説明

アイソレータ

【課題】前回の作業と次の作業との間に滅菌処理を施す場合に、より早期にアイソレータを次の作業が開始可能な状態にする。
【解決手段】アイソレータ100は、作業室10、気体供給部20、気体排出部30、HEPAフィルター42を有する第1の流通路40、HEPAフィルター52を有する第2の流通路50、第1のバイパス流路44、第2のバイパス流路54、滅菌物質供給部70、制御部を備える。制御部は、前回の作業に用いられなかった流通路を作業室10から隔離した状態で滅菌物質供給部70から滅菌物質を供給して作業室10内および前回の作業に用いられた流通路を滅菌する。また、所定のタイミングで気体流路を切換えて前回の作業に用いられなかった流通路を用いて作業室10を使用可能とし、前回の作業に用いられた流通路を作業室10から隔離するとともに該流通路を通る気体を該流通路と連通しているバイパス流路に送るように制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アイソレータに関する。
【背景技術】
【0002】
アイソレータは、無菌環境にある作業室をその内部に有し、作業室において無菌環境であることが要求される作業、たとえば細胞培養などの生体由来材料を対象とする作業を行うためのものである。ここで、無菌環境とは、作業室で行われる作業に必要な物質以外の混入を回避するために限りなく無塵無菌に近い環境をいう。
【0003】
作業室内の無菌環境を確保するために、アイソレータでは気体供給部から取り込まれた空気が気体供給部と作業室との間に設けられたHEPAフィルターなどの微粒子捕集フィルターを介して作業室に供給される。また、作業室内の空気は作業室と気体排出部との間に設けられた微粒子捕集フィルターを介して気体排出部から排出される。
【0004】
また、作業室内における1つの作業が終了した後、次の作業に際して、滅菌物質供給部から滅菌物質としてたとえば過酸化水素を作業室内に噴霧し、作業室内を滅菌している(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−312799号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記滅菌処理では、滅菌工程の終了後、気体供給部から取り込んだ空気を微粒子捕集フィルターを介して作業室内に送り、作業室内の過酸化水素を微粒子捕集フィルターを介して気体排出部から排出して、作業室内の滅菌物質を空気によって置換する置換工程が実施される。従来のアイソレータではこの置換工程に長い時間が必要であったため、結果として滅菌処理にかかる時間が長くなっていた。
【0006】
一方、アイソレータにおいては過酸化水素の噴霧による滅菌工程の後、作業室内の気体を置換して無害化処理を施さなければ、次の作業を開始することができない。そのため、滅菌処理に長い時間がかかると、アイソレータが次回の作業を開始可能な状態となるまでに長い時間がかかってしまうという問題があった。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、アイソレータにおいて前回の作業と次回の作業との間に滅菌処理を施す場合に、より早期にアイソレータを次回の作業が開始可能な状態にすることができる技術の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題の解決法を求めて鋭意研究を重ねた結果、滅菌処理における置換工程に長い時間が必要となる原因として以下のものが挙げられることを究明した。すなわち、滅菌工程で作業室内に過酸化水素ガスを充満させることにより微粒子捕集フィルターに過酸化水素が吸着してしまう。あるいは作業室から気体供給部、微粒子捕集フィルター、再度作業室へと過酸化水素ガスを循環させて滅菌処理を行うタイプのアイソレータでは、過酸化水素が微粒子捕集フィルターを通過する際に吸着してしまう。そして、ガス置換によってはこの吸着した過酸化水素を剥離することが困難であるために置換工程に長い時間が必要であった。本発明者らは、これらの知見に基づいて本発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明のある態様は、アイソレータである。このアイソレータは、生体由来材料を対象とする作業を行うための作業室と、作業室内に気体を供給する気体供給部と、作業室内の気体を排出する気体排出部と、第1の微粒子捕集フィルターを有し、気体供給部と作業室とを連絡する第1の流通路と、第2の微粒子捕集フィルターを有し、気体供給部と作業室とを連絡する第2の流通路と、第1の流通路と気体排出部とを作業室を介さずに連絡する第1のバイパス流路と、第2の流通路と気体排出部とを作業室を介さずに連絡する第2のバイパス流路と、作業室内に滅菌物質を供給する滅菌物質供給部と、前記第1の流通路および第2の流通路のいずれか一方を用いた前記作業室での作業を実施可能とする気体流路の切換えと、前回の作業と次回の作業との間に行われる滅菌処理とを制御する制御部と、を備え、制御部は、前回の作業に用いられなかった流通路を作業室から隔離した状態で、滅菌物質供給部から作業室内に滅菌物質を供給して作業室内および前回の作業に用いられた流通路を滅菌し、作業室からの滅菌物質の排出を開始した後、作業室内における滅菌物質が所定濃度以下となったときに、気体流路を切換えて前回の作業に用いられなかった滅菌済の流通路を用いて作業室を使用可能とするとともに、前回の作業に用いられた流通路を作業室から隔離して、該流通路を通る気体を該流通路と連通しているバイパス流路に送るように制御することを特徴とする。
【0010】
この態様によれば、アイソレータにおいて前回の作業と次回の作業との間に滅菌処理を施す場合に、より早期にアイソレータを次回の作業が開始可能な状態にすることができる。
【0011】
上記態様において、第1の流通路および第2の流通路内を減圧する減圧手段をさらに備え、制御部は、前回の作業に用いられた流通路から用いられなかった流通路に気体流路を切換えた後、減圧手段によって前回の作業に用いられた流通路内を減圧するように制御してもよい。
【0012】
また、上記態様において、第1の流通路における第1の微粒子捕集フィルターの気体流れ上流側の気体流路を開閉可能に設けられた第1の弁と、第2の流通路における第2の微粒子捕集フィルターの気体流れ上流側の気体流路を開閉可能に設けられた第2の弁と、をさらに備え、減圧手段は、第1の弁および第2の弁を含み、前回の作業に用いられた流通路に設けられた弁を所定量だけ閉じることで前回の作業に用いられた流通路内を減圧するようにしてもよい。
【0013】
また、上記態様において、第1のバイパス流路は、第1の流通路における第1の弁よりも気体流れ下流側であって第1の微粒子捕集フィルターよりも気体流れ上流側に接続され、第2のバイパス流路は、第2の流通路における第2の弁よりも気体流れ下流側であって第2の微粒子捕集フィルターよりも気体流れ上流側に接続されていてもよい。
【0014】
また、上記態様において、第1の微粒子捕集フィルターおよび第2の微粒子捕集フィルターを昇温させる加熱手段をさらに備え、制御部は、前回の作業に用いられた流通路から前回の作業に用いられなかった流通路に気体流路を切換えた後、加熱手段により、前回の作業に用いられた流通路に設けられた微粒子捕集フィルターを昇温させるように制御してもよい。
【0015】
また、上記態様において、滅菌物質は、過酸化水素であってもよい。
【0016】
なお、上述した各要素を適宜組み合わせたものも、本件特許出願によって特許による保護を求める発明の範囲に含まれうる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、アイソレータにおいて前回の作業と次回の作業との間に滅菌処理を施す場合に、より早期にアイソレータを次回の作業が開始可能な状態にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0019】
(実施形態1)
図1は、実施形態1に係るアイソレータ100の構成を示す概略断面図である。
【0020】
図1に示すように、実施形態1に係るアイソレータ100は、細胞抽出、細胞培養などの生体由来材料を対象とする作業を行うための作業室10と、作業室10内に気体を供給する気体供給部20と、作業室10内の気体を排出する気体排出部30とを備えている。作業室10には前面扉12が開閉可能に設けられており、また前面扉12の所定の位置には、作業室10内で作業を行うための作業用グローブ14が設けられている。作業者は前面扉12に設けられた図示しない開口部から作業用グローブ14に手を挿入して、作業用グローブ14を通じて作業室10内で作業を行うことができる。気体供給部20には、吸気ファン22と、吸気口24とが設けられている。気体排出部30には、排気ファン32と、排気口34とが設けられている。
【0021】
吸気ファン22は吸気口24から空気などの気体を取り込んで作業室10に供給し、排気ファン32は作業室10内の気体を排気口34から排出する。吸気ファン22および排気ファン32は、ともにON/OFFの切換え制御が可能である。なお、吸気ファン22は出力をOFF、ON弱、ON強の少なくとも3段階に調節可能であることが好ましい。その場合、吸気ファン22のON強時の出力は排気ファン32のON時の出力と同程度であればよい。排気口34には、活性炭などからなる滅菌物質除去フィルター36が設置されている。ここで、生体由来材料とは、細胞を含む生物そのもの、あるいは生物を構成する物質、または生物が生産する物質などを含む材料を意味する。
【0022】
また、アイソレータ100は、気体供給部20と作業室10とを連絡する第1の流通路40および第2の流通路50を備えている。第1の流通路40および第2の流通路50は、それぞれ独立に気体供給部20と作業室10とを連絡しており、アイソレータ100は、第1の流通路40および第2の流通路50のいずれか一方の流通路を用いて作業室10での作業を実施できる。第1の流通路には、第1の微粒子捕集フィルターとしてのHEPAフィルター(High Efficiency Particulate Airフィルター)42が設けられている。同様に、第2の流通路には、第2の微粒子捕集フィルターとしてのHEPAフィルター52が設けられている。第1の流通路40におけるHEPAフィルター42よりも気体流れ下流側には、第1の流通路40と気体排出部30とを作業室10を介さずに連絡する第1のバイパス流路44が接続されている。同様に、第2の流通路50におけるHEPAフィルター52よりも気体流れ下流側には、第2の流通路50と気体排出部30とを作業室10を介さずに連絡する第2のバイパス流路54が接続されている。排気ファン32の気体流れ上流側であって、第1のバイパス流路44および第2のバイパス流路54の出口の下流側にはHEPAフィルター60が設けられている。
【0023】
作業室10には、作業室10内に滅菌物質を供給する滅菌物質供給部70が設けられており、作業室10内に滅菌物質を供給してアイソレータ100内を循環させることで、作業室10内および前回の作業に用いられた流通路を無菌環境とすることができる。ここで、無菌環境とは、作業室で行われる作業に必要な物質以外の混入を回避するために限りなく無塵無菌に近い環境をいう。本実施形態において滅菌物質は過酸化水素であり、滅菌物質供給部70はたとえば図2に示す過酸化水素ミスト発生器200によって構成することができる。この場合、過酸化水素はミスト状態で作業室10内に供給されるが、大部分はすみやかに気化し、作業室10内では過酸化水素ガスとして存在する。図2は、過酸化水素ミスト発生器200の概略断面図である。
【0024】
図2に示すように、過酸化水素ミスト発生器200は、制御基板202、過酸化水素水タンク204、水封キャップ206、過酸化水素水槽208、超音波発振子210、過酸化水素供給管212を有する。過酸化水素ミスト発生器200は、制御基板202による制御の下、過酸化水素水タンク204内の過酸化水素水201を水封キャップ206から過酸化水素水槽208に供給する。そして、過酸化水素水槽208内の過酸化水素水201に対して超音波発振子210から超音波振動を与えることにより、過酸化水素ミスト203を発生させる。発生させた過酸化水素ミスト203は、過酸化水素供給管212から作業室10内に供給する。
【0025】
あるいは、滅菌物質供給部70は、図3に示す過酸化水素ガス発生器300によって構成することができる。この場合、過酸化水素はガス状態で作業室10内に供給される。図3(A)、(B)は、過酸化水素ガス発生器300の概略図であり、図3(A)は過酸化水素ガス発生器300の概略側面図、図3(B)は過酸化水素ガス発生器300の概略平面図である。
【0026】
図3(A)、(B)に示すように、過酸化水素ガス発生器300は、吸気口302、送風ファン304、送風ダクト306、エレメント308、排気口310、過酸化水素水槽312、ポンプ314、過酸化水素水供給管316を有する。過酸化水素ガス発生器300は、送風ファン304の運転によって吸気口302から空気を取り込み、送風ダクト306に送る。そして、送風ダクト306に送った空気を、送風ダクト306の出口側に設置されているエレメント308を介して排気口310から外部に排出する。一方、過酸化水素ガス発生器300は、過酸化水素水槽312からポンプ314によって過酸化水素水を汲み上げ、過酸化水素水供給管316を通してエレメント308に滴下する。そして、エレメント308に滴下した過酸化水素水を、エレメント308を通過する空気によって気化させ、過酸化水素ガスを発生させる。発生させた過酸化水素ガスは、排気口310から作業室10内に供給される。
【0027】
なお、本実施形態では滅菌物質として過酸化水素を用いたが、滅菌物質は過酸化水素に限定されず、たとえばオゾンなどの活性酸素種を含む物質であってもよい。
【0028】
アイソレータ100内の気体流路各所には、開閉可能に弁80〜88が設けられている。具体的には、吸気口24には弁80が設けられている。また、第1の流通路40における気体供給部20との接続部には弁81が、作業室10との接続部には弁82が、第1のバイパス流路44との接続部には弁83がそれぞれ設けられている。また、第2の流通路50における気体供給部20との接続部には弁84が、作業室10との接続部には弁85が、第2のバイパス流路54との接続部には弁86がそれぞれ設けられている。また、作業室10の気体流れ下流側と気体供給部20との間には弁87が、排気口34には弁88がそれぞれ設けられている。アイソレータ100は気体流路の切換えを制御する図示しない制御部を備え、制御部は弁80〜88の開閉を制御することで気体流路の切換えを行っている。
【0029】
アイソレータ100では、作業室10内における1つの作業(前回の作業)が終了した後、次回の作業に際して作業室10内および前回の作業に用いられた流通路の滅菌処理が行われる。滅菌処理は、前処理工程と、滅菌工程と、置換工程とを含む。前処理工程においては、過酸化水素ガスを作業室10内に供給して、作業室10内における過酸化水素ガスの濃度を作業室10内の滅菌に必要な濃度以上にする。前処理工程において作業室10内における過酸化水素ガスが所定濃度以上となった後、滅菌工程が開始される。滅菌工程では、作業室10から弁87を経由して気体供給部20、第1の流通路40あるいは第2の流通路50のうち前回の作業に用いられた流通路、再度作業室10へと過酸化水素ガスを循環させて滅菌を行う。滅菌工程が終了した後、置換工程に入る。
【0030】
置換工程では、作業室10内の気体を排気ファン32によって吸い出し、排気口34から排出するとともに、吸気ファン22によって吸気口24から取り込んだ空気を前回の作業に用いられた流通路を通して作業室10内に供給し、作業室10内の気体を置換する。その際、作業室10内の過酸化水素ガスは滅菌物質除去フィルター36によって分解処理され、排気口34からアイソレータ100の外部に漏出しないようになっている。また、置換工程では、アイソレータ100内の作業室10以外の領域、たとえば気体供給部20内に残存する過酸化水素ガスや前回の作業に用いられた流通路内のHEPAフィルターに吸着している過酸化水素も除去する。
【0031】
ここで、滅菌処理の各工程におけるアイソレータ100の状態を図4〜6を用いて説明する。図4は、前処理工程および滅菌工程におけるアイソレータ100の状態を示す概略断面図、図5および図6は、置換工程におけるアイソレータ100のの状態を示す概略断面図である。
【0032】
作業室10内で作業をしているときは、図1に示すように、弁80、弁84、弁85、弁88が開状態であり、弁81、弁82、弁83、弁86、弁87が閉状態となっている。また吸気ファン22の出力がON強、排気ファン32の出力がONとなっている。そのため、アイソレータ100内には、吸気口24より取り込まれた空気が、第2の流通路50を通過して作業室10内に至り、作業室10内からHEPAフィルター60を通過して、排気口34から排出されるという気体流路が形成されている。なお、図1は第2の流通路50を用いて作業を行った場合を例として示しており、第1の流通路40を用いる場合には、弁81、弁82が開状態となり、弁84、弁85が閉状態となる。
【0033】
前処理工程および滅菌工程では、図4に示すように、弁87を開状態に、弁80および弁88を閉状態にそれぞれ切換える。弁84、弁85は開状態を維持し、弁81、弁82、弁83、弁86は閉状態を維持する。また吸気ファン22の出力をON弱、排気ファン32の出力をOFFとする。これにより、アイソレータ100内には、作業室10内の気体が気体供給部20から第2の流通路50を通過して作業室10内に戻るという気体流路が形成され、過酸化水素ガスがアイソレータ100内を循環する。このとき、前回の作業に用いられなかった第1の流通路40は、作業室10から隔離された状態となっている。
【0034】
置換工程では、まず図5に示すように、弁80および弁88を開状態に、弁87を閉状態にそれぞれ切換える。弁84、弁85は開状態を維持し、弁81、弁82、弁83、弁86は閉状態を維持する。また、吸気ファン22の出力をON強、排気ファン32の出力をONとする。これにより、アイソレータ100内には、吸気口24より取り込まれた空気が、第2の流通路50を通過して作業室10内に至り、作業室10内からHEPAフィルター60を通過して排気口34から排出されるという気体流路が形成される。その結果、作業室10内の気体が空気に置換され、作業室10内の過酸化水素ガスは作業室10から除去される。
【0035】
続いて所定のタイミングで、図6に示すように弁81、弁82、弁86を開状態に、弁85を閉状態にそれぞれ切換える。これにより、アイソレータ100内には、吸気口24より取り込まれた空気が滅菌済の第1の流通路40を通過して作業室10内に供給されるという気体流路が形成される。また、吸気口24より取り込まれた空気の一部は第2の流通路50に入って第2のバイパス流路54を通り、HEPAフィルター60を通過して排気口34から排出される。このように、前回の作業時に形成されていた、空気が第2の流通路50を通過して作業室10内に供給されるという気体流路が、空気が第1の流通路40を通過して作業室10内に供給されるという気体流路に切換えられる。
【0036】
ここで、気体流路を切換える所定のタイミングは、たとえば作業室10内における過酸化水素ガスが所定濃度以下となったタイミングである。この所定濃度は、たとえば作業室10内の過酸化水素ガス濃度の変化量が極小となるタイミングにおける濃度であり、たとえば約50ppm以下である。作業室10内の過酸化水素ガス濃度の変化量が極小となるタイミングおよびその際の濃度は、作業室10内における過酸化水素ガスの濃度推移を測定し、過酸化水素ガス濃度の変化量を算出することで求めることができる。そこで、置換工程開始後、過酸化水素ガス濃度の変化量が極小となるまでの時間を実験的に求め、求められた時間の経過後に気体流路を切換えるようにしてもよい。あるいは、作業室10の容積をAm、排気ファン32の排気能力をBm/secとした場合に、A/B×5〜A/B×10sec後、すなわち作業室10内の気体を5回〜10回入れ換える時間を経過した後に気体流路を切換えるようにしてもよい。
【0037】
気体流路を切換えた後、作業室10内の過酸化水素ガスが所定濃度以下となった場合に、次回の作業が開始可能となる。ここで、次回の作業を開始することができる過酸化水素ガスの濃度は、次回の作業に用いられる生体由来材料に、作業上無視できない程度の影響を与えない濃度である。この濃度は、たとえばACGIH(American Conference of Governmental Industrial Hygienists)によって規定されている1ppm(TWA:時間加重平均値)以下の濃度である。あるいは作業室10内の過酸化水素ガスが所定濃度以下となる時間を実験的に求め、求められた時間の経過後に次回の作業を開始可能とするようにしてもよい。気体流路の切換えによって、前回の作業に用いられておらず、したがって過酸化水素が吸着していないか、あるいは吸着量が後述の所定量以下である第1の流通路40を通過して空気が作業室10内に供給される。そのため、気体流路の切換え後すぐに作業室10内の過酸化水素ガスは次回の作業を開始可能な濃度にまで減少する。
【0038】
また、弁85が閉状態に切換えられたことで、前回の作業に用いられた第2の流通路50が作業室10から隔離され、第2の流通路50に入った空気は第2の流通路50と連通している第2のバイパス流路54に送られる。すなわち、作業室10が第1の流通路40を用いて使用可能な状態となる一方で、第2の流通路50に設けられたHEPAフィルター52に吸着している過酸化水素の剥離処理が継続される。なお、この気体流路切換えによって、第2の流通路50を含む気体流路には作業室10が含まれないこととなり、気体流路の容積が大幅に減少するとともに気体流路が単純化されるため、第2のバイパス流路54内での圧力損失が低減される。そして、吸気ファン22と排気ファン32の出力は変化しないため、HEPAフィルター52の気体流れ下流側の圧力が小さくなり、これによりHEPAフィルター52前後での圧力差が増大する。その結果、HEPAフィルター52を通過する気体の流速が上昇し、HEPAフィルター52に吸着した過酸化水素が剥離しやすくなり、HEPAフィルター52に吸着した過酸化水素をより短時間に取り除くことが可能となる。また、第2のバイパス流路54を流れる気体の流速が上昇するため第2のバイパス流路54内への過酸化水素ガスの再付着が抑制される。
【0039】
HEPAフィルター52に吸着している過酸化水素が所定量以下となった後、弁84および弁86を閉状態に切換える。これにより、第2の流通路50は気体供給部20および第2のバイパス流路54からも隔離され、第1の流通路40を用いた作業(次回の作業)終了後の滅菌処理時に過酸化水素ガスが進入しない状態で維持される。ここで、当該所定量は、HEPAフィルター52に吸着している全ての過酸化水素が作業室10内に流入したとしても作業室10内の過酸化水素ガス濃度が作業可能な濃度、たとえば前述の1ppm(TWA:時間加重平均値)を超えない量である。作業室10内の過酸化水素ガス濃度を1ppm以下の状態に保つことができる量は、たとえば20℃、1気圧下では過酸化水素(H)の分子量が34であるから、作業室10の容積をAmとした場合、1.4Amg以下と算出できる。HEPAフィルター52に吸着している過酸化水素量が上述の所定量となるまでの時間は実験によって求めることができ、求められた時間の経過後に作業室10内を通る気体流路に切換えるようにしてもよい。
【0040】
なお、作業室10内の過酸化水素ガス濃度およびHEPAフィルター42、52への過酸化水素の吸着量は、それぞれ図示しないセンサによって検出することができる。
【0041】
図7は、従来のアイソレータと実施形態1に係るアイソレータ100のそれぞれにおける過酸化水素量の相対変化を示した図である。
【0042】
図7に示すように、従来のアイソレータでは、置換工程の開始直後急激に作業室10内の過酸化水素ガス濃度は低下するが、その後過酸化水素ガス濃度の低下量は著しく減少する。これは、気体供給部20と作業室10との間に設けられたHEPAフィルターに吸着した過酸化水素がHEPAフィルターから剥離して作業室10内に流入しているためである。そしてHEPAフィルターに吸着した過酸化水素はHEPAフィルターを通過する気体によって剥離するが、HEPAフィルターを通過する気体の流速が小さい場合には剥離することが困難であるため、結果的に置換工程が長時間となり、作業室10が使用可能な状態となるまで長い時間がかかっていた。一方、実施形態1に係るアイソレータ100では、上述のように所定のタイミング(図中の時刻a)で、前回の作業に用いられなかった第1の流通路40を通って空気が作業室10内に供給されるという気体流路に切換えられる。そして、気体流路を切換えた後、第1の流通路40を通過した空気が作業室10内に供給される。そのため、作業室10内の過酸化水素ガスは直ちに作業室10が使用可能となる濃度にまで低下し、従来のアイソレータと比べてより短時間のうちに作業室10を次回の作業が開始可能な状態とすることができる。
【0043】
また、気体流路切換えによって、前述のようにHEPAフィルター52を通過する気体の流速が上昇するため、図7に示すように、過酸化水素のHEPAフィルター52への吸着量が従来のアイソレータと比べて短時間に減少している。そして、HEPAフィルター52に吸着している過酸化水素が所定量以下となった後(図中の時刻b)、第2の流通路50は作業室10および気体供給部20から隔離された状態となる。
【0044】
以上、実施形態1のアイソレータ100は、置換工程において作業室10内の過酸化水素ガスが所定濃度以下となった後、前回の作業に用いられた流通路のHEPAフィルターに過酸化水素が吸着したままの状態で、前回の作業に用いられていない流通路に気体流路を切換えている。そして、前回の作業に用いられた流通路を作業室10から隔離して、HEPAフィルターに吸着した過酸化水素の剥離処理を継続している。そのため、HEPAフィルターに吸着した過酸化水素の剥離処理の終了を待たずして作業室10を使用可能な状態にすることができる。これにより、前回の作業と次回の作業との間に滅菌処理を施す場合に、より早期にアイソレータ100を次回の作業が開始可能な状態にすることができる。
【0045】
また、気体流路の切換えによって、前回の作業に用いられた流通路を含む気体流路の容積が大幅に減少するとともに気体流路が単純化される。そのため、HEPAフィルター前後での圧力差が増大して気体の流速が上昇し、HEPAフィルターに吸着した過酸化水素をより短時間に取り除くことができる。
【0046】
(実施形態2)
図8は、実施形態2に係るアイソレータ100の置換工程における状態を示す概略断面図である。
【0047】
実施形態2では、置換工程において所定のタイミングで気体流路を切換えた後、前回の作業に用いられた流通路内を減圧する点が実施形態1と異なる。また、第1のバイパス流路44の第1の流通路40への取り付け位置、および第2のバイパス流路54の第2の流通路50への接続位置が実施形態1と異なる。それ以外のアイソレータ100の構成、および滅菌処理における動作などについては実施形態1と同様であるため、同一の図面を用いるとともに説明は適宜省略する。
【0048】
置換工程において、実施形態1と同様に、図6に示すように弁81、弁82、弁86を開状態に、弁85を閉状態にそれぞれ切換えて気体流路を切換えた後、図8に示すように、所定のタイミングで弁84を所定量だけ閉じる。これにより、第2の流通路50内、第2のバイパス流路54内、および排気ファン32の上流側までが減圧される。第2の流通路50内が減圧されたことで、HEPAフィルター52に吸着した過酸化水素がより剥離しやすくなるため、HEPAフィルター52に吸着した過酸化水素をより短時間に取り除くことが可能となる。この場合、弁84が減圧手段を構成する。第1の流通路40内を減圧する場合には弁81が減圧手段を構成し、弁81を所定量だけ閉じることで、第1の流通路40内を減圧することができる。なお、減圧を開始する所定のタイミングには、気体流路の切換えと同時に開始する場合も含まれ、本実施形態では気体流路の切換えと同時に減圧を開始している。また、第2の流通路50内の減圧量は弁84の閉じ量を調整することで適宜変更することができる。
【0049】
滅菌工程では、アイソレータ100内に、作業室10内の気体が気体供給部20から第2の流通路50を通過して作業室10内に戻るという気体流路が形成され、過酸化水素ガスがアイソレータ100内を循環している。そのため、HEPAフィルター52の気体流れ上流側の表面に過酸化水素が特に吸着しやすい。実施形態2のアイソレータ100では、第1のバイパス流路44が、第1の流通路40における弁81よりも下流側であってHEPAフィルター42よりも上流側に接続されている。また、第2のバイパス流路54が、第2の流通路50における弁84よりも下流側であってHEPAフィルター52よりも上流側に接続されている。そのため、第2の流通路50内を減圧した際に、HEPAフィルター52の上流側の面に吸着していた過酸化水素を、HEPAフィルター52を通過させることなく、第2のバイパス流路54に引き込むことができる。第1の流通路40についても同様である。そのため、実施形態1の構成で減圧を行ってもHEPAフィルターに吸着した過酸化水素を剥離しやすくすることができるが、実施形態2の構成を組み合わせることで、さらに簡単に過酸化水素を剥離することが可能となる。
【0050】
図9は、従来のアイソレータと実施形態2に係るアイソレータ100のそれぞれにおける過酸化水素量の相対変化を示した図である。
【0051】
図9に示すように、実施形態2に係るアイソレータ100では、実施形態1と同様に所定のタイミング(図中の時刻a)で前回の作業に用いられていない第1の流通路40に気体流路を切換えている。そして、前回の作業に用いられた第2の流通路50を作業室10から隔離して、HEPAフィルター52に吸着した過酸化水素の剥離処理を継続している。また、その後所定のタイミング(実施形態2では気体流路切換えと同時)で第2の流通路50内を減圧している。そのため、図9に示すように、過酸化水素のHEPAフィルター52への吸着量が従来のアイソレータと比べて短時間に著しく減少している。また実施形態1と比べても過酸化水素のHEPAフィルター52への吸着量が短時間のうちに所定量以下に減少しており、第2の流通路50を作業室10および気体供給部20から隔離するまでの時間(図中の時間a−b)が短くなっている。
【0052】
以上、実施形態2に係るアイソレータ100によれば、上述の実施形態1における効果に加えて、さらに次のような効果が得られる。すなわち、実施形態2のアイソレータ100は、滅菌処理の置換工程において前回の作業に用いられていない流通路に気体流路を切換えた後、前回の作業に用いられた流通路内を減圧している。そのためHEPAフィルターに付着した過酸化水素がより剥離しやすくなり、HEPAフィルターに吸着した過酸化水素をより短時間に取り除くことができる。
【0053】
本発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
【0054】
たとえば、上述の各実施形態に係るアイソレータ100は、HEPAフィルター42、52を昇温させるための加熱手段としての図示しないヒータを備えていてもよい。これによれば、HEPAフィルター42、52に吸着している過酸化水素がより剥離しやすくなる。また、HEPAフィルター42、52に過酸化水素が液体状態で吸着している場合には、液体状態の過酸化水素が気化する際に気化熱として熱が奪われ、温度が低下して過酸化水素の気化が抑制される状態を回避することができる。ヒータのON/OFFおよび加熱量は、制御部によって制御するようにしてもよい。ヒータによるHEPAフィルター42、52の加熱量は、ヒータの加熱による作業室10内の温度変化がたとえば5℃以下に抑えられる程度であることが好ましい。また、ヒータによるHEPAフィルター42、52の加熱は、たとえば置換工程において前回の作業に用いられていない流通路に気体流路を切換えた後に、前回の作業に用いられた流通路のHEPAフィルターに対して行われる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】実施形態1に係るアイソレータの構成を示す概略断面図である。
【図2】過酸化水素ミスト発生器の概略断面図である。
【図3】図3(A)、(B)は、過酸化水素ガス発生器の概略図である。
【図4】前処理工程および滅菌工程におけるアイソレータの状態を示す概略断面図である。
【図5】置換工程におけるアイソレータの状態を示す概略断面図である。
【図6】置換工程におけるアイソレータの状態を示す概略断面図である。
【図7】従来のアイソレータと実施形態1に係るアイソレータのそれぞれにおける過酸化水素量の相対変化を示した図である。
【図8】実施形態2に係るアイソレータの置換工程における状態を示す概略断面図である。
【図9】従来のアイソレータと実施形態2に係るアイソレータのそれぞれにおける過酸化水素量の相対変化を示した図である。
【符号の説明】
【0056】
10 作業室、 12 前面扉、 14 作業用グローブ、 20 気体供給部、 22 吸気ファン、 24 吸気口、 30 気体排出部、 32 排気ファン、 34 排気口、 36 滅菌物質除去フィルター、 40 第1の流通路、 42、52、60 HEPAフィルター、 44 第1のバイパス流路、 50 第2の流通路、 54 第2のバイパス流路、 70 滅菌物質供給部、 80、81、82、83、84、85、86、87、88 弁、 100 アイソレータ、 200 過酸化水素ミスト発生器、 300 過酸化水素ガス発生器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体由来材料を対象とする作業を行うための作業室と、
前記作業室内に気体を供給する気体供給部と、
前記作業室内の気体を排出する気体排出部と、
第1の微粒子捕集フィルターを有し、前記気体供給部と前記作業室とを連絡する第1の流通路と、
第2の微粒子捕集フィルターを有し、前記気体供給部と前記作業室とを連絡する第2の流通路と、
前記第1の流通路と前記気体排出部とを前記作業室を介さずに連絡する第1のバイパス流路と、
前記第2の流通路と前記気体排出部とを前記作業室を介さずに連絡する第2のバイパス流路と、
前記作業室内に滅菌物質を供給する滅菌物質供給部と、
前記第1の流通路および第2の流通路のいずれか一方を用いた前記作業室での作業を実施可能とする気体流路の切換えと、前回の作業と次回の作業との間に行われる滅菌処理とを制御する制御部と、
を備え、前記制御部は、前回の作業に用いられなかった流通路を前記作業室から隔離した状態で、前記滅菌物質供給部から前記作業室内に前記滅菌物質を供給して前記作業室内および前回の作業に用いられた流通路を滅菌し、
前記作業室からの前記滅菌物質の排出を開始した後、前記作業室内における前記滅菌物質が所定濃度以下となったときに、前記気体流路を切換えて前回の作業に用いられなかった滅菌済の流通路を用いて前記作業室を使用可能とするとともに、前回の作業に用いられた流通路を前記作業室から隔離して、該流通路を通る前記気体を該流通路と連通しているバイパス流路に送るように制御することを特徴とするアイソレータ。
【請求項2】
前記第1の流通路および第2の流通路内を減圧する減圧手段をさらに備え、
前記制御部は、前回の作業に用いられた流通路から用いられなかった流通路に前記気体流路を切換えた後、前記減圧手段によって前回の作業に用いられた流通路内を減圧するように制御することを特徴とする請求項1に記載のアイソレータ。
【請求項3】
前記第1の流通路における前記第1の微粒子捕集フィルターの気体流れ上流側を開閉可能に設けられた第1の弁と、
前記第2の流通路における前記第2の微粒子捕集フィルターの気体流れ上流側を開閉可能に設けられた第2の弁と、をさらに備え、
前記減圧手段は、前記第1の弁および第2の弁を含み、前回の作業に用いられた流通路に設けられた弁を所定量だけ閉じることで前回の作業に用いられた流通路内を減圧することを特徴とする請求項2に記載のアイソレータ。
【請求項4】
前記第1のバイパス流路は、前記第1の流通路における前記第1の弁よりも気体流れ下流側であって前記第1の微粒子捕集フィルターよりも気体流れ上流側に接続され、
前記第2のバイパス流路は、前記第2の流通路における前記第2の弁よりも気体流れ下流側であって前記第2の微粒子捕集フィルターよりも気体流れ上流側に接続されていることを特徴とする請求項3に記載のアイソレータ。
【請求項5】
前記第1の微粒子捕集フィルターおよび第2の微粒子捕集フィルターを昇温させる加熱手段をさらに備え、
前記制御部は、前回の作業に用いられた流通路から前回の作業に用いられなかった流通路に気体流路を切換えた後、前記加熱手段により、前回の作業に用いられた流通路に設けられた微粒子捕集フィルターを昇温させるように制御することを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載のアイソレータ。
【請求項6】
前記滅菌物質は、過酸化水素であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載のアイソレータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−226047(P2009−226047A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−76020(P2008−76020)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(000001889)三洋電機株式会社 (18,308)
【Fターム(参考)】