説明

アクロレイン及び/又はアクロレイン付加物を検出するための試薬及び方法

【課題】アクロレイン又はアクロレイン付加物を高感度分析できる試薬と、この試薬でアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出する方法を提供。
【解決手段】次式(I)で表される構造を有する化合物を含むことを特徴とするアクロレイン又はアクロレイン付加物検出用試薬。


〔式中、AはC1,C2と共に環状構造を形成する基であり、Xは置換又は非置換の芳香族炭化水素基などであり、XはAを含む環と縮合環を形成してもよく、R及びRは、それぞれ独立して、O、Sなどである。〕

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクロレイン及び/又はアクロレイン付加物を検出するための試薬及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、癌や高血圧、動脈硬化、糖尿病など生活習慣病のほとんどにおいて、活性酸素や過酸化脂質などの酸化ストレスが大きな原因の一つとなっている。酸化ストレスは、生体を構成している重要なタンパク質や脂質などを酸化させ、DNAを損傷させるため、生体の正常な機能を阻害し老化を早め、前述のような生活習慣病を引き起こすことになる。このため、疾患を予防するためには酸化ストレスを最小限に食い止めることが必要となってくる。
【0003】
酸化ストレスの大きさを調べるマーカーとして、8−ヒドロキシデオキシグアノシン(8−OHdG)やアクロレイン、及びその不可物などがある。中でもアクロレインは、石油、石炭などの燃焼、タバコの煙や排気ガス、油脂の加熱で生成するα,β−不飽和アルデヒドであり、細胞の毒性が強い物質である。最近では、酸化ストレスに伴う化学反応として最も代表的な脂質過酸化反応によって、アクロレインが生成することが明らかにされたため、生体に対するアクロレインの影響について注目が集まっている。例えば、アクロレインの含有量を指標として脳卒中・無症候性脳梗塞を診断する方法が報告されている(特許文献1)。このため、今後、その成果を医療や健康管理の現場で役立てるためには、アクロレイン又はその付加物を、簡便かつ迅速に分析する技術を確立しておくことが重要である。
【0004】
試料中のアクロレイン又はアクロレイン付加物を定量する方法として、モノクローナル抗体を用いた免疫学的手法が利用され、その測定のために、例えば抗アクロレイン抗体及びアクロレイン(ACR)測定用ELISAキット(日本油脂)が市販されている。この方法の利点は、酵素抗体方法のような簡便なイムノアッセイをはじめ、イムノスロットブロット法により、多検体を同時にかつ半定量的に測定できることである。また、免疫組織、細胞染色などにより酸化ストレス発生部位の局在などを調べることができる。一方、抗原調製や得られた抗体のエピトープの同定に際して十分な考察が必要なこと、操作が煩雑であり結果が得られるまでに時間がかかる(通常約2時間)という問題点もある。
【0005】
一方、種々の化学物質を分析する慣習的な方法として吸光光度法(比色分析法)が利用されている。特に比色分析法は目視定量を基本とし、大掛かりな装置、熟練した技術を必要としないため、誰でも手軽に扱うことが出来る簡易分析法へと結びつけることができる。さらに溶液中での分析(ウェットケミストリー)だけでなく、リトマス紙のような試験紙をはじめとした固相媒体中での分析(ドライケミストリー)へと展開することができるため、装置の小型化、分析手順の大幅な縮小、分析時間の短縮、簡単な分析操作へと発展することができる。
【0006】
従って、比色分析法などの簡便な方法を用いてアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出及び定量することができる方法及び手段が望まれている。
【0007】
【特許文献1】特開2005−304476号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、アクロレイン又はアクロレイン付加物を高感度で分析することができる試薬を開発し、容易かつ迅速にアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、アクロレイン又はアクロレイン付加物との反応によって色変化を示す色素化合物を合成することに成功し、この色素化合物を用いて高感度かつ簡便にアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、下記式(I)で表される構造:
【化1】

〔式中、
Aは、炭素原子1及び炭素原子2と共に環状構造を形成する基であり、
Xは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基、及び置換若しくは非置換の複素環基から選択される基であり、ここでXはAを含む環と縮合環を形成していてもよく、
及びRは、それぞれ独立して、酸素原子、硫黄原子、二級アミン又は三級アミンであり、ここで、R及び/又はRが三級アミンである場合には、炭素数1〜10のアルキル鎖を有するアミノ基である。〕
を有する化合物を含むことを特徴とするアクロレイン又はアクロレイン付加物検出用試薬である。
【0011】
上記検出用試薬において、式(I)におけるAは、例えば置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基若しくは複素環基である。
【0012】
また式(I)におけるXとしては、置換若しくは非置換の、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピレン、ビフェニル、クマリン、ベンゾチアゾール、フルオレセイン、ローダミン、アゾベンゼン、ピリジン、ビピリジン、キノリン及びフェナントロリンからなる群より選択される化合物の基が挙げられる。
【0013】
上記検出用試薬において、式(I)におけるA及びXが一緒にナフチル基を形成することが好ましい。
【0014】
また上記検出用試薬において、式(I)におけるR及びRは、例えば一方が硫黄原子であり、他方が三級アミンである。
【0015】
上記検出用試薬において、式(I)は、例えば下記式(II):
【化2】

〔式中、Rは、水素、又は炭素数1〜10のアルキル基である。〕
であることが好ましい。また式(I)は、下記式(III):
【0016】
【化3】

であることが特に好ましい。
【0017】
本発明はまた、被検サンプルと上記検出用試薬とを接触させ、該検出用試薬の色の変化を検出することを特徴とする被検サンプル中のアクロレイン又はアクロレイン付加物の検出方法である。
【0018】
上記方法において、色の変化の検出は、例えば目視観察、吸光光度法、反射スペクトル分析法などの方法によって行うことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、アクロレイン又はアクロレイン付加物を検出するための検出用試薬及び検出方法が提供される。かかる検出用試薬を用いた場合には、アクロレイン又はアクロレイン付加物を、高感度で、短時間にかつ複雑な機器を用いることなく検出することが可能である。従って、本検出用試薬及び本検出方法は、生化学、医療、分析化学の分野において有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、式(I)の構造を有する化合物とアクロレイン又はアクロレイン付加物とを接触させると、それらがシッフ塩基を形成するため、共役系の伸長による新たな吸収帯の出現によって色の変化が生じることに基づいている。この色変化における吸収スペクトルの変化を測定することにより、アクロレイン又はアクロレイン付加物の定性分析及び定量分析を行うことができる。
【0021】
以下に、本発明に係る検出用試薬と、それを用いたアクロレイン又はアクロレイン付加物の検出方法について説明する。
【0022】
1.検出用試薬
本発明に係るアクロレイン又はアクロレイン付加物検出用試薬(以下、本検出用試薬ともいう)は、一般式(I):
【化4】

〔式中、
Aは、炭素原子1及び炭素原子2と共に環状構造を形成する基であり、
Xは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基、及び置換若しくは非置換の複素環基から選択される基であり、ここでXはAを含む環と縮合環を形成していてもよく、
及びRは、それぞれ独立して、酸素原子、硫黄原子、二級アミン又は三級アミンであり、ここで、R及び/又はRが三級アミンである場合には、炭素数1〜10のアルキル鎖を有するアミノ基である。〕
で表される構造を有する化合物を含むことを特徴とする。
【0023】
本発明者は、アクロレイン又はアクロレイン付加物と反応後、シッフ塩基を形成し、色変化を促す部位としてチアゾリノンヒドラゾン基を選択した。また、共役系を伸長し、可視領域に吸収帯が生じるように、チアゾリノンヒドラゾン基にナフチル基を導入した。そのため、本検出用試薬とアクロレイン又はアクロレイン付加物を混合すると、色素化合物とアクロレイン又はアクロレイン付加物が反応し、シッフ塩基を形成することによって共有結合が形成される。これと同時に、共役系が伸長するため、可視領域(650nm近傍)に新しい吸収帯が生じ、無色透明の状態から濃緑色〜青色に変色する。このため、試薬の色の変化を測定することによって極微量のアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出することが可能である。
【0024】
従って、上記一般式(I)において、Aは、炭素原子1及び炭素原子2と共に環状構造を形成する基であれば任意の基であってよい。例えば、Aは、炭素原子1及び炭素原子2と、炭素原子、酸素原子、硫黄原子及び窒素原子からなる群より選択される原子によって環状構造が形成される原子数4〜30の基でありうる。より具体的には、Aは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基、置換若しくは非置換の複素環基、又は直鎖若しくは分枝型のシクロアルキル基、シクロアルケニル基、シクロアルキニル基、環状型オキシエチレン鎖、シクロデキストリンなどでありうる。またAは、X基の他に、置換基を有していてもよい。そのような置換基としては、例えば限定されるものではないが、アルキル基(メチル、エチル、n−プロピルなど)、アルコキシ基(メトキシ、エトキシ、フェノキシなど)、ハロゲン原子(フルオロ、クロロ、ブロモなど)、アラルキル基(ベンジル、フェネチルなど)、アリール基(フェニル、トルイル、ビフェニル、ナフチル、ピレニルなど)、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、モルホリノ基などが挙げられる。Aは、上記の置換基の1又は複数を有するものであってよい。
【0025】
好ましい実施形態において、式(I)におけるAは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素、置換若しくは非置換の複素環化合物などである。
【0026】
また、式(I)において、Xは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基、及び置換若しくは非置換の複素環基から選択される任意の基である。芳香族炭化水素基としては、例えばフェニル基、フェニレン基が含まれ、具体的には限定されるものではないが、フェノール(1〜5価)、トルエン、キシレン、安息香酸、サリチル酸、アニリン、ニトロベンゼン、アラルキル(ベンジル基、フェネチル基など)などが含まれる。また芳香族炭化水素基は、炭素数10〜30、好ましくは炭素数10〜18の多環芳香族基であってもよく、例えばビフェニル基、ターフェニル基、ナフチル基、アセナフチレニル基、アントリル基、フェナントリル基、ピレニル基、ベンゾアントリル基、ナフタセニル基、ピセニル基、フルオレニル基、などが含まれる。さらに複素環基としては、炭素数6〜20、好ましくは炭素数6〜12の、1〜数個のヘテロ原子(酸素、窒素、硫黄など)を有する三員、四員、五員、六員又は七員の複素環基を用いることができ、例えばピロリル基、ピロリレン基、ピリジル基、ピリミジニル基、ピラジニル基、ピリダジニル基、チエニル基、フリル基、フリレン基、キノリル基、キノキサリニル基、ナフチリジニル基、キナゾリニル基、フェナントリジニル基、インドリジニル基、フェナジニル基、カルバゾリル基、オキサゾリル基、チアゾリル基、アクリジニル基、フェナジニル基などが含まれる。
【0027】
置換基としては、例えば限定されるものではないが、アルキル基(メチル、エチル、n−プロピルなど)、アルコキシ基(メトキシ、エトキシ、フェノキシなど)、ハロゲン原子(フルオロ、クロロ、ブロモなど)、アラルキル基(ベンジル、フェネチルなど)、アリール基(フェニル、トルイル、ビフェニル、ナフチル、ピレニルなど)、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、モルホリノ基などが挙げられる。Xは、上記の置換基の1又は複数を有するものであってよい。
【0028】
式(I)において、Xに相当する具体的な基の化合物は、限定されるものではないが、置換若しくは非置換の、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピレン、ビフェニル、クマリン、ベンゾチアゾール、フルオレセイン、ローダミン、アゾベンゼン、ピリジン、ビピリジン、キノリン、フェナントロリンなどの芳香族炭化水素及び複素環化合物であることが好ましい。より好ましくは、下に示す構造を有する基である。
【0029】
【化5】

【0030】
上記構造において、Rは、互いに独立に、水素原子、炭素数1〜10の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、炭素数1〜10の直鎖型若しくは分枝型のエーテル、フェニル基、フェニル基の一部をアミノ基、ハロゲン、ニトロ基に置換したフェニル基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボン酸若しくはその塩若しくはエステル若しくはアミド、スルホン酸若しくはその塩若しくはエステル若しくはアミド、チオール基、水酸基若しくはその塩、ケトン、ハロゲン、糖などであるが、これらに限定されるものではない。nは1〜4の整数であって、nが2以上の場合、各Rは、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0031】
好ましい実施形態において、式(I)におけるXは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素、複素環化合物などである。また別の好ましい実施形態において、Xは、Aを含む環と縮合環、例えばナフチル基、アントラセニル基、テトラセニル基、ピレニル基、ピリジル基、ビフェニル基、クマリン基、ベンゾチアゾール基、フルオレセイン基、ローダミン基、アゾベンゼン基、ビピリジン基、キノリン基、フェナントロリン基などが挙げられる。さらにこれらの官能基は、置換基を有していてもよい。そのような置換基としては、例えば限定されるものではないが、アルキル基(メチル、エチル、n−プロピルなど)、アルコキシ基(メトキシ、エトキシ、フェノキシなど)、ハロゲン原子(フルオロ、クロロ、ブロモなど)、アラルキル基(ベンジル、フェネチルなど)、アリール基(フェニル、トルイル、ビフェニル、ナフチル、ピレニルなど)、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、モルホリノ基などが挙げられる。
【0032】
特に好ましい実施形態においては、式(I)におけるA及びXは、それらが一緒にナフチル基を形成する。
【0033】
また、式(I)において、R及びRは、それぞれ独立して、酸素原子、硫黄原子、二級アミン又は三級アミンである。R及び/又はRが三級アミンである場合には、炭素数1〜10のアルキル鎖(例えば、メチル、エチル、n−プロピルなど)を有するアミノ基であることが好ましい。なお、R及びRは、互いに同一であっても異なっていてもよい。
【0034】
好ましい実施形態において、R及びRは、一方が硫黄原子であり、他方が三級アミンである。特に好ましくは、R及びRは、一方が硫黄原子であり、他方がメチル基を有する三級アミンである。
【0035】
式(I)で表される構造を有する化合物の具体例として、以下の式(II)で表される化合物が挙げられる:
【化6】

〔式中、Rは、水素、又は炭素数1〜10のアルキル基である〕。
【0036】
特に好ましくは、式(I)で表される構造を有する化合物は、以下の式(III)で表される化合物である:
【化7】

【0037】
式(III)で表される化合物は、遊離状態において無色であるが、アクロレインやアクロレイン付加物の1種であるFDP−リジンと結合した際には、濃緑色を呈する。
【0038】
式(I)の構造を有する化合物は、当技術分野で公知の方法に従って、当業者であれば容易に合成することができる。例えば、式(II)で表される化合物は、図2に示すように、化合物1と化合物2を、トリエチルアミン(TEA)及び2,3,4,5−テトラヒドロフラン(THF)の存在下にて反応させ、化合物3を得た後、化合物3におけるアミンを任意の置換基(R)で置換することにより得ることができる。例えば式(III)で表される化合物を得る場合には、化合物3をヨウ化メチルと、炭酸カリウム及び適当な溶媒の存在下で反応させることにより化合物3におけるアミンをメチル基で置換することができる。化合物を合成後、再結晶、再沈殿又はカラムクロマトグラフィーなどの操作を用いて、精製を行う。
【0039】
2.アクロレイン及びアクロレイン付加物の検出方法
本検出用試薬は、アクロレイン又はアクロレイン付加物と接触させると、図1A及びBの反応式に示されるようにそれらがシッフ塩基を形成するため、共役系の伸長による新たな吸収帯の出現によって色の変化が生じる。従って、本検出用試薬とアクロレイン又はアクロレイン付加物を含む可能性のあるサンプルとを接触させ、色の変化を検出することによって、サンプル中のアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出することができる。本検出用試薬は、競合物質又は阻害物質の存在下でもアクロレイン又はアクロレイン付加物と反応することができ、また極微量のアクロレイン又はアクロレイン付加物とも反応するため、高精度にアクロレイン又はアクロレイン付加物を検出することができる。なお、本発明において、アクロレイン又はアクロレイン付加物の「検出」とは、サンプルにおけるアクロレイン又はアクロレイン付加物の存在の有無を検出することだけではなく、アクロレイン又はアクロレイン付加物を定量的に検出することも含む。
【0040】
本検出用試薬を用いて検出の対象となるアクロレインとは、分子式CO、分子量56.06の不飽和アルデヒドである(CAS登録番号107−02−8)。アクロレインは、揮発性で引火性が強く、刺激臭を有する液体であり、また環境及び生物に対して毒性を有することからその検出は非常に重要である。アクロレイン付加物とは、アクロレイン2分子と1級アルキルアミンとの反応によって形成されるピペリジン構造を有する化合物の総称であり、例えばアクロレインにタンパク質のリジン残基が付加したアクロレイン付加アミノ酸であるFDP−リジン(N−ホルミルピペリジノリジン)がある。アクロレイン及びFDP−リジンの構造を以下に示す。
【0041】
【化8】

【0042】
また被検サンプルとしては、アクロレイン又はアクロレイン付加物を含有することが疑われるサンプルであれば特に限定されるものではなく、液体サンプル又は固体サンプルのいずれでもよい。具体的には、例えばアクロレイン又はアクロレイン付加物を含有する可能性のある溶液、生物由来サンプル(尿、唾液、脳脊髄液等)、環境由来サンプル(工業用排水、汚泥、大気、排気ガス等)、食品由来サンプルなどが挙げられる。
【0043】
使用する本検出用試薬は、適当な溶媒、緩衝液(例えばMeOH:リン酸緩衝液)などに溶解させて使用してもよいし、又は適当な担体(膜、試験紙など)に固定して使用してもよい。
【0044】
アクロレイン又はアクロレイン付加物の検出は、典型的には、サンプルを本検出用試薬と接触させ、検出用試薬の色の変化を検出することを含む。本発明において「接触」とは、サンプル中に存在するアクロレイン又はアクロレイン付加物と本検出用試薬における色素化合物とが結合するように近接する状態にすることを意味し、例えば、液体サンプルと本検出用試薬の溶液とを混合すること、本検出用試薬を固定した担体(膜、試験紙など)に液体サンプルを浸潤させること、固体サンプルに対して本検出用試薬を塗布すること、本検出用試薬に固体サンプルを浸漬することなどの操作が含まれる。
【0045】
サンプルと本検出用試薬とを接触させる条件は、使用するサンプルの種類及び量、接触形態などを考慮して当業者であれば適宜選択することができる。例えばサンプル中に含まれるアクロレイン又はアクロレイン付加物の量が0〜500μM程度であると推定される場合には、100〜20000μM、好ましくは5000μMの本検出用試薬を使用する。また接触は、室温(約20〜30℃、好ましくは約25℃)で、約5〜30分、好ましくは約10〜20分行う。
【0046】
サンプルと本検出用試薬とを接触させた後、当技術分野で公知の方法を用いて検出用試薬の色の変化を検出する。色の変化は、例えば目視観察、吸光光度法(分光光度計、プレートリーダーなどを用いる)、反射スペクトル分析法などによって検出することができる。色の変化が観察された場合には、サンプル中のアクロレイン又はアクロレイン付加物の存在が示される。
【0047】
また、サンプル中のアクロレイン又はアクロレイン付加物を定量する場合には、既知濃度のアクロレイン又はアクロレイン付加物を含有する標準サンプルを準備し、標準サンプルと本検出用試薬とを反応させた後、色の変化(例えば吸光度)に基づいて検量線を作成し、被検サンプルを用いた場合の本検出用試薬の色の変化と比較することが好ましい。
【0048】
本発明に係るアクロレイン又はアクロレイン付加物の検出用試薬及び検出方法は、アクロレイン又はアクロレイン付加物を高感度で、短時間にかつ複雑な機器を用いることなく検出することが可能である。また本検出用試薬は、アクロレイン又はアクロレイン付加物と一定割合で結合するため、検量線を作成することによって簡便に定量することが可能である。さらに本検出用試薬は、妨害物質の存在下でも良好にアクロレイン又はアクロレイン付加物を結合することができるため、任意のサンプル中のアクロレイン又はアクロレイン付加物を高精度で検出することができる。また使用する色素化合物は容易に合成することができることから、試薬にかかるコスト及び労力を低減することができる。以上から、本検出用試薬及び本検出方法は、生化学、医療、分析化学の分野において有用である。
【実施例1】
【0049】
本実施例においては、式(III)の色素化合物を、以下の反応式及び図2に示すスキームに従って合成した。
【0050】
【化9】

【0051】
具体的には、50ml三口フラスコに化合物1(0.2g,1.0mmol)、化合物2(0.2g,0.9mmol)、トリエチルアミン(0.1mL,0.9mmol)、及びTHF40mLを加え、アルゴン気流下、24時間還流した。溶媒を減圧留去後、残渣をクロロホルムに溶解後、水で洗浄した。無水硫酸ナトリウムで乾燥後、溶媒を減圧留去した。カラムクロマトグラフィー(SiO,クロロホルム)で精製し、黄色固体を得た(収率55%)。
【0052】
【化10】

【0053】
続いて、上に示すように、50ml三口フラスコに化合物3(0.2g,1.0mmol)、ヨウ化メチル(1.0g,10mmol)、炭酸カリウム(0.1g,0.9mmol)、及びアセトン40mLを加え、アルゴン気流下、24時間還流した。溶媒を減圧留去後、残渣をクロロホルムに溶解し、水で洗浄した。無水硫酸ナトリウムで乾燥後、溶媒を減圧留去した。カラムクロマトグラフィー(SiO,クロロホルム)で精製し、黄色固体を得た(収率80%)。
【実施例2】
【0054】
本実施例においては、実施例1において合成した色素化合物がアクロレインに応答するかどうかを確認した。
【0055】
まず、以下の濃度の色素溶液とアクロレイン溶液を混合後、吸収スペクトルを25℃にて測定した。
[色素]=1wt%(MeOH:リン酸緩衝液(pH5.0)=1:2v/v中)
[アクロレイン]=100μM
【0056】
アクロレインの添加前後における色素の吸収スペクトルを図3に示す。色素単独では、紫外部に吸収があるのみで、可視領域(500nmより長波長側)には、吸収帯を持たなかった。一方、アクロレインを添加すると、500〜750nmに新しい吸収帯が観察された。
【0057】
アクロレインの添加前後における色素溶液の写真を図4に示す。色素単独では、無色であるが、色素とアクロレインが反応すると、濃緑色へと変化した。
【0058】
続いて、色素とアクロレインの反応速度を観察するために、色素溶液とアクロレイン溶液を混合後、650nmの吸光度の時間変化を測定した。結果を図5に示す。吸光度が一定になるまでに約10分間かかった。
【0059】
次に、アクロレインの濃度を0〜500μMまで変化させた時の650nmにおける吸光度を、アクロレイン濃度に対してプロットしたところ、図6に示したような良好な直線関係が得られた。従って、本検出用試薬を用いて、サンプル中のアクロレインを定量的に検出できることがわかった。
【実施例3】
【0060】
本実施例においては、実施例1において合成した色素化合物がFDP−リジンに応答するかどうかを確認した。
【0061】
まず、以下の濃度の色素溶液とFDP−リジン溶液を混合後、吸収スペクトルを25℃にて測定した。
[色素]=1wt%(MeOH:リン酸緩衝液(pH5.0)=1:2v/v中)
[FDP−リジン]=100μM
【0062】
FDP−リジンの添加前後における色素の吸収スペクトルを図7に示す。色素単独では、紫外部に吸収があるのみで、可視領域(500nmより長波長側)には、吸収帯を持たなかった。一方、FDP−リジンを添加すると、500〜750nmに新しい吸収帯が観察された。
【0063】
また、色素単独では、溶液の色は無色であるが、色素とFDP−リジンが反応すると、濃緑色へと変化した(結果は示さない)。
【0064】
続いて、色素とFDP−リジンの反応速度を観察するために、色素溶液とFDP−リジン溶液を混合後、650nmの吸光度の時間変化を測定した。結果を図8に示す。吸光度が一定になるまでに約10分間かかった。
【0065】
次に、FDP−リジンの濃度を0〜500μMまで変化させた時の650nmにおける吸光度を、FDP−リジン濃度に対してプロットしたところ、図9に示したような良好な相関関係が得られた。従って、本検出用試薬を用いて、サンプル中のアクロレイン付加物を定量的に検出できることがわかった。
【実施例4】
【0066】
本実施例においては、実施例1において合成した色素化合物とFDP−リジンとの反応が、妨害物質によってどの程度影響を受けるのかを確認した。
【0067】
以下の濃度の色素溶液とFDP−リジン溶液と、下記表1に示される妨害物質を以下の濃度で混合後、吸収スペクトルを25℃にて測定した。
[色素]=1wt%(MeOH:リン酸緩衝液(pH5.0)=1:2v/v中)
[FDP−リジン]=100μM
[妨害物質]=10,50,100mM
【0068】
【表1】

【0069】
その結果、上記の表1に示したような結果が得られた。この結果から、本検出用試薬は、妨害物質の存在下でもアクロレイン又はアクロレイン付加物を高精度に検出することができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明により、アクロレイン又はアクロレイン付加物を検出するための検出用試薬及び検出方法が提供される。かかる検出用試薬を用いた場合には、アクロレイン又はアクロレイン付加物を、高感度で、短時間にかつ複雑な機器を用いることなく検出することが可能である。従って、本検出用試薬及び本検出方法は、生化学、医療、分析化学の分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本検出用試薬における色素化合物の構造(A)及びその色素化合物の一例(B)と、アクロレイン又はアクロレイン付加物との反応式を示す。
【図2】式(III)の色素化合物の合成スキームを示す。
【図3】アクロレイン添加前後における色素の吸収スペクトルを示す。
【図4】アクロレイン添加前後における色素溶液の写真である。
【図5】アクロレイン添加後の650nmにおける吸光度の時間変化を示す。
【図6】アクロレイン濃度と650nmにおける吸光度の関係を示す。
【図7】FDP−リジン添加前後における色素の吸収スペクトルを示す。
【図8】FDP−リジン添加後の650nmにおける吸光度の時間変化を示す。
【図9】FDP−リジン濃度と650nmにおける吸光度の関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される構造を有する化合物を含むことを特徴とするアクロレイン又はアクロレイン付加物検出用試薬。
【化1】

〔式中、
Aは、炭素原子1及び炭素原子2と共に環状構造を形成する基であり、
Xは、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基、及び置換若しくは非置換の複素環基から選択される基であり、ここでXはAを含む環と縮合環を形成していてもよく、
及びRは、それぞれ独立して、酸素原子、硫黄原子、二級アミン又は三級アミンであり、ここで、R及び/又はRが三級アミンである場合には、炭素数1〜10のアルキル鎖を有するアミノ基である。〕
【請求項2】
Aが、置換若しくは非置換の芳香族炭化水素基若しくは複素環基である、請求項1記載の検出用試薬。
【請求項3】
Xが、置換若しくは非置換の、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ピレン、ビフェニル、クマリン、ベンゾチアゾール、フルオレセイン、ローダミン、アゾベンゼン、ピリジン、ビピリジン、キノリン及びフェナントロリンからなる群より選択される化合物の基である、請求項1又は2記載の検出用試薬。
【請求項4】
A及びXが一緒にナフチル基を形成する、請求項1記載の検出用試薬。
【請求項5】
及びRの一方が硫黄原子であり、他方が三級アミンである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の検出用試薬。
【請求項6】
式(I)が下記式(II):
【化2】

〔式中、Rは、水素、又は炭素数1〜10のアルキル基である。〕
である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の検出用試薬。
【請求項7】
式(I)が下記式(III):
【化3】

である、請求項6記載の検出用試薬。
【請求項8】
被検サンプルと請求項1〜7のいずれか1項に記載の検出用試薬とを接触させ、該検出用試薬の色の変化を検出することを特徴とする被検サンプル中のアクロレイン又はアクロレイン付加物の検出方法。
【請求項9】
色の変化の検出が、目視観察、吸光光度法、及び反射スペクトル分析法からなる群より選択される方法で行われる、請求項8記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−180588(P2008−180588A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−13932(P2007−13932)
【出願日】平成19年1月24日(2007.1.24)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】