説明

アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体及びその製造方法

【課題】 機械的強度と生体親和性とを最適なバランスで有し、人工骨材、細胞の足場材等に好適なアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を提供する。
【解決手段】 強度の半減期[リン酸緩衝生理食塩水(PBS)中で10分間3 kPa(絶対圧)に減圧することにより脱気した10 mm×10 mm×4 mmのアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に10 mm/minの速度で20%歪みを加えた後、強度が半減するまでの時間]が0.8〜1.6時間であることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨形成に最適な強度の半減期を有し、人工骨材、細胞の足場材等に好適なアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アパタイトからなる人工骨は自家骨に対する親和性を有し、自家骨に直接結合するため、整形外科、脳神経外科、形成外科、口腔外科等で臨床応用されている。アパタイトとコラーゲンからなる多孔体の機械的強度と生体親和性はほぼ反比例の関係にあり、機械的強度を大きくするほど生体親和性は小さくなる。アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の機械的強度及び生体親和性は組成、気孔率、気孔径等によりある程度調節可能であるので、用途に応じてそれらの最適なバランスを設計することができる。しかし近年、人工骨の用途は多岐に渡ってきたので、組成、気孔率、気孔径等の調節だけでは全ての用途に対して満足のゆく多孔体を得ることが難しくなった。
【0003】
特表平11-513590号(特許文献1)は、不溶性バイオポリマー繊維、バインダー及びリン酸カルシウムからなり、骨置換が起こる生理的環境下に移植後少なくとも約3日間は物理的形状が保持され、約7〜14日間はその多孔性が維持される体内分解性の多孔性マトリックスを開示している。しかしながら、この多孔性マトリックスは機械的強度が低いため手術現場で取り扱いづらいだけでなく、手術後の吸収が速すぎるため生体親和性がすぐに低下してしまうという問題がある。
【特許文献1】特表平11-513590号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明の目的は、機械的強度と生体親和性とを最適なバランスで有し、人工骨材、細胞の足場材等に用いるのに好適なアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体、及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、強度の半減期を所定の範囲に規定することにより、体内での機械的強度と生体親和性とのバランスに優れたアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0006】
すなわち、本発明のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体は、強度の半減期[リン酸緩衝生理食塩水中で10分間3 kPa(絶対圧)に減圧することにより脱気した10 mm×10 mm×4 mmのアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に10 mm/分の速度で20%歪みを加えた後、強度が半減するまでの時間]が0.8〜1.6時間であることを特徴とする。
【0007】
前記強度の半減期は0.9〜1.5時間であるのが好ましい。前記アパタイトと前記コラーゲンの質量比は9/1〜6/4であるのが好ましい。
【0008】
前記多孔体は照射線量が10〜42 kGyのγ線が照射されているのが好ましい。γ線の照射線量は16〜35 kGyであるのがより好ましい。
【0009】
強度の半減期[リン酸緩衝生理食塩水中で10分間3 kPa(絶対圧)に減圧することにより脱気した10 mm×10 mm×4 mmのアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に10 mm/分の速度で20%歪みを加えた後、強度が半減するまでの時間]が0.8〜1.6時間であるアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を製造する本発明の方法は、凍結乾燥により得られたアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に対して照射線量が10〜42 kGyのγ線を照射することを特徴とする。
【0010】
γ線の照射前に架橋処理を行うのが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体は、体内での機械的強度と生体親和性とのバランスに優れているので、人工骨材、細胞の足場材等に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
[1] 多孔体の強度の半減期
アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の体内における機械的強度は、アパタイトとコラーゲンの質量比、気孔率、気孔径等に依存するが、検討の結果、γ線照射等の後処理条件にも依存することが分った。さらにγ線照射を調整することにより強度の半減期を0.8〜1.6時間とした多孔体は、骨形成に最適なバランスの機械的強度と生体親和性を有していることが分った。つまり、骨形成に最適な機械的強度及び生体親和性を有するアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体は、強度の半減期を測定することにより設計することができる。さらに、γ線照射線量の調節により強度の半減期を自由に調節することができるため、同一の製造条件で得られた多孔体でも、使用目的に応じて機械的強度及び生体親和性の調節をすることができる。好ましい強度の半減期は0.9〜1.5時間である。
【0013】
多孔体の強度の半減期は以下の方法により測定する。
(1) 多孔体の脱気
10 mm×10 mm×4 mmのアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸漬し、3 kPa(絶対圧)で10分間減圧し、多孔体中の空気を除いた後、大気圧に戻す。
【0014】
(2) 初期歪の印加
図1に示すように、PBS 3に浸漬したままの状態の脱気済み多孔体1に、テクスチャーアナライザの直径20 mmのサンプル押下部4により10 mm/分の速度で圧力Pを印加し、20%歪みを加える。20%歪みの時点の圧縮強度を検出器(図示せず)により測定し、初期強度とする。
【0015】
(3) 強度の時間的変化の測定
圧力Pを取り除いた後、多孔体1の圧縮強度(歪みに対応)を10時間測定し、初期強度に対して圧縮強度が半分になった時間(強度の半減期)を求める。圧縮強度の経時変化の一例を図2に示し、半減期を○印で示す。
【0016】
多孔体の強度の半減期が短かすぎると、体内に補填された多孔体は新生骨が形成される前に吸収されてしまう。一方、強度の半減期が長すぎると、多孔体は吸収されずに残留し、新生骨の形成を阻害する。本発明の多孔体は強度の最適な半減期を有するので、体内への吸収と新生骨の形成が最適なバランスを有する。
【0017】
[2] アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体
本発明のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が集合してなる複数の繊維層からなる。繊維層は10〜500μm程度の厚さを有する板状であり、ランダムに重なっている。繊維層の間には、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が集合してなる柱が散在する。微視的に見ると、繊維層は積層方向では散在する柱によって支持されているだけなので、アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の機械的強度は積層方向では弱いが層方向では強いと考えられる。しかし、上述のように繊維層の重なりはランダムであるので、巨視的に見ると繊維層の重なり方向は平均化されており、強度の異方性は実質的にない。
【0018】
繊維層の間に散在する柱により板状の気孔が形成されている。気孔の厚さは繊維層の厚さの0.5〜10倍程度である。このアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を体内に埋入したときに、ほぼ板状の気孔に血管や比較的大きなタンパク質等が入り込みやすいので、骨形成が促進されると考えられる。
【0019】
[3] アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の製造方法
(1) アパタイト/コラーゲン複合体繊維
(a) 原料
アパタイト/コラーゲン複合体繊維は、コラーゲン、リン酸又はその塩、及びカルシウム塩を原料とする。コラーゲンは特に限定されず、動物等から抽出したものを使用できる。由来する動物の種、組織部位、年齢等は特に限定されない。一般的には哺乳動物(例えばウシ、ブタ、ウマ、ウサギ及びネズミ)や鳥類(例えばニワトリ)の皮膚、骨、軟骨、腱、臓器等から得られるコラーゲンを使用できる。また魚類(例えばタラ、ヒラメ、カレイ、サケ、マス、マグロ、サバ、タイ、イワシ及びサメ)の皮、骨、軟骨、ひれ、うろこ、臓器等から得られるコラーゲン様蛋白を使用してもよい。なおコラーゲンの抽出方法も特に限定されず、通常の抽出方法で良い。
【0020】
リン酸又はその塩(以下単に「リン酸(塩)」という)としてはリン酸、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム及びリン酸二水素カリウムが挙げられる。またカルシウム塩としては炭酸カルシウム、酢酸カルシウム及び水酸化カルシウムが挙げられる。リン酸塩及びカルシウム塩はそれぞれ均一な水溶液又は懸濁液の状態で添加するのが好ましい。
【0021】
アパタイト/コラーゲン複合体繊維の目的組成に応じて、アパタイト原料[リン酸(塩)及びカルシウム塩]とコラーゲンとの質量比を適宜決定する。アパタイト/コラーゲンの質量比は9/1〜6/4が好ましく、約8/2が特に好ましい。アパタイト/コラーゲンの質量比が9/1より多くても6/4より少なくても、多孔体の強度の半減期を上記範囲内とすることが困難であり、足場材料として好適でなくなることがある。
【0022】
(b) 溶液の調製
リン酸(塩)水溶液及びカルシウム塩水溶液の濃度は、リン酸(塩)とカルシウム塩とが所望の配合比にあれば特に限定されないが、後述する滴下操作の都合上、リン酸(塩)水溶液の濃度は50〜250 mM程度、カルシウム塩水溶液の濃度は200〜600 mM程度であるのが好ましい。コラーゲンは一般的にはリン酸水溶液の状態でリン酸(塩)水溶液に加える。コラーゲンのリン酸水溶液では、コラーゲンの濃度は0.5〜1質量%が好ましく、0.8〜0.9質量%がより好ましく、約0.85質量%が特に好ましく、またリン酸の濃度は10〜30 mMが好ましく、15〜25 mMがより好ましく、約20 mMが特に好ましい。
【0023】
(c) アパタイト/コラーゲン複合体繊維の製造
カルシウム塩水溶液の好ましくは0.5〜2倍、より好ましくは0.8〜1.2倍、特にほぼ同量の水を反応容器に入れ、40℃程度に加熱しておく。そこに、コラーゲンを含有するリン酸(塩)水溶液及びカルシウム塩水溶液を同時に滴下する。滴下条件によりアパタイト/コラーゲン複合体繊維の長さを制御できる。滴下速度は10〜50 ml/分程度であるのが好ましく、反応溶液は50〜300 rpm程度で撹拌するのが好ましい。滴下中、反応溶液中のカルシウムイオン濃度を3.75 mM以下、かつリン酸イオン濃度を2.25 mM以下に維持するのが好ましい。これにより、反応溶液のpHは8.9〜9.1に保たれる。カルシウムイオン及び/又はリン酸イオンの濃度が高すぎると、多孔体が自己組織化しない。ここで「自己組織化」とは、コラーゲン繊維に沿って、ハイドロキシアパタイト(アパタイト構造を有するリン酸カルシウム)が生体骨特有の配向を有すること、すなわちハイドロキシアパタイトのC軸がコラーゲン繊維に沿うように配向していることを意味する。以上の滴下条件により、アパタイト/コラーゲン複合体繊維は、多孔体に好適な1 mm以下の長さで自己組織化する。
【0024】
滴下終了後、スラリー状になったアパタイト/コラーゲン複合体繊維の分散物を凍結乾燥する。凍結乾燥は、−10℃以下に凍結した状態で真空引きし、急速に乾燥させることにより行う。
【0025】
(2) アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む分散物の調製
アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水、リン酸水溶液等を加えて撹拌し、ペースト状の分散物を調製する。この分散物が含有する液体の含有量は、80〜99体積%であるのが好ましく、90〜97体積%であるのがより好ましい。つまり、複合体繊維の含有量は、1〜20体積%であるのが好ましく、3〜10体積%であるのがより好ましい。アパタイト/コラーゲン複合体繊維にはあらかじめ水蒸気を付着させておくのが好ましい。この場合は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着させた水蒸気の量を差し引いて、加える水の量を決める必要がある。
【0026】
得られる多孔体の気孔率P(%)は分散物中のアパタイト/コラーゲン複合体繊維と液体との体積比に依存し、下記式(1):
P = Y/(X+Y)×100 ・・・ (1)
[ただし、Xは分散物中のアパタイト/コラーゲン複合体繊維の体積、Yは分散物中の液体の体積を示す。]により表される。このため加える液体の量により多孔体の気孔率Pを制御することができる。液体を加えた後で分散物を撹拌することにより、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が切断され、繊維長の分布幅が大きくなるため、得られる多孔体の強度は向上する。
【0027】
アパタイト/コラーゲン複合体繊維の分散物にバインダーとなるコラーゲンを加え、さらに撹拌する。コラーゲンの添加量は、複合体繊維100質量%に対して、1〜10質量%であるのが好ましく、3〜6質量%であるのがより好ましい。複合体繊維の場合と同様に、コラーゲンはリン酸水溶液の状態で加えるのが好ましい。コラーゲンのリン酸水溶液の濃度等は特に限定されないが、実用的にはコラーゲンの濃度は0.8〜0.9質量%(例えば0.85質量%)、リン酸の濃度は15〜25 mM(例えば20 mM)である。
【0028】
(3) 分散物のゲル化
コラーゲンのリン酸(塩)水溶液の添加により酸性となった分散物に水酸化ナトリウム溶液を加えて、pHを好ましくは6.8〜7.6、より好ましくは7.0〜7.4、特に約7に調節する。分散物のpHを6.8〜7.6とすることにより、バインダーとして加えたコラーゲンの繊維化を促進することができる。
【0029】
分散物にリン酸緩衝溶液(PBS)の2.5〜10倍程度の濃縮液を加えて撹拌し、イオン強度を0.2〜0.8程度に調整する。分散物のイオン強度を大きくすることにより、バインダーとして加えたコラーゲンの繊維化を促進することができる。
【0030】
分散物を成形型に入れた後、好ましくは35〜43℃、より好ましくは35〜40℃の温度に保持することにより分散物をゲル化させる。分散物を十分にゲル化させるため、保持時間は0.5〜3.5時間が好ましく、1〜3時間がより好ましい。分散物の温度を35〜43℃に保持することにより、バインダーとして加えたコラーゲンは繊維化し、分散物はゲル状となる。分散物のゲル化により、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が分散物中で沈降するのを防ぐことができ、均一な多孔体を製造することができる。
【0031】
(4) ゲル体の凍結及び乾燥
アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含むゲル体を凍結させる。目的とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の平均気孔径は、ゲル体の凍結に要する時間に依存する。凍結温度は−100℃〜0℃が好ましく、−100℃〜−10℃がより好ましく、−80℃〜−20℃が特に好ましい。−100℃未満では、得られるアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の平均気孔径が小さ過ぎる。
【0032】
凍結させたゲル体を凍結乾燥し、多孔体とする。つまり、アパタイト/コラーゲン複合体繊維の場合と同様に、−10℃以下に凍結したゲル体を真空引きし、急速に乾燥させる。凍結乾燥はゲル体が十分に乾燥するまで行えばよく、凍結時間は特に制限されないが、一般的には24〜72時間程度である。
【0033】
(5) コラーゲンの架橋
コラーゲンの架橋は物理的架橋(γ線、紫外線、熱脱水、電子線等を用いる方法)、化学的架橋(架橋剤や縮合剤を用いる方法)のいずれでもよい。化学的架橋の場合、架橋剤の溶液に多孔体を浸す。架橋剤としては、アルデヒド系架橋剤(グルタールアルデヒド及びホルムアルデヒド等)、イソシアネート系架橋剤(ヘキサメチレンジイソシアネート等)、カルボジイミド系架橋剤(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩等)、ポリエポキシ系架橋剤(エチレングリコールジエチルエーテル等)、トランスグルタミナーゼ等が挙げられる。これらの架橋剤のうち、架橋度の制御しやすさや、得られる多孔体の生体適合性の面からグルタールアルデヒドが好ましい。
【0034】
グルタールアルデヒドを用いて架橋する場合、グルタールアルデヒド溶液の濃度は0.005〜0.015質量%が好ましく、0.005〜0.01質量%がより好ましい。グルタールアルデヒド溶液の溶媒としてエタノール等のアルコールを使用すると、コラーゲンの架橋と同時に多孔体の脱水を行うことができる。脱水を架橋と同時に行うと、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が収縮した状態で架橋反応が起こり、得られる多孔体の弾性が向上する。
【0035】
架橋処理後、未反応のグルタールアルデヒドを除去するため2質量%程度のグリシン水溶液に多孔体を浸漬し、次いで水洗する。さらにエタノールに浸漬することにより多孔体を脱水した後、室温で乾燥させる。
【0036】
熱脱水架橋は、凍結乾燥した多孔体を100〜160℃及び0〜100 hPaの真空オーブン中に10〜12時間保持することにより行う。
【0037】
[3] γ線照射
架橋した多孔体に、10〜42 kGyの照射線量のγ線を照射するのが好ましい。線源としてはコバルト60が好ましい。γ線の照射線量が10 kGyに満たなくても42 kGyを超えても、多孔体の強度の半減期を上記範囲内とすることができず、足場材料として好適でなくなることがある。照射方法としては、ベルトコンベアーによって照射室に入り、一定時間後に外へ出て、そのまま再度照射室に入るという動作を、所定の照射線量に達するまで繰り返すインクリメンタル照射や、照射室で行う静置照射等がある。
【0038】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0039】
実施例1
試料1〜3の作製
(A) アパタイト/コラーゲン複合体繊維の合成
120 mMのリン酸水溶液168 mlに、コラーゲンのリン酸水溶液(コラーゲン濃度:0.85質量%、リン酸濃度:20 mM)235 gを加えて撹拌し、コラーゲン−リン酸水溶液を調製した。また400 mMの水酸化カルシウム懸濁液を200 ml調製した。反応容器内で40℃に加熱した200 mlの純水に、コラーゲン−リン酸水溶液と水酸化カルシウム懸濁液とをそれぞれ約30 ml/分の速度で同時に滴下し、200 rpmで撹拌して、アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含むスラリーを作製した。滴下中反応液のpHを8.9〜9.1に保持した。生成したアパタイト/コラーゲン複合体繊維の長さはほぼ1 mm以下であり、アパタイト/コラーゲンの質量比は8/2であった。
【0040】
(B) アパタイト/コラーゲン架橋多孔体の作製
上記スラリーを凍結乾燥して得たアパタイト/コラーゲン複合体繊維1 gに純水3.6 mlを加えて撹拌し、ペースト状の分散物とした。このペースト状分散物にコラーゲンのリン酸水溶液4 gを加えて撹拌した後、1 NのNaOH水溶液をpHがほぼ7になるまで加えた。アパタイト/コラーゲン複合体繊維とコラーゲンとの質量比は97/3であった。次いで分散物のイオン強度が0.8となるまで10倍に濃縮したPBSを加えた。液体(純水+コラーゲンのリン酸水溶液+NaOH水溶液+PBS)の添加量は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維の95体積%であった。
【0041】
得られた分散物を成形型に入れ、37℃に2時間保持してゲル化させることによりゼリー状の成形体を得た。この成形体を−20℃で凍結し、凍結乾燥機を用いて乾燥させた後、140℃で熱脱水架橋することにより、アパタイト/コラーゲン架橋多孔体を得た。このアパタイト/コラーゲン架橋多孔体から角柱状試験片(5 mm×5 mm×10 mm)を切り出し、0.1 mm/秒の引張り速度で破断強さを測定した結果、アパタイト/コラーゲン架橋多孔体の破断強さは約0.8 Nであった。
【0042】
(C) γ線照射
アパタイト/コラーゲン架橋多孔体から10 mm×10 mm×4 mmの9個の板状体を切り出し、3個ずつ照射線量が10 kGy、25 kGy及び50 kGyのγ線を照射し、試料1〜3を作製した。
【0043】
試料4の作製
DePuy Spine, Inc. 製のヒドロキシアパタイト/コラーゲン多孔体「HEALOS」(アパタイト:約20質量%、コラーゲン:約80質量%)を10 mm×10 mm×4 mmの大きさに3個切り出し、試料4とした。
【0044】
強度試験
試料1〜4の強度の半減期を以下の方法により測定した。
(1) 各試料をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に浸漬し、3 kPa(絶対圧)で10分間減圧した後、大気圧に戻した。
(2) テクスチャーアナライザー(株式会社島津製作所)を用いて、PBSに浸漬した各試料に10 mm/分の速度で20%歪みを加えた(図1参照)。サンプル押下部4の直径は20 mmであった。20%歪みを加えた時点の試料の初期強度は、それぞれ0.8〜1.3 N(試料1)、0.9〜1.7 N(試料2)、0.5〜0.7 N(試料3)、及び0.07〜0.1 N(試料4)であった。
(3) 20%歪みを加えた時点からの強度の変化を10時間測定し、強度の時間的変化から強度の半減期を求めた。測定結果を表1及び図3及び4に示す。
【0045】
【表1】

注:(1) 試料1及び2は本発明の範囲内であり、試料3及び4は本発明の範囲外である。
(2) 3個の試料のうち、1つの半減期は6時間であり、他の2つの半減期は10時間以上であった。
【0046】
図3及び図4から明らかなように、γ線照射線量が増すにつれて強度の半減期が短くなった。具体的には、試料1及び2の強度の半減期はそれぞれ1.54時間及び1.21時間と本発明の範囲内であるが、試料3の強度の半減期は試料2の約半分であった。試料4は初期強度が著しく低いだけでなく、強度の半減期も6〜10時間と長すぎた。試料4の強度の半減期が長い(長時間にわたって弾力性を維持し続ける)のは、多孔体中のコラーゲンの割合が高いためである。このため、コラーゲンが手術後早期に吸収されてしまい、骨形成の前に崩壊を起こす可能性がある。本発明の範囲内の強度の半減期を有するためには、多孔体の組成だけでなく、γ線照射線量を調整することが重要であることが分かる。
【0047】
実施例2
アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に対するγ線照射線量を0 kGy、10 kGy、16 kGy、25 kGy、35 kGy、及び50 kGyとした以外実施例1と同様にして、2 mm×2 mm×3 mmの試料5〜10を5個ずつ作製した。なお試料6,8及び10は実施例1の試料1〜3に対応する。
【0048】
(1) 強度の半減期の測定
実施例1と同じ方法により試料5,7及び9の強度の半減期を測定した。結果を試料6,8及び10のデータとともに表2に示す。
【0049】
(2) 骨形成の評価
ラットの骨内に各試料5〜10を埋植し、2週後に取り出して、骨組織及び軟骨細胞の一部を染色するヘマトキシリン・エオシン(HE)染色、及び破骨細胞を染色する酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)染色を施し、各試料内の骨形成を評価した。
【0050】
HE染色の結果を図5に示す。γ線照射線量が0 kGyの試料5はほとんど吸収されておらず、ほぼ元の形状を保っていた[図5の(a)]。γ線照射線量が50 kGyの試料10は崩壊し、補填部に窪みが生じていた[図5の(e)]。一方、γ線照射線量が16 kGy、25 kGy及び35 kGyの試料7〜9では吸収置換が進んでおり、骨再生が良好に進行していた[図5の(b),(c)及び(d)]。
【0051】
TRAP染色の結果を図6-1及び図6-2に示す。図6-1及び図6-2における右側の模式図に、破骨細胞を黒点で示す。γ線照射線量が50 kGyの試料10では破骨細胞が多く見られた[図6-2(e)]。破骨細胞が過剰に働いていると考えられる。
【0052】
(3) 体積減少率の測定
ラット筋層内に埋植し、2週後に取り出した各試料5〜10の写真(図7-1)から、体積減少率を求めた。体積減少率を表2に示す。γ線照射線量が0 kGyの試料5の体積減少率が4%であったのに対し[図7-1(a)]、γ線照射線量が50 kGyの試料10の体積減少率は64%であった[図7-1(e)]。これらの結果は骨形成の評価結果と一致していた。
【0053】
筋層内に埋植してから2週後の各試料のCT写真を図7-2に示す。各写真における白い部分は埋植した多孔体である。体積減少率がほぼ等しい試料9(35 kGy)及び試料10(50 kGy)の吸収形態は異なっており、試料9は周辺から徐々に吸収されているのに対して[図7-2(d)]、試料10は不均等に吸収されていた[図7-2(e)]。試料10のように吸収が不均一であると、良好な骨再生が得られない。
【0054】
【表2】

注:(1) 試料6,8及び10は実施例1の試料1〜3に対応し、試料6〜9は本発明の範囲内であり、試料5及び10は本発明の範囲外である。
(2) 測定せず。
【0055】
以上の結果より、強度の半減期が0.8〜1.6時間のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体は骨形成に最適な材料であることが分かった。このような多孔体は照射線量が10〜42 kGyのγ線照射により得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の強度変化を測定するテクスチャーアナライザを示す模式図である。
【図2】アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に20%歪を加えた後の強度変化を示すグラフである。
【図3】試料1〜3におけるγ線照射量と強度の半減期との関係を示すグラフである。
【図4】試料1〜4のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に20%歪を加えた後の強度変化を示すグラフである。
【図5】ラット骨内に埋植して2週後にHE染色したアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を示す光学顕微鏡写真である。
【図6−1】ラット骨内に埋植して2週後にTRAP染色したアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体及び破骨細胞を示す光学顕微鏡写真及び模式図である。
【図6−2】ラット骨内に埋植して2週後にTRAP染色したアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体及び破骨細胞を示す光学顕微鏡写真及び模式図である。
【図7−1】筋層内に埋植して2週後のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の光学顕微鏡写真である。
【図7−2】筋層内に埋植して2週後のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を示すCT写真である。
【符号の説明】
【0057】
1・・・アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体
2・・・ビーカー
3・・・リン酸緩衝生理食塩水
4・・・サンプル押下部
P・・・圧力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
強度の半減期[リン酸緩衝生理食塩水中で10分間3 kPa(絶対圧)に減圧することにより脱気した10 mm×10 mm×4 mmのアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に10 mm/分の速度で20%歪みを加えた後、強度が半減するまでの時間]が0.8〜1.6時間であることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。
【請求項2】
請求項1に記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体において、前記強度の半減期が0.9〜1.5時間であることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体において、前記アパタイトと前記コラーゲンの質量比が9/1〜6/4であることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体において、照射線量が10〜42 kGyのγ線が照射されていることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。
【請求項5】
請求項4に記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体において、γ線の照射線量が16〜35 kGyであることを特徴とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。
【請求項6】
強度の半減期[リン酸緩衝生理食塩水中で10分間3 kPa(絶対圧)に減圧することにより脱気した10 mm×10 mm×4 mmのアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に10 mm/分の速度で20%歪みを加えた後、強度が半減するまでの時間]が0.8〜1.6時間であるアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を製造する方法であって、凍結乾燥により得られたアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体に対して照射線量が10〜42 kGyのγ線を照射することを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の製造方法において、γ線の照射前に架橋処理を行うことを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6−1】
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【図6−2】
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【図7−1】
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【図7−2】
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【公開番号】特開2009−132601(P2009−132601A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−277149(P2008−277149)
【出願日】平成20年10月28日(2008.10.28)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】