン酸添加によりその生成量は飛躍的に向上し、100mg/l以上添加することによって、97%以上の収率でグルタミン酸からγ−アミノ酪酸が生成し、その濃度は約45g/lと非常に高濃度であった。
【0026】
以上の結果から、適当量のピリドキサルリン酸を用い、上記の至適反応条件で4時間γ−アミノ酪酸の生成反応を行うことによって、高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を簡易に生産できることが判る。
【0027】
[実施例3]
市販小麦胚芽250gを、種々の濃度のグルタミン酸とピリドキサルリン酸100mgを含有する溶液1lに添加し、40℃、pH5.7±0.1で4時間反応を行った。ピリドキサルリン酸は100mgを4回に分けて1時間毎に添加した。pHはpHコントローラーを用いて主に塩酸を適時添加することによって制御した。反応液の反応停止とグルタミン酸とγ−アミノ酪酸の定量は実施例1と同様行い、表3の結果を得た。
【0028】
【表3】

【0029】
表3より、γ−アミノ酪酸の転換収率はいずれの試験例でも95%以上であり、生成γ−アミノ酪酸量は添加したグルタミン酸量に比例して増加することが判る。
【0030】
以上の結果から、適当量のピリドキサルリン酸を用い、上記の至適反応条件で4時間γ−アミノ酪酸の生成反応を行うことによって、非常に高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を簡易、短時間に95%以上の高収率で生産できることが判る。特に、試験例9の100g/lのグルタミン酸溶液を用いた場合には、4時間の反応で66g/l以上のγ−アミノ酪酸の高濃度溶液が得られた。この結果から、本発明の技術を用い、高濃度のグルタミン酸溶液、懸濁液を用いることにより、小さいスケールで多量のγ−アミノ酪酸を安価に簡易に製造できることが明らかになった。
【0031】
[実施例4]
0.3Mのグルタミン酸と0.5mgのピリドキサルリン酸を含む種々のpHの1Mリン酸バッファー溶液5mlに市販小麦胚芽10gより10倍量の蒸留水で抽出したグルタミン酸脱炭酸酵素粗酵素0.1mlを添加し、40℃で適当な時間反応させた。反応を停止させた後、反応液のγ−アミノ酪酸の濃度を実施例1と同様に定量し、種々のpH溶液中でのグルタミン酸脱炭酸酵素粗酵素の活性を測定し、表4の結果を得た。
【0032】
【表4】

【0033】
表4より、小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の至適pHはpH5.2〜6.0の間にあり、特に5.6〜5.8の間で高い活性を示した。
【0034】
以上の結果から、なるべく少ない小麦胚芽を用い効率的に短時間で多量のγ−アミノ酪酸を得るためには、pH5.6〜5.8の範囲でγ−アミノ酪酸の生成反応を行うのが最適であることが明らかになった。
【0035】
[実施例5]
0.3Mのグルタミン酸と0.5mgのピリドキサルリン酸を含むpH5.5の1Mリン酸バッファー溶液5mlに市販小麦胚芽10gより10倍量の蒸留水で抽出したグルタミン酸脱炭酸酵素粗酵素0.1mlを添加し、表5に示す種々の温度で1時間反応を行い、反応を停止させた後、反応液のγ−アミノ酪酸の濃度を実施例1と同様に定量し、種々の温度でのグルタミン酸脱炭酸酵素粗酵素の活性を測定し、表5の結果を得た。
【0036】
【表5】

【0037】
表5より、小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の至適温度は40℃前後にあり、特に40℃の時高い活性を示した。
【0038】
以上の結果から、なるべく少ない小麦胚芽を用い効率的に短時間で多量のγ−アミノ酪酸を得るためには、40℃前後でγ−アミノ酪酸の生成反応を行うのが最適であることが明らかになった。
【0039】
[実施例6]
市販小麦胚芽250gを、グルタミン酸60g、ピリドキサルリン酸100mgを含有する溶液に添加し、40℃、pH5.7±0.1で8時間目まで反応を行った。ピリドキサルリン酸は100mgを1時間毎に追添加した。pHはpHコントローラーを用いて主に塩酸を適時添加することによって制御した。反応液は1時間毎にサンプリングし、反応液の反応停止とグルタミン酸とγ−アミノ酪酸の定量を実施例1と同様に行い、表6の結果を得た。
【0040】
【表6】

【0041】
表6より、γ−アミノ酪酸の転換収率は反応3時間で95%以上と非常に高くなり、3時間以降ではほぼ100%で約45g/lのγ−アミノ酪酸が得られた。しかし、反応7時間以上になると反応液の酸化、雑菌の増殖等による反応液の色、風味の劣化が起こった。
【0042】
以上の結果から、食品等に安全、好適に利用できる品質良好なγ−アミノ酪酸溶液を本発明の方法により調製するためには、上記の至適反応条件下で4時間以内に反応が終了するような条件でγ−アミノ酪酸の生成反応を行うことが重要であることが判る。
【0043】
〔発明の効果〕
本願発明によれば、小麦の製粉過程で安定的に排出され安価に入手が可能である小麦胚芽をグルタミン酸脱炭酸酵素源とし、このグルタミン酸脱炭酸酵素により高濃度のグルタミン酸と適当量のピリドキサルリン酸を含有する溶液中で適当な反応条件でγ−アミノ酪酸の生成反応を行うことにより、大量の高濃度γ−アミノ酪酸溶液を簡便、短時間に生産することが可能になる。
【0044】
具体的には、本願発明の方法を用いることによって、40g/l以上の高濃度γ−アミノ酪酸溶液を4時間以内の短時間の反応時間で簡便に生産することが可能になり、生成収率(グルタミン酸からのγ−アミノ酪酸の生成収率)も95%以上で、風味に影響しγ−アミノ酪酸と逆の生理作用を示すグルタミン酸の残存量の非常に少ないγ−アミノ酪酸溶液を調製することができる。
【0045】
このように本願発明の技術により、従来のγ−アミノ酪酸の生産方法に比べ飛躍的に高収率で、簡便、効率的に高濃度のγ−アミノ酪酸溶液を生産することが可能になる。これにより、大量のγ−アミノ酪酸を安全、安価、容易に製造することができ、需要の莫大なγ−アミノ酪酸の安価での安定的供給に多大な寄与が期待できる。
【0046】
更に、安価に安定的に供給されるγ−アミノ酪酸を用いて種々の食品素材や栄養機能食品等を安価に簡便かつ効率的に製造することができ、γ−アミノ酪酸の生理機能を利用した食品の安価、安定供給にも大きな寄与が期待できる。
【0047】
また、小麦胚芽は製粉過程の副産物として大量に生じており、その処分に苦慮している面があるが、本願発明により、小麦胚芽の有効利用技術が確立されるため、これまで十分に利用されていなかった小麦胚芽の利用にも多大な貢献が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタミン酸或いはグルタミン酸塩を含む溶液或いは懸濁液に小麦胚芽とピリドキサルリン酸を添加して反応させ、前期溶液中のグルタミン酸と小麦胚芽中のグルタミン酸を小麦胚芽中のグルタミン酸脱炭酸酵素の酵素作用によりγ−アミノ酪酸とすることを特徴とするγ−アミノ酪酸の効率的生産方法。
【請求項2】
γ−アミノ酪酸の生産のための反応時間が4時間以内であり、且つ、反応終了時のグルタミン酸からのγ−アミノ酪酸の生成収率が95%以上である請求項1記載のγ−アミノ酪酸の効率的生産方法。
【請求項3】
γ−アミノ酪酸の生産に使用する小麦胚芽が製粉メーカーで小麦のコマーシャルミル製粉時に生産される市販小麦胚芽である請求項1又は2記載のγ−アミノ酪酸の効率的生産方法。
【請求項4】
γ−アミノ酪酸の生産に使用するグルタミン酸溶液及び懸濁液のグルタミン酸濃度が50g/l以上である請求項1、2及び3のいずれか一項記載のγ−アミノ酪酸の効率的生産方法。

【公開番号】特開2009−11228(P2009−11228A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−176419(P2007−176419)
【出願日】平成19年7月4日(2007.7.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国の委託に係る研究の成果に係る特許出願(平成18年度文部科学省委託研究(再委託)(都市エリア産学官連携促進事業)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】