説明

アディポネクチン受容体発現増加剤

【課題】アディポネクチンの感受性を高めて、アディポネクチン受容体の発現を増加させるアディポネクチン受容体発現増加剤を得ること。
【解決手段】9−シス−β−カロテン含有組成物を含むアディポネクチン受容体発現増加剤にすることで得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、9−シス−β−カロテン含有組成物(9−cis−β−carotene−rich)の作用によって、アディポネクチンの感受性を高めるために、アディポネクチン受容体の発現を増加させることを目的とするアディポネクチン受容体発現増加剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血中β−カロテン濃度と2型糖尿病、空腹時高血糖、空腹時インスリン濃度、耐糖能異常、インスリン抵抗性ならびにメタボリックシンドロームなどとの逆相関(すなわち、血清β−カロテン濃度が低いとき、これらの頻度が高くなる)が、最近の疫学調査により明らかにされている(Ford ES et al. The metabolic syndrome and antioxidant concentrations. Findings from the third national health and nutrition examination survey. Diabetes, 52:2346−2352, 2003; Coyne T et al. Diabetes mellitus and serum carotenoids: findings of a population−based study in Queensland, Australia. Am J Clin Nutr, 82:685−693, 2005; Sugiura M et al. The homeostasis model assessment−insulin resistance index is inversely associated with serum carotenoids in non−diabetic subjects. J Epidemiol, 16:71−78, 2006)。
【0003】
また、β−カロテンを用いた臨床試験においては、最近、Haratsらのグループは、高脂血症の患者に9−cis−β−carotene−richの抽出物を脂質代謝改善薬であるfibrate(PPARアゴニスト)と併用すると、fibrate単独よりも血中HDLコレステロール濃度が有意に高くなることを報告した(Shaish A et al. 9−cis b−carotene−rich powder of the alga Dunaliella bardawil increases Plasma HDL−cholesterol in fibrate−treated patients. Atherosclerosis, 189:215−22, 2006)。
【0004】
ところで、メタボリックシンドロームとは、「肥満」を基盤として「高血糖」、「高血圧」、「高脂血症」の3つの症状のうち、少なくともいずれか2つを併存させている状態をいうものである。
【0005】
肥満の状態になると、脂肪組織の増大及び脂肪細胞の巨大化により、脂肪細胞からのアディポネクチンの分泌が減少し、筋肉や肝臓に対するアディポネクチンの作用が低下するようになる。
【0006】
その結果、肝臓や筋肉はインスリンに対する感受性を低下させ、いわゆる「インスリン抵抗性」の状態になる。
【0007】
その結果、高血糖状態が誘導されると共に、肝臓における脂質代謝が滞り、高脂血症や脂肪肝をもたらすと考えられている(山内敏和・門脇孝、抗糖尿病シグナル:アディポネクチンとアディポネクチン受容体.実験医学、24巻(10月号),2451−2457,2006)。
【0008】
肝臓に発現しているアディポネクチン受容体は、アディポネクチンが肝臓に対して糖質代謝や脂質代謝を改善する際に、そのシグナルを細胞内に伝える因子である。
【0009】
したがって、アディポネクチンの肝臓への作用の改善をもたらすアディポネクチン受容体発現の増加は、「アディポネクチン抵抗性→インスリン抵抗性→アディポネクチン受容体低下→アディポネクチン抵抗性」の悪循環(=メタボリックシンドローム)を断ち切る重要なステップとなるものである。
【0010】
そのため、山内らの総説において、「アディポネクチン受容体発現増加剤、および高分子量アディポネクチン増加剤の同定は、新規の抗糖尿病薬、抗動脈硬化薬の開発の道を切り開くものと期待される。」と結ばれているものである。
【0011】
このようなアディポネクチン受容体の発現を増加させる因子として、最近、絶食やダイエット、運動など多数報告されている。
【0012】
筋肉や脳、脂肪細胞には主としてアディポネクチン受容体1(AdipoR1)が発現し、肝臓にはアディポネクチン受容体1とアディポネクチン受容体2(AdipoR2)が発現している。
【0013】
これら2つの受容体は、一部異なった調節を受けることが知られているが、絶食や、運動では主としてアディポネクチン受容体2が発現増加することが解っている(Tsuchida A et al. Insulin/Foxo1 pathway regulates expression levels of adiponectin receptors and adiponectin sensitivity. J Biol Chem 279:30817−30822, 2004; Kim MJ et al. Increased adiponectin receptor−1 expression in adipose tissue of impaired glucose−tolerant obese subjects during weight loss. Eur J Endocrinol 155:161−165, 2006; Rasmussen MS et al. Adiponectin receptors in human adipose tissue: effects of obesity, weight loss, and fat depots. Obesity, 14:28−35, 2006; Bluher M et al. Circulating adiponectin and expression of adiponectin receptors in human skeletal muscle: associations with metabolic parameters and insulin resistance and regulation by physical training. J Clin Endocrinol Metab. 91:2310−2316, 2006)。
【0014】
しかしながら、これらは被験者に持続的な努力や過度のストレスを課すものであり、また、これらを実施したとしても必ずしも全ての人に実現容易なものであるとは言い難いものである。
【0015】
特定の化学物質で、アディポネクチン受容体の発現増加剤として報告されているものとしては、例えば、PPARγ作動薬であるトログリタゾン(AdipoR1の発現増加剤)やロシグリタゾン(AdipoR2の発現増加剤)がある。
【0016】
これらの発現増加剤は、経口抗糖尿病薬として開発された薬剤であるが、一部に肝毒性が報告されており、メタボリックシンドロームのような前病状態の人に長期間予防的に用いるのにはリスクが大きすぎる(Neumeier M et al. Regulation of Adiponectin receptor 1 in human hepatocytes by agonists of nuclear receptors. Biochem biophys Res Commun. 334:924−929, 2005; Sun X et al. Regulation of Adiponectin receptors in hepatocytes by the peroxisome proliferators−activated receptor−γ agonist rosiglitazone. Diabetologia, 49:1303−1310, 2006)。
【0017】
2005年にPPARα作動薬が肥満で低下したAdipoR1、AdipoR2の発現量を回復させるという報告もあったが、その後PPARα作動薬のAdipoR発現増加作用は確認されず、PPARα作動薬の1つであるフェノフィブレートでは逆に抑制されるという報告もある。PPARα作動薬は脂質代謝の改善を介してAdipoR発現に間接的に作用している可能性がある。
【0018】
これらAdipoRの発現増加に関する技術以外の技術について、従来、この種のアディポネクチンの増加を目的とする技術としては、例えば、ドコサヘキサエン酸又はその誘導体を有効成分として含むアディポネクチン上昇剤(特許文献1参照)や、緑茶カテキンを有効成分として含有することを特徴とし、血漿中アディポネクチンを上昇させるアディポネクチン分泌促進組成物がある(特許文献2参照)。
【0019】
このように、高血糖や2型糖尿病、高脂血症、メタボリックシンドロームに対して抑止的に作用することが期待されるものであって、アディポネクチン受容体遺伝子の発現を増加させる物質で、なおかつ長期間の摂取においても安全性が確保されているような物質の開発が要求されている。
【0020】
また、9−シス−β−カロテン含有組成物に関する技術としては、例えば、デュナリエラ(Dunaliella)属藻類の乾燥粉末をエタノールにより洗浄した後に、ヘキサンを添加して撹拌し、濾過して濾液を濃縮する第1工程と、得られた半固体状濃縮物に更にヘキサンを添加して撹拌し、濾過して濾液を濃縮する第2工程と、得られた油状濃縮物をヘキサンに溶解させ、静置して固体を析出させ、該析出物を濾取し、エタノールにて洗浄し、次いで乾燥させる第3工程とを備えていることを特徴とする、高純度9−シス−β−カロテン含有組成物の製法がある(特許文献3参照)。
【0021】
【特許文献1】特開2006−306866号公報
【特許文献2】特開2006−131512号公報
【特許文献3】特開平11−187894号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
しかしながら、前記特許文献1及び特許文献2の技術においては、リガンドであるアディポネクチンそのものを増加させることを目的とする技術であって、アディポネクチンの受容体の発現増加を目的とする技術ではないものである。そのため、いくら血漿中のアディポネクチンを上昇させたとしても、標的臓器のAdipoR遺伝子の発現が低下したままであるため、アディポネクチン抵抗性の改善が十分にはなされないものである。
【0023】
本発明においては、アディポネクチンの感受性を高めることを目的として、アディポネクチン受容体の発現を増加させるアディポネクチン受容体発現増加剤を得るということに解決しなければならない課題を有している。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明者らは上記した課題を解決するために、従来の疫学的研究や臨床試験の研究報告からヒントを得て、9−シス−β−カロテン含有組成物に富むデュナリエラ(Dunaliella)属藻類から抽出した抽出物に、肝細胞におけるアディポネクチン受容体発現増加剤としての特異的な効果があることを見出し、本発明に至った。
【0025】
要するに、上記した従来例の課題を解決する具体的手段として本発明に係るアディポネクチン受容体発現増加剤は、9−シス−β−カロテン含有組成物を含むことを最も主要な特徴とするものである。
【0026】
また、この発明においては、前記9−シス−β−カロテン含有組成物は、デュナリエラ(Dunaliella)属藻類の抽出物から得られることを付加的な要件として含むものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係るアディポネクチン受容体発現増加剤は、9−シス−β−カロテン含有組成物を含むものであるため、アディポネクチンの感受性を高めることができ、アディポネクチン受容体の発現を増加させることができるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明に係るアディポネクチン受容体発現増加剤は、デュナリエラ(Dunaliella)属藻類の抽出物から得られる9−シス−β−カロテン含有組成物(9−cis−β−carotene−rich)を含むものである。このデュナリエラ属藻類(以下、単にデュナリエラという)としては、例えば、デュナリエラサリーナまたはデュナリエラバーダウィル等の藻類を用いることができる。
【実施例】
【0029】
[実験1]
次に、本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。この実験1においては、ヒト肝細胞由来細胞株として、理研細胞バンク(茨城県つくば市)より入手したPLC/PRF/5細胞を、5%牛胎仔血清を含んだDulbecco’s Modified Eagle’s培地(DME, Sigma−Aldrich,MI)にて、37℃で5%炭酸ガス存在下に培養した。
【0030】
デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物をテトラヒドロフランに溶解し、DME培地中に分散させた。各遺伝子の発現解析は、培養後、総RNAをRNA抽出キット(Ajilent Technologies, DL)を用いて精製し、RT−PCR(reverse transcription−based polymerase chain reaction)法により2段階で半定量的に行った。
【0031】
その結果を下記に示す。
1)PLC/PRF/5細胞は、AdipoR1,AdipoR2のいずれのmRNAも 発現していたが、アディポネクチンmRNAの発現は検出されなかった。
2)図1に示したように、AdipoR1 mRNAの発現は、デュナリエラから抽出し た9−シス−β−カロテン含有組成物を添加後48時間目に観察すると、デュナリエラ から抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物の濃度(5−40μM β−caro tene相当)依存的におよそ150%まで上昇した。
3)一方、10μM β− carotene相当の濃度のデュナリエラから抽出した9 −シス−β−カロテン含有組成物をDME培地に添加すると、図2に示したように、A dipoR1 mRNAの発現は時間(12−72時間)依存的におよそ172%まで 上昇した。
4)AdipoR2 mRNAの発現も、デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロ テン含有組成物の濃度(5−40μM β−carotene相当)及び時間(12− 72時間)依存的に同程度上昇した。
【0032】
[実験2]
この実験2においては、PLC/PRF/5細胞を、5%牛胎仔血清を含んだDulbecco’s Modified Eagle’s培地(DME, Sigma−Aldrich,MI)にて、37℃で5%炭酸ガス存在下に培養した。
【0033】
デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物をテトラヒドロフランに溶解し、DME培地中に分散させた。各遺伝子の発現解析は、培養後、全細胞溶解液を、RIPA緩衝液を用いて作製し、抗アディポネクチン受容体1抗体(Abcam,MA)を用いたWestern Blotting法により定量した。
【0034】
その結果を下記に示す。
1)PLC/PRF/5細胞は、デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有 組成物処理以前において、AdipoR1蛋白を発現していた(図3)。
2)図3から明らかなように、デュナリエラ抽出物添加後48時間目に観察すると、Ad ipoR1蛋白の発現量は、デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有組 成物の濃度(20−40μM β−carotene相当)依存的におよそ200%ま で上昇した。
【0035】
これら実験1及び実験2の結果は、イスラエルのグループの臨床試験における「高脂血症治療薬とデュナリエラ等から抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物の併用により、脂質代謝が改善する(HDLコレステロールが増加する)」という観察のメカニズムをよく説明するものである。
【0036】
カロテノイドの生体内における生理作用の中には、抗酸化物質としての作用と、レチノイドへの代謝的変換の後、遺伝子発現系の調節による生物作用が考えられている。今回の2つの実験例では、デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物の代謝産物が作用したか否かを確認することはできなかったが、細胞内AdipoR1 mRNAレベルを上昇させ、AdipoR1蛋白量が増加したことから、デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物の添加がAdipoR1遺伝子の発現を促進したことは事実である。
【0037】
アディポネクチンの作用を媒介するアディポネクチン受容体(AdipoR1,AdipoR2)の発現を観察すると、デュナリエラから抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物の濃度に依存して、AdipoR1の発現が処理時間と共に増加した。つまり、アディポネクチンが上昇しなくても、アディポネクチンの感受性が高まる可能性を示すことができたのである。
【0038】
これらの実験結果は、デュナリエラ等から抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物がアディポネクチン受容体発現増加剤、すなわちアディポネクチンの感受性を高める物質(アディポネクチン抵抗性改善剤)として作用することを明示している。
【0039】
したがって、デュナリエラ等から抽出した9−シス−β−カロテン含有組成物は、「アディポネクチン抵抗性→インスリン抵抗性→アディポネクチン受容体低下→アディポネクチン抵抗性」の悪循環(=メタボリックシンドローム)を断ち切る物質として、メタボリックシンドロームの発症・進展に対して予防・抑制的に作用することを意味している。
【0040】
以上の結果から、9−シス−β−カロテン含有組成物は、肝細胞のAdipoR1の発現を増加させることによって、脂質代謝の改善を促進する可能性が考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】PLC/PRF/5細胞における9−シス−β−カロテン含有組成物に富むデュナリエラ抽出物によるアディポネクチン受容体1(AdipoR1)遺伝子発現の濃度依存的増加作用(mRNAレベル)
【図2】PLC/PRF/5細胞における9−シス−β−カロテン含有組成物に富むデュナリエラ抽出物によるアディポネクチン受容体1(AdipoR1)遺伝子発現の時間依存的増加作用(mRNAレベル)
【図3】PLC/PRF/5細胞における9−シス−β−カロテン含有組成物に富むデュナリエラ抽出物によるアディポネクチン受容体1(AdipoR1)遺伝子発現の濃度依存的増加作用(蛋白レベル)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
9−シス−β−カロテン含有組成物を含むこと
を特徴とするアディポネクチン受容体発現増加剤。
【請求項2】
前記9−シス−β−カロテン含有組成物は、
デュナリエラ属藻類の抽出物から得られること
を特徴とする請求項1に記載のアディポネクチン受容体発現増加剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−222555(P2008−222555A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−58498(P2007−58498)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年12月6日〜8日 日本分子生物学会主催の2006フォーラム「分子生物学の未来」において文書をもって発表
【出願人】(505225197)長崎県公立大学法人 (31)
【出願人】(399127603)株式会社日健総本社 (19)
【Fターム(参考)】