説明

アルデヒド除去液

【課題】空気中のアルデヒドの除去効果が高く、その効果が長時間持続するとともに、貯蔵安定性に優れたアルデヒド除去液を提供する。
【解決手段】本発明は、システイン類を含有し、かつ、pH調整剤によりpHを7〜12に調整してなるアルデヒド除去液を提供する。また、前記pH調整剤が、好ましくはリン酸類であるアルデヒド除去液を提供する。本発明によって、空気中に存在するアセトアルデヒドやホルムアルデヒド等のアルデヒドを、不可逆的に吸着し除去することができる

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気中に存在するアセトアルデヒドやホルムアルデヒド等のアルデヒドを、不可逆的に吸着し除去することができるアルデヒド除去液に関する。
【背景技術】
【0002】
アセトアルデヒドやホルムアルデヒド等のアルデヒドは、住環境において常在する物質である。例えば、アルデヒドは、接着剤や防腐剤等に含まれ、これらを使用した建材や家具から恒常的に発生するほか、喫煙や調理等の生活活動においても発生することが知られている。ちなみに、アルデヒドの室内濃度は、2005年度においてアセトアルデヒドで0.017ppm、ホルムアルデヒドで0.025ppmであると報告されている。
【0003】
しかし、アセトアルデヒドやホルムアルデヒドは、シックハウス症候群の主な原因物質であり、また、発癌性が疑われているため、人が日常的に、これらのアルデヒドに曝されると、健康を害するリスクがある。そのため、厚生労働省は、室内濃度指針値として、アセトアルデヒドは0.03ppm、ホルムアルデヒドは0.08ppmと規定している。また、悪臭防止法施行令において、6種類のアルデヒドが特定悪臭物質として指定されている。
したがって、前記の健康リスクを回避するために、室内等の閉空間に存在するアルデヒドを除去する手段が求められている。
【0004】
そこで、以前から、空気中のアルデヒドを除去する手段が、種々提案されている。
例えば、特許文献1には、アルデヒド類を吸着する主吸着部材と、アルデヒド類の吸着に伴い変色するインジケータとで構成された、アルデヒド類除去部材が提案されている。また、特許文献2では、集塵フィルタ部材と、有害物質除去部材と、これらを保持する保持要素とを具備した、室内有害物質除去装置が提案されている。更に、特許文献3には、分散液、懸濁液等の液中の遊離アルデヒドを減少させるための方法が提案されている。そして、いずれの提案においても、アルデヒドの浄化・吸着物質として、システイン等のアミノ酸が用いられている。
また、非特許文献1には、L−システインの水溶液を用いた空気中のアセトアルデヒドの除去方法が開示されている。該文献において、下記反応式に示すように、L−システインは、アセトアルデヒドと反応して、安定な化合物であるチアゾリジンを生成すること、また、L−システインに含まれるチオール基は、アセトアルデヒドの除去に重要であることが示唆されている。
【0005】
【化1】

しかしながら、一方で、システインは空気中で不安定なことが知られている。すなわち、
(1)システインのチオール基は、下記反応式に示すように、空気中で比較的容易に酸化されて、ジスルフィド(R−S−S−R)を形成し、システインの2量体であるシスチンが生成すること、
【0006】
【化2】

(2)該酸化反応により形成されたジスルフィドは、もはやアルデヒドと結合せず、アセトアルデヒドの除去に寄与しないこと
が知られている。
【0007】
したがって、前記の先行技術文献において提案・開示された手段では、システインのチオール基が空気中の酸素、NOx、Oなどにより酸化されて消費されるため、アルデヒドの除去効果は、比較的早期に低下するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−49297号公報
【特許文献2】特開2005−121294号公報
【特許文献3】特開2002−309231号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】山下 喬子、外1名、“化学反応を用いた室内空気からのアセトアルデヒド除去”、[online]、東京大学、[平成22年11月16日検索]、インターネット<URL:http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/25650/1/K-01744-a.pdf >
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、空気中のアルデヒドの除去効果が高く、その効果が長時間持続するとともに、貯蔵安定性に優れたアルデヒド除去液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、アルデヒドの除去効果とシステインの安定性を高める方法を、鋭意探究した結果、pH調整剤を用いて特定のpHの範囲に調整した、システイン類を含有する液は、該除去効果と該安定性が高いことを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の[1]および[2]を提供する。
[1]システイン類を含有し、かつ、pH調整剤によりpHを7〜12に調整してなるアルデヒド除去液。
[2]前記pH調整剤が、リン酸類である前記[1]に記載のアルデヒド除去液。
【発明の効果】
【0013】
本発明のアルデヒド除去液は、空気中のアルデヒドの除去効果が高く、その効果が長時間持続するとともに、貯蔵安定性に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】pHを2〜12に調整した除去液による、アセトアルデヒド除去率の経時変化を示す図である。
【図2】リン酸塩を含む除去液を用いた、アセトアルデヒド除去率の経時変化を示す図である。
【図3】除去液のpHと、該液からの硫化水素の発生量との関係を示す図である。
【図4】空気中のアセトアルデヒドの除去試験に用いた装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、上述したとおり、システイン類を含有し、かつ、pH調整剤によりpHを7〜12に調整してなるアルデヒド除去液である。
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0016】
[本発明の除去液が対象とするアルデヒド]
該アルデヒドは、空気中に存在するアルデヒドであって、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ノルマルブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、ノルマルバレルアルデヒド、イソバレルアルデヒド等が挙げられる。
[システイン類]
本発明の除去液に用いるシステイン類は、L−システイン、D−システイン、D,L−システインおよびこれらの塩、並びに、これらのシステインに含まれているカルボキシル基のエステルおよびカルボキシル基のアミド等のシステイン誘導体等から選ばれる1種または2種以上が挙げられる。これらの中で、L−システインは、安価で入手が容易なため好ましい。
【0017】
[pH調整剤]
pH調整剤は、塩酸、硫酸、炭酸およびリン酸等の無機酸、酢酸、クエン酸および酒石酸等の有機酸、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよび水酸化カルシウム等の水酸化物、アンモニア、並びに、これらの塩であってその水溶液が酸性またはアルカリ性を示す塩(該塩の中でも、好ましくは、酸性塩および塩基性塩)等から選ばれる1種または2種以上が挙げられる。
これらpH調整剤の中でも、リン酸類は、チオールの酸化を促進する鉄等の、溶存重金属と難溶塩を形成して、重金属を不溶化できるため、より好ましい。リン酸類とは、リン酸、亜リン酸、次亜リン酸、ピロリン酸、ポリリン酸、および、これらの塩であってその水溶液が酸性またはアルカリ性を示す塩をいう。さらに、これらの中でも、リン酸や、リン酸の塩であってその水溶液が酸性またはアルカリ性を示すリン酸塩は、pHが調整しやすく入手が容易なため、また、次亜リン酸、亜リン酸や、これらの塩であってその水溶液が酸性またはアルカリ性を示す塩は、その還元性によりチオールの酸化を防止するため、更に好ましい。
【0018】
前記pH調整剤により調整したシステイン類の水溶液のpHは、通常、7〜12であり、7〜10が好ましく、7〜8が更に好ましい。該pHが7〜12を外れた範囲では、後掲の図1に示すように、アルデヒドとの反応性が低下する傾向にある。
また、システイン類の濃度は、1mM以上が好ましく、3mM以上がより好ましい。該濃度が1mM未満では、除去液中のシステイン類の量が少ないため、アルデヒドの長期除去効果は十分ではない。
【0019】
[アルデヒド除去液の調製および使用方法]
アルデヒド除去液は、pH調整剤を溶解した水溶液とシステイン類を混合するか、システイン類の水溶液とpH調整剤を混合するか、または、システイン類とpH調整剤の混合物と水を混合して、pHが7〜12になるように調整されたシステイン類の水溶液である。
また、本発明のアルデヒド除去液の使用方法は、例えば、該液をタンク等の容器に入れ、これにアルデヒドを含む空気をバブリングする方法や、該空気の流れの中に、該液を噴霧する方法等が挙げられる。
【実施例】
【0020】
以下に、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.使用した材料
・L−システイン、アセトアルデヒド:試薬1級(和光純薬社製)
・塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム:試薬特級(和光純薬社製)
・リン酸水素二カリウム、リン酸水素二ナトリウム:試薬特級(関東化学社製)
【0021】
2.アセトアルデヒド除去液の調製
(1)各種pHを有する除去液の調製
塩酸または水酸化ナトリウムを用いて、表1に示すpHを有する、3.3mMのL−システイン水溶液(除去液No.1〜6)を、各100ml調製した。
【0022】
【表1】

【0023】
(2)リン酸塩を含む除去液の調製
表2に示す、リン酸二水素カリウムとリン酸水素二カリウムの水溶液、および、リン酸二水素ナトリウムとリン酸水素二ナトリウムの水溶液を用いて、表2に示すpHを有する、3.3mMのL−システイン水溶液(除去液No.7〜10)を、各100ml調製した。
また、比較のために、3.3mMのL−システインのみを含有する水溶液(除去液No.11)を、100ml調製した。
【0024】
【表2】

【0025】
3.アルデヒド除去液を用いた空気中のアセトアルデヒドの除去試験
(1)除去液No.1〜6を用いたアルデヒドの除去試験
図4に示す除去試験装置を用いて、空気ボンベ1中の清浄空気を、フローコントローラー2を介して流速200ml/分でアセトアルデヒドガス発生装置3中に導入し、そこで発生させたアセトアルデヒドと混合して、1ppmのアセトアルデヒドを含む混合ガスを調製した。
次に、該混合ガスを、流速200ml/分で、三方コック4を経由してアルデヒド除去液槽5中に導入しバブリングさせた後、該バブリング後の混合ガスを、ドレインポット6および三方コック7を経由して陽子移動反応質量分析計9に導き、バブリング後のアセトアルデヒドの濃度を測定した。
その後、アセトアルデヒドガス発生装置3中の混合ガスを、三方コック4を経由して、バブリング前の混合ガスの流路8に導入し、さらに、三方コック7を経由して陽子移動反応質量分析計9に導き、バブリング前のアセトアルデヒドの濃度を測定した。
ここで得られたバブリング前後のアセトアルデヒドの濃度から、下記式に基づき、アセトアルデヒド除去率を求めた。
アセトアルデヒド除去率(%)=100×(バブリング前のアセトアルデヒド濃度−バブリング後のアセトアルデヒド濃度)/バブリング前のアセトアルデヒド濃度)
その結果を図1に示す。
【0026】
図1に示すように、pHが7、10および12の除去液No.4、5および6では、バブリング開始後70分でも、アセトアルデヒド除去率は約90%を維持していた。これに対し、pHが2の除去液No.1では、バブリング開始後約5分で、該除去率が低下し始め、40分後には約60%まで低下した。したがって、pHが7、10および12の除去液は、空気中のアルデヒドの除去効果が高く、その効果が長時間持続することがわかる。
【0027】
(2)除去液No.7〜10と、システインのみを含有する水溶液(除去液11)を用いたアルデヒドの除去試験
前記と同様にして、3ppmのアセトアルデヒドを含む混合ガスを、流速160ml/分で、該除去液の中にバブリングさせ、バブリング前後のアセトアルデヒドの濃度を測定し、アセトアルデヒド除去率を求めた。その結果を図2に示す。
【0028】
図2に示すように、リン酸カリウム塩を含むpHが7および8の除去液No.7および9と、リン酸ナトリウム塩を含むpHが8の除去液No.10では、バブリング開始後約300時間(約13日)でも、アセトアルデヒド除去率は約90%を維持している。また、リン酸ナトリウム塩を含むpHが7の除去液No.8でも、バブリング開始後約120時間までは、アセトアルデヒド除去率は約70%を維持している。これに対し、pHが5.4でもpH調整剤を使用せずシステインのみを含有する水溶液(除去液11)では、バブリング開始後約60時間で、アルデヒドの除去効果は約20%まで低下した。したがって、リン酸塩を含む除去液は、空気中のアルデヒドの除去効果が高く、その効果が更に長時間持続することがわかる。
【0029】
4.除去液の貯蔵安定性試験
pHがそれぞれ異なる除去液No.1〜6を、40℃の恒温室内に2日間保存し、2日後のヘッドスペース中の硫化水素(HS)の濃度を、陽子移動反応質量分析計を用いて測定した。その結果を図3に示す。
図3に示すように、pHが7以上である除去液は、硫化水素の発生が約30ppb以下と低く、貯蔵安定性にも優れている。
【0030】
よって、以上の結果から、システイン類を含有し、かつ、pH調整剤によりpHを7〜12に調整してなるアルデヒド除去液(本発明)は、空気中のアルデヒドの除去効果が高く、その効果が長時間持続するとともに、貯蔵安定性に優れていることがわかる。
【符号の説明】
【0031】
1 空気ボンベ
2 フローコントローラー
3 アセトアルデヒドガス発生装置
4、7 三方コック
5 アルデヒド除去液槽
6 ドレインポット
8 バブリング前の混合ガスの流路
9 陽子移動反応質量分析計
10 恒温槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
システイン類を含有し、かつ、pH調整剤によりpHを7〜12に調整してなるアルデヒド除去液。
【請求項2】
前記pH調整剤が、リン酸類である請求項1に記載のアルデヒド除去液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−120708(P2012−120708A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273956(P2010−273956)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年12月1日 室内環境学会発行の「平成22年度 室内環境学会学術大会 講演要旨集」に発表
【出願人】(504014060)
【出願人】(000191319)新菱冷熱工業株式会社 (78)
【Fターム(参考)】