説明

アンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法

【課題】簡便で正確な測定が可能なアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法を提供する。
【解決手段】デヒドロゲナーゼの基質化合物に下記ペプチド鎖がアミド結合した化合物、被検試料、アンジオテンシンI変換酵素およびアミノアシラーゼを含む溶液を所定時間反応させる工程、および


[式中、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示し、右側はC末端、左側はN末端を示す] 上記工程においてアンジオテンシンI変換酵素およびアミノアシラーゼの作用により生成したデヒドロゲナーゼの基質化合物をデヒドロゲナーゼにより酸化し、得られた酸化化合物の生成量を測定する工程を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンジオテンシンI変換酵素の活性の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アンジオテンシンIは非常に重要な生理活性ペプチドであり、アンジオテンシンI変換酵素(以下、「ACE」という)によりC末端のジペプチドが切除されてアンジオテンシンIIとなる。このアンジオテンシンIIは極めて強い血圧上昇活性を有することから、ACEの阻害剤は降圧剤として期待でき、また、ACEの活性化剤は昇圧剤として期待できる。実際、ACE阻害剤であるカプトプリル(D−3−メルカプト−2−メチルプロパノイル−L−プロリン)は、高血圧の治療剤として用いられている。
【0003】
従って、ACE活性を測定する技術は、薬剤探索に利用できるものとして有用である。特に近年、高血圧症などの成人病が問題となっており、降圧作用を有する物質を探索する技術は特に重要視されている。例えば、食品のACE活性を測定することによりそのACE阻害活性を見出すことができれば、その食品を高血圧予防の機能性食品として用いることが考えられる。また、降圧作用物質自体の探索も重要である。さらに、ACE活性の測定技術を疾病の診断に応用することも可能である。
【0004】
従来のACE活性の測定方法としては、非特許文献1と2に記載のものが知られている。この方法では、基質化合物としてHip−His−Leu(「Hip」は馬尿酸を示す)を用い、被検試料と共にACEを加えて反応を行なう。そして、反応の結果生じた馬尿酸の量により被検試料の阻害活性を測定するものである。
【0005】
ところがこの方法は煩雑であり、自動分析に不適であって、多種類の試料の分析には不向きであるという欠点を有する。つまり、この方法では反応により遊離する馬尿酸を酢酸エチルにより抽出し、酢酸エチルを除去した後に再溶解して228nmの吸光度を測定する。この様に抽出操作が必要であることに加え、酢酸エチルを完全に除去しなければ正確な測定ができないなど、この方法は簡便なものではない。
【0006】
そこで、上記方法の欠点を克服するために、ACE阻害剤により切断され遊離した基質化合物の断片を蛍光化合物へ誘導したり、遊離する断片が紫外線により変化を示す様な基質化合物を用いる方法が開発されている。
【0007】
例えば非特許文献3に記載の方法では、基質化合物としてp−ヒドロキシ馬尿酸−His−Leuを用い、被検物質の存在下でACEを作用させる。この反応により遊離したp−ヒドロキシ馬尿酸をヒップリカーゼ(アミノアシラーゼ)によりp−ヒドロキシ安息香酸とグリシンに切断し、さらにp−ヒドロキシ安息香酸を、4−アミノアンチピリンと過酸化水素と共にペルオキシダーゼによりキノンイミン色素に変換する。得られた反応液はそのまま吸光度測定に用いることができ、生じたキノンイミン色素の量を把握することによって、被検物質のACE阻害活性を確認することができる。
【0008】
しかしこの方法で使用するペルオキシダーゼは基質特異性が低いために、特に食品など様々な化合物を含むものを被検試料とする場合には、正確な測定ができない。また、過酸化水素の反応性は高いことから、測定を妨害する様な酸化反応を単独で起こすことがある。さらに、4−アミノアンチピリンは発癌性を有するという問題もある。
【非特許文献1】川岸舜朗 編著,「生化学実験法38 食品中の生体機能調節物質研究法」,学会出版センター,「III−3 アンジオテンシン変換酵素阻害物質」,第116〜129頁(1996年発行)
【非特許文献2】D.Y.Cushman,H.S.Cheung,バイオケミカル・ファーマコロジー(Biochem.Pharmacol.),第20巻,第1637〜1648頁(1971年)
【非特許文献3】Y.Kasahara,Y.Ashihara,クリニカル・ケミストリー,第27巻11号,第1922〜1925頁(1981年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した様に、ACE活性の測定方法の開発は極めて重要であると認識されており、既に様々な方法が知られている。しかし近年、成人病リスクが一般的に高まるにつれ高血圧症が問題となっており、ACE活性に関与する化合物の探索をより広く行なう必要が生じていることから、より一層簡便で正確に行なえる測定方法が求められている。
【0010】
そこで、本発明が解決すべき課題は、簡便で正確な測定が可能なACE活性の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、従来方法の欠点を克服する手段につき鋭意検討を進めた。その結果、ACEの作用により生じた化合物を、最終的に基質特異性の高いデヒドロゲナーゼを用いて酸化し、この酸化化合物の生成量を測定する方法であれば、被検試料によるACE活性の変化を簡便で正確に測定できることを見出して、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明に係るACE活性の測定方法は、
デヒドロゲナーゼの基質化合物に下記ペプチド鎖がアミド結合した化合物(以下、「ACE基質化合物」という)、被検試料、ACEおよびアミノアシラーゼを含む溶液を所定時間反応させる工程、および
【0013】
【化1】

[式中、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示し、右側はC末端、左側はN末端を示す]
【0014】
上記工程においてACEおよびアミノアシラーゼの作用により生成したデヒドロゲナーゼの基質化合物をデヒドロゲナーゼにより酸化し、得られた酸化化合物の生成量を測定する工程、
を含むことを特徴とする。
【0015】
ACE基質化合物としては、下記化合物(I)が好適である。
【0016】
【化2】

[式中、Rは低級アルキルを示し、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示す]
【0017】
上記化合物(I)は、先ずACEによりC末端側のジペプチド(−X−Y)が切断され、次いでアミノアシラーゼによりGlyが切断されて、3−ヒドロキシ脂肪族カルボン酸が生成する。この3−ヒドロキシ脂肪族カルボン酸は、デヒドロゲナーゼの代表的な基質化合物である。
【0018】
ここで「低級アルキル」とは、炭素数が1〜6の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素を意味する。例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、tert−ブチル、ペンチル、イソアミル、ヘキシル等である。
【0019】
ACE基質化合物としては、さらに下記化合物(Ia)が好適である。
【0020】
【化3】

[式中、XおよびYは、上述したものと同義を示す]
【0021】
当該化合物(Ia)は、ACEとアミノアシラーゼの作用により3−ヒドロキシ酪酸となる。この3−ヒドロキシ酪酸はデヒドロゲナーゼの代表的な基質化合物であり、デヒドロゲナーゼとNADを用いる簡便な定量キットも市販されており、容易に定量することができる。
【0022】
上記測定方法においては、デヒドロゲナーゼとして、補酵素であるNADを必要とするデヒドロゲナーゼを用い、生成した酸化化合物の生成量を、NADHの生成量として間接的に測定することが好ましい。NADHの生成量は、直接的または間接的に比較的簡便且つ正確な測定が可能である。また、NADHの生成量の測定方法としては様々なものが開発されており、それらから適切なものを選択して使用できる。
【0023】
使用するアミノアシラーゼの量は、172000U/mL以上が好適である。30分間という短い反応時間であっても、Glyの切断反応が100%進行することが実証されているからである。
【0024】
また、0.1〜0.25U/mLのACEを用いることが好ましい。この範囲のACEを用いれば、反応時間と反応の進行はほぼ直線関係にすることができるので、所定の反応時間経過後におけるACE活性に対する被検試料の作用を、より正確に比較できるからである。
【発明の効果】
【0025】
本発明で用いるデヒドロゲナーゼは、基質特異性が非常に高い。また、デヒドロゲナーゼを使用して化合物を定量する方法は正確で簡便であり、よく研究されている。よって、デヒドロゲナーゼを利用してACEの活性を測定する本発明方法は、正確で簡便である。
【0026】
従って本発明は、例えば食品など様々な化合物が含まれている被検試料がACE活性に与える影響を測定するのに適していることから、高血圧を予防する機能性食品や降圧剤の探索に利用できるものとして産業上極めて有用である。また、本発明は、疾病の診断にも適用できる可能性も有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明に係るACE活性の測定方法は、
デヒドロゲナーゼの基質化合物に下記ペプチド鎖がアミド結合した化合物(ACE基質化合物)、被検試料、ACEおよびアミノアシラーゼを含む溶液を所定時間反応させる工程(以下、「ACE反応工程」という)、および
【0028】
【化4】

[式中、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示し、右側はC末端、左側はN末端を示す]
【0029】
上記工程においてACEおよびアミノアシラーゼの作用により生成したデヒドロゲナーゼの基質化合物をデヒドロゲナーゼにより酸化し、得られた酸化化合物の生成量を測定する工程(以下、「デヒドロゲナーゼ反応工程」という)
を含むことを特徴とする。先ず、ACE反応工程について説明する。
【0030】
ACE反応工程では、以下の反応が進行する。即ち、ACEの作用により末端ジペプチド(−X−Y)が切断され、さらにアミノアシラーゼの作用によりGlyが切断されることによって、デヒドロゲナーゼの基質化合物が生成する。なお、式中の「DH」はデヒドロゲナーゼを示す。
【0031】
【化5】

【0032】
本発明方法で用いる「ACE基質化合物」は、デヒドロゲナーゼ基質化合物のカルボキシル基に、トリペプチドである−Gly−X−YのN末端アミノ基がアミド結合した化合物である。ここでXとYは、L−アミノ酸であればその種類は制限されず、一般的な天然アミノ酸、異常アミノ酸、合成アミノ酸などを用いることができるが、ACEの基質となる必要があることから、一般的な20種類の天然L−アミノ酸が好適である。より好ましくは、ACEはアンギオテンシンIのC末端の−His−Leuを切断してアンギオテンシンIIに変換することから、−His−Leuとすることができる。また、−Gly−Glyも切断され易いことから好適である。
【0033】
デヒドロゲナーゼの基質化合物は、次工程で使用するデヒドロゲナーゼの基質となるものであり且つ上記トリペプチド(−Gly−X−Y)とアミド結合するためのカルボキシル基を有するものであれば、特にその種類は問わない。例えば、D−またはL−乳酸、D−またはL−リンゴ酸、D−3−ヒドロキシ酪酸などを用いることができる。
【0034】
「ACE基質化合物」としては、下記化合物(I)が好適であり、さらにR基がメチル基である下記化合物(Ia)が好ましい。
【0035】
【化6】

[式中、R、XおよびYは、上述したものと同義を示す]
【0036】
「ACE基質化合物」は、デヒドロゲナーゼの基質化合物が一般的に市販されているなど容易に入手できることから、当該基質化合物に一般的な手法でトリペプチドを結合させることにより入手できる。
【0037】
ACE反応工程における「ACE基質化合物」の量は、特に制限されないが、ACE活性を評価できる程度に十分に存在せしめる必要がある。一般的には、反応系に5〜10mM程度添加すればよい。
【0038】
「被検試料」は、蒸留水等に溶解または懸濁した後、不溶成分が存在する場合には好ましくは濾過して反応系に添加する。或いは、そのまま反応系に添加すればよい。
【0039】
被検試料の添加量は特に制限されないが、様々な化合物が含まれる試料の場合、アミノアシラーゼなどの酵素反応が過剰に阻害されることを防ぐために抑制する必要が生じることがある。また、複数の被検試料を測定して結果を比較する場合には、添加量を同一にする。何れにせよ、被検試料の添加量は、予備実験などにより適切に決定する必要がある。
【0040】
ACEは、ヒト、ウマ、ブタ、ヒツジ、ウサギ由来のものなど何れのものも使用でき、市販のものや単離精製したものを用いればよい。
【0041】
ACEの添加量は、適度な反応時間において、ACEの作用による化合物の分解反応の進行と反応時間とが実質的な直線関係を形成する程度とする。一般的には、0.05〜0.3U/mL、より好ましくは0.1〜0.25U/mLとする。
【0042】
アミノアシラーゼも、市販のものや単離精製したものを用いればよい。また、その添加量は、ACEの作用により生成した化合物の末端Glyを、適度な反応時間で定量的に切断できる程度にすることが好ましい。例えば、80000U/mL以上、より好ましくは150000U/mL以上、さらに好ましくは170000U/mLとする。
【0043】
ACE反応工程の反応は、上記各化合物等を溶媒中に混和することにより開始することができる。各化合物等の添加は、各化合物等の溶液を添加することによってもよい。使用できる溶媒としては、蒸留水、精製水、純水、超純水などを用いることができる。
【0044】
反応温度は、通常、37℃程度の恒温とする。また、反応時間は特に問わないが、複数の被検試料の結果を比較する場合には一定にする必要があり、また、ACEの作用による化合物の分解反応の進行と反応時間とが実質的な直線関係を形成する程度とする。その様な反応時間は、予備実験により決定すればよい。
【0045】
所定の反応時間後、次のデヒドロゲナーゼ反応工程に移行すればよい。なお、複数の被検試料を比較するためには、当然に反応時間を同一にする。反応時間を厳密にするためには、塩酸を適量、例えば最終濃度で0.01〜0.2mol/L程度添加して、反応を停止させてもよい。但し、かかる反応停止剤が次工程の反応を阻害する可能性もあるため、所定の反応時間後に適量の反応混合液を抜き出して、次工程の反応系に加えるという方法を採ってもよい。
【0046】
デヒドロゲナーゼ反応工程では、ACE反応工程で生成したデヒドロゲナーゼの基質化合物をデヒドロゲナーゼにより酸化し、得られた酸化化合物の生成量を測定する。この工程によって、ACE反応工程においてACEの作用により分解された化合物の量や割合を間接的に測定することができ、結果としてACEの活性を測定できる。
【0047】
当該工程では、ACE反応工程の反応混合液とデヒドロゲナーゼとを混合する。好適には、デヒドロゲナーゼの溶液へACE反応工程の反応混合液を添加し混合する。
【0048】
デヒドロゲナーゼは、一般的に基質特異性が高い(例えば、今堀和友ら監修「生化学辞典第2版」東京化学同人,第801頁,「脱水素酵素」の項を参照)。よって、被検試料に様々な混合物が含まれている場合であっても、酵素反応が阻害される可能性は低く、より正確に測定することができる。
【0049】
デヒドロゲナーゼとしては、ACE反応工程でACEの基質化合物に含まれるデヒドロゲナーゼ基質化合物に対応するものを用いる。例えば、当該デヒドロゲナーゼ基質化合物として3−ヒドロキシ酪酸を利用する場合には、3−ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼを用いる。この様なデヒドロゲナーゼはよく研究されており、また、市販されているものもあるので、市販品を用いてもよいし単離精製したものを用いてもよい。
【0050】
デヒドロゲナーゼの使用量は特に制限されないが、ACE反応工程により得られたデヒドロゲナーゼ基質化合物を定量的に酸化できる量を使用することが好ましい。具体的には、もちろん酸化すべきデヒドロゲナーゼ基質化合物の量にもよるが、10〜20U/mL程度とすることができる。
【0051】
当該酸化反応における反応温度や反応時間などは、使用するデヒドロゲナーゼの至適温度や活性などに応じて決定すればよい。好適には、デヒドロゲナーゼ基質化合物を定量的に酸化できる程度にする。
【0052】
酸化反応後には、得られた酸化化合物の生成量を測定する。得られた数値を比較することによって、被検試料がACE活性に与える影響を把握することができる。この測定は、酸化化合物の生成量を直接定量してもよいし、補酵素としてNADを必要とするデヒドロゲナーゼを用いた場合には、NADHの生成量を測定してもよい。また、酸化化合物やNADHをさらなる反応に付し、その生成量を間接的に測定してもよい。例えば、デヒドロゲナーゼ基質化合物の1つとしてD−3−ヒドロキシ酪酸があり、このD−3−ヒドロキシ酪酸を定量するためのキットが市販されている。このキットでは、下記反応を利用し、フォルマザンという化合物の生成に伴って増加する波長492nmの吸光度の変化によりD−3−ヒドロキシ酪酸を定量する。なお、下記式において、3−HBDHとは3−ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼの略称であり、INTは塩化ヨードニトロテトゾリウムを示す。
【0053】
【化7】

【0054】
なお、デヒドロゲナーゼの基質化合物は、被検試料にもとから含まれている可能性がある。例えば3−ヒドロキシ酪酸は、生体内でアセチルCoAからアセト酢酸を経て生合成されるので、被検試料中に存在している場合がある。この様な場合には、被検試料がACE活性に与える影響を正確に測定することができなくなる。従って、事前にACE反応工程を行なわず被検試料中のデヒドロゲナーゼ基質化合物を測定して、その存在の有無を確認しておくことが好ましい。存在が確認された場合には、本発明方法による測定を行なった後に、得られた数値から被検試料にもとから含まれていたデヒドロゲナーゼ基質化合物の量を差し引くことによって、正確な測定が可能になる。
【0055】
本発明方法により得られたACE活性の測定結果をもって、被検試料がACE活性に与える影響を簡便かつ正確に調べることができる。そして、被検試料が優れたACE活性の阻害作用を有する場合には、被検試料自体が高血圧症の治療や予防に利用できたり、或いは被検試料から優れた降圧作用成分が見出される可能性がある。よって本発明方法は、成人病のリスクが高まっている現代において、極めて有用なものである。
【0056】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0057】
実施例1 ACEによる3HB−GGGの切断
ACEによりD−3−ヒドロキシ酪酸−Gly−Gly−Gly(以下、「D−3−ヒドロキシ酪酸」を「3HB」と、「Gly」を「G」という場合がある)が、3HB−GとGly−Glyに切断されていることを確認するために、3HB−GGGとACEの反応の進行により生成するアミノ基の濃度を測定した。3.4mg/mLの3HB−GGG溶液(125μL)へ、超純水(15μL)と0.1U/mLのACE(50μL)を加えて20秒間攪拌し、37℃で0〜120分間反応させた。反応の停止は、1N塩酸(25μL)を加えることにより行なった。なお、反応混合液における3HB−GGGの終濃度は7.35mMであった。反応後、反応溶液をセントリカット(クラボー社製、W−10)に移し、5000rpmで10分間遠心分離して限外濾過することによって、分子量10,000以上の化合物を除いた。
【0058】
次に、遊離するGly−Glyのアミノ基濃度をTNBS法(R.B.Sashidharら, J.Immunol.Method.,167,pp121-127(1994年)を参照)測定することによって、3HB−GGGの分解を確認した。具体的には、限外濾過した濾液(50μL)に4%NaHCO3水溶液(pH8.5、50μL)とTNBS(2,4,6−トリニトロベンゼンスルホン酸)の30mM水溶液(50μL)を加え、約37℃で30分間反応させることによって、Gly−Glyのアミノ基にTNBSを定量的に結合させた。次いで、10%SDS(50μL)と1N塩酸(25μL)を加えて反応を停止させた。この反応混合液から180μLをマイクロプレートに移し、波長415nmの可視光に対する吸光度を測定し、事前に測定した吸光度とGly−Gly濃度との検量線から、各溶液におけるGly−Gly濃度を求めた。7.35mMの3HB−GGGから生成したGly−Glyの濃度、即ち3HB−GGGの分解率を求めた。結果を表1と図1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1の通り、3HB−GGGとACEとの反応によって、アミノ基が生じていることが分かった。別途、反応溶液をHPLCにより分析したところ、Gly−Glyの生成が確認された。よって、ACEにより3HB−GGGは3HB−GとGly−Glyとに分解されることが明らかにされた。また、図1より、実施例1のACEおよび3HB−GGGの濃度、反応温度および反応時間においては、反応時間と反応の進行との間には実質的に直線的な関係があることが分かった。
【0061】
実施例2 アミノアシラーゼによる3HB−Gの切断
次に、3HB−Gがアミノアシラーゼに切断されて3HB(3−ヒドロキシ酪酸)とGlyが生じることを確認した。先ず、上記実施例1と同様の条件で120分間反応を行なった。次いで、0〜344000U/mLのアミノアシラーゼを加え、0〜30分間反応させた。反応の停止は、1N塩酸(25μL)を加えることにより行なった。
【0062】
反応終了後、食品分析の分野で汎用されている3HB定量用のキット(JKインターナショナル社製、F−キット)を用いて、生成した3HBの量を測定した。具体的には、界面活性剤(Triton(登録商標) X−100)を含むリン酸カリウム/トリエタノールアミンバッファー(pH8.6、0.6mL)、4Uのアミノアシラーゼと13mgのβ−NADを2.5mLの蒸留水に溶解した溶液(0.2mL)、塩化ヨードニトロテトゾリウム溶液(0.2mL)、蒸留水(2mL)および反応混合液(0.1mL)を混和し、2分後における波長:492nmの吸光度(E1(試料))を測定した。また、試料を加えず同様に吸光度(E1(ブランク))を測定した。これら測定溶液へ、27Uの3−ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼを約1.8mLの蒸留水に溶解した溶液(0.05mL)を加えて混和し、正確に20分後の吸光度(E2(試料)とE2(ブランク))を測定し、さらに正確に10分後の吸光度(E3(試料)とE3(ブランク))を測定した。次に、下記式に基づいて3HBの量(濃度)を算出した。
【0063】
【数1】

【0064】
得られた3HB濃度から、切断された3HB−Gの割合(分解率)を求めた。結果を図2に示す。
【0065】
図2の通り、172000U/mL以上のアミノアシラーゼによれば、30分間の反応時間で約100%反応が進行することが確認された。
【0066】
実施例3 反応条件の最適化
上記実施例1と2の結果をふまえて、3HB−GGGを基質化合物として、ACEとアミノアシラーゼにより3HBまで分解する反応を行なうに当たり、ACEの濃度を0〜0.5U/mLに変化させて、ACE濃度と反応時間の適値を検討した。具体的には、超純水(125μL)への3HB−GGG溶液(7.11mM)、ACE(0〜0.5U/mL)およびアミノアシラーゼ(172000U/mL)を溶解して37℃で反応させ、0〜120分間に20分毎に試料を採取し、実施例2と同様の方法で生成した3HBの濃度を測定した。反応時間と生成した3HB濃度との関係を図3に、反応時間を60分間とした場合におけるACE濃度と3HB濃度との関係を図4に示す。
【0067】
図3と4の通り、ACE濃度が0.05〜0.2U/mLの場合には、反応時間と3HB生成量およびACE濃度と3HB生成量とは、ほぼ直線関係にある。一方、ACE濃度を0.5U/mLとした場合には、3HBの生成量が頭打ちになっている。また、これら結果から、活性試験を高感度で迅速に行なうことを考慮して、ACE濃度を0.2U/mL程度にすることとした。また、0.2U/mLのACEを用いれば、30分間の反応で十分に測定を行なえることも分かった。
【0068】
なお、3HB−GGGの初期濃度7.11mMに対する3HBの最大生成量は1.98mMであり、分解率は最大で27.8%であった。その原因は必ずしも明らかでないが、3HB生成量の測定に用いたF−キットの検出限界が考えられる。
【0069】
実施例4
上記実施例1〜3の結果をふまえ、代表的なACE阻害剤であるカプトプリルとアラセプリルの存在下、ACE活性の測定を行なった。具体的には、0〜1μMのカプトプリルまたは0〜0.1mMのアラセプリル、7.11mMの3HB−GGG、0.2U/mLのACEおよび372000U/mLのアミノアシラーゼからなる反応混合液を調製し、30分間反応を行なった。1N塩酸(25μL)を加えて反応を停止させた後、実施例2と同様の方法により生成した3HBの量を測定した。各ACE阻害剤が存在しない場合に対する阻害率として、カプトプリルの結果を図5に、アラセプリルの結果を図6に示す。
【0070】
図5と6の結果の通り、カプロプリルおよびアラセプリルの添加によりACE阻害が生じ、阻害剤濃度に依存した阻害活性の変化を確認することができた。また、本測定条件におけるコントロールの変動係数は0.9%(n=3)であり、安定に測定が行なえることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】ACEによる3HB−GGGの分解率と反応時間との関係を示す図である。
【図2】アミノアシラーゼによる3HB−Gの分解反応におけるアミノアシラーゼ濃度、分解率および反応時間との関係を示す図である。
【図3】ACEとアミノアシラーゼによる3HB−GGGの分解反応におけるACE濃度、分解率(3HBの生成濃度)および反応時間との関係を示す図である。
【図4】ACEとアミノアシラーゼによる3HB−GGGの分解反応で、反応時間を60分間とした場合におけるACE濃度と3HB濃度との関係を示す図である。
【図5】本発明方法によりカプトプリルのACE阻害活性を測定した結果を示す図である。
【図6】本発明方法によりアラセプリルのACE阻害活性を測定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デヒドロゲナーゼの基質化合物に下記ペプチド鎖がアミド結合した化合物(以下、「ACE基質化合物」という)、被検試料、アンジオテンシンI変換酵素およびアミノアシラーゼを含む溶液を所定時間反応させる工程、および
【化1】

[式中、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示し、右側はC末端、左側はN末端を示す]
上記工程においてアンジオテンシンI変換酵素およびアミノアシラーゼの作用により生成したデヒドロゲナーゼの基質化合物をデヒドロゲナーゼにより酸化し、得られた酸化化合物の生成量を測定する工程、
を含むことを特徴とするアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法。
【請求項2】
ACE基質化合物として、下記化合物(I)を用いる請求項1に記載のアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法。
【化2】

[式中、Rは低級アルキルを示し、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示す]
【請求項3】
デヒドロゲナーゼとして、補酵素であるNADを必要とするデヒドロゲナーゼを用い、酸化化合物の生成量を、NADHの生成量として間接的に測定する請求項1または2に記載のアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法。
【請求項4】
ACE基質化合物として、下記化合物(Ia)を用いる請求項1〜3のいずれかに記載のアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法。
【化3】

[式中、XおよびYは夫々独立してL−アミノ酸を示す]
【請求項5】
172000U/mL以上のアミノアシラーゼを用いる請求項1〜4のいずれかに記載のアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法。
【請求項6】
0.1〜0.25U/mLのアンジオテンシンI変換酵素を用いる請求項1〜5のいずれかに記載のアンジオテンシンI変換酵素活性の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−202515(P2007−202515A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−27503(P2006−27503)
【出願日】平成18年2月3日(2006.2.3)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【出願人】(590005081)株式会社同仁化学研究所 (9)
【Fターム(参考)】