説明

イオン化用エミッタ、イオン化装置及びイオン化用エミッタの製造方法

【課題】分離能を低下させることなくデッドボリュームを削減することが可能なイオン化用エミッタを提供する。
【解決手段】このイオン化用エミッタ(2)は、柱状又は錐状の多孔質自立構造体からなるティップ(1)と、ティップ(1)の基端側からティップ(1)内に溶液試料を供給する流路とを備えている。流路は管路に充填材が充填されたものであり、ティップ(1)は流路の管路から露出しており、充填材とティップ(1)を構成する多孔質自立構造体は同時に形成された同一多孔質体からなる一体構造になっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学物質や生体物質等を質量分析したりする際に用いるイオン化用エミッタ、それを備えたイオン化装置、及びそのイオン化用エミッタの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
定量的な分離分析方法である高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と決定的な物質同定法である質量分析法(MS)を組み合わせた相補的分析技術として、LC/MSが生体分子等の構造・機能解析に利用されている。
【0003】
特に、生体成分の極微量分析に最適化されたナノLC/MSは、ポストゲノム研究においてタンパク質同定の有力な手段の一つとして広まっている。ナノエレクトロスプレーイオン化法(ナノESI)はナノLCと質量分析をオンラインで接続する方法であり、図10に示すようなキャピラリーを先鋭化させた構造を持つエミッタ42が利用されている。
【0004】
エミッタに分析試料を含む溶液を10nL/分〜1μL/分程度の流量で通過させ、質量分析計の試料導入口とエミッタ先端の間に高電場を印加すると、噴霧ガスを用いることなしに、試料溶液を噴霧して分析試料をイオン化することができる。
【0005】
ナノLCでは、微量の試料溶液を扱うためにカラム容積の小さい内径75μmのナノカラムが一般に利用されている。ナノLCではカラム外のデッドボリュームにおける分離能の劣化が深刻になるため、エミッタとカラムの接続部分で生じるデッドボリュームはより小さいものが望まれている。その結果、エミッタ材料であるキャピラリーの小径化が数十μmまで進んでいる。また、ナノLCの溶出試料を効率よくイオン化して質量分析計に導入するためのエミッタ先端径も数μmまで小型化が進んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3317749号
【特許文献2】特許第3397255号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Anal. Chem. Vol.78, No.16, pp.5729-5735 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
エミッタとカラムの接続部分で生じるデッドボリュームを削減する方法として、エミッタの先端近傍にフリットを形成し、エミッタ内に充填カラムを形成する方法が提案されているものの、フリットと充填剤の構造不均一性・不連続性により分離能が低下するという問題がある。
【0009】
そこで本発明は、分離能を低下させることなくデッドボリュームを削減することが可能なイオン化用エミッタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のイオン化用エミッタは、ティップと、ティップの基端側からティップ内に溶液試料を供給する流路とを備えている。流路は管路に充填材が充填されたものであり、ティップは柱状又は錐状をして先端面及び側面が流路の管路から露出した多孔質自立構造体を構成しており、充填材とティップを構成する多孔質自立構造体は同時に形成された同一多孔質体からなる一体構造になっている。そして、上記ティップの先端側に対向して配置される電極とそのティップとの間に高電圧が印加されることにより生じるエレクトロスプレーにより、そのティップ内に供給された溶液試料に含まれる分子をイオン化するものである。
【0011】
上記流路の好ましい一例は分析用カラムである。
【0012】
上記の多孔質自立構造体はゾル−ゲル法によって得ることができる。
【0013】
従来のスピノーダル分解によるモノリスカラムの作製方法では細孔サイズ分布を自在に制御することができているが、局所構造の配列の秩序化を実現することは極めて難しい。これは、細孔がスピノーダル分解によりランダムに生成するのに任されているからである。
【0014】
最近のカラム理論の研究では、微細加工技術を利用してカラムを幾何学的に均質に作りあげることにより、カラムの局所構造の不均一さに由来する分析物のカラム内拡散を低減できる可能性が報告されている。したがって、従来のゾル−ゲル法によるシリカモノリスカラムにおいても局所構造を秩序化する工夫を施すことにより、さらなる高性能化を期待できる。
【0015】
そこで多孔質自立構造体の好ましい一例として、粒子による充填構造を鋳型として形成される多数の球状空孔をもつ構造の骨格相を備えたものを挙げることができる。そして、隣接する球状空孔同士が接点で連通していることにより、上記骨格相が3次元網目構造に形成されている。
【0016】
骨格相の幾何学的特徴を均質にするため、球状空孔は最密充填構造となるように規則的に配列されていることが好ましい。
【0017】
また、骨格相は強度が高い方が良いので、シリカ等の無機材料からなることが好ましい。
【0018】
球状空孔のサイズは直径0.1〜10μmで均一であることが好ましい。空孔の孔径を均一なものにするには単分散の粒子径を有する粒子を鋳型として利用することが好ましい。その場合の孔径のばらつきは5〜10%とすることができる。
【0019】
また、充填材の表面積を増大させるために、上記骨格相には空孔より孔径の小さい微細孔が形成されていることが好ましい。微細孔の孔径としては1nm〜100nmが好ましい。
【0020】
多孔質自立構造体を構成する多孔質体としては、有機材料からなるものであっても骨格相をもつものであれば使用することができる。そのような多孔質体として、有機材料からなる骨格相と、骨格相により形成され三次元網目状に連続した細孔と、骨格相の表面に存在し、新たな官能基の導入が可能な官能基とを備えた有機材質のものを挙げることができる。その有機材料からなる骨格相は、サブミクロンからマイクロメートルサイズの平均直径を有し、粒子凝集型でない共連続構造をもち、二官能性以上のエポキシ化合物と二官能性以上のアミン化合物からの付加重合体から構成され、有機物質に富み、かつ芳香族由来の炭素原子を含まないものである。
【0021】
骨格相の表面に存在して新たな官能基の導入が可能な官能基とは、エポキシ基とアミノ基との反応により生じた水酸基のほか、反応せずに残存したアミノ基やエポキシ基を含む。
【0022】
原料となるエポキシ化合物の好ましい例は、2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレート(2,2,2-tri- (2,3-epoxypropyl)-isocyanurate)である。2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレートは光学対掌体をもつキラルな化合物であり、本発明ではラセミ体と光学活性体のいずれも使用することができる。
【0023】
アミン化合物としてもキラルな化合物を使用することができ、アミン化合物としてもラセミ体と光学活性体のいずれも使用することができる。
【0024】
カラムを機能化するために、カラムの充填材に物理的修飾又は化学的修飾が施されているようにしてもよい。
【0025】
イオン化スプレーの先端として用い、効率よくイオン化するために、ティップの外周部には電極又は保護膜からなる被膜を形成してもよい。
【0026】
その被膜は、物理蒸着又は化学蒸着によって形成することができる。
【0027】
本発明のイオン化装置は、本発明のイオン化用エミッタと、カラムに移動相を供給する移動相供給機構と、カラムに供給される移動相の流路中に試料を供給するインジェクタと、エミッタの先端側に対向して配置される試料導入口と、エミッタと試料導入口間に電圧を印加する高電圧電源装置とを備えている。
【0028】
本発明のイオン化用エミッタの製造方法は、以下の工程(A)及び(B)を備えている。
(A)前記ティップの外形形状に対応した穴をもつ鋳型を用意する工程、
(B)前記穴径よりも大きい外径をもつ中空管の先端面を前記鋳型の穴上に押しあて、前記中空管の基端部からゾル溶液を注入しゲル化させる過程を含んで前記多孔質自立構造体を形成する工程。
【0029】
工程(B)はゾル−ゲル反応工程を含む。好ましい一形態では、工程(B)は、以下の工程(B−1)から(B−5)を含む。
(B−1)中空管の基端部からポリマー粒子を含有するコロイドを注入する工程、(B−2)ポリマー粒子をそれ自身の自己集合作用によって規則的に配列した充填構造にする工程、(B−3)充填構造を形成したポリマー粒子の隙間に金属アルコキシドゾルを注入する工程、(B−4)金属アルコキシドゾルをゲル化して骨格相を形成する工程、及び(B−5)ポリマー粒子を熱分解により除去することにより充填構造が転写された多数の球状空孔をもつ3次元網目構造を有する多孔質自立構造体を形成する工程。
【0030】
また、上記多孔質自立構造体の形成後、骨格相をアルカリ溶液で洗浄することにより、骨格相に球状空孔より孔径の小さい微細孔を形成する微細加工工程をさらに含んでも良い。
【0031】
上記金属アルコキシドゾルの好ましい一例にはシリカゾルを挙げることができる。
また、コロイドの好ましい一例にはポリスチレン粒子が純水中に分散したものを挙げることができる。
【0032】
好ましい他の形態では、工程(B)は、以下の工程(b−1)及び(b−2)を含む。
(b−1)ゾル溶液としてポロゲン中に二官能性以上のエポキシ化合物と二官能性以上のアミン化合物を含むものを注入し、加熱して重合させてゲル状体を得る工程、及び
(b−2)前記ゲル状体を溶媒で洗浄してポロゲンを除去して骨格相を残す工程。溶媒で洗浄した後は乾燥する。
【0033】
ポロゲン中での重合温度は60℃から200℃の範囲が適当であるが、重合温度はエポキシ化合物及びアミン化合物がそれぞれポロゲン中で溶解して重合反応を行なうための適当な温度あり、エポキシ化合物、アミン化合物及びポロゲンの種類に応じて適当に設定すればよい。
【0034】
エポキシ化合物の好ましい例は、2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレートである。このエポキシ化合物はラセミ体であっても光学活性体であってもよい。
【0035】
アミン化合物は硬化剤として使用されるものであり、ラセミ体であっても光学活性であってもよく、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、イミノビスプロピルアミン、ビス(ヘキサメチレン)トリアミン、1,3,6−トリスアミノメチルヘキサン、ポリメチレンジアミン、トリメチルヘキサメチレンジアミン、ポリエーテルジアミン等の脂肪族アミン類、イソホロンジアミン、メンタンジアミン、N−アミノエチルピペラジン、3,9−ビス(3−アミノプロピル)2,4,8,10-テトラオキサスピロン、ビス(4−アミノシクロヘキシル)メタンやこれらの変性品等の脂環式ポリアミン類、その他ポリアミン類とダイマー酸からなる脂肪族ポリアミドアミン類などが挙げられる。好ましくは、分子内に一級アミンを二つ以上有する脂環族アミン化合物であり、特に好ましくは、ビス(4−アミノシクロヘキシル)メタン、ビス(4−アミノー3−メチルシクロヘキシル)メタンなどが挙げられる。
【0036】
ポロゲンとは、エポキシ化合物及び硬化剤を溶かすことができ、かつ、これらが重合した後、反応誘起相分離を生じさせることが可能な溶剤をいう。ポロゲンとしては、例えば、メチルセロソルブ、エチルセロソルブなどのセロソルブ類、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートなどのエステル類、又はポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のグリコール類などが挙げられる。中でも分子量600以下のポリエチレングリコールが好ましく、特に分子量300以下のポリエチレングリコール等が好ましい。
【0037】
エポキシ化合物として2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレートを使用した場合、エポキシ化合物に対するアミンの原料組成は、モル比で表わして、エポキシ化合物:アミン=1:1〜1:3の範囲が適当である。
【0038】
また、ポロゲンの添加量は、エポキシ化合物、アミン及びポロゲンの合計重量に対して1〜99重量%が適当である。
【発明の効果】
【0039】
本発明のイオン化用エミッタは、多孔質自立構造体からなるティップと流路とを備え、電極とティップとの間に高電圧が印加されることにより、ティップ内に供給された溶液試料に含まれる分子をエレクトロスプレー法によりイオン化するものであるから、多数の細孔の一つ一つがエミッタとみなせるため、従来の単一のエミッタに比べてエミッタ寿命が改善するとともに、デッドボリュームを削減することができる。
【0040】
充填材とティップを構成する多孔質自立構造体は同時に形成された同一多孔質体からなる一体構造になっているので、充填材がカラム充填材である場合には分離能を低下させることがない。
【0041】
フューズドシリカ管を加工して形成される従来のティップと異なり、ティップは先端面及び側面が流路の管路から露出しており、使用開始時で放電すると欠損しやすいフューズドシリカが電場集中部にないため、安定したイオン化を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1A】イオン化用エミッタの概略図でありエミッタ部分を示している。
【図1B】イオン化用エミッタの概略図でありティップの先端部分を示している。
【図2】多孔質自立構造体を有するカラムの概略断面図である。
【図3】多孔質自立構造体の一実施例の断面図を示す走査電子顕微鏡像である。
【図4】多孔質自立構造体の他の実施例の断面図を示す走査電子顕微鏡像である。
【図5】多孔質自立構造体のさらに他の実施例の断面図を示す走査電子顕微鏡像である。
【図6A】本発明のイオン化用エミッタ2を利用したイオン化装置を示す概略図であり、ティップ1に導電性被膜を形成していない場合である。
【図6B】本発明のイオン化用エミッタ2を利用したイオン化装置を示す概略図であり、ティップ1に導電性被膜9を形成している場合である。
【図7】(A)〜(D)はゾル−ゲル法による多孔質自立構造体の製造方法の一実施例の製造工程を示す工程図である。
【図8】(A)〜(B)は多孔質自立構造体の製造方法の他の実施例の製造工程の前半部を示す工程図である。
【図9】(A)〜(D)は多孔質自立構造体の製造方法のさらに他の実施例の製造工程を示す工程図である。
【図10】従来から用いているエミッタの概略図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下に図面を参照して本発明の実施例を詳細に説明する。
図1A及び図1Bはイオン化用エミッタの概略図であり、図1Aはエミッタ部分、図1Bはティップの先端部分を示している。このイオン化用エミッタ2は、円柱状の多孔質自立構造体からなるティップ1と、ティップ1の基端部に溶液試料を供給する流路3とを備えている。
【0044】
流路の一例は分析用カラム3であり、カラム3内の充填材5とティップ1を構成する多孔質自立構造体は一体構造として形成されている。ティップ1はカラム3から露出しており、充填材5とティップ1を構成する多孔質自立構造体は同時に形成された同一多孔質体からなっている。ティップ1又はカラム3の外周部には電極又は保護膜となる被膜9を形成してもよい。
【0045】
図1Bに示すように、多孔質自立構造体の端面に存在する多数の細孔7は各々がエミッタ孔とみなすことができるため、目詰まりを原因とした保守交換作業を軽減できる。
【0046】
また、カラム3内の充填材5とティップ1を同一多孔質体からなる一体構造として形成することにより、カラム3とエミッタ1は完全に一体な構造を実現できるため、接続部分のデッドボリュームは小さくなる。
【0047】
このような多孔質自立構造体(モノリス)としては、スチレン・ジビニルベンゼン共重合体等の有機ポリマーからなるものと、シリカゲル等の無機系のものが知られている。
【0048】
スチレン・ジビニルベンゼン共重合体等の有機ポリマーからなる有機系の充填材は、骨格構造がないため、低強度で耐圧性が低い、溶媒により膨張・収縮してしまう、加熱殺菌不可能である等の難点がある。したがって、こうした難点がない無機系のもの、特にシリカゲルが汎用されている。一般にシリカゲル等の無機質多孔体は、液相反応であるゾル−ゲル法によって作製されている。本発明では多孔質自立構造体としては無機系と有機系の両方を使用することができる。特に、有機系では骨格構造をもつものを使用する。
【0049】
まず、無機系の多孔質自立構造体について説明する。多孔質材料を各種担体として利用する場合には、孔の表面に担持されて機能を発現する物質の大きさに依存した最適の細孔径と、できるだけばらつきの小さい細孔径分布とが必要である。したがって、ゾル−ゲル法によって得られる多孔体についても、ゲル合成時の反応条件を制御することによって、細孔サイズを制御する試みがなされている。
【0050】
多孔質自立構造体を担体とするモノリスカラムは、金属アルコキシドゾルを中空管に導入し、スピノーダル分解を利用して作製される。この製法によれば骨格の太さと空孔の大きさ(直径)は自由に制御されるため、多孔質自立構造体を担体として高分離能かつ低圧力損失なモノリスカラムを実現することができる。
【0051】
図2はその製法によって作製した多孔質自立構造体を有するカラムの概略断面図であり、図3はその走査電子顕微鏡像である。多孔質自立構造体43は、スピノーダル分解を利用してシリカを主体として中空管18内に形成されている。図中の黒い部分は孔を表わしている。
【0052】
この多孔質自立構造体43は、ゾル組成やゲル化条件を変えることにより、局所構造である網目状の骨格及び細孔の大きさを制御する工夫がなされている。そして多孔質自立構造体43の局所構造が一様であることは水銀圧入法による細孔測定等により確認されている。
【0053】
一方、充填カラムにおいては固定相担体である充填材の微細化、球状化、孔径均一化等の工夫によって表面積の増大や分析の高速化などの高性能化が達成されている。そして、充填材の球状化と孔径均一化の工夫は局所構造の幾何学的特徴を均質にして分析物の拡散様式を一様にする工夫と換言できる。
【0054】
例えば、表面積を増大させたカラムとしては、孔径500nmの貫通孔の内側表面に孔径5〜100nmの微細孔を内表面に有した無機系多孔質カラムが知られている(特許文献1参照。)。また、細孔構造を有効に制御する方法としては、金属アルコキシドを出発原料とし、適当な共存物質を原料に添加して、巨大空孔となる溶媒リッチ相を持つ構造を生じさせる方法が知られている(特許文献2参照。)。
【0055】
図4は他の多孔質自立構造体の断面図を示す走査電子顕微鏡像である。11は骨格相、13は球状空孔、15は骨格相11に形成された微細孔である。各空孔はポリスチレン粒子を鋳型としており、球状をしている。各空孔の底部にみえる3つの黒い部分17は、隣接する空孔との接合における貫通孔である。多孔質自立構造体は粒子による充填構造を鋳型として形成される多数の球状空孔13をもつ構造の骨格相11を備えたものであり、隣接する球状空孔同士が接点で連通していることにより、骨格相11が3次元網目構造に形成されている。
【0056】
このようにカラム3内に粒子による充填構造を鋳型として形成される骨格相11を備え、隣接する球状空孔13同士を連通するようにしたので、従来方式に比べて分析物の拡散様式を均質化することができ、分析物のカラム内拡散による分離能の劣化を低減することができる。
【0057】
また、図4のように球状空孔13が最密充填構造となるように規則的に配列すると、局所構造が幾何学的に均質かつ周期性を有するようになり、分離精度が一定な多孔質自立構造体を備えたカラムを提供することができるようになる。
【0058】
次に、有機系の多孔質自立構造体について説明する。
エポキシ化合物としては光学活性体であるSSS体の2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレート(TEPIC−S)、アミン化合物としてはビス(4−アミノシクロヘキシル)メタン(bis(4-aminocyclohexyl)methane:BACM)、ポロゲンとしては分子量が200のポリエチレングリコール(PEG200:ナカライテクス社の商品名)を使用した(非特許文献1参照。)。
【0059】
TEPICとBACMの化学構造式は以下に示すものである。

【0060】
1.6gのTEPIC−Sに対し、BACMが0.37g、PEG200が7.00gとなるように調合して、ホットスターラーで加熱、攪拌して溶解した状態とした後、後で説明する方法により溶融石英キャピラリーに充填し、80℃の乾燥機で20時間加熱し重合させる。その後、水とメタノールで洗浄した後、真空乾燥する。
【0061】
製造条件:
TEPIC−S …… 1.6g
BACM …… 0.37g
PEG200 …… 7.00g
温度 …… 80℃
【0062】
上記の重合によって製造された有機ポリマーモノリスの走査型電子顕微鏡写真を図5に示す。このモノリスの骨格相がサブミクロンサイズの平均直径を有し、粒子凝集型でない共連続構造をもっており、その骨格相により形成された細孔が三次元網目状をしていることがわかる。
【0063】
図6A及び図6Bは本発明のイオン化用エミッタ2を利用したイオン化装置を示す概略図であり、図6Aはティップ1に導電性被膜を形成していない場合、図6Bはティップ1に導電性被膜9を形成している場合である。イオン化装置は、ティップ1の先端側に対向して配置される電極19とティップ1との間に高電圧を印加することにより、ティップ1内に供給された溶液試料に含まれる分子をエレクトロスプレー法によりイオン化し、それを測定するものである。
【0064】
電極19のティップ1側は試料導入口21になっており、導入された試料が質量分析計23に導かれて測定されるようになっている。
【0065】
この実施例では、ティップ1は分析用カラム3の先端に一体化されて形成されており、分析用カラム3の基端部には、カラム3に試料を供給するインジェクタ25と、試料を移動相とともにカラム3に送るために移動相を送液するポンプ27が接続されている。この場合、移動相によりカラム3に送られた試料はカラム3で分離されてティップ1の先端からイオンとして質量分析計23に導入される。
【0066】
図6Aの場合、イオン化用エミッタ2と質量分析計23の間に高電場を印加するために、高電圧電源装置29の一端を質量分析計23、他端をイオン化用エミッタ2の基端部に接続している。図6Bの場合はティップ1が被膜されているので、高電圧電源装置29の一端を質量分析計23、他端をティップ1の導電性被膜9に接続している。
【0067】
これらの方法により、高電場によってイオン化された分子はティップ1の先端から放出され、試料導入口21から質量分析計23に取り込まれて測定される。
【0068】
次に本発明のイオン化用エミッタの製造方法を説明する。
図7はゾル−ゲル法による多孔質自立構造体の製造工程を示す工程図である。
(A)基板31上にフォトレジスト33及びフォトレジスト35を用いて同軸二重構造の鋳型(穴)を形成する。フォトレジスト33による鋳型の穴34は製作しようとするティップ1の外形形状に対応した穴である。フォトレジスト35による鋳型の穴36は中空管の先端を挿入して位置決めするための穴である。中空管としてフューズドシリカキャピラリー等のカラム3の先端を挿入する。カラム3の先端面の外径は穴34の径よりも大きい。カラム3及びフォトレジスト33,35内の鋳型をシリカゾル37で満たす。
【0069】
(B)シリカゾル37をゲル化させた後、カラム3及びフォトレジスト33,35内の鋳型を取り出し、多孔質自立構造体を得る。この多孔質自立構造体はティップ1及びシリカのモノリスカラム3である。
【0070】
(C)一体化されているティップ1及びカラム3を回転させながら蒸着39により導電性金属薄膜41を形成する。
【0071】
(D)導電性金属薄膜41をティップ1及びカラム3の外壁に形成した後、ティップ1及びカラム3の骨格相の孔の内面にオクタデシルシラン等のシリル化剤で化学修飾を施す。
【0072】
このように、骨格相を共有結合力の強いシリカにより形成すると、多孔質自立構造体としての耐圧性向上が期待される。
【0073】
図7の方法において、シリカによる多孔質自立構造体を製造するのに替えて、図5に示した有機の多孔質自立構造体を製造することもできる。その場合は、カラム3及びフォトレジスト33,35内の鋳型にシリカゾル37を注入するのに替えてTEPICとBACMをPEGに溶解させたゾル溶液を注入してゲル化させる。
【0074】
図8は他の製造方法である。この方法ではフューズドシリカキャピラリー等のカラム3の外形に等しい内径の円筒穴をもつ治具50の穴の底部に、その穴の内径に等しい外形をもつフッ素樹脂管52を挿入して鋳型を形成する。フッ素樹脂管52は穴54の深さが規定されたものでもよく、貫通した穴54をもったものでもよい。
【0075】
図8(A)に示されるように、治具50の穴にフューズドシリカキャピラリー等のカラム3の先端を挿入してフッ素樹脂管52に接触させる。その状態でカラム3の基端側からゾル溶液を注入し、加熱をしてゲル化させる。ゾル溶液は無機材料でも有機材料でもよい。
【0076】
ゲル化した後、図8(B)に示されるように、カラム3をフッ素樹脂管52とともに、治具50から引き抜き、カラム3の先端部からフッ素樹脂管52を引き抜くと、カラム3中に充填された充填材と一体化されてカラム3の先端部に露出して形成された多孔質自立構造体1が形成される。
【0077】
多孔質自立構造体のさらに他の製造方法について図9に示す工程(A)〜(D)を参照しながら順に説明する。
(A)初めに、サイズのばらつきが20%未満である多数のポリマー粒子を含有する単分散コロイドを用意する。例えば、直径1〜3μmのポリスチレン粒子13aが純水14中に分散している1wt%ポリスチレンコロイド16を調製する。
【0078】
シリンジポンプを使ってポリスチレンコロイド16を内径50μmの中空管18に注入し、ポリスチレン粒子13aを内部に充填する。このとき、ポリスチレン粒子13aは、その自己集合作用によって規則的な充填構造、例えば六方最密構造をとる。
【0079】
(B)次に、多孔質自立構造体の骨格相となる金属アルコキシドゾルを調製する。例えば、氷冷下において、20mM酢酸10mLにポリエチレングリコール1.3gとテトラメトキシシラン(Si(OCH34)4mLを加え、45分間攪拌してシリカゾルを調製する。
【0080】
このシリカゾルを、ポリスチレン粒子13aが充填されている中空管18内にシリンジポンプを用いて注入する。注入されたシリカゾル11aはポリスチレン粒子13aの充填構造の隙間に入り込む。
【0081】
(C)次に、注入されたシリカゾルのゲル化を行なう。例えば、中空管18を40℃の電気炉に24時間保持することでシリカゾル11aをゲル化し、ゲル状骨格相(シリカゲル11b)とする。
【0082】
その後、電気炉を1℃/分の速度で330℃まで昇温して、シリカゲル11bの焼成を行う。これにより、中空管18中に充填されていたポリスチレン粒子13aは熱分解され、水や二酸化炭素となって外部に除去され、その空間は球状空孔13bとなる。
【0083】
(D)このようにポリスチレン粒子の充填構造を鋳型として形成するシリカにより、球状空孔13b同士が接点で連通し、3次元網目構造に形成されている多孔質自立構造体の骨格相11cを得る。
【0084】
図9の製造工程で作成したものが、図4の走査電子顕微鏡像に示す多孔質自立構造体である。多孔質自立構造体は粒子による充填構造を鋳型として形成される多数の球状空孔13をもつ構造の骨格相11を形成し、隣接する球状空孔同士が接点で連通していることにより、骨格相11が3次元網目構造に形成されている。これは図3に示す多孔質自立構造体と異なり、ポリマー粒子の鋳型によって球状空孔13bの大きさが制御されており、空孔の配列も秩序化されている。
【0085】
また、上述した図9の実施例の多孔質自立構造体の製造方法によれば、従来のスピノーダル現象を利用した作製方法では困難であった幾何学的構造の均質性、周期性を有するモノリスカラムの作製が可能になり、カラムの不均一さに由来する分析物のカラム内拡散による分離能の劣化を低減できるため、モノリスカラムの高性能化が期待できる。
【0086】
さらに、この多孔質構造体に物理的修又は化学的修飾を施すことによって表面改善を行なうことが好ましい。物理的修飾の一例は、例えば、アンモニアを用いて空孔13表面を腐食させることで骨格相11の表面(多孔質自立構造体の空孔13の表面)に微細孔15を形成することである。つまり、骨格相をアルカリ溶液で洗浄することで骨格相11には球状空孔13よりも孔径の小さい微細孔15が形成され、容易に微細加工を施すことができ、表面積が増大することによってカラム3の分離能が向上する。
【0087】
そして、多孔質自立構造体は直径0.01〜0.1μmの微細孔15が形成された骨格相11と、骨格相11によって形成される直径0.8〜2.7μmの球状空孔13を備えるようになる。
【0088】
また、化学的修飾の一例として、多孔質構造体にクロロオクタデシルシラン等のシリル化剤を利用し、多孔質構造体の表面に固定相を化学結合してもよい。
【0089】
本発明の多孔質自立構造体はクロマトグラフィーなどに用いるカラムやキャピラリーの充填材などとして利用することもできる。例えば、このカラムを質量分析計などに接続し、ここで分離を行なった後に質量分析計で分析するようにすれば良い。
【0090】
また、ティップ1の構造は柱状のみならず円錐状であってもよい。錐状にした場合、
ティップ先端に電解集中しやすく安定したプルームが得られるため、好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、化学物質や生体物質等を分離分析したり質量分析したりする際に用いるイオン化用エミッタに利用することができる。
【符号の説明】
【0092】
1 ティップ
2 イオン化用エミッタ
3 カラム
5 充填材
7 細孔
9 被膜
11 骨格相
13 球状空孔
15 微細孔
17 貫通孔
19 電極
21 試料導入口
23 質量分析計
25 インジェクタ
27 ポンプ
29 高電圧電源装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ティップと、前記ティップの基端側から前記ティップ内に溶液試料を供給する流路と、を備え、
前記流路は管路に充填材が充填されたものであり、前記ティップは柱状又は錐状をして先端面及び側面が前記流路の管路端面から突出した状態に露出した多孔質自立構造体を構成しており、前記充填材と前記ティップを構成する多孔質自立構造体は同時に形成された同一多孔質体からなる一体構造になっており、
前記ティップの先端側に対向して配置される電極と前記ティップとの間に高電圧が印加されることにより生じるエレクトロスプレーにより、前記ティップ内に供給された溶液試料に含まれる分子をイオン化するイオン化用エミッタ。
【請求項2】
前記流路は分析用カラムである請求項1に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項3】
前記多孔質体はゾル−ゲル法によって得られたものである請求項1又は2に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項4】
前記多孔質体は粒子による充填構造が転写された多数の球状空孔をもつ構造の骨格相を備え、隣接する球状空孔同士が接点で連通していることにより、前記骨格相が3次元網目構造に形成されているものである請求項1から3のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項5】
前記球状空孔は最密充填構造となるように規則的に配列されている請求項4に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項6】
前記球状空孔のサイズは直径0.1〜10μmであり、かつ孔径ばらつきが20%未満である請求項4又は5に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項7】
前記骨格相には前記空孔より孔径の小さい微細孔が形成されている請求項4から6のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項8】
前記骨格相はシリカによって形成されている請求項3から7のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項9】
前記多孔質体は、骨格相と、前記骨格相により形成され三次元網目状に連続した細孔と、前記骨格相の表面に存在し、新たな官能基の導入が可能な官能基とを備え、
前記骨格相は、サブミクロンからマイクロメートルサイズの平均直径を有し、粒子凝集型でない共連続構造をもち、二官能性以上のエポキシ化合物と二官能性以上のアミン化合物からの付加重合体から構成され、有機物質に富み、かつ芳香族由来の炭素原子を含まないものである請求項1又は2に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項10】
前記エポキシ化合物は2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレートである請求項9に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項11】
前記カラム内の充填材に物理的修飾又は化学的修飾が施されている請求項2から10のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項12】
前記ティップの外周部には電極又は保護膜からなる被膜が形成されている請求項1から11のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項13】
前記被膜は物理蒸着又は化学蒸着によって形成されたものである請求項12に記載のイオン化用エミッタ。
【請求項14】
請求項2から13のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタと、
前記カラムに移動相を供給する移動相供給機構と、
前記カラムに供給される移動相の流路中に試料を供給するインジェクタと、
前記エミッタの先端側に対向して配置される試料導入口と、
前記エミッタと前記試料導入口間に電圧を印加する高電圧電源装置と、
を備えたイオン化装置。
【請求項15】
以下の工程(A)及び(B)を備えて請求項1に記載のイオン化用エミッタを製造する方法。
(A)前記ティップの外形形状に対応した穴をもつ鋳型を用意する工程、
(B)前記穴径よりも大きい外径をもつ中空管の先端面を前記鋳型の穴上に押しあて、前記中空管の基端部からゾル溶液を注入しゲル化させる過程を含んで前記多孔質自立構造体を形成する工程。
【請求項16】
前記工程(B)は、以下の工程(B−1)から(B−5)を含む請求項15に記載のイオン化用エミッタの製造方法。
(B−1)前記中空管の基端部からポリマー粒子を含有するコロイドを注入する工程、
(B−2)前記ポリマー粒子をそれ自身の自己集合作用によって規則的に配列した充填構造にする工程、
(B−3)前記充填構造を形成したポリマー粒子の隙間に金属アルコキシドゾルを注入する工程、
(B−4)前記金属アルコキシドゾルをゲル化して骨格相を形成する工程、及び
(B−5)前記ポリマー粒子を熱分解により除去することにより前記充填構造が転写された多数の球状空孔をもつ3次元網目構造を有する多孔質自立構造体を形成する工程。
【請求項17】
前記多孔質自立構造体の形成後、前記骨格相をアルカリ溶液で洗浄することにより骨格相に前記球状空孔より孔径の小さい微細孔を形成する物理的修飾工程をさらに含む請求項16に記載のイオン化用エミッタの製造方法。
【請求項18】
前記金属アルコキシドゾルはシリカゾルである請求項16又は17に記載のイオン化用エミッタの製造方法。
【請求項19】
前記コロイドはポリスチレン粒子が純水中に分散したものである請求項16から18のいずれか一項に記載のイオン化用エミッタの製造方法。
【請求項20】
前記工程(B)は、以下の工程(b−1)及び(b−2)を含む請求項15に記載のイオン化用エミッタの製造方法。
(b−1)ゾル溶液としてポロゲン中に二官能性以上のエポキシ化合物と二官能性以上のアミン化合物を含むものを注入し、加熱して重合させてゲル状体を得る工程、及び
(b−2)前記ゲル状体を溶媒で洗浄してポロゲンを除去して骨格相を残す工程。
【請求項21】
前記エポキシ化合物は2,2,2-tri-(2,3-エポキシプロピル)-イソシアヌレートである請求項20に記載のイオン化用エミッタの製造方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−208127(P2012−208127A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−154650(P2012−154650)
【出願日】平成24年7月10日(2012.7.10)
【分割の表示】特願2008−554005(P2008−554005)の分割
【原出願日】平成20年1月7日(2008.1.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】