説明

アルキルスルフィド化合物の製造方法

【課題】アルキルスルフィド化合物を安全かつ簡便に、高収率で得る方法を提供する。
【解決手段】式(1);


(式中、Rは、炭素数が1〜3のアルキル基を示す。)で表されるアルキルチオールを、還元剤存在下、塩基を用いて、式(2);


(式中、Rは、式(1)と同じアルキル基を示し、Mは、アルカリ金属原子を示す。)で表されるアルキルチオール塩とし、これと式(3);


(式中、Rは、炭素数3〜5のアルキル基を示し、Xは、ハロゲン原子を示す。)で表されるアルキルハライドとを、相間移動触媒存在下、反応させて得られる式(4);


(式中、Rは、式(1)と同じアルキル基を示し、Rは式(2)と同じアルキル基を示す。)で表されるアルキルスルフィドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に電気化学デバイス用溶媒等に有用なアルキルスルホン化合物の合成原料等として用いられるアルキルスルフィド化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スルフィド化合物はスルホン化合物等の合成原料である。スルホン化合物は、その安定性の高さから、抽出溶剤や各種反応溶剤として用いられる。また、近年はスルホン化合物の電気的な安定性を利用し、電気化学デバイス用の溶媒として用いられる。
【0003】
これらのスルホン化合物の製造にはスルフィド化合物を酸化する方法が一般的である。中でも、アルキルスルフィド化合物については、工業的に有用な合成方法の報告例は少ない。これまでにアルキルスルフィド化合物の合成方法として、グリニア試薬を用いる方法が知られている。
【0004】
例えば、下記反応式に示すように、ジエチルジスルフィドやジエチルスルフィドに対して、イソブチルグリニア試薬を反応させて、エチルイソブチルスルフィドを合成する方法(非特許文献1)、

【0005】
また、下記反応式に示すように、2−メチル−1−チオシアノプロパンにエチルグリニア試薬を反応させて、エチルイソブチルスルフィドを合成する方法が報告されている(非特許文献2)。

【0006】
しかしながら、これらの方法は、空気中で不安定であり、発火の危険性の高いグリニア試薬が必要であるため、工業的に有利な合成方法とは言い難い。
【0007】
また、下記反応式に示すように、プロピレンのような、不飽和化合物にアルキルチオールを付加する製造方法も報告されている(非特許文献3)。

【0008】
しかしながら、この方法は、重合しやすいプロピレンを使用するため、制御が困難であり、反応点が複数存在するため、副生物の生成を伴いやすく、工業的に有利な合成方法とは言い難い。
【0009】
一方、ハロゲン化アルキルを用いる方法は、安全性が高く大規模な合成に適している。例えば、下記反応式に示すように、イソプロピルブロマイドとエタンチオールとを水酸化カリウム存在下、エタノール中で反応させることで、エチルイソプロピルスルフィドを合成する方法が報告されている(非特許文献4)。

【0010】
しかしながら、この方法は収率が約50%と低く、溶媒の回収にコストを要したり、生産効率が低下する等の不具合があり、工業的に適した製造方法とは言い難い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Bulletin de la Societe Chimique de France (1906),(3)35,166
【非特許文献2】Journal of the American Chemical Society(1920),42,2369
【非特許文献3】Journal of the American Chemical Society(1938),60,2452
【非特許文献4】Journal of Mass Spectrometry(1999), (6)34,601
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、アルキルスルフィド化合物を安全かつ簡便に、高収率で得る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、以下に示す通りのアルキルスルフィド化合物の製造方法に関する。
【0014】
項1.式(1);
【0015】
【化1】

(式中、Rは、炭素数が1〜3のアルキル基を示す。)で表されるアルキルチオールを、還元剤存在下、塩基を用いて、式(2);
【0016】
【化2】

(式中、Rは、式(1)と同じアルキル基を示し、Mは、アルカリ金属原子を示す。)で表されるアルキルチオール塩とし、これと式(3);
【0017】
【化3】

(式中、Rは、炭素数3〜5のアルキル基を示し、Xは、ハロゲン原子を示す。)で表されるアルキルハライドとを、相間移動触媒存在下、反応させて得られる式(4);
【0018】
【化4】

(式中、Rは、式(1)と同じアルキル基を示し、Rは式(2)と同じアルキル基を示す。)で表されるアルキルスルフィドの製造方法。
【0019】
項2.前記還元剤が、ナトリウムボロハイドライドである項1記載のアルキルスルフィドの製造方法。
【0020】
項3.前記相間移動触媒が、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイドである項1または2に記載のアルキルスルフィドの製造方法。
【0021】
本発明に用いられる式(1)で表されるアルキルチオールとしては、例えば、メタンチオール、エタンチオール、1−プロパンチオールおよび2−プロパンチオール等が挙げられる。
【0022】
前記アルキルチオールを、還元剤の存在下、塩基を用いて、式(2)で表されるアルキルチオール塩とする際に用いられる塩基としては、例えば、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウム等の水酸化アルカリ金属、炭酸ナトリウムおよび炭酸カリウム等の炭酸アルカリ金属、並びにナトリウムメチラートおよびナトリウムエチラート等のアルカリ金属アルコラート等を挙げることができる。中でも、入手のし易さから、水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0023】
前記塩基の使用割合は、例えば、アルキルチオール1モルに対して、0.5〜5.0モルであることが好ましく、0.8〜2.0モルであることがより好ましい。塩基の使用割合が0.5モル未満である場合、アルキルスルフィド化合物の収率が低下するおそれがあり、5.0モルを超える場合、反応液の粘性が高くなり、攪拌が困難になるおそれがある。
【0024】
前記還元剤としては、例えば、ナトリウムボロハイドライド、リチウムボロハイドライド、リチウムアルミニウムハイドライド、ナトリウムシアノボロハイドライドおよびジイソプロピルアルミニウムハイドライド等が挙げられる。中でも、入手のし易さから、ナトリウムボロハイドライドが好ましく用いられる。
【0025】
前記還元剤の使用割合は、アルキルチオール1モルに対して、例えば、0.001〜1.0モルであることが好ましく、0.01〜0.2モルであることがより好ましい。還元剤の使用割合が0.001モル未満である場合、不純物となるアルキルジスルフィドが生成するおそれがあり、1.0モルを超える場合、反応液の粘性が高くなり、攪拌が困難になるおそれがある。
【0026】
本発明に用いられる式(3)で表されるアルキルハライドとしては、例えば、ノルマルプロピルクロライド、イソプロピルクロライド、ノルマルブチルクロライド、イソブチルクロライド、1,1−ジメチルエチルクロライド、ノルマルペンチルクロライド、1,2−ジメチルプロピルクロライド、2−メチルブチルクロライド、3−メチルブチルクロライド、2,2−ジメチルプロピルクロライド、ノルマルプロピルブロマイド、イソプロピルブロマイド、ノルマルブチルブロマイド、イソブチルブロマイド、1,1−ジメチルエチルブロマイド、ノルマルペンチルブロマイド、1,2−ジメチルプロピルブロマイド、2−メチルブチルブロマイド、3−メチルブチルブロマイドおよび2,2−ジメチルプロピルブロマイド等が挙げられる。
【0027】
前記アルキルハライドの使用割合としては、アルキルチオール1モルに対して、例えば0.5〜10モルであることが好ましく、0.8〜5.0モルであることがより好ましい。アルキルハライドの使用量が0.5モル未満である場合、反応が完結せず、収率が低下するおそれがある。10モルを越える場合、得られるアルキルスルフィド化合物の純度が低下するおそれがある。
【0028】
前記式(2)で表されるアルキルチオール塩と前記式(3)で表されるアルキルハライドとの反応に用いる相間移動触媒は、例えば、ベンジルトリエチルアンモニウムブロマイド、ベンジルトリメチルアンモニウムブロマイド、ヘキサデシルトリエチルアンモニウムクロライド、ドデシルトリメチルアンモニウムクロライド、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイド、テトラエチルアンモニウムクロライドおよびトリオクチルメチルアンモニウムブロマイド等の4級アンモニウム塩、並びにヘキサドデシルトリエチルホスホニウムブロマイド、ヘキサデシルトリブチルホスホニウムクロライドおよびテトラ−n−ブチルホスホニウムクロライド等の4級ホスホニウム塩が好ましく用いられる。中でも、収率を向上させる観点および経済性の観点から、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイドが好ましく用いられる。
【0029】
前記相間移動触媒の使用量は、アルキルハライド100重量部に対して、0.1〜100重量部であることが好ましく、0.1〜10重量%であることがより好ましい。相間移動触媒の使用量が0.1重量部未満である場合、反応が完結せず、収率が低下するおそれがあり、100重量部を超える場合、生成物との分離が困難になり、生成物の収率が低下するおそれがある。
【0030】
前記式(2)で表されるアルキルチオール塩と前記式(3)で表されるアルキルハライドとの反応に用いられる反応溶媒としては、例えば、水、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、メタノールおよびエタノール等が挙げられる。中でも、収率を向上させる観点および経済性の観点から、エタノールが好ましく用いられる。
【0031】
前記反応溶媒の使用量は、前記アルキルチオール100重量部に対して、10〜5000重量部であることが好ましく、100〜1000重量部であることがより好ましい。反応溶媒の使用量が10重量部未満である場合、攪拌が困難になって、収率が低下するおそれがあり、5000重量部を超える場合、生産効率が低下し、経済性が悪化するおそれがある。
【0032】
反応温度は、30〜120℃であることが好ましく、60〜110℃であることがより好ましい。反応温度が、30℃未満である場合、反応を完結させるために長時間必要になるおそれがあり、120℃を超える場合、副反応が起こり、目的化合物の収率が低下するおそれがある。反応時間は、例えば、1〜30時間程度である。
かくして得られるアルキルスルフィド化合物は、必要に応じて水洗、分液して取得できる。また、蒸留することにより純度を高めて単離することができる。
【0033】
前記スルフィド化合物の具体例としては、例えば、メチルノルマルプロピルスルフィド、メチルイソプロピルスルフィド、メチルノルマルブチルスルフィド、メチルイソブチルスルフィド、メチル1,1−ジメチルエチルスルフィド、メチルノルマルペンチルスルフィド、メチル1,2−ジメチルプロピルスルフィド、メチル2−メチルブチルスルフィド、メチル3−メチルブチルスルフィド、メチル2,2−ジメチルプロピルスルフィド、エチルノルマルプロピルスルフィド、エチルイソプロピルスルフィド、エチルノルマルブチルスルフィド、エチルイソブチルスルフィド、エチル1,1−ジメチルエチルスルフィド、エチルノルマルペンチルスルフィド、エチル1,2−ジメチルプロピルスルフィド、エチル2−メチルブチルスルフィド、エチル3−メチルブチルスルフィド、エチル2,2−ジメチルプロピルスルフィド、プロピルノルマルプロピルスルフィド、プロピルイソプロピルスルフィド、プロピルノルマルブチルスルフィド、プロピルイソブチルスルフィド、プロピル1,1−ジメチルエチルスルフィド、プロピルノルマルペンチルスルフィド、プロピル1,2−ジメチルプロピルスルフィド、プロピル2−メチルブチルスルフィド、プロピル3−メチルブチルスルフィド、プロピル2,2−ジメチルプロピルスルフィド、イソプロピルノルマルプロピルスルフィド、イソプロピルイソプロピルスルフィド、イソプロピルノルマルブチルスルフィド、イソプロピルイソブチルスルフィド、イソプロピル1,1−ジメチルエチルスルフィド、イソプロピルノルマルペンチルスルフィド、イソプロピル1,2−ジメチルプロピルスルフィド、イソプロピル2−メチルブチルスルフィドおよびイソプロピル3−メチルブチルスルフィド、イソプロピル2,2−ジメチルプロピルスルフィド等が挙げられる。中でも、電気化学デバイス用溶媒等としての特性に優れるアルキルスルホン化合物の合成原料として、エチルイソプロピルスルフィド、エチルイソブチルスルフィド、プロピルイソブチルスルフィドおよびイソプロピルイソブチルスルフィドが好ましい。
【発明の効果】
【0034】
本発明により、電気化学デバイス用溶媒等に有用なアルキルスルホン化合物の合成原料等に使用されるアルキルスルフィド化合物を安全かつ簡便に、高収率で得る方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0036】
実施例1
攪拌機、温度計および冷却器を備え付けた500mL容の四つ口フラスコに窒素雰囲気下で、エタンチオール62.13g(1.00mol)とナトリウムボロハイドライド1.89g(0.05mol)を加えた。これを氷浴を用いて5℃まで冷却し、15重量%水酸化ナトリウム水溶液346.67g(1.30mol)を添加し、エタンチオールナトリウム塩水溶液を調製した。別途、攪拌機、温度計および冷却器を備え付けた1000mL容の四つ口フラスコに窒素雰囲気下で、2−ブロモプロパン135.29g(1.10mol)と50重量%テトラブチルアンモニウムブロマイド水溶液32.24g(0.05mol)を加えた。これを湯浴を用いて50℃まで昇温し、前記エタンチオールナトリウム塩水溶液の全量を一時間かけて滴下した。これを2時間保温した後、分液し、上層の有機層(エチルイソプロピルスルフィド)104.40gを取得した。得られたエチルイソプロピルスルフィドの収率は、エタンチオールに対して100%であり、ガスクロマトグラフィー分析による純度は99.6%であった。
【0037】
実施例2
実施例1において、2−ブロモプロパン135.29gに代えて、イソブチルブロマイド150.72g(1.10mol)を用いた以外は、実施例1と同様にしてエチルイソブチルスルフィド118.4gを取得した。得られたエチルイソブチルスルフィドの収率は、エタンチオールに対して100%であり、ガスクロマトグラフィー分析による純度は95.0%であった。
【0038】
実施例3
実施例1において、エタンチオール62.13gに代えて、プロパンチオール76.16(1.00mol)を用い、2-ブロモプロパン135.29gに代えて、イソブチルブロマイド150.72g(1.10mol)を用いた以外は、実施例1と同様にしてプロピルイソブチルスルフィド126.98gを取得した。得られたプロピルイソブチルスルフィドの収率は、プロパンチオールに対して96%であり、ガスクロマトグラフィー分析による純度は95.6%であった。
【0039】
実施例4
実施例1において、エタンチオール62.13gに代えて、2−プロパンチオール76.16g(1.00mol)を用い、2-ブロモプロパン135.29gに代えて、イソブチルブロマイド150.72g(1.10mol)を用いた以外は、実施例1と同様にしてイソプロピルイソブチルスルフィド124.33gを取得した。得られたイソプロピルイソブチルスルフィドの収率は、プロパンチオールに対して94%であり、ガスクロマトグラフィー分析による純度は90.6%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1);

(式中、Rは、炭素数が1〜3のアルキル基を示す。)で表されるアルキルチオールを、還元剤存在下、塩基を用いて、式(2);

(式中、Rは、式(1)と同じアルキル基を示し、Mは、アルカリ金属原子を示す。)で表されるアルキルチオール塩とし、これと式(3);

(式中、Rは、炭素数3〜5のアルキル基を示し、Xは、ハロゲン原子を示す。)で表されるアルキルハライドとを、相間移動触媒存在下、反応させて得られる式(4);

(式中、Rは、式(1)と同じアルキル基を示し、Rは式(2)と同じアルキル基を示す。)で表されるアルキルスルフィドの製造方法。
【請求項2】
前記還元剤が、ナトリウムボロハイドライドである請求項1記載のアルキルスルフィドの製造方法。
【請求項3】
前記相間移動触媒が、テトラ−n−ブチルアンモニウムブロマイドである請求項1または2に記載のアルキルスルフィドの製造方法。

【公開番号】特開2010−285378(P2010−285378A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140710(P2009−140710)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000195661)住友精化株式会社 (352)
【Fターム(参考)】