説明

アルカリ水電解用電極、その製造方法及び水素発生装置

【課題】水素発生効率と電流効率に優れたアルカリ水電解用のNi−W−S合金電極及びその製造方法を提供するとともに、そうしたNi−W−S合金電極を用いてなる水素発生装置を提供する。
【解決手段】基材1上にNi−W−S合金膜2が設けられ、その合金膜2中のW含有量が0.6質量%以上3質量%以下で、S含有量が8質量%以上44質量%以下であるようにして、上記課題を解決した。このとき、Ni−W−S合金膜2の表面が微細凹凸面になっていることが好ましく、そのX線回折パターンがアモルファス状又は微結晶状であることが好ましい。こうしたアルカリ水電解用電極は、基材上にNi−W−S合金めっき液を接触させる湿式成膜手段又はNi−W−S合金膜を堆積させる乾式成膜手段によって製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ水電解用電極、その製造方法及び水素発生装置に関する。更に詳しくは、水素発生効率と電流効率に優れたアルカリ水電解用のNi−W−S合金電極、及びその製造方法、並びにそのNi−W−S合金電極を用いてなる水素発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、水の電気分解により生成することができ、また、燃やすことにより元の水に戻すことができる。そのため、水素は、水を媒体とした閉ループのエネルギーシステムのエネルギー媒体として利用できる。一方、石油等の化石燃料は、使用時に二酸化炭素を大気中に放出するだけの開ループのエネルギーシステムのエネルギー媒体である。エネルギー媒体としての水素は、環境負荷の小さな閉ループのエネルギーシステムに適用できるので、化石燃料に代わるエネルギー媒体として非常に重要な役割を担うと考えられている。
【0003】
こうした水素は、産業用ガスとして年間300億m消費されている。そして、地球温暖化問題を背景に、近い将来、水素エネルギー社会の実現が想定されている。そのため、さらに大量の水素需要が見込まれている。水素エネルギー社会の実現には、低価格な水素製造技術の確立と、水素の単価の低減とが必須の課題となる。低コストで水素を製造できる手段として、アルカリ水電解が期待されている。
【0004】
アルカリ水電解による水素発生方式は、アノード電極とカソード電極とを電解セル内に配置し、その電解セル内で水を電気分解して酸素と水素を発生させる方式である。こうしたアルカリ水電解のカソード電極では、電極活性が大幅に向上することから、白金系材料が好ましく用いられている(特許文献1)。しかしながら、白金系材料は高価であるため、安価で高効率な代替材料の研究が進められている。例えば、ニッケル又はニッケル合金は、低価格であり、水素発生反応に対して良好な触媒能を有することから、かねてより使用されてきた。なかでも、カソード電極として用いたNi−S合金めっき膜は、水素過電圧が低いという報告が種々されている(非特許文献1,2を参照)。
【0005】
また、カソード電極としてNi−P合金めっき電極とNi−P−W合金めっき電極を検討したものも報告されている(非特許文献3)。その検討結果によれば、Ni−P合金めっきに含まれるWの含有率が高くまるにしたがって、且つPの含有率が低くなるにしたがって、水素発生触媒能が上昇すると考察している。また、本件発明者らも、アルカリ水電解用のアノード電極材料として、Ni−P合金めっき膜について検討している(非特許文献4)。この検討によれば、P(リン)の含有量が17質量%前後のNi−Pアモルファス合金めっき膜が、アモルファス金属特有の高い耐食性を示したことから、耐食性に優れたアノード電極として有望であることがわかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】山川宏二ら、金属表面技術、Vol.38、 No.8、 p.324(1987).
【非特許文献2】成田 彰ら、金属表面技術、Vol.42、 No.5、 p.559(1991).
【非特許文献3】中出貞男ら、第118回表面技術協会講演大会要旨集、「1A-21」、p.19〜20(2008).
【非特許文献4】鈴木大介ら、表面技術、Vol.60、No.2、p.47(2009).
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−240001号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、水素発生効率と電流効率に優れたアルカリ水電解用のNi−W−S合金電極及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の他目的は、そうしたNi−W−S合金電極を用いてなる水素発生装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するための研究を行っている過程で、Ni−W−S系の合金膜のW含有量とS含有量をコントロールすることで、水素発生効率と電流効率を向上させることができ、長期間使用できる低コストなアルカリ水電解用電極を実現できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明に係るアルカリ水電解用電極は、基材上にNi−W−S合金膜が設けられ、該合金膜中のW含有量が0.6質量%以上3質量%以下で、S含有量が8質量%以上44質量%以下であることを特徴とする。
【0011】
この発明によれば、W含有量とS含有量が上記範囲内となるNi−W−S合金膜は良好な水素発生能を有するとともに、アルカリ水電解用電極の水素発生効率と電流効率を向上させることができる。このNi−W−S合金膜は電気めっき法や無電解めっき法等の湿式成膜手段や真空蒸着法やスパッタリング法等の乾式成膜手段で形成できるので、製造が容易で製造コストを低減できる。また、湿式成膜手段によってNi−W−S合金膜を基材両面にも同時に成膜すれば、低コスト化をより一層実現できる。
【0012】
本発明に係るアルカリ水電解用電極において、前記Ni−W−S合金膜の表面が微細凹凸面になっていることが好ましい。
【0013】
この発明によれば、Ni−W−S合金膜の表面を微細凹凸面としたとき、電極面で発生した水素発生量が増すことが明らかになった。なお、こうした凹凸表面は、少なくともカソード電極側のNi−W−S合金膜に対して適用するが、アノード電極側のNi−W−S合金膜に対しても適用してもよい。その結果、Ni−W−S合金膜からなるアノード電極とカソード電極を両面に備えたアルカリ水電解用電極を低コストで提供できる。
【0014】
本発明に係るアルカリ水電解用電極において、前記Ni−W−S合金膜のX線回折パターンが、アモルファス状又は微結晶状であることが好ましい。
【0015】
この発明によれば、Ni−W−S合金膜のX線回折パターンがアモルファス状又は微結晶状のNi−W−S合金膜は耐食性に優れており、良好な耐久性を示す。その結果、長期間使用できる低コストなアルカリ水電解用電極を提供できる。なお、上記したS含有量の範囲内において、S含有量が増すほど、Ni−W−S合金膜が微結晶状からアモルファス状に遷移する。
【0016】
上記課題を解決するための本発明に係るアルカリ水電解用電極の製造方法は、上記本発明に係るアルカリ水電解用電極を製造する方法であって、基材上にNi−W−S合金めっき液を接触させる湿式成膜手段又はNi−W−S合金を堆積させる乾式成膜手段によって、W含有量が0.6質量%以上3質量%以下でS含有量が8質量%以上44質量%以下のNi−W−S合金膜を形成する工程を有することを特徴とする。
【0017】
この発明によれば、基材上にNi−W−S合金めっき液を接触させる電気めっき法や無電解めっき法等の湿式成膜手段により、又はNi−W−S合金を堆積させる真空蒸着法やスパッタリング法等の乾式成膜手段により、Ni−W−S合金膜を形成するので、製造が容易で製造コストを低減できる。また、形成するNi−W−S合金膜のW含有量とS含有量を上記範囲内とすることにより、水素発生能が良好なめっき膜となるとともに、得られたアルカリ水電解用電極の水素発生効率と電流効率を向上させることができる。また、アルカリ水電解用電極をアモルファス状又は微結晶状としたので、耐食性のよいアルカリ水電解用電極を容易に製造できる。
【0018】
本発明に係るアルカリ水電解用電極の製造方法において、前記Ni−W−S合金膜の表面を微細凹凸面にする工程を有することが好ましい。
【0019】
この発明によれば、Ni−W−S合金膜の表面を微細凹凸面とすることにより、電極面で発生した水素発生量が増すとともに、良好な水素発生効率と電流効率を示すことができる。こうした凹凸表面を、少なくともカソード電極側のNi−W−S合金膜に対して適用することが好ましいが、アノード電極側のNi−W−S合金膜に対しても適用してもよい。その結果、Ni−W−S合金膜からなるアノード電極とカソード電極を両面に備えたアルカリ水電解用電極を低コストで提供できる。
【0020】
上記課題を解決するための本発明に係る水素発生装置は、上記本発明に係るアルカリ水電解用電極と、隔壁とを交互に複数配置した電解セルを有することを特徴とする。
【0021】
この発明によれば、電解セルを構成するアルカリ水電解用電極は容易且つ低コストで製造されているので、組み立てられた水素発生装置も低コストとすることができる。また、このアルカリ水電解用電極は耐久性が良いので、電極の交換頻度を少なくすることができ、低コストの水素発生装置とすることができる。その結果、その水素発生装置で発生させた水素のコストも低減できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係るアルカリ水電解用電極によれば、アルカリ水電解用電極の水素発生効率と電流効率を向上させることができる。また、このNi−W−S合金膜は電気めっき法や無電解めっき法等の湿式成膜手段等で形成できるので、製造が容易で製造コストを低減できる。また、湿式成膜手段によりNi−W−S合金膜を基材両面にも同時に成膜すれば、低コスト化をより一層実現できる。さらに、Ni−W−S合金膜のX線回折パターンがアモルファス状又は微結晶状のNi−W−S合金膜であるので、耐食性に優れており、良好な耐久性を示し、その結果、長期間使用できる低コストなアルカリ水電解用電極を提供できる。
【0023】
本発明に係るアルカリ水電解用電極の製造方法によれば、基材上にNi−W−S合金めっき液を接触させる湿式成膜手段やNi−W−S合金を堆積させる乾式成膜手段によりNi−W−S合金膜を形成するので、製造が容易で製造コストを低減できる。また、形成するNi−W−S合金膜のW含有量とS含有量を上記範囲内とすることにより、水素発生能が良好なめっき膜となるとともに、得られたアルカリ水電解用電極の水素発生効率と電流効率を向上させることができる。
【0024】
本発明に係る水素発生装置によれば、電解セルを構成するアルカリ水電解用電極は容易且つ低コストで製造されているので、組み立てられた水素発生装置も低コストとすることができる。また、このアルカリ水電解用電極は耐久性が良いので、電極の交換頻度を少なくすることができ、低コストの水素発生装置とすることができる。その結果、その水素発生装置で発生させた水素のコストも低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】カソード電極としてNi−W−S合金膜が設けられた本発明に係るアルカリ水電解用カソード電極の一例(第1形態)を示す模式的な断面図である。
【図2】カソード電極としてNi−W−S合金膜が設けられた本発明に係るアルカリ水電解用カソード電極の他の一例(第2形態)を示す模式的な断面図である。
【図3】アノード電極とカソード電極とがそれぞれの面に設けられた本発明に係るアルカリ水電解用電極の一例(第3形態)を示す模式的な構成図である。
【図4】アノード電極とカソード電極とがそれぞれの面に設けられた本発明に係るアルカリ水電解用電極の他の一例(第4形態)を示す模式的な構成図である。
【図5】本発明に係る水素発生装置の一例を示す模式的な構成図である。
【図6】電流効率の評価と水素発生量の測定装置である。
【図7】実験例で得られたX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明に係るアルカリ水電解用電極、その製造方法及び水素発生装置について説明する。なお、本発明は、その特徴を有する限り、以下の実施形態に限定されない。
【0027】
[アルカリ水電解用電極]
本発明に係るアルカリ水電解用電極11(11a,11b),21(21a,21b)は、図1〜図4に示すように、基材1の少なくとも一面にNi−W−S合金膜2が設けられており、そのNi−W−S合金膜中のW含有量が0.6質量%以上3質量%以下であり、S含有量が8質量%以上44質量%以下であることを特徴とする。本発明において、Ni−W−S合金膜2は、図1及び図2に示すように、少なくともカソード電極となる側の面(基材面上)に設けられていることが望ましいが、図3及び図4に示すように、アノード電極となる側の面(基材上)にも設けられていてもよい。
【0028】
そして、本発明に係るアルカリ水電解用電極11,21では、少なくともカソード電極となる側に設けられたNi−W−S合金膜2の表面が、微細な凹凸面になっていることが好ましい。なお、アノード電極となる側に設けられたNi−W−S合金膜2の表面は、微細凹凸面であってもなくてもよい。
【0029】
このアルカリ水電解用電極11は、6つの形態に大別できる。第1及び第2形態は、図1及び図2に示すように、Ni−W−S合金膜2は基材1の片面のみに形成されている例である。図1に示す第1形態は、基材面は平坦面であるがNi−W−S合金膜2の表面が微細凹凸面になっているものであり、図2に示す第2形態は、基材面が微細凹凸面になっており、その上に一定厚さのNi−W−S合金膜2が形成されて、結果的にNi−W−S合金膜の表面が微細凹凸面になっているものである。
【0030】
第3及び第4形態は、図3及び図4に示すように、Ni−W−S合金膜2を基材1の両面に設けた例である。図3に示す第3形態は、第1形態と同様、基材面は平坦面であるが、カソード電極となる側の面に設けられたNi−W−S合金膜2Cの表面が微細凹凸面になっているものである。図4に示す第4形態は、第2形態と同様、カソード電極となる側の基材面が微細凹凸面になっており、その上に一定厚さのNi−W−S合金膜2Cが形成されて、結果的にNi−W−S合金膜2Cの表面が微細凹凸面になっているものである。なお、この第3及び第4形態において、アノード電極となる側の面に設けられたNi−W−S合金膜2Aは、微細凹凸面になっていない。したがって、カソード電極となる側のNi−W−S合金膜2Cの表面粗さRaは、アノード電極となる側のNi−W−S合金膜2Aよりも、表面粗さRaが粗く形成されている。
【0031】
第5形態は、図示しないが、カソード電極となる側の面に設けられたNi−W−S合金膜2Cとアノード電極となる側の面に設けられたNi−W−S合金膜2Aのいずれも微細凹凸面となっている例である。これは、図3に示したカソード電極となる側のNi−W−S合金膜2Cの表面の微細凹凸面が、アノード電極となる側のNi−W−S合金膜2Aでも同様の態様になっている場合である。第6形態も図示しないが、カソード電極となる側の基材面と、アノード電極となる側の基材面の両方が、粗面化処理により微細凹凸面になっている例である。
【0032】
以下、これらの構成について具体的に説明する。
【0033】
(基材)
基材1、1’は、電極としての導電性とアルカリ水溶液に対する耐食性を有するものであればその種類は特に限定されないが、導電性と耐食性に優れた金属材料で構成されたものであることが好ましい。通常、低価格で耐食性のよいステンレス鋼が好ましく用いられる。ステンレス鋼の種類については特に限定されず、アルカリ水電解用溶液に対する耐食性を考慮して任意に選択される。また、チタン又はチタン合金、ニッケル又はニッケル合金、等であってもよい。
【0034】
基材1の表面は、第1形態(図1)及び第3形態(図3)の両面のように平坦面であってもよいし、第2形態(図2)及び第4形態(図4)のカソード電極側の面乃至アノード電極側の面のように予め粗面化処理された微細凹凸面であってもよい。第1形態及び第3形態の平坦面は、図1及び図3に示すように、特に粗面化処理していない表面である。このときの平坦面の表面粗さRaは特に制限されないが、例えば0.1μm〜10μm程度ということができる。例えばステンレス鋼板の鏡面板はそうした範囲内となることが多い。
【0035】
一方、第2形態及び第4形態の微細凹凸面は、図2及び図4に示すように、意図して粗面化処理した表面である。粗面化処理としては、ケミカルエッチング(例えば、塩化第二鉄・混酸エッチング等)でのnmオーダーでの粗面化、ブラスト加工や溶射加工でのμmオーダーの粗面化、任意の粒度の研磨紙で研磨することによるμm又はmmオーダーでの粗面化、エンボス加工によるmmオーダーの粗面化等を挙げることができる。そうした粗面化の程度は特に限定されないが、例えば、表面粗さRaで0.5μm〜5μm程度の範囲内とすることもできる。前記の粗面化手段では、複数の粗面化手段を組み合わせたり、個々の粗面化条件を任意に設定したりすることにより、任意の表面粗さを任意に調整することができる。粗面化処理後の微細凹凸面の粗さの程度を、前記表面粗さRaの範囲内とすることにより、その基材1’上に形成するNi−W−S合金膜2Cの表面粗さRaを後述の範囲(0.3μm〜3μm程度)にすることが容易となる。
【0036】
なお、表面粗さRaは、JIS B 0601(1994)で規定されている算術平均粗さのことであり、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけを抜き取り、この抜取り部分の平均線の方向にX軸を、縦倍率の方向にY軸を取り、粗さ曲線をy=f(x)で表したときに所定の式(前記JIS規格参照)によって求められる値をマイクロメートル(μm)で表したものをいう。本願では後述の実験例で示すように、原子間力顕微鏡(AFM)により表面粗さを測定した値で表したものである。
【0037】
(Ni−W−S合金膜)
Ni−W−S合金膜2は、基材1上の少なくとも一方の面に設けられる。実際には、図1及び図2に示すようにカソード電極となる側の面に設けられるが、図3及び図4に示すようにアノード電極となる側を含む両面に設けられていてもよい。
【0038】
本発明では、そのNi−W−S合金膜中のW含有量が0.6質量%以上3質量%以下であり、S含有量が8質量%以上44質量%以下であることに特徴がある。この範囲内のW含有量とS含有量を有するNi−W−S合金膜2は、後述の実験例に示すように、良好な水素発生能を有する。さらに、アルカリ水電解用電極の水素発生効率と電流効率も向上させることができる。また、この範囲内にあるNi−W−S合金膜2はアモルファス状又は微結晶状であり、耐食性に優れ、耐久性が増しているので、長期間の使用が可能になる。
【0039】
W含有量が0.6質量%未満では、水素発生時のエネルギー効率が高くないという難点がある。その原因は、W含有量が0.6質量%未満のめっき膜の水素過電圧が、W含有量が0.6質量%以上3質量%以下のめっき膜の水素過電圧に比べて大きいこと、及びW含有量が0.6質量%未満のめっき膜の交換電流密度が、W含有量が0.6質量%以上3質量%以下のめっき膜の交換電流密度に比べて小さいことにある。一方、W含有量が3質量%を超えると、めっき膜に亀裂が発生しやすく、また、既に存在する亀裂が大きくなるという難点がある。その原因は、W含有量が3質量%を超えることにより、めっき膜の内部応力が増すことに因ると考えられる。
【0040】
S含有量が8質量%未満では、Ni−W−S合金膜2の結晶性が増し、耐食性が低下する傾向にある。Ni−W−S合金膜2のS含有量が増すほど、めっき膜は微結晶状からアモルファス状に遷移する。特に、アモルファス状のめっき膜は、S含有量が30質量%以上の場合によく見られる。一方、Sを44質量%超えるように含有させるのは難しく、また、相対的に耐食性の良いNi含有量が少なくなるので、却って耐久性が低下する傾向にある。なお、アモルファス状は、X線回折装置で測定されたX線回折パターンがいわゆるブロード形態であることにより同定することができる。また、微結晶状は、アモルファス状のX線回折パターンよりもブロード形態が乱れて一部結晶性のピークを含むものもある形態である。
【0041】
このNi−W−S合金膜2は、電気めっき法や無電解めっき法等の湿式成膜手段で成膜できる。また、真空蒸着法やスパッタリング法等の乾式成膜手段でも成膜することができる。特に電気めっき法や無電解めっき法等の湿式成膜手段でのNi−W−S合金膜2の形成は、製造が容易で製造コストを低減できる。また、そうした湿式成膜手段により、Ni−W−S合金膜2を基材両面に同時に成膜して、それぞれカソード電極とアノード電極とすれば、低コスト化をより一層実現できる。
【0042】
そうした湿式成膜手段を適用して基材1の両面にNi−W−S合金膜2C,2Aを設けた場合、通常はその組成は同じになるので、例えば単一のNi−W−S合金めっき液で基材1の両面にNi−W−S合金膜2C,2Aを析出させることができ、得られるアルカリ水電解用電極のより一層の低コスト化を図ることができる。
【0043】
Ni−W−S合金膜2の表面は、微細凹凸面であることが好ましい。例えば図1及び図3に示すように、Ni−W−S合金膜2を予め粗面化しない基材1上に形成した場合においては、Ni−W−S合金膜2の成膜条件等を調整して微細凹凸面とすることが望ましい。そうした微細凹凸面の表面粗さRaとしては、0.3μm〜3μmであることが好ましく、0.3μm〜0.6μmがより好ましい。この範囲の表面粗さRaを持つNi−W−S合金膜2は、電極面で発生した水素ガスの離脱が容易になって大きな水素発生量をもたらすことができる。表面粗さRaが0.3μm未満では、発生した水素が表面から離脱し難く、電流効率が低下する傾向があり、その結果、水素発生量も多くない。また、表面粗さRaが3μmを超えるNi−W−S合金膜は成膜条件を変えても得ることが難しい。
【0044】
一方、図2及び図4に示すように、Ni−W−S合金膜2を予め粗面化した基材1’上に形成した場合においては、Ni−W−S合金膜2の表面も容易に微細凹凸面となる。そうした微細凹凸面の表面粗さRaも0.3μm〜3μmであることが好ましく、0.3μm〜0.6μmがより好ましい。この範囲の表面粗さRaを持つNi−W−S合金膜2は、前記同様、電極面で発生した水素ガスの離脱が容易になって大きな水素発生量がもたらすことができる。表面粗さRaが0.3μm未満の表面と、表面粗さRaが3μmを超える表面は、粗面化した基材面にめっき膜を形成しても得にくい。
【0045】
こうした範囲の表面粗さRaを持つ微細凹凸面は、アルカリ水電解中にカソード電極のその微細凹凸の先端で還元されて水素発生が起こり易くなり、さらにその微細凹凸の先端で生じた水素の気泡が離脱し易いくなったためと考えられる。その結果、水素ガスの発生と離脱が容易となることから、高い水素発生量を実現でき、且つ高い電流効率を実現できるものと考えられる。
【0046】
このように、本発明に係るアルカリ水電解用電極11,21によれば、より低コスト化を実現できる、水素発生効率と電流効率に優れたものとなり、アルカリ水電解用のカソード電極として好ましく用いることができる。
【0047】
このようなNi−W−S合金膜2を形成したアルカリ水電解用電極は、水素発生効率と電流効率を向上させることができる。また、このNi−W−S合金膜2は電気めっき法や無電解めっき法等の湿式成膜手段で好ましく形成できるので、製造が容易で製造コストを低減できる。また、湿式成膜手段によって、Ni−W−S合金膜2を基材1の両面に同時に成膜すれば、低コスト化をより一層実現できる。さらに、Ni−W−S合金膜2のX線回折パターンがアモルファス状又は微結晶状のNi−W−S合金膜2であるので、耐食性に優れており、良好な耐久性を示し、その結果、長期間使用できる低コストなアルカリ水電解用電極を提供できる。
【0048】
[アルカリ水電解用電極の製造方法]
本発明に係るアルカリ水電解用電極の製造方法は、上記本発明に係るアルカリ水電解用電極を製造する方法であって、基材1上にNi−W−S合金めっき液を接触させる湿式成膜手段、又はNi−W−S合金膜を堆積させる乾式成膜手段によって、W含有量が0.6質量%以上3質量%以下でS含有量が8質量%以上44質量%以下のNi−W−S合金膜2を形成する工程を有する。
【0049】
湿式成膜手段は、電気めっき法や無電解めっき法等を含む。電気めっき法での成膜については、直流を用いた方法であってもよいし、いわゆるパルスめっき法であってもよい。後述の実施例では、W含有量が0.6質量%以上3質量%以下でS含有量が8質量%以上44質量%以下のNi−W−S合金膜2を電気めっき法で得ているが、こうした組成範囲の膜の形成は、各種の電気めっき条件を変化させて行うことができる。
【0050】
例えば、Ni−W−S合金めっき液の成分組成を変化させることにより、Ni−W−S合金膜2の組成を変化させることができる。W含有量を増す場合には、めっき液中のW塩又はW化合物の濃度を増せばよいし、S含有量を増す場合には、めっき液中のS塩又はS化合物の濃度を増せばよい。また、パルスめっきを適用することによって、例えばS含有量を大きく増すことができる。例えばS含有量を本発明の数値範囲(8質量%以上44質量%以下)の高い方(44質量%の方)にシフトさせる場合は、直流めっきでNi−W−S合金膜2を成膜するよりも、パルスめっきで成膜する方が容易である。なお、パルスめっきは、ONタイムとOFFタイムを調整したデューティー比を変化させて、Ni−W−S合金膜2の組成を所望の範囲に調整することができる。
【0051】
この製造方法では、Ni−W−S合金膜2の表面を微細凹凸面にする工程を有することが好ましい。こうした工程を備えることにより、Ni−W−S合金膜2の表面を微細凹凸面とすることができる。その結果、電極面で発生した水素発生量が増すとともに、良好な水素発生効率と電流効率を示すことができる。この凹凸表面は、少なくともカソード電極側のNi−W−S合金膜2Cに対して適用することが好ましいが、アノード電極側のNi−W−S合金膜2Aに対しても適用してもよい。その結果、Ni−W−S合金膜からなるアノード電極とカソード電極を両面に備えたアルカリ水電解用電極を低コストで提供できるという利点がある。
【0052】
少なくともカソード電極となる側のNi−W−S合金膜2Cの表面を微細凹凸面にする手段としては、カソード電極とする側の面又は両面(カソード電極とする側の面とアノード電極とする側の面)に対し、Ni−W−S合金膜2Cを形成する前に、その基材面を予め粗面化する手段を挙げることができる。こうした粗面化手段としては、ケミカルエッチング処理(例えば、塩化第二鉄・混酸エッチング等でのnmオーダーでの粗面化)、ブラスト加工処理や溶射加工処理(μmオーダーの粗面化)、任意の粒度の研磨紙での研磨処理(μm又はmmオーダーでの粗面化)、エンボス加工処理(mmオーダーの粗面化)等を挙げることができる。こうした粗面化処理の程度は特に限定されないが、例えば、表面粗さRaで0.5μm〜5μm程度の範囲内とすることができる。これらの粗面化処理では、複数の粗面化処理を組み合わせたり、個々の粗面化処理条件を任意に設定したりすることにより、任意の表面粗さを任意に調整することができる。粗面化処理後の微細凹凸面の粗さの程度を、前記表面粗さRaの範囲内とすることにより、その基材1’上に形成するNi−W−S合金膜2Cの表面粗さRaを後述の範囲(0.3μm〜3μm程度)にすることが容易となる。
【0053】
一方、前記のように、基材面を凹凸面とせず平坦面のままとし、その後に形成するNi−W−S合金膜の表面を粗面化する粗面化手段を採用してもよい。こうした手段としては、Ni−W−S合金膜2の成膜条件等を調整して微細凹凸面とすることが望ましい。具体的には、Ni−W−S合金膜2を電気めっきで成膜する際に、カソード電極とする基材面又は両面に対向配置する陽極の距離又は形状を長く又は小さくする手段、等を例示できる。こうした手段により、カソード電極とする側の面又は両面に形成するNi−W−S合金膜の表面を微細凹凸面にすることができる。こうした微細凹凸面の表面粗さRaとしては、上記同様、0.3μm〜3μmであることが好ましく、0.3μm〜0.6μmがより好ましい。
【0054】
以上、本発明に係る製造方法よれば、基材1上にNi−W−S合金めっき液を接触させる湿式成膜手段やNi−W−S合金膜2を堆積させる乾式成膜手段によりNi−W−S合金膜を形成するので、製造が容易で製造コストを低減できる。また、形成するNi−W−S合金膜2のW含有量とS含有量を上記範囲内とすることにより、水素発生能が良好なNi−W−S合金膜2となるので、得られたアルカリ水電解用電極1の水素発生効率と電流効率を向上させることができる。また、アルカリ水電解用電極1をアモルファス状又は微結晶状としたので、耐食性のよいアルカリ水電解用電極を容易に製造できる。
【0055】
[水素発生装置]
本発明に係る水素発生装置20は、図5に示すように、アルカリ水電解用電極板21と、隔壁22とを交互に複数配置した電解セル27を有する。具体的には、一方の面をアノード電極とし、他方の面をカソード電極とする複数の電極板21と、その複数の電極板21,…,21間に設けられた隔膜22とで構成された電解セル27を有している。その複数の電極板21,…,21は、既述した第1形態から第6形態のアルカリ水電解用電極を好ましく用いることができる。具体的には、図1及び図2に示すように、基材1の片面にNi−W−S合金膜2が設けられているアルカリ水電解用電極11や、図3及び図4に示すように、基材1,1’の両面にNi−W−S合金膜2(2C,2A)が設けられているアルカリ水電解用電極21a,21bを好ましく用いることができる。
【0056】
この水素発生装置20の電解セル27を構成する基材及びカソード電極としてのNi−W−S合金膜については、アルカリ水電解用電極の説明欄で説明した内容と同じであるのでここではその説明を省略する。
【0057】
ここでは、アノード電極について説明する。図3及び図4に示す態様の両面電極型の電極板の一方の面に形成するアノード電極は、他方の面に形成したカソード電極と同じ組成のNi−W−S合金膜2であることが望ましい。同じ組成で電極板の両面を形成できるので、その製造コストを著しく低減することができる。また、アノード電極としてNi−W−S合金膜が好ましいことは、本発明者による非特許文献4で報告したとおりであり、耐食性がよく、酸素過電圧が小さいアノード電極とすることができる。
【0058】
両面電極型の電極板は、図3及び図4に示す第3形態と第4形態では、いずれもカソード電極側の表面が微細凹凸面になっているが、アノード電極側の表面も微細凹凸面になっていてもよい。アノード電極側の表面が微細凹凸面になっている場合は、酸素ガスの離脱が容易に起こる。また、微細凹凸面の表面粗さRaは上記範囲であることが好ましい。図3に示す第3形態のカソード電極の表面粗さRaは、例えば、アノード電極を電析させるための陽極と基材1間の距離を長くして形成することができる。一方、図4に示す第4形態のカソード電極の表面粗さRaは、前記したように、予め粗面化した基材1’を用いることにより得ることができる。
【0059】
本発明では、各形態の電極板をこうした手段で形成することができるので、その形成方法自体は極めて容易であるものの、従来にはない新しい電極を低コストで作製することができる。電極板は定期的に交換する必要があるので、低コストでの電極板の作製が可能になると、水素発生装置20の維持管理費を低減でき、水素単価を押し下げることができるので、特に好ましい。なお、アノード電極とカソード電極はいずれもアモルファス状又は微結晶状のNi−W−S合金膜2であるので、耐食性がよいという効果もあり、より低コスト化を図ることができる。
【0060】
こうして作製した両面電極型のアルカリ水電解用電極21は、図5に示すように、複数配置される、複数の電極板21,…,21間には隔膜22が配置され、それらの間に電解質23が配置される。なお、図5は、模式図としてわかりやすく表した電解セル27の構造であるので、図示の形態に限定されない。電解セル27への給電は、プラス電解を与える側のプレート25(+)と、マイナス電解を与える側のプレート25(−)とで挟まれ、その電解プレートから加わる電解により電解セル27内で水素と酸素が発生する。発生した水素と酸素は、それぞれの捕集ルートに沿って各ガスの配管26,26を通過し、その後の処理工程を経て得ることができる。
【0061】
以上、本発明に係る水素発生装置20によれば、電解セル27を構成するアルカリ水電解用電極21は、電極材料の形成が容易で製造コストを低減でき、さらに電極の交換頻度も少なくすることができるので、低コストの水素発生装置とすることができ、その水素発生装置で発生させた水素のコストも低減できる。さらに、少なくともカソード電極側のNi−W−S合金膜の表面を微細凹凸面にしたアルカリ水電解用電極を採用するので、カソード電極面で発生した水素発生量が増すとともに、良好な水素発生効率と電流効率を示すことができ、水素発生装置の電解セルに用いる電極板として好ましく用いることができる。
【実施例】
【0062】
以下、実験例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、本発明は以下の実験結果で得られた内容のみには限定されない。
【0063】
[実験例1]
(電極の作成)
基材1として、表面が均一で滑らかなSUS304ステンレス鋼板(株式会社ニコラ製、厚さ0.5mm)を用い、10mm×5mmとなるようにマスキングした。そのステンレス鋼板の表面に対し、脱脂等の下処理をして清浄化した。得られた基材表面の表面粗さRaは、0.11μmであった。
【0064】
その基材1を試料極とし、表1に示す組成のNi−W−Sのめっき液を用い、表2に示す条件で電気めっきを行った。電気めっきは、ガルバノスタット(北斗電工社製、HZ5000)を用いて直流を印加して行った。Ni−W−S合金膜2を成膜した後、水洗し、エアーで水分を除去した後、恒温槽にて乾燥させた。タングステン酸ナトリウム添加量の少ない順に、No.1(0g/L)、No.2(25g/L)、No.3(50g/L)、No.4(75g/L)、No.5(100g/L)のめっき液を準備した。なお、めっき時間はめっき厚さが3μmとなるまで行った。陽極はNi電極を用いた。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
(水素発生特性試験)
上記表2に示したNo.1〜5のめっき液を用いて得られたアルカリ水電解用電極アルカリ水電解用電極を用い、アルカリ水電解を行った。水電解には、30質量%のKOH(工業用フレーク状KOH95.5%、日本曹達株式会社製)水溶液を電解液として使用し、試験試料を陰極とし、10mm×1mm×0.5mmのNi板(株式会社ニラコ社製)を陽極とし、温度25℃、定電流30mAで電解を行った。この水電解に伴って発生した水素の捕集を行った。
【0068】
図6は、電流効率の測定装置と、発生した水素と酸素の捕集装置の模式的な構成図である。図6に示す測定装置40は、水槽47内に水酸化カリウム溶液(電解質46)を充填した測定セル(目盛付きのH字管、ケニス製)44を配置し、その測定セル44内にNi−W−S合金電極41,42を隔壁45を介して配置している。各電極41,42に配線43を取り付け、その配線43はポテンシオガルバノスタット(北斗電工製、HZ5001)48に接続され、そのポテンシオガルバノスタット48はパソコン49に接続されている。
【0069】
なお、定電流電解開始前に、電極表面を活性化させるために定電圧2Vで20分間の予備電解を行った。発生した水素発生量、及びポテンショガルバノスタットにて観測された電気量と電解電圧から、エネルギー効率を算出した。
【0070】
(電気化学特性試験)
CV(サイクリックボルタンメトリー)をポテンショスタット(北斗電工製、HZ5001)により行い、電極の電気化学特性を確認した。電解液には30質量%KOH(工業用フレーク状KOH95.5%、日本曹達株式会社)水溶液を用い、液温度は投込式恒温装置にて保温された液中にビーカーを入れ、60℃に保温した。対極にはPtメッシュ電極を用い、参照電極にはAg/AgCl電極を用い、走査速度10mV/sec、操作範囲−1600〜−800mVにて3回電位を走査した。
【0071】
(結晶構造解析試験)
XRD(X線回折)により、試料の結晶構造解析を行った。分析にはリガク社製のX線回折装置(型名:RINT2100)を用いた。走査範囲2θ/θ20〜90°、走査速度4°/secにて評価を行った。X線回折ピークから半値幅を算出し、シェラーの式により結晶粒径を確認した。シェラーの式 D=Kλ/βCosθ(K:形状ファクター0.94、λ:X線波長(CuKα=0.15406nm、β:半値幅(rad)、θ:回折角2θ/2)を利用した。
【0072】
(SEM/EDX)
電界放出形走査電子顕微鏡(株式会社日立製作所製、型番:E−SEM)にて電極表面観察を行った。加速電圧15kVにて5000倍で表面状況を観察した。更に、表面組成の定性・定量分析をエネルギー分散型X線分析装置(株式会社堀場製作所製、型番:EMAX−5770)を利用し、加速電圧15kV、プローブ電流0.2nAで行った。
【0073】
(表面粗さ測定)
表面のラフネスを観察するために、3D測定レーザー顕微鏡(オリンパス株式会社製、Lext OLS4000)を用いて行った。測定には100倍対物レンズを使用し、2点測定しその平均値を算出した。
【0074】
(Ni−W−Sめっき膜の物理特性)
作製したNi−W−S合金めっき電極をEDXにより定性・定量分析を行った。表3は、作製した電極の合金組成を示す。タングステン酸ナトリウムの添加量を増加させると、Ni−W−S合金膜中のW含有率がそれに伴い増加した。なお、めっき液組成に添加されていないCr及びFeの検出は、めっき母材であるSUS304の組成が検出されたと考えられる。
【0075】
【表3】

【0076】
次に、SEMによる表面観察を行った結果、表面は滑らかであるがひび状のクラックが観察された。このクラックは内部応力が高くなるために発生したと考えられる。なお、クラックは、W含有量が増すほど大きくなる傾向が観察されたため、W含有率が増加するにつれて内部応力もそれに応じて増加していると推測される。
【0077】
次に、XRDによる表面の構造分析を行った。図7はその結果である。全ての電極において、観測されたX線回折ピークはほぼ同じであり、43°付近のNiのピークがややブロードとなっており、微結晶状構造からアモルファス状構造への遷移的状態であることが分かる。観測された43°付近のNiのピークから半値幅を算出し、シェラーの式を用いて結晶粒径を求めた。その結果結晶粒径は120〜150nmであり、その結晶粒径はW含有率に依存していなかった。なお、母材であるSUS304に含まれると考えられるFeとNiの化合物のピークが51°と75°付近に検出された。
【0078】
(Ni−W−Sの電気化学的特性)
CVにより測定された交換電流密度は、W含有率が0〜0.2質量%までは交換電流密度logiは上昇しないが、W含有量が0.6質量%以上で上昇する傾向を示した。具体的には、W含有量が0.2質量%のときの交換電流密度logiは−0.0150A/dmであったが、W含有量が0.6質量%のときの交換電流密度logiは−0.0135A/dmに上昇した。また、W含有量が1.6質量%のときの交換電流密度logiも−0.0135A/dmであり、さらに、W含有量が3質量%のときも同じであった。なお、こうした値は、Niの交換電流密度logiの−0.0232A/cmと対比するとかなり大きな値であった。
【0079】
次に、CVから求めた水素過電圧とW含有率との関係についても検討した。Wの含有率が、0〜3質量%に増加するにつれて、水素過電圧が徐々に減少した。具体的には、W含有率が0質量%のとき0.355V、0.2質量%のとき0.32V、0.6質量のとき0.30V、1.6質量%のとき0.29Vであった。また、W含有量が3質量%のときは0.21V程度であった。一方、比較対象のNi電極の水素過電圧は0.28Vであり、Ni−W−S合金めっき電極とほぼ同等の値であって。
【0080】
次に、それぞれのNi−W−S合金めっき電極試料を、電解液30質量%KOH水溶液中にて、5mA/cmの定電流電解を行った。その際のW含有率とエネルギー効率の関係を評価した。W含有率が0〜0.5質量%までの水素発生時のエネルギー効率は、いずれも59%程度のほぼ横ばいの傾向を示した。しかし、W含有率が0.6質量%以上になると、エネルギー効率が上昇して62〜63%になった。このエネルギー効率上昇は、交換電流密度の増加と水素過電圧の低下による結果であり、W含有率が増加することにより、その水素発生触媒能は高くなると考えられる。
【0081】
以上説明したように、電析めっき法によるNi−W−S合金膜は、そのW含有率が増加しても電極表面の形態は大きく変化はしないが、その触媒能は増加し、エネルギー効率も増加した。特に、W含有率が1.6質量%程度のNi−W−S合金膜は、一般に利用されているNi−S電極と比較して、2%程度エネルギー効率が高くなり、また、Ni電極と比較して8%程度エネルギー効率が高くなった。一方で、W含有率が増加することにより、内部応力が増加し、クラックが発生し易くなる傾向があった。
【0082】
[実施例2]
Ni−W−S合金膜中のS含有量の影響について検討した。表2に示すCHSの含有量を増すと共に、直流めっきに代えてパルスめっきを適用して、S含有量を増した。その結果、表3に示す8〜10質量%の範囲から、50質量%の範囲まで広く組成を変化させることができた。S含有量を変えたNi−W−S合金膜中について、結晶構造を評価したところ、S含有量が増すにしたがって、微結晶状からアモルファス状に遷移していくのが確認できた。こうしたアモルファス状への遷移は、Ni−W−S合金膜の耐食性を増すので、得られたNi−W−S合金膜の耐久性を増し、アルカリ水電解用電極の長期間の使用を実現できる。なお、S含有量が44質量%を超えると、却って耐食性が低下する結果も得られた。
【0083】
[実験例3]
表面粗さRaと水素発生量との関係について検討した。基材であるステンレス鋼板を、(i)粗面化処理しない基材1、(ii)粗面化処理した基材1’、を準備し、その水素発生量と表面粗さRaと電流効率の関係を検討した。粗面化処理は、各種の研磨紙を試して行い、表面粗さRaが0.5μm、1μm、2μm、5μmの範囲で各種作製した。なお、粗面化処理していない基材1の表面粗さRaは0.12μmである。各基材1,1’上に、Ni−W−S合金膜を形成した。Ni−W−S合金膜を形成した後の表面粗さRaは、粗面化した基材1’上に形成したものは、それぞれ0.3μm、0.6μm、1μm、3μm程度になり、めっきする前より少し小さくなった。
【0084】
得られた試料の特性を評価した結果、表面粗さRaが0.3μm、0.6μm、1μm、3μmの範囲としたNi−W−S合金膜は、8mL前後の高い水素発生量を示すとともに電流効率も100%近くであった。なかでも0.3μmと0.6μmがよい結果となった。しかし、0.12μmのように、その範囲外の表面粗さRaを示すものは、6mL前後の水素発生量であった。また、電流効率も低かった。電流効率の低下は、水素ガスが電極面に付着して離脱しなかったためと考えられる。
【0085】
[実験例4]
この実験例4では、耐食性の実験を行った。Ni−W−S合金膜の耐食性は、実験例1の条件、すなわち、30質量%のKOH水溶液を電解液として使用し、試験試料を陰極とし、SUS304ステンレス鋼板を陽極とし、電解電位を−2Vとし、常温で電解を継続して行った。その結果、ステンレス鋼板や純Niめっき板では交換しなければならない時期が来ても、アノード電極とカソード電極のいずれも交換しなくてもよい程度の耐食性であった。
【0086】
[実験例5]
両面とも粗面化処理をした。実験例3と同様の表面粗さ条件を作り、アノード電極側とカソード電極側の両方のNi−W−S合金膜の表面を微細凹凸面とした。実験例3では、カソード電極での水素の離脱が効果的に行われていたが、アノード電極側でも酸素の離脱が効果的に行われているのが確認された。両面へのNi−W−S合金膜の形成は、めっき液に入れて電解するだけで簡単に行えるので、コスト低減には極めて有望である。
【符号の説明】
【0087】
1 基材
1’ 予め粗面化された基材
2 Ni−W−S合金膜
2A アノード電極側のめっき膜
2C カソード電極側のめっき膜
11(11a,11b) アルカリ水電解用電極
21a,21b アルカリ水電解用電極
20 水素発生装置
21 両面電極タイプのNi−W−S合金膜電極板
22 隔膜
23 電解質(アルカリ水溶液)
24,25 電解セルを構成する保持プレート
26 ガス配管
27 電解セル
40 測定装置
41,42 Ni−W−S合金電極
43 配線
44 測定セル
45 隔壁
46 電解質(アルカリ水溶液)
47 水槽
48 ポテンシオスタット
49 コンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上にNi−W−S合金膜が設けられ、該合金膜中のW含有量が0.6質量%以上3質量%以下で、S含有量が8質量%以上44質量%以下であることを特徴とするアルカリ水電解用電極。
【請求項2】
前記Ni−W−S合金膜の表面が微細凹凸面になっている、請求項1に記載のアルカリ水電解用電極。
【請求項3】
前記Ni−W−S合金膜のX線回折パターンが、アモルファス状又は微結晶状である、請求項1又は2に記載のアルカリ水電解用電極。
【請求項4】
基材上にNi−W−S合金めっき液を接触させる湿式成膜手段又はNi−W−S合金膜を堆積させる乾式成膜手段によって、W含有量が0.6質量%以上3質量%以下でS含有量が8質量%以上44質量%以下のNi−W−S合金膜を形成する工程を有することを特徴とするアルカリ水電解用電極の製造方法。
【請求項5】
前記Ni−W−S合金膜の表面を微細凹凸面にする工程を有する、請求項4に記載のアルカリ水電解用電極の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルカリ水電解用電極と、隔壁とを交互に複数配置した電解セルを有することを特徴とする水素発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−153958(P2012−153958A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15820(P2011−15820)
【出願日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成22年度経済産業「戦略的基盤技術高度化支援事業」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(595117356)株式会社バンテック (7)
【Fターム(参考)】