説明

π共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法

【解決課題】 従来よりも微細な金属又は金属酸化物微粒子が分散したπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターを低コストで製造することができる方法を提供すること。
【解決手段】 本発明は、π共役系分子化合物中に金属又は金属酸化物微粒子が分散するπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法において、溶媒に金属塩とπ共役系分子化合物とを混合し、これに還元剤である水素化ホウ素ナトリウムを添加することを特徴とするπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法である。本発明は、π共役系分子化合物として、ポリアニリン類(ポリアニリン、ポリオルトトルイジン、アニリンの3〜8重合体のいずれかよりなるオリゴアニリン又はその誘導体)、ポリピロール類、ポリチオフェン類を有するものの製造に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子化合物−金属ナノクラスターの1種である、π共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法に関する。特に、従来より微細な金属又は金属酸化物粒子が高分散したものを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、導電性センサー等の電極や、燃料電池触媒、クラッキング触媒等の分野において、高分子化合物中に金属又は金属酸化物微粒子が分散した高分子−金属ナノクラスターが使用されつつある。これらの用途に対しては、導電性高分子を適用するものが好ましいとされており、その例としてπ共役系分子化合物であるポリアニリンを金属ナノクラスターが知られている。
【0003】
π共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法としては、いくつかの報告例がある。例えば、特許文献1では、次式で示される金属錯体と所定の重合度を有するポリアニリン類等の化合物とを混合し、これを水素還元することにより、錯体中の金属イオンを金属粒子に還元しつつ、同時に金属粒子を高分子に担持させるものである。
【特許文献1】特開2004−87427号広報
【0004】
【化1】

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記方法によれば、金属粒子を担持する高分子の重合度を維持しつつ高分子−金属ナノクラスターが製造可能であり、また、金属微粒子の粒径も50nm以下のものが得られる。
【0006】
しかしながら、上記従来法では金属粒子の原料として式1で示される特定の錯体を用いるため、かかる特殊な錯体合成のための工程が別途必要となる。また、この金属錯体の配位子は、トリフェニルシロキソ基(OSiPh)等を有するが、その合成のための試薬が高価であるため、錯体の合成自体にもコストがかかる。更に、上記従来法では、錯体の還元に水素を要するが、水素の取扱いのための反応装置、設備が必要となる。これらの要因から、従来法により高分子−金属ナノクラスターを工業的に行なうことは製品コストに大きな影響を及ぼすと考えられる。
【0007】
また、高分子−金属粒子クラスターを触媒等の分野で適用する場合、その金属粒子径はできるだけ微細なものが好ましい。この点、上記従来法では、製造されるクラスターの粒径は50nm以下とされるが、より微細な金属微粒子を確実に得られることが好ましい。
【0008】
そこで、本発明は、π共役系分子化合物中に金属又は金属酸化物微粒子が分散するπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法であって、低コストで実施可能であり、かつ、数nm(10nm以下)の従来よりも微細な金属又は金属酸化物微粒子が分散したものを製造することのできる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した従来法において、π共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造コストが上昇するのは、原料となる金属錯体の製造コストが高いこと、及び、還元剤である水素の取扱いにコストを要することによるものである。そこで、本発明者等は、上記課題を解決する方向性として、原料及び還元剤の見直しを行い、鋭意検討を行った。そして、その結果、通常得られる金属塩を原料とし、還元剤として水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)を適用することでπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造が可能であり、更に、粒径数nmの微細な金属又は金属酸化物粒子が分散したものが製造可能であることを見出し、本発明に想到した。
【0010】
即ち、本発明は、π共役系分子化合物中に金属又は金属酸化物微粒子が分散するπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法において、溶媒に金属塩とπ共役系分子化合物とを混合し、これに還元剤である水素化ホウ素ナトリウムを添加することを特徴とするπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法である。
【0011】
金属塩とは、金属イオンと、ハロゲン、カルボン酸等とがイオン結合により形成されている化合物の意義である。その具体例は後述するが、従来技術のような複雑な配位子を有する金属錯体とは異なり、容易に合成可能なものである。そして、還元剤である水素化ホウ素ナトリウムも、入手が容易で比較的安価な化合物であり、また、常温で液体であり水素のような爆発のおそれもなく取扱いに特別な装置、設備を要しない。従って、これらを使用する本発明によれば、π共役系分子化合物−金属ナノクラスターを低コストで製造することができる。また、本発明によれば、数nmの真にナノオーダーの金属又は金属酸化物粒子が分散したクラスターを形成することができる。
【0012】
以下、本発明につきより詳細に説明する。本発明では、まず、金属塩とπ共役系分子化合物を溶媒に混合する。本発明により製造可能なクラスターの粒子を構成する金属種は、特に限定されるものではないが、白金、パラジウム、金、銀、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、鉄、チタン、バナジウム、イットリウム、マンガン、カドミウム、ビスマス、コバルト、亜鉛、レニウム、クロム、モリブデン、タングステン、又は、これらの酸化物からなる微粒子の形成に好適である。特に、触媒等の用途において、好適な金属として、白金、パラジウム、金、銀、イリジウム、ロジウム、ルテニウム等の貴金属クラスターが使用されており、本発明はこれら貴金属クラスターの製造に好適である。
【0013】
そして、金属塩の種類は、塩化物、臭化物、ヨウ化物、フッ化物、カルボン酸塩、スルホン酸塩等があり、パラジウムを例に取ると、塩化パラジウム、酢酸パラジウム、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム、ビス(トリフェニルホスフィン)酢酸パラジウム、ビス(トリフェニルホスフィン)塩化パラジウム、ジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウム、ジクロロ(1,2ビス(ジフェニルホスフィン)エタン)パラジウム、ジクロロ(トリシクロヘキシルホスフィン)パラジウム、ジクロロビス(アセトニトリル)パラジウム、パラジウム2,4−ペンタンジオナート、パラジウムヘキサフルオロペンタンジオナート、アリルパラジウムクロリドダイマー、ジクロロ(1,5シクロオクタジエン)パラジウムが金属塩として適用できる。
【0014】
溶媒は、金属塩とπ共役系分子化合物を共に溶解可能なものであれば特に限定はないが、テトラヒドロフラン、N−メチルピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドが好ましい。これらの溶媒は、金属塩とπ共役系分子化合物の双方をよく溶解させることができるからである。
【0015】
本発明では、予め目的とする重合度で重合されたπ共役系分子化合物を溶媒に混合する。ここで、π共役系分子化合物は公知の方法で製造することができる。本発明の適用が効果的なπ共役系分子化合物は、ポリアニリン類、ポリピロール類(ポリピロール)、ポリチオフェン類(ポリチオフェン)である。また、ポリアニリン類については、ポリアニリン、ポリオルトトルイジン、アニリンの3〜8重合体のいずれかよりなるオリゴアニリン又はその誘導体に好適である
【0016】
金属塩とπ共役系分子化合物との混合比は、ポリアニリン中のアニリンユニットが金属塩1当量に対し20〜60当量となるようにするのが好ましく、40当量が特に好ましい。ここで、両者の混合の順序については特に制限はない、溶媒に金属塩とπ共役系分子化合物を同時に混合してもよいし、いずれかを先に混合しても良い。また、別々の溶媒にそれぞれ金属塩とπ共役系分子化合物を溶解させた後、両溶液を混合しても良い。混合時の温度は、特に限定はなく、室温でも良い。
【0017】
次に、金属塩とπ共役系分子化合物とを混合した溶液に、還元剤として水素化ホウ素ナトリウムを添加して還元反応を生じさせる。水素化ホウ素ナトリウムは、前記溶液と同じ溶媒に溶解させた溶液状態で添加するのが好ましい。水素化ホウ素ナトリウムの添加量は、金属塩に対して5〜30当量とするのが好ましく、10当量が特に好ましい。金属イオンの還元を迅速に進行させるためである。そして、還元反応時の温度は、−10〜10℃、好ましくは0℃付近とするのが好ましい。粒子の凝集を抑制するためである。また、反応時間は0.5〜2時間、好ましくは1時間程度とするのが好ましい。尚、還元反応時には溶液を攪拌するのが好ましい。
【0018】
上記還元剤の添加により、溶液中の金属イオンは還元されクラスター化するのと同時にπ共役系分子化合物に担持される。反応後の溶液の状態であっても、触媒等への使用は可能であるが、好ましいのは、反応後生成した高分子−金属クラスターを回収、洗浄することである。クラスターの回収は、反応後の溶液の溶媒を留去させた後、ろ過、水洗浄を行なうことにより清浄なクラスターを得ることができる。
【0019】
以上のようにして製造したπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターは、再度適宜の溶媒に分散させることで、触媒等の原料として使用することができる。また、そのまま基板等に塗布することも可能である。また、塗布後、焼成して使用することも可能である。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明によれば、数nmの金属又は金属酸化物微粒子が分散したπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターを低コストで製造することができる。本発明により製造されるクラスターは、電極、触媒用の原材料の他、ペースト、インク、ガラス着色剤等種々の用途に応用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。
【0022】
実施例1:ポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子
酢酸パラジウム14.7mgをエタノール50mLにアルゴン雰囲気下で溶解させた。一方、ポリオルトトルイジン276.4mgをテトラヒドロフラン50mLに、水素化ホウ素ナトリウム24.9mgをエタノール10mLに、それぞれアルゴン雰囲気下で溶解させた。
【0023】
次に、氷浴で0℃に冷却された上記酢酸パラジウム溶液を攪拌し、調製したポリオルトトルイジン溶液を一度に添加した。そして、水素化ホウ素ナトリウム溶液をゆっくりと滴下した。滴下終了後、0℃にて一時間攪拌した。
【0024】
反応終了後、溶媒を留去し乾燥させた。このようにして得られた固体を脱イオン水中に分散させた後、その懸濁液をろ過した。得られた個体を再び脱イオン水で洗浄し、わずかに残留している水素化ホウ素ナトリウムを洗い流した。得られた個体を乾燥しナノ粒子を得た。
【0025】
実施例2:ポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子
ここでは、金属塩として塩化パラジウムを用いてポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子を製造した。まず、塩化パラジウム11.7mgを50mLのエタノールに溶解させた。一方で、ポリオルトトルイジン276.4mgをテトラヒドロフラン50mLに、水素化ホウ素ナトリウム24.9mgをエタノール10mLに、それぞれアルゴン雰囲気下で溶解させた。
【0026】
そして、実施例1と同様の操作にて、塩化パラジウム溶液とポリオルトトルイジン溶液とを混合し、還元処理をし、ろ過及び洗浄してポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子を製造した。
【0027】
実施例3:ポリアニリン−パラジウムナノ粒子
塩化パラジウム11.7mgをエタノール50mLにアルゴン雰囲気下で溶解させた。一方、ポリアニリン239.2mgをテトラヒドロフラン50mLに、水素化ホウ素ナトリウム24.9mgをエタノール10mLに、それぞれアルゴン雰囲気下で溶解させた。
【0028】
そして、実施例1と同様、塩化パラジウム溶液とポリアニリン溶液とを混合し、還元処理をし、ろ過及び洗浄してポリアニリン−パラジウムナノ粒子を製造した。
【0029】
実施例4〜実施例6:
これらの実施例では、金属塩及び配位子の溶媒として、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、Nメチル−2ピロリドン(NMP)を用いてポリアニリン−パラジウムナノ粒子を製造した。
【0030】
実施例7:N,N‘−ビス(4−ジメチルアミノフェニル)−1,4キノンジイミン−パラジウムナノ粒子
塩化パラジウム11.7mgをエタノール50mLにアルゴン雰囲気下で溶解させた。一方、N,N‘−ビス(4−ジメチルアミノフェニル)−1,4キノンジイミン(3量体)227.3mgをテトラヒドロフラン50mLに、水素化ホウ素ナトリウム24.9mgをエタノール10mLに、それぞれアルゴン雰囲気下で溶解させた。
【0031】
そして、実施例1と同様、塩化パラジウム溶液とN,N‘−ビス(4−ジメチルアミノフェニル)−1,4キノンジイミン溶液とを混合し、還元処理をし、ろ過及び洗浄してポリアニリン−パラジウムナノ粒子を製造した。
【0032】
比較例:ここでは、上記実施例の比較として、塩化パラジウム溶液の溶媒であるエタノールを還元剤として作用させてポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子を製造した。実施例1と同様の塩化パラジウム溶液と、ポリオルトトルイジン溶液とを混合し、攪拌しながら80℃で一時間加熱還流させた。室温で放冷した後、溶媒を留去、乾燥させナノ粒子を得た。
【0033】
比較例2、3:比較のため還元剤として、アスコルビン酸、ハイドロキノンを用いてポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子を製造した。実施例1と同様の塩化パラジウム溶液と、ポリオルトトルイジン溶液とを混合し、これにアスコルビン酸、ハイドロキノンのエタノール溶液を添加して還元処理をし(0℃)、ろ過及び洗浄してポリアニリン−パラジウムナノ粒子を製造した。
【0034】
以上製造した各種の金属ナノクラスターについて、透過型顕微鏡にて金属ナノ粒子の粒径及び分散性を測定・評価した。図1は、実施例2のナノ粒子の透過型顕微鏡写真である。また、表1は、各実施例に係るナノ粒子の粒径、分散性の評価結果を示す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1から、各実施例に係るナノ粒子は、いずれも粒径10nm以下と微細であり、また、分散性も良好なものであった。これに対し、比較例のナノ粒子に関しては、比較例1、3については、粒径は良好であったものの、分散性に劣っていた。また、比較例2については、粒径が粗大でバラツキが見られた。尚、実施例4〜6の結果からわかるように、溶媒の種類については大きな相違はないことも確認された。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】実施例2で製造したポリオルトトルイジン−パラジウムナノ粒子の透過型顕微鏡写真

【特許請求の範囲】
【請求項1】
π共役系分子化合物中に金属又は金属酸化物微粒子が分散するπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法において、
溶媒に金属塩とπ共役系分子化合物とを混合し、これに還元剤である水素化ホウ素ナトリウムを添加することを特徴とするπ共役系分子化合物−金属ナノクラスターの製造方法。
【請求項2】
π共役系分子化合物は、ポリアニリン類、ポリピロール類、ポリチオフェン類である請求項1記載の金属ナノクラスターの製造方法。
【請求項3】
ポリアニリン類は、ポリアニリン、ポリオルトトルイジン、アニリンの3〜8重合体のいずれかよりなるオリゴアニリン又はその誘導体である請求項2記載の金属ナノクラスターの製造方法。
【請求項4】
金属又は金属酸化物微粒子は、パラジウム、金、白金、銀、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、鉄、チタン、バナジウム、イットリウム、マンガン、カドミウム、ビスマス、コバルト、亜鉛、レニウム、クロム、モリブデン、タングステン、又は、これらの酸化物である請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の金属ナノクラスターの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の方法により製造され、金属又は金属酸化物微粒子の粒径が3〜10nmであるπ共役系分子化合物−金属ナノクラスター。

【図1】
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【公開番号】特開2006−248959(P2006−248959A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−66619(P2005−66619)
【出願日】平成17年3月10日(2005.3.10)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000217228)田中貴金属工業株式会社 (146)
【Fターム(参考)】