説明

アポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法及びアポクリン臭の評価方法

【課題】アポクリン臭抑制剤を効率よくスクリーニングすることができる方法、及びアポクリン臭を客観的かつ正確に、しかも簡便に評価する方法を提供する。
【解決手段】被験物質の存在下において、スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)をアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記微生物によるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することにより、アポクリン臭抑制作用を有する被験物質を選択する、アポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法、及びスタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)をアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記微生物によるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することによりアポクリン臭を評価する、アポクリン臭の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法、及びアポクリン臭の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年エチケット意識の高まりに伴い、汗や体臭を気にする人が増えている。汗はほぼ全身の各部から分泌されるが、その中でも腋の汗は細菌が繁殖しやすく匂いやすい。そのため、自己や他人の腋臭を気にする人が特に増えてきている。
【0003】
わきの下から発生するニオイ(腋臭ともいう)は酸っぱくて蒸れたニオイ(汗臭、酸臭などと呼ばれる)とアポクリン臭(「わきが」とも呼ばれる)に大別できる。アポクリン臭は、腋の下に分布するアポクリン汗腺由来の分泌物が原因で発生し、複雑かつ強い臭気のため、本人又はそばに居る人に特に感知されやすい。そのため、わきがを気にする人にとっては、特にアポクリン臭の強さや関心事となっている。さらに、わきがの発生を抑制する素材の開発も求められている。
【0004】
アポクリン臭は主に、(1)硫黄様で生臭いニオイと、(2)動物的でスパイシーなニオイとから構成されており、それらの主要原因成分が、それぞれ、3−メルカプト−3−メチルヘキサン−1−オールに代表される3位にチオール基を有するアルコール化合物(以下、これらの化合物を3−メルカプトアルコール化合物ともいう)、3−ヒドロキシ−3−メチルヘキサン酸に代表されるβ-ヒドロキシ酸化合物であることが知られている。
【0005】
現在までに、アポクリン臭のうち、硫黄臭様の原因物質である3−メルカプト−3−メチルヘキサン−1−オールの生成菌として、コリネバクテリウム・ストリアツム(Corynebacterium striatum)やスタフィロコッカス・ヘモリティクス(Staphylococcus haemolyticus)が知られている(例えば、非特許文献1から3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「ケミストリー アンド バイオダイバーシティ(Chemistry & Biodiversity)」、第1巻、p.1058-1072、2004年
【非特許文献2】「ケミストリー アンド バイオダイバーシティ(Chemistry & Biodiversity)」、第1巻、p.1022-1034、2004年
【非特許文献3】「ケミストリー アンド バイオダイバーシティ(Chemistry & Biodiversity)」、第2巻、p.705-716、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、効率よくアポクリン臭抑制剤をスクリーニングすることができる方法の提供を課題とする。また、本発明は、アポクリン臭を客観的かつ正確に、しかも簡便に評価する方法の提供を課題とする。さらに、本発明は、前記スクリーニング方法に好ましく用いることができる新規微生物の菌株の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題に鑑み、本発明者等は鋭意検討を行った。その結果、スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)がアポクリン臭生成菌であることを見出した。また、スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)のアポクリン臭生成能には、個体差があることも見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【0009】
本発明は、被験物質の存在下において、スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記微生物によるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することにより、アポクリン臭抑制作用を有する被験物質を選択する、アポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法に関する。
また、本発明は、スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記微生物によるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することによりアポクリン臭を評価する、アポクリン臭の評価方法に関する。
さらに、本発明は、スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)FERM P−21774菌株に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法によれば、効率よくアポクリン臭抑制剤をスクリーニングすることができる。また、本発明のアポクリン臭の評価方法によれば、アポクリン臭を客観的かつ正確に、しかも簡便に評価することができる。さらに、本発明の菌株は、前記スクリーニング方法に好ましく用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1(a)は、実施例4における、カンゾウエキスの存在下でのアポクリン臭原因物質生成量を示す図であり、図1(b)は、実施例4における、ビャクダンエキスの存在下でのアポクリン臭原因物質生成量を示す図である。
【図2】アポクリン臭原因物質をラベル化剤でラベル化した反応生成物のHPLC分析結果を示す図である。
【図3】アポクリン臭原因物質を別のラベル化剤でラベル化した反応生成物のHPLC分析結果を示す図である。
【図4】ラベル化剤でラベル化されたアポクリン臭原因物質の生成量の時間変化を示す図である。
【図5】実施例で作成した、アポクリン臭原因物質の検量線を示す図である。
【図6】実施例2における、アポクリン臭原因物質の生成量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
ヒトの腋下の皮膚にスタフィロコッカス・レンタスが棲息することが知られている。
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法は、被験物質の存在下において、前記スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記スタフィロコッカス・レンタスによるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することにより、アポクリン臭抑制作用を有する被験物質を選択することを特徴とする。また、本発明のアポクリン臭の評価方法は、前記スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記スタフィロコッカス・レンタスによるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することによりアポクリン臭を評価することを特徴とする。
本発明における「スタフィロコッカス・レンタス」は、スタフィロコッカス・レンタスの菌体自体の他に、破砕菌体、菌体培養液、並びにスタフィロコッカス・レンタス由来の、粗酵素及び精製酵素等の、菌体処理物も含む。
【0013】
本発明のスクリーニング方法及び評価方法に用いられるスタフィロコッカス・レンタスの入手方法に特に制限はない。本発明のスクリーニング方法に用いられるスタフィロコッカス・レンタスは市販のものであってもよいし、ヒト等の皮膚(好ましくは、ヒトの腋下)から採取したものでもよい。
ヒトの皮膚からスタフィロコッカス・レンタスを採取する方法としては特に制限はなく、濡らした綿棒で皮膚をこすり付着した細菌を緩衝液に回収して寒天平板培地に播く方法、皮膚上にガラス製のリング状カップを当てその中を緩衝液で満たし、テフロン(登録商標)などの棒で皮膚表面をこすり、緩衝液中に遊離した細菌を回収して寒天平板培地に播く方法、皮膚表面に寒天平板培地を直接押し当て、細菌を培地に付着させ採取する方法、皮膚表面に粘着テープを貼り付け、剥がした後皮膚付着面を下にして寒天平板培地の上に乗せて培養する方法等が挙げられる。
【0014】
本発明者等は、ヒトの腋下の皮膚に存在するスタフィロコッカス・レンタスのアポクリン臭原因物質生成能に、個体差があることを見い出した。
したがって、被験者の腋下の皮膚に存在するスタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、アポクリン臭原因物質がどの程度生成するかを検知することで、被験者のアポクリン臭を評価することができる。
【0015】
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法において、アポクリン臭原因物質の生成能が高いスタフィロコッカス・レンタスの菌株を用いるのが好ましい。このうち、本発明者等は、アポクリン臭原因物質の生成能が高い菌株H292株を分離した。本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法において、スタフィロコッカス・レンタスH292株を用いるのがより好ましい。スタフィロコッカス・レンタスH292株は、2009年2月20日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に、受託番号FERM P−21774で寄託されている。
【0016】
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法に好ましく用いられる受託番号FERM P−21774の菌株の菌学的性質は、以下の通りである。
【0017】
(a)培養的性質
(1)SCDLP(SOYBEAN-CASEIN DIGEST BROTH with LECITHIN & POLYSORBATE)寒天培地における生育:良好
(2)血液寒天培地における生育:良好
【0018】
(b)形態的性質
球菌(直径0.8〜0.9μm)でコロニー色調は淡黄色。
【0019】
(c)生理学的性質
グラム染色性:陽性
【0020】
(d)最適生育条件:25〜37℃、pH 5〜8
(e)生育可能範囲:15〜40℃、pH 3〜9
【0021】
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法において、被験物質の存在下、スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、スタフィロコッカス・レンタスを培養し、スタフィロコッカス・レンタスによりアポクリン臭原因物質を生成させる。また、本発明のアポクリン臭の評価方法において、ヒトの皮膚などから分離したスタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、スタフィロコッカス・レンタスを培養し、スタフィロコッカス・レンタスによりアポクリン臭原因物質を生成させる。
【0022】
本発明に用いるのに必要な量のスタフィロコッカス・レンタス菌体を製造するための培養条件の具体例を説明する。しかし、本発明はこれに限定するものではない。
スタフィロコッカス・レンタスを培養する培地としては、通常、スタフィロコッカス・レンタスが生育し得る培地であれば良く、具体的には、ミューラーヒントン液体培地(Mueller Hinton Broth)、ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト・ブロス培地(SCD Broth)等が挙げられる。炭素源としては菌体が資化し生育できる炭素化合物であればいずれでも使用可能である。窒素源としては、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム等の無機窒素源、酵母エキス、ペプトン、肉エキスなどの有機窒素源を使用することができる。これらの他に、必要に応じて、無機塩類、金属塩、ビタミンなどを添加することもできる。
スタフィロコッカス・レンタスの培養条件に特に制限はないが、通常、温度15〜40℃、より好ましくは25〜37℃でpH 5〜8で行うことが好ましい。
種菌として寒天平板培地等で前培養したスタフィロコッカス・レンタス菌体の植菌量は、生育し得る量であれば良く、具体的には、培地1L当たり1〜10白金耳量が好ましい。
スタフィロコッカス・レンタスの培養は嫌気下でも好気下でもいずれも行うことができるが、好気下での培養が好ましい。培養時間も本菌が活発に生育できる時間であれば良く、特に制限はないが、16〜36時間が好ましい。
培養後の菌体は遠心分離操作により集菌し、D−PBS(−)などの緩衝液で洗浄し、再懸濁して濁度OD600を測定しておく。このようにして得られた菌体を本発明に用いることができる。
【0023】
本発明において、スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、アポクリン臭原因物質を生成させる際のスタフィロコッカス・レンタスの培養条件の具体例を説明する。しかし、本発明はこれに限定するものではない。
スタフィロコッカス・レンタス菌体の反応開始時での菌体濃度に特に制限はないが、OD600=0.06〜6.0が好ましい。
培養時間も特に制限はないが、6時間〜48時間が好ましい。
反応の緩衝液に特に制限はなく、反応終了後のアポクリン臭の官能評価および機器分析評価を妨げないものが好ましい。例えばD−PBS(−)を用いることができる。
【0024】
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法で用いる被験物質としては、任意の物質を使用することができ、その種類は特に限定されない。被験物質の具体例としては、低分子化合物、抗体、オリゴヌクレオチド、天然物抽出物等が挙げられる。
【0025】
前述のように、アポクリン臭は主に硫黄臭様とスパイ臭から構成されている。これらのうち、本発明における「アポクリン臭」とは、硫黄臭様であることが好ましい。
【0026】
また、硫黄臭様の主要原因成分は、3−メルカプト−3−メチルヘキサン−1−オール等の3−メルカプトアルコール化合物である。本発明における「アポクリン臭原因物質」としては、3−メルカプトアルコール化合物であることが好ましく、3−メルカプト−3−メチルヘキサン−1−オール(本明細書において、「3M3T」ともいう。)であることがより好ましい。
【0027】
【化1】

【0028】
本発明において、スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させる。
前記基質としては、アポクリン臭原因物質を生成することができれば特に制限はないが、本発明においては、ヒトの汗、好ましくはヒトの腋下の汗、を用いることが好ましい。
ヒトの汗を採取する方法としては、特に制限はないが、ガーゼ、脱脂綿等の布帛により腋下の皮膚をこする方法、腋下の皮膚に生理食塩水等を吹き付けた後ガーゼ、脱脂綿等の布帛により拭き取る方法、腋下の皮膚に綿パッドを一定時間挟んでおく方法、腋下の皮膚に当たる部分に綿パッドが縫い付けられた肌着やTシャツを一定時間着用する方法などが挙げられ、これらの方法は、1つ又は2つ以上を組み合わせて適用することもできる。また、ヒトの汗を採取する前に、腋窩部の発汗を促進しておくことが好ましい。
【0029】
また、本発明において、前記アポクリン臭原因物質の基質が2−アミノ−7−ヒドロキシ−5−メチル−5−プロピル−4−チアヘプタン酸(本明細書において、「3M3T−Cys」ともいう。)であることが好ましい。
【0030】
【化2】

【0031】
本発明において好ましく用いることができる3M3T−Cysの入手方法としては特に制限はなく、市販のものを用いてもよいし、通常の方法により合成したものを用いることができる。例えば、特開2007−225411号公報の記載に従って、3M3T−Cysを合成することができる。
【0032】
本発明のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法およびアポクリン臭の評価方法において、アポクリン臭原因物質の生成の有無の検知方法に特に制限はないが、官能評価等、定性的な方法によって行ってもよいし、カラムクロマトグラフィーを用いて定量的にアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することもできる。
本発明においては、アポクリン臭原因物質の生成の有無の検知を、ラベル化剤を用いてアポクリン臭原因物質を標識することにより行うことが好ましい。
本発明において用いることができるラベル化剤としては特に制限はなく、アポクリン臭原因物質のメルカプト基に対して選択性を有することが好ましい。
本発明において好ましく用いられるラベル化剤の具体例としては、下記式の化合物が挙げられる。
【0033】
【化3】

【0034】
本発明において、ラベル化剤としては上記例示化合物(4)が好ましい。
【0035】
前記ラベル化剤は通常の方法により合成することができる。また、本発明に用いることができるラベル化剤として市販のものを用いてもよい。例えば、上記例示化合物(1)〜(3)は(株)同仁化学研究所から、例示化合物(4)はResarch Organics Inc.から入手することができる。
【0036】
本発明において、アポクリン臭原因物質とラベル化剤との反応条件に特に制限はない。
本発明において、前記ラベル化剤は適当な溶媒(例えば、DMF、DMSO、アセトン、THF、アセトニトリル)に濃度が25〜2500μMとなるように調製して用いるのが好ましい。
試料溶液にラベル化剤を添加してアポクリン臭原因物質を標識する際、0.5Mホウ酸-NACO−20mM EDTAバッファー等、pH8.0程度に調製できる緩衝液を用いるのが好ましい。
【0037】
アポクリン臭原因物質とラベル化剤との反応温度に特に制限はなく、0〜100℃が好ましく、50〜80℃がより好ましい。反応時間も特に制限はなく、10分〜24時間が好ましく、1〜4時間がより好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
試験例1 例示化合物(3)によるアポクリン臭原因物質のラベル化
「ケミストリー アンド バイオダイバーシティ(Chemistry & Biodiversity)」、第1巻、p.2042-2050、2004年に記載の方法に従い、3M3Tを合成した。
前記3M3Tの生理食塩水溶液(濃度:1ppm)40μLに、例示化合物(3)(商品名:NAM、同人化学研究所製)のジメチルホルムアミド溶液50μL及び0.5Mホウ酸−炭酸ナトリウム−20mM EDTA緩衝液(pH8.0)10μLを添加し、pH=8.8、50℃で1.5時間反応させた。
反応終了後、反応液10μLについて、HPLC分析を行った。HPLC分析の詳細は以下の通りである。
装置:日立D−7000システム
カラム:YMC−Pack ODS−A φ4.6×150mmにガードカラム取り付け
検出:蛍光(λex 370nm、λem 490nm)
流量:1.0mL/min
注入量:10μL
温度:40℃
溶出溶媒:アセトニトリル/0.2N酢酸アンモニウム水溶液、グラジェント、24%→38%(8分)
【0040】
その結果を図2に示す。
図2に示すように、保持時間が6〜8分の間に反応生成物の4本のピークが検出された。前記4本のピークについてLC/MS分析を行ったところ、いずれのピークもm/z=441.2であった。この結果から、反応生成物がイミド部位で加水分解を受け、分解位置の違いから2種の構造異性が存在する。すなわち、3M3Tと例示化合物(3)との反応により、反応式(1)に示す構造異性体が生成する。また、2個の不斉炭素により2種のジアステレオ異性が存在する。そのため、計4種類の異性体を生じうる。前記4本のピークはそれらに相当し、これらのピーク面積の合計値から3M3Tを定量することができる。
【0041】
【化4】

【0042】
試験例2 例示化合物(4)によるアポクリン臭原因物質のラベル化
例示化合物(3)の代わりに例示化合物(4)(商品名:1,5−IAEDANS、Resarch Organics Inc.製)を用いたこと以外は試験例1と同様に試験を行った。その結果を図3に示す。
図3に示すように、保持時間が5.7〜6.1分の間に反応生成物が単一のピークとして検出された。この結果から、例示化合物(4)によるアポクリン臭原因物質のラベル化により反応式(2)に示す反応生成物が生成し、前記ピーク面積から3M3Tをより正確に定量することができる。
【0043】
【化5】

【0044】
試験例3 例示化合物(4)によるアポクリン臭原因物質のラベル化条件
3M3Tの生理食塩水溶液(濃度:1ppm)40μLに、例示化合物(4)(商品名:1,5−IAEDANS、Resarch Organics Inc.製)のジメチルホルムアミド溶液50μL及び0.5Mホウ酸−炭酸ナトリウム−20mM EDTA緩衝液(pH8.0)10μLを添加し、50℃又は80℃で3M3Tのラベル化を行った。
反応開始後から24時間までの反応生成物量について、前記試験例1に記載の条件と同じ条件でHPLC分析を行い、反応生成物由来のピーク面積を測定し、80℃、24時間でのピーク面積に対する相対値として算出した。
ラベル化されたアポクリン臭原因物質の生成量の変化を図4に示す。
【0045】
図4に示すように、ラベル化反応は、50℃の場合は反応開始から4時間、80℃の場合は反応開始から1時間以内にほぼ完結した。また、ラベル化反応後、室温で10日保存した後に同じ条件でHPLC分析を行った場合にも、反応生成物由来のピーク面積は変化しなかった(図示せず)。この結果から、ラベル化物の安定性も良好であることがわかった。
【0046】
実施例1
(1)検量線の作成
サンプル中の3M3Tが10〜100ppbとなるように、3M3Tの生理食塩水溶液40μLに、例示化合物(4)(商品名:1,5−IAEDANS、Resarch Organics Inc.製)のジメチルホルムアミド溶液50μL及び0.5Mホウ酸−炭酸ナトリウム−20mM EDTA緩衝液(pH8.0)10μLを添加し、80℃で1時間3M3Tのラベル化を行った。反応終了後、試験例1に記載の条件と同じ条件でHPLC分析を行い、反応生成物由来のピーク面積を測定し、3M3T濃度に対するピーク面積の検量線を作成した。その結果を図5に示す。
図5に示すように、ピーク面積は、3M3T濃度が10〜100ppbの範囲で良好な直線性を示し、高い定量性が得られた。
【0047】
(2)アポクリン臭原因物質の基質の調製
健康な米国人女性49名の腋の下の汗を1.5mLのイオン交換水を含浸した脱脂ガーゼで1日1回、3日間にわたり拭き取った。このガーゼ1枚あたりに無菌水2mlを加えて汗を抽出する操作を2回繰り返し、全ての抽出液をプールした。抽出液と同容量のヘキサンで洗浄後、抽出液を凍結乾燥した。この乾燥標品を無菌水30mL(ガーゼ1枚あたり約100μLに相当)を加えて再溶解し、フィルター(ポアサイズ0.2μm)を用いてろ過滅菌したものをアポクリン臭原因物質の基質として用いた。
【0048】
(3)スタフィロコッカス・レンタスH292株の入手
日本人男性の腋の下の皮膚上にガラス製のリング状カップを当て、その中をD−PBS(−)緩衝液(インビトロジェン社製)で満たし、テフロン(登録商標)棒で皮膚表面をこすって緩衝液中に遊離した細菌を血液寒天平板培地に播いた。生育した細菌の中から3M3T生成能の高いものを選抜し、スタフィロコッカス・レンタスH292株を得た。
【0049】
(4)スタフィロコッカス・レンタスによる3M3Tの生成
スタフィロコッカス・レンタス標準菌(ATCC(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション)登録番号49574)または前記(3)で取得したスタフィロコッカス・レンタスH292株をSCDLP寒天平板培地上で37℃1日生育させた後、その菌叢の1白金耳量を液体培地(0.05% Tween80(和光純薬工業株式会社製)を加えたミューラーヒントン液体培地(Mueller Hinton Broth))1Lに接種し好気条件下37℃で18時間培養した。遠心分離による集菌後、菌のペレットをD−PBS(−)に懸濁し、OD600=20.0となるように菌液を調製した。
この菌液10μLに、前記(2)で調製したアポクリン臭原因物質の基質10μLと、D−PBS(−)80μLを添加し、37℃で6時間振とう培養(160rpm)を行った。
【0050】
(5)アポクリン臭の評価
培養終了後、培養を行なった試験管のふたを開け鼻に近づけて、発せられる臭気を嗅いでアポクリン臭(硫黄臭様)を評価した。評価は、アポクリン臭の官能評価に熟練した者が2人以上で2連行なった。その結果を表1に示す。
【0051】
(6)3M3Tの生成量測定
次に、培養液を濾過フィルターで除菌して得た濾液について、HPLCにより3M3Tの生成量を2連測定した。HPLCによる分析条件は以下のとおりである。
除菌後の濾液40μLに、直ちにラベル化剤として250μMの例示化合物(4)(ジメチルホルムアミド溶液)50μLと0.5Mホウ酸−炭酸ナトリウム−20mM EDTA緩衝液(pH8.0)10μLとを混合し、80℃で1時間反応させて蛍光ラベル化を行なった。反応終了後、反応物をHPLCで分析し、前記(1)で作成した検量線に基づき、3M3Tと例示化合物(4)との反応物由来のピーク面積から生成した3M3T量を定量した。その結果も表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
以上の結果から、スタフィロコッカス・レンタスは、アポクリン臭(硫黄臭様)の原因物質(3M3T)生成能を有することが分かる。
また、菌株によりアポクリン臭生成能が異なり、スタフィロコッカス・レンタスH292株は特にアポクリン臭生成能が特に高いことが分かる。
さらに、3M3T生成量が増加すると硫黄臭様が強くなるので、生成した3M3Tを定量することでアポクリン臭を評価することができる。
【0054】
実施例2
実施例1の(2)と同じ方法で調製した菌液10μL(反応液の最終菌濃度がOD600=0.06、0.2、0.6、2.0、6.0となるように添加する)に、実施例1の(1)で調製したアポクリン臭原因物質の基質10μlと、D−PBS(−)(インビトロジェン社製)80μLを添加した反応液を各菌濃度あたりに3本ずつ作製した。37℃で振とう培養(160rpm)を行ない、6時間・9時間・24時間後に実施例1の(6)と同じ方法で3M3T生成量を測定した。その結果を図6に示す。
図6の結果から、培養時間の経過とともに3M3Tの生成量が増加していることが分かる。また、反応液中の菌体濃度によって最適な培養時間が存在することが分かる。
【0055】
実施例3
液体培地(0.05%Tween80(和光純薬工業株式会社製)含有ミューラーヒントン寒天培地)にスタフィロコッカス・レンタスH292株を接種し振とう培養して、OD600=10.0となるように菌液を調製した。
この菌液0.1mLを前記液体培地0.8mLに接種し、Cys−3M3Tの水溶液(2500ng/mL)0.1mLを加え、37℃で24時間振とう培養(160rpm)を行った。
【0056】
培養液を濾過フィルター(ポアサイズ0.2μm)で除菌して得た濾液について、Cys−3M3T残存量をLC−MS/MSにより以下の条件で定量した。
<Cys−3M3T残存量の測定条件>
HPLCシステム:LC-10ADvp(島津製作所)
分析カラム:Inertsil ODS-3(2.1mmID×250mm)
移動相:50%(1%酢酸水溶液)/50%(1%酢酸メタノール溶液)
質量分析装置(MS/MS):API
2000(Applied Biosystems/MDS Sciex)Q1/Q3 masses=236.10/122.00amu
Cys−3M3T残存率(%)=(Cys−3M3T残存量/Cys−3M3T初期量)×100
【0057】
さらに、培養液を濾過フィルター(ポアサイズ0.2μm)で除菌して得た濾液から、3M3TをSBSE(Stir Bar Solid Extraction)法で回収した。具体的には、棒状マグネットを封入した15mm長のガラス製攪拌子に吸着剤であるポリジメチルシロキサン(polydimethylsiloxane)を被覆した「ツイスター(Twister)」(Gerstel社製)を試料溶液に入れ、室温で60分間攪拌して3M3Tを攪拌子に抽出・回収した。このツイスターを専用のガラス管に入れ、過熱脱着することでガスクロマトグラフィーGCに注入し、GC/MSにより3M3Tを定量した。
<測定条件>
GC/MSシステム:Agilent Technologies社 5973N
GCカラム:Agilent Technologies社 DB-FFAP(0.25mm×30m×0.25μm)
【0058】
前記と同様の条件で、菌液を加えない場合のCys−3M3T残存率および3M3Tの検出を行った。
その結果を表2に示す。
【0059】
【表2】

【0060】
表2の結果から、スタフィロコッカス・レンタスに、アポクリン臭原因物質の基質としてCys−3M3Tと接触させると、アポクリン臭の原因物質である3M3Tが生成することが分かった。従って、被験物質の存在下において、スタフィロコッカス・レンタスをアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、アポクリン臭原因物質の生成の有無を検知し、アポクリン臭生成を抑制する物質を選択することで、アポクリン臭抑制剤をスクリーニングすることができる。
【0061】
実施例4
(1)被験物質の調製
カンゾウ(Glycyrrhiza glabara L.)の根(中国産)を10gとり、100mLの95%エタノールを加え、室温で7日間浸漬抽出後、ろ過してカンゾウ抽出液87mLを得た(蒸発残分1.1w/v%)。
さらに、ビャクダン(Santalum album L.)の木部を10gとり、100mLのヘキサンを加え、室温で7日間浸漬抽出後、ろ過して抽出液89mLを得た。この抽出液を減圧濃縮してヘキサンを留去し、無水エタノール5mLに溶解し、ビャクダン抽出液を得た(蒸発残分0.5w/v%)。
【0062】
(2)アポクリン臭抑制剤のスクリーニング
実施例1の(3)と同じ方法で調製した菌液10μL(反応液の最終菌濃度がOD600=2.0)に、実施例1の(2)で調製したアポクリン臭原因物質の基質10μLと、前記(1)で調製した被験物質のエタノール溶液又はコントロール(エタノール)10μlと、D−PBS(−)(インビトロジェン社製)70μLを添加した反応液を3本ずつ作製した。37℃で振とう培養(160rpm)を行ない、6時間後に実施例1の(6)と同じ方法で3M3T生成量を測定した。その結果をそれぞれ図1(a)及び図1(b)に示す。
【0063】
図1(a)及び図1(b)に示すように、カンゾウエキスおよびビャクダンエキスはアポクリン臭を抑制することができる。
以上の結果から、本発明によれば、アポクリン臭抑制剤をスクリーニングすることができることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質の存在下において、スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)をアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記微生物によるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することにより、アポクリン臭抑制作用を有する被験物質を選択する、アポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記アポクリン臭が硫黄臭様である請求項1記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記アポクリン臭原因物質が3−メルカプト−3−メチルヘキサン−1−オールである請求項1または2記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記アポクリン臭原因物質の基質として、ヒトの汗を用いる請求項1〜3のいずれか1項記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記アポクリン臭原因物質の基質が2−アミノ−7−ヒドロキシ−5−メチル−5−プロピル−4−チアヘプタン酸である請求項1〜4のいずれか1項記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)として、ヒトの皮膚から分離した菌を用いる請求項1〜5のいずれか1項記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)が、スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)FERM P−21774である請求項1〜6のいずれか1項記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項8】
アポクリン臭原因物質の生成の有無の検知を、ラベル化剤を用いてアポクリン臭原因物質を標識することにより行う請求項1〜7のいずれか1項記載のアポクリン臭抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)をアポクリン臭原因物質の基質と接触させ、前記微生物によるアポクリン臭原因物質の生成の有無を検知することによりアポクリン臭を評価する、アポクリン臭の評価方法。
【請求項10】
前記スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)として、ヒトの皮膚から分離した菌を用いる請求項9記載のアポクリン臭の評価方法。
【請求項11】
前記アポクリン臭が硫黄臭様である請求項9又は10記載のアポクリン臭の評価方法。
【請求項12】
前記アポクリン臭原因物質が3−メルカプト−3−メチルヘキサン−1−オールである請求項9〜11のいずれか記載のアポクリン臭の評価方法。
【請求項13】
前記アポクリン臭原因物質の基質として、ヒトの汗を用いる請求項9〜12のいずれか1項記載のアポクリン臭の評価方法。
【請求項14】
前記アポクリン臭原因物質の基質が2−アミノ−7−ヒドロキシ−5−メチル−5−プロピル−4−チアヘプタン酸である請求項9〜13のいずれか1項記載のアポクリン臭の評価方法。
【請求項15】
アポクリン臭原因物質の生成の有無の検知を、ラベル化剤を用いてアポクリン臭原因物質を標識することにより行う請求項9〜14のいずれか1項記載のアポクリン臭の評価方法。
【請求項16】
スタフィロコッカス・レンタス(Staphylococcus lentus)FERM P−21774菌株。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−252710(P2010−252710A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−107429(P2009−107429)
【出願日】平成21年4月27日(2009.4.27)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】