説明

めっき表面とクロメートフリー皮膜との密着性に優れたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】有機系のクロメートフリー皮膜を被覆した場合であっても、耐白錆性などの耐食性に優れると共に、クロメートフリー皮膜との密着性に優れたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板、およびこうしたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を製造するための有用な方法を提供する。
【解決手段】本発明の溶融亜鉛めっき鋼板は、溶融亜鉛めっき層および有機系クロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板において、前記溶融亜鉛めっき層は、めっき最表面から深さ10nmまでの表層部において、高周波グロー放電発光分光分析で測定したときのAl量が1〜5.0質量%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛めっき層の表面にクロムを含まないクロメートフリー皮膜を形成したクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板、およびその製造方法に関するものであり、特に耐白錆性などの耐食性に優れると共に、クロメートフリー皮膜との密着性に優れたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板、およびこうしたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を製造するための有用な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建築機材、電気製品、自動車等様々な用途で使用されている鋼板は、耐食性を確保するという観点から、鋼板表面に溶融亜鉛めっきを施すことが多い。しかしながら、溶融亜鉛系めっき鋼板においても、耐食性(耐白錆性)が不十分な場合もあり、また塗装下地として使用する場合には塗料との密着性も確保し難いことから、その改善策として溶融亜鉛めっき鋼板表面にクロメート処理を施すことも行われていた。
【0003】
しかしながら、クロメート処理を行った場合には、白錆抑制効果には優れているものの、有害な6価クロムを多量に含むという問題がある。特に、近年においては、環境問題への意識が高くなってくるにつけて、クロメート処理は回避される傾向にあり、殆どの用途でクロムを含まないクロメートフリー皮膜でめっき層の表面を被覆したクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板に移行しつつある。
【0004】
クロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板においては、クロメート皮膜に匹敵する高度なバリアー性が必要であり、潤滑性、耐指紋性等の他の付加価値を付与しやすいことから、有機系のクロメートフリー皮膜が開発されている。本発明者も、こうした有機系のクロメートフリー皮膜として、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンに対し、固形物換算にて、シリカ粒子:1〜30質量%、架橋剤:1〜8質量%含む他、タンニン酸および/またはバナジン酸アンモニウムを1〜8質量%の割合で含むものが有用であることを提案している(特許文献1)。この技術では、上記のような有機系のクロメートフリー皮膜を溶融亜鉛めっき鋼板の表面に形成することによって、耐食性は勿論のこと、クロメートフリー皮膜と溶融亜鉛めっき層表面との密着性をも良好にするものである。
【0005】
しかしながら、ユーザでの使用環境が多様化するにつれて、溶融亜鉛めっき層表面とクロメートフリー皮膜との密着性および耐食性に関して、より高度なバランスが要求されるようになっている。特に、めっき層との反応で生成しためっき表面の凹凸によるアンカー効果が期待できる無機系クロメート皮膜に比べて、有機系のクロメートフリー皮膜はめっき層表面との密着性が劣る傾向がある。
【0006】
上記したようなめっき表面との密着性を改善する技術として、特許文献2には、フッ化物を含有する処理液から防食皮膜を形成することによって、皮膜形成までの間にめっき表面がフッ化物イオンでエッチングされて、防食皮膜とめっき層との密着性が増し、これによって耐食性を向上させる技術が提案されている。しかしながら、エッチング成分は水溶性であるために、皮膜中に残存すると十分な耐食性が確保できないという問題がある。
【0007】
ところで、溶融亜鉛めっき鋼板は、通常、微量のAlを含む溶融亜鉛めっき浴に素地鋼板を浸漬して製造される。このとき、めっき浴中にAlを含有させると、溶融亜鉛めっき層と素地鋼板との界面におけるFe−Zn合金層の形成を抑制し、溶融亜鉛めっき層の密着性を高める方向に作用することが知られている。
【0008】
めっき層中若しくはめっき浴中のAl濃度に着目してめっき鋼板の特性を改善する技術も、これまで様々提案されている。例えば、特許文献3には、活性化処理でめっき層中のAlを除去した後、酸化処理を施すことによってめっき表面にZn系酸化物を形成し、これによってプレス成形性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板を得る技術が提案されている。この技術では、めっき層表面への調質圧延(スキンパス圧延:以下、「SKP圧延」と呼ぶことがある)でめっき層表層部のAl酸化物が除去されることが示されている。しかしながら、本発明者が実験によって確認したところによれば、めっき層表層部のAl量は低減するものの、完全に除去されている訳ではなく、めっき層中での濃度分布が変化するだけであって、Al量が安定するめっき層表面から深さ200nm程度までのAlのトータル量を測定すると、SKP圧延前後ではAl量に変化が殆どないことが確認されている。即ち、このような技術では、Al量の調整による効果が期待されるほど発揮できていないのが実情である。
【0009】
特許文献4には、めっき層中のAl量、めっき表層とη相中のAl濃度の比を規定することで、スポット溶接性、摺動性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板を製造する技術が提案されている。この技術では、めっき表層のAlはアルカリ溶液に浸漬することで正に除去されており、Al量を調整することによって、有機系のクロメートフリー皮膜とめっき層との
密着性を改善するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−176092号公報
【特許文献2】特開2001−192851号公報
【特許文献3】特開2005−120447号公報
【特許文献4】特開2002−105614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、有機系のクロメートフリー皮膜を被覆した場合であっても、耐白錆性などの耐食性に優れたると共に、クロメートフリー皮膜との密着性に優れたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板、およびこうしたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を製造するための有用な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的を達成し得た本発明のクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板とは、溶融亜鉛めっき層および有機系クロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板において、前記溶融亜鉛めっき層は、めっき最表面から深さ10nmまでの表層部において、高周波グロー放電発光分光分析で測定したときのAl量が1〜5.0質量%である点に要旨を有するものである。
【0013】
本発明のクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板で用いる有機系クロメートフリー皮膜としては、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンに対し、固形物換算にて、シリカ粒子:1〜30質量%、架橋剤:1〜8質量%を含有するものが好ましいものとして挙げられる。
【0014】
上記のようなクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を製造するに当たっては、Al濃度を0.2〜0.3質量%に調整した溶融亜鉛めっき浴中に素地鋼板を浸漬して鋼板表面に溶融亜鉛めっき層を形成した後、その冷却過程で400超〜440℃の温度範囲に10〜30秒保持し、引き続き、溶融亜鉛めっき層表面に伸び率:0.5〜2%で調質圧延を施し、その後溶融亜鉛めっき層表面に有機系クロメートフリー皮膜を形成するようにすれば良い。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板では、溶融亜鉛めっき層および有機系クロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板において、溶融亜鉛めっき層は、めっき最表面から深さ10nmまでの表層部において、高周波グロー放電発光分光分析で測定したときのAl量が1〜5.0質量%であるものとすることによって、耐白錆性などの耐食性に優れたると共に、溶融亜鉛めっき層と有機系クロメートフリー皮膜の密着性も良好なものとなり、こうしたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板は自動車ボディ用鋼板等の素材として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
クロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板は、プレス成形やロールフォーミング等の加工を受けた後、塗装されずにそのまま裸の状態で使用されるケースが多い。この様な状況で使用されると、加工を受けた部分にクロメートフリー皮膜が残存していることが重要である。加工の際には、クロメートフリー皮膜は多少のダメージを受けるが、めっき層上に皮膜が残存していれば、そのバリアー効果によって、耐食性を発揮することができる。しかしながら、クロメートフリー皮膜が完全に脱落してしまうと、バリアー効果がなくなってしまうことになる。
【0017】
本発明者は、このような状況を憂慮し、クロメートフリー皮膜と溶融亜鉛めっき層表面の密着性を向上させるべく、様々な角度から検討した。その結果、めっき最表面から深さ10nmまでの表層部において、高周波グロー放電発光分光分析で測定したときのAl量を1〜5.0質量%となるようにすれば、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0018】
上記Al量が5.0質量%を超えると、クロメートフリー皮膜と溶融亜鉛めっき層表面の密着性が劣化し始める。このAl量は好ましくは4質量%以下とするのが良い。めっきの表層部でのAl量を5.0質量%以下とすることによって、クロメートフリー皮膜と溶融亜鉛めっき層表面の密着性が向上する理由については、その全てを解明し得た訳ではないが、クロメートフリー皮膜とめっき最表層のZnとの結合に対して、AlおよびAlの酸化物が結合を阻害するように作用するためと考えることができた。
【0019】
上記Al量が5.0質量%以下では、その含有量が低下するにつれて、クロメートフリー皮膜の密着力は向上し、剥がれにくいものとなる。しかしながら、めっき表層部でのAl量が1質量%未満になると、クロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板の耐食性が劣化するので、このAl量は1質量%以上とする必要がある。このAl量は好ましくは2質量%以上とするのが良い。
【0020】
めっき表層部でのAl量を上記の範囲となるように制御するには、Al濃度を0.2〜0.3質量%に調整した溶融亜鉛めっき浴中に素地鋼板を浸漬して鋼板表面に溶融亜鉛めっき層を形成した後、その冷却過程で400超〜440℃の温度範囲に10〜30秒保持し、引き続き、溶融亜鉛めっき層表面に伸び率:0.5〜2%で調質圧延を施すようにすれば良い。この方法における各要件を規定した理由は次の通りである。
【0021】
めっき浴中にAlを含有させると、溶融亜鉛めっき層と素地鋼板との界面におけるFe−Zn合金層の形成を抑制し、溶融亜鉛めっき層の密着性を高める方向に作用することは上述した通りであるが、こうした効果を発揮させるためには、めっき浴中のAl濃度は0.2質量%以上とする必要がある。しかしながら、めっき浴中のAl濃度が過剰になると、浴中機器の浸食が激しくなり寿命が極端に短くなるため、Al濃度は0.3質量%以下とする必要がある。
【0022】
本発明で用いるめっき浴(溶融亜鉛めっき浴)の残部成分は、Znおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、素地鋼板などから不可避的に混入する元素として、Ti、Mn、Mg、Pb、Ni、Co、Sb、As、In、Cu、Fe等が挙げられる。これらの不可避不純物元素は、おおむね、合計で0.02%程度以下の範囲で含有していてもよい(めっき層中に反映して含有されていても良い)。こうした元素を含有しても本発明の効果が損なわれないことを本発明者らは確認している。
【0023】
Al濃度を上記のように調製しためっき浴を用いて溶融亜鉛めっき鋼板では、めっき表層部のAl量は比較的多い状態(7〜10質量%程度)となる。このめっき表層部のAl量は、めっき浴温度、ラインスピード等によって影響され、上記Al量はばらつきを示すことになる。そこで、本発明では、めっき表層部にAlを拡散させるために、めっき後の冷却工程において、溶融亜鉛めっき層が凝固する400℃超から440℃の温度域を、少なくとも10秒間かけて冷却する。具体的には、上記の温度域を10秒間以上かけて冷却(徐冷)しても良いし、上記温度域内の所定温度で等温保持してもよい。
【0024】
亜鉛の融点は約420℃であり、400℃以下の温度域で長時間保持しても、Alは拡散せず、溶融亜鉛めっき層の最表層近傍(表層部)におけるAl量を確保することができない。一方、440℃を超えて高温になると、ZnとFeの合金化反応が促進され、素地鋼板と溶融亜鉛めっき層との密着性が低下する。好ましい温度域は405℃以上435℃以下であり、より好ましくは410℃以上430℃以下である。
【0025】
本発明では、このように溶融亜鉛めっき層が凝固するまでの時間を少なくとも10秒とし、凝固までの時間を延ばすことによって、溶融亜鉛めっき層内のAlが少なくとも上記の最表層近傍付近まで拡散する時間を確保することができる。このときの時間(以下、「保持時間」と呼ぶ)が10秒未満では、Alの拡散が不十分となる。好ましくは13秒以上、より好ましくは15秒以上である。保持時間の上限は、その後のSKP圧延による表層Al量の調整を考慮すると、30秒以下であることが好ましく、25秒以下であることがより好ましい。
【0026】
上記のようにしてめっきの表層部にAlを拡散させた後は、伸び率:0.5〜2%の範囲でSKP圧延を行なう。このようなSKP圧延を行なうことによって、めっき表層部のAl量を1〜5.0質量%の範囲に調整できることになる。このようなSKP圧延を行なうことは、めっき表層部のAlが破壊されたり、または削り取られる訳ではなく、SKP圧延によって、めっき表層部のAlがめっき層中に押し込まれる結果、めっき表層部でのAl量に変化が生じることになる。こうした状況は、めっき層中でのAl量が安定するとされる最表層(めっき最表面からおよそ200nmまでの深さ)のAlのトータル量を測定すると、SKP圧延前後で量的な変化が殆どないことによって確認できた。
【0027】
上記のような作用を発揮させるためには、SKP圧延時の伸び率を0.5〜2%程度とする必要があるが、このときの伸び率が0.5%未満では溶融亜鉛めっき鋼板上にスパングルが残るため、外観上問題となる。逆に、伸び率が2%を超えると、SKPのワークロールZnのピックアップが発生しやすなり、品質、操業性の両面の問題が発生することにもなる。
【0028】
上記溶融亜鉛めっき層の残部成分は、Znおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、素地鋼板などから不可避的に混入する元素として、Ti、Mn、Mg、Pb、Ni、Co、Sb、As、In、Cu、Fe等が挙げられる。これらの不可避不純物元素は、おおむね、合計で0.02%程度以下の範囲で含有していてもよい。こうした元素を含有しても本発明の効果が損なわれないことを本発明者は確認している。
【0029】
上記しためっき条件以外は、従来汎用されている方法を採用することができる。例えば、めっき浴の温度は、おおむね、470〜450℃程度に制御し、めっき浴への浸漬時間は、おおむね、2〜10秒とすることが好ましい。
【0030】
本発明のクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板は、上記のようにして得られる溶融亜鉛めっき鋼板の表面に有機系クロメートフリー皮膜を形成するものである。クロメートフリー皮膜としては、無機系皮膜も知られているが、無機系皮膜はめっき表面のAl濃化層の影響を受けず、元来良好な反応性を有している。即ち、無機系クロメートフリー皮膜では、本発明によるようなめっき表層部のAl量の制御による効果を有効に発揮できないことになる。こうしたことから、本発明では溶融めっき層表面に形成するクロメートフリー皮膜として有機系のものに限定した。
【0031】
こうした有機系クロメートフリー皮膜としては、従来から知られているものも使用できるが、前記特許文献1に提案したものが好ましいものとして挙げられる。先に提案した技術では、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンに対し、固形物換算にて、シリカ粒子:1〜30質量%、架橋剤:1〜8質量%を含有するものを提案しているが、このような有機系のクロメートフリー皮膜を溶融亜鉛めっき鋼板の表面に形成することによって、クロメートフリー皮膜とめっき層表面との密着性を更に向上させると共に、耐食性をも向上したものとなる。
【0032】
上記のような有機系クロメートフリー皮膜は、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンに、固形物換算にて、シリカ粒子:1〜30質量%、架橋剤:1〜8質量%を含む他、必要によってタンニン酸および/またはバナジン酸アンモニウムを1〜8質量%の割合で含む水系樹脂塗料を、溶融亜鉛系めっき鋼板の表面に塗布し、鋼板を加熱して前記塗料を乾燥させることによって形成することができる。
【0033】
上記水系樹脂塗料における樹脂成分として、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンが用いられる。このポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンは、エチレン性不飽和カルボン酸成分を1〜40質量%の範囲で含み、(メタ)アクリル酸エステル成分を含んでいてもよいオレフィン−エチレン性不飽和カルボン酸共重合体樹脂をアイオノマー化し、更に、架橋剤にて架橋して高分子化してなるポリオレフィン系共重合体樹脂であることが好ましい。
【0034】
上記イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンは、カルボキシル基を有するポリオレフィン系共重合体を製造する第1の工程と、かくして得られたポリオレフィン系共重合体をアイオノマー化する第2の工程と、更に得られたアイオノマー樹脂を高分子化する第3の工程を経ることによって得ることができる。
【0035】
イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体エマルジョンの製造において、第1工程である共重合体の製造工程は次の通りである。まず、第1の単量体としてのオレフィンと、第2の単量体としてのエチレン性不飽和カルボン酸1〜40質量%とを含み、必要に応じて、その他の共重合可能な第3の単量体成分からなる単量体混合物を水性分散媒中で温度200〜300℃、圧力1000〜2000気圧の条件下で共重合させて、カルボキシル基を有するポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンを調製する。
【0036】
上記で用いるエチレン性不飽和カルボン酸としては、例えば(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等を挙げることができるが、このうち特に好ましいのは(メタ)アクリル酸である。また、第1の単量体としてのオレフィンとしては、通常、エチレン、プロピレン等の脂肪族α−オレフィンやスチレン等の芳香族ビニル化合物が好ましく用いられる。従って、本発明で好ましく用いられるポリオレフィン系共重合体樹脂としては、例えば、エチレン−(メタ)アクリル酸共重合体樹脂、スチレン−(メタ)アクリル酸共重合体樹脂、エチレン−スチレン−(メタ)アクリル酸共重合体樹脂等を挙げることができる。
【0037】
上記第1および第2の単量体に加えて、必要に応じて、第3の単量体として、例えば(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル等の(メタ)アクリル酸エステル、スチレン、ビニルトルエン、クロロエチレン等のスチレン系単量体、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピル等の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル、N−メチロール(メタ)アクリルアミド等のN−置換(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリル酸グリシジル等のエポキシ基含有(メタ)アクリル酸エステル、(メタ)アクリロニトリル等の1種または2種以上を用いることができる。
【0038】
上記のようなポリオレフィン系共重合体樹脂において、エチレン性不飽和カルボン酸成分が40質量%よりも多くなると、その後の乳化アイオノマー工程と高分子量化工程を経て得られるイオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンを皮膜形成材料として用いても、得られる樹脂被覆溶融亜鉛系めっき鋼板が十分な耐食性を発揮することができない。また、エチレン性不飽和カルボン酸成分が1質量%よりも少なくなると、得られるポリオレフィン系共重合体樹脂を水溶性または水分散性とすることが困難であり、本発明で用いるエマルジョンを得ることができない。
【0039】
上記水性分散媒としては、水または水と親水性有機溶媒との混合物が用いられる。親水性有機溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール等の低級脂肪酸アルコールや、エチレングリコールメチルエーテル等のグリコールエーテル、エチレングリコールアセテート等のグリコールエステル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジアセチルアルコール等が用いられる。
【0040】
第1の工程で得られたポリオレフィン系共重合体樹脂は、次いで乳化アイオノマー化される。このアイオノマー化は、通常、温度80〜300℃、圧力1〜20気圧の条件下に適宜の陽イオンを用いて行う。このとき用いる陽イオンとしては、金属イオンが好ましく、例えばリチウム、カリウム、マグネシウム、亜鉛、ナトリウム、カルシウム、鉄、アルミニウム等の金属イオンが挙げられる。
【0041】
尚、イオンクラスターにより分子会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンは、アミンで中和したものであることが好ましい。こうしたアミンの添加で中和させることによって、エマルジョン粒子の粒子径が小さくなり、造膜性が向上して水の透過性を抑制する効果が発揮されて皮膜の耐食性が向上することになる。上記中和は、これまでアンモニアによって行われるのが一般的であるが、こうしたアンモニア等の中和剤と比べて、アミンの融点が高いので、塗布乾燥時の造膜速度が穏やかになり、エマルジョン粒子の融着・レベリング性が向上して緻密な皮膜が形成されることになる。このとき用いるアミンの種類としては、例えばイソプロパノールアミン、N,N−ジエチルエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、モノエタノールアミン、N,n−ブチルジエタノールアミン等が挙げられる。
【0042】
上記アイオノマー化した樹脂には、架橋剤を添加して架橋させることによって、イオンクラスターにより分子会合したポリオレフィン系共重合体を得ることができる。このとき用いる架橋剤としては、イオンクラスターにより分子会合したポリオレフィン系共重合体樹脂のカルボキシル基を架橋できるものであれば、その種類については限定されるものではなく、例えばエポキシ基、イソシアネート基、カルボキシイミド基、アジリジニル基等を有する有機化合物等が採用できるが、特に耐食性のみならず、安定性や架橋効率の点でエポキシ系架橋剤が好ましい。
【0043】
この架橋剤の皮膜中の含有量は1〜8質量%(固形物換算)程度とするのが良い。架橋剤の含有量が1質量%よりも少なくなると、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂中の架橋反応が不十分になるので、耐食性に劣る皮膜となる。また、架橋剤の含有量が8質量%を超えると、水系塗料がゲル化し、めっき鋼板への塗布ができなくなる。尚、架橋反応は、通常、温度:30〜200℃程度、圧力:常圧〜20気圧程度の条件下で行うことが好ましい。
【0044】
上記した有機系クロメートフリー皮膜は、固形物換算にて、シリカ粒子を1〜30質量%の割合で含むものである。このシリカ粒子は、得られる皮膜に優れた耐食性・塗装性を付与し、更には加工時の皮膜の疵付き、黒化現象の発生等を抑制するのに有効である。こうした効果を発揮させるためには、シリカ粒子が固形物換算で1質量%以上含有させる必要がある。しかしながらシリカ粒子の含有量が30質量%を超えると、シリカ粒子が溶接電極チップに堆積し、スパークを引き起こすことで電極チップが損傷を受け、電極寿命が極端に短くなる。
【0045】
上記のようなシリカ粒子の効果を最大限に発揮させるためには、シリカ粒子の平均粒径は1〜9nm程度であることが好ましい。シリカ粒子の平均粒径が小さくなるほど、皮膜の耐食性は向上する。しかしながら、極端に小さい粒径のシリカ粒子を用いても、耐食性の向上効果がそれに対応して大きくなるものではなく、塗料中での安定性が劣化してゲル化し易くなる。こうした観点から、シリカ粒子は平均粒径で1nm以上であることが好ましい。他方、シリカ粒子があまり大きくなると、皮膜の造膜性が劣化して、耐食性が低下することになるので平均粒径で9nm以下とするのが良い。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0047】
[実施例1]
実験機を用いてAlキルド鋼(冷延鋼板、板厚:0.8mm)を下記の条件で溶融亜鉛めっきし、次いでクロメートフリー皮膜を被覆してクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を得た。このときAlキルド鋼(素地鋼板)は、C:0.05%、Si:0.02%、Mn:0.19%、Al:0.047%、P:0.015%、S:0.012%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板である。
【0048】
Alキルド鋼には、片面に、K熱電対をスポット溶接で取り付け、実験中の板温を測定した。
【0049】
溶融亜鉛めっきは、上記Alキルド鋼板を、H2を5体積%含有するN2ガス雰囲気で、850℃×1分間焼鈍した後、460℃の溶融亜鉛めっき浴に、侵入板温を460℃として浸漬し、ガスワイピングによって狙いめっき付着量が70g/m2となるように調整して行った。溶融亜鉛めっき浴の組成は、下記表1に示す量のAlを含有し、残部はZnおよび不可避不純物である。
【0050】
上記のようにして溶融亜鉛めっきを行なった後、下記表1に示す保持温度まで、純N2ガス雰囲気下、3℃/秒の冷却速度で冷却した。次いで、N2ガス雰囲気中にて、赤外線ヒーターを用いて上記の温度で10秒間等温保持した。その後、純N2ガス雰囲気中で室温まで、20℃/秒の冷却速度で冷却した。尚、この実施例では、実験機を用い、溶融亜鉛めっき浴から出た鋼板を炉内で保持しているため、440℃以下、400℃超の温度域を通過する時間は、上記保持温度で保持した時間(10秒間)とほぼ等しくなっている。
【0051】
次いで、常温まで冷却した溶融亜鉛めっき鋼板を、ラボスキンパス圧延(ラボSKP圧延)により、伸び率:0.1〜2.0%狙いで圧延を行なった。その後、レベラーを用いて平坦度の矯正を行った。
【0052】
このようにして表面を平坦化させた溶融亜鉛めっき層を、高周波グロー放電発光分光分析法(GD−OES)で溶融亜鉛めっき層の最表面から10nmの位置(表面層)におけるAlの量を測定した。測定に用いた測定装置と測定条件は下記の通りである。このときの測定は、測定結果を下記表1に併記する。
【0053】
[GD−OES測定条件]
測定領域:溶融亜鉛めっきサンプル表面の任意の位置で、φ4mmの領域を測定対象とした。
測定装置:SPECTRUM ANALYTIK GmbH社製の「GDA750(装置名)」
測定条件:電力50W、2.5ヘクトパスカルのアルゴンガス中、グロー放電源(無水GDS)−Spectruma Analytik−Grimm型を使用、測定パルスは50%とした。
【0054】
【表1】

【0055】
上記で得られた溶融亜鉛めっき鋼板について、下記の方法によってクロメートフリー皮膜を被覆した。
【0056】
[クロメートフリー皮膜被覆方法]
エマルジョン組成物は、次の手順で調製した。オートクレーブに、水626部とエチレン−アクリル酸共重合体160部を入れ、更にトリエチルアミンとNaOHを添加して150℃、5Paの雰囲気下で高速攪拌し、エチレン−アクリル酸共重合体のエマルジョンを得た。上記エチレン−アクリル酸共重合体は、アクリル酸を20質量%含み、メルトインデックス(MI)は300である。上記トリエチルアミンは、エチレン−アクリル酸共重合体中のカルボキシル基1molに対して40mol%添加し、上記NaOHは、エチレン−アクリル酸共重合体中のカルボキシル基1molに対して15mol%添加した。
【0057】
上記エマルジョンに、架橋剤としてグリシジル基含有架橋剤(大日本インキ化学工業製、「エピクロンCR5L(商品名)」)と、アジリジニル基含有架橋剤(日本触媒製、「ケミタイトDZ−22E(商品名)」、4,4’−ビス(エチレンイミノカルボニルアミド)ジフェニルメタン)を添加し、更に粒子径が4〜6nmのシリカ粒子(日産化学工業製、「スノーテックスXS(商品名)」)と、バナジン酸アンモニウムを添加してエマルジョン組成物を得た。最終的に得られるエマルジョン組成物の固形分(不揮発分)を100%としたとき、上記グリシジル基含有架橋剤と上記アジリジニル基含有架橋剤は、夫々、固形分が5質量%となるように、上記シリカ粒子は、固形分が25質量%となるように添加した。上記バナジン酸アンモニウムは、固形分が5質量%となるように添加した。
【0058】
上記クロメートフリー皮膜の形成は、到達温度(PMT)100℃で、60秒間加熱乾燥して行った。
【0059】
得られた各クロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板について、アクリル系塗料(関西ペイント製、「マジクロン1000(商品名)」)をバーコーダで塗布し、焼き付けを実施した(膜厚:20μm、焼き付け条件:160℃、20秒)。そして、50mm×120mmの試験片を試験条件毎に2枚ずつ準備した。
【0060】
上記試験片について、塗膜の一次密着性試験を実施した。カッターナイフを用い、1mm間隔で碁盤目状に切り込みを入れ(押し付け力:300g)、1サンプルにつき2箇所碁盤目を付け、1箇所については碁盤目状のままで、そう1箇所についてはエリクセン加工(押し出し量:6mm)を実施した。夫々の箇所についてテープを貼り付け、これを剥がし台紙に貼り付けた後、付着塗膜を目視判定し、(100−付着物%)を塗膜残存量(アクリル系塗料の塗膜残存量)とした。n=2の平均値を各条件の碁盤目部、エリクセン部の塗膜残存率として密着性を評価した。塗膜残存率が80%以上を合格、80%未満を不合格とした。
【0061】
また、塗膜剥離部について、鋼板側、テープ側の夫々について、SEM−EDXを用いて、Siの定性分析を行なった。
【0062】
上記の評価方法を採用した理由は次の通りである。上記で用いたクロメートフリー皮膜は無色透明であり、従ってそのままでは皮膜の剥離状況を判断することは難しいものとなる。そこで、クロメートフリー皮膜被覆後、アクリル系塗料を塗布し、一次密着性試験(碁盤目、エリクセン)を実施し、テープへの塗膜の付着の有無によって密着性の評価を行なったものである。塗膜がテープに付着しなければ、(めっき表面/クロメートフリー皮膜)の密着性は良好と判断できる。一方、テープに塗膜が付着した場合には、サンプル表面およびテープ裏面側のEDX測定を行い、クロメートフリー皮膜の成分の一つであるSiの有無を調査したものである。鋼板側にSiが検出されなければめっき層表面でのクロメートフリー皮膜の剥離が有りと判断でき、Siが検出されればクロメートフリー皮膜内での皮膜破断(上記実施例では、いずれも皮膜内破断の発生はなし)と判断できる。
【0063】
一方、上記で得られた各クロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板について、裏面とエッジ部をシールした平板を用い、JIS Z2371に規定する塩水噴霧試験を実施し、35℃で、120時間経過後の白錆発生面積率を下記基準で判定し、耐食性(耐白錆性)を評価した。塩水噴霧試験には、5%NaCl水溶液を用いた。白錆の発生面積率は、目視で判定した。耐食性の評価基準は下記の通りである。
【0064】
[耐食性の評価基準]
◎(合格):白錆の発生面積率が1%以下。
○(合格):白錆の発生面積率が1%を超え、10%以下。
△(不合格):白錆の発生面積率が10%を超え、30%以下。
×(不合格):白錆の発生面積率が30%を超えた。
【0065】
これらの結果を下記表2に示すが、この結果から次のように考察できる。鋼板No.1〜20は、溶融亜鉛めっき層の表層部におけるAl量が本発明の要件を満足する本発明例であり、いずれも密着性と共に耐食性に優れていることが分かる。これに対して、鋼板No.21〜26のものは、本発明で規定する要件を満足しない例であり、少なくとも密着性の点で特性が劣化していることが分かる。
【0066】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融亜鉛めっき層および有機系クロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板において、前記溶融亜鉛めっき層は、めっき最表面から深さ10nmまでの表層部において、高周波グロー放電発光分光分析で測定したときのAl量が1〜5.0質量%であることを特徴とするめっき表面とクロメートフリー皮膜との密着性に優れたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
有機系クロメートフリー皮膜は、イオンクラスターにより分子間会合したポリオレフィン系共重合体樹脂エマルジョンに対し、固形物換算にて、シリカ粒子:1〜30質量%、架橋剤:1〜8質量%を含有するものである請求項1に記載のクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載のクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を製造するに当り、Al濃度を0.2〜0.3質量%に調整した溶融亜鉛めっき浴中に素地鋼板を浸漬して素地鋼板表面に溶融亜鉛めっき層を形成した後、その冷却過程で400超〜440℃の温度範囲に10〜30秒保持し、引き続き、溶融亜鉛めっき層表面に伸び率:0.5〜2%で調質圧延を施し、その後溶融亜鉛めっき層表面に有機系クロメートフリー皮膜を形成することを特徴とするクロメートフリー皮膜との密着性に優れたクロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2010−196104(P2010−196104A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−41347(P2009−41347)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】