説明

アルミニウム軽合金の電子線照射による硬化制御法

【課題】アルミニウム軽合金を含む材料強度を制御する従来の方法では強度の精密制御が難しい、高温での長時間処理が必要である、材料表面やある微小部だけの局所強度制御は不可能である、等の問題がある。そこで室温での高硬度が可能であり、また、短時間(2時間以内)での時効処理で高硬度が達成され、材料の局所的精密硬度の制御が可能でかつ効率的な硬度制御方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム軽合金を加速器により電子線照射して、該溶体化処理材中の添加元素の析出物をナノメートルスケールの均一析出物として生成すること。およびアルミニウム軽合金を溶体化処理することにより添加元素を過飽和に含む状態を形成して溶体化処理材を作成し、加速器により電子線照射して、該の析出物をナノメートルスケールの均一物として生成することによるアルミニウム軽合金の硬化制御法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線照射による硬度制御法、特に照射促進偏析現象を利用して、短時間でアルミニウム軽合金中に直径数nm(ナノメートル)程度以下の添加元素析出物を均一に分散させ、材料強度(硬度)を大きく向上させるアルミニウム軽合金の電子線照射による硬化制御法に関する。
【背景技術】
【0002】
合金材料の硬度制御方法として、従来、熱処理することで合金組成中の銅の微粒子を析出させ、硬度を向上させる方法(時効析出)が知られている。この制御方法は、金属試料を数百度以上の温度で長時間保持し、金属材料に析出などの組織構造変化を起こさせて硬度を制御する方法である。このような時効による硬度制御は、高温下、長時間を要し、粒径、析出量とも制御が難しいという難点があった。
また、特許文献1および非特許文献1には、アルミニウム軽合金を溶体化処理することにより添加元素を過飽和に含む状態を形成して溶体化処理材を作成し、該溶体化処理材に室温添加し加速器によりイオンビーム照射して、該溶体化処理材中の添加元素の析出物をナノメートルスケールの均一析出物として生成することによるアルミニウム軽合金の硬度制御方法が開示されている。
しかしながら、この重イオン照射は低温プロセッシング、材料表面などの局所改質、超短時間処理などに適するものの、大型装置が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特願2009−152518
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】社団法人軽金属学会関西支部主催、若手研究者・院生による研究発表会ポスターセッション、平成21年1月7日発表、「高エネルギー粒子線照射によるアルミニウム合金の硬度制御」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、装置面でも設備投資が容易な、アルミニウム軽合金を含む材料の簡便な電子線照射制御法を提供することを目的とする。また、材料の局所的精密硬度の制御が可能でかつ効率的な硬度制御方法を提供する。
合金材料において、添加元素が固溶限度を超えた濃度で入っている場合、添加元素は室温では偏析、析出している。この合金材料を添加元素濃度が固溶限度以下になる温度にまで昇温し、その後急冷することにより添加元素を材料中で分散させることができる。この処理を容体化処理とよぶ。このような容体化処理して材料を溶体化処理温度より低い温度で一定時間保持すると、分散していた添加元素が集合し、偏析・析出現象を起こす。この現象が「時効」である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記する課題を解決するために、電子線が物質注の電子や原子核との衝突の確率が小さい等から透過力に優れ、アルミニウム軽合金を含む材料の表面から数mmまで到達することからバルク試料全体の硬化制御が可能であることを見出し、本発明をカンセイするに至った。
【0007】
請求項1に記載の発明は、アルミニウム軽合金を容体化処理することにより添加元素を過飽和に含む状態を形成して溶体化処理材を作成し、前記溶体化処理材に加速器により電子線を照射して、該溶体化処理材中の添加元素をナノメートルスケールの析出物として生成することを特徴とするものである。
【0008】
請求項2に記載の発明は、前記アルミニウム軽合金がジュラルミンであることを特徴とするものである。
【0009】
本発明において、アルミニウム軽合金を含む材料としては、2000系、6000系、7000系合金等が挙げられる。
【0010】
本発明において、前述の溶体化処理材中の添加元素としては、銅、マグネシウム、シリコン、亜鉛等が挙げられる。
【0011】
本発明において、電子線照射の条件としては、照射時の試料温度は120〜150℃の範囲、電子線のエネルギーの範囲は1MeV以上2MeV程度までとする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、電子線ビームのエネルギーを変えることにより、合金の表面から任意の深さへのエネルギー付与が可能となる。ということは、合金表面だけを硬くして内部の粘り強さ(靱性)を保つ、とか、材料の表面からある深さの領域だけを硬くする、さらには、表面からの硬さを深さとともに変化させた傾斜材料、など、従来の時効処理(熱処理)にくらべてはるかに多様性を有した材料強化法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1(A)は、合金材料にイオン照射する場合の概念図を示し、図1(B)は電子照射する場合の概念図を示す。
【図2】図2(A)および図2(B)は、それぞれイオン照射と電子線照射の更なる拡大した図であり、図1(A)および図1(B)を拡大したイオン照射と電子線照射が材料内で起こす衝突・エネルギー散逸過程を模式的に書いた図である。
【図3】図3は、温度を60℃、100℃、125℃、150℃に設定して電子線照射した試料の照射によるビッカース硬度変化の温度依存性のグラフである。
【図4】図4は、150℃での電子線照射のプロセス時間に対する硬度変化の150℃電子線照射と150℃熱時効を比較した図である。参考データとして、180℃における時効の結果も併せて示す。
【図5】図5は、照射時の試料温度を100℃、125℃、150℃に設定し、それぞれ6×1017/10cm2 の電子線照射をおこなった試料の表面からの深さに対するビッカース硬度分布を示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
電子線ビーム照射により、合金中に添加元素の析出物が形成され、それが転位の動きを阻害することによる硬化過程では、その硬度変化は、析出物の大きさ(直径)と数密度(単位体積中の析出物の数)の積と大きな関係をもつことが知られている。つまり、巨大な析出物が数少なく存在しても硬度増加には効果的ではなく、また、数密度が大きくとも析出物が小さすぎても駄目である。荷電粒子ビームによる添加元素の析出では、直径数nm(例えば10nm)以下の析出物が大量に発生していることが期待される。この条件は、合金材料の強度を増すのに最適の条件である。さらに、電子線ビームのエネルギーや種類を変えることにより、合金の表面から任意の深さへのエネルギー付与が可能となる。つまり、合金表面だけを硬くして内部の粘り強さ(靱性)を保ち、材料の表面からある深さの領域だけを硬くする、さらには、表面からの硬さを深さとともに変化させた傾斜材料、など、従来の時効処理(熱処理)にくらべてはるかに多様性を有した材料強化法であるといえる。
【0015】
図1(A)は、合金材料にイオン照射する場合の概念図を示し、図1(B)は電子照射する場合の概念図を示す。また、図2(A)、図2(B)は、それぞれイオン照射と電子線照射の更なる拡大した概念図を示し、材料内部での衝突やエネルギー散逸を示した模式図である。
【0016】
高エネルギー重イオン照射と電子照射との違いとしては、次の点が挙げられる。重イオンは、大きな電荷を持っており、速度が遅いので、物質中の電子や原子核との衝突の確率が大きい。また、イオン1個あたり材料に与えるエネルギー密度は大きくなる。しかし、材料中でただちにエネルギーを失ってしまい、照射効果は、材料表面にのみ局在する。したがって、大きな付与密度のエネルギーが、格子欠陥の生成や拡散をもたらし、局所的な添加元素析出を起こす。
【0017】
本発明における電子線照射は、電荷が+1価で、しかも光束に近い速度を持つので、物質中の電子や原子核との衝突の確率は小さい。また、電子1個あたり材料に与えるエネルギーは僅かなものとなり、せいぜい1個の原子をはじき出す程度である。衝突の確率が小さいので透過力に優れ、表面から数mmまで到達し照射硬化を及ぼす。→材料に与えるエネルギーが小さいため、生成される格子欠陥の数は少ない。また、生成された格子欠陥を拡散させるほどのエネルギーは電子線からは与えられない。
【0018】
電子線照射の利点としては、バルク試料全体の硬度制御が可能である。また、既設の電子線加速器では、1m×1m以上の大きな面積での照射が可能である。
【0019】
次に、本発明の試験によって得たデータを基に本願発明の硬化法によって得た結果を説明する。本発明の試験によって得たデータの硬さ試験は「ビッカース硬さ」で測定した。ビッカース硬さは、工業材料の硬さを表すための尺度の一つであり、「押し込み硬さ」の一種である。電子線照射は、日本原子力研究開発機構、高崎量子応用研究所のシングルエンド加速器にて行った。照射は、エネルギー2MeV、真空下で温度を100℃〜150℃に変化させて行った。照射量は1.5×1017/cm2 〜 2×1018/cm2 である。
【0020】
図3は、試料温度を100℃、125℃、150℃に設定して電子線照射した試料の照射によるビッカース硬度変化の温度依存性のグラフである。比較試料として、先行研究で行った温度60℃での電子線照射の結果も共に示した。60℃及び100℃照射ではほとんど変化は見られないが、125℃、150℃と、試料温度上昇とともに大きな硬化を得ている。これは、電子線照射がイオン照射と比べて付与されるエネルギーが小さいので、この付与エネルギーが空孔やフレンケル対の拡散を促進するほど大きくないという原因が考えられる。そこで温度を上げて拡散係数を上げることで析出が起こりやすい環境にすることによって硬度上昇が起こったと思われる。
【0021】
しかし、温度を上げるということ熱時効によって硬化したのではないかとも考えられる。そこで、図4に150℃での電子線照射のプロセス時間に対する硬度変化の150℃電子線照射と150℃熱時効を比べてみると、電子線照射はほぼ熱時効のプログラムを左上にシフトした形になっている。これはイオン照射による硬度変化と全く違う形となっている。そこで、イオン照射と電子線照射の違いを考えると、生成する欠陥量が上げられる。イオン照射では、多くの欠陥が局所的に導入され、その欠陥が、付与エネルギーにより短距離で拡散を起こすので、微細な析出が生成されると考えられる。一方、電子線照射では、導入される欠陥量が少ないので、それのみでは拡散を起こさず、熱を加えて熱拡散を起こさせることで、熱時効の析出に似た粗大な析出物が生成されると考えられる。イオン照射の析出は、3次元アトムプローブ観察により確認されたが、電子線照射の析出状態の観察も今回の考察を確かめるためにも行う必要がある。
【0022】
さらに、150℃と180℃時効のグラフを見ると、硬度の最大値を上げようとすれば温度を下げることによって可能となるが、その分時間を要する。逆に短時間で高硬度を得たいと思えば温度を上げることによって可能になるが、ピーク硬度の最大値は下がってしまう。硬さと時間とをともに最適化させるのは熱時効では非常に困難であるが、電子線を用いれば150℃で照射を行うことにより、ピーク硬度を維持あるいは上昇させて、プロセス時間も短縮することができる。さらに今回はエネルギー2MeVでの照射を行ったが、さらに高エネルギーでの照射を行うことで硬度上昇に要する時間を短縮することができる。エネルギーのほかにも、今後照射の諸条件を模索していくことにより、時効熱処理との明瞭な差を生み出すことができるであろうと考えられる。
【0023】
また、図5に温度を100℃、125℃、150℃に設定し、それぞれに6×1017/10cm2 の電子線照射をおこなった試料の表面からの深さに対するビッカース硬度分布を示した。この図を見ると電子線照射による硬度上昇はビッカース硬度の押し込み深さに依存せず一定の値をとることがわかる。これは電子線の侵入深さが試料の厚さよりも大きいため、生じた格子欠陥がイオン照射のときのように表面に局在せずに、試料全体に生成されたためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は、材料の硬度を上げかつ強度(硬度)の高い部分にパターンニング技術を必要とする分野、靱性と強度(硬度)とを合わせ持った傾斜材料作成を必要とする分野で有用である。利用対象業界としては、自動車、航空機部品などの軽金属材料の部分的強度化を図りたい業界等が有用であると思料される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム軽合金を溶体化処理することにより添加元素を過飽和に含む状態を形成して溶体化処理材を作成し前記溶体化処理材に、加速器により電子線を照射して、該溶体化処理材中の添加元素をナノメートルスケールの析出物として生成することを特徴とするアルミニウム軽合金の硬化制御法。
【請求項2】
前記アルミニウム軽合金がジュラルミンである請求項1に記載のアルミニウム軽合金の硬化制御法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−136745(P2012−136745A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290649(P2010−290649)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】