説明

ひび割れ補修用低圧注入器具

【課題】 本体プレートや弾性シートの材質に制約を受けずに、本体プレートと弾性シートとを充分に液密に固定した構造の低圧注入器具を提供する。
【解決手段】 ひび割れ31の開口を液密に塞いだ状態で壁面3に取り付けられる本体プレート1には固定孔12が設けられており、弾性シート2は、主部21と被被固定部22とを備え、被固定部22が固定孔12に対して嵌め込まれることによって本体プレート1に固定されている。主部21は弾性に有し充填材4の注入時の圧力で膨出し、復元力によって元に戻る際に充填材4をひび割れ31内に押し込んで充填する。プレート本体1は、壁面3の形状に合わせて塑性変形可能な金属で形成され、弾性シート2は、シリコンゴムのような合成ゴム製である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願の発明は、コンクリート等で形成された壁に生じたひび割れの補修に関するものであり、特に、低圧注入法によって補修する際に使用される注入器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
コンクリートに代表される無機系構造材(コンクリートやモルタル等の窯業系材料や天然石等を含む)より成る壁を有する構造物、即ち、ビルや各種施設、橋梁や擁壁等においては、建築後長期間経つと、材料の経年変化によりひび割れが生じることがある。例えば、コンクリート製の壁は、コンクリートの収縮、経時的な劣化等によりひび割れが生じることがある。ひび割れを放置すると、雨水の浸入により雨漏り等が生じる恐れがある他、鉄筋の腐食やさらなる劣化を招き、より深刻な事態となり得る。このため、ひび割れが生じた場合、ひび割れを塞いで雨水が浸入しないようにする補修が行われる。
【0003】
このような無機系構造材のひび割れを補修する優れた技術として、低圧注入法と呼ばれる工法が知られている。低圧注入法は、充填材の注入箇所を残してひび割れの開口をシール材で塞ぎ、注入箇所から充填材を注入してひび割れ内部に充填材を充填し、内部で硬化させることでひび割れの補修を行う技術である。シール材は、充填材の硬化後、除去される。充填材の材質や粘度、硬化時間は、構造材の材質やひび割れの大きさ等に応じて適宜選定される。
【0004】
充分な補修を行うためには、ひび割れ内部にくまなく充填材が充填されることが重要で、この観点から低圧注入法と呼ばれる工法がしばしば採用される。この工法は、圧力と毛細管現象を利用してひび割れの奥までくまなく充填材を充填する工法である。充填材を高い圧力で注入してしまうと、充填材は抵抗の小さい箇所に直線的に走るだけでひび割れ全体に完全に注入することができない。それどころか、シール材を破って充填材が漏れ出てしまったり、ひび割れをかえって大きくしてしまったりすることもある。このようなことから、この工法では、比較的低い圧力で充填材を充填し、毛細管現象を利用してくまなく充填するようにする。一般的には、0.4N/mm程度以下の圧力で注入を行うものが低圧注入法と呼ばれる。
【0005】
このような低圧注入法では、低圧で徐々に充填材を注入するため、特殊な注入器具(以下、低圧注入器具)が使用される。低圧注入器具は、全体としてはプレート状の治具であって、弾性体の復元力を利用して充填材を充填するものであり、本体プレートと、本体プレートに対して液密に固定した弾性シートとより成っている。
図7は、従来の低圧注入器具及び低圧注入器具を使用した充填材の注入について示した正面断面概略図である。図7に示すように、本体プレート1は、板状であり、充填材4を通過させるための開口(以下、注入用開口)11が設けられている。弾性シート2は、注入用開口11を覆うよう設けられている。弾性シート2は、注入用開口11の縁に沿って周状に接着されることで本体プレート1に固定されている。弾性シート2の本体プレート1との接着面とは反対側の面には、注入ノズル24が形成されている。注入ノズル24は、本体プレート1の板面に対して垂直に突出している。
【0006】
充填材を注入する際には、図7(1)に示すように、ひび割れ31の開口のうちシール材(不図示)で塞がなかった箇所(注入箇所)を覆うように低圧注入器具を取り付ける。低圧注入器具は、多くの場合、接着材5を使用して取り付けられ、壁面3に液密にしっかりと接着される。そして、注入ノズル24に充填材の不図示の注入管を接続し、比較的低い圧力で充填材を注入していく。この際、注入圧力は、ひび割れ31内に加えて弾性シート2の内側面(壁面側の面)にも生じる。したがって、弾性シート2は、図7(2)に示すように、外側に向けて大きく膨出し、その内部に充填材4が溜まっていく。所定量の充填材4を注入して弾性シート2の内部に溜めた後、所定時間放置する。尚、注入ノズル24には逆止弁が設けられており、注入ノズル24からは充填材4が漏れ出ないようになっている。
【0007】
弾性シート2は復元力によって元の状態に戻ろうとするので、内部の充填材4は徐々にひび割れ31内に押し込まれていく。また、ひび割れ31内の狭い隙間に注入された充填材4は、毛細管現象により隙間の奥に浸入していく。このため、所定時間が経過すると、図7(3)に示すように、ひび割れ31内にくまなく充填材4が充填され、弾性シート2はフラットな元の姿勢に戻る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−42195号公報
【特許文献2】特開平9−32308号公報
【特許文献3】特開2004−360329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した低圧注入法において、壁面はフラットとは限らず、湾曲した壁面や角部の壁面において補修が必要な場合もあり得る。この点を考慮し、従来の低圧注入器具の中には、本体プレートが塑性変形可能な材質で形成されたタイプがある。例えば、フェライト系ステンレスのような比較的塑性に富むスチール、銅、アルミのような柔らかい金属を使用し、比較的薄い厚さとして人の手で変形可能なものとされる。補修する壁面に沿って本体プレートを曲げ、その状態で壁面に接着して使用する。
【0010】
一方、弾性シートの材料としては、充分な弾性(復元力)を有し、品質の安定性、信頼性を備えていることから、シリコンゴム等の合成ゴムが採用される場合が多いが、天然ゴムが採用されることもある。シリコンゴム等の合成ゴム製の弾性シートとする場合、本体プレートが金属製であると、接着剤で両者を充分に接着させることができないため、本体プレートについてもシリコン樹脂のような合成樹脂製とされる。即ち、合成樹脂製の本体プレートに合成ゴム製の弾性シートを接着して低圧注入器具とする。この場合、本体プレートが塑性変形することができないので、上記のような湾曲した壁面や角部の壁面には使用することができない。このため、湾曲した壁面や角部の壁面には、天然ゴム製の弾性シートを上記のような柔らかい金属製の本体プレートに接着材で接着した低圧注入器具が使用されている。
【0011】
しかしながら、天然ゴムは、経時的に劣化することが避けられない材質であり、品質の安定性や信頼性の点で劣る材質であることは否めない。このようなことから、本体プレートや弾性シートの材質に制約を受けずに、本体プレートと弾性シートとを充分に液密に固定した構造とすることが低圧注入器具において必要とされている。
本願の発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本体プレートや弾性シートの材質に制約を受けずに、本体プレートと弾性シートとを充分に液密に固定した構造の低圧注入器具を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本願の請求項1記載の発明は、壁のひび割れに充填材を注入して充填することでひび割れを補修する際に使用され、充填材の注入箇所においてひび割れの開口を塞ぐとともに注入管が装着されるひび割れ補修用低圧注入器具であって、
ひび割れの開口を液密に塞いだ状態で壁面に取り付けられる本体プレートと、本体プレートに対して液密に固定された弾性シートとより成り、
本体プレートには、弾性シートを固定するための固定孔が設けられており、
弾性シートは、弾性に有し充填材の注入時の圧力で膨出する主部と、本体プレートに対して固定される部位である被被固定部とを備えており、被固定部は、固定孔に対して嵌め込まれることによって弾性シートが本体プレートに対して固定される形状となっているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項2記載の発明は、前記請求項1の構成において、前記本体プレートは、壁面の形状に合わせて塑性変形することが可能な材質で形成されているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項3記載の発明は、前記請求項2の構成において、前記本体プレートは、金属製であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項4記載の発明は、前記請求項1乃至3いずれかの構成において、前記弾性シートは、シリコンゴム製であるという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項5記載の発明は、前記請求項1乃至4いずれかの構成において、前記被固定部は、弾性を有し且つ復元時に前記被固定孔よりも大きい大きさとなる頭部と、頭部を支えているとともに頭部より断面積が小さい支え部とを備えており、頭部及び支え部は前記被固定孔に差し込まれることが可能であって、頭部及び支え部を前記被固定孔に差し込んだ際に頭部が被固定孔に掛止されることで弾性シートが本体プレートに固定される形状となっているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項6記載の発明は、前記請求項1乃至5いずれかの構成において、前記本体プレートは注入用開口を有しており、前記弾性シートは前記本体プレートの一方の側に位置し、前記シート本体は膨出時に前記本体プレートの注入用開口を通して他方の側に膨出する位置に設けられており、前記被固定部は、前記頭部及び前記支え部が一方の側から他方の側に向かって前記固定孔に差し込まれることで掛止されているという構成を有する。
また、上記課題を解決するため、請求項7記載の発明は、前記請求項1乃至6いずれかの構成において、前記本体プレートは注入用開口を有しており、前記固定孔は、前記注入用開口を取り囲むようにして複数設けられているという構成を有する。
【発明の効果】
【0013】
以下に説明する通り、本願の請求項1記載の発明によれば、弾性シートの被固定部が本体プレートの固定孔に嵌め込まれることで弾性シート全体が本体プレートに固定されているので、本体プレートや弾性シートの材質について特に制約を受けず、自由に選定することができる。
また、請求項2記載の発明によれば、上記効果に加え、本体プレートが、壁面の形状に合わせて塑性変形することが可能な材質で形成されているので、湾曲した壁面や角部の壁面などにおいてひび割れの補修を行う際に好適なものとなる。
また、請求項4記載の発明によれば、上記効果に加え、弾性シートの材質がシリコンゴムであるので、品質の安定性、信頼性の点で優れた低圧注入器具が提供され、その場合でも、本体プレートへの弾性シートの固定は十分に行われる。
また、請求項5記載の発明によれば、上記効果に加え、頭部が被固定孔に掛止されることで弾性シートが本体プレートに固定されるので、弾性シートの固定がより十分にされた低圧注入器具が提供される。
また、請求項6記載の発明によれば、上記効果に加え、被固定部が弾性シートの膨出の側と同じ側に向かって差し込まれることで固定されているので、充填材の漏れのより少ない好適な低圧注入器具が提供される。
また、請求項7記載の発明によれば、上記効果に加え、複数の固定孔が設けられてそれぞれに被固定部が嵌め込まれるので、より均一により強固に弾性シートを固定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本願発明の実施形態に係るひび割れ補修用低圧注入器具を示した斜視概略図である。
【図2】図1に示すひび割れ補修用低圧注入器具の平面断面概略図である。
【図3】図1に示すひび割れ補修用低圧注入器具の平面概略図である。
【図4】弾性シートの嵌め込みについて示した斜視概略図である。
【図5】実施形態の低圧注入器具の使用状態について模式的に示した断面図である。
【図6】被固定部が弾性シートの膨出の側とは反対側の突出した構造の実施形態について模式的に示した断面図である。
【図7】従来の低圧注入器具及び低圧注入器具を使用した充填材の注入について示した正面断面概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本願発明を実施するための形態(以下、実施形態)について説明する。
図1及び図2は、本願発明の実施形態に係るひび割れ補修用低圧注入器具を示した図であり、図1は斜視概略図、図2は正面断面概略図、図3の平面概略図である。
図1〜図3に示すひび割れ補修用低圧注入器具は、注入箇所においてひび割れの開口を液密に塞いだ状態で取り付けられる本体プレート1と、本体プレート1に対して液密に固定された弾性シート2とを備えている。本体プレート1は、全体としては長方形の板状である。本体プレート1の中央には、注入用開口11が設けられている。注入用開口11は、長方形の両端に半円を延設したような形状(以下、本明細書において長円と称す)である。
【0016】
弾性シート2は、注入用開口11を覆って塞ぐよう設けられている。本実施形態の低圧注入器具の大きな特徴点は、本体プレート1には弾性シート2を固定するための固定孔12が設けられており、弾性シート2は、固定孔12に対して嵌め込まれることによって弾性シート2が全体に本体プレート1に対して固定される形状となっている点である。図4は、弾性シート2の嵌め込みについて示した斜視概略図である。
固定孔12は、図4に示すように、注入用開口11を取り囲むようにして複数設けられている。各固定孔12はスリット状であり、注入用開口11の縁に沿って設けられている。各固定孔12の中心線を結んだ線(一点鎖線で示す)より成る長円は、注入用開口11の縁と相似形であり同心となっている。
【0017】
一方、弾性シート2は、シリコンゴムのような合成ゴムで全体が形成されており、弾性を有している。弾性シート2は、図4に示すように、比較的薄い部分である主部21と、主部21を取り囲んで延設された厚い厚さの周辺部22とを有している。周辺部22には、本体プレート1に対して固定される部位である被被固定部23が形成されている。
被固定部23は、周辺部22から一方の側に突出させて形成した突起状の部位であり、特定の方向に長く延びた形状(いわゆる突条)となっている。各被固定部23の位置、延びの方向と形状は、本体プレート1の各固定孔12の位置及び形状と一致している。また、図2に示すように、被固定部23は、頭部231と頭部231を支えた支え部232とより成っている。支え部232は頭部231を支えており、頭部231よりも断面積が小さい。また、頭部231の断面積は被固定孔12よりも大きくなっている。
【0018】
弾性シート2を本体プレート1に固定する際には、各被固定部23を各固定孔12に押し込み、各頭部231を少しつぶすようにしながら(各頭部231も弾性を有する)各固定孔12に挿通させる。この結果、図2に示すように、各頭部231が各固定孔12から抜け出て元の形状に戻り、各固定孔12に掛止された状態となり、弾性シート2が本体プレート1に固定された状態となる。尚、支え部232についても固定孔12よりも少し大きな断面とし、少しつぶされた状態で各固定孔12に嵌め込まれるようにしても良い。また、各頭部231の表面に潤滑性のコーティングをして嵌め込みを容易にするようにしても良い。
【0019】
このようにして弾性シート2が固定される本体プレート1は、前述したように、湾曲した壁面や角部の壁面での補修を考慮して塑性変形可能なものとされる。即ち、フェライト系ステンレスのような柔らかいスチール、鉛、アルミ等で形成されている。厚さも、必要な柔らかさを出すために適宜薄くされており、例えばスチール製であれば0.4〜2mm程度とされる。尚、本体プレート1の表面には、必要に応じて、腐食防止等のための保護コーティングが施されることもある。
【0020】
また、弾性シート2には、注入ノズル24が形成されている。注入ノズル24は、主部21に対して垂直に突出している。突出の側は、各被固定部23と同じ側である。注入ノズル24は、円筒状の部位であり、充填材を注入する注入管が装着される部位である。弾性シート2は全体として射出成型のような方法で一体に形成されるので、注入ノズル24も一体に形成される。尚、図示は省略されているが、弾性シート2は、注入ノズル24の端部の位置に逆止弁を設けた構造とされている。逆止弁の構造については、例えば特開平6−42195号公報に開示されたものを採用することができる。
【0021】
このような構成である本実施形態の低圧注入器具の使用方法について、図5を参照しながら説明する。図5は、実施形態の低圧注入器具の使用状態について模式的に示した断面図である。
本実施形態の低圧注入器具は、基本的に前述した従来のものと同様に使用される。即ち、ひび割れのある壁面3において、ひび割れ31のうち注入箇所のみを残してシール材(不図示)で塞ぎ、注入箇所に低圧注入器具を接着材5で接着する。注入箇所は、ひび割れの開口の延びに沿って所定間隔をおいて複数設定されることが多く、各注入箇所にそれぞれ低圧注入器具が接着される。
【0022】
低圧注入器具の注入ノズル24に注入管(不図示)を装着し、充填材4を所定の圧力で注入する。この結果、充填材4がひび割れ31内に浸入する。そして、ひび割れ31内に浸入しきれない充填材4が弾性シート2の主部21の内側に溜まっていき、主部21を膨出させていく。この状態が図5に示されている。所定量の充填材4を注入した後、所定時間放置する。この結果、弾性シート2の主部21が復元力により内部の充填材4をひび割れ31内に押し込み、毛細管現象によりひび割れ31内にくまなく充填材4が充填される。そして、さらに所定時間放置して充填材4を完全に硬化させた後、シール材及び低圧注入器具を剥がす。これにより、ひび割れ31の補修が完了する。
尚、充填材は、通常、施工場所において材料を混合して調製することで用意される。充填材は、混合当初は高い流動性を持った液相状態であり、上記のようにひび割れ内にくまなく充填されるが、時間が経つに従って流動性を失い、所定時間経過後に十分な強度で硬化する物性となるよう調合される。
【0023】
上述した構成に係る本実施形態の低圧注入器具は、弾性シート2の被固定部23が本体プレート1の固定孔12に嵌め込まれることで弾性シート2全体が本体プレート1に固定されているので、本体プレート1や弾性シート2の材質について特に制約を受けず、自由に選定することができる。本実施形態では、本体プレート1の材質として塑性変形可能な金属を採用して湾曲面や角部について補修が可能としつつ、弾性シート2の材質としてシリコンゴムのような合成ゴムを採用して品質の安定性、信頼性を確保している。このため、湾曲面や角部において信頼性の高い補修が行えることになる。
また、被固定部23が、弾性を有し且つ復元時に被固定孔12よりも大きな形状の頭部231と、頭部231を支えているとともに頭部231より断面積が小さい支え部232とから成るので、頭部231が掛止された状態で嵌め込みが行われる。このため、弾性シート2の固定がより十分なものとなる。尚、注入用開口11の周囲に複数の固定孔12が設けられてそれぞれに被固定部23が嵌め込まれる構造は、より均一により強固に弾性シート2を固定するのに貢献している。
【0024】
そして、被固定部23が、注入用開口11を通して弾性シート2の主部21が膨出する側と同じ側に突出した構造である点は、充填材の注入時に充填材の漏れが無いようにするという顕著な意義を有するものである。以下、この点について図6を参照して説明する。図6は、被固定部23が弾性シート2の膨出の側とは反対側の突出した構造の実施形態について模式的に示した断面図である。
図6に示す実施形態において、本体プレート1の壁面3に近い側の面を内面とし、それとは反対側を外面とすると、被固定部23は、外面から内面に向けて固定孔12に挿通されることで固定されている。そして、弾性シート2の主部21は、本体プレート1を挟んで壁面3とは反対側に位置し、充填材の注入時には本体プレート1の注入用開口11から遠ざかるようにして膨出する。
この図6に示すような構造の低圧注入器具の場合、被固定部23の頭部231が壁面3側にはみ出しているため、壁面3への接着の際にこの部分が邪魔になり得る。本体プレート1を折り曲げれば多少は良好に接着が可能であるが、図5に示す実施形態の方がより十分に接着することができる。
【0025】
また、図6に示す構造では、弾性シート2の主部21が注入用開口11を通して膨出するのではなく専ら注入用開口11から離れるようにして膨出する状態となるので、図1〜図5に示す実施形態と比べると、液密な弾性シート2の固定という点では若干劣る。即ち、図6に拡大して示すように、主部21が膨出した際、周辺部22を本体プレート1から引き離すような状態となるので、周辺部22と本体プレート1との密着が悪くなり易く、注入圧力によっては両者が離間して充填材4が漏れ出てしまうこともあり得る。一方、図1〜図5に示す実施形態によれば、弾性シート2の主部21が注入用開口11を通して膨出するので、主部21の膨出による力は、弾性シート2を壁面3から引き離すように作用するのみであり、本体プレート1と弾性シート2の密着性については逆にこれを高めるように作用する。したがって、本体プレート1を壁面3に対して十分な力で接着しておけば、充填材4が漏れ出てしまう問題はない。このような作用効果の違いは、弾性シート2が本体プレート1と壁面3との間に位置するように低圧注入器具が壁面3に接着され、弾性シート2の主部21は本体プレート1の注入用開口11を通して膨出する構造としたことによる。そして、これは、被固定部23が主部21の膨出の側と同じ側に突出していることによる。
【0026】
尚、頭部231の突出については、図6中に要部を示した変形例のように、本体プレート1に凹凸を設け、凹部の部分に頭部231が収まるように固定孔12を形成する構造が考えられる。このようにすれば、頭部231が本体プレート1の壁面3への接着の邪魔になることはない。
【0027】
液密について多少説明すると、「液密に固定された」の「液密」とは、使用時に充填材が漏れ出ないように固定されたという意味である。図1〜図5に示す実施形態の場合、弾性シート2の主部21の内側に溜まった充填材4は、周辺部22と壁面3との間を押し広げるようにして流れ得る。この場合、本体プレート1の両端は壁面3に対する接着を行う接着材で十分に液密に接着されているため、端部から充填材4が漏れ出てしまうことはない。充填材4は、本体プレート1の端部を廻り込むことが考えられるが、弾性シート2の主部21が膨出して周辺部22を引き上げているため、本体プレート1と弾性シート2の周辺部22とは密着した状態であり、液密となっている(即ち、充填材は漏れ出ない)。
図6に示す実施形態の場合、上記のように液密な密着という点では図1〜図5の実施形態に劣るが、周辺部22の厚さを厚くする等して復元力を大きくしておき、変形しても端部が本体プレート1から離れないようにしておくことで液密構造を達成できる。
【0028】
上記各実施形態においては、本体プレート1は塑性変形可能な金属で形成されたものであったが、塑性変形可能なものであれば金属以外でも良い。塑性変形可能とは、一般的には、作業者が手で変形させることができる程度の塑性という意味である。また、フラットな壁面3を補修するものであるならば、本体プレート1は塑性変形しない材質であっても良く、堅い金属やプラスチック、セラミックスなどでも良い。
【0029】
また、弾性シート2の材質としては、品質の安定性等の面では合成ゴムに劣るものの、天然ゴムであっても良く、ゴム以外の材質であっても必要な弾性を有するものであれば採用が可能である。
尚、弾性シート2のうち少なくとも主部21は必要な弾性を有しているが、他の部分は弾性を有していなくとも良い。また、被固定部23の頭部231が弾性を有することは上記のように嵌め込みによる固定を容易に且つ十分にする効果があるが、周辺部22のうちの他の部位は弾性を有していなくとも良い。尚、支え部232が弾性を有し、少しつぶれた状態で固定孔12に挿通されていると、固定孔12への密着がより十分になる効果がある。
【0030】
また、注入ノズル24については、主部21に形成されている必要はなく、周辺部22に形成されていても良く、本体プレート1に形成されていても良い。このような構造は、特開平9−32308号公報や特開2004−360329号公報に開示されている。
また、本願発明の低圧注入器具を使用してひび割れの補修がされる構造物としては、コンクリート製のビルや橋梁、擁壁等が典型的であるが、この他、モルタル製の構造物や石積みの構造物等を対象とすることができる。
【符号の説明】
【0031】
1 本体プレート
11 注入用開口
12 固定孔
2 弾性シート
21 主部
22 周辺部
23 被固定部
231 頭部
232 支え部
24 注入ノズル
3 壁面
31 ひび割れ
4 充填材
5 接着材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
壁のひび割れに充填材を注入して充填することでひび割れを補修する際に使用され、充填材の注入箇所においてひび割れの開口を塞ぐとともに注入管が装着されるひび割れ補修用低圧注入器具であって、
ひび割れの開口を液密に塞いだ状態で壁面に取り付けられる本体プレートと、本体プレートに対して液密に固定された弾性シートとより成り、
本体プレートには、弾性シートを固定するための固定孔が設けられており、
弾性シートは、弾性に有し充填材の注入時の圧力で膨出する主部と、本体プレートに対して固定される部位である被被固定部とを備えており、被固定部は、固定孔に対して嵌め込まれることによって弾性シートが本体プレートに対して固定される形状となっていることを特徴とするひび割れ補修用低圧注入器具。
【請求項2】
前記本体プレートは、壁面の形状に合わせて塑性変形することが可能な材質で形成されていることを特徴とする請求項1記載のひび割れ補修用低圧注入器具。
【請求項3】
前記本体プレートは、金属製であることを特徴とする請求項2記載のひび割れ補修用低圧注入器具。
【請求項4】
前記弾性シートは、シリコンゴム製であることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載のひび割れ補修用低圧注入器具。
【請求項5】
前記被固定部は、弾性を有し且つ復元時に前記被固定孔よりも大きい大きさとなる頭部と、頭部を支えているとともに頭部より断面積が小さい支え部とを備えており、頭部及び支え部は前記被固定孔に差し込まれることが可能であって、頭部及び支え部を前記被固定孔に差し込んだ際に頭部が被固定孔に掛止されることで弾性シートが本体プレートに固定される形状となっていることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載のひび割れ補修用低圧注入器具。
【請求項6】
前記本体プレートは注入用開口を有しており、前記弾性シートは前記本体プレートの一方の側に位置し、前記シート本体は膨出時に前記本体プレートの注入用開口を通して他方の側に膨出する位置に設けられており、前記被固定部は、前記頭部及び前記支え部が一方の側から他方の側に向かって前記固定孔に差し込まれることで掛止されていることを特徴とする請求項5記載のひび割れ補修用低圧注入器具。
【請求項7】
前記本体プレートは注入用開口を有しており、前記固定孔は、前記注入用開口を取り囲むようにして複数設けられていることを特徴とする請求項1乃至6いずれかに記載のひび割れ補修用低圧注入器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−149411(P2012−149411A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7604(P2011−7604)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(307045135)ダイヤリフォーム株式会社 (2)
【Fターム(参考)】