説明

アルキン誘導体の酵素的還元方法

本発明は、特定のレダクターゼの存在下における反応による、式(1)のアルキン誘導体〔式中、R1は、H、C1-C6-アルキル、C2-C6-アルケニル、又は置換されていてもよい炭素環若しくは複素環の芳香族若しくは非芳香族基であり、R2は、H、C1-C6-アルキル又はC2-C6-アルケニルである。〕の酵素的還元方法に関する。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルキン誘導体の酵素的還元方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ATPを必要としないアルキン誘導体の酵素的還元方法は、今日まで開示されていない。
【0003】
Takeshita, M.らの、Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic 5 (1998) 245-248には、S-9ラット肝臓画分及びパン酵母を用いたフェニルC4誘導体の不斉生体内変換についての実験が記載されている。これによれば、4-フェニル-3-ブチン-2-オンは、ラット肝臓画分により、対照と比較して有意には対応するブテン-2-オンに変換されない。全酵母細胞を用いた実験でも、少量(収率3%)のブテン-2-オンが得られるに過ぎなかった。その一方で、主成分として、対応するS-ブタン-2-オール(31%)、対応するブタン-2-オン(8%)及び対応するS-ブチン-2-オール(5%)が生成された。これらの実験が全酵母細胞を用いて行われたために、特定の酵素活性をこれらの生体内変換に対応づけることは不可能であった。更に、これらの実験は必ず例えばATPなどの細胞性補因子の存在下で行われた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Journal of Molecular Catalysis B: Enzymatic 5 (1998) 245-248
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ATPを必要としないアルキン誘導体の酵素的還元方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的は、レダクターゼOYE1、2及び3並びにそれらの機能的等価物を一般式(1)のアルキン誘導体の還元に用いることにより達成された。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】図1は、NADPH(左)又はNADH(右)、EDTA及びイソプロパノールの存在下、pH 6.8及び30℃にて1時間後の、OYE1〜3による20 mM 4-フェニル-3-ブチン-2-オンの生体内変換を示す図である。酵素は大腸菌TG10+において過剰発現させた。TG10+そのものは対照として使用した。
【図2】図2は、用いた酵素OYE1、2及び3のアミノ酸配列である。
【図3】図3は、pAgro4のプラスミドマップである。
【図4】図4は、pHSG575’のプラスミドマップである。
【図5】図5は、pDHE1658 OYE1のプラスミドマップである。
【図6】図6は、pDHE1658 OYE2のプラスミドマップである。
【図7】図7は、pDHE1658 OYE3のプラスミドマップである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は、一般式(1)のα,β-不飽和アルキノン誘導体から一般式(2)のアルケノン誘導体を酵素により製造する方法であって、
【化1】

[式中、
R1は、H、C1-C6-アルキル、C2-C6-アルケニル、又は置換されていてもよい炭素環式若しくは複素環式の芳香族環若しくは非芳香族環であり、
R2は、H、C1-C6-アルキル又はC2-C6-アルケニルである。]
式(1)の化合物を、
(i)配列番号1、2、3、5、7若しくは9の少なくとも1つのポリペプチド配列を含む、又は
(ii)配列番号1、2、3、5、7若しくは9と少なくとも80%の配列同一性を有する機能的に等価なポリペプチド配列を有する
レダクターゼの存在下で還元することによる方法に関する。
【0009】
本発明は、好ましくは特にE配置の式(2)の化合物:
【化2】

[式中、R1及びR2は、上記の意味を有する。]
を提供する。式(2)の化合物は、特に50%を超えて、特に60、70又は80%を超えて、好ましくは90%を超えて、例えば95〜99%、特に約100%がE配置の形態で存在する。
【0010】
本発明の方法は、原則として、精製酵素若しくは濃縮酵素そのもの、及びこの酵素を天然に若しくは組換え技術により発現している微生物、これらに由来する細胞ホモジネート、又は微生物が酵素を周囲に分泌している場合には培養上清を用いて行うことができる。しかしながら、特に、本発明においては、「酵素反応」には、実質的にATPが存在しない環境における反応、すなわち好ましくは、特にATPなどのいずれの低分子量の細胞構成成分も含有しない好適なタンパク質画分、又は純粋な酵素若しくは濃縮酵素などの無細胞酵素調製物を用いた反応が含まれる。
【0011】
別段の記載がない限り、以下を意味する:
- C1-C6-アルキル、特にメチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル又はヘキシル、及び1回以上分岐している対応する類似体、例えばi-プロピル、i-ブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、i-ペンチル又はネオペンチル、特に好ましくは上記のC1-C4-アルキル基;
- C2-C6-アルケニル、特に2〜6個の炭素原子を有する上記のアルキル基の一価不飽和類似体、特に好ましくは対応するC2-C4-アルケニル基。
【0012】
- 炭素環式及び複素環式の芳香族環若しくは非芳香族環、特に3〜12個の炭素原子及び場合によりN、S及びO、特にN若しくはOなどの1〜4個のヘテロ原子を有する、場合により縮合している環。例としては、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、それらの一価若しくは多価不飽和類似体、例えばシクロブテニル、シクロペンテニル、シクロヘキセニル、シクロヘプテニル、シクロヘキサジエニル、シクロヘプタジエニル;フェニル及びナフチル;並びにO、N及びSから選択される1〜4個のヘテロ原子を有する5〜7員の飽和若しくは不飽和複素環式基(該複素環は場合により更なる複素環若しくは炭素環に縮合していてもよい)が挙げられる。特に、ピロリジン、テトラヒドロフラン、ピペリジン、モルホリン、ピロール、フラン、チオフェン、ピラゾール、イミダゾール、オキサゾール、チアゾール、ピリジン、ピラン、ピリミジン、ピリダジン、ピラジン、クマロン、インドール及びキノリンから誘導された複素環式基が挙げられる。環式基、そして上記のアルキル及びアルケニル基も、1回以上、例えば1、2若しくは3回場合により置換されていてもよい。好適な置換基の例としては以下のものが挙げられる:ハロゲン、特にF、Cl、Br;-OH、-SH、-NO2、-NH3、-SO3H、C1-C4-アルキル及びC2-C4-アルケニル、C1-C4-アルコキシ;並びにヒドロキシ-C1-C4-アルキル(該アルキル及びアルケニル基は上に定義した通りであり、該アルコキシ基は上に定義した対応するアルキル基から誘導される)。
【0013】
本発明の方法は、特に、R1が分岐及び非分岐の形態のC1-C4-アルキル、分岐及び非分岐の形態のC2-C6-アルケニル又は置換されていてもよいフェニルである一般式(1)のアルキンを用いて行うことができる。
【0014】
本発明の方法に特に好適な基質は、R1が置換されていてもよいフェニルであり、R2がCH3である一般式(1)のアルキンである。
【0015】
本発明に従って使用するレダクターゼは、場合により、カルボニル官能基に対してα、β位の三重結合だけではなく、カルボニル官能基そのものも還元し、これにより対応するアルコールを生成する。同様に、アルケンを更に部分的に還元して対応するアルカンにすることも可能である。
【0016】
本発明の方法に好適なレダクターゼは、NAD(P)H依存的に、好ましくはATPに依存しない反応において、4-フェニル-3-ブチン-2-オンをE-4-フェニル-3-ブテン-2-オンに還元することができるすべての酵素である。以下では、この反応をモデル反応とも呼ぶ。
【化3】

【0017】
更に、本発明の方法に好適なレダクターゼ(場合によりエノエートレダクターゼとも呼ぶ)は、配列番号1、2、3、5、7若しくは9に示されるポリペプチド配列を有するか、又は配列番号1、2、3、5、7若しくは9と少なくとも80%、例えば少なくとも90%、又は少なくとも95%、特に少なくとも97%、98%若しくは99%の配列同一性を有するポリペプチド配列を有する。
【0018】
配列番号1を有するポリペプチドは、サッカロミセス・カールスベルゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)由来のOYE1(Genbank Q02899)の名前で公知である。
【0019】
配列番号2を有するポリペプチドは、パン酵母由来のOYE2遺伝子(サッカロミセス・セレビシエ遺伝子座YHR179W)(Genbank Q03558)によりコードされる。
【0020】
配列番号3を有するポリペプチドは、パン酵母由来のOYE3遺伝子(サッカロミセス・セレビシエ遺伝子座YPL171C)(Genbank P 41816)によりコードされる。
【0021】
配列番号5、7及び9に示す配列は、配列番号1、2及び3に対応し、付加的なN末端メチオニン残基においてのみこれらと異なる。
【0022】
本明細書に記載した目的のためには、配列同一性は、ウィスコンシン大学のジェネティクス・コンピュータ・グループ(Genetics Computer Group (GCG))の「GAP」コンピュータプログラムによって決定すべきであり、GCGが推奨する標準的パラメーターを用いて、Version 10.3を利用するものである。
【0023】
このようなレダクターゼは、配列番号1、2、3、5、7若しくは9から出発して、当業者に公知の特異的若しくはランダム突然変異誘発法によって得ることができる。しかしながら、別法として、上記のモデル反応を触媒し、そのアミノ酸配列が配列番号1、2、3、5、7若しくは9に対して必要な配列同一性を既に有するか、又は突然変異誘発法により得られるレダクターゼを、微生物、好ましくは以下の属の微生物において探索することも可能である:アリシュワネラ(Alishewanella)、アルテロコッカス(Alterococcus)、アクアモナス(Aquamonas)、アラニコラ(Aranicola)、アーセノフォナス(Arsenophonus)、アゾチビルガ(Azotivirga)、ブレネリア(Brenneria)、ブフネラ(Buchnera)(アブラムシ P-細胞内共生細菌(aphid P-endosymbionts))、ブドビシア(Budvicia)、ブッチオキセラ(Buttiauxella)、カンジダツス・フロモバクター(Candidatus Phlomobacter)、セデセア(Cedecea)、シトロバクター(Citrobacter)、ディケヤ(Dickeya)、エドワードシエラ(Edwardsiella)、エンテロバクター(Enterobacter)、エルウィニア(Erwinia)、エシェリキア(Escherichia)、エウィンゲラ(Ewingella)、グリモンテラ(Grimontella)、ハフニア(Hafnia)、クレブシエラ(Klebsiella)、クルイベラ(Kluyvera)、レクレルシア(Leclercia)、レミノレラ(Leminorella)、モエレレラ(Moellerella)、モルガネラ(Morganella)、オベスムバクテリウム(Obesumbacterium)、パントエア(Pantoea)、ペクトバクテリウム(Pectobacterium)、フォトルハブダス(Photorhabdus)、プレシオモナス(Plesiomonas)、プラギア(Pragia)、プロテウス(Proteus)、プロビデンシア(Providencia)、ラーネラ(Rahnella)、ラオウルテラ(Raoultella)、サルモネラ(Salmonella)、サムソニア(Samsonia)、セラチア(Serratia)、シゲラ(Shigella)、ソダリス(Sodalis)、タツメラ(Tatumella)、トラブルシエラ(Trabulsiella)、ウィグルスウォルチア(Wigglesworthia)、キセノルハブダス(Xenorhabdus)、エルシニア(Yersinia)又はヨケネラ(Yokenella)。
【0024】
レダクターゼは、精製された、若しくは部分的に精製された形態で、又は微生物そのものの形態で使用することができる。微生物からデヒドロゲナーゼを回収し、精製する方法は、当業者に周知である。
【0025】
レダクターゼを用いたエナンチオ選択的還元は、好ましくは好適な補因子(補基質ともいう)の存在下で行う。ケトンの還元に通常用いられる補因子はNADH及び/又はNADPHである。更に、補因子をもともと含む細胞系としてレダクターゼを使用することや、別のレドックスメディエータを添加することも可能である(A. Schmidt, F. Hollmann and B. Buehler “Oxidation of Alcohols” K. Drauz and H. Waldmann, Enzyme Catalysis in Organic Synthesis 2002, Vol. III, 991-1032, Wiley-VCH, Weinheim)。
【0026】
更に、レダクターゼを用いたエナンチオ選択的還元は、還元中に酸化された補因子を再生する好適な還元剤の存在下で行うことが好ましい。好適な還元剤の例は、糖類、特にグルコース、マンノース、フルクトースなどのヘキソース類、及び/又は易酸化性のアルコール類、特にエタノール、プロパノール若しくはイソプロパノール、及びギ酸(ホルメート)、亜リン酸塩又は分子状水素である。還元剤を酸化するために、またこれと関連して補酵素を再生するために、第二のデヒドロゲナーゼを添加してもよく、例えば、用いる還元剤がグルコースの場合にはグルコースデヒドロゲナーゼを添加し、用いる還元剤がギ酸の場合にはギ酸デヒドロゲナーゼを添加する。この第二のデヒドロゲナーゼは、遊離酵素若しくは固定化酵素として、又は遊離の細胞若しくは固定化された細胞の形態で使用することができる。その調製は別々に行ってもよいし、(組換え)レダクターゼ菌株における共発現によって行ってもよい。
【0027】
本発明の方法の好ましい実施形態は、第二のデヒドロゲナーゼ、特に好ましくはグルコースデヒドロゲナーゼを用いる酵素系によって補因子を再生するものである。
【0028】
例えば金属塩又はキレート剤(例えばEDTA)などの還元を促進する追加の添加剤を添加することも更に好都合であり得る。
【0029】
本発明に従って使用するレダクターゼは、遊離形態若しくは固定形態で使用することができる。固定化酵素とは、不活性支持体に固定化された酵素を意味する。好適な支持体材料及びそれに固定化される酵素は、EP-A-1149849、EP-A-1 069 183及びDE-A 10019377、並びにこれらに引用された参考文献中に開示されている。この事項については、これらの刊行物の開示の全体を参照により本明細書に組み入れる。好適な支持体材料の例には、クレー、クレー鉱物、例えばカオリナイト、珪藻土、パーライト、二酸化珪素、酸化アルミニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム、セルロース粉末、陰イオン交換体、合成ポリマー、例えばポリスチレン、アクリル樹脂、フェノール−ホルムアルデヒド樹脂、ポリウレタン類、並びにポリオレフィン類、例えばポリエチレン及びポリプロピレンが含まれる。支持体材料は、通常、支持体に固定化された酵素を調製するのに適した微細な粒子状の形態で使用され、多孔質の形態が好ましい。支持体材料の粒子サイズは通常5 mm以下、特に2 mm以下(ふるい目の等級)である。同様に、全細胞触媒としてデヒドロゲナーゼを用いる場合に、遊離形態若しくは固定形態を選択することができる。支持体材料の例は、アルギン酸カルシウム及びカラギーナンである。酵素のみならず細胞もグルタルアルデヒド(架橋してCLEAを与える)により直接結合させることができる。対応する他の固定化方法は、例えばJ. Lalonde and A. Margolin “Immobilization of Enzymes” K. Drauz and H. Waldmann, Enzyme Catalysis in Organic Synthesis 2002, Vol. III, 991-1032, Wiley-VCH, Weinheimに記載されている。
【0030】
反応は、水性若しくは非水性の反応媒体中、又は2相系若しくは(マイクロ)エマルジョン中で行うことができる。水性の反応媒体は、通常pH 4〜8、好ましくはpH 5〜8を有する緩衝溶液が好ましい。水性溶媒としては、水のほかに、少なくとも1種のアルコール、例えばエタノール若しくはイソプロパノール、又はジメチルスルホキシドがさらに挙げられる。
【0031】
非水性の反応媒体とは、液体の反応媒体の全量に対して1重量%未満、好ましくは0.5重量%未満の水を含有する反応媒体を意味する。反応は、特に有機溶媒中で行うことができる。
【0032】
好適な有機溶媒の例としては、以下のものが挙げられる:脂肪族炭化水素、好ましくは5〜8個の炭素原子を有するもの、例えばペンタン、シクロペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン若しくはシクロオクタン;ハロゲン化脂肪族炭化水素、好ましくは1若しくは2個の炭素原子を有するもの、例えばジクロロメタン、クロロホルム、テトラクロロメタン、ジクロロエタン若しくはテトラクロロエタン;芳香族炭化水素、例えばベンゼン、トルエン、キシレン類、クロロベンゼン若しくはジクロロベンゼン;脂肪族非環状及び環状エーテル若しくはアルコール類、好ましくは4〜8個の炭素原子を有するもの、例えばエタノール、イソプロパノール、ジエチルエーテル、メチルtert-ブチルエーテル、エチルtert-ブチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン;又はエステル類、例えば酢酸エチル若しくは酢酸n‐ブチル;又はケトン類、例えばメチルイソブチルケトン若しくはジオキサン;あるいはこれらの混合物。上記のエーテル、特にテトラヒドロフランが特に好ましく使用される。
【0033】
レダクターゼを用いた還元は、例えば、例として任意の混合比(例えば1:99〜99:1又は10:90〜90:10)の水/イソプロパノールなどの水性有機反応媒体、又は水性反応媒体中で行うことができる。
【0034】
基質(1)は、酵素的還元において、好ましくは0.1 g/l〜500 g/l、特に好ましくは1 g/l〜50 g/lの濃度で用い、連続的に又は不連続的に供給することができる。
【0035】
酵素的還元は、通常、用いるレダクターゼの失活温度より低く、-10℃より高い反応温度で行う。この温度は、とりわけ、好ましくは0〜100℃、特に15〜60℃、具体的には20〜40℃の範囲、例えば約30℃である。
【0036】
可能な手順は、例えば、基質(1)を、レダクターゼ、溶媒、そして適切な場合には補酵素、適切な場合には補酵素を再生するための第二のデヒドロゲナーゼ及び/又は更なる還元剤と、例えば撹拌又は振とうにより完全に混合することである。しかしながら、レダクターゼを反応器内、例えばカラム内に固定化し、基質と適切な場合には補酵素及び/又は補基質とを含む混合物を該反応器に通すことも可能である。この目的で、所望の変換が達成されるまで混合物を反応器に通して循環させることができる。
【0037】
この場合、カルボニル官能基のα、β位の三重結合は二重結合に還元され、場合によりカルボニル官能基そのものもアルコール官能基に還元される。還元は、通常、混合物中に存在する基質に基づいて少なくとも70%、特に好ましくは少なくとも85%、特に少なくとも95%の変換率になるまで行う。さらに、反応の進行、すなわち二重結合の連続的還元は、ガスクロマトグラフィー又は高圧液体クロマトグラフィーなどの慣用方法によってモニターすることができる。
【0038】
本発明において、明細書に具体的に開示した酵素の「機能的等価物」又は類似体は、開示した酵素とは異なり、なおかつ、例えば基質特異性などの所望の生物学的活性を保持するポリペプチドである。従って、「機能的等価物」は、例えば、モデル反応を触媒し、配列番号1、2若しくは3として挙げたアミノ酸配列の1つを含む酵素の活性の少なくとも20%、好ましくは50%、特に好ましくは75%、非常に特に好ましくは90%を有する酵素を意味する。更に、機能的等価物は好ましくはpH 4〜10において安定であり、有利にはpH 5〜8の範囲に至適pHを、20℃〜80℃の範囲に至適温度を有する。
【0039】
本発明において、「機能的等価物」とは、特に、上記のアミノ酸配列の少なくとも1つの配列位置に具体的に挙げたもの以外のアミノ酸を有するが、それでもなお上記の生物学的活性の1つを保持する変異体をも意味する。従って「機能的等価物」は、1個又は複数のアミノ酸の付加、置換、欠失及び/又は逆位(inversion)によって得ることができる変異体を包含する。これらの改変は、本発明の性質プロフィールを有する変異体が生じるものである限り、いずれの配列位置において起こっていてもよい。機能的等価物は、特に変異型と未改変型のポリペプチド間の反応性パターンが質的に一致する場合(すなわち、例えば同じ基質が異なる速度で変換される場合)にも存在する。
【0040】
好適なアミノ酸置換の例は以下の表に見出すことができる。
【表1】

【0041】
上記の意味における「機能的等価物」は、記載されたポリペプチドの「前駆体」及び「機能的誘導体」でもある。
【0042】
これに関連して、「前駆体」は、所望の生物学的活性を有するか、若しくは有していない、ポリペプチドの天然若しくは合成の前駆体である。
【0043】
本発明のポリペプチドの「機能的誘導体」は同様に、公知の技術を用いて、機能的アミノ酸側鎖において、又はそのN末端若しくはC末端に対して調製することができる。このような誘導体には、例えば次のものが含まれる:カルボン酸基の脂肪族エステル;カルボン酸基のアミド(該アミドはアンモニア又は一級若しくは二級アミンと反応させて得られる);遊離アミノ基のN-アシル誘導体(該誘導体はアシル基と反応させて調製される);あるいは遊離ヒドロキシル基のO-アシル誘導体(該誘導体はアシル基と反応させて調製される)。
【0044】
タンパク質のグリコシル化が起こりうる場合、本発明の「機能的等価物」には、脱グリコシル化又はグリコシル化形態の上記タイプのタンパク質、更にまた、グリコシル化パターンを変えることによって得られる改変形態の上記タイプのタンパク質が含まれる。
【0045】
「機能的等価物」は、他の生物から得られるポリペプチド及び天然に存在する変異体も含む。例えば、配列比較によって相同配列領域の範囲を確定することができ、本発明の具体的指針に基づいて等価の酵素を決定することができる。
【0046】
「機能的等価物」には、同様に、本発明のポリペプチドの断片、好ましくは個々のドメイン又は配列モチーフであって、例えば所望の生物学的機能を有するものが含まれる。
【0047】
「機能的等価物」は、更に、上記のポリペプチド配列又はそれらに由来する機能的等価物のいずれかと、N末端又はC末端に機能的に(すなわち、融合タンパク質部分の相互の機能を実質的に損なうことなしに)連結された、前記配列とは機能的に異なる少なくとも1つの更なる異種配列とを含む融合タンパク質である。このような異種配列の非制限的な例は、例えばシグナルペプチド又は酵素である。
【0048】
本発明のタンパク質の相同体は、例えばトランケーション変異体などの変異体のコンビナトリアルライブラリーをスクリーニングすることによって同定することができる。例えば、タンパク質変異体の変化のあるライブラリーは、核酸レベルでのコンビナトリアル変異誘発により、例えば合成オリゴヌクレオチドの混合物を酵素でライゲートすることにより作製することができる。縮重オリゴヌクレオチド配列から潜在的相同体のライブラリーを作製するために用いることができる多くの方法がある。縮重遺伝子配列は、自動DNA合成装置で化学的に合成することができ、次いでその合成遺伝子を好適な発現ベクター中にライゲートすることができる。遺伝子の縮重セットを使用すると、潜在的なタンパク質配列の所望のセットをコードする全ての配列を単一の混合物として調製することが可能となる。縮重オリゴヌクレオチドを合成するための方法は当業者には公知である(例えばNarang, S.A. (1983) Tetrahedron 39:3; Itakura et al. (1984) Annu. Rev. Biochem. 53:323; Itakura et al., (1984) Science 198:1056; Ike et al. (1983) Nucleic Acids Res. 11:477)。
【0049】
点突然変異又はトランケーションによって作製されたコンビナトリアルライブラリーの遺伝子産物をスクリーニングするための技法、及び所定の性質を有する遺伝子産物についてcDNAライブラリーをスクリーニングするための技法は、いくつかが当分野において公知である。これらの技法は、本発明の相同体のコンビナトリアル変異誘発によって作製された遺伝子ライブラリーを速やかにスクリーニングするために適合させることができる。ハイスループット解析の対象となる大きな遺伝子ライブラリーをスクリーニングするために最も汎用される技法は、遺伝子ライブラリーを複製可能な発現ベクターにクローニングし、得られたベクターライブラリーにより好適な細胞を形質転換し、そして所望の活性の検出によってその検出される産物の遺伝子をコードするベクターの単離が可能となる条件下でコンビナトリアル遺伝子を発現させることを含む。相同体を同定するために、ライブラリー中の機能的変異体の頻度を高める技術である再帰的アンサンブル変異誘発(recursive ensemble mutagenesis:REM)をスクリーニング試験と組み合わせて使用することができる(Arkin and Yourvan (1992) PNAS 89:7811-7815; Delgrave et al. (1993) Protein Engineering 6(3):327-331)。
【0050】
本発明は、更に、本発明のレダクターゼ活性を有する酵素をコードする核酸配列(例えばcDNA及びmRNAなどの一本鎖及び二本鎖DNA及びRNA配列)に関する。例えば配列番号1、2若しくは3に示されるアミノ酸配列又はその特徴的な部分配列をコードする核酸配列が好ましい。
【0051】
本明細書に記載した核酸配列の全ては、ヌクレオチド構成単位からの化学的合成によって、例えば二重らせんの個々の重複する相補的核酸構成単位の断片縮合により、それ自体公知の方法で調製することができる。オリゴヌクレオチドは、例えばホスホロアミダイト法を用いて公知の方法で化学的に合成することができる(Voet, Voet, 2nd edition, Wiley Press New York, pages 896-897)。DNAポリメラーゼのクレノウ断片とライゲーション反応を用いた合成オリゴヌクレオチドの付加及びギャップの充填、そしてまた一般的なクローニング方法は、Sambrook et al. (1989), Molecular Cloning: A laboratory manual, Cold Spring Harbor Laboratory Pressに記載されている。
【0052】
本発明の酵素的還元方法を行うためのさらなる実施形態:
本発明に従って使用するレダクターゼは、本発明の方法において、遊離酵素若しくは固定化酵素として使用することができる。
【0053】
本発明の方法におけるpHは、有利には、pH 4〜12、好ましくはpH 4.5〜9、特に好ましくはpH 5〜8に維持される。
【0054】
本発明の方法に、レダクターゼをコードする核酸、核酸構築物又はベクターを含む増殖細胞を使用することが可能である。静止又は破砕細胞を使用することも可能である。破砕細胞とは、例として、例えば溶媒での処理によって透過性にされている細胞、或いは酵素での処理、機械的処理(例えばフレンチプレス若しくは超音波処理)又は別の方法によって破壊された細胞を意味する。このように得られた粗抽出物は、有利には、本発明の方法に好適である。精製又は部分精製された酵素を本方法に使用することも可能である。固定された微生物又は酵素も同様に好適であり、本反応において有利に使用することができる。
【0055】
本発明の方法は、バッチ式、半バッチ式又は連続的に行うことができる。
【0056】
本方法は、有利には、例えばbiotechnology, Vol. 3, 2nd edition, Rehm et al.編(1993)、特にchapter IIに記載されるバイオリアクター中で行ってもよい。
【0057】
以下の実施例は、本発明を説明するためのものであり、本発明を制限することを意図するものではない。これに関連させて、添付の図面を参照する。
【実施例1】
【0058】
レダクターゼを発現している大腸菌TG10+形質転換体及び対応する形質転換構築物の調製
別段の記載がない限り、例えば制限酵素切断、アガロースゲル電気泳動、DNA断片の精製、ニトロセルロース及びナイロン膜への核酸の転写、DNA断片の結合、微生物の形質転換、微生物の培養、ファージの複製、並びに組換えDNAの配列分析などの本発明において行うクローニング工程は、Sambrook et al. (1989)前掲に記載されているように行うことができる。
【0059】
組換え大腸菌TG10+株(OYE)を以下のように構築した:
大腸菌TG10は大腸菌TG1(Stratagene)から得られる。TG10はテトラサイクリン耐性でラムノース要求性の菌株である。TG10+は、以下のプラスミドを導入することによりTG10から得られる:
a)pAgro4(シャペロン + ストレプトマイシン耐性)(図3参照)及び
b)pHSG575(シャペロン + クロラムフェニコール耐性)(図4参照)。
【0060】
pAgro4は、pZベクターと大腸菌由来のgroELSシャペロニン遺伝子の誘導体である。同様に、PZはpACYCプラスミドの誘導体である。pAgro4は、例えばNucleic Acids Res., 1997, 25, 1203, Mol. Microbiol., 2001, 40, 397に記載されている。
【0061】
pHSG575は、pSC101と大腸菌由来のlacIqリプレッサー遺伝子の誘導体であり、例えばGene, 1987, 61, 63, Mol. Microbiol., 2001, 40, 397に記載されている。
【0062】
TG10+(OYE)は、さらなるプラスミドpDHE1650(遅延型ラムノースプロモーター + アンピシリン耐性 + 1つのoye遺伝子)を導入することによりTG10+から得た。
【0063】
pDHE1650は、「旧黄色酵素」遺伝子がpJOE2702のNdeIとPstI又はHindIII切断部位の間にクローニングされたpJOE2702の誘導体である。同様に、pJOE2702は、大腸菌JM109からのrhaB配列を増幅し、pBR322誘導体pBTAC1のSphI又はEcoRI切断部位にクローニングすることにより調製した。pET11aのリボソーム結合部位及びNdeI切断部位を合成オリゴヌクレオチドを用いて得、pBTAC1のBamHI/EcoRI切断部位の間に配置した。プラスミドは、例えばMethods Enzymol., 1992, 216, 457, Mol. Microbiol., 1996, 21,1037に記載されている。
【0064】
上記に引用した文献を参照により本明細書に組み入れる。
【0065】
以下の旧黄色酵素(oye)遺伝子をクローニングした:
a)oye 1:サッカロミセス・カールスベルゲンシス(Genbank Q02899)
b)oye 2:サッカロミセス・セレビシエ(Genbank Q03558)
c)oye 3:サッカロミセス・セレビシエ(Genbank P41816)。
【0066】
これらから以下のプラスミドを得た:
pDHE1650 OYE1(図5参照)
pDHE1650 OYE2(図6参照)
pDHE1650 OYE3(図7参照)。
【実施例2】
【0067】
生体内変換実験
a)酵素の調製
組換え菌株を、100 μg/ml アンピシリン、100 μg/ml ストレプトマイシン及び20 μg/ml クロラムフェニコールを含むLuriaブロス培地(10 g/l トリプトン、10 g/l NaCl及び5 g/l 酵母エキス)で培養した。両シャペロンには0.1 mM IPTG、及びOYEには0.5 g/l L-ラムノースを用いてタンパク質の過剰発現を誘導した。培養物を120 rpm、37℃で22時間振とうした。回収した細胞を-20℃で保存した。
【0068】
b)生体内変換
生体内変換は、1 mlの反応容積で、磁気撹拌しながら30℃で1時間かけて行った。反応混合物中の初期濃度は以下のようであった:10 gの乾燥バイオマス/l、10% イソプロパノール[容積/容積]、20 mM 4-フェニル-3-ブチン-2-オン、5 mM EDTA、2 mM NADP+、1 U/mlテルモプラズマ・アシドフィルム(Thermoplasma acidophilum)由来のグルコースデヒドロゲナーゼ、50 mM D-グルコース、50 mM MES緩衝液(KOHを用いてpH 6.8に調整した)。NADHによる生体内変換のために、NADPH再生系(NADP+、グルコースデヒドロゲナーゼ及びグルコース)の代わりに15 mM NADHを用いた。
【0069】
c)実験評価
反応混合物をクロロホルムで抽出し、抽出物を、Supelco BPX5キャピラリーカラム(25 m×0.32 mm(内径)、0.5 μm(固定相の膜厚))及びFID検出器(FID detection)を備えたVarian Star 3400 GCを用いて、キャピラリーガスクロマトグラフィー(GC)により検出した。生成物の内容を、標準サンプルとの共溶出及びGC/MSデータにより確認した。GC/MSは、Hewlett-Packard 5972 TID質量分析計に接続したHewlett-Packard 5890、series II、ガスクロマトグラフにおいて、Restek RTX-5MSキャピラリーカラム(30 m×0.25 mm(内径)、0.25 μm(固定相の膜厚))を用いて行った。クロマトグラム及びm/z比を、Agilent TechnologiesからのMSD ChemStationソフトウェアを用いて分析した。更に、データベースをWiley6ライブラリーを用いてフラグメンテーションパターンでスクリーニングし、未知化合物を同定した。Bruker 300 MHz GYRO NMRを用いて、得られた4-フェニル-3-ブテン-2-オン生成物のシス及びトランス配置を決定した。1D-WINNMRソフトウェアをデータの分析に用い、得られたスペクトルを99%の純度を有するトランス-4-フェニル-3-ブテン-2-オン標準と比較した。
【0070】
初期生成率(initial productivity)(mM/h)により表した、得られた実験結果を添付の図1にまとめる。極めて特異的なE-4-フェニル-3-ブテン-2-オンの生成が観察された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)のα,β-不飽和アルキノン誘導体から一般式(2)のアルケノン誘導体を酵素により製造する方法であって、
【化1】

〔式中、
R1は、H、C1-C6-アルキル、C2-C6-アルケニル、又は置換されていてもよい炭素環式若しくは複素環式の芳香族環若しくは非芳香族環であり、
R2は、H、C1-C6-アルキル又はC2-C6-アルケニルである。〕
式(1)の化合物を、
(i)配列番号1、2、3、5、7若しくは9の少なくとも1つのポリペプチド配列を含む、又は
(ii)配列番号1、2、3、5、7若しくは9と少なくとも80%の配列同一性を有する機能的に等価なポリペプチド配列を有する
レダクターゼの存在下で還元することによる方法。
【請求項2】
還元が、ATPに依存しないでNADPH又はNADHを補因子として用いて行われる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
使用する補因子が酵素により再生される、請求項2記載の方法。
【請求項4】
補因子がグルコースデヒドロゲナーゼにより再生される、請求項3記載の方法。
【請求項5】
還元を、水性、水性-アルコール性、又はアルコール性の反応媒体中で行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
レダクターゼが固定形態である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
酵素が、サッカロミセス・カールスベルゲンシス(Genbank Q02899)、サッカロミセス・セレビシエ(Genbank Q03558)及びサッカロミセス・セレビシエ(Genbank P41816)由来のレダクターゼから選択される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
R1が置換されていてもよいアリールであり、R2がC1-C6-アルキルである式(1)の化合物を反応させる、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
式(2)の化合物のE異性体が生じる、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
反応を0〜45℃の範囲の温度及び/又はpH6〜8の範囲のpHで行う、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
活性成分の化学合成又は酵素合成のための中間体としての請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法により製造される式(2)の化合物の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2010−501199(P2010−501199A)
【公表日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−526110(P2009−526110)
【出願日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際出願番号】PCT/EP2007/059071
【国際公開番号】WO2008/025831
【国際公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】