説明

せん断加工部品用熱延鋼板およびせん断加工部品の製造法

【課題】板厚4〜15mmの熱延鋼板を素材とするせん断加工部品の疲労特性を安定して改善する。
【解決手段】質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、ベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する板厚4〜15mmのせん断加工部品用熱延鋼板を使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、せん断加工部品に適用するための熱延鋼板およびその製造法、並びに上記熱延鋼板を用いたせん断加工用鋼板の製造法に関する。また上記熱延鋼板を用いたせん断加工部品の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
駆動用チェーンや歯車など、動力を伝達する機械部品には、高硬度、高靱性、高疲労特性強度が要求される。これらの特性は焼入れ・焼戻し処理などの調質熱処理によってある程度の幅で調整することができる。一般に鋼材の硬度を高く調整することによって同時に疲労特性も向上するという傾向がある。しかし、打抜き等のせん断加工を施した部品に関しては事情が異なる。せん断加工面の性状が疲労特性に影響するからである。高硬度に調整した場合でも、せん断加工面に疲労亀裂の起点となりやすい粗大な炭化物や欠陥が存在していると疲労寿命が低下する。
【0003】
一方、機械部品の靱性や疲労特性を向上させるためにはTi、Nb、V、Al等の元素の添加が有効であることが知られている。これらの元素は熱間圧延時にNと反応して窒化物を形成し、これが調質熱処理の溶体化時にオーステナイト結晶粒の過度な成長を抑制して旧オーステナイト粒径の小さい組織の形成に寄与し、靱性や疲労特性の向上をもたらす。ただし、Ti、Nb、Vは鋼中のCと反応して炭化物を形成する元素でもある。このうちTi、Nb炭化物は粒径10μmに達するような粗大炭化物となる場合が多い。このようなTi、Nb炭化物はセメンタイトとは異なり調質熱処理の加熱温度(通常900℃程度以下)では溶解しないため、機械部品の靱性や疲労特性を低下させる要因となる。
【0004】
本出願人は、炭窒化物形成元素としてVを添加し、Ti、Nbを添加しない組成の鋼からなる機械部品用鋼板を特許文献1に開示した。V炭化物はTi、Nb炭化物に比べ低温で鋼中に溶解するため、調質熱処理後に粗大炭化物として残留しない。このような鋼を用いると、調質熱処理後の靱性や疲労特性を向上させるうえで極めて有利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−229430号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の技術は上述のように機械部品の靱性や疲労特性を向上させる手段として有効である。ところが昨今では機械部品に対する信頼性向上のニーズが高まり、せん断加工面に特段の手入れを施さずに使用する機械部品において、疲労特性の更なる向上が望まれるようになった。また、特に板厚が5mm以上と厚い場合には、特許文献1の技術では更なる疲労特性の向上が難しいこともわかってきた。その一因として、板厚が厚くなるほど熱延鋼板に存在するバンド状組織の影響を受けやすいことが考えられる。特にバンド状組織を構成する初析フェライトの存在が、熱延鋼板を焼鈍した後の炭化物(主としてセメンタイト)の形態や断面硬さに悪影響を及ぼしやすい。板厚が4mm程度であっても熱延鋼板中の初析フェライトの存在による悪影響が問題となることがある。
【0007】
本発明は、素材として使用する熱延鋼板の板厚が4〜15mmの広い範囲において、せん断加工部品の疲労特性を安定して改善することができる技術を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
せん断加工部品の疲労特性を改善するためには粗大な炭化物が存在しない金属組織とした後にせん断加工に供することが極めて有効である。一方、せん断加工時の断面硬さが低すぎると、炭化物が微細である場合でも、せん断加工時に工具(金型、刃)によってせん断加工面に存在する炭化物が引きずられる現象が起こり、それによってせん断加工面にボイド等の欠陥が生じ、これが疲労亀裂の起点となってしまうことが明らかとなった。したがって、せん断加工部品の疲労特性を向上させるためには、炭化物の微細化に加えて、断面硬さがある程度高い組織状態としたのち、せん断加工に供することが重要となる。
【0009】
そのような組織状態を得るためには、熱延鋼板の金属組織(熱延金属組織)を、初析フェライトが存在しないか極めて少ない状態とすることが極めて有効であることがわかった。その熱延金属組織は、特定の化学組成を有する鋼を採用し、熱延後の巻取温度を600℃以下とすることによって得ることができる。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0010】
すなわち本発明では、質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、ベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する板厚4〜15mmのせん断加工部品用熱延鋼板が提供される。前記のせん断加工部品としては、例えばチェーンのリンクプレートが好適な対象として挙げられる。
図1に、リンクプレートを使用した駆動用チェーンの外観を例示してある。
【0011】
ここで、「フェライト結晶粒」は初析フェライトに由来する結晶粒を意味し、パーライトを構成するフェライト相は含まない。上記組成の鋼は亜共析鋼であるからフェライト結晶粒の面積率が0%である場合にはベイナイト組織となる。ここでいう「熱延鋼板」は、熱間圧延工程を終了したまま(as hot)の鋼板を意味する。
【0012】
その熱延鋼板の製造法として、上記化学組成を有する鋼の鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織とする手法が提供される。「鋳片」の代表例としては例えば厚さが200〜250mmの連続鋳造スラブが挙げられる。
【0013】
また本発明では、上記化学組成を有する鋼の鋳片を厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する鋼板とする工程、
前記金属組織を有する鋼板をAc1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが200〜320HV、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である金属組織とする工程、
を有するせん断加工部品用鋼板の製造法が提供される。
上記焼鈍を断面硬さが320HV未満となるように行い、その後、冷間圧延によって断面硬さを200〜320HVに調整してもよい。
【0014】
さらに本発明では、上記化学組成を有する鋼の鋳片を厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する鋼板とする工程、
前記金属組織を有する鋼板をAc1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが200〜320HV、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である金属組織を有する焼鈍鋼板とする工程、
前記焼鈍鋼板にせん断加工を施してせん断加工部品を得る工程、
前記せん断加工部品に調質熱処理を施して断面硬さを400HV以上とする工程、
を有する靱性および疲労特性に優れたせん断加工部品の製造法が提供される。
上記焼鈍を断面硬さが320HV未満となるように行い、その後、冷間圧延によって断面硬さを200〜320HVに調整し、せん断加工に供してもよい。
【0015】
ここで、「調質熱処理」とは、焼入れ・焼戻し処理や、恒温変態処理のように、高温のオーステナイト単相領域に保持された鋼材をA1点未満の温度域に降温したときに生じる相変態を利用して高強度化する熱処理を意味する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、厚さ4〜15mmの熱延鋼板にせん断加工を施して製造される高強度機械部品において、特許文献1の技術よりも疲労特性を一層安定して向上させることが可能となった。特に板厚が5mm以上の場合には本発明に従う手法が極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】駆動用チェーンの外観を示す斜視図。
【図2】打抜き加工品の形状を示す平面図。
【図3】Uノッチ付き引張疲労試験片の形状を示す平面図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
〔化学組成〕
本明細書において、成分元素の「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
本発明では上述のTi、Nb炭化物による靱性、疲労特性の低下を回避するために、特許文献1と同様、Ti、Nbを含有せずVを含有する鋼を対象とする。
以下、各成分元素について説明する
【0019】
Cは、調質熱処理によって高強度化するうえで必須の元素である。従来一般的な焼入れ・焼戻し処理によって駆動用チェーンのリンクプレートや歯車等の機械部品に要求される強度レベルを無理なく得るためには0.30%以上のC含有量が望まれる。ただし、過剰のC含有は調質熱処理後の未溶解炭化物の残存を招き、靱性低下の要因となる。種々検討の結果、Ni、Cu等の靭性改善元素を添加しない本発明の成分系においては、現場での調質熱処理条件の変動などを考慮すると、C含有量を0.50%以下に抑えることが望まれる。このため本発明ではC含有量を0.30〜0.50%の狭い範囲に厳格に調整する。
【0020】
Siは、脱酸元素として添加される。過剰のSi含有は熱間圧延、焼鈍、調質熱処理の加熱により粒界酸化を生じさせる要因となる。Si含有量は0.10〜1.00%の範囲とする。0.10〜0.50%に管理してもよい。
【0021】
Mnは、焼入れ性を高めるので0.20%以上の含有量とする。過剰のMn含有は鋼板の硬質化、脆化、調質熱処理後の靱性低下を招く要因となるのでMn含有量は1.50%以下に制限される。
【0022】
P、Sは、靱性低下の原因となるので低いほど好ましい。P含有量は0.020%以下、S含有量は0.020%以下に制限される。ただし、過度の脱燐、脱硫は製鋼の負荷を増大させるので、通常、Pは0.005%以上、Sは0.001%以上の含有量範囲とすればよい。
【0023】
Crは、焼戻し軟化抵抗を向上させるので0.50%以上の含有量とする。過剰のCr含有は鋼板の硬質化、脆化、調質熱処理後の靱性低下を招く要因となるのでCr含有量は2.00%以下に制限される。
【0024】
Moは、焼戻し軟化抵抗を向上させる元素である。強度、靱性の向上にも有効である。これらの効果を十分に発揮させるために0.10%以上のMo含有量を確保する。過剰のMo含有は靱性低下の要因となるのでMo含有量は1.00%以下に制限される。
【0025】
Vは、結晶粒を微細化し、調質熱処理後の部品における靱性、疲労特性の向上に寄与する。また焼戻し軟化抵抗を向上させる。これらの作用を十分に引き出すためには0.10%以上のV含有量が必要である。0.20%以上のV含有量を確保することがより好ましく、0.25%以上とすることが一層好ましい。V含有量の上限については1.00%までは許容されるが、通常、0.50%以下とすればよい。0.35%以下の範囲に管理しても構わない。
【0026】
Alは、脱酸元素として添加される。また、鋼中のNと結合してAlNを形成し、調質熱処理時にオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する作用を呈する。これらの作用を十分に発揮させるためにはT.Al(トータルAl)として0.005%以上の含有量を確保する必要がある。過剰のAl含有は表面疵の原因となる。T.Al含有量は0.100%以下の範囲に制限される。
【0027】
〔熱間圧延〕
本発明では、熱延鋼板の金属組織(熱延金属組織)を適正化することが極めて重要である。具体的には、ベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織からなる熱延金属組織とする。フェライト結晶粒の面積率が0〜5%に抑えられていれば、板厚が15mmと厚い場合でも後述の焼鈍によってせん断加工に適した組織状態とすることができる。上記の熱延金属組織を得るためには、鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることが極めて効果的である。ただし、鋼の化学組成は前述のように調整されていることが必要である。
【0028】
仕上圧延温度(最終パス時の材料温度)が800℃未満であると材料の変形抵抗か増大することによってミルへの負荷が増大し、設備によっては問題となりやすい。また2相温度域での圧延となるため加工フェライト相が生成しやすくなり好ましくない。一方、仕上圧延温度が950℃を超えて高くなると最終パス後、巻取前に行う冷却での歪みが大きくなって板形状が劣化しやすい。その場合、巻取前の冷却過程で水乗りや冷却ムラが生じて、熱延鋼板の特性が場所によって不均一になることがある。
【0029】
巻取温度は、一般に巻取装置直前に設けた放射温度計の測温値によって管理される。上記の化学組成の鋼であれば、巻取温度を600℃以下とすることによって初析フェライト相の生成量を5体積%以下に抑えることができ、ベイナイト組織またはパーライト主体の組織を得ることができる。巻取温度がMsより低くなると強度上昇が著しくなり、熱延条件の変動によって機械的性質のバラツキが大きくなりやすいので、巻取温度はMs点以上とすることが好ましい。通常、巻取温度は450〜600℃の範囲に管理すればよい。
なお、巻取られた熱延鋼板に対して、必要に応じて板厚調整や形状矯正のために冷間圧延を施しても構わない。
【0030】
〔焼鈍〕
せん断加工の前に、熱間圧延工程を経て上記の金属組織に調整された鋼板に焼鈍を施して組織状態を適正化する。この焼鈍後に冷間圧延を行わず、焼鈍鋼板を直接せん断加工に供する場合は、Ac1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが200〜320HV、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である焼鈍金属組織とする。この焼鈍金属組織は、ベイナイトあるいはパーライトの層状組織が消失し、フェライト相の素地中に炭化物が分散した組織である。断面硬さは、板厚方向に平行な断面内における板厚中央部の硬さを意味する。
【0031】
打抜き等のせん断加工によって材料に形成される「せん断加工面」は通常、ダレ、せん断面、破断面およびカエリによって構成される。一般に軟質の材料をせん断加工すると、せん断加工面には、破断面近傍での局所的な変形量が増大することによってボイドや微細クラックが生成しやすい。また、せん断加工時に炭化物が工具(金型、刃)に引きずられてせん断加工面にボイド等の欠陥を形成しやすくなることがわかった。これらの欠陥は疲労亀裂の起点となりやすい。一方、断面硬さが過度に硬いと工具の寿命が低下するなどの弊害が顕在化する。種々検討の結果、板厚4〜15mmの鋼板にせん断加工を施して部品を作製する場合、断面硬さは200〜320HVの範囲に調整されていることが望ましい。
【0032】
せん断加工に供する材料中に粗大な炭化物が存在すると、それがせん断加工面にボイドやクラックなどの欠陥を形成する要因となる。また、粗大な炭化物は加工された部品を調質熱処理した後にも「未溶解炭化物」として残留しやすい。したがって、せん断加工に供する材料中の炭化物はできるだけ微細化しておくことが望ましい。詳細な検討の結果、平均炭化物粒径(円相当径)が0.30μm以下である組織状態とすることが効果的である。
【0033】
断面硬さが200〜320HV、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である焼鈍金属組織は、上述のようにベイナイトからなる熱延金属組織または初析フェライト由来のフェライト結晶粒が極めて少ないパーライト主体の熱延金属組織に調整された鋼板に対して、Ac1点未満の焼鈍を施すことによって得ることができる。焼鈍温度がAc1点以上になるとオーステナイト相への逆変態が起こるので、冷却速度が速い場合には硬質の相が生じてせん断加工に適した軟質の鋼板を得ることが難しくなる。上述の化学組成および熱延金属組織に調整された鋼板であれば、Ac1点未満の温度範囲において断面硬さが200〜320HVかつ平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下となる温度域を見出すことができる。工業的に実用的な焼鈍条件としては、例えば650℃以上Ac1点未満の温度に10〜40h保持する条件を例示することができる。本発明の対象となる鋼種のAc1点は概ね730〜770℃の範囲にある。
【0034】
焼鈍後に冷間圧延を施して板厚および硬さを適正化した後にせん断加工に供することもできる。その場合は当該焼鈍において断面硬さを320HV未満、好ましくは300HV未満に調整しておく。ただし炭化物の形態は上述の通りに調整しておく。
【0035】
〔冷間圧延〕
上記焼鈍後に冷間圧延を施して板厚および硬さを適正化する場合は、断面硬さが200〜320HVとなる範囲で冷間圧延率を調整する。
【0036】
〔せん断加工〕
上記の焼鈍または冷間圧延によって組織調整された鋼板はせん断加工によってせん断加工部品とされる。せん断加工としてはプレス打抜きや、切断などが挙げられる。部品に形成されたせん断加工面は、摺動面とならない場合にはカエリを除去する以外ほとんど無手入れで使用されることも多い。
【0037】
〔調質熱処理〕
所定の形状に加工された部品は、焼入れ・焼戻し処理や恒温変態処理によって所定の硬さに調質される。一般に硬質に調整するほど靱性は低下する。駆動用チェーンなど動力を伝達する機械部品としては断面硬さ400HV以上であることが望ましい。本発明に従えば断面硬さを400HVに調整した場合に衝撃値100J/cm2以上の靱性を得ることができる。450HVに調整した場合でも衝撃値80J/cm2以上の靱性が得られる。調質熱処理における溶体化時には未溶解セメンタイトを消失させることが望ましい。
【実施例】
【0038】
表1に示す化学組成の鋳片(スラブ)を、仕上圧延温度850℃、巻取温度350〜700℃の条件で熱間圧延して板厚7.0〜14.0mmの熱延鋼板とした。各熱延鋼板の板厚方向および圧延方向に平行な断面(L断面)について金属組織観察を行った。結果を表2に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
本発明例の熱延鋼板は、ベイナイトからなる熱延金属組織、またはフェライト結晶粒の面積率が5.0%以下であるフェライト+パーライトの熱延金属組織を有する。また比較例であるNo.I−1〜M−1の熱延鋼板もベイナイトからなる熱延金属組織を有する。
これに対し、比較例No.A−1、B−1は巻取温度が低すぎたのでマルテンサイトが生成した。No.B−4、C−3、D−2は巻取温度が高すぎたのでフェライト結晶粒の面積率が5%を超えた。No.E−1はC含有量が低いためフェライト結晶粒の面積率が5%を超えた。No.F−1、H−1はCr無添加またはCr含有量不足であり、G−1はV無添加であるため、これらはフェライト+パーライトへの変態が速く、ベイナイト組織にならずにフェライト結晶粒の面積率が5%を超える組織となった。
【0042】
次に、上記熱延鋼板のうち熱延金属組織がベイナイトまたはフェライト+パーライトとなったものについて、スキンパス圧延および酸洗を施した後、焼鈍を施した。焼鈍条件は保持温度670〜720℃、保持時間15〜35hとした。この保持温度はMs点を超えAc1点未満の範囲にある。一部の試料(D−1、A−2)については焼鈍後に冷間圧延を施した。これらの焼鈍鋼板または冷延鋼板から板厚7mmの供試鋼板を作製した。焼鈍鋼板または冷延鋼板の板厚が7mmを超える場合は切削加工によって板厚7mmに揃えた。
【0043】
各供試鋼板の板厚方向および圧延方向を含む断面(L断面)について断面硬さを測定した。断面硬さの測定は試験荷重20kgfで板厚中心部を試験数n=3で測定し、その平均値を当該試料の断面硬さとした(後述の調質熱処理後の断面硬さの測定も同様)。また、当該断面の組織観察を行い、画像処理によって炭化物の円相当径による平均粒子径を求めた。これらの結果を表3中に「打抜き加工前の材料」の特性として示す。なお、いずれの供試鋼板もフェライト素地中に炭化物が分散した組織を呈していた。
【0044】
各供試鋼板から40mm×180mmの試料(長手方向が圧延方向に一致)を切り出し、中央に片側クリアランス10%で10mmφの穴を打ち抜いて、図2に示す形状の打抜き加工品を得た。その打抜き加工品を切断砥石により長手方向に2分割して、図3に示す形状のUノッチ付き引張疲労試験片を得た。打抜きによって形成された切断面(打抜き加工面)はカエリを除去する以外は無手入れのままの状態とした。
【0045】
この試験片に調質熱処理として通常の焼入れ・焼戻し処理を施した。調質条件は以下の2通りとした。
〔調質条件1〕870℃で20min加熱した後、油中に焼入れし、焼戻し処理によって硬さが450HV(±10HV)に揃えた。この材料を「450HV調質材」と呼ぶ。
〔調質条件2〕870℃で20min加熱した後、油中に焼入れし、焼戻し処理によって衝撃値を100J/cm2(±5J/cm2)に揃えた。この材料を「衝撃値100J/cm2調質材」と呼ぶ。
なお、衝撃値は2mmUノッチ付き衝撃試験片を作製したのち焼入れ・焼戻し処理を施した試験片を用いてJIS Z2242に従うシャルピー衝撃試験(試験温度20℃、試験数n=3)によって求めた。
【0046】
焼入れ・焼戻し処理後のUノッチ付き引張疲労試験片を、応力比σmin/σmax=0.1、周波数30Hzの条件で引張疲労試験に供した。各応力レベルにおける破断までのサイクル数を測定し、5×106サイクルで破断しなかった応力レベルをその材料の疲労限とした。
これらの試験結果を表3に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
ここでは動力を伝達する機械部品の用途を考慮して、450HV調質材においては衝撃値80J/cm2以上、疲労限650MPa以上を合格、衝撃値100J/cm2調質材においては断面硬さ400HV以上、疲労限650MPa以上を合格と判定する。
断面硬さおよび平均炭化物粒径が適正化された鋼板をせん断加工(打抜き)に供した本発明例のものは、450HV調質材、衝撃値100J/cm2調質材とも合格判定であり、硬さ、靱性に優れるとともに、せん断加工部品において優れた疲労特性を呈することがわかる。
【0049】
これに対し、比較例No.B−4、C−3、D−2、E−1、F−1、G−1、H−1はフェライト結晶粒の存在割合が多すぎるフェライト+パーライト組織の鋼板を焼鈍したものである。これらのうちB−4、C−3、D−2、E−1、H−1は断面硬さが200HVに満たない軟質の焼鈍鋼板となった。その鋼板を打抜いた結果、打抜き加工面には炭化物が引きずられることによってボイドやクラックが生成していた。このような欠陥が疲労亀裂の起点となったものと考えられ、450HV調質材、衝撃値100J/cm2調質材とも疲労特性に劣った。F−1、G−1は200HV以上の硬さを呈するものの、焼鈍後に大きいサイズの炭化物が存在するため調質熱処理後に未溶解炭化物が残留し、疲労特性が悪かった。
【0050】
No.L−1はVを過剰に含有しているため断面硬さ320HV以下の焼鈍鋼板が得られなかった。このような硬質の鋼板をせん断加工に供すると工具(金型、刃)の寿命が低下する。またこの材料はMnを過剰に含有しているためMnS介在物が多量に生成し、これが靱性、疲労特性の低下を招いた。
【0051】
No.I−1はSiを過剰に含有するため板厚表層部に粒界酸化が生じ、これが疲労特性を低下させる要因となった。
No.J−1はNi、Nbを含有するため粗大なNi、Nb炭化物が生成した。No.K−1はCrを多量に含有するため粗大なCr炭化物が生成した。これらの炭化物が調質熱処理後に消失しなかったことにより疲労特性が低下した。
No.M−1はC含有量が過剰であるため調質熱処理後に未溶解炭化物が残留し、靱性と疲労特性の両方を向上させることができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、ベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する板厚4〜15mmのせん断加工部品用熱延鋼板。
【請求項2】
前記せん断加工部品はチェーンのリンクプレートである請求項1に記載のせん断加工部品用熱延鋼板。
【請求項3】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織とする、せん断加工部品用鋼板の製造法。
【請求項4】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する鋼板とする工程、
前記金属組織を有する鋼板をAc1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが200〜320HV、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である金属組織とする工程、
を有するせん断加工部品用鋼板の製造法。
【請求項5】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する鋼板とする工程、
前記金属組織を有する鋼板をAc1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが320HV未満、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である金属組織を有する焼鈍鋼板とする工程、
前記焼鈍鋼板に冷間圧延を施して断面硬さを200〜320HVとする工程、
を有するせん断加工部品用鋼板の製造法。
【請求項6】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する鋼板とする工程、
前記金属組織を有する鋼板をAc1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが200〜320HV、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である金属組織を有する焼鈍鋼板とする工程、
前記焼鈍鋼板にせん断加工を施してせん断加工部品を得る工程、
前記せん断加工部品に調質熱処理を施して断面硬さを400HV以上とする工程、
を有する靱性および疲労特性に優れたせん断加工部品の製造法。
【請求項7】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.10〜1.00%、Mn:0.20〜1.50%、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Cr:0.50〜2.00%、Mo:0.10〜1.00%、V:0.10〜1.00%、T.Al:0.005〜0.100%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の鋳片を仕上圧延温度800〜950℃で厚さ4〜15mmまで熱間圧延した後600℃以下の温度で巻取ることによりベイナイト組織またはフェライト結晶粒の面積率が5%以下であるフェライト+パーライト組織を有する鋼板とする工程、
前記金属組織を有する鋼板をAc1点未満の温度で焼鈍することにより断面硬さが320HV未満、平均炭化物粒径(円相当径)が0.3μm以下である金属組織を有する焼鈍鋼板とする工程、
前記焼鈍鋼板に冷間圧延を施して断面硬さが200〜320HVの冷延鋼板とする工程、
前記冷延鋼板にせん断加工を施してせん断加工部品を得る工程、
前記せん断加工部品に調質熱処理を施して断面硬さを400HV以上とする工程、
を有する靱性および疲労特性に優れたせん断加工部品の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−76128(P2013−76128A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−216531(P2011−216531)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】