説明

アクリロニトリル含有ポリマーの懸濁重合方法

【課題】重合開始初期から安定した分子量のポリマーを得る。
【解決手段】重合容器内にモノマー、水及び重合開始剤からなる原料を連続的に供給し、該重合容器から溢流させてポリマー懸濁液を得るアクリロニトリル含有ポリマーの連続水系懸濁重合方法において、該原料を連続供給する前に、該重合容器内に溢流を開始する容量と同量の水を予め仕込むと共に重合開始剤を規定流量中の定常濃度の35〜78%となるよう仕込み、その後、該重合容器内に該原料を連続的に供給する際、モノマー及び水は、供給開始から規定流量で供給し、重合開始剤は供給開始から時間0.85τ〜3.4τの間の所定時間(以下「時間T」という)までは規定流量の1.04〜1.13倍の量で供給し、時間T以降は規定流量で供給する。但し、規定流量=定常状態における単位時間当たりの原料の供給量(体積/時間)、τ(時間)=重合容器の容積(体積)/規定流量(体積/時間)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアクリロニトリル含有ポリマーの連続水系懸濁重合法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリロニトリル含有ポリマーの重合方法の一つとして、水を反応媒体とした連続水系懸濁重合がある。特にアクリロニトリルの水系懸濁重合は歴史も古く、得られるポリマーの品質の管理が容易なこと、回収した反応液からの未反応単量体の回収が容易なこと、更には工程全体の管理が容易なこと等の利点があることが知られている。
【0003】
例えば、アクリロニトリル含有ポリマーでは、アクリロニトリルを主成分とするモノマーを硫酸酸性の水性媒体を使用して水系懸濁重合すると、アクリロニトリル含有ポリマーの粒子が水性媒体中に懸濁した状態で得られる。重合終了後、回収した反応液からポリマー粒子を濾過分別し、洗浄および乾燥することにより、アクリル繊維の原料となるアクリロニトリル含有ポリマーを得ることができる。
【0004】
ところで、一般にアクリロニトリル含有ポリマーを連続水系懸濁重合法で重合する場合、重合開始時に、予め重合容器の溢流開始位置まで水及び重合開始剤を仕込み、この中に重合開始剤、モノマー、及び水を所定の比率で連続的に供給することが行われている。そのため、重合開始直後の重合容器内の水とモノマーの質量比(以下、「水/モノマー比」という。)は、連続供給される水/モノマー比に比べ極めて水が過剰な状態にある。更に、モノマー等の供給開始後に直ちに、重合容器から液の溢流が始まるため、得られた液中には、ほとんどポリマーが含まれておらず、また微少量含まれているポリマーは所望の分子量とは異なっている。
【0005】
通常、連続水系懸濁重合で得られたアクリロニトリル含有ポリマーを繊維化する際、ジメチルアセトアミド等の溶剤に溶解して紡糸するが、分子量が高いと、この溶剤への溶解性が悪化して工程に支障をきたす。また分子量が低いと繊維強度が弱くなったり、また染色性が変化する為、品質的に問題となる。その為、定常状態に至るまでのポリマーは、歩留まりや品質の低下、あるいは、工程トラブルや生産性低下などを招く。すなわち、スタートアップから安定した分子量のポリマーを生産する事が工業的に有益である。
【0006】
特許文献1には、重合開始前の重合容器内に、溢流開始容量の30〜80%の水を仕込み、モノマー及び重合開始剤を連続的に供給することで、溢流初期から大きな粒子径のポリマーを得る方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−26512公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1の方法では、溢流初期からポリマー粒子径が比較的大きいものを得ることができるものの、分子量については記載されておらず、所望の分子量になるまでの時間は一般の予め重合容器の溢流開始位置まで水及び重合開始剤を仕込む方法と大差が無い。
【0009】
本発明の目的は、アクリロニトリル含有ポリマーの連続水系懸濁重合方法において、上記の欠点を解決した、即ち、重合開始初期から安定した分子量のポリマーが得られる重合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題は、以下の本発明によって解決される。
【0011】
本発明は、重合容器内にモノマー、水及び重合開始剤からなる原料を連続的に供給し、該重合容器から溢流させてポリマー懸濁液を得るアクリロニトリル含有ポリマーの連続水系懸濁重合方法において、該原料を連続供給する前に、該重合容器内に溢流を開始する容量と同量の水を予め仕込むと共に重合開始剤を規定流量中の定常濃度の35〜78%となるよう仕込み、その後、該重合容器内に該原料を連続的に供給する際、モノマー及び水は、供給開始から規定流量で供給し、重合開始剤は供給開始から時間0.85τ〜3.4τの間の所定時間(以下「時間T」という)までは規定流量の1.04〜1.13倍の量で供給し、時間T以降は規定流量で供給することを特徴とする重合方法である。
但し、規定流量=定常状態における単位時間当たりの各原料の供給量(体積/時間)、また、τ(時間)=重合容器の容積(体積)/規定流量(体積/時間)である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば重合開始初期から安定した分子量のポリマーが得られ、ポリマーロスの低減、ポリマー品質の向上が期待される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<アクリロニトリル含有ポリマー>
本発明の重合方法において、原料のモノマー成分としてはアクリロニトリルが40質量%以上100質量%以下含有されていることが好ましく、この重合体から得られる繊維の耐熱性等を考慮するとアクリロニトリルが90質量%以上含有されていることが更に好ましい。
【0014】
アクリロニトリルと共重合可能なモノマーとしては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類及びそれらの塩類、マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチルなどが挙げられる。これらのポリマーから製造されるアクリル繊維の紡糸性を向上させることから、共重合可能なモノマーは、(メタ)アクリル酸、酢酸ビニル、アクリルアミド、メタクリル酸2−ヒドロキシエチルが好ましい。
【0015】
本発明で用いられる水は、懸濁重合に不向きな水でなければよく、特に限定されないが、イオン交換樹脂により電気伝導度が100万S(シーメンス)以下となるように調整して得られたイオン交換水が好ましい。
【0016】
重合開始剤としては、特に限定されず、公知の重合開始剤を使用することができる。無機系レドックス開始剤と呼ばれるものが特に好適である。無機系レドックス開始剤としては、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム他の無機系過酸化物と還元剤との組合せが一般的である。還元剤としては、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸アンモニウム、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸水素アンモニウム、チオ硫酸ナトリウム、チオ硫酸アンモニウム、亜二チオン酸ナトリウム、ナトリウムホルムアルデヒドスルフォシキレート、L−アスコルビン酸、デキストローズ等が挙げられ、硫酸第一鉄または硫酸銅などの化合物も組み合わせて使用できる。特に好ましい無機系レドックス開始剤としては、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素ナトリウム(アンモニウム)−硫酸第一鉄の組合せが挙げられる。
【0017】
重合においては、重合容器内の水を硫酸でpHを2.5〜3.5に調整しておくのが好ましい。更にpHを2.8〜3.2に調整しておくのがより好ましい。pHがこの範囲であれば、安定してラジカルが発生し、安定に重合が行える。
【0018】
<重合開始剤の初期濃度>
本発明の連続水系懸濁重合においては、重合容器内にモノマー、水及び重合開始剤からなる原料を連続供給する前に、水を予め溢流を開始する容量と同量仕込み、その中に重合開始剤のみを定常濃度(体積)の35〜78%の濃度(以下「重合開始剤の初期濃度」という場合がある。)になるよう仕込むことが必要である。定常濃度は、ある供給流量で連続供給した際、5τ以上経過した時刻における濃度のことである。τは、釜内の平均滞在時間であり、「τ=重合容器の容積(体積)/規定流量(体積/時間)」で表される。重合容器内への重合開始剤の仕込み方は特に限定されないが、所望の濃度になるよう重合開始剤をバッチ式に仕込む方法や、所望の濃度になるまで重合開始剤のみを供給する方法が挙げられる。規定流量とは、定常状態における単位時間当たりの原料の供給量(体積/時間)である。重合開始剤の初期濃度が35%未満では重合の進行が遅くなり系内が不安定となる。重合開始剤の初期濃度が78%を超えると安定に重合開始するが、初期の分子量が極端に低くなる。
【0019】
<原料の供給流量>
次に、重合容器内を撹拌しながら、モノマーと水と重合開始剤とを同時に連続的に供給し、重合を行う。この時、モノマーと水は供給開始から規定流量で供給し、重合開始剤は供給開始から時間0.85τ〜3.4τの間の所定時間(「時間T」)までは規定流量の1.04〜1.13倍の量で供給し、時間T以降は規定流量で供給する。尚、重合開始剤は、通常、重合開始剤水溶液として重合容器内へ供給されるが、重合開始剤水溶液中の水は、水の規定流量中に含まれる。また重合開始剤の規定流量(体積/時間)は、重合開始剤の質量と密度から体積を算出することによって求められる。
【0020】
通常、連続水系懸濁重合は、水相中で発生したラジカルが水相中に溶けているモノマーと出会い重合が開始するが、ポリマーが存在する場合、ある割合にてポリマー相中でも重合が進行する。ポリマー相中での重合は一般的に高分子量ポリマーが得られると言われている。一方、水を溢流容積まで仕込んだ状態で重合開始した場合、重合初期(およそモノマー供給開始から2τ未満の間)は水が過剰にある為、水相中での重合比率が高く、重合中期(およそ2τ〜4τの間)ではポリマー総表面積が最も大きくなる為、ポリマー相中での重合比率が高く、その後定常状態になると考えられる。つまり、重合初期は低分子量のポリマーが出来やすく、重合中期は高分子量のポリマーが出来やすい。重合開始剤の初期濃度を定常濃度の35〜78%にし、供給開始から時間Tまでの重合開始剤流量(以下「重合開始剤の初期流量」という場合がある。)を1.04〜1.13倍にするのは、重合初期の重合開始剤濃度を低くすることで重合初期のポリマーの分子量を増加させ、供給開始から時間T(0.85τ〜3.4τ)までの間の重合開始剤流量を多くすることで重合中期のポリマーの分子量を低下させる為である。重合開始剤流量が1.04倍未満では、重合中期に発生するポリマーの分子量が高くなってしまい、また1.13倍超では必要以上に分子量が低下してしまう。また、重合開始剤流量を規定流量にするタイミングが0.85τ未満であると分子量増加抑制効果が足りず、また、3.4τを超えると分子量が必要以上に低下してしまう。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。実施例中において、アクリロニトリル、酢酸ビニルは、それぞれAN、AVと表記した。なお、分子量を表す指標として比粘度ηspを使用した。
【0022】
(実施例1)
溢流を開始する容量Vが76リットルの撹拌付き重合容器に、イオン交換水を76リットル入れ、硫酸でpHを3に調整した。次に重合容器内を撹拌しながら、過硫酸アンモニウム39g、亜硫酸水素ナトリウム156.3g、硫酸第一鉄3.39mgを重合容器内に投入して重合開始剤の初期濃度が定常濃度の40%になるようにし、加温し水温を60℃とした。重合中は60℃一定となるよう制御した。
【0023】
AN/AVを質量比が91.2/8.8となるように混合し、モノマー混合液を調製した。次に、過硫酸アンモニウム1.5質量部、亜硫酸水素ナトリウム6質量部、硫酸第一鉄0.00013質量部、硫酸0.7質量部からなる重合開始剤をイオン交換水に溶解し、9質量%の重合開始剤水溶液を調製した。モノマー混合液/重合開始剤水溶液/水の質量比が2/0.5/4.5となるように、3液の合計で0.89リットル/分の供給速度を規定流量とした。(平均滞在時間τ=85分。)
先ず、モノマー混合液/重合開始剤水溶液/水の質量比を2/0.52/4.4818として重合容器内に原料を連続的に供給し、重合を開始した。連続供給開始時の重合開始剤の流量は規定流量の1.04倍であった。原料の連続供給開始後240分(2.8τ)以降は、原料の供給量を規定流量に変更し連続的に供給した。
【0024】
連続供給開始から3、5、7、9及び11時間後に重合容器から溢流した懸濁液の一部を抜き取った。得られた湿潤ポリマーをペレット状に成形した後、通風バンド型乾燥機で乾燥して重合体を得た。
【0025】
これらの重合体の比粘度ηspを以下の方法により測定した。
0.1gの重合体を100mlのジメチルホルムアミドに分散させ、75℃の温水バス内で45分間加熱、溶解し、その後25℃の冷水にて冷却し、25℃における溶液粘度をウベローデ型粘度計で測定した。結果を表2に示した。比粘度は3時間の時点で目標値に達しており、3時間以降の比粘度は0.198〜0.201の範囲であり、ほぼ一定値を示した。重合開始剤の初期濃度(定常濃度に対する%)、重合開始剤の初期流量の規定流量に対する倍率、及び規定流量に変更する時間(T時間)を表1に纏めた。
【0026】
(実施例2)
重合開始時(原料の連続供給開始時)のモノマー混合液/重合開始剤水溶液/水の質量比を2/0.55/4.4545とし、時間Tを180分(2.1τ)とした以外は実施例1と同様にして、表2の結果を得た。
【0027】
(実施例3)
重合開始剤の初期濃度を定常濃度の60%とし、時間Tを180分(2.1τ)とした以外は実施例1と同様にして、表2の結果を得た。
【0028】
(実施例4)
重合開始剤の初期濃度を定常濃度の78%、重合開始時のモノマー混合液/重合開始剤水溶液/水の質量比を2/0.55/4.4545とし、時間Tを72分(0.85τ)とした以外は実施例1と同様にして、表2の結果を得た。
【0029】
(実施例5)
重合開始剤の初期濃度を定常濃度の70%とし、時間Tを120分(1.4τ)とした以外は実施例1と同様にして、表2の結果を得た。
【0030】
(比較例1)
原料の供給量を連続供給開始直後から規定流量とした以外は実施例1と同様にして、表2の結果を得た。
【0031】
(比較例2)
重合開始剤の初期濃度を定常濃度の20%とした以外は実施例1と同様に行った。重合初期の重合発熱は殆ど無かったが、連続供給開始40分後に急激な発熱が生じて釜粘度が増加したので、重合を停止した。
【0032】
(比較例3〜8)
重合開始剤の初期濃度、重合開始時の重合開始剤の流量、及び時間Tを表1に示す条件とした以外は実施例1と同様にして、表2の結果を得た。
【0033】
(評価結果)
滞在時間の3倍程度の時間が経過すれば、系内はほぼすべて置換されると考えられる。本実施例においては4〜5時間程度がひとつの目安と考えられる。実施例1〜5においては、3時間目以降、すべて品質合格範囲に入っている。つまり7時間程度で、安定な品質が得られていると考えられる。一方、比較例においては、3時間目が品質不合格であったり、3時間目や5時間目が品質合格であっても7時間目で品質不合格になったりしており、安定になるまでは、更に4〜5時間かかると考えられる。つまり安定な品質になるまで9〜14時間程度かかっている。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
重合容器内にモノマー、水及び重合開始剤からなる原料を連続的に供給し、該重合容器から溢流させてポリマー懸濁液を得るアクリロニトリル含有ポリマーの連続水系懸濁重合方法において、該原料を連続供給する前に、該重合容器内に溢流を開始する容量と同量の水を予め仕込むと共に重合開始剤を規定流量中の定常濃度の35〜78%となるよう仕込み、その後、該重合容器内に該原料を連続的に供給する際、モノマー及び水は、供給開始から規定流量で供給し、重合開始剤は供給開始から時間0.85τ〜3.4τの間の所定時間(以下「時間T」という)までは規定流量の1.04〜1.13倍の量で供給し、時間T以降は規定流量で供給することを特徴とする重合方法。
但し、規定流量=定常状態における単位時間当たりの各原料の供給量(体積/時間)、また、τ(時間)=重合容器の容積(体積)/規定流量(体積/時間)である。