説明

アクリル系合成繊維およびその製造方法

【課題】アクリル系合成繊維の製造時の操業性および加工性を損なうことなく、優れた消臭性を有するアクリル系合成繊維およびその製造方法を提供する。
【解決手段】0.1重量%〜3.0重量%の光触媒を含有したアクリル系合成繊維であって、前記触媒の少なくとも一部が該繊維表面のボイドに捕捉され、かつ該繊維の断面が異形であることを特徴とするアクリル系合成繊維。湿式紡糸法もしくは乾湿式紡糸法によるアクリル系合成繊維の製造方法であって、ゲル膨潤状態の繊維を光触媒の分散液に浸漬した後、乾燥緻密化することを特徴とするアクリル系合成繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光触媒を含有し、消臭性良好なアクリル系合成繊維およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
快適な生活を求めて、繊維製品を含めた身の回りの製品には様々な機能が付与されている。消臭性能はその一つである。
【0003】
繊維および繊維製品に消臭性能を付与する方法として、1.消臭剤を繊維表面に付与する、2.消臭剤を繊維に練り込むなどの方法がある。
【0004】
繊維に消臭剤を練り込む方法では繊維内部に分布している消臭剤は悪臭物質と接触できないため、消臭性を確保するためには多量の消臭剤を練り込む必要があり、消臭剤が凝集しやすくなり、紡糸時に口金やフィルターが閉塞しやすく、操業性が劣りがちである。加えて、繊維物性が悪くなりがちである。
【0005】
一方、消臭剤に限らず微粒子を繊維表面に付与する方法として、もっとも広く用いられている方法はバインダーを用いる方法である。特許文献1の方法では光触媒性酸化チタンをバインダーを用いて、繊維表面に付与しているため、少ない光触媒量で効率的に消臭効果を発揮するが、光触媒がバインダーとともに脱落し易く、耐久性が劣る。また、バインダーにより、繊維の表面状態を変化させるため、物性、加工性などが付与させていないものとは異なったものになってしまう。
【0006】
これを解決し、耐久性を向上させる方法として、湿式もしくは乾湿式紡糸法で得られ、ゲル膨潤状態にあるアクリル系合成繊維を消臭剤(光触媒)の分散液に接触した後、乾燥緻密化する方法が提案されている(特許文献2)。同文献によれば、0.07μm以下の酸化チタンであれば、繊維固着が強固で脱落が少なく、繊維風合いにも影響を与えない。
【0007】
しかし、通常の湿式もしくは乾湿式紡糸法で得られ、ゲル膨潤状態にあるアクリル系合成繊維に消臭剤(光触媒)の分散液に接触させて付与する方法では脱落無く数wt%以上付与するのは事実上困難である。
【特許文献1】特開平8−74171号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開平10−8327号公報(特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では消臭剤を練り込んだ場合のような操業性悪化もなく、バインダーを用いた場合のような、物性、加工性の変化および脱落による耐久性不足などもない優れた消臭性能を有するアクリル系合成繊維およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意検討した結果、湿式紡糸法もしくは乾湿式紡糸法で得られ、ゲル膨潤状態でのボイドが多いアクリル系合成繊維を光触媒の分散液に浸漬した後、乾燥緻密化することにより、光触媒を繊維表面もしくは繊維内部のごく浅い箇所に多量に付与できることを見出した。 すなわち本発明は、0.1重量%〜3.0重量%の光触媒を含有しているアクリル系合成繊維であって、前記触媒の少なくとも一部が該繊維表面のボイドに捕捉され、かつ該繊維の断面が異形であることを特徴とするアクリル系合成繊維であり、さらに、湿式紡糸法もしくは乾湿式紡糸法によるアクリル系合成繊維の製造方法であって、ゲル膨潤状態の繊維を光触媒の分散液に浸漬した後、乾燥緻密化することを特徴とする前記アクリル系合成繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、このように得られたアクリル系合成繊維はバインダーによる物性変化もなく、光触媒の脱落も少なく、加えて、繊維表面に集中して光触媒が存在しているため、効率的に消臭などの光触媒能を発揮できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明で使用するアクリル系重合体としては、アクリロニトリルを30重量%以上含有するアクリル系ポリマーで繊維形成能を有していれば良い。アクリロニトリル以外の共重合成分としてはアクリル酸、メタクリル酸およびそれらのアルキルエステル類、アクリルアミド、メタクリルアミド、酢酸ビニル、塩化ビニル、スチレン、塩化ビニリデンなどのビニル系化合物の他に、ビニルスルホン酸、アクリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、パラスチレンスルホン酸などの不飽和スルホン酸およびそれらの塩類を用いることができるが、これらに限られるものではない。
【0013】
上記アクリル系重合体は懸濁重合、溶液重合、乳化重合等のいずれの方法によって製造されたものでもよい。また、溶媒は上記アクリル系重合体を溶解するものであればよく、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、アセトン等の有機系溶媒や硝酸、ロダン酸ソーダ、塩化亜鉛等の無機塩水溶液等の無機系溶媒が好ましく用いられる。
【0014】
これら方法により得られたアクリル系重合体溶液を公知の方法により、繊維化する。すなわち、湿式、乾湿式および乾式紡糸法である。しかし、後述する理由により湿式および乾湿式紡糸法が好ましく、湿式紡糸法がもっとも好ましい。
【0015】
本発明はゲル膨潤状態にあるアクリル系合成繊維が持つ、ボイドと呼ばれる穴に光触媒を入れることにより達成されるため、このボイドが発生しやすい紡糸方法がより好ましい。乾式紡糸法はボイドが発生しにくい方法で、本発明には用いることができない。乾湿式および湿式紡糸法はボイドが発生するため、本発明で用いることができる。両者のうち、湿式紡糸法がボイドがもっとも発生しやすく、最適な紡糸法である。
このボイド量は乾燥緻密化前の状態で断面中に5個/100μm以上であることが好ましい。5個/100μm未満では光触媒を必要量付与できない場合がある。
【0016】
また、本発明のアクリル系合成繊維の断面は異型断面であることが必要である。これは異型断面とすることでボイドが発生しやすくなるためである。本発明において異型断面とは丸、小判型、βなど円形の紡糸孔から紡出される以外のものを指す。例えば、長方形、+、Y、星、Cなどを指すが、これらに限定されるものではない。異型断面のうち、C型が大きなボイドが多数発生しやすく、好ましい。
【0017】
紡糸した後、数段の延伸槽で延伸し、残留溶媒を除くため、水洗する。水洗後、光触媒を分散した水もしくは水以外のアクリル系重合体を溶解しない溶媒に浸漬し、光触媒を繊維に付与する。本工程ではなく、次工程の膠着防止油剤付与工程にて、油剤と光触媒を同時に付与しても良い。
【0018】
本発明で使用する光触媒としては、アナターゼ型酸化チタン微粒子からなるものが一般的であるが、光触媒能を有していれば、いずれも用いることができる。例えば、石原産業(株)STシリーズ、STSシリーズなどが上げられるがこれらに限られない。
【0019】
また、酸化チタンからなる光触媒は380nm以下の紫外線照射下でないと機能しなかったが、最近では可視光下でも光触媒能を発揮する製品も市販されている。
【0020】
なお、光触媒の粒子径は光触媒を付与する工程で使用する溶媒に分散した場合に凝集せず、安定的に分散できる限り小さいものが望ましい。具体的には500nm以下、好ましくは200nm以下、さらに好ましくは50nm以下である。これは前述したように本発明ではゲル膨潤状態にあるアクリル系合成繊維が持つ、ボイドと呼ばれる穴に光触媒を入れることにより達成されるため、当然、粒子径が小さいほどボイドに入りやすくなるためである。
【0021】
光触媒の含有率は0.1重量%〜3重量%である必要がある。0.1重量%未満では含有量が少なく、ほとんど光触媒の効果が期待できない。一方、3重量%を超えた場合、消臭性などの性能は高まるが、前述した繊維のボイドに入る量には限りがあるため、それ以上は入ることができず、繊維表面に単純に付着するだけの状態になり、耐久性も悪化する。さらに好ましくは0.3重量%〜1.0重量%である。なお、本発明において、A〜Bとした場合はAおよびBともに含むものとする。
光触媒を付与した後、乾燥緻密化を行う。乾燥緻密化後、必要に応じて、捲縮付与、熱
処理、紡績油剤付与およびカットなどを経て、目的のアクリル系合成繊維が得られる。
【0022】
このようにして得られたアクリル系合成繊維の断面の例を図1に示すが、これらに限られるものではない。
【実施例】
【0023】
以下実施例により本発明を具体的に説明する。
本発明における特性値の測定・判定方法は以下のとおりである。
<ボイド量>
光触媒を付与する前のゲル膨潤状態にある繊維の断面を光学顕微鏡で400倍に拡大し、0.5μm以上(真円換算で半径0.4μm相当)のボイド数を計測し、これを断面積で除して、求める。単位は個/100μmである。
<消臭率>
光触媒性能評価試験法IIb[2001年度版]ガスバックB法で消臭率を測定した。対象物質はアンモニアとした。
<光触媒含有率>
700℃で5時間処理し、処理前の重量をA(g)、残留物の重量をB(g)とした場合に式1で計算した。
光触媒含有率(%)=(B/A)×100・・・(1)
<繊維物性>
JIS L1015に従い、繊維の強度を測定した。つかみ間隔は20mm、試験機は定速伸長形(伸長速度つかみ間隔の100%/分)であった。
<光触媒耐久性>
筒編みしたものを抗ピル性測定方法である、JIS L1076ピリング試験A法で8時間処理したものの光触媒含有率を上記方法にて測定した。
<光触媒分散濃度>
光触媒分散液の重量をA(g)とし、これを絶燥したものを700℃で5時間処理し、残留物の重量をB(g)とした場合に式2で計算した。
光触媒分散濃度(%)=(B/A)×100・・・(式2)
(実施例1)
繊維を形成するポリマーとして、アクリロニトリル(AN)/アクリル酸メチル(MEA)/メタリルスルホン酸ナトリウム(SMAS)=95.5/4.2/0.3(mol%)を用い、これを溶媒ジメチルスルホキシド(DMSO)にポリマー濃度25重量%になるように溶解して紡糸原液を得た。これをC型の孔を有する口金を使用して、紡糸した。紡糸浴はDMSO濃度65重量%、温度40℃の水溶液とした。紡糸原液を紡糸浴中に口金より押し出し、凝固させた。次いで凝固したトウを順次DMSO濃度が低下する数段の浴にて、脱溶媒させながら、5倍延伸した。延伸後、水洗機にて完全にDMSOを除いた。断面中のボイド量はこの段階の繊維で測定した。ボイド量は10個/100μmであった。水洗後のトウを分散濃度が5%の光触媒水分散液に浸漬する。光触媒は石原産業(株)製酸化チタン“STS−01”を希釈して使用した。その後、膠着防止油剤を付与し、乾燥緻密化し、単糸繊度3.3dtex、トータル繊度660dtexのフィラメントを採取した。該フィラメントを筒編みし、目付80g/mの編み地を得た。
【0024】
該フィラメントおよび編み地にて表1にある評価を実施した結果、強度低下もほとんどなく、耐久性も良好だった。消臭率も95%と良好だった。
【0025】
(実施例2)
実施例1と同様の方法で繊維断面が+である繊維を得た。単糸繊度およびトータル繊度ともに実施例1と同様である。実施例1と同様に良好な消臭率を示した。
【0026】
(比較例1)
実施例1および2と同様の方法で○断面の繊維を得た。光触媒の含有率が少なく、その結果、消臭率も低かった。
【0027】
(比較例2)
光触媒(石原産業(株)製酸化チタン“ST−01”)を繊維に対し、1.2wt%となるように練り込んだ以外は実施例1と同様の方法で繊維を得た。全体が白色のため、ボイド量は計測できなかったが、繊維強度も低く、消臭率も低かった。
【0028】
(比較例3)
光触媒を付与しないことを除いて、実施例1と同様の方法で繊維を得た。消臭性はまったくなかった。
【0029】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により得られるアクリル系合成繊維は優れた消臭性を有し、かつ、製造時の操業性および紡績などの後加工性も良好である。そのため、本発明のアクリル系合成繊維は未加工のアクリル系合成繊維とまったく同様に使用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施態様の繊維の横断面概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.1重量%〜3.0重量%の光触媒を含有したアクリル系合成繊維であって、前記触媒の少なくとも一部が該繊維表面のボイドに捕捉され、かつ該繊維の断面が異形であることを特徴とするアクリル系合成繊維。
【請求項2】
光触媒が酸化チタンであることを特徴とする請求項1記載のアクリル系合成繊維。
【請求項3】
繊維の断面がC型であることを特徴とする請求項1または2記載のアクリル系合成繊維。
【請求項4】
乾燥緻密化前の繊維の断面に存在するボイドのうち、0.5μm以上のボイド数が5個/100μmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のアクリル系合成繊維。
【請求項5】
湿式紡糸法もしくは乾湿式紡糸法によるアクリル系合成繊維の製造方法であって、ゲル膨潤状態の繊維を光触媒の分散液に浸漬した後、乾燥緻密化することを特徴とする請求項1記載のアクリル系合成繊維の製造方法。
【請求項6】
ゲル膨潤状態の繊維が、その断面に存在するボイド数が5個/100μm以上であるアクリル系合成繊維を、光触媒の分散液に浸漬した後、乾燥緻密化することを特徴とする請求項5記載のアクリル系合成繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−88591(P2008−88591A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−270045(P2006−270045)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】