説明

インクジェット記録ヘッド

【課題】 吐出口の配設方向に関する素子基板の中央部と端部との温度差を小さくし、温度差に伴う画像品質の低下を抑制するインクジェット記録ヘッドを提供する。
【解決手段】 インクジェット記録ヘッド100は、吐出口面の裏面側に配された、冷却液を流すための冷媒流路4(冷却流路)を有する。冷媒流路4は、複数のエネルギー発生素子の配設方向に関する素子基板の中央部と、吐出口面に垂直な方向に関して重なり、素子基板側に配された第1の伝熱部27と、配設方向に関して隣接する複数の素子基板の間の領域と、垂直な方向に関して重なり、素子基板側に配された第2の伝熱部28と、を備える。第1の伝熱部27に設けられた伝熱促進体5としての、冷媒流路4を形成する壁の素子基板側の面に対して凹んだ凹部、または面に対して突出した凸部、の配設密度は、第2の伝熱部28に設けられた凹部または凸部の配設密度よりも高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクを吐出して記録を行うインクジェット記録ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット記録装置は、家庭用印刷用途のみならずオフィス用やリテールフォト用などの業務印刷用途、あるいは電子回路描画やフラットパネルディスプレイ製造など産業用途にも使用され、その用途は広がりつつある。そのため、インクジェット記録装置には記録の高速化が要求されている。この要求を満たす為に、インク吐出に利用されるエネルギー発生素子の駆動周波数をより高くしたり、インクジェット記録ヘッド(以下、ヘッドとも称する)の幅が記録媒体の幅よりも長いラインヘッドを用いたり、といった手段がとられている。
【0003】
高速化の要求に応えるためにエネルギー発生素子の駆動周波数を高くすると、ヘッドへの投入電力密度が増加する。特に、インクに熱を加えて沸騰させ、その発泡のエネルギーを用いる吐出方式の場合には、電力密度が増加すると、ヘッドの温度上昇幅が大きくなり、画像品質に影響が生じる。何故ならば、ヘッドの温度が上昇するとインクの温度も上昇するので、このインクの温度上昇に伴ってインク吐出量も変化し、その結果、記録初期とその後とで記録濃度が異なるためである。一方で、ピエゾ素子を用いた吐出方式の場合には、吐出に伴うインク温度の上昇の程度は大きくないので、投入電力密度の増加による画像品質への影響は比較的小さい。しかし、ピエゾ素子を用いた吐出方式の中でも、圧電素子のせん断変形(シェアモード)を用いてインクを吐出する場合には、吐出時のエネルギー効率が低いためにインクの温度上昇幅が大きく、画像品質への影響が生じやすい。
【0004】
また、ヘッドの温度上昇に伴う画像品質への影響のみならず、記録素子基板の長手方向に関する温度分布が生じることで、記録素子基板の長手方向に関して画像に濃度ムラが生じる恐れがある。これは、記録素子基板の長手方向に関する中央部では熱が籠りやすく端部では放熱しやすいためである。
【0005】
このような課題を解決する方法として、特許文献1の図7には、記録素子基板の吐出口面に垂直な方向に関して、冷却流路としての冷媒流路(液冷管15、16)が記録素子基板の中央部と重なるように、冷媒流路が設けられた構成が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−168112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記特許文献1の構成であっても、記録素子基板の長手方向に関する中央部と端部との温度差を十分に小さくすることは困難であった。特に、高速で記録を行う場合には、各記録素子基板の発熱量が大きくなるため、記録素子基板内の温度差に関する課題がより顕著に現れてしまう。
【0008】
そこで、本発明は、記録素子の配設方向に関する記録素子基板の中央部と端部との温度差を小さくし、温度差に伴う画像品質の低下を抑制するインクジェット記録ヘッドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のインクジェット記録ヘッドは、インクを吐出する複数の吐出口が設けられた吐出口面と、前記複数の吐出口からインクを吐出するためのエネルギーを発生する複数のエネルギー発生素子と、を備えた複数の素子基板と、前記吐出口面の裏面側に配された、前記複数の素子基板を冷却するための冷却液を流す冷却流路であって、前記複数のエネルギー発生素子の配設方向に関する前記素子基板の中央部と、前記吐出口面に垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第1の伝熱部と、前記配設方向に関して隣接する前記複数の素子基板の間の領域と、前記垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第2の伝熱部と、を備えた前記冷却流路と、を有するインクジェット記録ヘッドであって、前記第1の伝熱部には、前記冷却流路を形成する壁の前記素子基板側の面に対して凹んだ凹部、または前記素子基板側の面に対して突出した凸部が設けられており、前記第2の伝熱部には前記凹部または前記凸部が設けられていないことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の他のインクジェット記録ヘッドは、インクを吐出する複数の吐出口が設けられた吐出口面と、前記複数の吐出口からインクを吐出するためのエネルギーを発生する複数のエネルギー発生素子と、を備えた複数の素子基板と、前記吐出口面の裏面側に配された、前記複数の素子基板を冷却するための冷却液を流す冷却流路であって、前記複数のエネルギー発生素子の配設方向に関する前記素子基板の中央部と、前記吐出口面に垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第1の伝熱部と、前記配設方向に関して隣接する前記複数の素子基板の間の領域と、前記垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第2の伝熱部と、を備えた前記冷却流路と、を有するインクジェット記録ヘッドであって、前記第1の伝熱部及び前記第2の伝熱部には、前記冷却流路を形成する壁の前記素子基板側の面に対して凹んだ凹部、または前記素子基板側の面に対して突出した凸部が設けられており、前記第1の伝熱部に設けられた前記凹部または前記凸部の配設密度は、前記第2の伝熱部に設けられた前記凹部または前記凸部の配設密度よりも高いことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、記録素子の配設方向に関する記録素子基板の中央部と端部との温度差を小さくし、記録素子基板内の温度差に伴う画像品質の低下を抑制するインクジェット記録ヘッドを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a)は、本発明の第一の実施形態を示すインクジェット記録ヘッドの構造を示す模式図である。(b)は、本発明の第二の実施形態を示すインクジェット記録ヘッドの構造を示す模式図である。(c)は、本発明の第三の実施形態を示すインクジェット記録ヘッドの構造を示す模式図である。(d)は、本発明の第四の実施形態を示すインクジェット記録ヘッドの構造を示す模式図である。
【図2】図1(a)のA−A’線の位置における断面図である。
【図3】記録素子基板の短手方向の断面を示す図である。
【図4】第四の実施形態を説明するための図である。
【図5】インクジェット記録ヘッドにインク及び冷媒を流すための接続構成を示す模式図である。
【図6】(a)は、図1(a)のB−B’線の位置における断面図である。(b)は、伝熱促進体が突起形状である場合の、図1(a)のB−B’線の位置における断面図である。
【図7】インク流れの最下流に配された記録素子基板内の長手方向の温度分布を示す図である。
【図8】比較例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を用いて本発明の好適な実施の形態の例を説明する。本実施形態の吐出方式は、発泡エネルギーを用いる方式であるが、これに限らず、ピエゾ素子を用いた方式、特に、シェアモードを用いた方式であってもよい。
【0014】
(インクジェット記録ヘッド)
図1(a)は、本発明の実施形態の一例であって、複数の記録素子基板1が配列されたラインヘッドの構成例である。図2は、図1(a)のA−A’線の位置における断面図である。インクジェット記録ヘッド100(以下、ヘッドとも称する)は、複数の記録素子基板1が、支持基板2の上にヘッド100の長手方向に千鳥状に配置されている。
【0015】
なお、記録素子基板1の配置は千鳥配列に限ることは無く、例えば直線状やあるいはヘッド100の長手方向に対して、記録素子基板1を所定の角度で傾けて配置しても良い。記録素子基板の数は図1(a)に記載の数に限定されるものではなく、図1(a)においては複数の記録素子基板が配置されているが、記録素子基板数は一つとしても良い。
【0016】
図3は、記録素子基板1の短手方向の断面を示した図である。記録素子基板1は、吐出口部材6と発熱素子基板7とが接合されて構成されている。吐出口部材6には、発泡室9とインクを吐出する吐出口10とが設けられている。本実施形態の吐出口部材6には、吐出口10が配設されてなる吐出口列が8列設けられている。発熱素子基板7には、発泡室9に対応する位置に、インクを吐出するためのエネルギーを発生するエネルギー発生素子としての発熱素子8が形成されている。また、発熱素子基板7にはインク供給口11が形成されており、インク供給口11から発泡室9へインクが供給される。
【0017】
発熱素子基板7の内部には電気配線(不図示)が形成されており、この電気配線は、支持基板2上に配置されたフレキシブルプリント基板のリード電極、または支持基板2内に設けられた電極と電気的に接続されている。ヘッド100の外部に設けられた制御回路から、発熱素子基板7へパルス電圧が入力されることで、発熱素子8が駆動され、発泡室9内のインクを沸騰させることで、吐出口10からインク滴が吐出される。
【0018】
なお、本実施形態では、記録素子基板1の長手方向は、発熱素子8の配設方向であり、記録素子基板1の短手方向は、記録素子基板1の吐出口10が設けられた吐出口面25の方向において、発熱素子8の配設方向に直交する方向である。
【0019】
支持基板2の内部には、図1(a)及び図2に示すように、インクを流して、記録素子基板1にインクを供給するインク供給路3が形成されている。インク供給路3の一方の端部には、インクを流入するインク流入口14が設けられており、他方の端部には、インクを排出するインク流出口15が設けられている。インク供給路3の、記録素子基板1のインク供給口11に相対する位置に形成されたスリット16から、記録素子基板1のインク供給口11にインクが供給される。
【0020】
支持基板2は、記録素子基板1から熱が伝達されるため、低熱膨張率で高熱伝導率の材質からなることが好ましく、また、ラインヘッドが撓まない程度の剛性と、インクに対して十分な耐腐食性と、を有していることが好ましい。例えば、支持基板2の材料としては、酸化アルミニウムや炭化ケイ素などを好適に用いることができる。冷却効率の観点からは、酸化アルミニウムよりも熱伝導率の高い炭化ケイ素を用いることが好ましい。なお、本実施形態では、支持基板2は、2枚の板状部材が接合されて形成されている。
【0021】
図1(a)では、インク供給路3は蛇行形状であり、千鳥状に配置された複数の記録素子基板1に順にインクを供給するが、インク供給路3の構成はこれに限定されない。例えば、ヘッド100の長手方向に関して直線状に配置された2列の記録素子基板1に対して1列ごとにインク供給路3を直線状に配置し、ヘッド100の長手方向に関する端部でインク供給路3が繋がる構成であってもよい。もっともインク供給路3の流路長を長くすると圧力損失が大きくなり、インク供給路3の下流側の記録素子基板1へのインク供給が適切に行われない恐れがあるため、インク供給路3の長さは短い方が好ましい。
【0022】
また、本実施形態のように、1つのインク供給路3から複数の記録素子基板1に対してインクを供給する構成ではなく、各記録素子基板1に対して独立して設けられたインク供給路3からインクを供給する構成であってもよい。
【0023】
なお、本実施形態では、インク供給路3は外部のインク循環経路に接続されており、インク流出口15から流出されたインクは、熱交換器及び循環装置を経由して、再びインク流入口14へ流入される。このような構成とすることで、インク供給路3を流れるインクによってヘッド100を冷却することができる。なお、低速記録時など記録素子基板1における発熱量が少ない場合には、インク流出口15を閉塞してもよく、あるいはインク流出口15からインクを供給してもよい。
【0024】
また、支持基板2の内部には、図1(a)や図2に示すように、記録素子基板1の吐出口面25の裏面側には、記録素子基板1を冷却するための冷媒(冷却液)を流す冷媒流路4(冷却流路)が形成されている。冷媒流路4の一方の端部には、冷媒を流入する冷媒流入口12が設けられており、他方の端部には、冷媒を流出する冷媒流出口13が設けられている。冷媒流出口13は、外部の冷媒循環経路に接続されており、冷媒流出口13から流出された冷媒は、熱交換器及び循環装置を経由して、再び冷媒流入口12へ流入される。
【0025】
図1(a)及び図2に示すように、冷媒流路4はヘッド100内を蛇行する形状となっている。
【0026】
具体的には、冷媒流路4は、吐出口面25に垂直な方向に関して、各記録素子基板1の長手方向に関する中央部と重なり、この中央部において記録素子基板1の短手方向に関して記録素子基板1と交差している。また、冷媒流路4は、吐出口面25に垂直な方向に関して、各記録素子基板1の長手方向に関する端部と重ならず、記録素子基板1の長手方向に関して互いに隣接する記録素子基板1の間の領域を通っている。
【0027】
このように冷媒流路4を形成することで、熱の逃げやすい記録素子基板1の端部は、熱の篭りやすい記録素子基板1の中央部よりも、冷媒流路4からの距離が遠くなる。したがって、記録素子基板1の中央部から放熱しやすくなり、記録素子基板1の長手方向の温度差を小さくすることができる。
【0028】
なお、本実施形態では、ヘッド100の一端にインク供給路3のインク流入口14及び冷媒流路4の冷媒流出口13が設けられ、他端にインク供給路3のインク流出口15及び冷媒流路4の冷媒流入口12が設けられている。すなわち、ヘッド100の長手方向に関して、インク供給路3と冷媒流路4との流体の流れ方向が反対向きとなっている。したがって、インクの温度の低いインク流入口14付近では、ヘッド100内を流れて昇温した冷媒が流れ、一方で、冷媒流入口12付近では、ヘッド100内で昇温したインクが流れる。これにより、ヘッド100の長手方向に関してインクと冷媒の流れ方向が同じ向きである場合と比べ、ヘッド100内の長手方向に関する温度差を小さくすることができる。
【0029】
(第一の実施形態)
図1(a)、図2に示すように、第一の実施形態のインクジェット記録ヘッド100において、冷媒流路4の記録素子基板1の側には、伝熱促進体5が設けられている。ここで、図2に示すように、本実施形態では、記録素子基板1の長手方向に関する伝熱促進体5の断面形状は三角形となっており、伝熱促進体5は、冷媒流路4を形成する壁の記録素子基板1側の面に対して記録素子基板1側に凹んだ微細な凹部となっている。凹部である伝熱促進体5により、冷媒と支持基板2との接触面積が増大したり、凹部内で冷媒の流れに渦流が生じることにより、冷媒の流れに乱れを生じやすくなったりするため、伝熱面から冷媒への熱伝達が促進される。図1(a)のB−B’断面図である図6に模式的に示すように、凹部内では流線18のように冷媒が渦流を発生する。
【0030】
なお、微細な凹部の寸法は冷媒の流速によって選定することが好ましいが、凹部の開口径が大よそ100〜1000μm、凹部の深さが100μm〜1000μm程度とすることが好ましい。
【0031】
開口径が100μmより小さいと、凹部内へ冷媒が流れ込むための圧力損失が大きくなりすぎて凹部内で冷媒の移動が生じ難くなり、伝熱促進の効果が低減される。一方、開口径が1000μmより大きいと、各記録素子基板の寸法(短手方向の長さ10〜15mm、長手方向の長さ20〜40mm)に比して凹部が大きくなりすぎ、冷媒流路4に配置することができる凹部の数が少なくなってしまう。
【0032】
また、凹部の深さが浅いと、伝熱面積が稼ぎにくくなるとともに、冷媒の流れの境界層が凹部に沿って形成され、冷媒の流れが乱れることによる伝熱促進効果が低減される。一方、凹部の深さの上限は、凹部の開口径によって決まり、開口径に対して深さを大きくしすぎると、凹部の底部分では冷媒は移動しにくいため、伝熱促進効果が低減される。したがって、凹部の寸法は上記の範囲とすることが好ましい。
【0033】
なお、図1(a)及び図2においては、記録素子基板1の長手方向の伝熱促進体5としての凹部の断面が三角形であり、短手方向のその断面が矩形であるが、伝熱面積を拡大させたり、冷媒の流れに乱れを生じさせたりすることができれば、他の形状であってもよい。例えば、凹部の形状としては、円柱状、円錐状、角柱状、角錐状などから選択することができる。また、伝熱促進体5として、凹部が冷媒の流れに交差する方向に延びた溝状であれば、角溝状、V字溝状、U字溝状、といった形状を用いることができる。さらに、図6(b)に示すように伝熱促進体5として、冷媒流路4を形成する壁の面に対して冷媒流路4側に突出した突起(凸部)も用いることができる。伝熱促進体5を突起とした場合には、冷媒が伝熱促進体に衝突する際の衝突効果により、局所的に熱伝達率の高い領域を突起の近傍に発生させることが可能となる。このため、伝熱面積の拡大や冷媒流れの乱れ促進との相乗効果により、伝熱促進体5を凹部とした場合よりも高い冷却効果が得られる。
【0034】
伝熱促進効果の観点からは、突起の方が凹部よりも高い効果が期待できるため、好ましい。一方で、支持基板2に酸化アルミニウムや炭化ケイ素等のセラミック材料を用いる場合に、加工容易性やコスト、堅牢性の観点からは凹部を用いることが好ましい。
【0035】
ここで、図1(a)に示すように、第一の実施形態のインクジェット記録ヘッド100では、伝熱促進体5の配設密度が不均等となるように、伝熱促進体5を冷媒流路4の記録素子基板1の側に設けている。具体的には、記録素子基板1の中央部と重なる冷媒流路4の第1の伝熱部27に設けられた伝熱促進体5の配設密度が、隣接する記録素子基板1の間の領域に重なる冷媒流路4の第2の伝熱部28に設けられた伝熱促進体5の配設密度よりも高い構成となっている。
【0036】
なお、冷媒流路4のうちの、記録素子基板1の長手方向に関する中央部と吐出口面25に垂直な方向に関して重なり、記録素子基板1側に配された部分を第1の伝熱部27と称している。また、冷媒流路4のうちの、記録素子基板1の長手方向に関して隣接する複数の記録素子基板1の間の領域と、吐出口面25に垂直な方向に関して重なり、記録素子基板1側に配された部分を、第2の伝熱部28と称している。
【0037】
上述の構成によって、第2の伝熱部28よりも第1の伝熱部27において冷媒への熱伝達がより促進される。これにより、記録素子基板1の端部よりも中央部からの放熱効果が促進され、記録素子基板1の長手方向に関する中央部と端部との温度差をより小さくすることが可能となる。
【0038】
また、本実施形態では、冷媒流路4の記録素子基板1側に配された、上述の第1の伝熱部27及び第2の伝熱部28以外の部分(第3の伝熱部)にも、その全域にわたって伝熱促進体5が設けられている。ヘッド100の温度を全体的に低くしたい場合は、本実施形態のように、冷媒流路4の全域に伝熱促進体5を設けることが望ましい。また、冷媒流路4を流れる冷媒は流れ方向に関して昇温されるので、ヘッド100の長手方向の温度差を小さくするためには、冷媒流路4の下流部よりも上流部の方が伝熱促進体5の配設密度が高くなるように、伝熱促進体5を設けることが好ましい。
【0039】
なお、本実施形態では、隣接する記録素子基板1の間以外で、ヘッド100の長手方向の端部に配された記録素子基板1の一端の近傍を冷媒流路4が通る部分がある。このように吐出口面25に垂直な方向に関して記録素子基板1の長手方向の端部の近傍と重なり、冷媒流路4の記録素子基板1側に配された部分では、第2の伝熱部28と同様に、第1の伝熱部27における伝熱促進体5の配設密度よりも低くすることが好ましい。これにより、記録素子基板1の端部よりも中央部からの放熱効果を促進させ、記録素子基板1の長手方向に関する中央部と端部との温度差を小さくすることが可能となる。
【0040】
(第二の実施形態)
図1(b)は、第二の実施形態のインクジェット記録ヘッド100を示す図であって、本実施形態は、図1(a)において、各記録素子基板1の長手方向の端部の近傍を通る冷媒流路4の部分から伝熱促進体5を除いた構成である。このように伝熱促進体5を配置することで、冷媒流路4の伝熱促進効果を高くしつつ、記録素子基板1の端部よりも中央部からの放熱効果を促進させ、記録素子基板1の長手方向に関する中央部と端部との温度差を小さくすることが可能となる。
【0041】
(第三の実施形態)
また、図1(c)は、第三の実施形態のインクジェット記録ヘッド100を示す図であって、本実施形態は、第1の伝熱部27のみに伝熱促進体5を設けた構成である。このように伝熱促進体5を配置することで、記録素子基板1の端部よりも中央部からの放熱効果を促進させ、記録素子基板1の長手方向に関する中央部と端部との温度差を小さくすることが可能となる。
【0042】
(第四の実施形態)
図1(d)は第四の実施形態のインクジェット記録ヘッド100を示す図である。図1(d)の部分拡大図である図4に示すように、冷媒流路4が屈曲している屈曲部では、冷媒が冷媒流路4を形成する壁に衝突するように流れる。このように、冷媒が冷媒流路4の壁に衝突することで、壁と冷媒との熱伝達が促進することが知られている。そのため、冷媒が衝突する衝突部17の近傍に配された記録素子基板1の一部が冷却されすぎてしまう恐れがある。
【0043】
具体的には、図4に示すように、冷媒流路4の屈曲部の冷媒の流れ方向に関する下流側の近傍の、屈曲部の外側部分の壁に、冷媒が衝突しやすい。したがって、本実施形態では、屈曲部の下流側近傍では、屈曲部の外側には伝熱促進体5を設けておらず、屈曲部の下流側近傍で、屈曲部の外側における伝熱促進体5の配設密度を、屈曲部の内側における伝熱促進体5の配設密度よりも小さい構成としている。これにより、衝突部17の近傍における冷媒の衝突による冷却効果が抑制されるため、記録素子基板1内の温度差が大きくなることを抑制することができる。また、上述で説明したように、記録素子基板1の端部では熱が逃げやすいため、特に、隣接する記録素子基板1の間の領域と重なる第2の伝熱部28において、屈曲部の外側と内側で伝熱促進体5の配設密度の差をつけることが望ましい。
【0044】
なお、上述の実施形態で「伝熱促進体5の配設密度」とは、単位面積あたりに形成されている伝熱促進体5の個数を表し、伝熱促進体5の寸法が小さいほどその配設密度は高く、また、伝熱促進体5同士の間隔が大きいほど低くなる。
【0045】
また、冷媒は一般的な熱冷媒を用いることができ、中でも比熱及び熱伝達効率が高く、外部環境に無害な水を使用することが好ましい。
【0046】
(インクジェット記録ヘッド及び記録素子基板の温度分布)
次に、図1(a)〜(d)及び図5に示したインクジェット記録ヘッド100を駆動する場合の具体的な動作、及びインクジェット記録ヘッド100と記録素子基板1の温度分布について説明する。
【0047】
図5に示すようにインクジェット記録ヘッド100において、インク流入口14にはインクタンク20と接続されたチューブが連結され、インク流出口15には負圧発生ポンプ19と接続されたチューブが連結される。インクタンク20は熱交換器(不図示)と連結されており、インクタンク20は、ヘッド100にインクを供給するとともに、ポンプ19を通って循環されたインクを冷却する機能を備える。また、インクカートリッジ22からフィルター23によって異物除去されたインクを、ポンプ21によってインクタンク20に移送することができ、記録によってヘッド100から吐出されるインクと同量のインクをインクタンク20に供給することができる。更に、インクタンク20は外気連通口を備えており、インク中の気泡を外部に排出する機能を備える。
【0048】
冷媒流入口12には冷媒ポンプ24と接続されたチューブが連結され、冷媒流出口13には冷媒熱交換器26と接続されたチューブが連結されている。
【0049】
吐出口10からインクが吐出されると、発熱素子8の余熱はインクや記録素子基板1本体に伝達され、その後、支持基板2に伝達される。そのため、インクジェット記録ヘッド100全体の温度が上昇する。ここで、負圧発生ポンプ19及び冷媒ポンプ24を作動させ、インクジェット記録ヘッド100内にインク体及び冷媒を循環させる。これにより、インクはヘッド100内の支持基板2及び記録素子基板1、冷媒は支持基板2からそれぞれ熱伝達され、ヘッド100を冷却する。
【0050】
インクは各記録素子基板1から熱を奪い、インク供給路3は上流から下流へ昇温しながら流れる。そのため、インク供給路3の下流側に配置された記録素子基板1ほどインクとの温度差が小さくなり、下流側に配置された記録素子基板1ほどインクへの放熱量が小さくなる。
【0051】
一方、記録素子基板1から支持基板2へと伝達された熱は、一部はインクへと伝達されるものの、その多くは冷媒に伝達されるため、インクと同様に、冷媒の温度も上昇しつつ下流へと流れていく。しかし、冷媒の流量をインクよりも大幅に大きくすることで、冷媒の昇温を抑制することができ、冷媒流路4の下流側に配置された記録素子基板1の温度が高くなることを防ぐことができる。また、冷媒は、支持基板2を介して記録素子基板1から熱が伝達される一方で、インクは記録素子基板1から直接熱が伝達される。したがって、ラインヘッド内では、インク供給路3の最上流に配された記録素子基板1はインク供給路3の最下流に配された記録素子基板よりも低い温度になりやすい。
【0052】
しかし、支持基板2に熱伝導率の高い材料を用い、図1(a)に示したように、インクの流れ方向とは逆に冷媒を流す構成の場合、インク供給路3の最下流に配された記録素子基板1では、複数の記録素子基板1のうちの最高温度と最低温度が現れる場合もある。これは、インク供給路3の最下流に配された記録素子基板1は、支持基板2に配された記録素子基板1のうちで、最も温度の低い冷媒に冷却されつつ、且つ最も温度の高いインクとも接するためである。
【0053】
また、上述したように、記録素子基板1内の温度分布は、熱の篭りやすい記録素子基板の中央部の温度が高く、熱の逃げやすい端部の温度が低い分布となる。特に、印字幅方向、すなわち記録素子基板1の長手方向の温度差が画像品質へ影響を及ぼしやすい。記録素子基板1の長手方向の温度分布は、中央部が高く端部が低くなり、両端部では、温度の低いインクが流入するインク供給路3の上流側の端部の方が、下流側端部よりも温度が低くなる。
【0054】
ここで、図7に上述の実施形態で示したインクジェット記録ヘッド100の、インク流れの最下流に配された記録素子基板1内の温度分布の概略図を示す。比較例は、図8に示すように冷媒流路4に伝熱促進体5を設けない構成である。比較例と比べると、第三の実施形態では記録素子基板1の中央部における温度及び端部における温度は低下する。記録素子基板1の中央部の方が、記録素子基板1の端部よりも、比較例と比べた際の温度低下量が大きいため、記録素子基板1内の温度差も、第三の実施形態の方が比較例よりも小さくなる。
【0055】
第二の実施形態では、第三の実施形態に比べて冷媒流路4中の伝熱促進体5の数が多いため、より記録素子基板1の冷却が促進される。第二の実施形態は、第三の実施形態と比べて記録素子基板1内の温度差はあまり変わらないものの、記録素子基板1の温度全体が低下するため、記録素子基板1の最高温度は低下する。第一の実施形態や第四の実施形態では、第二の実施形態よりも更に伝熱促進体5の数が多いため、記録素子基板1の最高温度は低下する。
【0056】
(実施例)
次に、上述の実施形態の効果について、実施例と比較例とを用いて説明する。
【0057】
実施例1としては、図1(c)に示したインクジェット記録ヘッド100を用い、実施例2としては、図1(d)に示したインクジェット記録ヘッド100を用い、実施例1、実施例2ともに表1に示した条件で数値解析シミュレーションを行った。また、比較例として、図8に示したインクジェット記録ヘッド100を用い、表1に示した条件で同様にシミュレーションを行った。比較例は、冷媒流路4に伝熱促進体5を設けない構成である。
【0058】
【表1】

【0059】
なお、シミュレーションにおいては、インクジェット記録ヘッド100に搭載される記録素子基板1の数を9個とし、支持基板2の材質は炭化ケイ素(SiC)とした。また、伝熱促進体5として用いた凹部の形状は、図2で示したものとは異なり、寸法が500×500×500μmの立方体状とした。また、冷媒流路4の第1の伝熱部27における伝熱促進体5の配設密度を0.31(個/mm)とし、実施例2では、冷媒流路4の第2の伝熱部28における伝熱促進体5の配設密度を0.09(個/mm)とした。実施例1、実施例2、比較例の、シミュレーションの計算結果を表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
表2では、記録素子基板1内の温度差として、インク供給路3の最下流に配された記録素子基板1内の温度差を記している。上述したように、支持基板2に配された複数の記録素子基板1のうち、インク供給路3の最下流に配された記録素子基板1では、記録素子基板1内の温度差が大きくなりやすく、画像品質の低減に関する課題も生じやすいため、例として取り上げている。
【0062】
表2に示したように、実施例1では、比較例と比較してヘッド内の最高温度を0.5℃、記録素子基板1内の温度差を0.6℃低下させるという結果を得た。また、実施例2では、比較例と比較して最高温度を2.3℃、ヘッド内の温度差及び記録素子基板内の温度差を2.2℃低下させるという結果を得た。
【0063】
これらの結果は、第1の伝熱部27における伝熱促進体5の配設密度を、第2の伝熱部28における伝熱促進体5の配設密度よりも高くすることで、記録素子基板1内の温度差を小さくできることを示している。同様に、第1の伝熱部27に伝熱促進体5を配設し、第2の伝熱部28に伝熱促進体5を配設しないことで、記録素子基板1内の温度差を小さくできることを示している。
【0064】
なお、実施例2では実施例1よりもヘッド内の最高温度が小さく、かつ記録素子基板1内の温度差も小さくなっている。これは、実施例2では第2の伝熱部28を含む、第1の伝熱部27以外の部分にも伝熱促進体5を設けたため、冷媒流路4全体での熱伝達係数が実施例1よりも大きくなり、ヘッド内の最高温度が低くなったためである。また、実施例2では実施例1よりも低温のインクが記録素子基板1に流入するため、記録素子基板1の温度の上昇が更に抑制され、結果として記録素子基板1内の温度差が、実施例1よりも小さくなっている。
【0065】
以上、説明したように、本発明に係るインクジェット記録ヘッド100は、高速印字時など記録素子基板1からの発熱量が大きい場合にも、記録素子基板1内の長手方向の温度差を小さくすることができる。また、ヘッド100の最高温度を低くすることができ、また、ヘッド100内の長手方向の温度差を小さくすることができるので、安定した画像品質を得ることができる。
【符号の説明】
【0066】
1 記録素子基板
2 支持基板
3 インク供給路
4 冷媒流路
5 伝熱促進体
8 発熱素子
10 吐出口
25 吐出口面
27 第1の伝熱部
28 第2の伝熱部
100 インクジェット記録ヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを吐出する複数の吐出口が設けられた吐出口面と、前記複数の吐出口からインクを吐出するためのエネルギーを発生する複数のエネルギー発生素子と、を備えた複数の素子基板と、
前記吐出口面の裏面側に配された、前記複数の素子基板を冷却するための冷却液を流す冷却流路であって、前記複数のエネルギー発生素子の配設方向に関する前記素子基板の中央部と、前記吐出口面に垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第1の伝熱部と、前記配設方向に関して隣接する前記複数の素子基板の間の領域と、前記垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第2の伝熱部と、を備えた前記冷却流路と、
を有するインクジェット記録ヘッドであって、
前記第1の伝熱部には、前記冷却流路を形成する壁の前記素子基板側の面に対して凹んだ凹部、または前記素子基板側の面に対して突出した凸部が設けられており、前記第2の伝熱部には前記凹部または前記凸部が設けられていないことを特徴とするインクジェット記録ヘッド。
【請求項2】
インクを吐出する複数の吐出口が設けられた吐出口面と、前記複数の吐出口からインクを吐出するためのエネルギーを発生する複数のエネルギー発生素子と、を備えた複数の素子基板と、
前記吐出口面の裏面側に配された、前記複数の素子基板を冷却するための冷却液を流す冷却流路であって、前記複数のエネルギー発生素子の配設方向に関する前記素子基板の中央部と、前記吐出口面に垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第1の伝熱部と、前記配設方向に関して隣接する前記複数の素子基板の間の領域と、前記垂直な方向に関して重なり、前記素子基板側に配された第2の伝熱部と、を備えた前記冷却流路と、
を有するインクジェット記録ヘッドであって、
前記第1の伝熱部及び前記第2の伝熱部には、前記冷却流路を形成する壁の前記素子基板側の面に対して凹んだ凹部、または前記素子基板側の面に対して突出した凸部が設けられており、前記第1の伝熱部に設けられた前記凹部または前記凸部の配設密度は、前記第2の伝熱部に設けられた前記凹部または前記凸部の配設密度よりも高いことを特徴とするインクジェット記録ヘッド。
【請求項3】
前記冷却流路は屈曲部を備えており、
前記屈曲部の冷却液の流れ方向に関する下流側の近傍に配された、前記第2の伝熱部のうちの、前記屈曲部の外側における前記凹部または前記凸部の配設密度は、前記屈曲部の内側における前記凹部または前記凸部の配設密度より低いことを特徴とする請求項2に記載のインクジェット記録ヘッド。
【請求項4】
前記複数の素子基板は、前記配設方向に沿って千鳥状に配設されており、
前記冷却流路は、前記配設方向に沿って延びる一つの流路であり、前記垂直な方向に関して、前記冷却流路は前記中央部で前記素子基板と交差し、前記隣接する複数の素子基板の間の領域を通ることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のインクジェット記録ヘッド。
【請求項5】
前記複数の素子基板に前記配設方向の順にインクを供給するインク供給路を有し、
前記垂直な方向に関して、冷却液が前記中央部で前記順とは反対の順に前記複数の素子基板と交差するように、前記冷却流路に冷却液が流れることを特徴とする請求項4に記載のインクジェット記録ヘッド。
【請求項6】
前記冷却流路の前記素子基板側に配された部分のうちの、前記第1の伝熱部及び前記第2の伝熱部以外の第3の伝熱部にも、前記凹部または前記凸部が設けられていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のインクジェット記録ヘッド。
【請求項7】
前記第3の伝熱部のうちの、前記冷却流路の冷却液の流れ方向の上流部における前記凹部または前記凸部の配設密度は、前記第3の伝熱部のうちの、前記流れ方向の下流部における前記凹部または前記凸部の配設密度より低いことを特徴とする請求項6に記載のインクジェット記録ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−14073(P2013−14073A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−148374(P2011−148374)
【出願日】平成23年7月4日(2011.7.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】