説明

アップライトピアノのハンマー

【課題】 グランドピアノにより近いタッチ感を得ることができ、表現力に優れた高い演奏性を得ることができるアップライトピアノのハンマーを提供する。
【解決手段】 鍵4の押鍵に伴い回動し、その回動の途中でジャック7が離脱した後、後方の弦Sを打弦するアップライトピアノのハンマー1であって、鍵4の押鍵に伴い、ジャック7により突き上げられることによって回動支点20bを中心として回動するバット20と、バット20に立設され、上下方向に延びるハンマーシャンク21と、その上端部に設けられたハンマーヘッド22と、バット20から前方に突出するキャッチャーシャンク23と、その前端部に設けられたキャッチャー24と、鍵4を押鍵したときのタッチ重さを増大させるために、キャッチャーシャンク23およびキャッチャー24の少なくとも一方に取り付けられた錘26と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鍵の押鍵に伴い、ジャックにより突き上げられることによって回動し、打弦することによって演奏音を発生させるアップライトピアノのハンマーに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のアップライトピアノのハンマーとして、例えば特許文献1に開示されたものが知られている。このハンマーは、バットフレンジに回動自在に取り付けられたバットと、このバットに立設され、上下方向に延びるハンマーシャンクと、このハンマーシャンクの上端部に設けられたハンマーヘッドと、バットから前方に突出するキャッチャーシャンクと、このキャッチャーシャンクの前端部に設けられたキャッチャーとを備えている。また、バットの回動支点よりも若干、前側の部位にはアクションのジャックが下方から係合している。このような構成のハンマーは、一般的なものであり、押鍵に伴い、ジャックによりバットが突き上げられることによって、回動支点を中心として後方に回動する。また、この回動の途中で、ジャックがバットから離脱することにより演奏者にレットオフ感が付与され、ハンマーは、慣性によってそのまま回動し、後方に鉛直に張られた弦を打弦することによって、演奏音を発生させる。
【0003】
これに対し、グランドピアノでは、そのハンマーは、前端部の回動支点においてハンマーシャンクフレンジに回動自在に取り付けられ、前後方向に延びるハンマーシャンクと、このハンマーシャンクの後端部に設けられたハンマーヘッドとを備えており、回動支点よりも若干、後側の部位には、シャンクローラを介してジャックが下方から対向している。このようなハンマーは、押鍵に伴い、ジャックによりシャンクローラを介して突き上げられ、回動支点を中心として上方に回動する。また、この回動の途中で、ジャックがシャンクローラから離脱することにより演奏者にレットオフ感が付与され、ハンマーは慣性によってそのまま回動し、上方に水平に張られた弦を打弦することによって、演奏音を発生させる。
【0004】
上記のようなアップライトピアノとグランドピアノのタッチ感を比較すると、図6に示すように、ジャックがハンマーから離脱するときのタッチ重さであるレットオフ荷重は、同図(b)に示すグランドピアノの方が同図(a)のアップライトピアノよりも大きい(L2>L1)。これは以下のような理由による。アップライトピアノの場合、ハンマーシャンクが上下方向に延びているため、ハンマーの重心は、回動支点に近い位置にあり、このため、ハンマーの自重による回動支点回りのモーメントは小さい。これに対し、グランドピアノの場合はハンマーシャンクが前後方向に延びているため、ハンマーの重心は、ハンマーの回動支点からかなり遠い位置に位置しており、このため、ハンマーの自重による回動支点回りのモーメントは、アップライトピアノよりも大きい。このようなモーメントの差が、ジャックがハンマーから離脱するときの反力、すなわちレットオフ荷重の差になるためである。このようなレットオフ荷重の差異が、アップライトピアノとグランドピアノの間のタッチ特性の大きな差異の1つとなっている。
【0005】
したがって、レットオフの前後のタッチ重さの変化量もまた、グランドピアノの方が大きく、その結果、グランドピアノでは明確なレットオフ感を得られるのに対し、アップライトピアノでは、タッチ重さの変化量が小さく、レットオフ感がグランドピアノよりも不明瞭になる。このため、アップライトピアノの演奏者は、グランドピアノの場合と比較して、レットオフのタイミングを把握し難く、レットオフ直前のタッチコントロール、すなわちハンマーの打弦速度の微妙な調整が難しいので、このことが、アップライトピアノがグランドピアノよりも表現力に乏しく演奏性が低い原因になっている。
【0006】
また、両ピアノとも、低音域と高音域の間でハンマーの重量が変化しており、低音側ほど重く、また高音側ほど軽くなっている。しかし、前述したようなハンマーの回動支点回りのモーメントの差異に起因し、グランドピアノではハンマーの重量の差がタッチ感に大きく反映され、低音域は重く、また高音域は軽いタッチ重さが得られる一方、アップライトピアノでは、低音域と高音域の間でタッチ重さの差異がほとんどない。
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、グランドピアノにより近いタッチ感を得ることができ、表現力に優れた高い演奏性を得ることができるアップライトピアノのハンマーを提供することを目的としている。
【0008】
【特許文献1】特開平6−27934号公報 (第3頁、第1図)
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明の請求項1に係る発明は、鍵の押鍵に伴い、ジャックで突き上げられることにより回動し、その回動の途中で前記ジャックが離脱した後、後方に張られた弦を打弦することによって演奏音を発生させるアップライトピアノのハンマーであって、回動支点に回動自在に支持され、離鍵状態においてジャックが係合し、鍵の押鍵に伴いジャックにより突き上げられることによって回動支点を中心として回動するバットと、バットに立設され、上下方向に延びるハンマーシャンクと、弦を打弦するためにハンマーシャンクの上端部に設けられたハンマーヘッドと、バットから前方に突出するキャッチャーシャンクと、キャッチャーシャンクの前端部に設けられたキャッチャーと、鍵を押鍵したときのタッチ重さを付与するために、キャッチャーシャンクおよびキャッチャーの少なくとも一方に取り付けられた錘と、を備えていることを特徴とする。
【0010】
このアップライトピアノのハンマーは、鍵の押鍵に伴い、バットがジャックにより突き上げられることによって、回動支点を中心として後方の弦に向かって回動する。この回動の途中で、ジャックがバットから離脱し、それにより、ハンマーの重量分がタッチ重さから急激に失われることによって、演奏者にレットオフ感が付与される。また、バットから前方に、すなわち弦とは逆側に突出するキャッチャーシャンクとその前端部に設けられたキャッチャーの少なくとも一方には、錘が取り付けられており、この錘により、ハンマーが押鍵により回動する方向と逆方向のモーメントが、回動支点回りに作用する。
【0011】
このように、錘によって回動支点回りのモーメントが増大されることにより、押鍵したときのハンマーからの反力が増大し、それにより、より大きなタッチ重さが得られる。また、回動支点回りのモーメントが増大している分、従来のハンマーの場合よりも、ジャックがハンマーから離脱するレットオフ直前のレットオフ荷重も増大し、その結果、レットオフ前後のタッチ重さの変化量を大きくすることができる。それにより、演奏者は、グランドピアノに近似した明確なレットオフ感を得ることができる。したがって、このアップライトピアノでは、レットオフのタイミングを把握しやすいことにより、タッチの強弱のコントロールよるハンマーの打弦スピードのコントロールが容易になり、表現力に優れた高い演奏性を実現することができる。
【0012】
また、キャッチャーシャンクは、バットから前方に延びており、キャッチャーシャンクおよびキャッチャーは、ジャックがバットに係合する部位よりも回動支点から遠い位置に位置している。したがって、このような位置関係のキャッチャーシャンクおよび/またはキャッチャーに錘を取り付けることによって、錘による回動支点回りのモーメントを効果的に増大させることができ、それにより付加されるタッチ重さやレットオフ荷重を効果的に得ることができる。その結果、従来、鍵に設けられている錘を減量または省略することができる。また、キャッチャーおよびキャッチャーシャンクは、打弦後に復帰回動するハンマーをバックチェックに係止するために通常、設けられるものである。したがって、このような既存の構成部品を利用し、錘を取り付けるだけで、本発明によるハンマーを容易かつ安価に構成することができる。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載のアップライトピアノのハンマーにおいて、錘は、キャッチャーシャンクの前端部およびキャッチャーに取り付けられていることを特徴とする。
【0014】
この構成によれば、錘がキャッチャーシャンクの前端部およびキャッチャーの双方に、すなわち、回動支点から可能な限り遠い位置に配置されているので、錘による回動支点回りのモーメント、およびそれにより付加されるタッチ重さやレットオフ荷重などを、より効果的に得ることができる。
【0015】
請求項3に係る発明は、請求項1または2に記載のアップライトピアノのハンマーにおいて、キャッチャーシャンクおよびキャッチャーの少なくとも一方には取付け孔が形成され、錘は、取付け孔に埋設された状態で取り付けられていることを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、錘は、キャッチャーシャンクおよび/またはキャッチャーに形成された取付け孔に埋設された状態で取り付けられている。それにより、ハンマー自体やアクションなどの既存の構成部品の動作が、錘によって妨げられることがなく、したがって、ハンマーやアクションなどのスムーズな動作を確保することができる。
【0017】
請求項4に係る発明は、請求項1ないし3のいずれかに記載のアップライトピアノのハンマーにおいて、ハンマーは、複数の鍵ごとに設けられた複数のハンマーで構成され、錘は、複数のハンマーにそれぞれ取り付けられており、錘の重さは、所定の音域ごとに、低音域側ほどより大きく設定されていることを特徴とする。
【0018】
この構成では、錘は、複数のハンマーにそれぞれ取り付けられており、錘の重さは、所定の音域ごとに、低音側ほどより大きな値に設定されている。それにより、回動支点回りのモーメント、およびそれによって付加されるタッチ重さを、低音側では大きく、高音側では小さいという、グランドピアノの音域に応じたタッチ重さの特性を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の第1実施形態によるアップライトピアノのハンマー1、鍵盤2およびアクション3などを、離鍵状態において示している。なお、以下の説明では、演奏者側から見たときのアップライトピアノの手前側を「前」、奥側を「後」として説明する。鍵盤2は、左右方向(図1の奥行方向)に並んだ多数の鍵4(1つのみ図示)によって構成されている。各鍵4は、前後方向(図1の左右方向)のほぼ中央において、筬5に立設されたバランスピン5aを支点として回動自在に支持されている。
【0020】
アクション3は、鍵盤2の後端部の上方において、筬5の左右端部にそれぞれ設けたブラケット(図示せず)に取り付けられ、両ブラケットの間に設けられている。アクション3は、ウィッペン6やジャック7などを有していて、これらは、鍵4ごとに設けられている(ともに1つのみ図示)。左右のブラケットの間には、センターレール16およびハンマーレール17などが渡されており、このセンターレール16に、ウィッペンフレンジ12およびバットフレンジ25が鍵4ごとにねじ止めされている(ともに1つのみ図示)。そして、ウィッペン6が後端部において、ウィッペンフレンジ12に、そのピン状の支点6bを介して回動自在に支持されている。また、ハンマー1が下端部において、バットフレンジ25にピン状の支点20b(回動支点)を介して回動自在に支持されている。
【0021】
ウィッペン6は、例えば、合成樹脂や木材によって所定の形状に形成されており、その前部から下方に突出するヒール部6aを有していて、対応する鍵4の上面後端部に設けたキャプスタンボタン4aに、ヒール部6aを介して載置されている。また、ウィッペン6の上面前端部には、バックチェックワイヤ9aが立設されていて、その先端部にバックチェック9が取り付けられている。また、ウィッペン6の上面後端部には、後述するダンパー27を駆動するためのスプーン11が立設されている。また、このスプーン11のすぐ前方には、前述したウィッペンフレンジ12が配置されており、このウィッペンフレンジ12は、その上部においてセンターレール16に固定されている。
【0022】
ジャック7は、例えば、合成樹脂により構成されており、射出成形によって一体成形されている。ジャック7は、前後方向に延びる基部7aと、基部7aの後端部から上方に延びるハンマー突上げ部7bを有している。このようなジャック7は、その基部7aとハンマ突上げ部7bとの角部において、ウィッペン6のバックチェックワイヤ9aよりも後方の位置に、ピン状の支点7cを介して回動自在に支持されている。また、基部7aとウィッペン6の間には、ジャックスプリング10が取り付けられている。このジャックスプリング10は、コイルばねで構成され、押鍵時に、後述するようにジャック7を付勢するためのものであり、所定のばね定数を有している。
【0023】
以上のようなアクション3の重量により、ウィッペン6のピン状の支点6b回りには、ジャック7やウィッペン6などの重量による図1の時計方向のモーメントが作用している。また、ジャック7の基部7aの上方には、レギュレティングボタン13が設けられている。このレギュレティングボタン13は、センターレール16に設けられた複数のレギュレティングブラケット14と、その前端部に取り付けられ、左右方向に延びるレギュレティングレール15とを介して、鍵4ごとに設けられている(1つのみ図示)。
【0024】
ハンマー1もまた、鍵4ごとに設けられており(1つのみ図示)、図2に示すように、バット20、ハンマーヘッド22およびキャッチャー24などを備えている。バット20は、例えば合成樹脂により所定の形状に形成されており、その下端部において、前述したバット20の支点20bに回動自在に支持されていて、それにより、ハンマー1が回動自在になっている。また、バットフレンジ25は、その下端部においてセンターレール16に固定されている。
【0025】
バット20の上面には、ハンマーシャンク21が立設されている。このハンマーシャンク21は、断面円形の細長い棒状に形成され、上下方向に延びていて、その上端部にハンマーヘッド22が設けられている。ハンマーヘッド22は、ハンマーウッド22aおよびハンマーフェルト22bを有しており、後方に鉛直に張られた弦Sに対向している。ハンマーウッド22aは、ハンマーシャンク21から後方に斜め上方に延びており、その後部はテーパ状に薄くなっている。このテーパ部には、ハンマーフェルト22bが巻かれており、押鍵時には、このハンマーフェルト22bが弦Sを打弦する。
【0026】
また、バット20には、キャッチャーシャンク23が設けられている。このキャッチャーシャンク23は、所定の径を有する断面円形の棒状に形成され、バット20の前面から前方に斜め下方に延びている。キャッチャー24は、キャッチャーシャンク23の前端部に設けられており、前方のバックチェック9に対向している。このキャッチャー24はブロック状に形成されており、その前面には、例えば繊維材料で構成されたキャッチャースキン24aが貼り付けられている。
【0027】
キャッチャー24の中央には、これを左右方向に貫通する取付け孔24bが形成されている。この取付け孔24bは、例えば断面円形に形成されており、図示しないが、その径は鍵4の音域間で異なっている。例えば、この取付け孔24bの径は、所定の低音域、中音域および高音域ごとに、それぞれの所定の値に設定されており、低音域のものが最も大きく、高音域のものが最も小さい。
【0028】
この取付け孔24bには、錘26が取り付けられている。この錘26は、例えば、鉄、真鍮、鉛やタングステンなどの比重の大きな金属で構成されており、音域ごとに、それぞれの取付け孔24bの径よりもわずかに大きな径の円柱状に形成されている。すなわち、錘26の重さは、低音域用のものが最も重く、高音域用のものが最も軽い。このような錘26は、取付け孔24bに圧入され、キャッチャー24に埋設された状態で取り付けられている。
【0029】
以上のようなハンマー1の構成により、支点20b回りには、錘26の重量が付加されたハンマー1の重量による時計方向のモーメントが作用している。また、バット20とハンマーシャンク21の間には、バットスプリング20aが設けられており、これにより、ハンマー1が時計方向に付勢されている。離鍵状態では、ハンマー1は、このモーメントおよび付勢力によって時計方向に回動していて、ジャック7のハンマー突上げ部7bが、バット20の下面の前端部で構成される被突上げ部20cに下方から係合した状態で、静止している。
【0030】
また、アクション3の後方には、ダンパー27が鍵4ごとに設けられている(1つのみ図示)。ダンパー27は、センターレール16に取り付けられたダンパーフレンジ27bに、ピン状の支点27fを介して回動自在に取り付けられたダンパーレバー27cと、ダンパーレバー27cの上側にダンパーワイヤ27dを介して取り付けられたダンパーヘッド27aと、ダンパー27を弦S側に付勢するダンパーレバースプリング27eなどで構成されている。このダンパー27は、離鍵時に、ダンパーレバースプリング27eの付勢力によって、ダンパーヘッド27aが弦Sに当接することにより止音するためのものである。
【0031】
以下、上述したアクション3およびハンマー1などの押鍵の開始から終了までの一連の動作について、図3に示す静的タッチ特性グラフを参照しながら説明する。演奏者により、図1の離鍵状態から鍵4が押鍵されると、その押鍵力によって、鍵4は、バランスピン5aを中心として図1の時計方向に回動し、その後端部に載置されたウィッペン6は、鍵4によって突き上げられることにより、上方(反時計方向)に回動する。このウィッペン6の回動に伴い、ウィッペン6に設けられたジャック7およびバックチェック9などが一緒に移動し、ハンマー1は、そのバット20がジャック7のハンマー突上げ部7bによって突き上げられることにより、後方の弦Sに向かって反時計方向に回動する。
【0032】
すなわち、押鍵力が、鍵4を介してウィッペン6に作用することにより、アクション3がウィッペン6の支点6b回りのモーメントに抗して回動するとともに、鍵4、ウィッペン6およびジャック11を介してハンマー1に作用することにより、ハンマー1が、バット20の支点20b回りのモーメントに抗して回動する。このとき、ハンマー1、アクション3および鍵4のそれぞれの支点20b,6bおよび5a回りのモーメントに応じた反力が、タッチ重さとして演奏者に付与される。
【0033】
押鍵の開始直後には、タッチ重さはほぼ一定のまま推移する(図3の区間A)。なお、本実施形態においては、ハンマー1のキャッチャー24に錘26が付加されているため、その分、支点20b回りのモーメントが大きくなっており、タッチ重さが全体的に大きくなっている。
【0034】
押鍵後、ウィッペン6が所定の角度まで、回動すると、ウィッペン6の後端部に設けたスプーン11が、ダンパーレバー27cの下端部に当接することによって、ダンパーレバー27cをダンパーレバースプリング27eの付勢力に抗して時計方向に回動させる。これにより、ダンパーヘッド27aが弦Sから離れ、弦Sが振動可能な状態になる。このようにスプーン11がダンパーレバー27cを回動させる間は、ダンパーレバースプリング27cの付勢力の分、押鍵の開始直後よりもタッチ重さが若干、大きくなる(区間B)。
【0035】
ウィッペン6がさらに所定の角度まで、回動すると、ジャック7の基部7aの前端部が、レギュレティングボタン13に下方から当接する。これにより、ジャック7は、レギュレティングボタン13により上方への移動が規制されることによって、ウィッペン6に対し、ジャックスプリング10の付勢力に抗して時計方向に回動しようとする。このとき、ハンマー1の支点20b回りにハンマー1の重量によるモーメントに応じた反力が生じ、この反力が、ジャック7のハンマー突上げ部7bがバット20から抜けるまでの間、増大することによって、タッチ重さが急激に増大する(区間C)。なお、本実施形態では、ハンマー1のキャッチャー24に錘26が付加されているため、その分、支点20b回りのモーメントが大きくなっており、それに応じてこのときのタッチ重さもより大きく増大する。
【0036】
そして、ハンマー突上げ部7bがバット20から前方に外れ(レットオフ)、ハンマー1から離脱することにより、ジャック7がウィッペン6に対して時計方向に回動する。このレットオフにより鍵4のタッチ重さからハンマー1の重量分が急激に失われることにより、タッチ重さが急激に低下する(区間D)。これにより、演奏者にレットオフ感が付与される。ハンマー1は、ジャック7が離脱した後も慣性によって回動し、弦Sを打弦し、弦Sを振動させることによって演奏音を発生させる。そして、ハンマー1は、弦Sの反発力によって、時計方向への復帰回動を開始する。
【0037】
一方、鍵4の前端部が筬5のフロントレール(図示せず)に当接し、押鍵が終了することで、それ以上の鍵4の回動が不可能になると、筬5からの反力によって、タッチ重さは急激に増大する(区間E)。
【0038】
打弦後、ハンマー1は、時計方向に復帰回動し、その途中において、ウィッペン6と一緒に上方に移動しているバックチェック9にキャッチャー24が当接することによって、係止される。それにより、ハンマー1のバックストップが行われ、その復帰回動が一旦、停止することによってハンマー1のリバウンドが防止される。
【0039】
押鍵が終了し、鍵4が離鍵されるのに伴い、ハンマー1の係止状態が解除され、それにより、ハンマー1は復帰回動を再開する。また、これと並行して、鍵4およびアクション3なども復帰回動することにより、図1に示す離鍵状態に復帰し、押鍵時および離鍵時の一連の動作が終了する。
【0040】
以上のように、本実施形態によれば、錘26によって支点20b回りのモーメントが増大することにより、押鍵したときのハンマー1からの反力が増大し、それにより、より大きなタッチ重さが得られる。また、支点20b回りのモーメントが増大している分、従来のハンマーの場合よりもレットオフ直前のレットオフ荷重も増大し、その結果、レットオフ前後のタッチ重さの変化量を大きくすることができる。それにより、演奏者は、グランドピアノに近似した明確なレットオフ感を得ることができる。したがって、このアップライトピアノでは、レットオフのタイミングを把握しやすいことにより、タッチの強弱のコントロールによるハンマーの打弦スピードのコントロールが容易になり、表現力に優れた高い演奏性を実現することができる。
【0041】
また、キャッチャー24は、ジャック7がバット20に係合する被突上げ部20cよりも支点20bから遠い位置に位置している。したがって、このような支点20bから遠いキャッチャー24に錘26を取り付けることによって、錘26による支点20b回りのモーメントを効果的に付加することができ、それにより付加されるタッチ重さやレットオフ荷重を効果的に得ることができる。その結果、従来、鍵に設けられている錘を減量または省略することができる。また、キャッチャー24は、打弦後に復帰回動するハンマー1をバックチェック9に係止するために、通常、設けられるものである。したがって、このような既存の構成部品を利用し、錘26を取り付けるだけで、本発明によるハンマー1を、容易かつ安価に構成することができる。
【0042】
また、錘26は、ハンマー1ごとに取り付けられており、錘26の重さは、低音域では最も大きく、高音域では最も軽く設定されている。それにより、支点20b回りのモーメント、およびそれによって付加されるタッチ重さを、低音側では大きく、高音側では小さいという、グランドピアノの音域に応じたタッチ重さの特性を得ることができる。
【0043】
さらに、錘26は、キャッチャー24に形成された取付け孔24bに埋設された状態で取り付けられている。それにより、錘26によってハンマー1自体やアクション3などの構成部品の動作が妨げられることがなく、したがって、ハンマー1やアクション3などのスムーズな動作を確保することができる。
【0044】
図4は、第2実施形態によるハンマー30を示している。第1実施形態では、錘26がキャッチャー24に取り付けられているのに対し、本実施形態では、キャッチャーシャンクに錘が取り付けられている点のみが異なっている。以下、第1実施形態のハンマー1と共通する構成部品については同じ符号を付し、この相違点を中心として説明する。
【0045】
このハンマー30のキャッチャーシャンク31は、バット20から斜め下方に延びており、その前端部には、バックチェック9と対向するようにキャッチャー32が設けられている。また、キャッチャーシャンク31には、その前端部、中央および後端部に計3つの取付け孔31aが形成されており、各取付け孔31aは、キャッチャーシャンク31を左右方向に貫通している。取付け孔31aの断面は、例えば円形に形成されており、その径は音域ごとに異なっていて、例えば、低音域のものが最も大きく、高音域のものが最も小さい(図示せず)。また、各取付け孔31aには、錘33が取り付けられている。
【0046】
錘33は、第1実施形態と同様の材料で構成されており、音域ごとに異なる取付け孔31aの径に応じ、取付け孔31aよりもわずかに大きな径を有する円柱状に形成されている。また、錘33は、取付け孔31aに圧入され、キャッチャーシャンク31に埋設された状態で取り付けられている。他の構成は第1実施形態のハンマー1と同様である。
【0047】
以上ように、本実施形態によれば、計3つの錘33がバット20から前方に延びるキャッチャーシャンク31に取り付けられているので、図3と同様の静的タッチ特性を得ることができ、第1実施形態による前述した効果を同様に得ることができる。
【0048】
図5は、第3実施形態によるハンマー40を示している。本実施形態は、第1および第2実施形態と比較し、キャッチャーシャンクとキャッチャーの双方に錘を取り付けた点のみが異なっている。以下、第1実施形態のハンマー1と共通する構成部品については同じ符号を付し、この相違点を中心として説明する。
【0049】
このハンマー40のバット20から前方に延びるキャッチャーシャンク41の前端部には、キャッチャー24が設けられている。第1実施形態と同様に、キャッチャー24には、取付け孔24aが形成されており、この取付け孔24aには、錘26が埋設された状態で取り付けられている。
【0050】
キャッチャーシャンク41には、その前端部でキャッチャー24のすぐ後方の部位に、取付け孔41aが形成されており、この取付け孔41aには、錘42が取り付けられている。これらの取付け孔41aや錘42の構成は、前述した第2実施形態と同様である。
【0051】
以上の構成から明らかなように、本実施形態によれば、図3と同様の静的タッチ特性を得ることができ、第1および第2実施形態による前述した効果を得ることができる。また、錘42,26がそれぞれキャッチャーシャンク41の前端部およびキャッチャー24に、すなわち、支点20bから可能な限り遠い位置に配置されているので、錘42,26による支点20b回りのモーメント、およびそれにより付加されるタッチ重さやレットオフ荷重などを、より効果的に得ることができる。
【0052】
なお、本発明は、説明した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、上述した各実施形態では、キャッチャーシャンクおよび/またはキャッチャーに形成した取付け孔に錘を埋設しているが、これに限定されることなく、他の構成部品の動作の妨げにならない限り、キャッチャーシャンクおよび/またはキャッチャーに錘を外付けしてもよい。また、各実施形態では、音域を低音域、中音域および高音域の計3つの音域に区分し、音域間で互いに異なる重さの錘を取り付けることによって、タッチ重さを音域間で異ならせているが、これに限定されることなく、例えば、音域をより細分化し、錘の重さも音域に応じてより細かく設定することによって、タッチ重さの特性をよりきめ細かく設定してもよい。
【0053】
さらに、キャッチャーシャンクおよび/またはキャッチャーに取り付ける錘の数、重さや材質を、実施形態に例示したものに限定されることなく、必要な鍵4のタッチ重さに応じて適宜、変更してもよい。その他、細部の構成を、本発明の趣旨の範囲内で適宜、変更することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】アップライトピアノの第1実施形態によるハンマーおよびアクションなどを、離鍵状態において示す側面図である。
【図2】図1のハンマーを示す斜視図である。
【図3】図1の鍵を押鍵したときの静的タッチ特性を示す図である。
【図4】第2実施形態によるハンマーを示す斜視図である。
【図5】第3実施形態によるハンマーを示す斜視図である。
【図6】従来のアップライトピアノ(a)とグランドピアノ(b)の静的タッチ特性をそれぞれ概略的に示す図である。
【符号の説明】
【0055】
1 ハンマー
4 鍵
7 ジャック
20 バット
20b 支点(回動支点)
21 ハンマーシャンク
22 ハンマーヘッド
23 キャッチャーシャンク
24 キャッチャー
24b 取付け孔
26 錘
30 ハンマー
31 キャッチャーシャンク
31a 取付け孔
32 キャッチャー
33 錘
40 ハンマー
41 キャッチャーシャンク
41a 取付け孔
42 錘
S 弦

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鍵の押鍵に伴い、ジャックで突き上げられることにより回動し、その回動の途中で前記ジャックが離脱した後、後方に張られた弦を打弦することによって演奏音を発生させるアップライトピアノのハンマーであって、
回動支点に回動自在に支持され、離鍵状態において前記ジャックが係合し、前記鍵の押鍵に伴い前記ジャックにより突き上げられることによって前記回動支点を中心として回動するバットと、
当該バットに立設され、上下方向に延びるハンマーシャンクと、
前記弦を打弦するために前記ハンマーシャンクの上端部に設けられたハンマーヘッドと、
前記バットから前方に突出するキャッチャーシャンクと、
当該キャッチャーシャンクの前端部に設けられたキャッチャーと、
前記鍵を押鍵したときのタッチ重さを付与するために、前記キャッチャーシャンクおよび前記キャッチャーの少なくとも一方に取り付けられた錘と、
を備えていることを特徴とするアップライトピアノのハンマー。
【請求項2】
前記錘は、前記キャッチャーシャンクの前端部および前記キャッチャーに取り付けられていることを特徴とする請求項1に記載のアップライトピアノのハンマー。
【請求項3】
前記キャッチャーシャンクおよび前記キャッチャーの前記少なくとも一方には取付け孔が形成され、前記錘は、前記取付け孔に埋設された状態で取り付けられていることを特徴とする請求項1または2に記載のアップライトピアノのハンマー。
【請求項4】
当該ハンマーは、複数の前記鍵ごとに設けられた複数のハンマーで構成され、 前記錘は、前記複数のハンマーにそれぞれ取り付けられており、
前記錘の重さは、所定の音域ごとに、低音域側ほどより大きく設定されていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のアップライトピアノのハンマー。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−243294(P2006−243294A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−58058(P2005−58058)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(000001410)株式会社河合楽器製作所 (563)