説明

インクジェット式記録ヘッド

【課題】弾性膜の変位量の向上を図ったインクジェット式記録ヘッドを提供する。
【解決手段】実施の形態のインクジェット記録ヘッドは、ノズル開口部に連通する圧力発生室の一部を構成する弾性膜と、端部が弾性膜に接続され、中央部は弾性膜と空隙を介して対向し、下部電極、圧電膜、上部電極が積層された圧電膜積層部と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施の形態は、インクジェット式記録ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット式記録ヘッドの一構造として、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を弾性膜で構成し、この弾性膜を圧電膜により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴を吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。この構造のインクジェット式記録ヘッドにおいては、たわみ振動モードの圧電ユニモルフ振動子を使用したものが実用化されている。
【0003】
上記構造のインクジェット式記録ヘッドは、弾性膜の表面全体に亙って成膜技術により均一に圧電材料層を形成し、この圧電材料層をリソグラフィ法により圧力発生室に対応する形状に切り分けて圧力発生室毎に独立するように圧電振動子を形成することができる。そして、リソグラフィ法という精密で、かつ簡便な手法で圧電振動子を作り付けることができるばかりでなく、圧電振動子の厚みを薄くできて高速駆動が可能になるという利点がある。なお、この場合、圧電材料層は弾性膜の表面全体に設けたままで、少なくとも上電極のみを圧力発生室毎に設けることにより、各圧力発生室に対応する圧電振動子を駆動することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−291495号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述したような薄膜を用いた圧電振動子では、成膜した圧電膜や上下電極膜に一定の引っ張り残留応力が生じることが避けられない。このため、引っ張りの残留応力が存在することにより、弾性膜の変位量が低下してしまうという問題がある。
【0006】
また、圧電膜として、従来使用されてきたジルコン酸チタン酸鉛(PZT)系の圧電膜の代わりに、鉛を含まない窒化アルミニウム(AlN)や酸化亜鉛(ZnO)を使用した場合には、圧電係数が1桁以上小さいため、やはり弾性膜の変位量が低下してしまうという問題がある。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑み、特に圧電膜に成膜残留応力が存在する場合の、弾性膜の変位量の向上を図ったインクジェット式記録ヘッドを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施の形態の一つのインクジェット式記録ヘッドは、ノズル開口部に連通する圧力発生室の一部を構成する弾性膜と、端部が前記弾性膜に接続され、中央部は前記弾性膜と空隙を介して対向し、下部電極、圧電膜、上部電極が積層された圧電膜積層部と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】第1の実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの上面図である。
【図2】図1のAA断面図である。
【図3】第1の実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法を示す図である。
【図4】第1の実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法を示す図である。
【図5】第2の実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの断面図である。
【図6】実施例の圧電膜および弾性膜の変形挙動を示す模式図である。
【図7】実施例の圧電膜の残留応力と弾性膜の変位量の関係を示す図である。
【図8】実施例の圧電膜の残留応力と弾性膜の変位幅の関係を示す図である。
【図9】実施例の空隙幅と弾性膜の変位幅の関係を示す図である。
【図10】実施例の弾性膜の段差高さと変位幅の関係を示す図である。
【図11】実施例の圧電膜の厚さと弾性膜の変位幅の関係を示す図である。
【図12】実施例の弾性膜の厚さと弾性膜の変位幅の関係を示す図である。
【図13】比較例1のインクジェット式記録ヘッドの断面図である。
【図14】実施例および比較例の圧電膜の残留応力と弾性膜の変位量の関係を示す図である。
【図15】実施例および比較例の圧電膜の残留応力と弾性膜の変位幅の関係を示す図である。
【図16】比較例2のインクジェット式記録ヘッドの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態を説明する。
【0011】
(第1の実施の形態)
本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドは、ノズル開口部に連通する圧力発生室の一部を構成する弾性膜と、端部が弾性膜に接続され、中央部は弾性膜と空隙を介して対向し、下部電極、圧電膜、上部電極が積層された圧電積層部とを備える。
【0012】
本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドは、上記構成を備えることにより、弾性膜を座屈変形させることが容易になり、弾性膜の変位量が向上するインクジェット式記録ヘッドを提供することが可能となる。特に圧電膜に成膜残留応力が存在する場合でも、弾性膜の変位量を向上させることが可能となる。
【0013】
図1は、本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドを示す上面図である。図1のインクジェット式記録ヘッドは、圧電駆動のインクジェット式記録ヘッドである。図2は、図1のインクジェット式記録ヘッドのAA断面図である。図2は、複数の圧力発生室の一つの横手方向における断面構造を示す。
【0014】
インクジェット式記録ヘッド100は、流路形成基板10を用いて形成される。流路形成基板10としては、例えば、100〜300μm程度の厚さのシリコン基板が用いられ、望ましくは150〜250μm程度、より望ましくは200μm程度の厚さのものが好適である。これは、隣接する圧力発生室間の隔壁の剛性を保ちつつ、配列密度を高くできるからである。
【0015】
流路形成基板10の一方の面は開口面となり、他方の面には、例えば予め熱酸化により形成したシリコン酸化膜(二酸化シリコン)からなる、厚さ1〜2μm程度の弾性膜30が形成されている。弾性膜30は、ノズル開口21に連通する圧力発生室11の一部を構成する。
【0016】
シリコン酸化膜は非晶質であり、均等な変形が実現できる観点から望ましい。また、安定した組成および特性を備える膜の製造が容易という観点からも望ましい。さらに、従来の半導体製造プロセスとの整合性が良いという観点からも望ましい。同様の観点から、非晶質のシリコン窒化膜を適用することも望ましい。なお、弾性膜30には、弾性を備える膜であれば、上記シリコン酸化膜またはシリコン窒化膜以外の膜を適用することも可能である。
【0017】
また、弾性膜30の端部には、流路形成基板10との接続部31との段差部(段差構造)32が形成されている。この段差部32は、弾性膜30の膜面に平行な方向に変形する可動部として機能する。このため、圧電膜32に残留応力が存在する場合や、電圧を印加した場合の弾性膜30の変位量を大きくすることが可能となる。また、圧電膜32の残留応力を緩和することが可能となる。
【0018】
一方、流路形成基板10の開口面には、シリコン基板からなるノズルプレート20が接続され、圧力発生室11が形成されている。ノズルプレート20にはエッチングによりノズル開口部21が形成されている。
【0019】
インク滴吐出圧力をインクに与える圧力発生室11の大きさと、インク滴を吐出するノズル開口21の大きさとは、吐出するインク滴の量、吐出スピード、吐出周波数に応じて最適化される。例えば、1インチ当たり360個のインク滴を記録する場合、ノズル開口部21は数十μmの溝幅で精度よく形成する必要がある。
【0020】
また、各圧力発生室11と共通インク室60とは、ノズルプレート20の各圧力発生室11の一端部に対応する位置にそれぞれ形成されたインク供給路61を介して連通されている。そして、インクはこのインク供給連通口61を介して共通インク室60から供給され、各圧力発生室11に分配される。
【0021】
一方、流路形成基板10の開口面とは反対側の、弾性膜30の上方には、厚さが例えば、約0.1μmの下部電極51と、厚さが例えば、約0.3μmの圧電膜52と、厚さが例えば、約0.1μmの上部電極53とが積層形成されて圧電膜積層部50を構成している。例えば、上部ないし下部電極51、53の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電膜52を圧力発生室11毎にパターニングして構成する。
【0022】
圧電膜52は、例えば、窒化アルミニウム(AlN)であり、圧電特性を良好にする観点から、圧電膜52の面に対するc軸の配向方向の半値幅(FWHM値:Full Widh Half Maximum値)が2度以内であることが望ましい。窒化アルミニウムは、鉛が含有されないため、環境に優しいという観点で優れている。また、安定した組成を製造することが容易であるという観点からも優れている。さらに、半導体プロセスとの整合性が良いという観点からも優れている。窒化アルミニウムと同様の理由で、酸化亜鉛(ZnO)も圧電膜52の材料として好適である。
【0023】
圧電膜積層部50の両端部54は、弾性膜30の段差部32の近傍に接続され固定されている。それ以外の部分は空隙40を介して弾性膜30とは分離されている。少なくとも、圧電膜積層部50の中央部は弾性膜30と空隙40を介して対向している。
【0024】
図1、図2に示すインクジェット式記録ヘッドは、図示しない外部インク供給手段と接続したインク導入口62からインクを取り込む。そして、共通インク室60からノズル開口部21に至るまで内部をインクで満たす。
【0025】
そして、図示しない外部の駆動回路からの記録信号に従い、リード電極71を介して下部電極51と上部電極53との間に電圧を印加し、圧電膜積層部50を膜面内に収縮させる。圧電膜積層部50の収縮による力で圧電膜積層部50の両端部54に接続された弾性膜30を座屈変形させることにより、圧力発生室11内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0026】
本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドは、互いに端部で接続される圧電膜積層部50と弾性膜30との間に空隙を設けることにより、圧電膜に成膜残留応力が存在する場合に弾性膜30に容易に座屈変形を生じさせることができる。したがって、弾性膜30の変位量を増幅、増大させることが可能となる。また、弾性膜30の端部に可動部を設けることによって、弾性膜30の変位量を増大させるとともに圧電膜32の残留応力を緩和することが可能となっている。よって、圧電膜に成膜残留応力が存在する場合でも、弾性膜の変位量を向上させることが可能となり、駆動効率の高いインクジェット式記録ヘッドが実現される。
【0027】
そして、鉛を含まない窒化アルミニウム(AlN)や酸化亜鉛(ZnO)を圧電膜52として使用することが可能になり、環境にもやさしいインクジェット式記録ヘッドが実現される。また、これらの圧電膜52は安定した組成を製造することが容易であり、半導体プロセスとの整合性も良いため、特性の安定したインクジェット式記録ヘッドを低コストで製造することが可能となる。
【0028】
図3および図4は、本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法を示す図である。以下、シリコン単結晶基板からなる流路形成基板10上に、弾性膜30及び圧電膜52等を形成するプロセスを、図3および図4を参照しながら説明する。
【0029】
図3(a)に示すように、まず、流路形成基板10となるシリコン単結晶基板のウェハを、フォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりパターニングし、段差12を形成する。
【0030】
次に、図3(b)に示すように、例えば、約1100℃の拡散炉で熱酸化してシリコン酸化膜(二酸化シリコン)からなる弾性膜30を形成する。
【0031】
次に、図3(c)に示すように、弾性膜30上に、スパッタリングによりアモルファスシリコン膜からなる犠牲層41を成膜し、フォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりパターニングする。
【0032】
次に、図3(d)に示すように、犠牲層41および弾性膜30上に、スパッタリングにより、例えば、チタンおよび金の膜からなる下部電極51を成膜し、フォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりパターニングする。なお、反応性イオンエッチングの代わりに、リフトオフ法を用いて加工を行っても良い。
【0033】
次に、図3(e)に示すように、反応性スパッタリングによって、例えば、窒化アルミニウムからなる圧電膜52を成膜し、フォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりパターニングする。反応性スパッタリングにより窒化アルミニウムを成膜する場合には、何らかの残留応力が生じる。
【0034】
本実施の形態において、弾性膜30を好適に駆動するためには、引っ張りの成膜残留応力が望ましく、特に100MPa〜200MPa程度の残留応力が望ましい。成膜残留応力の程度は、スパッタリング時の成膜圧力や、放電パワーなどにより調節することが可能である。
【0035】
次に、図4(a)に示すように、圧電膜52上に、スパッタリングにより、例えば、アルミニウムの膜からなる上部電極53を成膜する。その後、上部電極53をフォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりパターニングする。
【0036】
次に、図4(b)に示すように、流路形成基板10の弾性膜30と対向する裏面側から、裏面フォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングにより、圧力発生室11をパターニングにより形成する。
【0037】
次に、図4(c)に示すように、流路形成基板10と、あらかじめフォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりノズル開口部21を形成したシリコン単結晶基板からなるノズルプレート20を接着する。接着法としては、真空雰囲気中で双方の基板表面を清浄処理後密着して加圧により接着する、シリコンダイレクトボンディング法を用いても良いし、有機接着剤等の接着剤を用いても良い。
【0038】
次に、下部電極51、圧電膜52、および上部電極53を一括してフォトリソグラフィーおよび反応性イオンエッチングによりパターニングして犠牲層エッチングホール(図示せず)を形成する。そして、図4(d)に示すように、犠牲層エッチングホールからXeFをエッチャントとして使用したドライエッチングにより犠牲層41を除去して空隙40を形成する。
【0039】
なお、以上説明した一連の膜形成及びエッチングは、一枚のウェハ上に多数のチップを同時に形成する。その後、図1に示すような一つのチップとなるようにウェハを分割する。
【0040】
以上の製造方法により、本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドを製造することが可能である。
【0041】
(第2の実施の形態)
本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドは、弾性膜の段差部の構造が第1の実施の形態と異なっている。段差部の構造以外は第1の実施の形態と同様であるので、第1の実施の形態と重複する内容については、記載を省略する。
【0042】
図5は、本実施の形態のインクジェット式記録ヘッドの断面図である。複数の圧力発生室11の横手方向における断面構造を示す。第1の実施の形態と同じ部材には同じ番号を付してある。
【0043】
本実施の形態において、弾性膜30は、流路形成基板10との接続部31の近傍で、圧力発生室11側に近づく方向の段差部32を有している。段差部32には、下部電極51、圧電膜52、上部電極53からなる圧電膜積層部50の端部54が接続されている。
【0044】
圧電膜52に引っ張りの残留応力が存在する場合、圧電膜52は面内に収縮し、その引っ張り応力により弾性膜30は圧縮応力を受け、座屈により圧力発生室側にたわみ変形を生じる。さらに上下電極51,52間に駆動電圧が印加された場合、弾性膜30のたわみが増大してインクを吐出する作用を行う。
【0045】
このような作用や駆動効率の向上という効果は、第1の実施の形態と同様である。加えて、本実施の形態によれば、インクヘッドの厚さを薄くすることが可能となり、コンパクトになるという利点がある。
【0046】
以上、具体例を参照しつつ本発明の実施の形態について説明した。上記、実施の形態はあくまで、例として挙げられているだけであり、本発明を限定するものではない。また、実施の形態の説明においては、インクジェット式記録ヘッドおよびその製造方法等で、本発明の説明に直接必要としない部分等については記載を省略したが、必要とされるインクジェット式記録ヘッドおよびその製造方法等に関わる要素を適宜選択して用いることができる。
【0047】
例えば、実施の形態においては、弾性膜の端部に設けられる可動部として、弾性膜の段差構造を例に説明したが、弾性膜の膜面に平行な方向に変形する機能を備えていれば、可動部として弾性膜のアーチ構造、弾性膜とは別個の伸縮可能なバネ構造等の弾性部材等、その他の構造を適用することが可能である。
【0048】
また、実施の形態では、図1、2、5に示すように、圧電膜52を各圧力発生室11に対応して個別に設けて圧電膜積層部50を形成したが、この形態に限定されず、例えば、圧電膜52を全面にわたって設け、上部電極53を各圧力発生室11に対応するように個別に設けるようにしてかまわない。また、本実施の形態では、下部電極51を弾性膜30上に一様に形成するようにしたが、この形態に限定されず、例えば、圧電膜積層部50の幅方向両側の下部電極51を除去するようにしてもかまわない。
【0049】
また、例えば、流路形成基板10としてシリコン単結晶基板以外に、その他の半導体単結晶基板等を適用してもかまわない。
【0050】
その他、本発明の要素を具備し、当業者が適宜設計変更しうる全てのインクジェット式記録ヘッドが、本発明の範囲に包含される。本発明の範囲は、特許請求の範囲およびその均等物の範囲によって定義されるものである。
【実施例】
【0051】
以下、実施例および比較例について説明する。
【0052】
(実施例)
圧電膜52に加わる応力と弾性膜30に生じる撓みの関係について、シミュレーション結果に基づきさらに詳細に説明する。図1、2に示す第1の実施の形態と同様の構造を備えるインクジェット式記録ヘッドについて、シミュレーションを行った。シミュレーションに使用したインクジェット式記録ヘッドの主要部寸法を表1に示す。圧電膜52としては、c軸配向性の良い窒化アルミニウム(AlN)を、使用した。また、上下電極51、下部電極53として白金(Pt)を、弾性膜30として酸化シリコン(SiO)を使用した。
【表1】

【0053】
図6は、圧電膜52に0MPaから50MPa毎に300MPaまでの残留応力が順に加わった場合の、圧電膜52および弾性膜30の変形挙動を示す模式図である。図7は、同様に圧電膜52に残留応力が加わった場合の、弾性膜30の中央部における膜面に垂直方向の変位量を示す図である。なお、残留応力は引っ張り応力である。
【0054】
図6や図7で明らかなように、圧電膜52に100MPa程度以下の応力が加わったときに弾性膜30に生じるたわみは比較的小さい。しかし、100MPa以上では急激に増大し、300MPa以上では増大率が再び徐々に低下する。これは、弾性膜に非線形な座屈変形が生じるためである。
【0055】
なお、このような圧電膜52に加わる応力は、成膜時の残留応力以外に、上下電極51,53間に駆動電圧を印加したとき、圧電膜52に生じる電歪効果によっても生じる。本実施例の場合では、30Vの駆動電圧印加により、約75MPaの応力が圧電膜52に生じる。
【0056】
図8は、圧電膜52に0〜500MPaの成膜残留応力が存在したときに、さらに上下電極51、53間に30Vの駆動電圧を印加した場合の、弾性膜30の変位幅を示す図である。変位幅とは、30Vの駆動電圧を印加する前後での、弾性膜30の変位の増分である。
【0057】
圧電膜52の残留応力が150〜200MPa程度のときに、弾性膜の変位幅は極大値である約0.4μm/30Vを示す。この残留応力値は、図6に示した弾性膜変位曲線の変曲点に相当する。
【0058】
なお、残留応力が0の場合の弾性膜変位幅は0.1μm/30V以下であるので、200MPa程度の残留応力があることにより、弾性膜変位幅が4倍以上増大したことになる。このような特異な非線形効果は、上述したように弾性膜の座屈変形に伴うものである。そして、この座屈変形は、上記空隙40が設けられることで生じ、段差部32が設けられることで促進されている。
【0059】
次に、本実施例において表1に示した各パラメータを変更したときの挙動について、同様にシミュレーション結果を使用して詳細に検討する。
【0060】
図9は、圧電膜52と弾性膜30の間にある空隙40の幅を0.2μmから1μmまで変化させた場合の、弾性膜変位幅を示す図である。圧電膜52の残留応力は全て200MPaとした。空隙幅は小さいほど弾性膜変位幅が緩やかに増大する傾向があり、この観点からは空隙は小さいほど望ましい。もっとも、空隙のまったくない場合(図中白四角印)は、座屈変形が生じないため変位幅は大幅に小さくなる。
【0061】
なお、空隙40の幅が小さすぎる場合は、弾性膜30と圧電膜52が犠牲層除去プロセス中に固着する恐れがある。このため、空隙層の幅は0.05〜0.5μm程度が好ましい。
【0062】
図10は、弾性膜30の端部に形成される段差32の高さを1μmから10μmまで変化させた場合の、弾性膜変位幅を示す図である。圧電膜52の残留応力は全て200MPaとした。段差32の高さが大きいほど弾性膜変位幅が増大する傾向があるが、徐々に飽和する。したがって、段差32は大きいほど望ましい。もっとも、段差32が大きすぎる場合、リソグラフィ時の露光や、レジスト膜の均一な塗布などが困難になるため、段差32の高さは2〜10μm程度が好ましい。
【0063】
図11は、圧電膜52の厚さを0.15μmから0.5μmまで変化させた場合の、弾性膜変位幅を示す図である。圧電膜52の残留応力は全て200MPaとした。圧電膜52の厚さが薄いほど弾性膜変位幅が増大する傾向があり、厚さはできるだけ薄いほど望ましい。しかしながら、圧電膜52の絶縁耐圧限界が存在するため、駆動電圧(この場合は30V)を印加した場合に絶縁破壊しない程度の厚さを選択する必要がある。このため、反応性スパッタ法で成膜し、十分c軸配向した窒化アルミニウムを使用した場合は、圧電膜の厚さは0.05〜0.3μm程度が好ましい。
【0064】
図12は、弾性膜30の厚さを0.5μmから1.0μmまで変化させた場合の、弾性膜変位幅を、圧電膜52の残留応力の関数として示す図である。各弾性膜厚において弾性膜変位幅がピークを持つ残留応力が存在する。弾性膜厚が0.5μmの場合は30MPa、0.7μmの場合は70MPa、0.8μmの場合は100MPa、1.0μmの場合は200MPa程度である。
【0065】
したがって、圧電膜52に生じる成膜残留応力を把握し、成膜残留応力に応じて、弾性膜変位幅が大きくなるよう最適な弾性膜30の厚さを決定することが望ましい。通常、弾性膜の厚さは0.5〜1.5μm程度となる。
【0066】
(比較例1)
次に、比較例1として、従来のユニモルフ構造を持つインクジェット式記録ヘッドについても同様にシミュレーション結果を示し、実施例と詳細に比較した。
【0067】
図13は、比較例1における1つの圧力発生室の横手方向における断面構造を示す図である。実施例と同じ部材には同じ番号を付してある。比較例1においては、平坦な弾性膜30を有しており、弾性膜30の中央部分には、平坦な下部電極51、圧電膜52、上部電極53からなる圧電膜積層構造50が直接積層され、いわゆる圧電ユニモルフ構造を形成している。
【0068】
なお、圧電膜積層構造の幅は、圧力発生室の内側の幅の60〜70%程度で駆動効率が最大になるため、本比較例では圧力発生室の内側の幅の2/3とした。その他の形状・寸法・材料は実施例と同様である。シミュレーションに使用した本比較例の主要部寸法を表2に示す。
【表2】

【0069】
図14は、圧電膜52に残留応力が加わった場合の、圧電膜52および弾性膜30の膜面に垂直方向の変位量を示す図である。圧電膜52と弾性膜30に加わる応力差によってたわみ変形が生じるが、引っ張り応力が増大するほどたわみ変形が制限されるため、図14に示すように変位曲線は上に凸になる。
【0070】
図15には、圧電膜52に0〜500MPaの成膜残留応力が存在したときに、さらに上下電極51、53間に30Vの駆動電圧を印加した場合の、弾性膜30の変位幅を示す。残留応力がない場合は、弾性膜変位幅は0.17μm程度であるが、上述したようにたわみが制限されるため、残留応力の増大とともに変位幅は徐々に低下し、500MPaでは変位幅は0.05μm程度になる。
【0071】
実施例と比較例1を比較すると、実施例における変位幅がピークとなる残留応力が200MPa付近においては、実施例の変位幅は比較例1よりも4倍程度大きく、実施例の優位性は明らかである。
【0072】
(比較例2)
次に、比較例2として、段差を持つ弾性膜とユニモルフ構造を持つインクジェット式記録ヘッドについても同様にシミュレーション結果を示し、実施例と詳細に比較した。
図16は、比較例2における1つの圧力発生室の横手方向における断面構造を示す図である。実施例と同じ部材には同じ番号を付してある。
【0073】
比較例2においては、弾性膜30は段差部32を有しており、圧電膜の残留応力による引っ張り応力成分を緩和する役割をする。ここでは段差部32の高さを5μmとした。弾性膜30の中央部分には、平坦な下部電極51、圧電膜52、上部電極53からなる圧電膜積層構造50が直接積層され、いわゆる圧電ユニモルフ構造を形成している。
【0074】
なお、圧電膜積層構造の幅は、圧力発生室の内側の幅の60〜70%程度で駆動効率が最大になるため、本比較例では圧力発生室の内側の幅の2/3とした。その他の形状・寸法・材料は実施例と同様である。シミュレーションに使用した本比較例の主要部寸法を表3に示す。
【表3】

【0075】
すでに示した図14には、比較例2の結果も示した。圧電膜52と弾性膜30に加わる応力差によってたわみ変形が生じ、残留応力の増大に比例してたわみ変形がほぼ直線的に増大することが分かる。
【0076】
図15には、比較例2の結果も示した。残留応力にかかわらず弾性膜変位幅は0.17μm程度であり、特に残留応力が大きい領域で比較例1を大きく上回っており、段差部の残留応力の緩和効果が明らかである。
【0077】
しかしながら実施例と比較例2を比較すると、実施例における変位幅がピークとなる残留応力が200MPa付近においては、実施例の変位幅は比較例2よりも3倍程度大きく、実施例の優位性は明らかである。
【符号の説明】
【0078】
10 流路形成基板
11 圧力発生室
20 ノズルプレート
21 ノズル開口部
30 弾性膜
31 接続部
32 段差部(可動部)
40 空隙
50 圧電膜積層部
51 下部電極
52 圧電膜
53 上部電極
54 接続部
60 共通インク室
61 インク供給路
100 インクジェット式記録ヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル開口部に連通する圧力発生室の一部を構成する弾性膜と、
端部が前記弾性膜に接続され、中央部は前記弾性膜と空隙を介して対向し、下部電極、圧電膜、上部電極が積層された圧電膜積層部と、
を備えることを特徴とするインクジェット式記録ヘッド。
【請求項2】
前記弾性膜の端部に、前記弾性膜の膜面に平行な方向に変形する可動部を備えることを特徴とする請求項1記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項3】
前記可動部が前記弾性膜に設けられる段差構造であることを特徴とする請求項2記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項4】
前記圧電膜が窒化アルミニウムであることを特徴とする請求項1ないし請求項3いずれか一項記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項5】
前記弾性膜がシリコン窒化膜またはシリコン酸化膜であることを特徴とする請求項1ないし請求項4いずれか一項記載のインクジェット式記録ヘッド。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−86287(P2013−86287A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226449(P2011−226449)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(000003562)東芝テック株式会社 (5,631)
【Fターム(参考)】