説明

インクセット、インクジェット記録方法、及び画像

【課題】構成するインクが吐出安定性や保存安定性を満足し、さらに、形成した顔料インク画像の品質を、屋外展示にも耐え得る高いレベルでの耐擦過性を満足したものとできるインクセットの提供。より詳しくは、画像を爪などの鋭利なもので軽く触れた場合や、指で強く擦った場合においても、顔料が削れ落ちることのないレベルの高い耐擦過性を有する顔料インク画像の形成を可能とする、顔料インクとともに用いる第2のインクの提供。
【解決手段】複数のインクで構成されるインクセットであって、前記複数のインクに、顔料に対してのスルホン酸基の量が150μmol/g以上である顔料分散体を含有し、かつ、pH値が7.0以下である第1のインクと、カルボキシ基と架橋性基とを有する樹脂のエマルションを含有してなる第2のインクと、が含まれるインクセット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクセット、インクジェット記録方法、及び画像に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット記録に用いるインクの色材として顔料を用いた、水性の顔料インクの開発が進められている。顔料インクにおいては、水性媒体中に顔料を分散させるための何らかの手段を講じる必要があり、種々の樹脂分散剤が広く用いられている。また、顔料インクで形成した画像は、染料インクで形成した画像と比較して、耐候性に優れるものの、耐擦過性が低いという課題がある。この課題に対しては、後述するように、インク中に含有させる水溶性樹脂やエマルションなどの水分散性樹脂を工夫する提案がなされている(特許文献1〜4参照)。
【0003】
しかしながら、ポスター、パネル、サイン、ポップ広告などの屋外に展示される画像(以下、「屋外展示画像」という場合がある)には、より高度な耐擦過性が求められる。すなわち、屋外展示画像に求められる耐擦過性は、従来の記録物に求められていた、指などで画像を軽く擦った際に顔料が削れ落ちない程度の耐擦過性レベルでは全く足りず、不十分である。特にサイン分野においては、塩化ビニル製のメディアに形成した画像を掲示サイズに応じて裁断する際や、ラミネートする際、また掲示する際において、画像表面を何度も強く擦る操作は通常起こりうることであり、高いレベルの耐擦過性が要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−269374号公報
【特許文献2】特開2000−109733号公報
【特許文献3】特開2002−265831号公報
【特許文献4】特開2004−114692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまでにも、顔料インクで形成した画像の耐擦過性は課題となっており、かかる課題を解決するために様々な方法が提案されている。しかし、その多くが、オフィスやホーム用途として用いられる小型のインクジェット記録装置用を対象として検討が行われているため、従来の技術を用いるだけでは、指で記録媒体に軽く触れて傷がつかない程度の耐擦過性の画像を得るのが精一杯であった。つまり、顔料インクで形成した画像の耐擦過性においては、特に屋外展示画像用において要求されている高いレベルまで、十分に至っておらず、今もなお、課題を解決することはできていない。
【0006】
このような課題に対して、顔料インクで形成した画像の耐擦過性を向上するために、画像を構成する顔料が記録媒体により強固に固定されるように、インク中に、分散剤などの樹脂を多く含有させることが考えられる。しかし、インクに樹脂を過度に添加した場合には、インク中における顔料の分散安定性や、インクの保存安定性や吐出安定性がかえって低下するなど、別の問題が発生することが考えられる。また、架橋性基を含む樹脂をエマルションの形態で添加したインクについて提案されているが、これらによっても、高いレベルでの耐擦過性を満足させるものではなかった。
【0007】
したがって、本発明の目的は、インクセットを構成するインクが吐出安定性や保存安定性を満足し、さらに、形成した顔料インク画像を、屋外展示にも耐え得る高いレベルでの耐擦過性を満足したものとできるインクセットを提供することにある。また、本発明の別の目的は、上記のレベルの高い耐擦過性を有する優れた画像を安定して得ることができるインクジェット記録方法、及びレベルの高い耐擦過性を有する画像を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、複数のインクで構成されるインクセットであって、前記複数のインクに、顔料に対してのスルホン酸基の量が150μmol/g以上である顔料分散体を含有し、かつ、pH値が7.0以下である第1のインクと、カルボキシ基と架橋性基とを有する樹脂のエマルションを含有してなる第2のインクと、が含まれることを特徴とするインクセットを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、インクセットを構成するインクが吐出安定性や保存安定性を満足し、しかも、形成した顔料インク画像の品質を、屋外展示にも耐え得る高いレベルでの耐擦過性を満足したものとできるインクセットが提供される。より詳しくは、画像を爪などの鋭利なもので軽く触れた場合や、指で強く擦った場合においても、顔料が削れ落ちることのないレベルの高い耐擦過性を有する顔料インク画像の形成を可能とするインクセットが提供される。また、本発明によれば、上記のレベルの高い耐擦過性を有する優れた画像を安定して得ることができるインクジェット記録方法、及びレベルの高い耐擦過性を有する画像が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明者らは、先ず、本発明が目的とする顔料インクで形成した画像の耐擦過性のレベルとして、画像を指で軽く擦った場合は勿論、指で強く何度も擦る場合においても、顔料が削れ落ちることがないという、従来よりも高い基準を設定した。この基準を満足する画像であれば、屋外展示画像の用途においても十分なレベルの耐擦過性が実現できる。そこで、本発明者らは、顔料インクで形成した画像が、上記で述べた高いレベルの耐擦過性を満足するものとするために、顔料と樹脂とを含有するインクの検討を行った。
【0011】
その結果、顔料と樹脂成分とを共に含有するインクとした場合では、下記に述べるように、特にインクジェット用インクとしての課題があることがわかった。すなわち、耐擦過性を向上させるために樹脂を多く添加させようとすると、インク粘度の上昇や、顔料と樹脂成分との何らかの相互作用などにともなうインク挙動の不安定化の可能性があった。このような理由から、インクジェット用インクとしての問題が生じやすく、顔料や樹脂の設計の制約がおのずと大きくなり、本発明が目的とする高いレベルでの耐擦過性を有する画像の達成は困難となることがわかった。これに対し、両成分をそれぞれに分離した、顔料を含む第1のインクと、樹脂成分を含む第2のインクの2種のインクをセットとして用いれば、画像を形成した場合に、目的とする画像性能が得られやすく、しかも、インク設計上の利点も多いことがわかった。
【0012】
本発明者らは、上記した知見に基づき、形成画像の耐擦過性の向上を目指して、第2のインクに添加する樹脂についての詳細な検討を行った。画像における耐擦過性の発現は、樹脂を形成する高分子鎖の疎水部同士の相互作用に基づく機械的強度によるものと考えられ、分子鎖間の相互作用が強いものを用いた場合に、画像の耐擦過性がよい傾向があった。そのためには、分子鎖が長い樹脂、すなわち高分子量の樹脂を用いることが重要になる。しかし、樹脂を高分子量化するほど、該樹脂を水性化した場合にインクが増粘する傾向があり、インクジェット用インクとして使用した場合には、インクジェット適性への弊害が懸念される。この問題に対し、増粘を抑制するためには、樹脂の高分子鎖と水性媒体との接触面積を抑えることが有効であり、このことから、樹脂成分をエマルションの形態とすることで低粘度化を図ることができる。
【0013】
しかし、本発明者らの検討によれば、単に、樹脂成分をエマルションの形態で顔料インクに添加したとしても、前記したのと同様に、かかる構成だけでは本発明の所期の目的を十分に解決できないことがわかった。そこで、本発明者らは、顔料を含有する第1のインクと、樹脂をエマルションの形態で含有する第2のインクとをセットとして構成したインクセットを用いて、詳細な検討を行った。
【0014】
その過程で、本発明者らは、樹脂を構成する高分子鎖間の相互作用を強めるためには、高分子鎖の物理的な相互作用ではなく、高分子鎖間を直接的に化学結合させることが有効であり、これによって、より一層相互作用を強めることができることを見出した。すなわち、エマルションを構成する樹脂の構造中に架橋性基を導入し、画像の形成時にこの架橋性基が反応することで、分子鎖間に強固な相互作用が形成され、高いレベルの耐擦過性を有する画像を得ることができるという知見を得た。さらに、上記構成に加えて、上記した架橋性基の架橋反応を促進させる触媒として作用する成分が画像形成の際に生じ、架橋性基に接触するようにインクセットを構成することで、より効率よく架橋反応させることが可能になるという知見を得た。そして、このような樹脂をエマルションの形態で含有する第2のインクと、顔料を含有するインクとを併用し、これら2種類のインクが記録媒体上で混合されるようにして、上記架橋性基を効率よく反応させることが有効であるとの知見を得た。このようにすれば、記録媒体上で架橋性基が効果的に反応し、強固な膜を得ることができ、結果として、高いレベルの耐擦過性を満足した画像の形成が可能になる。
【0015】
さらには、本発明者らは、この架橋反応が起こる際、すなわち第1のインクと第2のインクとが記録媒体に付与された際にはじめて触媒が効果的に生じ、作用する環境とすることが重要であるとの知見を得た。具体的には、第1のインクの色材に、顔料に対して特定量のスルホン酸基を有する顔料分散体を用い、これと併用する第2のインクの構成を、スルホン酸のpKaよりも大きいpKaを持つカルボン酸基を有するものとしたことにある。スルホン酸のpKaは小さいのでpH値が7.0以下で比較的弱い酸性側であれば、スルホン酸の多くは解離してアニオン性となるので、pH7.0以下であっても顔料は水性媒体中に安定に存在できる。したがって、インクジェット用インクにおける分散安定性を満足し得る。一方、カルボン酸は、スルホン酸のpKaよりも大きいので、pH7.0以下の酸性状態にあると、その多くは非解離の状態、すなわち酸の状態で存在することになる。したがって、これらの官能基のpKa差を利用すれば、2つインクを混合した際に、第2のインクのカルボン酸塩を酸型とすることができ、混合物中に酸触媒を存在させることができる。すなわち、第2のインクに用いる樹脂の構造に架橋性基とともにカルボキシ基も導入し、該樹脂がpH値7.0以下の第1のインクと混合されると、樹脂が有するカルボキシ基の多くが非解離の状態、すなわち酸の状態となって酸触媒として機能する。
【0016】
上記第1のインクと第2のインクとを含む本発明のインクセットによって形成した画像が、高い耐擦過性を有する理由は、以下のように考えられる。すなわち、第2のインクでは、樹脂エマルションに分散安定性を付与するため、樹脂に導入されたカルボキシ基は、カリウムやナトリウムなどの塩の形で存在する。このため、第2のインク中には、樹脂に導入した架橋性基の架橋反応の触媒となる酸はほとんど存在せず、この状態では架橋反応は効率よく起こらない。しかし、第1のインク中にスルホン酸基を有する顔料を用い、pH値を7.0以下の酸性状態にすることで、この酸性状態にある第1のインクと、第2のインクが記録媒体に付与され、それらが接触、混合した際には、pHを中性〜酸性側とすることができる。この際に、上記の理由から第2のインク中の、塩の形で存在していたカルボキシ基は、非解離の状態、すなわち、酸触媒として機能し得る酸の状態となる。しかも、酸触媒として作用するこのカルボキシ基は、樹脂に導入されているので、同じく樹脂に導入された架橋性基に対する触媒効果はより高くなる。その結果、架橋反応が効率よく生じることとなり、物理的相互作用だけでなく、高次の化学的な結合による相互作用が形成され、記録物の機械的強度を高めることができ、極めてレベルの高い耐擦過性を達成することができる。
【0017】
[インクセット]
本発明のインクセットは、複数のインクで構成され、前記複数のインクに、少なくとも、上記で説明した第1のインク及び第2のインクが含まれる。勿論、本発明のインクセットは、第1のインクや第2のインクの要件を満足するインクが複数種含まれていてもよく、さらにそれ以外のインクが含まれていてもよい。以下に、本発明を特徴づける、第1のインク及び第2のインクについて、より具体的に説明する。
【0018】
[第1のインク]
本発明を構成する第1のインク(以下、「第1インク」という)は、分散剤を用いて分散することができる顔料(以下、樹脂分散顔料という)、或いは、分散剤を用いなくとも分散できる顔料(以下、自己分散顔料という)の少なくともいずれかを含む。また、インクを調製する際に用いる、これらの顔料を含む顔料分散体は、顔料に対してのスルホン酸基の量が150μmol/g以上であることを要し、かつ、第1のインクのpH値は7.0以下である。以下、第1のインクの構成成分について説明する。
【0019】
<顔料>
本発明に用いる顔料としては、具体的には、例えば、炭酸カルシウム、酸化チタンなどの無機顔料、フタロシアニン、キナクドリンなどの有機顔料、カーボンブラックなどが挙げられる。インク中における顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.1質量%以上15.0質量%以下、さらには0.2質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の第1インクがブラックインクの場合、顔料としては、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラックなどのカーボンブラックを用いることが好ましい。具体的には、例えば、以下に挙げる市販品などを用いることができる。
コロンビア製のレイヴァンシリーズ、キャボット製のブラックパールズLやリーガルシリーズ、デグッサ製のカラーブラックシリーズやプリンテックスシリーズ、三菱化学製のNo.25、No.33、No.40、No.47、No.52、No.900、No.2300、MCF−88、MA600、MA7、MA8、MA100などが挙げられる。
【0021】
また、新たに調製したカーボンブラックを用いることもできる。勿論、本発明はこれらに限定されるものではなく、従来のカーボンブラックをいずれも用いることができる。また、カーボンブラックに限定されず、マグネタイト、フェライトなどの磁性体微粒子や、チタンブラックなどをブラックインクの顔料として用いることができる。
【0022】
また、本発明の第1インクがカラーインクの場合、顔料としては、水不溶性アゾ顔料、水溶性アゾ顔料、建染染料からの誘導体、フタロシアニン系顔料、キナクリドン系顔料、ペリレン系顔料、イソインドリノン系顔料、イミダゾロン系顔料、ピランスロン系顔料、インジゴ系顔料、縮合アゾ系顔料、チオインジゴ系顔料、ジケトピロロピロール系顔料が挙げられる。また、フラバンスロンイエロー、アシルアミドイエロー、キノフタロンイエロー、ニッケルアゾイエロー、銅アゾメチンイエロー、ペリノンオレンジ、アンスロンオレンジ、ジアンスラキノニルレッド、ジオキサジンバイオレットなどが挙げられる。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0023】
<分散剤>
本発明の第1インクに用いることのできる分散剤としては、界面活性剤や樹脂分散剤を挙げることができるが、これらはいずれもスルホン酸基を有している必要がある。一般的に界面活性剤は分子量が小さいため、先に述べたように分子鎖間の相互作用を低下させる場合がある。したがって、スルホン酸を有する樹脂分散剤を用いることが好ましい。
【0024】
スルホン酸基を有する界面活性剤としては、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸塩ホルマリン縮合物、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸塩などが挙げられる。
【0025】
樹脂分散剤としては、スルホン酸基を有する樹脂であれば特に限定されない。例えば、アクリル樹脂、エステル樹脂、ウレタン樹脂などが挙げられる。分子設計の容易さから、一般にアクリル樹脂が用いられる。
【0026】
樹脂分散剤の分子量としては、重量平均分子量で、2,000以上30,000以下のものが用いられる。2,000より小さい場合には、顔料分散体とした場合に、分散安定性が乏かったり、耐擦過性が低下する場合があるので好ましくない。一方、30,000より大きい場合には、該分散剤で顔料を分散してなる顔料分散体を用いた場合、インクの粘度が高くなる傾向にあるため、吐出不良が生じるなどインクジェット適性が低下するおそれがあるため。好ましくない。
【0027】
樹脂分散剤を構成するモノマーとしては、少なくともスルホン酸基を有するモノマーを含めば特に限定されない。スルホン酸基を有するモノマーとしては、例えば、スチレンスルホン酸、メタクリルスルホン酸、アリルスルホン酸、ビニルスルホン酸、イソプレンスルホン酸や、その誘導体などが挙げられる。また、該分散剤の樹脂形態は、ブロック共重合体、ランダム共重合体、グラフト共重合体、又はこれらの塩などが挙げられる。これらの樹脂は、塩基を溶解した水溶液に可溶であり、アルカリ可溶型樹脂である。
【0028】
顔料を顔料分散体とする場合の分散方法としては特に限定されず、一般的に、ビーズミル、高圧ホモジナイザー、ロールミルなどにより分散される。この際、顔料に対する分散剤の使用量は、通常は、顔料に対する質量比で、0.1以上2.0以下の範囲とすることが好ましい。0.1未満の場合には、分散安定性に劣る場合がある。また、2.0を超える場合には、顔料分散体の粘度が高くなることがあり、これを用いたインクも粘度が高くなる傾向があるため、好ましくない。
【0029】
本発明の第1インクに用いる顔料は、樹脂分散型のものよりも自己分散型の顔料が好適である。本発明でいう自己分散型の顔料とは、顔料粒子の表面に親水性基を導入し、分散剤を用いることなく分散可能な自己分散顔料や、或いは、顔料粒子の表面に高分子を含む有機基が化学的に結合している顔料(樹脂結合型自己分散顔料)である。自己分散型顔料の場合には、後述するエマルションの架橋基と顔料が化学的に結合することとなるので、樹脂分散剤による顔料分散体よりも強固な膜が形成され、より優れたレベルの耐擦過性が達成されるので好ましい。
【0030】
先に述べたように、顔料分散体における、顔料に対してのスルホン酸基の量は、150μmol/g以上である必要がある。150μmol/g未満である場合には、顔料の分散安定性が低下して、インクとした場合に、粒径が増加したり、吐出不良が生じる。
【0031】
また、前記第1インク中のスルホン酸基は、後述する第2インク中に存在するカルボキシ基に対して、モル比で0.20以上であることが好ましい。0.20未満である場合には、画像形成の際に、2つのインクを混合した場合に、カルボキシ基由来の塩から生成される酸が不足し、架橋性基の反応性が不十分である場合があるので好ましくない。
【0032】
本発明でいう「顔料に対してのスルホン酸基の量」とは、顔料樹脂分散体においては、顔料表面に吸着した分散剤に由来するスルホン酸基の量であり、顔料表面に未吸着の分散樹脂成分に由来するスルホン酸基は含めない。なお、分散樹脂の顔料表面への吸着・未吸着は、顔料樹脂分散体を遠心分離することによって判断できる。遠心分離操作により、顔料とともに沈降した樹脂成分は顔料表面に吸着した分散剤であり、上澄み液に存在する樹脂成分は顔料表面に存在しない遊離樹脂として判断できる。自己分散型顔料にあっては、顔料粒子表面に結合しているスルホン酸基の量であり、上記と同様の方法で判断できる。
【0033】
顔料と分散剤を含む沈降分は、熱量計測定装置(TGA)などを用いることによって、顔料分と分散剤成分とをそれぞれ算出することができる。またスルホン酸基の量は、発光分光分析(ICP)などにより硫黄分の定量を行ったり、滴定などにより酸成分を定量することで求めることができる。
【0034】
第1インクのpH値は7.0以下であることを要する。先述したように、7.0よりもアルカリ側の場合には、第2のインクとの混合時における酸触媒の生成が低下するので架橋反応が生じにくくなる。より好ましくは、6.5以下である。また、インクのpH値があまり低すぎると、インクジェット記録装置を構成する部材などを傷める場合もあるため、第1インクのpHは3.0以上であることが好ましい。
【0035】
<水性媒体>
本発明の第1インクには、水、又は水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を用いることができる。第1インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。
【0036】
水溶性有機溶剤は、以下に挙げる一般的な水溶性有機溶剤を1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。例えば、炭素数1乃至4のアルキルアルコール類、アミド類、エーテル類、ポリアルキレングリコール類、アルキレン基の炭素数2乃至6のアルキレングリコール類、アルキルエーテルアセテート、グリセリン、多価アルコールのアルキルエーテル類が挙げられる。また、N−メチル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどを用いてもよい。
【0037】
水は、脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。
【0038】
<その他の成分>
本発明の第1インクは、上記した成分の他に、尿素、尿素誘導体、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの常温で固体の水溶性有機化合物を含有してもよい。インク中のこのような水溶性有機化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上20.0質量%以下、さらには3.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0039】
さらに、本発明で使用するインクを調製する場合には、所望の物性値を有するインクとするために、必要に応じて、その他の界面活性剤、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤などの種々の添加剤を含有させてもよい。特に、前記界面活性剤には、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、及び両性界面活性剤などの界面活性剤を用いることができる。具体的には、ポリオキシエチレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンアルキルフェノール類、アセチレングリコール化合物類、アセチレングリコールエチレンオキサイド付加物類、フッ素系界面活性剤などを用いることができる。
【0040】
[第2のインク]
本発明の第2インク(以下、単に「第2インク」という)は、カルボキシ基と架橋性基とを有する樹脂のエマルションを含有する。第2インクは染料や顔料などの色材を含有せず、無色のインクであることが好ましい。以下、第1インクと異なる構成を中心に、第2インクを構成する各成分について説明する。すなわち、第2インクに使用する水性媒体の構成、添加剤などは、第1インクに使用できる成分として説明したものと同様のものを、同様の含有量の範囲として使用することができる。
【0041】
<樹脂エマルション>
本発明で使用する樹脂エマルションとしては、少なくとも架橋性基とカルボキシ基を有していればよくアクリル系樹脂エマルション、塩化ビニル系樹脂エマルション、酢酸ビニル系樹脂エマルション、エポキシ系樹脂エマルションなどを用いることができる。なかでも、分子設計の容易さから、アクリル系樹脂エマルションがよく用いられる。本発明でいう架橋性基とは、化学反応により分子鎖間を化学的に結合しうる官能基をいう。
【0042】
アクリル系樹脂エマルションを構成するモノマーとしては、少なくともカルボキシ基を有するモノマー、架橋性基を有するモノマーから形成される。カルボキシ基を有するモノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、これらの無水物などが挙げられる。
【0043】
また、架橋性基としては、その構造がエポキシ構造またはオキサゾリン構造であることが好ましい。樹脂エマルションの合成の際に使用する架橋性基を有するモノマーとしては、以下に挙げるようなものが好ましい。例えば、メタクリル酸グリシジル、アクリル酸グリシジル、4−ヒドロキシブチルアクリレートグリシジルエーテル、2−ビニル−2−オキサゾリン、2−ビニル−4−オキサゾリンなどのオキサゾリン含有モノマー、オキセタン化合物などが使用できる。
【0044】
その他、アクリル系樹脂エマルションの骨格となるモノマーとして、(メタ)アクリル酸アルキルエステル類を用いてよい。例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸ヘキシル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸n−オクチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸n−プロピル、メタクリル酸ヘキシル、メタクリル酸2−エチルヘキシル、メタクリル酸n−オクチル、メタクリル酸n−ベンジルなどが挙げられる。また、これらのモノマーと共に、スチレン、o−メチルスチレンなどの芳香族類、アクリル酸エトキシブチルなどのアルコキシアルキルエステル類などのモノマーを用いてもよい。
【0045】
これらのモノマーを重合して樹脂エマルションを製造する方法としては、特に限定されない。通常は、乳化剤中で、上記のモノマー、重合開始剤を滴下し重合して得る方法、樹脂水溶液や樹脂水懸濁液を撹拌するなどによる乳化方法などによって得られる。なお、先に挙げた架橋性基は比較的疎水性であり、乳化重合中はミセル内部に存在するので、乳化重合中には、架橋性基の反応はほとんど生じない。
【0046】
乳化重合の際に用いる乳化剤としては、下記のものが挙げられる。例えば、ポリオキシエチレンアルキルエステル類、ポリオキシエチレンソルビタンアルキルエステル類などのノニオン性乳化剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテルカルボン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩、水溶性のアクリル樹脂のようなポリカルボン酸塩などのカルボン酸型、アルキルベンゼンスルホン酸塩などのスルホン酸型、アルコール硫酸エステル塩類、アルキルアリルスルホン酸塩類などのアニオン性乳化剤などである。これらの中でも、記録時において第1インクとの接触による酸触媒の生成を効果的に行うためには、ノニオン性界面活性剤又はカルボン酸型の界面活性剤を用いることが好ましい。
【0047】
上記樹脂エマルションを構成する樹脂のガラス転移温度としては、40℃以上であることが好ましい。40℃未満である場合には、室温付近において記録物表面が軟化したり、タック性を示して、耐擦過性が低下する傾向があるため好ましくない。ガラス転移温度の上限は特に限定されないが、通常は100℃以下である。
【0048】
上記樹脂エマルションを構成する樹脂の酸価は20mgKOH/g以上であればよく、好ましくは20mgKOH/g以上80mgKOH/g以下の範囲である。20mgKOH/g未満である場合には、樹脂に存在する架橋性基の近傍の酸成分が少なくなるため、架橋反応が起こりづらくなったり、分散安定性が低下して粗大粒子が生じるなど好ましくない。酸価が80mgKOH/gを超えると、樹脂の溶解性が高まり、エマルションの形態となりずらくなるので、樹脂内部で一部架橋させるといった工夫が必要となる。樹脂の一部が溶解すると、分子量が大きいため、インク粘度が上昇し、吐出速度が低下するなどが懸念される。
【0049】
上記樹脂エマルションを構成する樹脂の分子量としては、重量平均分子量で50,000以上であることが好ましい。50,000未満である場合には、高分子鎖間の相互作用が十分に得られず、耐擦過性が不十分であることがあるので好ましくない。分子量の上限は特に限定されないが、合成の容易さから100万以下のものが通常用いられる。エマルションの粒径としては、経時でのエマルションの沈降の観点から平均粒径500nm以下であることが好ましい。
【0050】
第2のインク中の樹脂エマルションを構成する樹脂の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、2.0質量%以上であることが好ましい。また、インク処方により異なるが、含有量の上限は、15.0質量%以下であることが好ましい。
【0051】
[インクジェット記録方法]
本発明のインクセットは、インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行う工程を有するインクジェット記録方法に適用することが特に好ましい。そして、前記記録媒体において、インクセットを構成する第1のインク及び第2のインクが、好ましくは液体の状態で、互いに接触、混合するように各インクを記録媒体に付与する。特に、本発明のインクセットは、熱エネルギーを利用したインクジェット記録方法に特に好ましく適用することができる。詳しくは、該インクジェット記録方法において、第2のインクに含有される樹脂エマルションを構成する樹脂のガラス転移温度以上となるように画像を加熱する工程を有していることが好ましい。
【0052】
[記録媒体]
本発明で用いられる記録媒体としては、紙などインクの吸収性を有する記録媒体を用いることができる。また、ポリ塩化ビニール、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレンなどのプラスチックシート、アルミニウム、鉄などの金属素材などインクの吸収性を有さない記録媒体も用いることができる。もちろん、インクの吸収性を有さない基材にインク吸収層を設けた記録媒体も用いることもできる。本発明のインクセットを構成するインクによって、インクジェット方式で記録媒体に形成された画像は、高い耐擦過性を有するものとなる。
【実施例】
【0053】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、以下の記載において、特に断りのない限り、「部」又は「%」とあるのは質量基準である。また、樹脂の共重合比の数値は全て質量比である。
【0054】
<樹脂エマルションの合成>
過硫酸カリウムを0.2部、水を100部、オクチルフェノールポリエチレンエーテルを5部加え、撹拌を開始し、70℃に加熱した。これに、下記表1の上段に示した各アクリル酸を含むモノマー(単位:部)を滴下し、その後、70℃に保ったまま、さらに3時間撹拌を続け、乳化重合をそれぞれに行った。反応終了後、重合に用いたアクリル酸と当量の水酸化カリウムを加えて、中和した後、メッシュにて粗大粒子を除去し、各樹脂がそれぞれ水に乳化された状態のアクリル系樹脂エマルションを得た。そして、得られた各エマルションを乾燥させ、乾燥残分から分散液中の固形分含有量を求めた。イオン交換水を添加して、固形分(各樹脂)の含有量が30.0%になるように調整し、カルボキシ基と架橋性基を有する各樹脂が水に乳化された状態のエマルション1〜7を得た。
【0055】
各物性は、それぞれ下記のようにして測定した。乾燥残分の熱示差走査熱量測定を行い、エマルション1〜7を構成している各樹脂のガラス転移温度を測定した。また、各エマルションに塩酸水溶液を酸性になるまで添加した後、遠心分離処理を行って酸析した沈降分をさらに減圧乾燥させて、酸価測定用の樹脂サンプルとした。このサンプルを精秤した後、テトラヒドロフランに溶解し、濃度既知の水酸化カリウム水溶液を用いて中和滴定を行って各樹脂の酸価を求めた。下記表1の下段にエマルション1〜7を構成する各樹脂の物性を示した。
【0056】

【0057】
<顔料分散体の調製>
表2の上段に示した特性を有する各樹脂分散剤を、1当量の水酸化カリウムで中和した20.0%の樹脂水溶液、カーボンブラック、及び水を、表2の中段に示す割合で混合し、混合物を得た。次に、ガラスビーズを用いて、この混合物をペイントシェーカーでよく分散して、樹脂分散顔料を含む顔料1gに対してのスルホン酸基の量(μmol)が異なる顔料分散体1〜5をそれぞれ調製した。
【0058】
また、比表面積230m2/g、DBP吸油量70mL/100gのカーボンブラックを10g、p−アミノ−N−スルホン酸を0.7g、及び水を72g混合し、これに硝酸を1.6g滴下して温度70℃で撹拌した。その後、さらに硝酸を1.1g加え、1時間撹拌した。得られたスラリーをろ過し、顔料粒子を水洗し、温度90℃のオーブンで乾燥させた。この顔料に水及び水酸化カリウムを加えて、pH9に調整することで、顔料表面にスルホン酸基が結合されてなる自己分散顔料を含む顔料分散体6を得た。
【0059】
上記で得られた各顔料分散体に対して遠心分離処理を行って得られた沈降分を分取した後、再分散した。これを測定サンプルとして用い、ICP発光分析を行うことで硫黄成分を定量し、硫黄量から顔料表面のスルホン酸量を定量した。下記表2の下段に各顔料分散体の特性を示す。
【0060】

【0061】
[実施例1〜11、比較例1〜3]
<各インクの調製及びインクセットの構成>
(第1のインク)
第1のインクは、顔料の含有量が2.0%になるように下記の組成を混合し、さらに、水酸化カリウム水溶液を用いて、下記表3に示すpHに調整した後、ろ過を行って、それぞれ調製した。
・各顔料分散体 13.3%
・2−ピロリドン 20.0%
・ポリエチレングリコール(平均分子量600) 3.0%
・2−メチル−1,3−プロパンジオール 7.0%
・フッ素系界面活性剤 0.5%
・水 56.2%
【0062】
(第2のインク)
第2のインクは、先に得た各エマルションを用い、各エマルションを構成する樹脂の含有量が4.0%になるように下記の組成で混合し、さらに、ろ過を行って調製した。
・各樹脂エマルション(固形分30%) 13.3%
・2−ピロリドン 20.0%
・ポリエチレングリコール(平均分子量600) 3.0%
・2−メチル−1,3−プロパンジオール 7.0%
・フッ素系界面活性剤 0.5%
・水 56.2%
【0063】
下記表3に、実施例1〜11及び比較例1〜3のインクセットの第1のインク及び第2のインクの特性、インクセットの構成を示す。
【0064】

【0065】

【0066】

【0067】
<評価>
上記で得られた、各インクセットを構成する第1のインク及び第2のインクを、それぞれインクジェット記録装置(商品名:BJF900;キヤノン製)に搭載して、記録媒体(商品名:ORAJET;ORAFOL製)に、以下の画像を形成した。第1のインク及び第2のインクを記録媒体上で接触、混合させるため、記録ヘッドの同一の主走査でそれぞれ吐出するようにして、各インクの記録デューティをそれぞれ100%として重ねた画像を形成した。記録の環境は通常25℃で行い、実施例10及び11については、送風により画像が50℃になるように加熱しながら記録を行った。得られた記録物を室温で1日放置した後、画像を、非記録部に傷が付かない程度に10回指で強く擦った。この記録物を目視で確認して、耐擦過性の評価を行った。
【0068】
耐擦過性の評価基準は下記の通りであり、得られた結果を表4に示した。
1:記録画像がほとんどはがれた。
2:記録画像が少し残った。
3:記録媒体の白地が目立った。
4:記録媒体の白地まで少し削れた。
5:記録画像の表面が少し削れた。
6:記録画像に変化がなかった。
【0069】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のインクで構成されるインクセットであって、前記複数のインクに、顔料に対してのスルホン酸基の量が150μmol/g以上である顔料分散体を含有し、かつ、pH値が7.0以下である第1のインクと、カルボキシ基と架橋性基とを有する樹脂のエマルションを含有してなる第2のインクと、が含まれることを特徴とするインクセット。
【請求項2】
前記第2のインク中のカルボキシ基の含有量に対する、前記第1のインク中のスルホン酸基の含有量のモル比が0.20以上である請求項1に記載のインクセット。
【請求項3】
前記エマルションを構成する樹脂の酸価が20mgKOH/g以上である請求項1又は2に記載のインクセット。
【請求項4】
前記架橋性基の構造が、エポキシ構造及びオキサゾリン構造から選ばれる少なくともいずれかである請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクセット。
【請求項5】
前記エマルションを構成する樹脂のガラス転移温度が40℃以上である請求項1乃至4のいずれか1項に記載のインクセット。
【請求項6】
前記第1のインク中の前記顔料が、自己分散顔料である請求項1乃至5のいずれか1項に記載のインクセット。
【請求項7】
インクセットを構成する各インクを、インクジェット方法で吐出して記録媒体に記録を行う工程を有するインクジェット記録方法であって、該インクセットが、第1のインクと第2のインクとを含んで構成されている請求項1乃至6のいずれか1項に記載のインクセットであることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項8】
さらに、前記第2のインクのエマルションを構成する樹脂のガラス転移温度以上となるように画像を加熱する工程を有する請求項7に記載のインクジェット記録方法。
【請求項9】
インクジェット方式でインクを吐出して記録媒体に形成された画像であって、前記インクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の第1のインクと第2のインクとを含むインクセットを構成している各インクであることを特徴とする画像。

【公開番号】特開2011−241306(P2011−241306A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−115067(P2010−115067)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】