説明

アーク溶接におけるプラズマ制御方法及び溶接トーチ

【課題】溶接品質の調整が極めて簡単で、任意に調整された溶接品質を安定に得ることができ、また、箱型形状の被溶接物の表面側の溶接も簡単に行うことのできるアーク溶接におけるプラズマ制御方法を提供する。
【解決手段】溶接トーチ1内に、そのトーチ先端方向に延出する通電路3を配置し、この通電路3に電流Iを流して磁界を発生させ、溶接トーチ1の先端側に発生するプラズマ5を軸芯方向に集中させる。このプラズマ5の集中の度合いは通電路3に流す電流Iの大小で簡単に調整でき、また、被溶接物の背面側に磁石を置く必要もなく、上記課題を容易に達成させ得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接においてプラズマを制御する方法、及びこれに用いる溶接トーチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
アーク溶接におけるプラズマ制御方法には、従来、超電導バルク体磁石により発生する磁力をプラズマに作用させるという方法があった(特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2005−211919号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら上記従来方法では、超電導バルク体磁石(以下、磁石と略記する。)を用いる方法であるため、溶接品質に係わる調整、例えば熱影響部の範囲やプラズマ集中度等の調整を簡単に、特に連続的に簡単に行い得なかった。
また上記従来方法は、磁石を、溶接トーチとは反対側、つまり被溶接物の背面側に配置する方法である。このため、例えば、箱型形状の被溶接物の表面側を溶接するときのように、被溶接物の背面側(箱裏面側)に磁石を入れることができない場合には、この方法自体、適用することができなかった。
更に上記従来方法では、被溶接物の背面側からの磁力によってプラズマ制御をするために強い磁力を必要とする。そこで、大型の磁石を使用することになるが、このような場合には、被溶接物の背面側において大きな磁石配置空間が必要となり、上記従来方法を適用することは益々困難となった。
【0005】
本発明の課題は、溶接品質に係わる調整を極めて簡単に行い得、また、箱型形状の被溶接物の表面側を溶接するときのように、被溶接物の背面側に磁石を配置できない場合であっても適用でき、任意に調整された溶接品質を安定に得ることができるアーク溶接におけるプラズマ制御方法及び溶接トーチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題は、アーク溶接におけるプラズマ制御方法及び溶接トーチを下記各態様の構成とすることによって解決される。
各態様は、請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、あくまでも本発明の理解を容易にするためであり、本明細書に記載の技術的特徴及びそれらの組合わせが以下の各項に記載のものに限定されると解釈されるべきではない。また、1つの項に複数の事項が記載されている場合、それら複数の事項を常に一緒に採用しなければならないわけではなく、一部の事項のみを取り出して採用することも可能である。
【0007】
以下の各項のうち、(1)項が請求項1に、(2)項が請求項2に、(3)項が請求項3に、各々対応する。
【0008】
(1)溶接トーチ内に、該溶接トーチ先端方向に延出する通電路を配置し、この通電路に電流を流して磁界を発生させ、前記溶接トーチの先端側において発生するプラズマをその軸芯方向に集中させることを特徴とするアーク溶接におけるプラズマ制御方法。
通電路は、溶接トーチの先端方向に延出させ、同トーチ先端近傍においてほぼU字状に折返す形態が簡単である。通電路の本数は、通電路に電流を流したときに前記プラズマを軸芯方向に集中させることができれば、何本でもよい。
通電路へは直流電源が接続されるが、この直流電源は、溶接電源が直流電源である場合にはこの直流電源を兼用してもよい。溶接電源が交流電源である場合には別途直流電源を用意する。
溶接トーチは、通常、カーボンや鉄等の導電性を有する物質で形成されているため、通電路はその外周が絶縁層で覆われる。
【0009】
(2)前記電流の大きさが調整可能であることを特徴とする(1)項に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法。
電流の大きさの調整はどのような方法で行ってもよいが、消費電力が少ない方法がよいことはいうまでもない。
(3)(1)項又は(2)項に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法に用いる溶接トーチであって、トーチ本体とトーチ先端部分とに着脱自在に分割構成され、前記通電路は、前記トーチ本体に配置される本体側通電路部と前記トーチ先端部分に配置される先端側通電路部とに接離自在に分割構成され、これら本体側通電路部と先端側通電路部とが、前記トーチ本体とトーチ先端部分との着脱に伴って接離されるように構成されたことを特徴とする溶接トーチ。
トーチ本体とトーチ先端部分の着脱に伴って接離される構成としては、例えば填込み式連結具、具体的にはプラグ・ジャックを用いた構成が挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
(1)項に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法によれば、溶接トーチ内の通電路に流す電流によってプラズマを調整、制御する方法であるので、溶接品質に係わる調整を極めて簡単に行い得る。また、箱型形状の被溶接物の表面側を溶接するときのように、被溶接物の背面側に磁石を配置できない場合であっても適用でき、任意に調整された溶接品質を安定に得ることができる。
【0011】
(2)項に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法によれば、被溶接物の変更、溶接条件の変更等に容易に対処でき、例えば、多品種加工に適用して大なる効果がある。
(3)項に記載の溶接トーチによれば、(1)項又は(2)項に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法において、トーチ先端部分の取替えを簡単、迅速に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。なお、各図間において、同一符号は同一又は相当部分を示す。
図1は本発明に係るアーク溶接におけるプラズマ制御方法の一実施形態の概略説明図、図2は図1中のA−A線断面矢視図である。図1は、本発明をMIG(ミグ)溶接に適用した場合を示している。
【0013】
図1に示すように、溶接トーチ1は、図示しないリールから供給される電極ワイヤ2の先端が下方に向くように配置され、その下方には、所定の距離を隔てて被溶接物W1,W2が置かれている。
ここで、上記溶接トーチ1内には、同トーチ1の先端方向に延出し、同トーチ1先端近傍においてほぼU字状に折返す通電路3が配置されている。
この通電路3は、図2に例示するように、溶接トーチ1の先端中心位置(電極ワイヤ2)を中心として点対称に2本配置されている。そしてこの2本の通電路3,3は、図1に示す直流電源4に接続されるが、通電電流が各々逆方向(隣接して流れる電流の向きが逆方向)になるように、相互に逆極性に接続される。
また、溶接トーチ1は、通常、カーボンあるいは鉄等で形成されいて導電性を有する。このため通電路3は、自身の往路3a,復路3b間やもう一方の通電路3との間で短絡が生じないように、その外周が絶縁層で覆われている。ここでは通電路3,3として絶縁被覆電線が用いられている。
【0014】
以上の構成において、電極ワイヤ2及び被溶接物W1,W2間に溶接電源(図示せず)を供給して溶接トーチ1先端からプラズマ5を発生させる。このプラズマ5は、溶接トーチ1内に供給されて溶接トーチ1先端から噴射されるシールドガス(図示せず)で囲まれる。
溶加材を兼ねた上記電極ワイヤ2を先端側から送り出しながら、上記プラズマ5が被溶接物W1,W2の被溶接部に噴射されると、その部分が溶融して溶融池6となり、その後に固まってビード7が形成される。
このような溶接動作を、溶接トーチ1又は被溶接物W1,W2を溶接方向に移動させつつ続けることにより、溶接方向にビード7が連続的に形成され、被溶接物W1,W2間において線状に溶接が行われる。
なお、溶接電源には、通常直流電源が用いられ、+極を被溶接物W1,W2側に、−極を電極ワイヤ2側に接続されるが、これとは逆極性に接続してもよい。また、溶接電源に交流電源を用いてもよい。
【0015】
ここで、本実施形態においては、上述したように、溶接トーチ1の先端部分に2本の通電路3,3が配置され、相互に逆方向の直流電流が通電される。したがって、通電路3,3からは各々磁界が発生して磁気ミラーが形成され、溶接トーチ1の先端側において発生するプラズマ5を、その溶接トーチ1の先端近傍部分で軸芯方向に集中させる。
【0016】
以下、これを図3及び図4を併用して説明する。
図3及び図4は、図1及び図2に示す構成における通電路3への通電電流、この電流により発生する磁界(磁気ミラー)及びこの磁界により集束されるプラズマ5の関係を模式的に示す図である。このうち、図3は上記電流及びプラズマ5の関係を溶接トーチ1の概略斜視図上に表した図、図4は上記電流、磁界及びプラズマ5の関係を図3中の通電路折返し部の直前部分から上方側を表した図である。なお、図4中の二点鎖線で示すプラズマ5は、溶接トーチ1の先端側(通電路折返し部よりも下方側)におけるプラズマ5の輪郭を模式的に示したものである。
【0017】
図3に示すように、通電路3,3に電流Iが流されると、各通電路3から磁界が発生し、各通電路3の往路3a,復路3b近傍において、プラズマ5に対して各々図4中の矢印に示す方向に作用を及ぼす磁気ミラー31がフレミングの法則に従って生じる。
したがって、溶接トーチ1の先端側において発生するプラズマ5は、その溶接トーチ1の先端近傍部分で、図4に示すように軸芯方向(電極ワイヤ2方向)に集中される。
上記磁界は、通電路3に流れる電流の大小に応じてその強さが変化するから、通電路3に流れる電流を調整することによって上記磁界の強さ、つまり磁気ミラー31の作用する力が変化し、プラズマ5の軸芯方向への集中の度合い(以下、プラズマ集中度という。)を調整できる。つまり、上記電流を大きくすれば磁界は強くなり、プラズマ集中度を強め、逆に同上電流を小さくすれば磁界は弱くなり、プラズマ集中度を弱める。
【0018】
そこで、被溶接物W1,W2の溶接に当たって通電路3,3に流れる電流を適宜調整し、プラズマ集中度(図5中、符号51で示す溶接トーチ1の先端近傍部分におけるプラズマ径)を調整して、被溶接物W1,W2の溶接品質の調整が可能である。
プラズマ集中度を、被溶接物W1,W2の溶接に最適なものとすれば、被溶接物W1,W2の被溶接部を必要最小限の幅でより高温にすることが可能となり、適正なビード幅61(図6参照)が得られ、また、溶込み深さ71(図7参照)を深くすることができ、溶接品質は最適かつ安定なものとなる。一方、熱影響部を縮小して溶接変形(溶接歪)を低減できると共に、溶接時のスパッタの発生を低減でき、また、同品質の溶接を得るのに必要な溶接電流を低減でき、省電力が図れる。勿論、本実施形態に係るプラズマ制御方法においては、被溶接物W1,W2の背面側に磁石を配置する必要はない。
【0019】
すなわち、本実施形態に係るプラズマ制御方法によれば、溶接品質に係わる調整を極めて簡単に行い得、また、被溶接物W1,W2の背面側に磁石を配置できない場合であっても適用でき、上述した種々の効果が得られる。
なお、図3,図5中の32は電極ワイヤ2を溶接電源の−極に導通させるための溶接チップである。電極ワイヤ2は、この溶接チップ32内でこれに摺接しつつ溶接トーチ1先端から被溶接物W1,W2側に送り出される。
また、図5に示すように、溶接チップ32の先端位置は、溶接トーチ1の先端位置や通電路3,3の下端位置(折返し部の位置)よりも下方に突出することはない。
【0020】
図8は、上記溶接トーチ1の具体的な構成例を示す斜視図である。
図示するように、溶接トーチ1は、トーチ本体1aとトーチ先端部分1bとの2つに分割構成されている。トーチ本体1aとトーチ先端部分1bとは、軸方向(図中、上下方向)におけるワンタッチ填込み・引抜き操作で着脱可能(ワンタッチ着脱自在)に構成されている。
各通電路3は、上記トーチ先端部分1bに配置され、先端部でほぼU字状に折返し形成された先端側通電路部3cと、上記トーチ本体1aに配置され、後端部で直流電源4(図1参照)に接続される本体側通電路部3dとに分割構成されている。先端側通電路部3cと本体側通電路部3dとは、上記トーチ本体1aとトーチ先端部分1bの着脱に応じて各々接離自在に構成されている。具体的には、填込み式連結具81、例えば、図9に取り出して示すプラグ91・ジャック92を各々用いてワンタッチ着脱自在に構成されている。
なお、図8に示す例では、通電路3,3の折返し部(下辺部分)は、図5等に示す電極ワイヤ2(トーチ先端部分1b)を中心とする仮想円に沿った円弧状に形成されている。
【0021】
上述実施形態では、本発明をMIG(ミグ)溶接に適用した場合について述べたが、本発明はTIG(ティグ)溶接、MAG(マグ)溶接にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係るプラズマ制御方法の一実施形態の概略説明図である。
【図2】図1中のA−A線断面矢視図である。
【図3】図1及び図2に示す構成における電流及びプラズマの関係を模式的に示す図である。
【図4】同じく電流、磁界及びプラズマの関係を模式的に示す図である。
【図5】プラズマ集中度及び溶接チップ先端位置の説明図である。
【図6】本発明に係るプラズマ制御方法を適用してアーク溶接された被溶接部におけるビード幅の説明図である。
【図7】同じく溶込み深さの説明図(図6中のB−B線断面矢視図)である。
【図8】本発明に係るプラズマ制御方法に用いられる溶接トーチの具体的な構成例を示す斜視図である。
【図9】同上溶接トーチにおける填込み式連結具の一例を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0023】
1:溶接トーチ、1a:トーチ本体、1b:トーチ先端部分、2:電極ワイヤ、3:通電路、3c:先端側通電路部、3d:本体側通電路部、4:直流電源、5:プラズマ、81:填込み式連結具、91:プラグ、92:ジャック、W1,W:被溶接物。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチ内に、該溶接トーチ先端方向に延出する通電路を配置し、この通電路に電流を流して磁界を発生させ、前記溶接トーチの先端側において発生するプラズマをその軸芯方向に集中させることを特徴とするアーク溶接におけるプラズマ制御方法。
【請求項2】
前記電流の大きさが調整可能であることを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアーク溶接におけるプラズマ制御方法に用いる溶接トーチであって、
トーチ本体とトーチ先端部分とに着脱自在に分割構成され、
前記通電路は、前記トーチ本体に配置される本体側通電路部と前記トーチ先端部分に配置される先端側通電路部とに接離自在に分割構成され、
これら本体側通電路部と先端側通電路部とが、前記トーチ本体とトーチ先端部分との着脱に伴って接離されるように構成されたことを特徴とする溶接トーチ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−119700(P2008−119700A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−302930(P2006−302930)
【出願日】平成18年11月8日(2006.11.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】