説明

アルミニウム合金板を用いた構造体とその接合方法

【課題】接合前後の寸法あるいは形状の変化が殆ど無く、また、ろう材あるいは溶加材のような接合部材を使用することなく被接合部材同士が接合するアルミニウム合金板を用いた構造体とその接合方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金材を一方の被接合部材とし、他方の被接合部材としてアルミニウム合金材、純アルミニウム材及びアルミニウム以外の金属材のいずれかを用い、前記一方の被接合部材と前記他方の被接合部材とを接合部材を用いることなく接合した構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材が、Si:1.5質量%〜5.0質量%(以下、質量%は単に%と記す。)、Mg:0.3%〜2.0%を含有し、残部Al及び不可避不純物からなり、接合前と接合後の当該構造体の寸法および形状が略同一であることを特徴とする構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接合前後の寸法あるいは形状の変化が殆ど無く、また、ろう材あるいは溶加材のような接合部材を使用することなく被接合部材同士が接合するアルミニウム合金板を用いた構造体とその接合方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
下記の特許文献1及び非特許文献1に記載されるように、自動車用熱交換器であるエバポレータやオイルクーラー等は複雑な冷媒通路のため、フラックスを用いてろう付を行った場合、フラックス残渣による冷媒通路の目詰まりが懸念され、通常は真空ブレージング法で製造することが多い。真空ブレージング法は、心材と呼ばれるアルミニウム合金にAl−Si−Mg合金からなるろう材をクラッドしたブレージング材を用い、例えばそれらをプレス成型したドロンカップをフィン材とともに積層し、真空中でろう付加熱することにより製造されていた。真空ブレージング法においては、フィン材を単層で用いる場合はチューブ材にろう材をクラッドしたブレージング材を使用したり、あるいは、チューブ材を単層とした場合は表面にろう材をクラッドしたフィン材を使用したりするように、一般的には、いずれかの部材にブレージングシートを用いる。
【特許文献1】特開平2−34297号公報
【非特許文献1】「アルミニウムブレージングハンドブック(改訂版)」、p.20−26、社団法人軽金属溶接構造協会 2003年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ブレージングシートを使用しない場合、被接合部材の接合部に接合部材である粉末状のろう材を塗布したり、配置したりする方法が採用されることがある。しかし、真空ブレージング法においては、これらの方法では被接合部材あるいは接合部材自体の酸化被膜の除去が進まず、十分なろう付性を得ることが困難であるため、ブレージングシートを用いるのが一般的である。真空ブレージング法で用いられるブレージングシートは、心材やろう材等の各層を別々に製造し、さらにそれを合わせる工程が必要であるため、非常に製造コストが高く、それを利用した構造体の製造も必然高価なものとなっている。特に、ろう材にMgを含有する真空ろう付用ブレージングシートは、クラッド圧延のし難さから、その歩留まりが悪く、さらに高価なものとなっている。
【0004】
また、ブレージング法においては、接合部材であるろう材が溶融し、被接合部材の隙間に流動、充填することで接合を可能とする。そのため、熱交換器をはじめとした構造体の設計においては、ろう材が溶融、流動することを考慮することが必要である。例えば、ブレージングシートのろう材のクラッド率が片面5%である場合、ろう材が流動すると最大で10%の寸法変化が生じる可能性がある。しかし、ろう材の流動はろう付加熱時の熱の分布や隙間や接合部の形状に影響されるため均一ではなく、接合前後の寸法変化を正確に予測することが困難である。従って、従来の接合方法を用いた構造体の設計において、接合後の寸法誤差を考慮する必要があるため、精密な寸法精度や清浄な表面品質が要求される構造体の製造には不向きであった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討の結果、以下の成分を有する被接合部材であるアルミニウム合金板を用いた構造体を、特定の条件で接合し組み立てる場合、ろう材のような接合部材を用いることなく接合することが可能であることを見出したものである。
【0006】
すなわち、請求項1に記載の第1の発明は、アルミニウム合金材を一方の被接合部材とし、他方の被接合部材としてアルミニウム合金材、純アルミニウム材及びアルミニウム以外の金属材のいずれかを用い、前記一方の被接合部材と前記他方の被接合部材とを接合部材を用いることなく接合した構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材が、Si:1.5質量%〜5.0質量%(以下、質量%は単に%と記す。)、Mg:0.3%〜2.0%を含有し、残部Al及び不可避不純物からなり、接合前と接合後の当該構造体の寸法および形状が略同一であることを特徴とする構造体である。
【0007】
請求項2記載の第2の発明は、請求項1に記載の構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の成分としてさらに、Zn:0.1%〜0.8%、Fe:0.1%〜1.0%、Mn:0.3〜1.8、Cu:0.1%〜0.8%、Ti:0.05%〜0.3%、V:0.05%〜0.3%、Cr:0.05%〜0.3%のうち1種または2種以上を含むことを特徴とする構造体である。
【0008】
請求項3記載の第3の発明は、請求項1または請求項2に記載の構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の成分としてさらに、Be:0.0001%〜0.1%、Sr:0.0001%〜0.05%、Bi:0.0001%〜0.1%、Na:0.0001%〜0.1%、Ca:0.0001%〜0.05%のうち1種または2種以上を含むことを特徴とする構造体である。
【0009】
請求項4記載の第4の発明は、請求項1〜請求項3に記載の構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の接合後に長径3μm以上の球状の共晶組織が断面で10個/mm以上、3000個/mm以下存在することを特徴とする構造体である。
【0010】
請求項5記載の第5の発明は、請求項1〜請求項4に記載の構造体の接合方法において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の全質量に対する当該アルミニウム合金材内に生成する液相の質量の比が0%を超え35%以下となる温度で接合することを特徴とする構造体の接合方法である。
【0011】
請求項6記載の第6の発明は、請求項5に記載の構造体の接合方法において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の固相線温度と液相線温度の差が10℃以上であることを特徴とする構造体の接合方法である。
【0012】
請求項7記載の第7の発明は、請求項5または請求項6に記載の構造体の接合方法において、接合前に対する接合後の寸法変化が5%以下であることを特徴とする構造体の接合方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るアルミニウム合金材を用いた構造体は、当該アルミニウム合金材内部に一部生成した液相を利用して行うものであり、本アルミニウム合金材を使用することで、単層材でも接合が可能となり、例えばチューブ、タンク、フィン、プレートなどを組み合わせた構造材を、ブレージング材を使用せずに製造することができる。単層材を使用できるため、従来の2層以上のクラッド材を用いていた熱交換器などと比較して極めて安価に構造体を得ることができる。
【0014】
また、ろう材等の接合部材を利用することなく接合を行うため、接合前後での寸法、形状変化が殆どなく、熱交換器等の設計精度が向上するとともに、精密な寸法精度が要求される構造体を量産製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】液相の染み出しのメカニズムを示す模式図である。
【図2】接合後の一方の被接合部材のチューブ長手方向に平行な断面における球状共晶組織の金属組織写真である。
【図3】実施例のテストピースに用いたチューブ形状の模式図である。
【図4】実施例1の3段積みのテストピース(ミニコア)の外観図である。
【図5】接合率、ならびに、接合による変形率を測定するための試料を示す斜視図である。
【図6】接合率、ならびに、接合による変形率の測定方法の説明図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の詳細な説明を示す。
本発明に用いる被接合部材であるアルミニウム合金材は、Si:1.5%〜5.0%、Mg:0.3%〜2.0%を含有し、残部Al及び不可避不純物からなるアルミニウム合金である。
【0017】
該アルミニウム合金材を成形してチューブ、タンクなどの構造体を作製し、真空中で600℃程度の温度で熱処理を行うと、該アルミニウム合金材の内部の一部から液相が生成し、それが材料表面に染み出してきて接合が可能となる。この際、該アルミニウム合金材中のMg元素のゲッター作用により材料表面の酸化被膜が破壊、還元され、良好な接合性を得ることができる。
【0018】
図1に本発明の接合メカニズムである液相の染み出しを模式的に示す。固相線温度より高い温度に加熱されると金属間化合物の偏析の多い結晶粒界がまず溶融し、次いでマトリクス(アルミニウム材料中で、金属間化合物を除いた部分)中に分散するSi粒子周辺が溶融する。Siの含有量が多いと分散するSi粒子の数が多く、マトリクス内部に多くの球状の液相が存在することになる。加熱温度が高くなると球状の液相は体積を増すが、直接粒界に触れるかあるいは固体内でのSi拡散によって、粒界に液相が移動する。これが粒界を伝って材料表面に染み出し、他方の被接合部材との隙間に充填されて接合が可能となる。液相が外部に流出すると球状の液相は次第に収縮していき、最後は消滅する。一方、球状に溶融した液相が外部に染み出さず残存すると冷却後は図2に示すように球状の共晶組織がマトリクスの結晶粒内に多数分散した組織となる。
【0019】
材料の強度は未溶融のマトリクスと液相に寄与しない金属間化合物が担っている。そのため、本発明に係る構造体は接合の前後で寸法や形状の変化が殆どない。
【0020】
このようにSiはAl−Siの液相を生成し、接合に機能するが、1.5%未満の場合は充分な液相の染み出しが無く、接合が不完全となる場合が多い。一方、5.0%を越えるとアルミニウム合金中のSi粒子が多くなり、液相の生成量が多くなるため、加熱中の材料強度が極端に低下し、構造体の形状維持が困難となる。したがって、Si量は1.5%〜5.0%と規定する。より好ましいSi量は1.5%〜3.5%である。さらに好ましいSi量は2.0%〜2.5%である。なお、染み出す液相の量は板厚が厚く、加熱温度が高いほど多くなるが、加熱時に必要とする液相の量は構造体の形状に依存するので、必要に応じてSi量や接合条件(温度、時間等)を調整することが望ましい。
【0021】
Mgは、前述の通りゲッター作用により酸化皮膜を破壊、還元することで、表面に染み出した液相が他方の被接合部材に濡れて接合をなす為に必要である。Mgが0.3%未満であると酸化皮膜が十分に破壊されず、接合が不完全となる場合が多い。一方、2.0%を超えると接合加熱の過程で表層にMgOが多く形成され接合が困難になる。従って、本発明において、Mg含有量は0.3%〜2.0%と規定する。なお、より好ましいMg含有量は0.5%〜1.6%である。
【0022】
本発明のアルミニウム合金材としての基本的な機能を果たすためにはSi及びMgの含有量を規定すればよいが、さらに耐食性や強度を向上させるためには、他の元素を単独、もしくは複数添加すると良い。以下に各選択添加元素について述べる。
【0023】
耐食性をさらに向上させるために、少量のZnを添加することが有効である。Znはマトリクス中にほぼ均一に固溶しているが、液相が生じるとその中に溶け出して、液相内にZnが濃化する。液相が表面に染み出すと、その部分はZn濃度が上昇するため、犠牲陽極作用によって耐食性が向上する。この効果はZn添加量0.1%未満では小さく、0.8%を超えるとマトリクスに残存するZn添加量が多くなり、表面との電位差が不十分となり、有効な犠牲防食が働かない。したがって、より耐食性を向上させたい場合はZnを0.1%〜0.8%添加することが望ましい。
【0024】
その他、強度を上げるために必要に応じてFe、Mn、Cu、Ti、V、Crの1種又は2種以上を添加しても良い。
Feは若干固溶して強度を上げる効果があるのに加えて晶出物として分散して、特に高温での強度低下を防ぐ効果がある。添加量が0.1%未満の場合、この効果が小さいだけでなく、高純度の地金を使用する必要があり、コストがかかる。1.0%を超えるとカソードとなる晶出物が増え、耐食性が悪化する。従って、Feの添加量を0.1%〜1.0%とするのが好ましい。
【0025】
Mnは、SiとともにAl−Mn−Si系の金属間化合物を形成し、分散強化として作用し、或いはアルミニウム母相中に固溶して固溶強化により強度を向上させる。その添加量が0.3%未満ではその効果が小さく、1.8%を超えると粗大金属間化合物が形成されやすくなり、耐食性を低下させる。したがってMn添加量は0.3%〜1.8%が好ましい。よりこの好ましいMn添加量は0.3%〜1.0%である。
【0026】
FeおよびMnはともにSiとともにAl−Fe−Mn−Si系の金属間化合物を形成する。金属間化合物となったSiは液相の生成に寄与しないため、接合性が低下することになる。従って、さらには、Si、Fe、Mnの含有量(質量%)をそれぞれS、F、Mとしたとき、1.2≦S−0.3(F+M)≦3.5の関係式を満たすことが好ましい。
【0027】
Cuは固溶して強度向上させるが、0.1%未満では強度向上効果がほとんど見られず、0.8%を超えると耐食性が低下する。従って、Cuの添加量を0.1%〜0.8%とするのが好ましい。
【0028】
Ti、Vは固溶して強度向上させる他に、層状に分布して板厚方向の腐食の進展を防ぐ効果がある。この効果は0.05%未満ではほとんど見られず、0.3%を越えると巨大晶出物が発生し、成形性、耐食性を阻害する。従って、Ti及びVの添加量を0.05%〜0.3%とするのが好ましい。
【0029】
Crは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Cr系の金属間化合物が析出し、加熱後の結晶粒粗大化に作用する。0.05%未満ではその効果は得られず、0.3%を超えると巨大金属間化合物を形成しやすくなり、塑性加工性を低下させる。よって、Crの添加量は0.05%〜0.3%とするのが好ましい。
【0030】
また、必要に応じてBe:0.0001%〜0.1%、Sr:0.0001%〜0.05%、Bi:0.0001%〜0.1%、Na:0.0001%〜0.1%、Ca:0.0001%〜0.05%の1種又は2種以上を添加しても良いが、これらの微量元素はSi粒子の微細分散、液相流動性向上等によってろう付性を改善することができる。規定範囲以下では、その効果が小さく、規定範囲を超えると耐食性低下等の弊害が生じる。
【0031】
本発明に係るアルミニウム合金材を製造するにあたっては、通常のDC鋳造、均質化処理、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍を行えばよく、用途に応じて調質をおこなう。通常はエロージョン防止のためにH1nないしはH2n調質とするが、形状や使用方法によっては軟質材を使用しても良い。また、DC鋳造法ではなく双ロールまたはベルトキャスターなどを用いた連続鋳造法を行ってもよく、その場合はSi粒子が微細で密に分布するため、液相が染み出しやすく良好な接合性が得られる。
【0032】
本発明に係る構造体を製造する場合、上記の組成を有する一方の被接合部材であるアルミニウム合金材と他方の被接合部材を組み合わせ、5×10−3torr以下の真空炉中で加熱処理を施す。加熱条件としては、本発明に係るアルミニウム合金材内部に液相が生成する固相線温度以上液相線温度以下であり、かつ該アルミニウム合金材内部に生成する液相量が多くなり、強度が低下して形状を維持できなくなる温度以下の温度で、0〜10分間程度保持する。本発明に係る上記アルミニウム合金の場合、580℃〜620℃で0〜10分間程度保持した後、450℃以下まで炉中で冷却する。ただし、組成によって加熱条件を調整し、冷却後に長径3μm以上の球状共晶組織が、断面で10個/mm以上、3000個/mm以下存在するようにするのが好ましい。
【0033】
なお、面接合や閉塞空間の接合では、窒素やアルゴンなどの非酸化性ガス中、更には大気中でもMgのゲッター作用が働き接合できる場合がある。これは、閉塞空間の場合、酸素の外部からの流入がほとんど無い為、ごく周囲の雰囲気により酸化皮膜が成長してもMgのゲッター作用で十分破壊しうる厚さにしかならない為である。ただし、この場合、炉中ガスの露点を−35℃以下に管理することが好ましい。
【0034】
本発明の場合、前述のSi粒子周辺が球状に溶融した部分がマトリクス内にある程度残存し、図2に示すように球状の共晶組織がマトリクスの結晶粒内に多数分散した組織となる。良好な接合性と接合時の材料強度のバランスが取れた場合、接合後に長径3μm以上の球状共晶組織が断面で10個/mm〜3000個/mm存在するのが好ましいことを見出した。この球状共晶組織の密度が10個/mm未満の場合、接合に寄与した液相が多すぎ、接合加熱中の強度維持が困難となる。3000個/mmを超える場合、接合に寄与した液相が少なく、接合性が低下することになる。例えば被接合部材であるアルミニウム合金材の板厚が厚い場合や、接合時の温度が高温になりやすい部分に配置されたアルミニウム合金部材ではSi量を少なく設定しても充分な液相量が確保できる。具体的には150μm〜300μmの板厚のチューブ材の場合、Si量を1.5%〜3.5%程度として、加熱温度を595℃〜605℃程度とすることが望ましく、その場合、球状共晶組織は500個/mm〜2500個/mmとなる。このように接合後の組織を観察し、球状共晶組織の数密度を測定し、断面で10〜3000個/mmであるように予め被接合部材であるアルミニウム合金材のSi量を1.5%〜5.0%の範囲で調整することで、良好な接合性を得ることができる。なお、断面とは、アルミニウム合金材の任意の断面であり、例えば厚さ方向に沿った断面でもよく、板材表面と平行な断面でもよい。
【0035】
本発明に係る構造体を製造するための接合方法においては、被接合部材であるアルミニウム合金材の全質量に対する当該アルミニウム合金材内に生成する液相の質量の比(以下、液相率と記す。)が0%を超え35%以下となる温度で接合する必要がある。液相率が35%を超えると、生成する液相の量が多過ぎて、接合加熱時にアルミニウム合金材は大きく変形してしまい形状を保てなくなる。一方、液相が生成しなければ接合ができないので液相率は0%より多いことが必要である。ただし、液相が少ないと接合が困難となる場合があるため、好ましい液相率は5%〜35%である。さらに、この5〜35%の範囲の液相率を30秒以上3600秒以下保つことにより、一層確実な接合を得ることができる。
【0036】
加熱中における実際の液相率を測定することは、極めて困難である。そこで、本発明で規定する液相率は状態図を利用して組成と温度の平衡計算によって求めるものとする。具体的には、平衡状態図計算ソフト(Thermo−Calc;Thermo−Calc Software AB社製)によって合金組成と加熱時の最高到達温度から計算される。
【0037】
上記の条件を満たすことで必要な接合特性を得ることできるが、中空部があり、比較的脆弱な構造体を形成する場合においては、構造体内に発生する応力が高すぎると構造を維持できない場合がある。特に液相率が大きい場合は比較的小さな応力に留めたほうが良好な形状を維持できる。液相が生成する被接合部材内に発生する応力のうちの最大値をP(kPa)、液相率をV(%)とした場合、P≦460−12Vの条件を満たせば、非常に安定した接合が得られる。なお、両被接合部材から液相が発生する場合は、両被接合部材各々に対して、各々の応力P、液相率Vを用いてP≦460−12Vを算出し、両被接合部材ともこの式を同時に満たすように接合を行う。各被接合部材内の各部位に発生する応力は、形状と荷重から求められる。例えば、構造計算プログラムなどを用いて計算する。
【0038】
接合部の圧力と同様に接合部の表面形態も接合性に影響を与え、両面が平滑なほうがより安定した接合が得られる。本発明においては、接合前の両被接合部材の接合面の表面の凹凸から求められる算術平均うねりWa1とWa2の和が、Wa1+Wa2≦10(μm)を満たす場合には、更に十分な接合が得られる。なお、算術平均うねりWa1、Wa2は、JISB0633で規定されるものであり、波長が25〜2500μmの間で凹凸となるようカットオフ値を設定し、レーザー顕微鏡やコンフォーカル顕微鏡で測定されたうねり曲線から求められる。
【0039】
また、本発明に係る接合方法では、液相を生成するアルミニウム合金材の固相線温度と液相線温度の差を10℃以上とするのが好ましい。固相線温度を超えると液相の生成が始まるが、固相線温度と液相線温度の差が小さいと、固体と液体が共存する温度範囲が狭くなり、発生する液相の量を制御することが困難となる。従って、この差を10℃以上とするのが好ましい。例えば、この条件を満たす組成を有する2元系の合金としては、Al−Si系合金、Al−Cu系合金、Al−Mg系合金、Al−Zn系合金、Al−Ni系合金などが挙げられる。これら共晶型合金は固液共存領域を大きく有するので本接合方法に有利である。しかしながら、他の全率固溶型、包晶型、偏晶型などの合金であっても、固相線温度と液相線温度の差が5℃以上であるなら本発明に係る接合が可能となる。また、上記の2元系合金は主添加元素以外の添加元素を含有することができ、実質的には3元系や4元系合金、更に5元以上の多元系の合金も含まれる。例えばAl−Si−Mg系やAl−Si−Cu系、Al−Si−Zn系、Al−Si−Cu−Mg系などが挙げられる。
【0040】
なお、固相線温度と液相線温度の差は大きくなるほど適切な液相量に制御するのが容易になる。従って、固相線温度と液相線温度の差に上限は特に設けない。
【0041】
本発明における接合方法では、被接合部材の内部に液相が生成するが、被接合部材の流動がほとんど起きない。例えばブレージング法では、ろう材が溶融し接合部に流動し、被接合材の隙間を充填することで接合を行う。その際に、多量に流動したろう材が微細な流路などは埋めてしまうこともある。また、接合部以外ではろう材の厚さに応じた板厚減少が起き、構造体の寸法変化が生じる。また、溶接では溶接部がビードなど溶接痕となり局所的な凹凸が生じる。
【0042】
それに対し、本発明に係る接合方法では、わずかな液相が材料表面にしみ出し被接合部材間の隙間を埋め、接合部付近の形状変化や構造体全体の寸法や形状の変化はほとんどない。液相率が0%を超え35%以下として本接合方法を実施すると、部材の接合前に対する接合後の寸法変化は5%以内となる。これは前述のメカニズムに従い、接合に寄与する液相が被接合部材であるアルミニウム合金材内部に生成するものの、マトリクスや液相の生成に寄与しない金属間化合物により、加熱中に被接合部材の形状が維持されるためである。
【0043】
例えば、ブレージングシート(ろう材クラッド率が片面5%)を用いてドロンカップタイプの積層型熱交換器を組み立てた場合、ろう付け加熱後には溶融したろう材が接合部に集中するため、積層した熱交換器の高さが5〜10%減少する。従って、製品設計においてはその減少分を考慮する必要がある。本発明においては接合前後の寸法変化が5%以下であるため、高精度の製品設計が可能となる。
【0044】
また、本発明に係る構造体の耐食性をさらに向上させるために、表面にZn溶射やZn置換フラックス塗布を行っても良く、さらに加熱処理後にクロメート処理やノンクロメート処理などの表面処理を実施して耐食性向上を図っても良い。
【0045】
この発明材を用いることによって、多くの接合部を有し、かつ寸法精度のよい構造体を得ることができる。
例えば本発明に係るアルミニウム合金板でチューブとタンクを作製し、さらに単層のフィン(ベアフィン)と組み合わせ、所定の加熱を施すことで、すべて単層材で構成される熱交換器とすることができる。また板をプレス成形し、積層することでラミネートタイプの熱交換器も製造することができる。その他、積層構造をもったオイルクーラー、埋め込みフィンを持ったヒートシンクなどにも応用することができる。このようなすべて単層材からなる構造体は高温での剛性が従来材より低下する場合があるので、加熱の際は、鉄などの高温に耐える材質のジグにセットするとより寸法精度の高いものを得ることができる。
【実施例1】
【0046】
(実施例1〜26および比較例27〜42)
表1に示す合金番号1〜42までの組成の材料を80mm×200mm×200mmの金型で鋳造し、面削、加熱し3mm厚まで熱間圧延した。その後、0.4mmまで冷間圧延し、中間焼鈍後、0.3mmまでさらに冷間圧延して供試材とした。供試材の算術平均うねりWaは約0.5μmであった。その板材を曲げて図3に示す幅18mm、高さ3mm、長さ60mmのチューブとした。これにF1の組成の算術平均うねりWaが0.3μmで0.07mmのフィン材を高さ7mmにコルゲート成形したものと組み合わせ、ステンレス製のジグに組み込み、図4に示す3段積みのテストピース(ミニコア)を作製した。
【0047】
このミニコアを10−5torrの真空炉中で接合加熱を行った。加熱は600℃まで昇温しその温度で3分保持した後、炉中で冷却を行った。昇温速度は、520℃以上において、10℃/分とした。
【0048】
その後、完成したミニコアについて外観からチューブのつぶれの有無を確認するとともにミニコアの中央段のフィンとの接合部50箇所を調べ、完全に接合している箇所の比率(接合率)を測定した。なお、ここではチューブのつぶれを有りと判断する基準を、チューブの高さが1.5mm以下になっていた場合とした。次いで中央段のチューブの長手方向に平行な断面を光学顕微鏡で観察し、長径3μm以上の球状共晶組織の数を測定した。
【0049】
さらにつぶれずに完成したミニコアについてはCASS試験を500h、1000h行い、チューブを貫通する腐食の有無、フィン剥がれの有無を確認した。表2に結果を示す。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
実施例1〜26はいずれも、チューブ潰れがなく、80%以上の良好な接合率が得られており、球状共晶組織の数も10個/mm〜3000個/mmの範囲にあった。また、CASS試験500h後はいずれの材料もチューブの貫通、フィン剥がれが無く、良好な耐食性を有していた。実施例15、16、17、18、19、20はCASS1000hでも貫通腐食がなく、より耐食性が優れていた。
比較例27はSi添加量が本発明の規定量より少なく、フィン接合率が80%未満と接合性が劣っていた。比較例28はSi添加量が本発明の規定量より多く、接合試験でチューブが潰れた。
比較例29はMg添加量が本発明の規定より少なく、フィンの接合率が80%未満と接合性が劣っていた。比較例30はMg添加量が本発明の規定より多く、フィンの接合率が80%未満と接合性が劣っていた。
比較例31、32、34、38、39、40、41、42はそれぞれFe、Mn、Cu、Be、Sr、Bi、Na、Caの添加量が本発明の規定より多く、CASS500hで貫通する腐食が生じており、耐食性に劣っていた。
比較例33はZn添加量が本発明の規定より多く、CASS500hでフィン剥がれが生じており、耐食性に劣っていた。
比較例35、36、37はそれぞれTi、V、Crが本発明の規定より多く、鋳造時に巨大な金属間化合物が生成し、最終板厚まで圧延できなかった。
【実施例2】
【0053】
(実施例43〜58、比較例59〜62)
表1に示す材料1、4を抜粋して、80mm×200mm×200mmの金型で鋳造し、面削、加熱し3mm厚まで熱間圧延した。その後、1.5mmまで冷間圧延し、380℃×2Hrの中間焼鈍後、1.0mmまでさらに冷間圧延して供試材とした。
【0054】
この圧延板を切り出し、端面をフライスにより平滑にしたものを組み合わせて、図5に示す接合試験片を作製した。試験片の上板と中板には、表1に示す組成のアルミニウム合金板を用い、下板には純アルミニウム板(A1070)を用いた。上板と中板のアルミニウム合金板は同一組成である。これら例は、同一組成のアルミニウム合金材同士の接合である。この接合試験片の接合面には、フッ化物系の非腐食性フラックスを塗布した。図5(a)に示すように、下板に中板と上板を順次重ね、重ね合わせたものの上下に板厚1mmのステンレス板の治具を配するようにした。次いで、図5(b)に示すように、上下のステンレス板と側面に2本のステンレス線を架け渡して端部をそれぞれ縛り、下板、中板及び上板からなる試験片を固定して試料とした。なお、図5(a)に記載の数字は、部材の寸法(単位:mm)を表わす。
【0055】
このミニコアを10−5torrの真空炉中で接合加熱を行った。加熱は580、590、600、610、620℃の各温度まで昇温し、その温度で3分もしくは6分保持した後、炉中で冷却を行った。昇温速度は、520℃以上において、10℃/分とした。
【0056】
接合後の試験片を、図6(a)に示す観察断面が得られるように切断した。図6(b)に示すように、上板と中板は接合部1及び接合部2で接合されている。接合部1(2)の一部拡大図を6(c)に示す。上板と中板に接合界面が見られない部分が、接合されている部分であり、接合界面(図の横線)が見られる部分が、接合されていない未接合の部分である。接合率は、下記式(1)で定義される。
接合率(%)={(L1+L2)/2L0}×100 (1)
【0057】
ここで、L1は接合部1において接合されている部分の長さ、L2は接合部2において接合されている部分の長さ、L0は接合部1と接合部2において、それぞれ接合されるべき長さである。
【0058】
図6(d)に、試験片の天井部を示す。aは試験片の天井部の接合前の長さ、a1は試験片の天井部上側の接合後における湾曲長さ、a2は試験片の天井部下側の接合後における湾曲長さを表わす。下記式(2)で定義される変形率をもって、接合前に対する接合後の寸法変化とした。
変形率(%)={(a1+a2)/2a}×100 (2)
【0059】
接合率が95%以上を◎、90%以上95%未満を○、25%以上90%未満を△、25%未満を×と判定した。また、変形率が3%以下を◎、3%を超え5%以下を○、5%を超え8%以下を△、8%を超えるものを×と判定した。
【0060】
表3に結果及び所定の温度での平衡液相率も示した。なお、平衡液相率は、Thermo−Calcによる計算値である。
【0061】
【表3】

【0062】
実施例43〜58の発明例はいずれも本発明で規定する条件を全て満たしており、接合率、変形率のいずれも合格であった。
比較例59では、Si成分は規定量にあるものの接合温度が低く接合時間が短すぎた為、液相の供給が足りず、接合が不十分であった。
比較例60〜62では、接合温度が高く液相の供給量が多すぎたため、大きく変形してしまった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明により、接合前後の寸法あるいは形状の変化が殆ど無く、また、ろう材あるいは溶加材のような接合部材を使用することなく被接合部材同士が接合するアルミニウム合金板を用いた構造体とその接合方法が達成され、工業上顕著な効果を奏するものである。
【符号の説明】
【0064】
a・・試験片の天井部の接合前の長さ
a1・・試験片の天井部上側の接合後における湾曲長さ
a2・・試験片の天井部下側の接合後における湾曲長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金材を一方の被接合部材とし、他方の被接合部材としてアルミニウム合金材、純アルミニウム材及びアルミニウム以外の金属材のいずれかを用い、前記一方の被接合部材と前記他方の被接合部材とを接合部材を用いることなく接合した構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材が、Si:1.5質量%〜5.0質量%(以下、質量%は単に%と記す。)、Mg:0.3%〜2.0%を含有し、残部Al及び不可避不純物からなり、接合前と接合後の当該構造体の寸法および形状が略同一であることを特徴とする構造体。
【請求項2】
請求項1に記載の構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の成分としてさらに、Zn:0.1%〜0.8%、Fe:0.1%〜1.0%、Mn:0.3〜1.8%、Cu:0.1%〜0.8%、Ti:0.05%〜0.3%、V:0.05%〜0.3%、Cr:0.05%〜0.3%のうち1種または2種以上を含むことを特徴とする構造体。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の成分としてさらに、Be:0.0001%〜0.1%、Sr:0.0001%〜0.05%、Bi:0.0001%〜0.1%、Na:0.0001%〜0.1%、Ca:0.0001%〜0.05%のうち1種または2種以上を含むことを特徴とする構造体。
【請求項4】
請求項1〜請求項3に記載の構造体において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の接合後に長径3μm以上の球状の共晶組織が断面で10個/mm以上、3000個/mm以下存在することを特徴とする構造体。
【請求項5】
請求項1〜請求項4に記載の構造体の接合方法において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の全質量に対する当該アルミニウム合金材内に生成する液相の質量の比が0%を超え35%以下となる温度で接合することを特徴とする構造体の接合方法。
【請求項6】
請求項5に記載の構造体の接合方法において、前記一方の被接合部材であるアルミニウム合金材の固相線温度と液相線温度の差が10℃以上であることを特徴とする構造体の接合方法。
【請求項7】
請求項5または請求項6に記載の構造体の接合方法において、接合前に対する接合後の寸法変化が5%以下であることを特徴とする構造体の接合方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−40607(P2012−40607A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−156872(P2011−156872)
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【Fターム(参考)】