インクジェットヘッド及び記録装置
【課題】駆動劣化を抑制できるインクジェットヘッドを提供する。
【解決手段】圧電体41は、結晶構造が正方晶のチタン酸ジルコン酸鉛によって形成されており、平面視において加圧室31内に収まる範囲において、個別電極43に重なる駆動部41aと、その外周の非駆動部41bとを有する。圧電体41の主面41sに対してCuKαのX線を照射して反射したX線の強度を測定するX線回折法を、主面41sの平面視におけるX線の照射方向を駆動部41aを中心とする放射方向とし、主面41sの側面視における主面41sに対するX線の照射角度を変化させながら行うことによって測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、非駆動部41bにおいて1.0以下である。
【解決手段】圧電体41は、結晶構造が正方晶のチタン酸ジルコン酸鉛によって形成されており、平面視において加圧室31内に収まる範囲において、個別電極43に重なる駆動部41aと、その外周の非駆動部41bとを有する。圧電体41の主面41sに対してCuKαのX線を照射して反射したX線の強度を測定するX線回折法を、主面41sの平面視におけるX線の照射方向を駆動部41aを中心とする放射方向とし、主面41sの側面視における主面41sに対するX線の照射角度を変化させながら行うことによって測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、非駆動部41bにおいて1.0以下である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェットヘッド及び記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電素子の変形を利用して、インクに圧力を付与してインク滴を吐出するピエゾ式のインクジェットヘッドが知られている(例えば特許文献1)。圧電素子としては、例えば、いわゆるユニモルフ型のものが知られている。
【0003】
ユニモルフ型の圧電素子(アクチュエータ)は、インクが満たされた凹状の加圧室を塞ぐように順に積層された、振動板、共通電極、圧電体及び個別電極を有している。個別電極は、平面視において加圧室よりも小さく形成されており、圧電体は、個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有している。また、圧電体は、厚み方向(積層方向)に分極されている。
【0004】
そして、ヘッドの駆動時においては、共通電極と個別電極との間に駆動部の分極方向に電圧が印加される。これにより、圧電体の駆動部は面に沿う方向(積層方向に直交する方向)に縮小され、振動板が加圧室側へ撓み、加圧室のインクが押し出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2006/137528号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなヘッドにおいては、駆動部の縮小に伴って非駆動部に引張り応力が付与される。そして、引張り応力の付与が繰り返される結果、非駆動部が変形し、振動板の撓み変形の変位が低下し、インクの吐出量が低下することがある。すなわち、駆動劣化が生じることがある。なお、当該課題は、特許文献1においても開示されており、特許文献1の技術は、駆動劣化を抑制するために、共通電極と個別電極との間に印加する電圧(駆動信号)の波形を好適なものとしている。
【0007】
本発明の目的は、駆動劣化を抑制できるインクジェットヘッド及び記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドは、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極と、を有し、前記圧電体は、主結晶構造が正方晶のチタン酸ジルコン酸鉛によって形成されており、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、前記圧電体の主面に対してX線を照射して反射したX線の強度を測定するX線回折法を、前記主面の平面視におけるX線の照射方向を前記駆動部を中心とする放射方向とし、前記主面の側面視における前記主面に対するX線の照射角度を変化させながら行うことによって測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、前記非駆動部において1.0以下である。
【0009】
好適には、前記強度比(002)/(200)が、前記駆動部において1.6以上である。
【0010】
好適には、前記圧電体の抗電界の0.8倍以上の強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である。
【0011】
好適には、前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である。
【0012】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドは、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極と、を有し、前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、前記面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、1.0以下である。
【0013】
好適には、前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が1.0以下である。
【0014】
好適には、前記ヘッドは、前記共通電極と前記個別電極との間に前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を形成する電圧を印加可能な駆動信号出力部を更に有する。
【0015】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドは、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極と、前記共通電極と前記個別電極との間に所定の電圧値の電圧を印加可能な駆動信号出力部と、を有し、前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、自発分極の方向となる面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、前記所定の電圧値の電圧の印加を繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な値以下である。
【0016】
好適には、前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が前記実現可能な値以下である。
【0017】
本発明の一態様に係る記録装置は、上記のインクジェットヘッドと、前記共通電極と前記個別電極との間に電圧を印加可能な駆動信号出力部と、を有する。
【0018】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドの製造方法は、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極とを有し、前記圧電体が、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有するインクジェットヘッドの製造方法であって、前記駆動部に対して、抗電界を超える強度の電界を形成する直流電圧を印加して前記駆動部を厚み方向に分極する分極工程と、前記駆動部に対して、前記駆動部の分極方向へ電圧を印加する正方向電圧印加と、前記駆動部の分極方向とは反対方向へ、且つ、前記正方向電圧印加における電圧よりも絶対値が低い電圧で電圧を印加する負方向電圧印加とを繰り返すスイッチング促進工程と、を有する。
【0019】
好適には、前記負方向電圧印加の電圧(V−)の絶対値に対する前記正方向電圧印加の電圧(V+)の絶対値の比(V+/V−)が、1.35以上10以下である。
【0020】
好適には、前記スイッチング促進工程は、前記圧電体の温度が25°C超キュリー温度未満の状態で行われる。
【0021】
好適には、1周期における前記負方向電圧印加の時間(T−)に対する前記正方向電圧印加の時間(T+)の比(T+/T−)が60%以上である。
【発明の効果】
【0022】
上記の構成又は手順によれば、ヘッドの駆動劣化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施形態に係る記録装置の要部を模式的に示す斜視図。
【図2】図1の記録装置のインクジェットヘッドの一部の断面図。
【図3】図3(a)及び図3(b)は図2のヘッドのアクチュエータを示す断面図及び平面図。
【図4】図4(a)及び図4(b)は実施形態のアクチュエータの詳細を説明する模式図。
【図5】図5(a)及び図5(b)はアクチュエータの圧電体のドメインの観察画像を説明する模式図。
【図6】アクチュエータの圧電体の主面のXRD結果の一例を示す図。
【図7】図7(a)及び図7(b)は駆動信号出力部からヘッドに出力される駆動信号の例を示す図。
【図8】図8(a)〜図8(c)はアクチュエータの製造方法の一例を説明する断面図。
【図9】図9(a)及び図9(b)は図8(c)の処理を説明する図。
【図10】本実施形態の作用・効果を説明する模式図。
【図11】比較例1、実施例1及び実施例2の変位低下率を示す図。
【図12】比較例2及び実施例3の変位低下率を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1は、本発明の実施形態に係る記録装置1の要部を模式的に示す斜視図である。
【0025】
なお、記録装置1及び後述するインクジェットヘッド5は、いずれの方向が上方または下方とされてもよいものであるが、以下では、便宜的に、直交座標系xyzを定義するとともに、z方向の正側(図1の紙面上方)を上方として、上面、下面等の用語を用いることがあるものとする。
【0026】
記録装置1は、例えば、メディア(例えば紙)101を矢印y1で示す方向へ搬送する搬送部3と、搬送されているメディア101に向けてインク滴を吐出するヘッド5と、搬送部3及びヘッド5の動作を制御する制御部7とを有している。
【0027】
搬送部3は、例えば、不図示の供給スタックに積層された複数のメディア101を一ずつ不図示の排出スタックへ搬送する。搬送部3は、公知の適宜な構成とされてよい。図1では、搬送経路がストレートパスとされ、メディア101に当接するローラ9と、ローラ9を回転させるモータ11とが設けられた搬送部が例示されている。
【0028】
ヘッド5は、メディア101の搬送経路の途中に配置されており、z方向の正側からメディア101に対向する。ヘッド5は、メディア101の印画面及び搬送方向に直交する方向(主走査方向、x方向)にシャトル運動を行うシリアルヘッドであってもよいし、当該直交する方向に(ほぼ)固定されたラインヘッドであってもよい。なお、本実施形態においては、ヘッド5がラインヘッドである場合を例に挙げて説明するものとする。
【0029】
ヘッド5は、x方向の複数位置においてインク滴をメディア101に吐出、付着させる。当該動作が、メディア101の搬送に伴って繰り返し行なわれることにより、メディア101には2次元画像が形成される。
【0030】
制御部7は、例えば、CPU、ROM、RAM及び外部記憶装置を含んで構成されている。制御部7は、モータ用ドライバ13に制御信号を出力することにより、所望の電圧をモータ11に印加して、モータ11を制御する。同様に、制御部7は、ヘッド用ドライバ15に制御信号を出力することにより、所望の電圧をヘッド5に印加して、ヘッド5を制御する。
【0031】
ヘッド用ドライバ15、又は、ヘッド用ドライバ15及び制御部7の一部は、所定の駆動周波数の駆動パルス(駆動波形)を含む駆動信号(ヘッド5に印加される電圧)を生成してヘッド5に出力する駆動信号出力部8を構成している。駆動信号出力部8は、例えば、ドライバICや回路基板により構成されている。
【0032】
なお、図1では、駆動信号出力部8とヘッド5とを互いに別個のものとして図示している。ただし、駆動信号出力部8は、その一部又は全部がヘッド5に搭載されてもよい。この場合において、ヘッド5と駆動信号出力部8のヘッド5に搭載された部分(一部又は全部)との全体が、広義のヘッド6を構成していると捉えられてもよい。
【0033】
図2は、ヘッド5の一部を拡大して示す模式的な断面図である。なお、図2の紙面下方がメディア101に対向する側である。
【0034】
ヘッド5は、圧電素子の機械的歪によりインクに圧力を付与するピエゾ式のヘッドである。ヘッド5は、インク滴を吐出する複数の吐出素子19を有し、図2は一の吐出素子19を示している。複数の吐出素子19は、例えば、xy平面において配列されており、各吐出素子19は、メディア101上の1ドットに対応している。
【0035】
また、別の観点では、ヘッド5は、インクを貯留する空間を形成する基体21と、基体21に貯留されているインクに圧力を付与するためのアクチュエータ23とを有している。複数の吐出素子19は、基体21及びアクチュエータ23により構成されている。
【0036】
基体21の内部には、複数の個別流路25(図2では1つを図示)と、当該複数の個別流路25に通じる共通流路(リザーバ)27とが形成されている。個別流路25は、吐出素子19毎に設けられ、共通流路27は、複数の吐出素子19に共通に設けられている。
【0037】
各個別流路25は、メディア101に対向する吐出孔29aを含むディセンダ(部分流路)29と、ディセンダ29に通じる加圧室31と、加圧室31と共通流路27とを連通する供給路33とを有している。
【0038】
複数の個別流路25及び共通流路27にはインクが満たされている。複数の加圧室31の容積が変化してインクに圧力が付与されることにより、複数の加圧室31から複数のディセンダ29へインクが送出され、複数の吐出孔29aからは複数のインク滴が吐出される。また、複数の加圧室31へは複数の供給路33を介して共通流路27からインクが補充される。
【0039】
複数の個別流路25及び共通流路27の断面形状若しくは平面形状は、適宜に設定されてよい。本実施形態では、加圧室31は、z方向において一定の厚みに形成されるとともに、平面視において概ね菱形(図3(b)参照)に形成されている。菱形の一の角部はディセンダ29と連通され、その反対側の角部は供給路33と連通されている。供給路33の一部は、流れ方向に直交する断面積が共通流路27および加圧室31よりも小さいしぼりとされている。
【0040】
基体21は、例えば、複数の基板35が積層されることにより構成されている。基板35には、複数の個別流路25及び共通流路27を構成する貫通孔が形成されている。複数の基板35の厚み及び積層数は、複数の個別流路25及び共通流路27の形状等に応じて適宜に設定されてよい。複数の基板35は、適宜な材料により形成されてよく、例えば、金属、セラミック若しくはシリコンにより形成されている。
【0041】
図3(a)は、アクチュエータ23付近の図2とは別の方向の断面図であり、図3(b)はアクチュエータ23付近の平面図である。
【0042】
図2及び図3に示すアクチュエータ23は、例えば、撓みモードで変位する、ユニモルフ型の圧電素子により構成されている。具体的には、例えば、アクチュエータ23は、加圧室31側から順に積層された、振動板37、共通電極39、圧電体41及び複数の個別電極43を有している。
【0043】
振動板37、共通電極39及び圧電体41は、例えば、複数の加圧室31を覆うように複数の加圧室31に共通に設けられている。一方、個別電極43は、加圧室31毎に設けられている。
【0044】
振動板37は、基体21の上面に重ねられることにより、基体21の上面に形成された凹部によって構成された加圧室31を塞いでいる。個別電極43は、概ね、加圧室31と相似形(本実施形態では菱形)で、加圧室31の広さよりも若干小さい(加圧室31の中央側にて広がる)個別電極本体44と、その個別電極本体44の角部に接続された引出電極45とを含んでいる。
【0045】
振動板37、共通電極39、圧電体41及び個別電極43は、適宜な材料により形成されてよい。例えば、振動板37は、セラミック、酸化シリコン若しくは窒化シリコンにより形成されている。共通電極39及び個別電極43は、例えば、白金若しくはパラジウムにより形成されている。圧電体41は、例えば、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)等のセラミックにより形成されている。
【0046】
図4(a)は、アクチュエータ23の詳細を説明する、図3(a)と同様の断面を示す模式図である。
【0047】
図4(a)において、圧電体41は、平面視において加圧室31内に収まる範囲おいて、個別電極43に重なる駆動部41aと、その外周の非駆動部41bとを有している。なお、駆動部41aは、別の観点では、(概ね)個別電極本体44と重なる部分である。
【0048】
駆動部41aは、矢印y3によって示すように、厚み方向(z方向)に分極されている。なお、分極方向の向きは、z方向の正側及び負側のいずれでもよいが、図4(a)では分極方向の向きがz方向の負側である場合を例示している。
【0049】
従って、共通電極39及び個別電極43に電圧を印加して、駆動部41aに対して分極方向に電界を作用させると、駆動部41aは面内(xy平面内)で収縮する。この収縮により振動板37は、加圧室31側に凸となるように撓み、その結果、加圧室31の容積は変化し、加圧室31のインクに圧力が付与されて、印刷が行われる。なお、駆動部41aの縮小に伴って、非駆動部41bには引張り力が付与される。
【0050】
ここで、一般的なアクチュエータにおいては、非駆動部への引張り力の付与が繰り返されると、非駆動部においてドメインスイッチングが生じ、非駆動部が延びた状態に変形する。そして、駆動部は非駆動部から圧縮応力を受けることとなり、駆動部は、縮小前の元の状態に戻る(伸びる)ことができなくなり電圧を加えない状態でも若干変位した状態になってしまう。電圧を加えた際にアクチュエータに生じる変位は、その若干変位した状態からの変位になってしまうので、アクチュエータに生じる変位は低下してしまう。ただし、このような効果は、平面視した際の圧電体の大きさが加圧室より大きい場合、特に圧電体が複数の加圧室を覆う形状をしている場合に影響が大きい。圧電体の大きさが加圧室と同程度、あるいはそれ以下の場合、非駆動へ引張り力が付与されても、非駆動部の駆動部と反対側の端は、圧電体が大きい場合と比較してフリーな状態に近いため、ドメインスイッチングは比較的生じにくい。また、非駆動部が延びた状態に変形しても、圧電体が大きい場合と比較して非駆動部の駆動部と反対側の端はフリーな状態に近いため、駆動部には加わる圧縮応力は比較的小さくなる。
【0051】
本実施形態では、出荷前において所定の処理を行うことによって、非駆動部41bは出荷時には既にドメインスイッチングが十分に生じた状態とされる。換言すれば、非駆動部41bのドメインの状態は、引張り応力が加わっても(殆ど)変化しない安定した状態とされる。その結果、非駆動部41bにおいては、印刷によってはドメインスイッチングは発生せず、変位低下は生じない。具体的には、駆動部41a及び非駆動部41bの構成、並びに、その製造方法は以下のとおりである。
【0052】
駆動部41aは、理想的には、自発分極の方向が圧電体41の厚み方向の一方側(x方向の負側)とされた単分域結晶である。また、現実的には、駆動部41aは、多分域結晶であり、当該多分域結晶においては、自発分極の方向が(概ね)圧電体41の厚み方向の一方側とされたドメインの割合が、自発分極の方向が他の方向とされたドメインのいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い、並びに/又は、自発分極の方向が他の方向とされたドメインは分極が相互に打ち消されるような方向及び割合となっている。なお、以下では、駆動部41aは、多分域結晶であるものとする。
【0053】
各ドメインは、単位格子が(概ね)一定の向きで規則的に配列された結晶である。単位格子は、所定の面方位(等価な方位含む)において正電荷の重心と負電荷の重心とをずらして当該単位格子における自発分極を生じる。従って、駆動部41aにおいては、自発分極の方向となる面方位が厚み方向とされた単位格子の割合が、自発分極の方向が他の方向とされた単位格子のいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い、並びに/又は、自発分極の方向が他の方向とされた単位格子は分極が相互に打ち消されるような方向及び割合となっている。
【0054】
例えば、圧電体41が、ZrxTix−1のxが0.525未満のPZTである場合には、単位格子は正方晶である。正方晶は、長手方向(c軸、面方位[002])が自発分極の方向である。そして、図4(a)中の駆動部41aの一部の拡大図に示すように、駆動部41aにおいては、c軸を(概ね)厚み方向に平行にして配列された正方晶47の割合が相対的に高い。
【0055】
一方、非駆動部41bは、駆動部41aに比較すると、厚み方向への分極がなされていない。すなわち、非駆動部41bにおいては、駆動部41aに比較すると、厚み方向(の負側)を分極方向とするドメインの割合が低い。
【0056】
また、非駆動部41bでは、駆動部41aに比較すると、分極の配向方向が(概ね)駆動部41aを中心とする放射方向となっているドメインの割合が高くなっている。より好ましくは、非駆動部41bにおいては、分極の配向方向が(概ね)上記の放射方向となっているドメインの割合が、分極方向が厚み方向とされたドメインの割合よりも高く、並びに/又は、分極方向が他の方向とされたドメインのいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い。なお、ここでは、分極の配向方向が揃っていると表現しているのは、各ドメインの分極方向は、駆動部41aに向かう方向およびその反対方向のどちらかの方向に揃っているとは限らないが、方向は揃っているということを意味している。
【0057】
単位格子に着目すると、ドメインと同様に、非駆動部41bでは、駆動部41aに比較すると、図4(a)及び図4(b)において模式的に示すように、単位格子の長さが長い面方位(正方晶47ではc軸)が(概ね)上記の放射方向となっている単位格子の割合が高くなっている。これは、非駆動部41bに上記放射方向の引張り応力が加わり、単位格子の方向が変わった際に生じる単位格子の割合が高くなっているということである。より好ましくは、非駆動部41bにおいては、分極の配向方向が(概ね)上記の放射方向となっている単位格子の割合が、分極方向が厚み方向とされた単位格子の割合よりも高く、並びに/又は、分極方向が他の方向とされた単位格子のいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い。このような状態であることにより、非駆動部41bにおいて、X線回折による測定を行なうと、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けた単位格子により生じるピークの強度I1に対する、面方位を前記圧電体の主面に向けた単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が低くなる。
【0058】
また、非駆動部41bは、図4(a)において矢印y5によって示すように、内周側から外周側への長さが、xy平面に平行な方向における個別電極本体44と加圧室31の縁部との距離よりも長くなっている。その結果、駆動部41aは、アクチュエータ23が駆動されていない状態においても、若干、加圧室31側に位置している。
【0059】
なお、一般的なユニモルフ型のアクチュエータにおいては、少なくとも出荷時点において、非駆動部41bにおいて、駆動部41aを中心とする放射方向を分極方向とするドメイン(若しくは単位格子)の割合は他の方向を分極方向とするドメインの割合に比較して高くなっていない。また、非駆動部はxy平面に平行であり、ひいては、駆動部41aは、アクチュエータが駆動されていない状態においては、加圧室31側に突出していない。
【0060】
図5(a)は、AFM(原子間力顕微鏡)又はPRM(圧電応答顕微鏡)によって得られる非駆動部41bの画像を模式的に示す図である。また、図5(b)は、図5(a)の画像を説明するドメインの模式図である。図5(a)及び図5(b)において、紙面右側が駆動部41a側である。
【0061】
図5(a)に示すように、非駆動部41bの画像においては、概ね駆動部41aへの方向(駆動部41aを中心とする放射方向)に配列された複数の縞49が観察される。これは、図5(b)において矢印y9によって示すように、複数のドメイン51が互いに向きを変えつつ(例えば90°ドメイン)、概ね駆動部41aを中心とする放射方向に向いていることから、反射光の干渉縞が現れることによる。
【0062】
なお、一般的なユニモルフ型のアクチュエータの非駆動部における、図5(a)の画像に対応する画像においては、微小なドメインが種々の方向に(ランダムに)向いていることから、縞49のような縞上のドメインは観察されない。
【0063】
このように、非駆動部41bにおいて、駆動部41aを中心とする放射方向を自発分極の方向とするドメインの割合が相対的に高いことは、その割合にもよるが、顕微鏡を利用した表面の観察によって特定することが可能である。
【0064】
図6は、圧電体41の主面41s(図4(a)。個別電極43が積層される面若しくはその反対側の面)に対するXRD(X線回折(法))結果の一例を示す図である。
【0065】
このXRDでは、主面41sに対してX線が照射され、反射されたX線の強度Iが測定される。主面41sの平面視におけるX線の照射方向は、駆動部41aを中心とする放射方向のいずれかとされる。主面41sの側面視における主面41sに対するX線の照射角度θ(°)は変化される。図6において、横軸は、2θ(°)を示し、縦軸は、強度Iを示している。
【0066】
XRDにおいては、各結晶面に対応する2θの値において強度Iのピークが生じる。図6では、圧電体41の結晶構造が正方晶であると仮定して、(002)面及び(200)面に対応する2θの値付近における強度Iを示している。
【0067】
ここで、上述のように、非駆動部41bにおいては、駆動部41aに比較して、c軸が厚み方向に向く単位格子の割合が低く、c軸が駆動部41aを中心とする放射方向に向く単位格子の割合が高い。従って、非駆動部41bにおいては、駆動部41aに比較して、(002)面に対応するピーク強度が相対的に低くなり、(200)面に対応するピーク強度が相対的に高くなる。
【0068】
従って、例えば、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)をドメイン状態を示す指標として定義し、その強度比の非駆動部41bにおける絶対値によって、又は、強度比の駆動部41aと非駆動部41bとの差によって、本実施形態を従来技術と区別可能である。
【0069】
例えば、本実施形態において、非駆動部41bにおける強度比(002)/(200)は、好ましくは1.0以下であり、より好ましくは0.6以下である。また、この場合において、駆動部41aにおける強度比(002)/(200)は、好ましくは1.6以上であり、より好ましくは2.1以上である。これらの数値については、後述の実施例において詳細に説明する。
【0070】
また、一般的なアクチュエータにおいては、ドメインスイッチングが発生したとしても、ドメイン状態が安定するほどに非駆動部に引張り力が付与されない結果、ドメインスイッチングが非駆動部の全周に亘って生じていない等の現象が生じ得る。
【0071】
例えば、一般的なアクチュエータの駆動部及び非駆動部の平面形状が実施形態の駆動部41a及び非駆動部41bの平面形状と同様であるとすると、引出電極45を通過する放射方向における駆動部41aの幅と非駆動部41bの幅との比率は、引出電極45を通過しない放射方向における駆動部41aの幅と非駆動部41bの幅との比率と異なっており、引出電極45付近において、他の部分よりも先に、ドメインスイッチングが生じることが考えられる。
【0072】
従って、本実施形態は、ドメインスイッチングが非駆動部41bの全周に亘って生じているか否かによっても、従来技術との相違を明らかにすることができる。例えば、非駆動部41bの全周に亘って強度比(002)/(200)の絶対値が1.0以下であれば、本実施形態の思想を利用していると特定できる。
【0073】
図7(a)及び図7(b)は、駆動信号出力部8からヘッド5に出力される駆動信号Sdの例を示す図である。図7(a)及び図7(b)において、横軸は時間を示し、縦軸は電位(電圧)Vを示している。電位Vの正方向は、駆動部41aの分極方向への電圧印加に対応している。
【0074】
駆動信号Sdは、例えば、基準電位に対する電位の変動を信号レベルとする信号である。また、共通電極39には基準電位が付与されている。そして、駆動信号Sdが個別電極43に入力されることにより、共通電極39と個別電極43との間には電圧が印加される。
【0075】
吐出素子19の駆動方式は、いわゆる引き打ち式、押し打ち式等の公知の駆動方式から適宜に選択されてよい。図7(a)は、押し打ち式の場合の駆動信号Sdを示しており、図7(b)は、引き打ち式の場合の駆動信号Sdを示している。なお、パルス幅を規定するALは、圧力波が吐出孔29aからしぼり(正確にはしぼりの加圧室31側の端)まで伝わる時間(Acoustic Length)である。
【0076】
図7(a)及び図7(b)において特記すべきは、吐出素子19を駆動するために駆動部41aに印加される電圧が圧電体41の抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧とされていることである。
【0077】
すなわち、図7(a)では、インクの吐出時に駆動部41aに印加される電圧が、抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧とされている。また、図7(b)では、待機状態において駆動部41aに印加される電圧が、抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧とされている。なお、これらの電圧は、0.8Ec未満、0.8Ec、0.8Ec超1.0Ec未満、若しくは、1.0Ecに相当する強度の電界を形成する電圧とされてもよい。
【0078】
図8(a)〜図8(c)は、アクチュエータ23の製造方法の一例を説明する断面図である。なお、製造工程の進行に伴ってドメインの状態等は変化するが、その変化の前後で同一の符号を用いるものとする。
【0079】
まず、圧電体41となるグリーンシート、及び、振動板37となるグリーンシートを準備する。これらグリーンシート(例えば圧電体41となるグリーンシート)に共通電極39及び個別電極43となる導電ペーストを印刷し、これらグリーンシートを積層して焼成する。これにより、図8(a)に示すように、振動板37、共通電極39、圧電体41及び個別電極43の積層体が形成される。
【0080】
次に、図8(b)に示すように、アクチュエータ23は基体21に対して接着剤等により固定される。次に、同図に示すように、駆動部41aに対して分極処理を行う。具体的には、まず、直流電源53によって共通電極39と個別電極43との間に直流電圧を印加する。このときの電圧は、圧電体41の抗電界を超える強度の電界を形成する電圧とされる。また、このときの処理は、例えば、常温で行われる。接着と分極処理の工程順は、逆でも構わないが、アクチュエータ23の厚みが100μm程度以下と薄い場合は、分極処理により、アクチュエータ23に反りが生じ、接着が難しくなることがあるため、上述の工程順で行うのが好ましい。
【0081】
そして、図8(c)に示すように、交流電源55によって、個別電極43と共通電極39との間に交流電圧を印加する。なお、以下において、図8(c)の処理をスイッチング促進処理ということがある。
【0082】
図9(b)は、図8(c)の処理の作用を説明する図である。
【0083】
図8(c)の処理において、駆動部41aに対して分極方向に電圧が印加されると、駆動部41aは、矢印y11によって示すように、xy平面内において縮小する。従って、非駆動部41bには矢印y13によって示すように、引張り力が付与される。
【0084】
その引張り力によって、非駆動部41bにおいては、ドメインスイッチングが生じる。すなわち、正方晶47に着目すると、点線によって示すように、圧電体の厚み方向(z方向)を含む種々の方向にc軸を向けていた正方晶47は、実線及び矢印y15によって示すように、駆動部41aを中心とする放射方向にc軸を向けるように変形する。
【0085】
これによって、上述したように、非駆動部41bにおいては、厚み方向にc軸を向ける正方晶47の割合が相対的に低くなるとともに、放射方向にc軸を向ける正方晶47の割合が相対的に高くなる。また、正方晶47の長軸であるc軸が放射方向に向けられることから、非駆動部41bは、放射方向に延びた状態に変形する。
【0086】
なお、スイッチング促進処理(図8(c))は、アクチュエータ23が基体21に固定された後に行われることが好ましい。交流電圧の印加後にアクチュエータ23を基体21に固定すると、その固定によって非駆動部41bにおける応力状態が変化し、再びドメインスイッチングが生じるおそれがあることからである。また、固定した後に行うことにより、非駆動部41bが引き延ばされた状態にすることによって駆動部41bに生じる圧縮応力を、より駆動部41bに集中させることができる。
【0087】
本実施形態においては、非駆動部41bにおけるドメインスイッチングが、好ましいレベル(例えば非駆動部41bにおける強度比(002)/(200)が1.0以下)まで迅速に生じるように、スイッチング促進処理(図8(c))を以下のように行う。
【0088】
図9(a)は、スイッチング促進処理において駆動部41aに印加される交流電圧(処理信号Sp)の波形を示す図である。図9(a)において、横軸は時間tを示し、縦軸は電圧Vを示している。電圧Vの正方向は、駆動部41aの分極方向への電圧印加に対応している。
【0089】
なお、スイッチング促進処理では、ヘッド5の駆動時とは異なり、複数の吐出素子19に印加される電圧を個別に制御する必要はないから、共通電極39は基準電位とされる必要はない。すなわち、スイッチング促進処理では、共通電極39と個別電極43との双方において電位が変化することによって図9(a)の波形が実現されてもよいし、共通電極39及び個別電極43の一方のみにおいて電位が変化することによって図9(a)の波形が実現されてもよい。
【0090】
スイッチング促進処理においては、駆動部41aに対して、分極方向への電圧印加と、分極方向とは逆方向への電圧印加とが交互に行われる。すなわち、共通電極39及び個別電極43に入力される処理信号Spはバイポーラ信号である。バイポーラ信号は、ドメインスイッチングを起こし易いように、電圧変化が急峻な部分を含むことが好ましく、例えば、図9(a)に示すような矩形波である。電圧変化が、ある程度急峻であるとドメインスイッチングをより起こしやすくなる。具体的には、電圧変化開始から電圧変化終了までが10μ秒程度以下と急峻であるとドメインスイッチングをより起こしやすくなる。また、引張り力が増加する変化である、V−からV+への電圧変化が急峻であると、よりドメインスイッチングをより起こしやすくなる。さらに、V+からV−への電圧変化も急峻であると、さらにドメインスイッチングをより起こしやすくなる。
【0091】
このバイポーラ信号は、分極方向への電圧V+の絶対値が、分極方向とは逆方向への電圧V−の絶対値よりも大きい非対称のバイポーラ信号となっている。本願発明者は、このような非対称のバイポーラ信号を駆動部41aに印加することによって、迅速に非駆動部41bにおいてドメインスイッチングを発生させ、ドメインを安定な状態とできることを見出した。
【0092】
これは、ドメインスイッチングは、所定のエネルギー障壁を超えるだけの応力がドメインに付与されたときに発生するところ、非対称なバイポーラ信号によって、引張り応力と圧縮応力とが非対称な大きさで交互に非駆動部41bに付与されると、揺らぎによってエネルギー障壁を超えるエネルギーがドメインに付与されやすくなるためと考えられる。なお、電圧変化が急峻で、この際に与えられる単位時間当たりのエネルギーが大きくなることで、よりドメインスイッチングが起り易くなると考えられる。
【0093】
なお、電圧V+の絶対値と電圧V−の絶対値とが等しく、電圧がEc以下の対称なバイポーラ信号では、このような作用は生じない。これは、電圧V+が印加されたときに非駆動部41bに引張り応力が付与される一方で、電圧V−が印加されたときにその引張り応力と同等の圧縮応力が非駆動部41bに付与され、引張り応力がドメインに及ぼす影響と圧縮応力がドメインに及ぼす影響とが相殺されることからと考えられる。なお、電圧V−の絶対値をEc以上にすると、駆動部41aの一部で、分極反転が生じると考えられるので、電圧V−の絶対値の絶対値はEc未満にするのが良い。
【0094】
ドメインスイッチングを生じやすくする方法としては、駆動部41aに印加される電圧を高くして非駆動部41bに付与される引張り応力を大きくし、エネルギー障壁を超えるエネルギーが非駆動部41bのドメインに付与されやすくしたり、圧電体41の温度を上昇させてドメインスイッチングのエネルギー障壁を低下させたりすることが考えられる。
【0095】
しかしながら、上述のように、ドメインスイッチング促進処理は、アクチュエータ23が基体21に固定された後、すなわち、ヘッド5が概ね構成された後が好ましい。従って、電圧を高くしたり、温度を高くする方法は、ヘッド5の駆動回路の耐電圧や構成部材の耐熱性などによって制約を受けやすくなる。例えば、温度は、エネルギー障壁の低下のみに着目すれば、圧電体41のキュリー温度付近(例えば200°Cを超える温度)とされることが好ましいが、ヘッド5の構成部材の耐熱性によっては、必ずしも理想的とは言えない。例えば、アクチュエータ23と基体21とを接合する接着剤などに200℃以上の耐熱性を持たせようとすると、接合を行う温度も同程度以上にする必要があると考えられるが、そのような温度で接合を行うと、アクチュエータ23には、基体21との熱膨張係数差に起因する応力が加わった状態になり、圧電特性の変動や破損が生じるおそれがある。また、そのような耐熱性及び耐電圧性が高い構成部材を用いてヘッド5を構成するとすれば、ヘッド5のコストは増大する。
【0096】
従って、非対称のバイポーラ信号を印加する方法は、比較的低い電圧や温度条件において迅速にドメインスイッチングを発生させることを可能とし、ひいては、コスト増大を伴わずに、ヘッド5が概ね構成された後に非駆動部41bにおいて迅速にドメインスイッチングを発生させることを可能とする。
【0097】
電圧V+の絶対値と電圧V−の絶対値との比(V+/V−)は、好ましくは、1.35以上10以下である。比(V+/V−)が1.35以上であれば、バイポーラ信号の非対称性を十分に確保することができる。また、比(V+/V−)が10以下であれば、電圧V+の絶対値に対して電圧V−の絶対値を十分に確保して、バイポーラ信号による効果を奏することができる(ユニポーラ信号では奏されない効果を奏することができる。)。
【0098】
電圧V+の絶対値は、アクチュエータ23の駆動回路の耐電圧以下であれば、高いほど好ましい。例えば、電圧V+の絶対値は、印刷時の駆動電圧(駆動信号Sdの電圧)よりも高いことが好ましい。このような比較的高い電圧を駆動部41aに印加することによって、迅速に非駆動部41bにおいてドメインスイッチングを生じさせることができる。
【0099】
また、電圧V+の絶対値は、圧電体41の絶縁耐圧以下であることが好ましい。例えば、体積固有抵抗がギガオームクラスの圧電磁器を用いて駆動部41aの厚みが20μmのアクチュエータ23を構成した場合、電圧V+の絶対値は20V〜40V程度、電圧V−の絶対値は2V〜29.6V程度となる。なお、駆動回路の耐電圧がより高ければ、電圧V+及びV−の絶対値は更に高くされてもよい。
【0100】
処理信号Spの波形の周波数(1/T)は1kHz以上10kHz以下であることが好ましい。ドメインスイッチングは時間関数でもあり、電圧印加時間が長いとスイッチングしやすい。従って、周波数を10kHz以下とすることによって、スイッチングが容易に生じる。一方、周波数が低くなり過ぎると、処理時間が全体として長くなり、また、処理信号Spの印加が直流電圧を駆動部41aに印加することに類似してしまい、ドメインスイッチングが生じにくい。従って、周波数を1kHz以上とすることによって、処理時間が短縮できるとともにスイッチングの発生容易化の効果が得られやすくなる。
【0101】
また、電圧V+の印加時間T+(パルス幅)は、電圧V−の印加時間T−に対して長い方が好ましい。より好適には、時間T+と時間T−との比(T+/T−)は、60%以上である。このように時間T+及びT−を設定することによって、非駆動部41bに引張り応力を付与する時間を長くして、ドメインスイッチングの発生容易化が図られる。なお、比(T+/T−)が50%未満となると、ドメインスイッチングの発生は極端に抑制される。
【0102】
処理温度(処理信号Spの印加時の圧電体41の温度)は、25℃からキュリー温度であることが好ましい。これは温度が高くキュリー温度に近い方がドメインスイッチングを生じるためのエネルギー障壁が小さくなり、より低電圧・短時間でドメインを安定状態にすることができるためである。例えば、キュリー温度が250℃の圧電材料を用いた場合、処理温度は45℃から80℃とされてよい。このような温度において処理を行うことによって、ドメインスイッチングの発生が容易化されるとともに、熱履歴による各種部材の熱収縮による設計値からの寸法ズレが抑制される。なお、各種部材の耐熱温度が高ければ、処理温度は更に高くされてもよい。
【0103】
図10は、本実施形態の作用・効果を説明する模式図である。図10において、横軸は電圧を印加するサイクル数N(の対数軸)を示し、縦軸はアクチュエータの変位低下率(変位低下量)Dを示している。縦軸は、紙面下方側ほど、変位低下率(の絶対値)が大きい。
【0104】
変位低下率Dは、例えば、アクチュエータ23(の例えば振動板37)の変位dに関して、所定の基準サイクル数Nsのときの変位d(Ns)に対する、各サイクル数Nのときの変位d(N)の減少比率
(d(N)−d(Ns))/d(Ns)×100(%)
によって定義されてよい。
なお、変位dは、例えば、平面視における加圧室31の中央位置において測定される。中央位置は、最も変位dが大きい位置であり、測定誤差を減らすことができる。
【0105】
実線Lcは、比較例のヘッドの変位低下率Dを示し、点線Lpは、実施形態のヘッド5の変位低下率Dを示している。図10においては、両者とも、Ns=N0として変位低下率Dを示している。原サイクル数N0は、分極処理(図8(b))の直後のサイクル数であり、0である。
【0106】
比較例(Lc)のヘッドにおいては、原サイクル数N0の時点は、(概ね)ヘッドの出荷時点に相当する。出荷時点において、比較例のヘッドの非駆動部では、ドメインスイッチングは生じていない。そして、比較例のヘッドは、原サイクル数N0の時点から、図7に例示したような駆動信号Sdが印加される。
【0107】
比較例のヘッドにおいては、サイクル数Nが所定の限界サイクル数N3となるまでは、変位の低下はあまり生じない。そして、サイクル数Nが限界サイクル数N3を超えると、非駆動部においてドメインスイッチングが生じ始め、変位低下率は急激に増加する(領域Rc)。
【0108】
なお、一般に、比較例のヘッドは、限界サイクル数N3までが使用範囲とされる。場合によっては、限界サイクル数N3又は限界サイクル数に相当する印刷枚数等が仕様書に記載されたり、サイクル数若しくは印刷枚数が限回数に到達したことが記録装置において検出されて表示されたりする。
【0109】
また、サイクル数Nが限界サイクル数N3を超えると、画質が低下することから、使用者において比較例のヘッドの使用が停止されることが一般的である。さらに、後に実施例の説明において述べるように、駆動信号Sdによってドメインが安定するまでドメインスイッチングを生じさせるためには、サイクル数Nがかなりの大きな数でなければならず、使用者が画質の低下したヘッドの使用をドメインが安定するまで継続することは考えられない。
【0110】
一方、実施形態(Lp)においては、原サイクル数N0は、図8(c)のスイッチング促進処理前のサイクル数であり、原サイクル数N0の時点は、出荷前の時点に相当する。そして、ヘッド5は、原サイクル数N0の時点から、図8(c)及び図9(a)を参照して説明したように、非対称のバイポーラ信号である処理信号Spが印加される。
【0111】
処理信号Spが印加されることによって、ヘッド5の変位低下率D(の絶対値)は、原サイクル数N0の直後から急激に増加する。そして、サイクル数Nが安定化サイクル数N1に到達すると、変位低下率Dの増加は停止する(若しくは緩やかになる。)。安定化サイクル数N1の時点は、スイッチング促進処理(図8(c))が終了する時点、換言すれば、ヘッド5の出荷時点に相当する。
【0112】
そして、ヘッド5は、安定化サイクル数N1の時点から、図7に例示したような駆動信号Sdが印加される。ヘッド5は、既に変位低下率Dが最大となっていることから、駆動信号Sdの印加によっては、変位低下率Dは(殆ど)変化しない(領域Rp)。
【0113】
ヘッド5においては、駆動信号Sdの印加に起因する非駆動部41bにおけるドメインスイッチングによって変位の低下が(殆ど)発生しないことから、駆動部41aに印加する電界の強度を高くすることができる。その結果、例えば、図7(a)及び図7(b)に例示したように、圧電体41の抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧を駆動部41aに印加することができる。
【0114】
実施形態のヘッド5の使用時(領域Rp)における変位低下率D(の絶対値)は、比較例のヘッドの使用時における変位低下率D(例えば領域Rc)よりも大きい。しかし、実施形態のヘッド5は、駆動信号Sdの電圧を高くすることができることから、実施形態の変位量は、比較例の変位量と同等以上に確保されることが可能である。そして、実施形態のヘッドは、出荷後の変位低下が発生せず、比較例のヘッドよりも耐用年数が長い優れたヘッドとなっている。
【0115】
<実施例>
比較例及び実施例のヘッドを作製し、サイクル数Nの増加に対する変位低下率の変化等を調べた。具体的には、以下のとおりである。
【0116】
(比較例1、実施例1及び実施例2)
以下のように条件の異なる比較例及び実施例1及び2を設定した。
比較例:スイッチング促進処理(図8(c))を行わないヘッド。
実施例1:圧電体の温度25°程度の状態でスイッチング促進処理を行ったヘッド。
実施例2:圧電体の温度45°程度の状態でスイッチング促進処理を行ったヘッド。
【0117】
その他の条件は、以下のとおりである。
圧電体の材料:PZT(抗電界:1.34×106V/m)
圧電体の厚さ:20μm
加圧室の形状及び寸法:略ひし形(角部にR付けたもの)、長い方の対角線長650μm、短い方の対角線長:400μm
駆動部の形状及び寸法:略ひし形(角部にR付けたもの)、長い方の対角線長500μm、短い方の対角線長:300μm
非駆動部の形状及び寸法:複数の駆動部の間、より詳細には、駆動部の周囲、かつ加圧室の内側。X線回折の測定ポイントは、駆動部の端から80μmの場所
処理信号(Sp):V+=20V、V−=−10V、T+=400μ秒、T−=100μ秒
駆動信号(Sd):待機電圧20Vの引き打ち方式
【0118】
比較例のヘッドにおいては、分極直後(出荷時点:図10の原サイクル数N0)をN=0とし、N=0の時点から駆動信号Sdが印加された。実施例1及び2のヘッドにおいては、分極直後且つスイッチング促進処理前(出荷前:図10の原サイクル数N0)をN=0とし、N=0の時点から処理信号Spが印加され、また、サイクル数Nが安定化サイクル数N1(図10)を超えた後も、処理信号Spが印加され続けるものとした。
【0119】
図11は、比較例1、実施例1及び実施例2の変位低下率を示す図10と同様の図である。横軸はサイクル数N(億)を対数で示し、縦軸は変位低下率(%)を示している。実線LC1は比較例1に対応し、実線LE1は実施例1に対応し、実線LE2は実施例2に対応している。
【0120】
N=1×10−3(億)は、変位低下率の算定基準となる基準サイクル数Nsである(ただし、原サイクル数N0ではない)。N=1(億)付近は、実施例2における、図10の安定化サイクル数N1に相当する。N=1×10(億)〜1×102(億)の中間位置付近は、実施例1における、図10の安定化サイクル数N1に相当する。
【0121】
実施例1及び2においては、基準サイクル数Nsから変位低下が急激に生じている。また、高温下においてスイッチング促進処理を行った場合(実施例2)には、1億サイクル程度で変位低下率が一定となっている(ドメイン状態が安定化されている)。常温化においてスイッチング促進処理を行った場合(実施例1)においても、100億サイクル程度で変位低下率が一定となっている。
【0122】
なお、処理信号Spは、駆動信号Sdよりもドメインスイッチングが生じやすい信号であるから、変位低下率が一定となった後は、処理信号Spに代えて駆動信号Sdを印加したとしても、当然に、変位低下率は一定である。
【0123】
一方、比較例1においては、100億サイクル程度の駆動ではドメイン状態が安定していない。変位低下率(の絶対値)が、対数軸である横軸に対して直線的に増加すると仮定して実線LC1を外挿すると、実線LC1がドメイン状態が安定となる変位低下率(−25%程度)に到達するのは、1兆〜10兆サイクルの時点である。
【0124】
比較例1、実施例1及び2について、図6を参照して説明したXRDにおけるピークの強度比(002)/(200)を測定した。
【0125】
具体的には、図11において得られた実施例1及び2における安定化サイクル数を踏まえて、以下の4つの測定条件で測定を行った。
測定条件1:分極直後(サイクル数が原サイクル数N0であるときの測定値であり、比較例1、実施例1及び実施例2に共通)
測定条件2:N=100億のときの比較例1
測定条件3:N=1億のときの実施例1
測定条件4:N=100億のときの実施例2
【0126】
その他の測定条件は、以下のとおりである。
線源:CuKα
圧電体に照射されるX線を絞るコリメータの直径:20μm
非駆動部の測定位置:個別電極の縁部から80μm離れた位置
【0127】
測定結果を以下に示す。
駆動部 非駆動部
測定条件1(分極直後): 1.33 1.16
測定条件2(比較例1): 1.52 1.07
測定条件3(実施例1): 2.17 0.58
測定条件4(実施例2): 2.20 0.56
【0128】
測定条件1においては、駆動部だけでなく、非駆動部においても、強度比(002)/(200)が1.0を超えている。すなわち、駆動部だけでなく、非駆動部においても、圧電体の厚み方向に分極方向(c軸)を向ける単位格子(正方晶47)の数が、圧電体の放射方向に分極方向を向ける単位格子の数よりも多くなっている。これは、図8(b)を参照して説明した分極処理において、個別電極の周囲においても、圧電体の厚み方向に電圧が印加されるためと考えられる。
【0129】
測定条件2(比較例1)においては、測定条件1に比較して、100億サイクルで駆動部に電圧が印加されている(非駆動部に引張り応力が付与されている)にも関わらず、依然として、非駆動部の強度比(002)/(200)が1.0を超えている。換言すれば、一般にヘッドの使用が停止される、駆動劣化が生じているサイクル数を超えて電圧が印加されても、ドメインスイッチングは、分極処理において非駆動部が受けた影響を完全に除去する程度までは進行していない。なお、測定条件2においては、測定条件1に比較して、駆動信号Sdの印加によって駆動部の厚み方向の分極も進行している。ただし、駆動部の強度比(002)/(200)は1.6未満となっている。
【0130】
測定条件3及び4(実施例1及び2)においては、非駆動部の強度比(002)/(200)が1.0以下(若しくは1.0未満)となっている。より詳細には、非駆動部の強度比(002)/(200)は0.6以下となっている。一方、駆動部においては、厚み方向の分極が更に進行して、強度比(002)/(200)は1.6以上となっている。より詳細には、駆動部の強度比(002)/(200)は2.1以上となっている。
【0131】
以上の結果から、圧電体の平面視における駆動部を中心とする放射方向において圧電体の主面に対する角度を変化させながら主面に対してCuKαのX線を照射するX線回折において測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、非駆動部において1.0以下であれば、非駆動部に対する引張り応力に対してドメインの状態は十分に安定であり、本実施形態における変位低下抑制の効果が得られると考えられる。
【0132】
また、強度比(002)/(200)が、駆動部において1.6以上であれば、上記の非駆動部における強度比(002)/(200)が1.0以下という状態は、ドメインスイッチングが進行した結果であることが、より明確であり、本実施形態における変位低下抑制の効果がより確実に得られると考えられる。
【0133】
(比較例2及び実施例3)
圧電体に抗電界以上の電圧を印加したときの変位低下率を調べた。
【0134】
具体的には、比較例1と同様のヘッドに対して抗電界以上の電圧(駆動信号Sd)を印加する例を比較例2とした。また、ドメインが安定状態となった実施例1又は実施例2のヘッド(ドメインが安定状態となった後は、実施例1と実施例2とに相違は(殆ど)無い。)に対して抗電界以上の電圧(駆動信号Sd)を印加する例を実施例3とした。
【0135】
なお、駆動信号Sdは、引き打ち方式のものとし、駆動部に印加する電界の強度は、抗電界の1.1倍とした。
【0136】
図12は、比較例2及び実施例3の変位低下率を示す図である。横軸はサイクル数N(億)を対数で示し、縦軸は変位低下率(%)を示している。実線LC2は比較例2に対応し、実線LE3は実施例3に対応している。
【0137】
図12において、比較例2については、サイクル数Nは、図11と同様である。すなわち、比較例2については、サイクル数Nは、分極直後(原サイクル数N0)からのサイクル数(比較例のヘッドの出荷後のサイクル数)である。
【0138】
一方、図12において、実施例3については、サイクル数Nは、図11とは異なり、実施例のヘッドの出荷後のサイクル数を示している。すなわち、実施例3については、サイクル数Nは、安定化サイクル数N1(若しくはそれ以上のサイクル数)からのサイクル数を示している。
【0139】
すなわち、図11においては、分極処理直後を基準として比較例及び実施例のサイクル数が変位低下率に及ぼす影響を示したが、図12においては、比較例及び実施例それぞれのヘッドの出荷直後を基準として比較例及び実施例のサイクル数が変位低下率に及ぼす影響を示している。
【0140】
なお、基準サイクル数Nsは、図11の比較例1において0.1億サイクルで変位低下が生じ始めていることを考慮して、0.1億サイクルとしている。
【0141】
比較例2(LC2)では、比較例1よりも変位低下が急激に生じ、100億サイクルの駆動が行われたときの変位低下率(の絶対値)は18%に到達している。一方、実施例3(LE3)では、100億サイクルの駆動が行われても、変位低下率は1%に収まっている。
【0142】
なお、図11に示したように、印加される電界が抗電界未満の比較例1においても、100億サイクルの駆動が行われたときの変位低下率は9%程度となっており、1%を超えている。
【0143】
また、実施例においては、抗電界を超える電界を印加しても変位低下率が1%に収まっているのであるから、当然に、印加される電界が抗電界未満(例えば抗電界の0.8以上1.0未満)の場合には、変位低下率は1%に収まる。
【0144】
以上のことから、圧電体の抗電界の0.8倍以上の強度の電界を駆動部に(例えば出荷時から)100億サイクル印加したときの振動板の変位低下率が1%以内であれば、非駆動部のドメイン状態が安定した状態のヘッドであり、本実施形態の構成によって本実施形態の作用効果を得ていることがより明確になる。圧電体の抗電界を超える強度の電界を駆動部に100億サイクル印加したときの振動板の変位低下率が1%以内である場合も同様である。
【0145】
本発明は、以上の実施形態に限定されず、種々の態様で実施されてよい。
【0146】
実施形態及び実施例では、結晶構造が正方晶であるPZTによって圧電体41が構成された場合を例にとって、ドメインスイッチングやピーク強度の比について説明した。ただし、圧電体の材料は、結晶構造が正方晶であるPZTに限定されず、例えば、結晶構造が菱面体晶のPZTであってもよい。
【0147】
換言すれば、本実施形態の構成及び作用は、結晶構造が正方晶以外の圧電材料によって圧電体が構成された場合に拡張可能である。具体的には、以下のとおりである。
【0148】
正方晶以外の単位格子においても、自発分極の方向となる面方位と、引張り力が付与されたときにその引張り方向に向く面方位(自発分極の方向となる面方位と概ね一致するものと考えられる。)とが存在する。そして、駆動部においては、自発分極の方向となる面方位を厚み方向に向けるように分極処理が行われ、非駆動部においても、分極処理の影響で、自発分極の方向となる面方位を厚み方向に向ける単位格子の割合が増加する。そして、非駆動部に対して引張り応力が付与されると、非駆動部においては、引張り方向に向く面方位を駆動部側に向けるようにドメインスイッチングが生じる。
【0149】
従って、正方晶の場合と同様に、非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を駆動部に向けた(放射方向に向けた)単位格子により生じるピークの強度(I1)に対する、自発分極の方向となる面方位を圧電体の主面に向けた単位格子により生じるピークの強度(I2)の比(I2/I1)が、1.0以下であれば、ドメイン状態が安定化される程度にドメインスイッチングが進行しており、変位低下抑制の効果が得られる。その他の好ましい数値範囲(駆動部における比(I2/I1)が1.6以上、100億サイクル後の変位低下率1%以内等)についても同様である。
【0150】
また、実施形態においては、強度比(002)/(200)の数値を具体的に示して、実施形態と比較例との差異を明らかにした。しかし、本発明は、強度比が1.0以下のものに限定されない。具体的には、以下のとおりである。
【0151】
図11に示したように、駆動部に電圧が印加されるサイクル数を安定化サイクル数N1よりも多くしても、変位低下(ドメインスイッチング)は発生しない。すなわち、駆動部に印加される駆動信号Sdの電圧値が明らかになっていれば、その電圧値の電圧の印加を(略限りなく)繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な強度の比(I2/I1)(強度比(002)/(200)も含む)は特定される。
【0152】
従って、例えば、駆動信号出力部を有するヘッド若しくは記録装置のように、駆動信号Sdの電圧値が明らかになっている製品においては、ピークの強度の比(I2/I1)が、その電圧値の電圧の印加を繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な値以下であるか否かを判定すれば、本発明と従来技術との差異を特定することが可能である。
【0153】
当該特定方法は、圧電体の平面視において、駆動部を中心とする放射方向における、駆動部の幅と非駆動部の幅との比率が放射方向の向きによって相違する場合において、非駆動部が、その全周に亘ってドメインスイッチングが発生しているか否かの判定にも利用できる。
【符号の説明】
【0154】
1…記録装置、5…ヘッド(駆動信号出力部含まない)、6…ヘッド(駆動信号出力部含む)、8…駆動信号出力部、19…吐出素子、21…基体、37…振動板、39…共通電極、41…圧電体、41a…駆動部、41b…非駆動部、43…個別電極、44…個別電極本体。
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェットヘッド及び記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電素子の変形を利用して、インクに圧力を付与してインク滴を吐出するピエゾ式のインクジェットヘッドが知られている(例えば特許文献1)。圧電素子としては、例えば、いわゆるユニモルフ型のものが知られている。
【0003】
ユニモルフ型の圧電素子(アクチュエータ)は、インクが満たされた凹状の加圧室を塞ぐように順に積層された、振動板、共通電極、圧電体及び個別電極を有している。個別電極は、平面視において加圧室よりも小さく形成されており、圧電体は、個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有している。また、圧電体は、厚み方向(積層方向)に分極されている。
【0004】
そして、ヘッドの駆動時においては、共通電極と個別電極との間に駆動部の分極方向に電圧が印加される。これにより、圧電体の駆動部は面に沿う方向(積層方向に直交する方向)に縮小され、振動板が加圧室側へ撓み、加圧室のインクが押し出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2006/137528号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなヘッドにおいては、駆動部の縮小に伴って非駆動部に引張り応力が付与される。そして、引張り応力の付与が繰り返される結果、非駆動部が変形し、振動板の撓み変形の変位が低下し、インクの吐出量が低下することがある。すなわち、駆動劣化が生じることがある。なお、当該課題は、特許文献1においても開示されており、特許文献1の技術は、駆動劣化を抑制するために、共通電極と個別電極との間に印加する電圧(駆動信号)の波形を好適なものとしている。
【0007】
本発明の目的は、駆動劣化を抑制できるインクジェットヘッド及び記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドは、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極と、を有し、前記圧電体は、主結晶構造が正方晶のチタン酸ジルコン酸鉛によって形成されており、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、前記圧電体の主面に対してX線を照射して反射したX線の強度を測定するX線回折法を、前記主面の平面視におけるX線の照射方向を前記駆動部を中心とする放射方向とし、前記主面の側面視における前記主面に対するX線の照射角度を変化させながら行うことによって測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、前記非駆動部において1.0以下である。
【0009】
好適には、前記強度比(002)/(200)が、前記駆動部において1.6以上である。
【0010】
好適には、前記圧電体の抗電界の0.8倍以上の強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である。
【0011】
好適には、前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である。
【0012】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドは、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極と、を有し、前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、前記面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、1.0以下である。
【0013】
好適には、前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が1.0以下である。
【0014】
好適には、前記ヘッドは、前記共通電極と前記個別電極との間に前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を形成する電圧を印加可能な駆動信号出力部を更に有する。
【0015】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドは、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極と、前記共通電極と前記個別電極との間に所定の電圧値の電圧を印加可能な駆動信号出力部と、を有し、前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、自発分極の方向となる面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、前記所定の電圧値の電圧の印加を繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な値以下である。
【0016】
好適には、前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が前記実現可能な値以下である。
【0017】
本発明の一態様に係る記録装置は、上記のインクジェットヘッドと、前記共通電極と前記個別電極との間に電圧を印加可能な駆動信号出力部と、を有する。
【0018】
本発明の一態様に係るインクジェットヘッドの製造方法は、所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極とを有し、前記圧電体が、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有するインクジェットヘッドの製造方法であって、前記駆動部に対して、抗電界を超える強度の電界を形成する直流電圧を印加して前記駆動部を厚み方向に分極する分極工程と、前記駆動部に対して、前記駆動部の分極方向へ電圧を印加する正方向電圧印加と、前記駆動部の分極方向とは反対方向へ、且つ、前記正方向電圧印加における電圧よりも絶対値が低い電圧で電圧を印加する負方向電圧印加とを繰り返すスイッチング促進工程と、を有する。
【0019】
好適には、前記負方向電圧印加の電圧(V−)の絶対値に対する前記正方向電圧印加の電圧(V+)の絶対値の比(V+/V−)が、1.35以上10以下である。
【0020】
好適には、前記スイッチング促進工程は、前記圧電体の温度が25°C超キュリー温度未満の状態で行われる。
【0021】
好適には、1周期における前記負方向電圧印加の時間(T−)に対する前記正方向電圧印加の時間(T+)の比(T+/T−)が60%以上である。
【発明の効果】
【0022】
上記の構成又は手順によれば、ヘッドの駆動劣化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施形態に係る記録装置の要部を模式的に示す斜視図。
【図2】図1の記録装置のインクジェットヘッドの一部の断面図。
【図3】図3(a)及び図3(b)は図2のヘッドのアクチュエータを示す断面図及び平面図。
【図4】図4(a)及び図4(b)は実施形態のアクチュエータの詳細を説明する模式図。
【図5】図5(a)及び図5(b)はアクチュエータの圧電体のドメインの観察画像を説明する模式図。
【図6】アクチュエータの圧電体の主面のXRD結果の一例を示す図。
【図7】図7(a)及び図7(b)は駆動信号出力部からヘッドに出力される駆動信号の例を示す図。
【図8】図8(a)〜図8(c)はアクチュエータの製造方法の一例を説明する断面図。
【図9】図9(a)及び図9(b)は図8(c)の処理を説明する図。
【図10】本実施形態の作用・効果を説明する模式図。
【図11】比較例1、実施例1及び実施例2の変位低下率を示す図。
【図12】比較例2及び実施例3の変位低下率を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1は、本発明の実施形態に係る記録装置1の要部を模式的に示す斜視図である。
【0025】
なお、記録装置1及び後述するインクジェットヘッド5は、いずれの方向が上方または下方とされてもよいものであるが、以下では、便宜的に、直交座標系xyzを定義するとともに、z方向の正側(図1の紙面上方)を上方として、上面、下面等の用語を用いることがあるものとする。
【0026】
記録装置1は、例えば、メディア(例えば紙)101を矢印y1で示す方向へ搬送する搬送部3と、搬送されているメディア101に向けてインク滴を吐出するヘッド5と、搬送部3及びヘッド5の動作を制御する制御部7とを有している。
【0027】
搬送部3は、例えば、不図示の供給スタックに積層された複数のメディア101を一ずつ不図示の排出スタックへ搬送する。搬送部3は、公知の適宜な構成とされてよい。図1では、搬送経路がストレートパスとされ、メディア101に当接するローラ9と、ローラ9を回転させるモータ11とが設けられた搬送部が例示されている。
【0028】
ヘッド5は、メディア101の搬送経路の途中に配置されており、z方向の正側からメディア101に対向する。ヘッド5は、メディア101の印画面及び搬送方向に直交する方向(主走査方向、x方向)にシャトル運動を行うシリアルヘッドであってもよいし、当該直交する方向に(ほぼ)固定されたラインヘッドであってもよい。なお、本実施形態においては、ヘッド5がラインヘッドである場合を例に挙げて説明するものとする。
【0029】
ヘッド5は、x方向の複数位置においてインク滴をメディア101に吐出、付着させる。当該動作が、メディア101の搬送に伴って繰り返し行なわれることにより、メディア101には2次元画像が形成される。
【0030】
制御部7は、例えば、CPU、ROM、RAM及び外部記憶装置を含んで構成されている。制御部7は、モータ用ドライバ13に制御信号を出力することにより、所望の電圧をモータ11に印加して、モータ11を制御する。同様に、制御部7は、ヘッド用ドライバ15に制御信号を出力することにより、所望の電圧をヘッド5に印加して、ヘッド5を制御する。
【0031】
ヘッド用ドライバ15、又は、ヘッド用ドライバ15及び制御部7の一部は、所定の駆動周波数の駆動パルス(駆動波形)を含む駆動信号(ヘッド5に印加される電圧)を生成してヘッド5に出力する駆動信号出力部8を構成している。駆動信号出力部8は、例えば、ドライバICや回路基板により構成されている。
【0032】
なお、図1では、駆動信号出力部8とヘッド5とを互いに別個のものとして図示している。ただし、駆動信号出力部8は、その一部又は全部がヘッド5に搭載されてもよい。この場合において、ヘッド5と駆動信号出力部8のヘッド5に搭載された部分(一部又は全部)との全体が、広義のヘッド6を構成していると捉えられてもよい。
【0033】
図2は、ヘッド5の一部を拡大して示す模式的な断面図である。なお、図2の紙面下方がメディア101に対向する側である。
【0034】
ヘッド5は、圧電素子の機械的歪によりインクに圧力を付与するピエゾ式のヘッドである。ヘッド5は、インク滴を吐出する複数の吐出素子19を有し、図2は一の吐出素子19を示している。複数の吐出素子19は、例えば、xy平面において配列されており、各吐出素子19は、メディア101上の1ドットに対応している。
【0035】
また、別の観点では、ヘッド5は、インクを貯留する空間を形成する基体21と、基体21に貯留されているインクに圧力を付与するためのアクチュエータ23とを有している。複数の吐出素子19は、基体21及びアクチュエータ23により構成されている。
【0036】
基体21の内部には、複数の個別流路25(図2では1つを図示)と、当該複数の個別流路25に通じる共通流路(リザーバ)27とが形成されている。個別流路25は、吐出素子19毎に設けられ、共通流路27は、複数の吐出素子19に共通に設けられている。
【0037】
各個別流路25は、メディア101に対向する吐出孔29aを含むディセンダ(部分流路)29と、ディセンダ29に通じる加圧室31と、加圧室31と共通流路27とを連通する供給路33とを有している。
【0038】
複数の個別流路25及び共通流路27にはインクが満たされている。複数の加圧室31の容積が変化してインクに圧力が付与されることにより、複数の加圧室31から複数のディセンダ29へインクが送出され、複数の吐出孔29aからは複数のインク滴が吐出される。また、複数の加圧室31へは複数の供給路33を介して共通流路27からインクが補充される。
【0039】
複数の個別流路25及び共通流路27の断面形状若しくは平面形状は、適宜に設定されてよい。本実施形態では、加圧室31は、z方向において一定の厚みに形成されるとともに、平面視において概ね菱形(図3(b)参照)に形成されている。菱形の一の角部はディセンダ29と連通され、その反対側の角部は供給路33と連通されている。供給路33の一部は、流れ方向に直交する断面積が共通流路27および加圧室31よりも小さいしぼりとされている。
【0040】
基体21は、例えば、複数の基板35が積層されることにより構成されている。基板35には、複数の個別流路25及び共通流路27を構成する貫通孔が形成されている。複数の基板35の厚み及び積層数は、複数の個別流路25及び共通流路27の形状等に応じて適宜に設定されてよい。複数の基板35は、適宜な材料により形成されてよく、例えば、金属、セラミック若しくはシリコンにより形成されている。
【0041】
図3(a)は、アクチュエータ23付近の図2とは別の方向の断面図であり、図3(b)はアクチュエータ23付近の平面図である。
【0042】
図2及び図3に示すアクチュエータ23は、例えば、撓みモードで変位する、ユニモルフ型の圧電素子により構成されている。具体的には、例えば、アクチュエータ23は、加圧室31側から順に積層された、振動板37、共通電極39、圧電体41及び複数の個別電極43を有している。
【0043】
振動板37、共通電極39及び圧電体41は、例えば、複数の加圧室31を覆うように複数の加圧室31に共通に設けられている。一方、個別電極43は、加圧室31毎に設けられている。
【0044】
振動板37は、基体21の上面に重ねられることにより、基体21の上面に形成された凹部によって構成された加圧室31を塞いでいる。個別電極43は、概ね、加圧室31と相似形(本実施形態では菱形)で、加圧室31の広さよりも若干小さい(加圧室31の中央側にて広がる)個別電極本体44と、その個別電極本体44の角部に接続された引出電極45とを含んでいる。
【0045】
振動板37、共通電極39、圧電体41及び個別電極43は、適宜な材料により形成されてよい。例えば、振動板37は、セラミック、酸化シリコン若しくは窒化シリコンにより形成されている。共通電極39及び個別電極43は、例えば、白金若しくはパラジウムにより形成されている。圧電体41は、例えば、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)等のセラミックにより形成されている。
【0046】
図4(a)は、アクチュエータ23の詳細を説明する、図3(a)と同様の断面を示す模式図である。
【0047】
図4(a)において、圧電体41は、平面視において加圧室31内に収まる範囲おいて、個別電極43に重なる駆動部41aと、その外周の非駆動部41bとを有している。なお、駆動部41aは、別の観点では、(概ね)個別電極本体44と重なる部分である。
【0048】
駆動部41aは、矢印y3によって示すように、厚み方向(z方向)に分極されている。なお、分極方向の向きは、z方向の正側及び負側のいずれでもよいが、図4(a)では分極方向の向きがz方向の負側である場合を例示している。
【0049】
従って、共通電極39及び個別電極43に電圧を印加して、駆動部41aに対して分極方向に電界を作用させると、駆動部41aは面内(xy平面内)で収縮する。この収縮により振動板37は、加圧室31側に凸となるように撓み、その結果、加圧室31の容積は変化し、加圧室31のインクに圧力が付与されて、印刷が行われる。なお、駆動部41aの縮小に伴って、非駆動部41bには引張り力が付与される。
【0050】
ここで、一般的なアクチュエータにおいては、非駆動部への引張り力の付与が繰り返されると、非駆動部においてドメインスイッチングが生じ、非駆動部が延びた状態に変形する。そして、駆動部は非駆動部から圧縮応力を受けることとなり、駆動部は、縮小前の元の状態に戻る(伸びる)ことができなくなり電圧を加えない状態でも若干変位した状態になってしまう。電圧を加えた際にアクチュエータに生じる変位は、その若干変位した状態からの変位になってしまうので、アクチュエータに生じる変位は低下してしまう。ただし、このような効果は、平面視した際の圧電体の大きさが加圧室より大きい場合、特に圧電体が複数の加圧室を覆う形状をしている場合に影響が大きい。圧電体の大きさが加圧室と同程度、あるいはそれ以下の場合、非駆動へ引張り力が付与されても、非駆動部の駆動部と反対側の端は、圧電体が大きい場合と比較してフリーな状態に近いため、ドメインスイッチングは比較的生じにくい。また、非駆動部が延びた状態に変形しても、圧電体が大きい場合と比較して非駆動部の駆動部と反対側の端はフリーな状態に近いため、駆動部には加わる圧縮応力は比較的小さくなる。
【0051】
本実施形態では、出荷前において所定の処理を行うことによって、非駆動部41bは出荷時には既にドメインスイッチングが十分に生じた状態とされる。換言すれば、非駆動部41bのドメインの状態は、引張り応力が加わっても(殆ど)変化しない安定した状態とされる。その結果、非駆動部41bにおいては、印刷によってはドメインスイッチングは発生せず、変位低下は生じない。具体的には、駆動部41a及び非駆動部41bの構成、並びに、その製造方法は以下のとおりである。
【0052】
駆動部41aは、理想的には、自発分極の方向が圧電体41の厚み方向の一方側(x方向の負側)とされた単分域結晶である。また、現実的には、駆動部41aは、多分域結晶であり、当該多分域結晶においては、自発分極の方向が(概ね)圧電体41の厚み方向の一方側とされたドメインの割合が、自発分極の方向が他の方向とされたドメインのいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い、並びに/又は、自発分極の方向が他の方向とされたドメインは分極が相互に打ち消されるような方向及び割合となっている。なお、以下では、駆動部41aは、多分域結晶であるものとする。
【0053】
各ドメインは、単位格子が(概ね)一定の向きで規則的に配列された結晶である。単位格子は、所定の面方位(等価な方位含む)において正電荷の重心と負電荷の重心とをずらして当該単位格子における自発分極を生じる。従って、駆動部41aにおいては、自発分極の方向となる面方位が厚み方向とされた単位格子の割合が、自発分極の方向が他の方向とされた単位格子のいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い、並びに/又は、自発分極の方向が他の方向とされた単位格子は分極が相互に打ち消されるような方向及び割合となっている。
【0054】
例えば、圧電体41が、ZrxTix−1のxが0.525未満のPZTである場合には、単位格子は正方晶である。正方晶は、長手方向(c軸、面方位[002])が自発分極の方向である。そして、図4(a)中の駆動部41aの一部の拡大図に示すように、駆動部41aにおいては、c軸を(概ね)厚み方向に平行にして配列された正方晶47の割合が相対的に高い。
【0055】
一方、非駆動部41bは、駆動部41aに比較すると、厚み方向への分極がなされていない。すなわち、非駆動部41bにおいては、駆動部41aに比較すると、厚み方向(の負側)を分極方向とするドメインの割合が低い。
【0056】
また、非駆動部41bでは、駆動部41aに比較すると、分極の配向方向が(概ね)駆動部41aを中心とする放射方向となっているドメインの割合が高くなっている。より好ましくは、非駆動部41bにおいては、分極の配向方向が(概ね)上記の放射方向となっているドメインの割合が、分極方向が厚み方向とされたドメインの割合よりも高く、並びに/又は、分極方向が他の方向とされたドメインのいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い。なお、ここでは、分極の配向方向が揃っていると表現しているのは、各ドメインの分極方向は、駆動部41aに向かう方向およびその反対方向のどちらかの方向に揃っているとは限らないが、方向は揃っているということを意味している。
【0057】
単位格子に着目すると、ドメインと同様に、非駆動部41bでは、駆動部41aに比較すると、図4(a)及び図4(b)において模式的に示すように、単位格子の長さが長い面方位(正方晶47ではc軸)が(概ね)上記の放射方向となっている単位格子の割合が高くなっている。これは、非駆動部41bに上記放射方向の引張り応力が加わり、単位格子の方向が変わった際に生じる単位格子の割合が高くなっているということである。より好ましくは、非駆動部41bにおいては、分極の配向方向が(概ね)上記の放射方向となっている単位格子の割合が、分極方向が厚み方向とされた単位格子の割合よりも高く、並びに/又は、分極方向が他の方向とされた単位格子のいずれの割合よりも及び/若しくはその合計の割合よりも高い。このような状態であることにより、非駆動部41bにおいて、X線回折による測定を行なうと、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けた単位格子により生じるピークの強度I1に対する、面方位を前記圧電体の主面に向けた単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が低くなる。
【0058】
また、非駆動部41bは、図4(a)において矢印y5によって示すように、内周側から外周側への長さが、xy平面に平行な方向における個別電極本体44と加圧室31の縁部との距離よりも長くなっている。その結果、駆動部41aは、アクチュエータ23が駆動されていない状態においても、若干、加圧室31側に位置している。
【0059】
なお、一般的なユニモルフ型のアクチュエータにおいては、少なくとも出荷時点において、非駆動部41bにおいて、駆動部41aを中心とする放射方向を分極方向とするドメイン(若しくは単位格子)の割合は他の方向を分極方向とするドメインの割合に比較して高くなっていない。また、非駆動部はxy平面に平行であり、ひいては、駆動部41aは、アクチュエータが駆動されていない状態においては、加圧室31側に突出していない。
【0060】
図5(a)は、AFM(原子間力顕微鏡)又はPRM(圧電応答顕微鏡)によって得られる非駆動部41bの画像を模式的に示す図である。また、図5(b)は、図5(a)の画像を説明するドメインの模式図である。図5(a)及び図5(b)において、紙面右側が駆動部41a側である。
【0061】
図5(a)に示すように、非駆動部41bの画像においては、概ね駆動部41aへの方向(駆動部41aを中心とする放射方向)に配列された複数の縞49が観察される。これは、図5(b)において矢印y9によって示すように、複数のドメイン51が互いに向きを変えつつ(例えば90°ドメイン)、概ね駆動部41aを中心とする放射方向に向いていることから、反射光の干渉縞が現れることによる。
【0062】
なお、一般的なユニモルフ型のアクチュエータの非駆動部における、図5(a)の画像に対応する画像においては、微小なドメインが種々の方向に(ランダムに)向いていることから、縞49のような縞上のドメインは観察されない。
【0063】
このように、非駆動部41bにおいて、駆動部41aを中心とする放射方向を自発分極の方向とするドメインの割合が相対的に高いことは、その割合にもよるが、顕微鏡を利用した表面の観察によって特定することが可能である。
【0064】
図6は、圧電体41の主面41s(図4(a)。個別電極43が積層される面若しくはその反対側の面)に対するXRD(X線回折(法))結果の一例を示す図である。
【0065】
このXRDでは、主面41sに対してX線が照射され、反射されたX線の強度Iが測定される。主面41sの平面視におけるX線の照射方向は、駆動部41aを中心とする放射方向のいずれかとされる。主面41sの側面視における主面41sに対するX線の照射角度θ(°)は変化される。図6において、横軸は、2θ(°)を示し、縦軸は、強度Iを示している。
【0066】
XRDにおいては、各結晶面に対応する2θの値において強度Iのピークが生じる。図6では、圧電体41の結晶構造が正方晶であると仮定して、(002)面及び(200)面に対応する2θの値付近における強度Iを示している。
【0067】
ここで、上述のように、非駆動部41bにおいては、駆動部41aに比較して、c軸が厚み方向に向く単位格子の割合が低く、c軸が駆動部41aを中心とする放射方向に向く単位格子の割合が高い。従って、非駆動部41bにおいては、駆動部41aに比較して、(002)面に対応するピーク強度が相対的に低くなり、(200)面に対応するピーク強度が相対的に高くなる。
【0068】
従って、例えば、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)をドメイン状態を示す指標として定義し、その強度比の非駆動部41bにおける絶対値によって、又は、強度比の駆動部41aと非駆動部41bとの差によって、本実施形態を従来技術と区別可能である。
【0069】
例えば、本実施形態において、非駆動部41bにおける強度比(002)/(200)は、好ましくは1.0以下であり、より好ましくは0.6以下である。また、この場合において、駆動部41aにおける強度比(002)/(200)は、好ましくは1.6以上であり、より好ましくは2.1以上である。これらの数値については、後述の実施例において詳細に説明する。
【0070】
また、一般的なアクチュエータにおいては、ドメインスイッチングが発生したとしても、ドメイン状態が安定するほどに非駆動部に引張り力が付与されない結果、ドメインスイッチングが非駆動部の全周に亘って生じていない等の現象が生じ得る。
【0071】
例えば、一般的なアクチュエータの駆動部及び非駆動部の平面形状が実施形態の駆動部41a及び非駆動部41bの平面形状と同様であるとすると、引出電極45を通過する放射方向における駆動部41aの幅と非駆動部41bの幅との比率は、引出電極45を通過しない放射方向における駆動部41aの幅と非駆動部41bの幅との比率と異なっており、引出電極45付近において、他の部分よりも先に、ドメインスイッチングが生じることが考えられる。
【0072】
従って、本実施形態は、ドメインスイッチングが非駆動部41bの全周に亘って生じているか否かによっても、従来技術との相違を明らかにすることができる。例えば、非駆動部41bの全周に亘って強度比(002)/(200)の絶対値が1.0以下であれば、本実施形態の思想を利用していると特定できる。
【0073】
図7(a)及び図7(b)は、駆動信号出力部8からヘッド5に出力される駆動信号Sdの例を示す図である。図7(a)及び図7(b)において、横軸は時間を示し、縦軸は電位(電圧)Vを示している。電位Vの正方向は、駆動部41aの分極方向への電圧印加に対応している。
【0074】
駆動信号Sdは、例えば、基準電位に対する電位の変動を信号レベルとする信号である。また、共通電極39には基準電位が付与されている。そして、駆動信号Sdが個別電極43に入力されることにより、共通電極39と個別電極43との間には電圧が印加される。
【0075】
吐出素子19の駆動方式は、いわゆる引き打ち式、押し打ち式等の公知の駆動方式から適宜に選択されてよい。図7(a)は、押し打ち式の場合の駆動信号Sdを示しており、図7(b)は、引き打ち式の場合の駆動信号Sdを示している。なお、パルス幅を規定するALは、圧力波が吐出孔29aからしぼり(正確にはしぼりの加圧室31側の端)まで伝わる時間(Acoustic Length)である。
【0076】
図7(a)及び図7(b)において特記すべきは、吐出素子19を駆動するために駆動部41aに印加される電圧が圧電体41の抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧とされていることである。
【0077】
すなわち、図7(a)では、インクの吐出時に駆動部41aに印加される電圧が、抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧とされている。また、図7(b)では、待機状態において駆動部41aに印加される電圧が、抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧とされている。なお、これらの電圧は、0.8Ec未満、0.8Ec、0.8Ec超1.0Ec未満、若しくは、1.0Ecに相当する強度の電界を形成する電圧とされてもよい。
【0078】
図8(a)〜図8(c)は、アクチュエータ23の製造方法の一例を説明する断面図である。なお、製造工程の進行に伴ってドメインの状態等は変化するが、その変化の前後で同一の符号を用いるものとする。
【0079】
まず、圧電体41となるグリーンシート、及び、振動板37となるグリーンシートを準備する。これらグリーンシート(例えば圧電体41となるグリーンシート)に共通電極39及び個別電極43となる導電ペーストを印刷し、これらグリーンシートを積層して焼成する。これにより、図8(a)に示すように、振動板37、共通電極39、圧電体41及び個別電極43の積層体が形成される。
【0080】
次に、図8(b)に示すように、アクチュエータ23は基体21に対して接着剤等により固定される。次に、同図に示すように、駆動部41aに対して分極処理を行う。具体的には、まず、直流電源53によって共通電極39と個別電極43との間に直流電圧を印加する。このときの電圧は、圧電体41の抗電界を超える強度の電界を形成する電圧とされる。また、このときの処理は、例えば、常温で行われる。接着と分極処理の工程順は、逆でも構わないが、アクチュエータ23の厚みが100μm程度以下と薄い場合は、分極処理により、アクチュエータ23に反りが生じ、接着が難しくなることがあるため、上述の工程順で行うのが好ましい。
【0081】
そして、図8(c)に示すように、交流電源55によって、個別電極43と共通電極39との間に交流電圧を印加する。なお、以下において、図8(c)の処理をスイッチング促進処理ということがある。
【0082】
図9(b)は、図8(c)の処理の作用を説明する図である。
【0083】
図8(c)の処理において、駆動部41aに対して分極方向に電圧が印加されると、駆動部41aは、矢印y11によって示すように、xy平面内において縮小する。従って、非駆動部41bには矢印y13によって示すように、引張り力が付与される。
【0084】
その引張り力によって、非駆動部41bにおいては、ドメインスイッチングが生じる。すなわち、正方晶47に着目すると、点線によって示すように、圧電体の厚み方向(z方向)を含む種々の方向にc軸を向けていた正方晶47は、実線及び矢印y15によって示すように、駆動部41aを中心とする放射方向にc軸を向けるように変形する。
【0085】
これによって、上述したように、非駆動部41bにおいては、厚み方向にc軸を向ける正方晶47の割合が相対的に低くなるとともに、放射方向にc軸を向ける正方晶47の割合が相対的に高くなる。また、正方晶47の長軸であるc軸が放射方向に向けられることから、非駆動部41bは、放射方向に延びた状態に変形する。
【0086】
なお、スイッチング促進処理(図8(c))は、アクチュエータ23が基体21に固定された後に行われることが好ましい。交流電圧の印加後にアクチュエータ23を基体21に固定すると、その固定によって非駆動部41bにおける応力状態が変化し、再びドメインスイッチングが生じるおそれがあることからである。また、固定した後に行うことにより、非駆動部41bが引き延ばされた状態にすることによって駆動部41bに生じる圧縮応力を、より駆動部41bに集中させることができる。
【0087】
本実施形態においては、非駆動部41bにおけるドメインスイッチングが、好ましいレベル(例えば非駆動部41bにおける強度比(002)/(200)が1.0以下)まで迅速に生じるように、スイッチング促進処理(図8(c))を以下のように行う。
【0088】
図9(a)は、スイッチング促進処理において駆動部41aに印加される交流電圧(処理信号Sp)の波形を示す図である。図9(a)において、横軸は時間tを示し、縦軸は電圧Vを示している。電圧Vの正方向は、駆動部41aの分極方向への電圧印加に対応している。
【0089】
なお、スイッチング促進処理では、ヘッド5の駆動時とは異なり、複数の吐出素子19に印加される電圧を個別に制御する必要はないから、共通電極39は基準電位とされる必要はない。すなわち、スイッチング促進処理では、共通電極39と個別電極43との双方において電位が変化することによって図9(a)の波形が実現されてもよいし、共通電極39及び個別電極43の一方のみにおいて電位が変化することによって図9(a)の波形が実現されてもよい。
【0090】
スイッチング促進処理においては、駆動部41aに対して、分極方向への電圧印加と、分極方向とは逆方向への電圧印加とが交互に行われる。すなわち、共通電極39及び個別電極43に入力される処理信号Spはバイポーラ信号である。バイポーラ信号は、ドメインスイッチングを起こし易いように、電圧変化が急峻な部分を含むことが好ましく、例えば、図9(a)に示すような矩形波である。電圧変化が、ある程度急峻であるとドメインスイッチングをより起こしやすくなる。具体的には、電圧変化開始から電圧変化終了までが10μ秒程度以下と急峻であるとドメインスイッチングをより起こしやすくなる。また、引張り力が増加する変化である、V−からV+への電圧変化が急峻であると、よりドメインスイッチングをより起こしやすくなる。さらに、V+からV−への電圧変化も急峻であると、さらにドメインスイッチングをより起こしやすくなる。
【0091】
このバイポーラ信号は、分極方向への電圧V+の絶対値が、分極方向とは逆方向への電圧V−の絶対値よりも大きい非対称のバイポーラ信号となっている。本願発明者は、このような非対称のバイポーラ信号を駆動部41aに印加することによって、迅速に非駆動部41bにおいてドメインスイッチングを発生させ、ドメインを安定な状態とできることを見出した。
【0092】
これは、ドメインスイッチングは、所定のエネルギー障壁を超えるだけの応力がドメインに付与されたときに発生するところ、非対称なバイポーラ信号によって、引張り応力と圧縮応力とが非対称な大きさで交互に非駆動部41bに付与されると、揺らぎによってエネルギー障壁を超えるエネルギーがドメインに付与されやすくなるためと考えられる。なお、電圧変化が急峻で、この際に与えられる単位時間当たりのエネルギーが大きくなることで、よりドメインスイッチングが起り易くなると考えられる。
【0093】
なお、電圧V+の絶対値と電圧V−の絶対値とが等しく、電圧がEc以下の対称なバイポーラ信号では、このような作用は生じない。これは、電圧V+が印加されたときに非駆動部41bに引張り応力が付与される一方で、電圧V−が印加されたときにその引張り応力と同等の圧縮応力が非駆動部41bに付与され、引張り応力がドメインに及ぼす影響と圧縮応力がドメインに及ぼす影響とが相殺されることからと考えられる。なお、電圧V−の絶対値をEc以上にすると、駆動部41aの一部で、分極反転が生じると考えられるので、電圧V−の絶対値の絶対値はEc未満にするのが良い。
【0094】
ドメインスイッチングを生じやすくする方法としては、駆動部41aに印加される電圧を高くして非駆動部41bに付与される引張り応力を大きくし、エネルギー障壁を超えるエネルギーが非駆動部41bのドメインに付与されやすくしたり、圧電体41の温度を上昇させてドメインスイッチングのエネルギー障壁を低下させたりすることが考えられる。
【0095】
しかしながら、上述のように、ドメインスイッチング促進処理は、アクチュエータ23が基体21に固定された後、すなわち、ヘッド5が概ね構成された後が好ましい。従って、電圧を高くしたり、温度を高くする方法は、ヘッド5の駆動回路の耐電圧や構成部材の耐熱性などによって制約を受けやすくなる。例えば、温度は、エネルギー障壁の低下のみに着目すれば、圧電体41のキュリー温度付近(例えば200°Cを超える温度)とされることが好ましいが、ヘッド5の構成部材の耐熱性によっては、必ずしも理想的とは言えない。例えば、アクチュエータ23と基体21とを接合する接着剤などに200℃以上の耐熱性を持たせようとすると、接合を行う温度も同程度以上にする必要があると考えられるが、そのような温度で接合を行うと、アクチュエータ23には、基体21との熱膨張係数差に起因する応力が加わった状態になり、圧電特性の変動や破損が生じるおそれがある。また、そのような耐熱性及び耐電圧性が高い構成部材を用いてヘッド5を構成するとすれば、ヘッド5のコストは増大する。
【0096】
従って、非対称のバイポーラ信号を印加する方法は、比較的低い電圧や温度条件において迅速にドメインスイッチングを発生させることを可能とし、ひいては、コスト増大を伴わずに、ヘッド5が概ね構成された後に非駆動部41bにおいて迅速にドメインスイッチングを発生させることを可能とする。
【0097】
電圧V+の絶対値と電圧V−の絶対値との比(V+/V−)は、好ましくは、1.35以上10以下である。比(V+/V−)が1.35以上であれば、バイポーラ信号の非対称性を十分に確保することができる。また、比(V+/V−)が10以下であれば、電圧V+の絶対値に対して電圧V−の絶対値を十分に確保して、バイポーラ信号による効果を奏することができる(ユニポーラ信号では奏されない効果を奏することができる。)。
【0098】
電圧V+の絶対値は、アクチュエータ23の駆動回路の耐電圧以下であれば、高いほど好ましい。例えば、電圧V+の絶対値は、印刷時の駆動電圧(駆動信号Sdの電圧)よりも高いことが好ましい。このような比較的高い電圧を駆動部41aに印加することによって、迅速に非駆動部41bにおいてドメインスイッチングを生じさせることができる。
【0099】
また、電圧V+の絶対値は、圧電体41の絶縁耐圧以下であることが好ましい。例えば、体積固有抵抗がギガオームクラスの圧電磁器を用いて駆動部41aの厚みが20μmのアクチュエータ23を構成した場合、電圧V+の絶対値は20V〜40V程度、電圧V−の絶対値は2V〜29.6V程度となる。なお、駆動回路の耐電圧がより高ければ、電圧V+及びV−の絶対値は更に高くされてもよい。
【0100】
処理信号Spの波形の周波数(1/T)は1kHz以上10kHz以下であることが好ましい。ドメインスイッチングは時間関数でもあり、電圧印加時間が長いとスイッチングしやすい。従って、周波数を10kHz以下とすることによって、スイッチングが容易に生じる。一方、周波数が低くなり過ぎると、処理時間が全体として長くなり、また、処理信号Spの印加が直流電圧を駆動部41aに印加することに類似してしまい、ドメインスイッチングが生じにくい。従って、周波数を1kHz以上とすることによって、処理時間が短縮できるとともにスイッチングの発生容易化の効果が得られやすくなる。
【0101】
また、電圧V+の印加時間T+(パルス幅)は、電圧V−の印加時間T−に対して長い方が好ましい。より好適には、時間T+と時間T−との比(T+/T−)は、60%以上である。このように時間T+及びT−を設定することによって、非駆動部41bに引張り応力を付与する時間を長くして、ドメインスイッチングの発生容易化が図られる。なお、比(T+/T−)が50%未満となると、ドメインスイッチングの発生は極端に抑制される。
【0102】
処理温度(処理信号Spの印加時の圧電体41の温度)は、25℃からキュリー温度であることが好ましい。これは温度が高くキュリー温度に近い方がドメインスイッチングを生じるためのエネルギー障壁が小さくなり、より低電圧・短時間でドメインを安定状態にすることができるためである。例えば、キュリー温度が250℃の圧電材料を用いた場合、処理温度は45℃から80℃とされてよい。このような温度において処理を行うことによって、ドメインスイッチングの発生が容易化されるとともに、熱履歴による各種部材の熱収縮による設計値からの寸法ズレが抑制される。なお、各種部材の耐熱温度が高ければ、処理温度は更に高くされてもよい。
【0103】
図10は、本実施形態の作用・効果を説明する模式図である。図10において、横軸は電圧を印加するサイクル数N(の対数軸)を示し、縦軸はアクチュエータの変位低下率(変位低下量)Dを示している。縦軸は、紙面下方側ほど、変位低下率(の絶対値)が大きい。
【0104】
変位低下率Dは、例えば、アクチュエータ23(の例えば振動板37)の変位dに関して、所定の基準サイクル数Nsのときの変位d(Ns)に対する、各サイクル数Nのときの変位d(N)の減少比率
(d(N)−d(Ns))/d(Ns)×100(%)
によって定義されてよい。
なお、変位dは、例えば、平面視における加圧室31の中央位置において測定される。中央位置は、最も変位dが大きい位置であり、測定誤差を減らすことができる。
【0105】
実線Lcは、比較例のヘッドの変位低下率Dを示し、点線Lpは、実施形態のヘッド5の変位低下率Dを示している。図10においては、両者とも、Ns=N0として変位低下率Dを示している。原サイクル数N0は、分極処理(図8(b))の直後のサイクル数であり、0である。
【0106】
比較例(Lc)のヘッドにおいては、原サイクル数N0の時点は、(概ね)ヘッドの出荷時点に相当する。出荷時点において、比較例のヘッドの非駆動部では、ドメインスイッチングは生じていない。そして、比較例のヘッドは、原サイクル数N0の時点から、図7に例示したような駆動信号Sdが印加される。
【0107】
比較例のヘッドにおいては、サイクル数Nが所定の限界サイクル数N3となるまでは、変位の低下はあまり生じない。そして、サイクル数Nが限界サイクル数N3を超えると、非駆動部においてドメインスイッチングが生じ始め、変位低下率は急激に増加する(領域Rc)。
【0108】
なお、一般に、比較例のヘッドは、限界サイクル数N3までが使用範囲とされる。場合によっては、限界サイクル数N3又は限界サイクル数に相当する印刷枚数等が仕様書に記載されたり、サイクル数若しくは印刷枚数が限回数に到達したことが記録装置において検出されて表示されたりする。
【0109】
また、サイクル数Nが限界サイクル数N3を超えると、画質が低下することから、使用者において比較例のヘッドの使用が停止されることが一般的である。さらに、後に実施例の説明において述べるように、駆動信号Sdによってドメインが安定するまでドメインスイッチングを生じさせるためには、サイクル数Nがかなりの大きな数でなければならず、使用者が画質の低下したヘッドの使用をドメインが安定するまで継続することは考えられない。
【0110】
一方、実施形態(Lp)においては、原サイクル数N0は、図8(c)のスイッチング促進処理前のサイクル数であり、原サイクル数N0の時点は、出荷前の時点に相当する。そして、ヘッド5は、原サイクル数N0の時点から、図8(c)及び図9(a)を参照して説明したように、非対称のバイポーラ信号である処理信号Spが印加される。
【0111】
処理信号Spが印加されることによって、ヘッド5の変位低下率D(の絶対値)は、原サイクル数N0の直後から急激に増加する。そして、サイクル数Nが安定化サイクル数N1に到達すると、変位低下率Dの増加は停止する(若しくは緩やかになる。)。安定化サイクル数N1の時点は、スイッチング促進処理(図8(c))が終了する時点、換言すれば、ヘッド5の出荷時点に相当する。
【0112】
そして、ヘッド5は、安定化サイクル数N1の時点から、図7に例示したような駆動信号Sdが印加される。ヘッド5は、既に変位低下率Dが最大となっていることから、駆動信号Sdの印加によっては、変位低下率Dは(殆ど)変化しない(領域Rp)。
【0113】
ヘッド5においては、駆動信号Sdの印加に起因する非駆動部41bにおけるドメインスイッチングによって変位の低下が(殆ど)発生しないことから、駆動部41aに印加する電界の強度を高くすることができる。その結果、例えば、図7(a)及び図7(b)に例示したように、圧電体41の抗電界Ecを超える強度の電界を形成する電圧を駆動部41aに印加することができる。
【0114】
実施形態のヘッド5の使用時(領域Rp)における変位低下率D(の絶対値)は、比較例のヘッドの使用時における変位低下率D(例えば領域Rc)よりも大きい。しかし、実施形態のヘッド5は、駆動信号Sdの電圧を高くすることができることから、実施形態の変位量は、比較例の変位量と同等以上に確保されることが可能である。そして、実施形態のヘッドは、出荷後の変位低下が発生せず、比較例のヘッドよりも耐用年数が長い優れたヘッドとなっている。
【0115】
<実施例>
比較例及び実施例のヘッドを作製し、サイクル数Nの増加に対する変位低下率の変化等を調べた。具体的には、以下のとおりである。
【0116】
(比較例1、実施例1及び実施例2)
以下のように条件の異なる比較例及び実施例1及び2を設定した。
比較例:スイッチング促進処理(図8(c))を行わないヘッド。
実施例1:圧電体の温度25°程度の状態でスイッチング促進処理を行ったヘッド。
実施例2:圧電体の温度45°程度の状態でスイッチング促進処理を行ったヘッド。
【0117】
その他の条件は、以下のとおりである。
圧電体の材料:PZT(抗電界:1.34×106V/m)
圧電体の厚さ:20μm
加圧室の形状及び寸法:略ひし形(角部にR付けたもの)、長い方の対角線長650μm、短い方の対角線長:400μm
駆動部の形状及び寸法:略ひし形(角部にR付けたもの)、長い方の対角線長500μm、短い方の対角線長:300μm
非駆動部の形状及び寸法:複数の駆動部の間、より詳細には、駆動部の周囲、かつ加圧室の内側。X線回折の測定ポイントは、駆動部の端から80μmの場所
処理信号(Sp):V+=20V、V−=−10V、T+=400μ秒、T−=100μ秒
駆動信号(Sd):待機電圧20Vの引き打ち方式
【0118】
比較例のヘッドにおいては、分極直後(出荷時点:図10の原サイクル数N0)をN=0とし、N=0の時点から駆動信号Sdが印加された。実施例1及び2のヘッドにおいては、分極直後且つスイッチング促進処理前(出荷前:図10の原サイクル数N0)をN=0とし、N=0の時点から処理信号Spが印加され、また、サイクル数Nが安定化サイクル数N1(図10)を超えた後も、処理信号Spが印加され続けるものとした。
【0119】
図11は、比較例1、実施例1及び実施例2の変位低下率を示す図10と同様の図である。横軸はサイクル数N(億)を対数で示し、縦軸は変位低下率(%)を示している。実線LC1は比較例1に対応し、実線LE1は実施例1に対応し、実線LE2は実施例2に対応している。
【0120】
N=1×10−3(億)は、変位低下率の算定基準となる基準サイクル数Nsである(ただし、原サイクル数N0ではない)。N=1(億)付近は、実施例2における、図10の安定化サイクル数N1に相当する。N=1×10(億)〜1×102(億)の中間位置付近は、実施例1における、図10の安定化サイクル数N1に相当する。
【0121】
実施例1及び2においては、基準サイクル数Nsから変位低下が急激に生じている。また、高温下においてスイッチング促進処理を行った場合(実施例2)には、1億サイクル程度で変位低下率が一定となっている(ドメイン状態が安定化されている)。常温化においてスイッチング促進処理を行った場合(実施例1)においても、100億サイクル程度で変位低下率が一定となっている。
【0122】
なお、処理信号Spは、駆動信号Sdよりもドメインスイッチングが生じやすい信号であるから、変位低下率が一定となった後は、処理信号Spに代えて駆動信号Sdを印加したとしても、当然に、変位低下率は一定である。
【0123】
一方、比較例1においては、100億サイクル程度の駆動ではドメイン状態が安定していない。変位低下率(の絶対値)が、対数軸である横軸に対して直線的に増加すると仮定して実線LC1を外挿すると、実線LC1がドメイン状態が安定となる変位低下率(−25%程度)に到達するのは、1兆〜10兆サイクルの時点である。
【0124】
比較例1、実施例1及び2について、図6を参照して説明したXRDにおけるピークの強度比(002)/(200)を測定した。
【0125】
具体的には、図11において得られた実施例1及び2における安定化サイクル数を踏まえて、以下の4つの測定条件で測定を行った。
測定条件1:分極直後(サイクル数が原サイクル数N0であるときの測定値であり、比較例1、実施例1及び実施例2に共通)
測定条件2:N=100億のときの比較例1
測定条件3:N=1億のときの実施例1
測定条件4:N=100億のときの実施例2
【0126】
その他の測定条件は、以下のとおりである。
線源:CuKα
圧電体に照射されるX線を絞るコリメータの直径:20μm
非駆動部の測定位置:個別電極の縁部から80μm離れた位置
【0127】
測定結果を以下に示す。
駆動部 非駆動部
測定条件1(分極直後): 1.33 1.16
測定条件2(比較例1): 1.52 1.07
測定条件3(実施例1): 2.17 0.58
測定条件4(実施例2): 2.20 0.56
【0128】
測定条件1においては、駆動部だけでなく、非駆動部においても、強度比(002)/(200)が1.0を超えている。すなわち、駆動部だけでなく、非駆動部においても、圧電体の厚み方向に分極方向(c軸)を向ける単位格子(正方晶47)の数が、圧電体の放射方向に分極方向を向ける単位格子の数よりも多くなっている。これは、図8(b)を参照して説明した分極処理において、個別電極の周囲においても、圧電体の厚み方向に電圧が印加されるためと考えられる。
【0129】
測定条件2(比較例1)においては、測定条件1に比較して、100億サイクルで駆動部に電圧が印加されている(非駆動部に引張り応力が付与されている)にも関わらず、依然として、非駆動部の強度比(002)/(200)が1.0を超えている。換言すれば、一般にヘッドの使用が停止される、駆動劣化が生じているサイクル数を超えて電圧が印加されても、ドメインスイッチングは、分極処理において非駆動部が受けた影響を完全に除去する程度までは進行していない。なお、測定条件2においては、測定条件1に比較して、駆動信号Sdの印加によって駆動部の厚み方向の分極も進行している。ただし、駆動部の強度比(002)/(200)は1.6未満となっている。
【0130】
測定条件3及び4(実施例1及び2)においては、非駆動部の強度比(002)/(200)が1.0以下(若しくは1.0未満)となっている。より詳細には、非駆動部の強度比(002)/(200)は0.6以下となっている。一方、駆動部においては、厚み方向の分極が更に進行して、強度比(002)/(200)は1.6以上となっている。より詳細には、駆動部の強度比(002)/(200)は2.1以上となっている。
【0131】
以上の結果から、圧電体の平面視における駆動部を中心とする放射方向において圧電体の主面に対する角度を変化させながら主面に対してCuKαのX線を照射するX線回折において測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、非駆動部において1.0以下であれば、非駆動部に対する引張り応力に対してドメインの状態は十分に安定であり、本実施形態における変位低下抑制の効果が得られると考えられる。
【0132】
また、強度比(002)/(200)が、駆動部において1.6以上であれば、上記の非駆動部における強度比(002)/(200)が1.0以下という状態は、ドメインスイッチングが進行した結果であることが、より明確であり、本実施形態における変位低下抑制の効果がより確実に得られると考えられる。
【0133】
(比較例2及び実施例3)
圧電体に抗電界以上の電圧を印加したときの変位低下率を調べた。
【0134】
具体的には、比較例1と同様のヘッドに対して抗電界以上の電圧(駆動信号Sd)を印加する例を比較例2とした。また、ドメインが安定状態となった実施例1又は実施例2のヘッド(ドメインが安定状態となった後は、実施例1と実施例2とに相違は(殆ど)無い。)に対して抗電界以上の電圧(駆動信号Sd)を印加する例を実施例3とした。
【0135】
なお、駆動信号Sdは、引き打ち方式のものとし、駆動部に印加する電界の強度は、抗電界の1.1倍とした。
【0136】
図12は、比較例2及び実施例3の変位低下率を示す図である。横軸はサイクル数N(億)を対数で示し、縦軸は変位低下率(%)を示している。実線LC2は比較例2に対応し、実線LE3は実施例3に対応している。
【0137】
図12において、比較例2については、サイクル数Nは、図11と同様である。すなわち、比較例2については、サイクル数Nは、分極直後(原サイクル数N0)からのサイクル数(比較例のヘッドの出荷後のサイクル数)である。
【0138】
一方、図12において、実施例3については、サイクル数Nは、図11とは異なり、実施例のヘッドの出荷後のサイクル数を示している。すなわち、実施例3については、サイクル数Nは、安定化サイクル数N1(若しくはそれ以上のサイクル数)からのサイクル数を示している。
【0139】
すなわち、図11においては、分極処理直後を基準として比較例及び実施例のサイクル数が変位低下率に及ぼす影響を示したが、図12においては、比較例及び実施例それぞれのヘッドの出荷直後を基準として比較例及び実施例のサイクル数が変位低下率に及ぼす影響を示している。
【0140】
なお、基準サイクル数Nsは、図11の比較例1において0.1億サイクルで変位低下が生じ始めていることを考慮して、0.1億サイクルとしている。
【0141】
比較例2(LC2)では、比較例1よりも変位低下が急激に生じ、100億サイクルの駆動が行われたときの変位低下率(の絶対値)は18%に到達している。一方、実施例3(LE3)では、100億サイクルの駆動が行われても、変位低下率は1%に収まっている。
【0142】
なお、図11に示したように、印加される電界が抗電界未満の比較例1においても、100億サイクルの駆動が行われたときの変位低下率は9%程度となっており、1%を超えている。
【0143】
また、実施例においては、抗電界を超える電界を印加しても変位低下率が1%に収まっているのであるから、当然に、印加される電界が抗電界未満(例えば抗電界の0.8以上1.0未満)の場合には、変位低下率は1%に収まる。
【0144】
以上のことから、圧電体の抗電界の0.8倍以上の強度の電界を駆動部に(例えば出荷時から)100億サイクル印加したときの振動板の変位低下率が1%以内であれば、非駆動部のドメイン状態が安定した状態のヘッドであり、本実施形態の構成によって本実施形態の作用効果を得ていることがより明確になる。圧電体の抗電界を超える強度の電界を駆動部に100億サイクル印加したときの振動板の変位低下率が1%以内である場合も同様である。
【0145】
本発明は、以上の実施形態に限定されず、種々の態様で実施されてよい。
【0146】
実施形態及び実施例では、結晶構造が正方晶であるPZTによって圧電体41が構成された場合を例にとって、ドメインスイッチングやピーク強度の比について説明した。ただし、圧電体の材料は、結晶構造が正方晶であるPZTに限定されず、例えば、結晶構造が菱面体晶のPZTであってもよい。
【0147】
換言すれば、本実施形態の構成及び作用は、結晶構造が正方晶以外の圧電材料によって圧電体が構成された場合に拡張可能である。具体的には、以下のとおりである。
【0148】
正方晶以外の単位格子においても、自発分極の方向となる面方位と、引張り力が付与されたときにその引張り方向に向く面方位(自発分極の方向となる面方位と概ね一致するものと考えられる。)とが存在する。そして、駆動部においては、自発分極の方向となる面方位を厚み方向に向けるように分極処理が行われ、非駆動部においても、分極処理の影響で、自発分極の方向となる面方位を厚み方向に向ける単位格子の割合が増加する。そして、非駆動部に対して引張り応力が付与されると、非駆動部においては、引張り方向に向く面方位を駆動部側に向けるようにドメインスイッチングが生じる。
【0149】
従って、正方晶の場合と同様に、非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を駆動部に向けた(放射方向に向けた)単位格子により生じるピークの強度(I1)に対する、自発分極の方向となる面方位を圧電体の主面に向けた単位格子により生じるピークの強度(I2)の比(I2/I1)が、1.0以下であれば、ドメイン状態が安定化される程度にドメインスイッチングが進行しており、変位低下抑制の効果が得られる。その他の好ましい数値範囲(駆動部における比(I2/I1)が1.6以上、100億サイクル後の変位低下率1%以内等)についても同様である。
【0150】
また、実施形態においては、強度比(002)/(200)の数値を具体的に示して、実施形態と比較例との差異を明らかにした。しかし、本発明は、強度比が1.0以下のものに限定されない。具体的には、以下のとおりである。
【0151】
図11に示したように、駆動部に電圧が印加されるサイクル数を安定化サイクル数N1よりも多くしても、変位低下(ドメインスイッチング)は発生しない。すなわち、駆動部に印加される駆動信号Sdの電圧値が明らかになっていれば、その電圧値の電圧の印加を(略限りなく)繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な強度の比(I2/I1)(強度比(002)/(200)も含む)は特定される。
【0152】
従って、例えば、駆動信号出力部を有するヘッド若しくは記録装置のように、駆動信号Sdの電圧値が明らかになっている製品においては、ピークの強度の比(I2/I1)が、その電圧値の電圧の印加を繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な値以下であるか否かを判定すれば、本発明と従来技術との差異を特定することが可能である。
【0153】
当該特定方法は、圧電体の平面視において、駆動部を中心とする放射方向における、駆動部の幅と非駆動部の幅との比率が放射方向の向きによって相違する場合において、非駆動部が、その全周に亘ってドメインスイッチングが発生しているか否かの判定にも利用できる。
【符号の説明】
【0154】
1…記録装置、5…ヘッド(駆動信号出力部含まない)、6…ヘッド(駆動信号出力部含む)、8…駆動信号出力部、19…吐出素子、21…基体、37…振動板、39…共通電極、41…圧電体、41a…駆動部、41b…非駆動部、43…個別電極、44…個別電極本体。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、
前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、
前記振動板に重ねられた共通電極と、
前記共通電極に重ねられた圧電体と、
前記圧電体に重ねられた個別電極と、
を有し、
前記圧電体は、主結晶構造が正方晶のチタン酸ジルコン酸鉛によって形成されており、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、
前記圧電体の主面に対してX線を照射して反射したX線の強度を測定するX線回折法を、前記主面の平面視におけるX線の照射方向を前記駆動部を中心とする放射方向とし、前記主面の側面視における前記主面に対するX線の照射角度を変化させながら行うことによって測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、前記非駆動部において1.0以下である
インクジェットヘッド。
【請求項2】
前記強度比(002)/(200)が、前記駆動部において1.6以上である
請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記圧電体の抗電界の0.8倍以上の強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である
請求項1又は2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である
請求項1又は2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、
前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、
前記振動板に重ねられた共通電極と、
前記共通電極に重ねられた圧電体と、
前記圧電体に重ねられた個別電極と、
を有し、
前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、
前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、前記面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、1.0以下である
インクジェットヘッド。
【請求項6】
前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、
前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が1.0以下である
請求項5に記載のインクジェットヘッド。
【請求項7】
前記共通電極と前記個別電極との間に前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を形成する電圧を印加可能な駆動信号出力部を更に有する
請求項1〜6のいずれか1項に記載のインクジェットヘッド。
【請求項8】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、
前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、
前記振動板に重ねられた共通電極と、
前記共通電極に重ねられた圧電体と、
前記圧電体に重ねられた個別電極と、
前記共通電極と前記個別電極との間に所定の電圧値の電圧を印加可能な駆動信号出力部と、
を有し、
前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、
前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、前記面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、前記所定の電圧値の電圧の印加を繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な値以下である
インクジェットヘッド。
【請求項9】
前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、
前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が前記実現可能な値以下である
請求項8に記載のインクジェットヘッド。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のインクジェットヘッドと、
前記共通電極と前記個別電極との間に電圧を印加可能な駆動信号出力部と、
を有する記録装置。
【請求項11】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極とを有し、前記圧電体が、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有するインクジェットヘッドの製造方法であって、
前記駆動部に対して、抗電界を超える強度の電界を形成する直流電圧を印加して前記駆動部を厚み方向に分極する分極工程と、
前記駆動部に対して、前記駆動部の分極方向へ電圧を印加する正方向電圧印加と、前記駆動部の分極方向とは反対方向へ、且つ、前記正方向電圧印加における電圧よりも絶対値が低い電圧で電圧を印加する負方向電圧印加とを繰り返すスイッチング促進工程と、
を有するインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項12】
前記負方向電圧印加の電圧(V−)の絶対値に対する前記正方向電圧印加の電圧(V+)の絶対値の比(V+/V−)が、1.35以上10以下である
請求項11に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項13】
前記スイッチング促進工程は、前記圧電体の温度が25°C超で、キュリー温度未満の状態で行われる
請求項11又は12に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項14】
1周期における前記負方向電圧印加の時間(T−)に対する前記正方向電圧印加の時間(T+)の比(T+/T−)が60%以上である
請求項11〜13のいずれか1項に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項1】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、
前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、
前記振動板に重ねられた共通電極と、
前記共通電極に重ねられた圧電体と、
前記圧電体に重ねられた個別電極と、
を有し、
前記圧電体は、主結晶構造が正方晶のチタン酸ジルコン酸鉛によって形成されており、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、
前記圧電体の主面に対してX線を照射して反射したX線の強度を測定するX線回折法を、前記主面の平面視におけるX線の照射方向を前記駆動部を中心とする放射方向とし、前記主面の側面視における前記主面に対するX線の照射角度を変化させながら行うことによって測定される、(002)面及び(200)面に対応するピークの強度比(002)/(200)が、前記非駆動部において1.0以下である
インクジェットヘッド。
【請求項2】
前記強度比(002)/(200)が、前記駆動部において1.6以上である
請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記圧電体の抗電界の0.8倍以上の強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である
請求項1又は2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を前記駆動部に100億サイクル印加したときの前記振動板の変位低下率が1%以内である
請求項1又は2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、
前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、
前記振動板に重ねられた共通電極と、
前記共通電極に重ねられた圧電体と、
前記圧電体に重ねられた個別電極と、
を有し、
前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、
前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、前記面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、1.0以下である
インクジェットヘッド。
【請求項6】
前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、
前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が1.0以下である
請求項5に記載のインクジェットヘッド。
【請求項7】
前記共通電極と前記個別電極との間に前記圧電体の抗電界を超える強度の電界を形成する電圧を印加可能な駆動信号出力部を更に有する
請求項1〜6のいずれか1項に記載のインクジェットヘッド。
【請求項8】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、
前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、
前記振動板に重ねられた共通電極と、
前記共通電極に重ねられた圧電体と、
前記圧電体に重ねられた個別電極と、
前記共通電極と前記個別電極との間に所定の電圧値の電圧を印加可能な駆動信号出力部と、
を有し、
前記圧電体は、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有し、
前記非駆動部のX線回折における、引張り力が加えられてドメインスイッチングが生じたときに引張り方向に向く面方位を前記駆動部に向けている単位格子により生じるピークの強度I1に対する、前記面方位を前記圧電体の主面に向けている単位格子により生じるピークの強度I2の比(I2/I1)が、前記所定の電圧値の電圧の印加を繰り返すことによって生じるドメインスイッチングによって実現可能な値以下である
インクジェットヘッド。
【請求項9】
前記圧電体の平面視において、前記駆動部を中心とする放射方向における、前記駆動部の幅と前記非駆動部の幅との比率は、前記放射方向の向きによって相違し、
前記非駆動部は、その全周に亘って前記の比(I2/I1)が前記実現可能な値以下である
請求項8に記載のインクジェットヘッド。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のインクジェットヘッドと、
前記共通電極と前記個別電極との間に電圧を印加可能な駆動信号出力部と、
を有する記録装置。
【請求項11】
所定面に形成された凹部により加圧室が構成された基体と、前記加圧室を塞ぐように前記所定面に重ねられた振動板と、前記振動板に重ねられた共通電極と、前記共通電極に重ねられた圧電体と、前記圧電体に重ねられた個別電極とを有し、前記圧電体が、平面視において前記加圧室内に収まる範囲において、前記個別電極に重なる駆動部と、その外周の非駆動部とを有するインクジェットヘッドの製造方法であって、
前記駆動部に対して、抗電界を超える強度の電界を形成する直流電圧を印加して前記駆動部を厚み方向に分極する分極工程と、
前記駆動部に対して、前記駆動部の分極方向へ電圧を印加する正方向電圧印加と、前記駆動部の分極方向とは反対方向へ、且つ、前記正方向電圧印加における電圧よりも絶対値が低い電圧で電圧を印加する負方向電圧印加とを繰り返すスイッチング促進工程と、
を有するインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項12】
前記負方向電圧印加の電圧(V−)の絶対値に対する前記正方向電圧印加の電圧(V+)の絶対値の比(V+/V−)が、1.35以上10以下である
請求項11に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項13】
前記スイッチング促進工程は、前記圧電体の温度が25°C超で、キュリー温度未満の状態で行われる
請求項11又は12に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項14】
1周期における前記負方向電圧印加の時間(T−)に対する前記正方向電圧印加の時間(T+)の比(T+/T−)が60%以上である
請求項11〜13のいずれか1項に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−201096(P2012−201096A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−70776(P2011−70776)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】
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