説明

インサイチューでのバイオマーカー同定

【課題】本発明は、インサイチューでの新規タンパク質バイオマーカー同定のための新規の方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、ある組織の関心対象の特定領域中でタンパク質バイオマーカーを直接同定する方法に関する。本方法は、MALDIイメージング質量分析結果の分析によって関心対象の質量を同定する工程、ならびに続いて、組織の関心対象の特定領域からの直接溶出、分画、及びタンデム質量分析によって、該関心対象の質量により表されるタンパク質を同定する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インサイチューでの新規タンパク質バイオマーカー同定に関する。
【背景技術】
【0002】
MALDIイメージング質量分析(IMS)とは、従来のMALDI-TOF MS装置により組織薄片からペプチド及びタンパク質を直接分析するための新技術である(非特許文献1)。次に、作成された二次元イオン密度マップを、インサイチューでのタンパク質の相対存在量及び空間分布を導くために使用できる。この技術の有用性は、実験モデルにおける(非特許文献2および3)、および臨床現場における、例えば、非小細胞肺癌腫瘍生検材料の正確かつ高感度の分類に関する(非特許文献4)バイオマーカー分野において、証明されている。
【0003】
MALDI MSによる疾患組織中の新規タンパク質バイオマーカーの同定のための現在既知の方法は、組織のホモジナイズならびに引き続く一次元又は二次元の電気泳動、及びMALDI MSによる調節タンパク質レベルの同定を含む。
【0004】
【非特許文献1】Chaurand.P、Schwartz, S.A、Billheimer, D.、Xu, B.J.、Crecelius, A.、Caprioli, R.M.(2004)Anal.Chem.76、1145-1155
【非特許文献2】Pierson, J.、Norris, J.L.、Aerni, H.-R.、Svenningsson, P.、Caprioli, R.M.、およびAndren, P.E.(2004)Journal of Proteome Research 3, 289-295
【非特許文献3】Chaurand, P.、DaGue, B.B.、Pearsall, R.S.、Threadgill, D.W.、およびCaprioli, R.M.(2001)Proteomics 1, 1320-1326
【非特許文献4】Yanagisawa, K.、Shyr, Y.、Xu, B.J.、Massion, P.P.、Larsen, P.H.、White, B.C.、Roberts, J.R.、Edgerton, M.、Gonzales, A.、Nadaf, S.、Moore, J.H.、Caprioli, R.M.、およびCarbone, D.P.(2003)The Lancet 362, 433-439
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、インサイチューでの新規タンパク質バイオマーカー同定のための新規の方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、インサイチューでの新規タンパク質バイオマーカー同定のための新規の方法を提供し、ここで、タンパク質は、組織のホモジナイズを全く必要とせずに、関心対象の組織領域から直接溶出される。
【0007】
プロテオミクス技術は、差次的タンパク質発現と、環境的疾患又は毒物曝露とを相関させる可能性を有している。質量分析と組み合わせた高分解能二次元ゲル電気泳動技術は、特に毒物学の分野において、プロテオミクスアプローチの有用性を証明している(Bandara, L.R.、およびKennedy, S.(2002)Drug Discovery Today 7, 411-418)。疾患の早期検出のみならず、毒性又は有効性に関する実験化合物の迅速スクリーニングも、特に興味深い(Petricoin, E.F.、Rajapaske, V.、Herman, E.、Arekani, A.M.、Ross, S.、Johann, D.、Knapton, A.、Zhang, J.、Hitt, B.A.、Conrads, T.P.、Veenstra, T.D.、Liotta, L.A.、およびSistare, F.D.(2004)Toxicologic Pathology 32, 122-130)。トキシコプロテオミクス(toxicoproteomics)研究の実行可能性は、予測マーカーの同定及び毒性様式の解明の両方に関して証明されている(Witzmann, F.A.、およびLi, J.(2004)Proteomics in Nephrology 141, 104-123;Bandara, L.R.、Kelly, M.D.、Lock, E.A.、およびKennedy, S.(2003)Toxicological Sciences 73, 195-206)。
【0008】
本発明(1)は、特定の組織において蓄積又は枯渇しているポリペプチドをインサイチューで同定する方法であって、以下の工程を含む方法である:
a)組織薄片を提供する工程;
b)組織薄片上にMALDIマトリックスを沈着させる工程;
c)工程a)の組織薄片をレーザービームに曝露することによりMALDI MSスペクトルを取得する工程;
d)該スペクトル中のピークを分析する工程;
e)工程a)〜c)の組織薄片に対応する組織試料からタンパク質を溶出させる工程;
f)溶出したポリペプチドを分画する工程;
g)MALDI MSにより、工程c)の関心対象のピークを含む画分を同定する工程;および
h)タンデムMS分析により、該ピークに対応するポリペプチドを同定する工程。
本発明(2)は、組織薄片が固定される、本発明(1)の方法である。
本発明(3)は、組織試料が組織薄片である、本発明(1)又は(2)の方法である。
本発明(4)は、工程a)において、MALDIマトリックスを組織切片の関心対象の特定領域に沈着させ、工程d)において、タンパク質を組織の該関心対象の特定領域から溶出させる、本発明(1)〜(3)のいずれか一発明の方法である。
本発明(5)は、工程d)における溶出が、関心対象の領域上で少量の抽出溶媒を上下に直接ピペッティングすることにより実施される、本発明(1)〜(4)のいずれか一発明の方法である。
本発明(6)は、特定の組織がヒト被験者に由来する、本発明(1)〜(5)のいずれか一発明の方法である。
本発明(7)は、特定の組織が非ヒト多細胞生物に由来する、本発明(1)〜(5)のいずれか一発明の方法である。
本発明(8)は、レーザービームが、10μm〜100μmのレーザースポットサイズを有する、本発明(1)〜(7)のいずれか一発明の方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、MALDI IMSと関連技術との新規の組み合わせによる、新規タンパク質バイオマーカーのインサイチュー同定のための方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の最初の工程において、関心対象の特定の組織から組織薄片が提供される。好ましくは、該組織薄片は5μm〜15μm厚である。組織切片はさらに、例えば、アルコール、アセトニトリル等による固定により、加工可能である。好ましくは、固定液はエタノールである。次に、MALDIマトリックスを該組織切片上に沈着させる。
【0011】
該組織切片は、任意の多細胞生物の関心対象の任意の組織に由来し得る。例えば、そのような組織は、ヒト被験者、例えばマウス、ラット、ウサギ、ブタ、非ヒト霊長類などの非ヒト哺乳動物を含む任意の非ヒト多細胞生物に由来し得るだけでなく、例えば、昆虫、線虫、又は植物などのその他の生物に由来してもよい。
【0012】
適当なMALDIマトリックスは、当技術分野において周知である(例えば、Traugerら、Spectroscopy 2002, 16(1), 15-28を参照されたい)。一部のMALDIマトリックスは、よりペプチド分析に適しているが(例えば、αシアノケイ皮酸)、それらはタンパク質適用に関して最適ではない。好ましくは、該MALDIマトリックスは、非制限的な例としてシナピン酸などのタンパク質適用に適したマトリックスである。
【0013】
さらなる工程において、組織切片をレーザービームに曝露することにより、MALDI MSスペクトルが取得される。MALDI MSスペクトルを作製するのに適したレーザービームは、当技術分野において周知である。非制限的な例として、50Hzで作動する標準的な337nm N2レーザーが使用され得る。好ましくは、該レーザーは、10μm〜100μm、より好ましくは40μm〜60μm、最も好ましくは50μmのレーザースポットサイズを有する。
【0014】
次に、上記のように作製されたMALDI MSスペクトルを分析する。
【0015】
MALDI MSスペクトル分析のためのツールは当業者に周知であり、市販されている。そのようなツールの一つは、例えば、Efeckta Technologies,Inc.製のProTS-Dataソフトウェアである。次に、関心対象のピークが選択される。そのような選択は、非制限的な例として、例えば、加重可動性化合物共変動法(Weighted Flexible Compound Covariate Method)(WFCCM)(Shyr, Y.、およびKyungMann, K.(2003)A Practical Approach to Microarray Data Analisis, ed D.Berrar)を用いた、観察された差の程度によるスペクトル特性の格付けに基づきうる。
【0016】
本発明の方法のさらなる工程において、前記の組織薄片に対応する組織試料からタンパク質が溶出される。該組織試料は、大きな組織片又は顕微解剖された組織であり得る。好ましくは、該組織試料は、前記のMALDI MS分析に使用された組織薄片に対応する組織薄片である。また該組織薄片は、前工程においてMALDI MS用に使用されたのと同一の組織薄片であってもよい。タンパク質の溶出は、タンパク質微量抽出により達成され得るが、非制限的な例として、これは、組織切片の関心対象の領域上で少量の抽出溶媒を上下に直接ピペッティングすることにより、達成され得る。後続のタンパク質同定のために十分な材料を得るために、この手順を数回繰り返して試料をプールすることもできる。
【0017】
次の工程において、溶出物が分画される。分画は、HPLCを使用して実施され得る。
【0018】
関心対象の質量(ピーク)を含む画分が、MALDI TOF MSにより同定される。
【0019】
次に、タンデム質量分析の実施および得られたスペクトルの分析により、該画分に含まれるタンパク質を同定する。非制限的な例として、タンパク質は、SwissProtデータベースを用いたMascot MS/MSイオン検索プログラム(MatrixScience)により同定され得る。
【0020】
下記の実施例に従い腎毒性の腎皮質において同定されたタンパク質トランスサイレチン蓄積は、内因的には発現しない組織に蓄積されるプロセシングされたタンパク質であり、従って、DNA発現に基づく方法により該バイオマーカーを同定することは不可能であろう。
【実施例】
【0021】
実施例1:腎毒性のモデル系
実施例1a)動物処理
動物実験の認可は地域の規制機関から得られ、全ての実験プロトコルは動物福祉ガイドラインに準じていた。約12週齢のHanBrl:Wistar雄性ラット(300g±20%)をBRL(Fullinsdorf、Switzerland)から入手した。ラットを、寝床としての木屑を含むMacroloneケージ内で、20℃および50%相対湿度で、12時間明/暗リズムで、水及びKliba3433齧歯動物用固形飼料(Provimi Kliba AG、Kaiseraugst、Switzerland)を自由に可能にして、個別に飼育した。
【0022】
ラットを、100mg/kg/日のゲンタマイシン(生理食塩水中に溶解)又はビヒクルで皮下(sc)注射により7日間連続で処理し、最後の適用から24時間後にCO2吸入により屠殺した。屠殺の直前に、イソフルラン麻酔下で、臨床化学調査用の終末血液試料を眼窩後洞から収集した。
【0023】
実施例1b)組織診
代表的な腎臓試料を10%中性緩衝ホルマリン中で固定した。全ての試料を、日常的な手法を用いて加工し、Paraplast中に包埋した。約2ミクロン〜3ミクロンの組織切片を切り出し、ヘマトキシリン-エオシン(HE)又は過ヨウ素酸-シッフ(PAS)で染色した。
【0024】
実施例2:ゲンタマイシンで処理されたラット腎皮質のMALDI-IMS
組織病理学的に観察されたゲンタマイシン毒性が相関するか否かを調査するため、腎臓領域(皮質、髄質、乳頭)における差次的タンパク質発現をIMSにより研究した。皮質領域におけるいくつかのタンパク質ピークが、ゲンタマイシン投与時に有意に調節された。
【0025】
100mg/kg/日のゲンタマイシンで7日間処理されたラットにおいて、近位尿細管の顕著な変性/再生(グレード4)がはっきりと観察された。この所見は、MALDI IMSによるラット腎臓薄片分析と相関していた。9個の対照及び9個のゲンタマイシン処理ラット腎臓薄片(3匹、各動物から3切片;図1に示されるように、薄片にマトリックスをスポットした)を、下記のような質量分析に供した。
【0026】
実施例2a)MALDI IMS用の試料調製
腎臓をラットから切除し、ドライアイスで急速凍結させ、さらなる加工まで-80℃で保管した。クリオスタット(LEICA CM 3000、Leica Microsystems)上で-18℃で12μm切片を得、ITOコーティングされた伝導性スライドガラス(インジウム・スズ酸化物(Indium Tin Oxide)50×75×0.9mm、Delta Technologies)に沈着させた。試料調製は、公知の手法に従って実施した(Schwartz, S.A.、Reyzer, M.L.、およびCaprioli, R.M.(2003)Journal of Mass Spectrometry 38, 699-708)。次に、エタノール浴への浸漬により組織切片を固定し、真空下で30分間乾燥させた。全工程を通じて、切片は可能な限り真空下で保管した。MALDIマトリックスの沈着は、ピペットを用いて手作業で行った。新規に調製されたシナピン酸溶液(3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸、Fluka、水/アセトニトリル1:1および0.1%トリフルオロ酢酸中で20mg/ml)20nLを組織上に沈着させた。結晶化の後、追加の200nLをスポット上に重層し、マトリックスを室温で乾燥させた。次に、直ちに質量分析によって分析しない場合には、試料を真空下で維持した。
【0027】
実施例2b)質量分析
50Hz及びレーザースポットサイズ50μmで作動する標準的な337nmのN2レーザーを用いて、UltraFlex MALDI ToF/ToF装置(Bruker Daltonics)を用いて、MALDI MSスペクトルを取得した。装置は、一定のレーザー出力で、正の(positive)リニアモード(2kDa〜30kDa)で作動させた。手作業で沈着させたマトリックス滴各々について、合計8回の100レーザーショットを平均化した。タンパク質較正標準溶液(インスリン、ユビキチンI、シトクロムC、ミオグロビン;Bruker Daltonics)を使用して、スペクトルを外部較正した。内部較正は、スペクトルからの冗長な既知のピーク(ヘモグロビンα鎖、チモシンβ-4、シトクロムcオキシダーゼポリペプチドVIIaL、ユビキチン、シトクロムcオキシダーゼポリペプチドVIb)を使用して取得後に実施された。
【0028】
実施例2c)データ分析
市販のツール及びVanderbilt大学内で開発されたツールの組み合わせを使用して、スペクトルを加工した。ベースライン減算、正規化、ピーク検出、及びスペクトルのアラインメントは、ProTS-Dataソフトウェア(Efeckta Technologies,Inc.)を用いて実施した。化学的SN比の寄与を除去するため、全てのスペクトルをベースライン補正した。ベースラインを局所的に推定し、生データからスペクトルを減算することにより、この工程を実施した。本データセットについては、異なるm/z領域についての分解能の差を説明するため、ピーク幅の10倍のウィンドウ幅を考慮するようにソフトウェアを設定した。一般的な全イオン電流に対してスペクトルを変倍することにより、ベースライン補正されたスペクトルを強度について正規化した。ProTS-Dataを用いてピーク検出を実施し、二次(quadratic)較正関数を使用して、一連の13個の共通ピークを内部アラインメント点として選択した。共通ピークを選択するために使用された基準とは、ピークが、アラインされるべきスペクトルの80%超に存在しなければならず、かつ干渉ピーク又は重複ピークを有してはならないこと、および、ピークが、7質量単位よりも少ない、観察された重心値の標準偏差を有さなければならないことであった。アラインメント工程の際の外挿により起因する誤差を回避するため、2500〜15000質量単位にわたる関心対象の質量範囲全域で、アラインメントピークを選択した。重心値及び正規化された強度を含むピークリスト、を個々のファイルにエクスポートした。
【0029】
ピークリストを、それらのm/z値に従って、Vanderbilt大学で開発された学内プログラムを用いてビニングした(binned)。エクスポートされたMALDI-TOF MSピークを、遺伝学的アルゴリズムパラレルサーチ戦略の使用により試料間でアラインした(Yanagisawa, K.、Shyr, Y.、Xu, B.J.、Massion, P.P.、Larsen, P.H.、White, B.C.、Roberts, J.R.、Edgerton, M.、Gonzales, A.、Nadaf, S.、Moore, J.H.、Caprioli, R.M.、およびCarbone, D.P.(2003)The Lancet 362, 433-439)。概説すると、異なる試料由来のビン(bin)におけるピーク数が最大となる一方で同一試料由来のビン内のピーク数が最少となるよう、ピークを一緒にビニングした。多重スペクトル間の類似のピークを分離させた一連のマスウィンドウ又はピークビン(peak bin)を作製した。加重可動性化合物共変動法(Weighted Flexible Compound Covariate Method)(WFCCM)を使用して、ゲンタマイシンにより誘導された腎臓毒性のための適切なバイオマーカーを決定するために、観察された差の程度に従ってスペクトル特性を格付けした。Shyrら(Shyr, Y.およびKyungMann, K.(2003)A Practical Approach to Microarray Data Analysis、ed D.Berrar)により記載されたこの戦略は、処理済試料と対照試料との間で観察された差に基づいて格付けを算出するため、6つの異なる統計学的試験の組み合わせを使用する。
【0030】
単純なデータクラスタ分析により、処理済の条件に由来する対照の区別に成功した。予想通り、処理済試料から対照試料を識別するピークの大部分が、皮質中で見出された。表1に、皮質において、処理試料に対して対照試料においてアップレギュレート又はダウンレギュレートされていることが統計的に同定されたタンパク質を示す。図2は、WMA、最大平均S/N、及びp値に基づいて上位に格付けされた7つのピークを用いて入手可能なクラスタを示す。
【0031】
【表1】

【0032】
このデータセットにおいて、質量m/z12959のピークが、皮質における第1位に格付けされ、平均SN比は、ゲンタマイシンで処理されたラットの腎臓において5であり、対照においては完全に0であった(図3)。m/z6480における二重荷電種が類似の挙動を示した。
【0033】
実施例3:微量溶出
液体微量抽出を皮質領域において実施した。
【0034】
溶媒(水/アセトニトリル1:1、0.1%トリフルオロ酢酸)1μLを、腎臓の皮質領域の上で、数秒間、上下に直接ピペッティングすることにより、タンパク質微量抽出を実施した。プールされた試料の容量が約20μlになるまで、数個の試料に対して、この工程を数回繰り返した。次に、試料をSpeed vac中で乾燥させ、水/アセトニトリル95:5、0.1%トリフルオロ酢酸に再溶解させた。
【0035】
得られたタンパク質混合物を、逆相液体クロマトグラフィにより分画した。
【0036】
タンパク質分画は、50μl/分で作動する内径1mmのポリマーカラム(219TP5110、Vydac)を備えた標準的なAgilent 1100シリーズHPLC(Agilent Technologies)を用いて実施した。溶媒Aは、0.1%トリフルオロ酢酸水溶液であり、溶媒Bは、0.1%トリフルオロ酢酸のアセトニトリル溶液であった。以下のプログラムを用いて、タンパク質を溶出させた:5分後に、7分間で5%Bから35%Bにする勾配を開始し、次いで34分間で60%Bにし、その後0.5分間で90%Bまで増加させ、10分間保持した。実行の開始直後から48分まで、30秒毎に、96穴マイクロタイタープレート(Greiner bioone)に画分を直接収集した。必要に応じて、数回のHPLCの実行を通して試料を分画し、その後、分析のために対応する画分を組み合わせた。
【0037】
画分1μlを水/アセトニトリル90:10、0.1%TFA中の1g/Lシナピン酸溶液1μLと共に384 MALDI Anchor target(Bruker Daltonics)にスポットすることにより、得られたLC画分をMALDI-TOF MSによって調査した。
【0038】
IMSで作製されたスペクトルを、LCで分画されたスペクトルと比較することにより、関心対象のピークの存在を評価した。
【0039】
実施例3a)タンパク質同定
次に、関心対象のタンパク質種を含む画分を、ナノ-ESI質量分析によりさらに分析し、タンデム質量分析により関心対象のタンパク質を同定した。
【0040】
タンパク質同定用に、関心対象の質量を含むHPLC画分をSpeed vac中で乾燥させ、ナノ-エレクトロスプレーモードの標準的な作動条件で作動するApplied Biosystems Q-Star Pulsarを用いる同定のために、1%ギ酸を含む水/アセトニトリル1:1に再溶解させた。関心対象の質量の多荷電種のうちの一つを、タンデム質量分析のために選択し、そのタンデム質量スペクトルを記録し、手作業で解釈した。SwissProtデータベース(リリース46.6)および断片と前駆体の質量に関する許容値(tolerance)1.0Daを用いるMascot MS/MSイオン検索プログラム(Matrix Science、http://www.matrixscience.com)を使用して、タンパク質同定を実施した。
【0041】
このピークを同定するために採った戦略を図4に示す。皮質領域からタンパク質を微量抽出し、逆相クロマトグラフィにより分画した。m/z12959のタンパク質は画分D10において見出され、これは、組織試料から直接記録されたスペクトルにおいて検出された種とのアラインが成功した。画分を乾燥させ、タンデム質量分析のため50%アセトニトリル、1%ギ酸中で再構成した(図5)。作製された質量スペクトルは、Ser28からGln146までのトランスサイレチン(sw:TTHY_RAT)との一致に成功した(図6)。
【0042】
実施例4:組織抽出物及びHPLC画分のSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動及びウェスタンブロット分析
ゲンタマイシン投与時に調節されるバイオマーカーのうちの一つが、13kDaの血中輸送タンパク質であるトランスサイレチン(プレアルブミン)として同定された。この知見は、このタンパク質が、ゲンタマイシン処理ラット由来の腎臓中に対照ラット中よりも有意に多く存在することを示す、このタンパク質に高度に特異的な抗体を用いたウェスタンブロットにより確認された(図7)。
【0043】
250mMショ糖及びプロテアーゼ阻害剤(Roche Complete)を含む10mMトリス-HCl緩衝液(pH7.6)中で皮質片をホモジナイズすることにより、対照ラット及び処理ラットの腎臓に由来する組織抽出物を得た。組織抽出物を、4℃で、3回の連続遠心分離工程(680gで10分間;10,000gで10分間;100,000gで1時間)に供したが、ペレットは廃棄し、最後の遠心分離工程の上清を腎臓サイトゾル画分として保存した。
【0044】
各1μlの腎臓サイトゾル画分及び適切なHPLC画分を、4%〜20%トリス-グリシンSDS-PAGEゲル(Invitrogen)を用いた電気泳動に供し、続いて、タンパク質をPVDF膜へ転写した。0.1%Tween20を含む5%乳のPBS溶液中で1時間、ブロットをブロッキングし、5%乳及び0.1%Tween20を含むPBS中で抗ヒツジプレアルブミン抗体(Abcam)と共に、室温で一晩インキュベートした。0.1%Tween20を含むPBSで洗浄した後、抗ヒツジIgG抗体とコンジュゲートした西洋ワサビペルオキシダーゼ(Silenus Laboratories)と共に1時間、ブロットをインキュベートした。抗体の結合を、ECLウェスタンブロッティング試薬(Amersham)を使用して検出した。
【0045】
同様に、タンデム質量分析によりトランスサイレチンS28-Q146として同定されたm/z種12959は、インサイチューでのゲンタマイシン処理試料の質量スペクトル及びHPLC画分D10にのみ存在していた。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】腎臓薄片へのマトリックススポッティング戦略を示す図である。
【図2】対照ラット対ゲンタマイシン処理ラットの腎臓の皮質における7つの最も特徴的な特性のクラスター分析を示す図である。
【図3】対照ラットおよびゲンタマイシン処理ラットの腎臓の皮質におけるm/z12959の平均シグナルを示す図である。
【図4】同定戦略を示す図である。
【図5−1】m/z12959のタンデム質量分析を示す図である。A)完全質量スペクトル。B)逆重畳積分質量スペクトル。
【図5−2】m/z12959のタンデム質量分析を示す図であり、図5-1の続きである。C)注釈付きタンデム質量スペクトル。
【図6】データベース検索の結果を示す図である。
【図7A】腎皮質及びHPLC画分D10由来のサイトゾル画分のウェスタンブロット分析を示す図である。D10 G/C:HPLC画分D10ゲンタマイシン/対照;G/C:腎臓サイトゾル画分ゲンタマイシン/対照。
【図7B】ラット腎皮質及びHPLC画分のMALDI MS分析を示す図である。
【図8】対照及びゲンタマイシン処理ラットに由来する腎臓の免疫組織化学的試験を示す図である。(A)処理ラット及び(B)対照ラットに由来する腎臓切片全体の読み込まれたデジタル画像は、処理腎皮質における高レベルのトランスサイレチン免疫反応性を示している。皮質(C、E)対髄質(D、F)からの高倍率顕微鏡写真により、処理された腎臓の皮質尿細管におけるTTR免疫反応性の特異的な局在が明らかになっている。トランスサイレチン免疫反応性は、クレシルバイオレットで対比染色されたジアミノベンジジン-Niの灰色沈殿物により可視化される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の組織において蓄積又は枯渇しているポリペプチドをインサイチューで同定する方法であって、以下の工程を含む方法:
a)組織薄片を提供する工程;
b)組織薄片上にMALDIマトリックスを沈着させる工程;
c)工程a)の組織薄片をレーザービームに曝露することによりMALDI MSスペクトルを取得する工程;
d)該スペクトル中のピークを分析する工程;
e)工程a)〜c)の組織薄片に対応する組織試料からタンパク質を溶出させる工程;
f)溶出したポリペプチドを分画する工程;
g)MALDI MSにより、工程c)の関心対象のピークを含む画分を同定する工程;および
h)タンデムMS分析により、該ピークに対応するポリペプチドを同定する工程。
【請求項2】
組織薄片が固定される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
組織試料が組織薄片である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
工程a)において、MALDIマトリックスを組織切片の関心対象の特定領域に沈着させ、工程d)において、タンパク質を組織の該関心対象の特定領域から溶出させる、請求項1〜3のいずれか一項記載の方法。
【請求項5】
工程d)における溶出が、関心対象の領域上で少量の抽出溶媒を上下に直接ピペッティングすることにより実施される、請求項1〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
特定の組織がヒト被験者に由来する、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
特定の組織が非ヒト多細胞生物に由来する、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
レーザービームが、10μm〜100μmのレーザースポットサイズを有する、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−337371(P2006−337371A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−154834(P2006−154834)
【出願日】平成18年6月2日(2006.6.2)
【出願人】(591003013)エフ.ホフマン−ラ ロシュ アーゲー (1,754)
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN−LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
【Fターム(参考)】