説明

イオン伝導膜および燃料電池

【課題】高分子電解質膜を形成する高分子自身に自己保水機能を持たせることによって、大型で複雑な水分管理機構を必要とせずとも、膜中の水分管理、特に起動時の出力不足を補うことが可能なイオン伝導膜、例えば燃料電池用電解質膜を提供する。
【解決手段】イオン伝導性を有する成分からなるセグメント(A)と、外部刺激によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する成分からなるセグメント(B)を有する高分子の膜からなるイオン伝導膜。前記高分子がセグメント(A)と(B)からなるブロックコポリマー或いはグラフトコポリマーであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオン伝導膜および燃料電池に関し、特に燃料電池に好適に使用される固体電解質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、環境負荷の低いクリーンエネルギーとして、近年のエネルギー資源の枯渇、地球温暖化に代表される環境汚染問題に貢献し得ることから多くの注目を集めている。また、燃料電池は、環境負荷の観点だけではなく、体積あたりの供給可能エネルギー量が従来の電池に比べて、数倍から数十倍近くになる。さらに、燃料を補充することによって、例えば、小型電気機器を長時間連続使用することが可能になる等の特徴をもつなど、実用面での貢献も数多い。
【0003】
燃料電池は、一般に、触媒を有する2つの電極と、電極に挟まれた電解質膜からなる電解質電極接合体(MEA)を発電部として構成される。特に、電解質部は、電子、ガスを通さずにイオン(プロトン)だけを通すシビアな機能が要求されるため、その開発は容易ではない。
【0004】
現在、各種特性に応じた様々なタイプの電解質膜が開発されており、使用する電解質の種類によって、固体高分子電解質型、リン酸型、アルカリ型、溶融炭酸塩型、固体酸化物型等に分類される。中でも、固体高分子型燃料電池は、常温に近い温度で使用でき、電解質膜が固体であるため姿勢変化による電解質の漏洩等がないことから、ノートPC、携帯電話、デジタルカメラ等の小型電気機器への燃料電池の応用が期待されている。
【0005】
高分子固体電解質膜として、Nafion(登録商標、デュポン社製)膜に代表されるパーフルオロスルホン酸膜が広く一般に用いられている。Nafion膜では、ポリテトラフルオロエチレンからなるマトリックス中にスルホン酸基を有する親水性のイオン伝導チャンネルが膜を貫通して存在し、前記のチャネルを通してプロトンが拡散・伝導すると報告されている。
【0006】
前述のNafion膜だけでなく、高分子固体電解質膜のイオン伝導については、膜中におけるイオン伝導性成分が形成するチャネル構造が極めて重要であると考えられている。プロトンがイオン伝導チャンネル中を移動するモデル機構として、一般的にグロッタス(Grotthuss)機構とビークル(Vehicle)機構が知られている。前者が、水素結合組替えによるプロトンホッピングによりプロトン伝導が達成されるのに対し、後者はヒドロニウムイオンの移動によってプロトン伝導が達成される。グロッタス(Grotthuss)機構のプロトンホッピングにおいては、水分子が存在しない媒体中においてもスルホン酸、リン酸等のブレンステッド酸の存在下では、プロトンホッピングが達成される。一般にこれら2つのプロトン伝導機構は共存するため、プロトン伝導に対して水分子が果たす役割は極めて大きく、実際、燃料電池においては、加湿による電解質膜への水分の供給が不可欠である。
【0007】
例えば、燃料電池の起動時に十分な出力強度を得ることは容易ではない。これは、起動時の電解質膜中における含水率が低いためであり(ドライアウト現象)、イオン伝導率が低下し、燃料電池の出力を低減させる大きな要因となっている。
【0008】
また、燃料電池では、カソードにおいて、電池反応により水が生成する。さらに、前述のビークル(Vehicle)機構によってプロトン伝導が達成された場合も、プロトンと共に水分子がカソード側に移動する。そのため、燃料電池使用時においては、電解質膜中における含水率の偏りが生じ、つまり、アノード側はより乾燥し、カソード側において過剰の水が滞留する。この場合、電極内の細孔が水で閉塞する、いわゆるフラッディングが発生し、燃料電池の出力を低下させる原因となっている。
【0009】
以上のように、燃料電池が常時安定な出力を維持するためには、電解質膜中の水分管理が重要であり、膜中の水分管理が可能な材料が期待されてきた。
上述の問題を解決するための一般的な手法として、ポンプ、ドライヤー等を用いた水補給システム、或いは乾燥システム等を燃料電池に取り込む方法がある。この場合、複雑な駆動装置、制御装置を必要とし、特に、高分子固体型燃料電池の場合は、その一番の特徴である小型軽量化が妨げられる。
【0010】
大型の駆動・制御装置を必要としない手法として、例えば、特許文献1のように、アノードとカソードを水分浸透性の通路で連結することにより、浸透作用を利用しカソードで発生した水分をアノード側に運ぶ方法が報告されている。しかしながら、本手法は、電池反応によって生成した水の有効利用という観点に留まり、例えば、起動時の水分不足を補うことは不可能である。また、水分浸透性の通路として、Nafionに代表されるイオン伝導膜中に、保水性の高分子を導入することが記載れている。しかし、導入した保水性高分子が、アノードとカソードを連結するチャンネル構造を形成するようにその空間配置を制御することは決して容易ではない。さらに、保水性高分子自身が吸収している水を必要に応じて排出しイオン伝導部に供給できるとは限らず、場合によっては、イオン伝導部の水を保水性高分子が吸収し、イオン伝導が妨げられる恐れもある。
【特許文献1】特開平05−283094号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上のように、燃料電池においては、電解質膜中の水分管理が、運転を正常に行う上での極めて重要な課題である。水分管理が可能な制御装置を燃料電池内に組み込む場合は、燃料電池の小型軽量化の妨げとなり、電解質膜内に直接、水分浸透性の経路を組み込む場合は、電池反応によって生成した水の利用に留まり、特に、起動時の水分補給を補うことが不可能である。
【0012】
本発明は、このような技術背景に鑑みてなされたものであり、高分子電解質膜を形成する高分子自身に自己保水機能を持たせることによって、大型で複雑な水分管理機構を必要とせずとも、膜中の水分管理、特に起動時の出力不足を補うことが可能なイオン伝導膜、例えば燃料電池用電解質膜を提供することにある。
【0013】
また、本発明は、上記のイオン伝導膜を用いた燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するイオン伝導膜は、イオン伝導性を有する成分からなるセグメント(A)と、外部刺激によって溶解度、形状、或いは体積が可逆的に変化する成分からなるセグメント(B)を有する高分子の膜からなることを特徴とする。
【0015】
前記高分子がセグメント(A)と(B)からなるブロックコポリマー或いはグラフトコポリマーであることが好ましい。
前記外部刺激が、温度変化、光照射、電磁場照射、pH変化及び前記高分子濃度の変化からなる群から選択される少なくとも一つであることが好ましい。
【0016】
前記セグメント(B)が、外部刺激によって前記セグメント(B)が親水性から疎水性もしくは疎水性から親水性へと変化することが好ましい。
前記セグメント(B)が、外部刺激によって水分を吸収または排出することにより膜内の水分を調整することが好ましい。
【0017】
また、上記の課題を解決する燃料電池は、上記のイオン伝導膜を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、これまで膜強度補強のために存在していた非イオン伝導成分を外部刺激によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が変化する刺激応答性成分で構成し、自己保水機能を持たせることによって、燃料電池立ち上げ時の水分不足(ドライアウト)を防ぐことが可能なイオン伝導膜、例えば燃料電池用電解質膜を提供することができる。
【0019】
また、本発明は、上記のイオン伝導膜を用いた燃料電池を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、イオン伝導性を有する成分(以下、イオン伝導性成分と記す)からなるセグメント(A)と、外部刺激によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する成分(以下、刺激応答性成分と記す場合がある)からなるセグメント(B)を有する高分子の膜からなることを特徴とするイオン伝導膜に係る。
【0021】
以下、イオン伝導膜の一例として電解質膜を挙げて説明する。
本発明では、イオン伝導性成分を有するセグメント(A)と、外部刺激によって性質が変化する刺激応答性成分を有するセグメント(B)からなる高分子を燃料電池用高分子電解質膜として用いる。
【0022】
図1は、本発明の高分子電解質膜の一実施形態を示す概略構成図である。図中、11はセグメント(A)からなるイオン伝導性ブロック鎖、12はセグメント(B)からなる刺激応答性ブロック鎖、13は刺激応答相、14はイオン伝導相、15は水である。本発明においては、外部刺激によって性質が変化する刺激応答性成分を有するセグメント(B)が集合している刺激応答相13が保有する水15を、イオン伝導性成分を有するセグメント(A)が集合しているイオン伝導相14に受け渡し、イオン伝導相14を瞬間的に加湿することができる。
【0023】
前記高分子がセグメント(A)と(B)からなるブロックコポリマー或いはグラフトコポリマーであることが好ましい。
特に、高分子電解質膜に用いる高分子として、セグメント(A)と(B)が膜内で共存すれば良いが、セグメント(A)と(B)の相分離構造を制御し、ナノメートルオーダーのプロトンチャンネル構造を形成するためにも、また、燃料電池使用時における一方の成分の流出を防ぐためにも、両成分の末端同士が化学結合点で連結されたA−Bジブロックコポリマーであることが好ましい。
【0024】
以下、本発明では、イオン伝導性成分を有するセグメントと刺激応答性成分を有するセグメントからなるA−Bジブロックコポリマーが好ましい。さらには、A−Bジブロックコポリマーの一方の高分子鎖の片末端に別の高分子鎖Xが連結したA−B−X型、或いはB−A−X型のブロックコポリマーでも構わない。Xとして、高分子C,C−Dジブロックコポリマー、或いは高分子A,B等が挙げられる。上記高分子C或いはDについてはどのような性質を持つ高分子であれ特に制約されない。さらに、前記A−B−A型、或いはB−A−B型のトリブロックコポリマーでは、A−B型のジブロックコポリマーと比較して、膜の力学強度が上がるため好ましい。また、本発明ではブロックコポリマーに限定されず、一つの化学結合点に対して複数の異種高分子が連結したスターブロックコポリマー、1本の高分子鎖の側鎖に複数の異種高分子が連結したグラフトコポリマーも適用できる。高分子鎖中のA成分とB成分の組成が勾配を有するグラジエントコポリマーであっても構わない。
【0025】
前記ブロックコポリマーに第三成分を添加しても構わない。例えばブロックコポリマーを構成する高分子鎖と同じ成分のホモポリマーや、各種の添加剤、たとえば可塑剤、酸化防止剤、ラジカル捕捉剤、光安定剤、色素、架橋剤、層状物質、各種触媒などを添加してもよい。
【0026】
さらに、重合反応の制約上、前記A、Bをブロックコポリマー化できない場合についても、例えばイオン伝導成分とマトリクス成分からなるA−Cブロックコポリマーに、刺激応答成分Bを混合しても構わない。ここで、前記B成分とC成分が相溶するのであればより好ましい。
【0027】
A−Bジブロックコポリマーの分子量については、ミクロ相分離構造が形成される条件において特に制約されるものではない。ただし、分子量が高いほど電解質膜自身の膜強度が上昇するため、ここでは分子量が10,000以上が望ましい。膜強度の観点から言えば、B成分またはA成分が架橋構造を形成しても良い。
【0028】
A−Bジブロックコポリマーが相溶するか、相分離しミクロ相分離構造を形成するかについては、高分子鎖を一様に混合しようとするエントロピー的因子と、両高分子を相分離させようとする分子間のエネルギー的因子により決定される。分子間の斥力が大きい場合に、エネルギー因子がエントロピー因子より優勢となりA分子、B分子は互いに凝集し、ミクロ相分離構造を形成する。
【0029】
A−Bジブロックコポリマーのミクロ相分離構造については、Bates,F.S.;Fredrickson,G.H.;Annu.Res.Phys.Chem.1990(41)525に開示されているように、構成成分の組成によって、球状構造、シリンダー状構造、共連続構造、ラメラ状構造などのミクロ相分離構造が得られる。
【0030】
本発明のA−Bジブロックコポリマーの組成比は、A成分が球状ドメインを形成する等、イオン伝導性部位であるA相の連続性が極端に損なわれない限りにおいて、特に限定されるものではない。ただし、Aリッチな体積組成で、A成分が形成するミクロドメイン構造がシリンダー構造や共連続構造のマトリクス部を形成する場合は、加湿環境下において膜構造の安定性が損なわれるため、A成分がマトリクス相を形成しない条件が好ましい。A成分がマトリクス相を形成しない限り、A成分の体積分率がB成分の体積分率を上回っても構わない。
【0031】
イオン伝導性を示すA成分としては、イオン交換基を有し、かつ、ブロックコポリマーが合成可能な物質であれば良く、特に限定されるものではない。イオン交換基の量は、所望のイオン伝導度特性に応じて調整すれば良いが、イオン交換容量が低いと、イオン伝導度が低下し、燃料電池として出力が低下するため0.2meq/g以上が好ましい。
【0032】
イオン交換基についても、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。すなわち、イオン交換基は、スルホン酸、カルボン酸、リン酸、ホスホン酸、亜ホスホン酸等のいずれであってもよい。また、これらの高分子には、1種類のイオン交換基が含まれていてもよく、あるいは、2種以上のイオン交換基が含まれていても良い。
【0033】
スルホン酸基を有する単量体としては、ジエン単量体またはオレフィン系単量体にスルホン酸基が付加したものが好ましい例として挙げられる。具体的には、スルホン酸(塩)基含有スチレン、スルホン酸(塩)含有(メタ)アクリレート、スルホン酸(塩)含有(メタ)アクリルアミド、スルホン酸(塩)基含有ブタジエン、スルホン酸(塩)基含有イソプレン、スルホン酸(塩)基含有エチレン、スルホン酸(塩)基含有プロピレンなどがある。さらに、電解質の膜強度の向上、寸法安定性や、相分離構造の明確化を促す為、これらの単量体にフッ素を導入したもの、エチレンテトラフルオロエチレンスチレンスルホン酸、パーフルオロカーボンスルホン酸系、パーフルオロカーボンホスホン酸、トリフルオロスチレンスルホン酸等を用いてもよい。
【0034】
次に、外部刺激によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する成分B成分について説明する。
ここでいう外部刺激とは、刺激応答成分Bに対して外部から与えられる環境の変化であり、例えば、温度変化、光照射、電磁場照射、pH変化及び高分子濃度の変化のことを示す。また、前記B成分は外部刺激によって性質が可逆的に変化するため、外部刺激の付与を停止し、外部刺激を与える前の状態に環境が変化すると、前記B成分は外部刺激を与える前の状態に戻る。本発明では、特に、外部刺激に応じて水に対するB成分の溶解性、つまり、B成分が親水性から疎水性、もしくは疎水性から親水性へと可逆的に変化することで、B成分からイオン伝導性を示すA成分への水の受け渡しを行うことができる。なお、ここで記載する親水性とは、水との間に引力相互作用が働くことを意味しており、一方、疎水性とは、水との間に斥力相互作用が働くことを意味する。
【0035】
これによりA成分の水分管理を行うことが可能となる。
外部刺激によって化学的特性、構造、或いは体積が可逆的に変化する成分を、外部刺激の種類に応じ4つに分類し以下に例示するが、これらに限定されるものではない。
【0036】
第一の例として、熱の付与によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する高分子を挙げることができる。この高分子の具体例としては、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ−N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド等のポリN−アルキル置換(メタ)アクリルアミド、ポリN−ビニルイソブチルアミド、ポリ(メタ)アクリル酸或いはその金属塩、ポリ−2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ポリ−N−(メタ)アクリルピペリジン、ポリ(2−エチルオキサゾリン)、ポリビニルアルコール或いはその部分ケン化物、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンオキシドとポリプロピレンオキシドとのコポリマー、ポリ(エチレングリコールモノメタアクリレート)、ポリ(エチレングリコールモノアクリレート)、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の置換セルロース誘導体等又はこれらの高分子化合物を主成分とするコポリマーやポリマーブレンドが挙げられる。
【0037】
第二の例として、電磁波の暴露による光反応により性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する高分子が挙げられる。この高分子の具体例として、フォトクロミック性基等の基を有する高分子化合物等がある。具体的には、光によってイオン解裂するトリフェニルメタン誘導体、スピロピラン誘導体やスピロオキサジン誘導体等の基を有するポリ(メタ)アクリルアミド系、ポリ−N−イソプロピル(メタ)アクリルアミド等のポリN−アルキル置換(メタ)アクリルアミド系、N−ビニルイソブチルアミド系等の各種のものが挙げられる。
【0038】
第三の例として、pH値の変化によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する高分子が挙げられる。この高分子の具体例として、ポリ(メタ)アクリル酸或いはその金属塩、ポリビニルスルホン酸、ポリビニルベンゼンスルホン酸、ポリ(メタ)アクリルアミドアルキルスルホン酸、ポリマレイン酸或いはその金属塩、又はこれらの高分子化合物を構成する単量体成分を主成分として得られたコポリマー、ポリビニルアルコール−ポリアクリル酸複合体或いはその金属塩、ポリ(エチレングリコールモノメタアクリレート)、カルボキシメチルセルロースの金属塩、カルボキシエチルセルロースの金属塩等が挙げられる。
【0039】
第四の例として、過湿処理等により水分量を調整し高分子の濃度を変化させることで、性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する高分子が挙げられる。この高分子の具体例として、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリN―アルキル置換(メタ)アクリルアミド、ポリビニルメチルエーテル、ポリメタクリル酸等の高分子化合物の水溶液(特公昭61−7948号公報、特開平3−237426号公報、特開平8−82809号公報)や、ポリビニルアルコール、ポリビニルアルコール−ポリアクリル酸複合体或いはその金属塩ポリ(エチレングリコールモノメタアクリレート)、アルコキシシロキサンなどの無機高分子類が挙げられる。
【0040】
本発明で用いる前記セグメント(B)を構成するB成分は、上記、外部刺激によって性質(溶解度、形状、或いは体積)が可逆的に変化する高分子のうち、温度変化により、親水性から疎水性もしくは疎水性から親水性へと変化する温度応答性高分子が好ましい。温度応答型の高分子は、水の存在下においてある所定の温度(相転移温度)で分子が親水性から疎水性もしくは疎水性から親水性へと変化する。また、前記セグメント(B)が、外部刺激によって水分を吸収または排出することにより膜内の水分を調整することが好ましい。
【0041】
温度応答性の高分子は、相転移温度以上で脱水和し、相転移温度以下で水和する下限臨界共溶温度(LCST)型の相挙動を示すタイプと、相転移温度以下で脱水和し、相転移温度以上では水和する上限臨界共溶温度(UCST)型の相挙動を示すタイプに分類することができるが、本発明では、燃料電池の内部発熱により、B成分が親水性から疎水性に変化することが望ましいため、LCST型の相挙動を示す高分子がより好ましい。
【0042】
本発明においては、水とB成分の相転移温度の設定が極めて重要である。燃料電池の内部発熱により相転移することが理想であり、そのための相転移温度は30℃から50℃が好ましい。この場合、燃料電池使用時、つまり室温程度の温度域においては、水とB成分は相転移温以下のため、B成分が積極的に膜中の水を吸収し保有する。しかしながら、燃料電池の使用を開始すると、電池反応による内部発熱により膜温度が相転移温度以上に達し、B成分は保有していた水を排出し、その結果、イオン伝導性を示すA成分が保湿される。
【0043】
B成分の相転移温度の制御は、B成分を形成するモノマーに親水性モノマーや疎水性モノマーを少量共重合させることにより、任意に制御することが可能であるため、相転移温度を目的の温度に設定することは困難ではない。たとえば、疎水性モノマーを共重合させると相転移温度は低くなり、親水性モノマーを共重合させると相転移温度は高くなる。
【0044】
電解質膜の製造方法については、特に制限はないが、一般的に、電解質組成物を有機溶媒に溶解させた後、基板上に塗布し、溶媒を蒸発させることによって製膜する。この際、塗布する方法としては、スピンコート法、浸漬法、ロールコート法、スプレー法、キャスト法などの塗布手段を用いることができる。
【0045】
上記の製膜に用いる有機溶媒の選択は重要である。例えば、前記B成分は成膜時に水を吸収していることが望ましいため、A−Bブロックコポリマーを溶解させ、かつ、空気中の水分を製膜時に取り込むことができる親水性の極性溶媒が好ましい。
【0046】
極性溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、γ−ブチロラクトン、テトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、メタノール、エタノール、プロパノール等、或いは、前述の極性溶媒を2種類以上混合した混合溶媒等があげられる。水の吸収の観点から言えば、上記極性溶媒の中でも特に、DMF、NMP,DMSO,γ−ブチロラクトンが望ましい。
【0047】
また、上記極性溶媒と水を混合し製膜した場合、より多くの水分を膜中に導入できる。ただし、極性溶媒と混合させる水分量が増加すると、高分子自身が溶解しないため、水分量は混合溶媒中において10%以下であることが望ましい。
【0048】
このようにして、安定にイオン伝導性を示す膜が得られる。イオン伝導性は、例えば前記B成分が温度応答性を示すとき、無加湿条件下においても、水とのLCST温度以上であれば、10-4から10-1S/cmが得られる。この膜は、製膜に用いた基板から剥離して、燃料電池用の固体電解質膜として用いることができる。あるいは燃料電池のガス拡散電極を基板として製膜し、燃料電池に組み込むことも可能である。
【0049】
上述した本発明の高分子電解質膜に、電極を配置することにより、本発明の一形態である膜電極接合体を作製することができる。この膜電極接合体は、本発明の高分子電解質と、それを挟んで対向する触媒電極(アノードおよびカソード)から構成され、該触媒電極はガス拡散層上に触媒層が形成されている。この接合体の作製方法としては、特に制限はなく、公知の技術を用いることができ、例えば、白金、白金−ルテニウム合金、あるいはその微粒子をカーボンなどの担持体上に分散担持させたものを触媒とするガス拡散電極を高分子電解質膜に直接形成する方法、ガス拡散電極と高分子電解質膜をホットプレスする方法、あるいは、接着液により接合する方法などの方法により作製できる。
【0050】
また、本発明の高分子電解質膜および前記膜電極接合体を用いて、公知の手法により燃料電池を作製することができる。燃料電池は、上記のイオン伝導膜を有することを特徴とする。該燃料電池の構成の一例としては、前記膜電極接合体、該膜電極接合体を挟持する一対のセパレータ、セパレータに取り付けられた集電体およびパッキンとを備える構成が挙げられる。アノード極側のセパレータにはアノード極側開口部が設けられ、水素、メタノール等のアルコール類のガス燃料または液体燃料が供給される。一方、カソード極側のセパレータにはカソード極側開口部が設けられ、酸素ガス、空気等の酸化剤ガスが供給される。
【0051】
水分管理をより精密に行うため、燃料電池システム側に温度制御装置を備えれば、温度応答性を示すB成分と水の相転移温度の前後で温度制御することにより、水をA相、B相のいずれにも任意に存在させることが可能である。例えば、燃料電池の使用開始時は、ドライアウトを防ぐため、膜温度を相転移温度以上に保つことでB相内の水を排出し、A相の瞬間的保湿が可能となる。使用時にフラッディングが起こった場合は、膜温度を相転移温度以下に保てば、A相内の余分な水をB相が吸収できる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
実施例1
ブロックコポリマーとして、ポリスチレンスルホン酸(PSS)−ポリN−イソプロピルアクリルアミド(PNIPAM)ジブロックコポリマー(Mn(PSS)=23,000、Mn(PNIPAM)=40,000、Mw/Mn=1.15)を用いる。
【0053】
リビングラジカル重合法によりポリスチレン(PS)と、NIPAMからなるブロックコポリマーを合成する。得られたPS−PNIPAMブロックコポリマー2gを1,2−ジクロロエタン30mlに溶解し、50℃に維持する。続いて、無水酢酸4.0mlと濃硫酸1.5mlを0℃で混合攪拌し、アセチルサルフェート溶液を作製する。得られたアセチルサルフェート溶液を、PS−PNIPAMブロックコポリマーの1,2−ジクロロエタン溶液に徐々に加え、50℃で6時間攪拌する。メタノール5mlを反応溶液中に滴下し反応を停止する。生成物は水とメタノールを用い洗浄後、乾燥することによってPSS−PNIPAMジブロックコポリマーを得る。
【0054】
PSS成分のスルホン化率をプロトンNMRにて測定したところ、スチレンユニットに対して45mol%のスルホン酸基が導入されていることが分る。
実施例1の試料について、溶媒にDMFを用い10wt%の溶液を作製し、ガラス基板上で溶液キャスト法により製膜することで透明の固体電解質膜を得る。フィルムの膜厚は80μmである。
【0055】
上記電解質膜を水に浸漬し、水を十分吸収させた後、水中から取り出し、温度変化に伴うフィルムの状態を観察した結果、32℃以上でフィルムが白濁する。上記電解質膜におけるPNIPAM成分は、32℃以上において水との体積相転移を誘発することがわかる。
【0056】
フィルムの内部構造観察のため、クライオミクロトームによりフィルムの超薄切片を切り出し、該切片を四酸化ルテニウムで染色した後、透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行う。
【0057】
TEMでは、イオン伝導性部位であるPSS(暗部)からなるミクロドメインと、外部刺激によって形状および体積が可逆的に変化する成分であるPNIPAMからなるミクロドメイン(明部)がミクロ相分離している様子が観察される。四酸化ルテニウムで染色されないPNIPAMからなるミクロドメインはマトリクス相を形成し、一方で、PSSからなるミクロドメインはネットワーク状に連結している。イオン伝導部は膜中において連続相を形成していることが確認される。
【0058】
フィルムのイオン伝導度は、電極間に交流を印加して抵抗部分を測定する交流インピーダンス法を用いておこない、コール・コールプロットの実数インピーダンス切片から計算して求める。測定は50℃で行う。フィルムのイオン伝導度を相対湿度50%、60%、70%、80%の各雰囲気で測定したところ、それぞれ2.2×10-3S/cm、4.3×10-3S/cm、9.8×10-3S/cm、1.8×10-2S/cmである。
【0059】
上述の電解質膜からなる膜−電極接合体、および燃料電池セルの作製方法の一例を以下に示す。
触媒粉末として、HiSPEC1000(登録商標、ジョンソン&マッセイ社製)を使用し、電解質溶液としてはNafion溶液(登録商標、デュポン社製)を使用する。まず、触媒粉末と電解質溶液の混合分散液を作製し、ドクターブレード法を用いてPTFEシート上に成膜し、触媒シートを作製する。次に、作製した触媒シートをデカール法によって、電解質膜上にホットプレス転写し、膜−電極接合体を作製する。さらに、その膜−電極接合体をカーボンクロス電極(E−TEK社製)で挟持した後、集電体で挟んで締結し、燃料電池を作製する。
【0060】
作製した燃料電池を用いて、アノード側に水素ガスを注入速度300ml/minで、カソード側には空気を供給し、セル出口圧力を大気圧、相対湿度をアノード、カソードともに50%、セル温度を50℃とする。一定電流密度300mA/cm2で電圧測定を行うと25秒後に所定の出力が得られ、そのセル電位は690mVである。
【0061】
実施例2
実施例1のフィルムを用いた燃料電池を作製し、アノード側に水素ガスを注入速度300ml/minで、カソード側には空気を供給し、セル出口圧力を大気圧、相対湿度をアノード、カソードともに50%、セル温度を30℃とする。電流密度を300mA/cm2で一定とし、電圧測定を行った結果、35秒後にセル電位650mVの安定した出力を得る。
【0062】
比較例1
ブロックコポリマーとしてPSS−ポリエチレンプロピレン(PEP)ジブロックコポリマーを用いた。
【0063】
(Mn(PSS)=25,000、Mn(PNIPAM)=58,000、Mw/Mn=1.05)を用いた。
PS−PEPブロックコポリマー2gを1,2−ジクロロエタン30mlに溶解し、50℃に維持した。続いて、無水酢酸3.3mlと濃硫酸1.3mlを0℃で混合攪拌し、アセチルサルフェート溶液を作製した。得られたアセチルサルフェート溶液を、PS−PEPブロックコポリマーの1,2−ジクロロエタン溶液に徐々に加え、50℃で6時間攪拌した。メタノール5mlを反応溶液中に滴下し反応を停止した。生成物は水とメタノールを用い洗浄後、乾燥することによってPSS−PEPジブロックコポリマーを得た。
【0064】
実施例1と同様の手法で本ジブロックコポリマーを電解質膜として用いた燃料電池を作製し、アノード側に水素ガスを注入速度300ml/minで、カソード側には空気を供給し、セル出口圧力を大気圧、相対湿度をアノード、カソードともに50%、セル温度を50℃とした。電流密度を300mA/cm2で一定とし、電圧測定を行った結果、40秒後にセル電位650mVの安定した出力を得た。
【0065】
比較例2
比較例1の試料を電解質膜として用いた燃料電池を作製し、アノード側に水素ガスを注入速度300ml/minで、カソード側には空気を供給し、セル出口圧力を大気圧、相対湿度をアノード、カソードともに50%、セル温度を30℃とした。電流密度を300mA/cm2で一定とし、電圧測定を行った結果、75秒後にセル電位650mVの安定した出力を得た。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、これまで膜強度補強のために存在していた非イオン伝導成分を刺激応答成分で構成し、自己保水機能を持たせることによって、燃料電池立ち上げ時の水分不足を防ぐことができ、燃料電池に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の高分子電解質膜の一実施形態を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0068】
11 イオン伝導性ブロック鎖
12 刺激応答性ブロック鎖
13 刺激応答相
14 イオン伝導相
15 水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン伝導性を有する成分からなるセグメント(A)と、外部刺激によって溶解度、形状、或いは体積が可逆的に変化する成分からなるセグメント(B)を有する高分子の膜からなることを特徴とするイオン伝導膜。
【請求項2】
前記高分子がセグメント(A)と(B)からなるブロックコポリマー或いはグラフトコポリマーであることを特徴とする請求項1に記載のイオン伝導膜。
【請求項3】
前記外部刺激が、温度変化、光照射、電磁場照射、pH変化及び前記高分子濃度の変化からなる群から選択される少なくとも一つであることを特徴とする請求項1または2に記載のイオン伝導膜。
【請求項4】
前記セグメント(B)が、外部刺激によって前記セグメント(B)が親水性から疎水性もしくは疎水性から親水性へと変化することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載のイオン伝導膜。
【請求項5】
前記セグメント(B)が、外部刺激によって水分を吸収または排出することにより膜内の水分を調整することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかの項に記載のイオン伝導膜。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載のイオン伝導膜を有することを特徴とする燃料電池。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2008−288045(P2008−288045A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−132093(P2007−132093)
【出願日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】